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2012-06-17

「歴史の事実が変わるのではない、歴史の見方が変わるのだ」という話・・・のあれこれ

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まず、この本の書評を紹介。

http://blog.goo.ne.jp/jchz/e/6d0a500cfe4c61cdc6c8334c84ea5bb3#

近現代日本史と歴史学 - 書き替えられてきた過去 (中公新書)

近現代日本史と歴史学 - 書き替えられてきた過去 (中公新書)

……いろいろ面白かったのは、自分教科書で習ったり、マンガ小説から学んだ「歴史像」の由来が分かり、戦後歴史学という天空の中で、星座のようにその位置づけが明らかになったことだ。

 たとえば、明治維新の出発点さえも、1950年代教科書は、国内に要因(天保の改革の失敗)→外圧が拍車をかけた、という記述だったのに対し、開国を近代の出発点におく考え方は、第2期の1960年代研究確立・・・(略)・・・ さらに第2期中期には、幕府行政官は当時の国際情勢をよく理解していたという「自信に満ちた日本像」や、ペリー来航は外圧ではなく、東アジア経済圏西洋が「参入」してきた、という認識・・・どんな実証的な研究も、時代の空気と無縁に出現したり、受け入れられたりするものではないんだな、ということを感じた。歴史像(解釈)もまた歴史存在である、という自覚は、歴史を語る前提として、身に付けておきたいものだと思う。

 意外だったことの一つは、田中正造が第2期の研究によって発掘された人物で、1970年代初めに教科書に登場するまでは忘れられた存在・・・(略)司馬遼太郎の『坂の上の雲』も、第2期の歴史学を念頭において読む必要がある

歴史は今でも政治的な意味をこめて論争になるけど、実は多くは、少なくとも「トロイ遺跡はある、ない」とか「ラピュタは本当にあったんだ!」的な意味で有無を争うものではなく、その「解釈」を争うものがほとんどだと思う。

で、いつしか教科書レベルの「定説」も変わってきていたりする。学校教科書参考書はひまな人じゃないと、学校卒業後はご縁がなくなるので、ときどきその誤差の修正をするのも有益だよね。

たしか数年前、書店で「いまの歴史教科書は、あなたが子どものころの説とこれだけ違ってますよーー」というのをテーマにした本が売られていて、面白いアイデアだなー、と感じたのだけどね。

おお、検索でみっかった。

http://news.mynavi.jp/news/2008/07/18/021/index.html

本書では東京書籍山川出版社といった高校で使用される歴史教科書分野でシェアの高い出版社教科書を著者である加藤ジェームズ氏が調査。記述内容の変遷に関し、時代背景等を踏まえながら「なぜ変更点が生まれたのか」について解説している。

調査したのは1970年発行から2007年発行まで38年分の教科書。著者が教科書図書館に通い詰めて丹念に調べたという。その結果、現在の教科書では仁徳天皇陵大仙古墳と表記されていたり、四大工業地帯三大工業地帯に変更されているというような、"当時の常識"が知らないうちに変更されている事実が浮かび上がってきたとしている。

同社の担当編集者は「企画を立てたときは、踏絵(ふみえ)が絵踏(えぶみ)に変わっているなど、いくつかは思い浮かんでいましたが、まさかこんなに(変更点が)あるとは・・・(後略)

帯にもあるけど、鎌倉幕府、1192年に成立したのではない、は既に定説だと。

http://digimaga.net/2010/11/iihako-1185kamakura

または鎌倉幕府ウィキペディアで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E6%99%82%E4%BB%A3

そこの課長さん、今これ薀蓄で言おうとしても常識だから。あなたの部下、すでに知っていて「1192年じゃない?意外ですねー」とかいう反応かえってこないから。


解釈の仕方で、物語も変わる。そして紛争の種にもなる(笑)

この「教科書の変更」の話から「歴史って、見立てを自由に変えてもいいよね」という話になったことがあり、それを以前このブログでまとめている。

■「足利義満の勘合貿易を『遣明使』と呼んでいいのではないか」

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20111124/p5

@jyonaha(興那覇潤)

自分受験生だった頃の大物は「インド大反乱」と「アジア太平洋戦争」。小島毅先生は「足利義満の勘合貿易」を「遣明使」と呼ぶべきとされてますが、これが通るかは歴史観の大きな分岐点ですね。(略)光文社新書の『足利義満 消された日本国王』に出てきます

足利義満 消された日本国王 (光文社新書)

足利義満 消された日本国王 (光文社新書)

 

逆に、教科書から「消えたら」大きな歴史観の転換になるのが、「ウェストファリア体制」と「産業革命」。拙著(※後述)は先物買いをして、それぞれ「いわゆる」「かの有名な」などと添えて so-called 感を出しておきましたがw、さてどうなるか…

上の「拙著」とは、興那覇氏の話題作「中国化する日本」のこと。

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史


私は上記エントリでも書いたけど、当時そんな正式名称は無くても、「遣明使」というのがひとつの視点提供するのなら面白い話だと思うのですよ。


だが・・・

万里の長城、実は2万キロ超 再測量で長さ2.4倍に

http://www.asahi.com/international/update/0607/TKY201206070120.html

・・・万里の長城は、現存する部分の多くが明代(1368〜1644年)に造られた。同局は2009年、明代の長城の長さを8851.8キロだと発表していた。今回、秦や漢などの時代のものも含めて科学的に測量したところ、全長が一気に伸びた・・・

中国高句麗遺跡まで万里の長城だと歪曲

http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1634436.html

・・・韓国学界では中国が新たに発見したと主張する万里の長城遺跡が、既存の万里長城の概念とは全く異なる高句麗遺跡だと指摘する。 中国の‘万里の長城膨らまし’の歩みは結局、旧高句麗渤海地域をはじめとして、中国政府が敏感に考える新疆、チベット地域などが昔から中華民族統治権に属していたと主張する根拠を蓄積する次元の‘歴史歪曲’・・・

ありゃー?

ハンギョレ・サランバンを読んでいる人も少ないだろうから、このエントリ内容はオリジナル記事になると思ったら、検索するとこれをネタに扱ったまとめスレが出てきたよ。

その論じ方はともかく(多くは最低だが)、ネット韓国ウォッチャーアンテナは高いなァ・・・。

■【社会中国「『万里の長城』の総延長を調査したら全長2.4倍になった」→韓国中国がまた歴史をわい曲した」

http://blog.livedoor.jp/sangokuken/archives/51669805.html


この前哨戦となった「高句麗歴史中国史の一部」論というのも・・・じつのことをいうと、当方は上の「足利義満の勘合貿易は『遣明使』といってもいいんじゃね?」的な「ほう、おもしろい新鮮な視点だな」ぐらいに受け止めていたんですね。網野イズムとでもいうのか、「海流によってつながる、日本とは別の海洋諸島国家連合」みたいな、気宇壮大なホラ話も聞いたりしたわけだし。また小生は「見なしの自由」の擁護者をもって任じている。(※もっとも、結局は死後の世界に判定を任せるべき宗教見解と、証拠に基づいた議論ができる歴史見解は決定的な違いがあるが)

しかし、それが現在の、とくに領土問題にも直結する?もしくは間接的に影響する?となるとおだやかじゃない。

こういうときは・・・部外者は知らないふりをするのが吉だが、万里の長城の長さってたしか教科書や資料集に必須掲載の数字なんじゃないだろうか。


おれ、しーらね。