2009-10-14
VTJ、五味の試合決定で目出度い。・・・で、ルミナの相手にDJ.taiki希望。
KOTC健在なりや
http://gbring.com/sokuho/news/2009_10/1013_shooto.htm
五味隆典の相手は現在のKOTC王者である。
現役王者の日本参戦はエイブル・カラムが来たりしているので驚くことでもないのだけど、ふと気づけば「そもそもKOTC、まだ続いているってすごいな」と思う。
何と、今年10年のアニバーシティ アニバーサリーらしいですよ。
一時はPRIDEとも提携、エリートXC傘下にも入った。だがそれらが退場して後も、とにもかくにも続いている。
やはりネイティブアメリカンの居留地を本拠地にしている(んだっけ?)から、そことそのカジノが”根城”になっているんだろうか。現在のKOTCについて、そろそろルポを読みたいものだ。2007年にゴン格は特集していたようだが。
んでルミナの相手にこの男はいかがかな
http://blog.livedoor.jp/nhbnews/archives/51945569.html
【国内総合】 DJ.taiki 「ダメージ無いので次の試合をすぐしたい。立ち技でも他団体でも」 < Gryphon
http://love.ap.teacup.com/dabun/661.html
・・・試合のダメージが無いのですぐにでも試合がしたい。今年怪我で試合間が空いてしまったのでこれからどんどん積極的に試合していきたいです。
(略)
DEEPだけだとマッチメイクに限界があって簡単に試合組めないだろうから、他団体でもやりたいしMMAだけじゃなく立ち技でもいいし、それもだめなら・・・・・(後略)
もう相当難しいと思うけど、まだ間に合うなら真面目にDJ.taiki対佐藤ルミナの実現を希望したい。
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江畑謙介氏逝去で思い出したこと。軍事評論家を司馬遼太郎は「民主主義の象徴」と語った
江畑謙介という軍事評論家の中でも評価の高かった人が亡くなったことで、あらためて軍事評論家に関して思い出したことがあった。
私を含め、日本人が「こういうことを生業にしている人がいるんだなあ」とはっきり視野に入れたのは1990-1991年の湾岸危機・湾岸戦争であったでしょう。
はじめて、こういう人たちを目にした他の文化人の素朴な好奇心や驚きは、たとえば当時の中野翠氏のコラムなんかを見るとよく分かると思います。とーぜん江畑氏のヘアスタイルについてもいじりまくりであったが。
私が見聞した限りでは、この人たちの軍事評論家への拒否反応は相当なものだった。多くは「平和主義者」のくくりにも入るのだろうが、今でもおなじみの「あいつらは戦争を、軍事を楽しんでいる、面白がっている!!だからけしからん」つう話。
記憶の範囲で言うと、小林信彦がコラムでそう書いていたはずだし、
この湾岸戦争と前後していたのかな、上岡龍太郎が司会の「EXテレビ」というところで小田実、小中陽太郎、野坂昭如ら(当時の朝生レギュラーとかぶっていました)が「あいつらは本当に戦争が好きだよな」と批判していたはず。
ところが、湾岸戦争をリアルタイムで見ながら司馬遼太郎が書いた文章だけが違っていた。
要約すると
「私はテレビでしゃべっている軍事評論家を見て、ああ日本もここまで民主主義が根付いたかと感動した」と述べていたのだ。
なぜか。
あまりにシンプルな話で、彼は自分の青春時代、つまり太平洋戦争前を思い出し
「私の生きたあの時代、同じように軍事評論家が存在し、在野の立場から冷静に日米の軍事力を計数的に比較し、それが世間の話題になっていたら、彼我の差をだれもが認識し、あのような戦争は無かったろう。軍事評論家の存在こそ、民主主義の証なのだ」
こう、述べたのでありました。
今思えば、司馬遼太郎は戦記作家に片足を突っ込んだ存在である以上、ふつうの文化人と感覚が違っていて当然ではあるかもしれない。
ただ、それと同時に世代の差もあるのかな、と、その数年後いろいろな人を比較してそう思った。
焼け跡闇市派は、井沢元彦言うところの「本当は命を救うべき救急車に、子どものころはねられた経験(=軍隊でひどい目にあった経験)から、救急車(=軍事)そのものの存在を認めなくなった人たち」だったのかもしれない。司馬たちも戦争と軍にひどい目にはあったが、既に成人していたのでそのへんは極端にならないですんだのだろうと。
それから20年たち、内容のできばえはともかく「反戦の立場から軍事をよく知ろう!」みたいな啓蒙書も現在は出てきた。
江畑氏が軍事評論家として生きた時代は、そんな、時代だった。
(了)
司馬遼太郎のこの文章は
このうちのどれかであることは間違いないはずだが、どれだっけ?(※後日判明)
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【付記】はてなブックマークでのご教示によると
との由。
大意は絶対に記憶どおりだという自信はありますが、原文の所在で有力情報がある以上、もしさらにここから論じたい人は、原文にも当たっていただければ幸い(※後日原文を確認。次エントリ参照)。
上記エントリの原文ありました(司馬遼太郎「風塵抄」1巻)
上にあるように「風塵抄」1巻の「石油」という小文より。
民間に軍事評論家をもっていることは、自由な社会であることのあざやかな証拠といえる。テレビをみながら、ふと、
(こんな分析家たちが昭和一けたに五、六人もいたら、昭和史は変わっていたろう)
と妄想した。むろん、たわごとにすぎず、昭和一けたの時代にそんな自由はなかった。
せめて大正デモクラシー時代にこういうひとびとが出て、前時代の日露戦争を徹底的に解剖してくれていたら、と思ったりもする。以後の日本人の理性−−国家を等身大でみる能力−−が大きく成長したに相違ない。
ただ、大正時代は軍縮の時代で、自由と平和が謳歌された。込み合った車中で長靴を蹴られる軍人もいたそうである。たしかに大正時代は自由だった。しかし油断した自由だった。自由でありながら、民間人で軍事研究をする酔狂な人はいなかった。
大正時代に冷静な軍事研究が民間でおこなわれていれば、昭和に入っての軍人のファナティシズムの爆発は、不発か、より軽度だったにちがいない。
ひとつ上のエントリは
http://d.hatena.ne.jp/zyesuta/20091016/1255636477
などで取り上げていただいたが、私のうろ覚え要約では分からない司馬氏の味わいある文章が、あらためて伝われば幸いです。


アニバーサリーではないでしょうか。
「日本軍は、日露戦争の段階では、せっぱつまって立ち上がった桶狭間的状況の戦いであり、児玉の苦心もそこにあり、つねに寡をもって衆をやぶることに腐心した。
が、その後の日本陸軍の歴代首脳がいかに無能であったかということは、この日露戦争という全体が『桶狭間』的宿命にあった戦いで勝利を得たことを先例としてしまったことである。陸軍の崩壊まで日本陸軍は桶狭間式で終始した」(文庫版4巻256ページ)
戦争がいい/悪いということではなく、現状であれ歴史であれ、一方の価値観に寄り添う視点ではなく、(これ持ち出すとややこしい話になりかねないけど)よく「司馬史観」と言われる俯瞰的ないわば観察眼が必要だ、という意味で、司馬さんの立場の表裏であるのかなぁ、と思いました。
それより気になるのは、何しろ日清戦争以降から日露戦争の時代なので、中韓でどういう受け止め方をされるかですねー。んで、それを受けて国内では…と。
いやぁ、余談すいません。