Hatena::ブログ(Diary)

えぞしろくまのつぶやき

2018-01-07

釈尊の対話〜『バウッダ(佛教)』

『バウッダ〔佛教〕』「第二部 阿含経典――――釈尊の教え・・・・・三枝充悳」より。

阿含経」とは、どのようなものなんだろう。難しい文章が綴られているのかな?と思っていた。本書に邦訳があると書いてあったので『ブッダの言葉』『真理のことば』を読んでみた。(共に、中村元訳の岩波文庫。) 思っていたのと違って、割りと読みやすい文章でした。時代的な背景や当時の意味することがよくわからない部分はあったが、漢字ばかりの難しそうな経典のイメージが大きく変わった。

本書『バウッダ』には、

阿含経に満ちているあまたの「問い」は、すべてみずから現に体験している苦しみ、悩みから発せられ、そのそれぞれに対して釈尊はその質問者の現実に即して答える。ただし、苦悩そのものを即座に解消するような、いわば直接的な手段や方策というよりは、むしろ苦悩に対処してゆくべきその在り方をとりあげて、それを熟慮しつつ、「答え」がなされる。いわば、外部の情況その他は不変のままありながら、みずから苦悩としているところが、実は苦悩ではなくなり、いつしか苦悩がその内部において消え、安らかな境地にもたらされる、そのような図式を描いて展開する、と解してよい。(p158)


この部分を読んで、ある本(『ブッダは歩む ブッダは語る』友岡雅弥 第三文明社 2001年)のブッダに関する話を思い出した。

テーリー・ガーター』の注釈書によれば、ゴータミーは子(男の子であったとされます)に死なれたとき、心神喪失の状態になり、亡骸を抱いて、眼もうつろに街中を「息子に薬を下さい。息子に薬を下さい」とさまよい歩いたとされます。
そして彼女はブッダに出会ったのです。
「どうか、立派な聖者さま。息子に薬を下さい。息子を生き返らせて下さい」
それを聴いた御釈迦様は、瞿雲彌(くどんみ)(ゴータミーの音写漢訳)を哀れんで、手をかざすと天から花が降り注ぎ、妙なる音楽が流れ、その中、死した子は生き返った・・・・などとは、書かれていません。
ぼう然と力なく「薬を、薬を、息子を、息子を」と繰り返すゴータミーの「声」をしかとブッダは聴き取ったのです。そして、これがブッダの答えでした。

「分かった。では私の方から頼みがある。このサーヴァッティの街で、今まで死人を見送ったことのない人を見つけて、芥子を貰ってきてくれないか」

ゴータミーは喜びました。「今まで死人を見送ったことのない人・・・。ない人・・・。芥子・・・。芥子・・・ 」
人から人へ、家から家へ、尋ね歩きましたが、そのような人はいません。皆、家族、友人、知人でだれかの死を見送っています。「きっとみつかる3、これで子は助かる」という思いは、家を一軒一軒、人を一人一人訪ねるたびに、裏切られましたが、それと違う思いが彼女に広がりました。
つまり、人は皆いつかは死ぬということ、そして、にもかかわらず人は生きてゆくということ。(p58〜59)


『テーリー・ガーター』は、阿含経の一つのようです。邦訳は、岩波文庫中村元訳の『尼僧の告白』。

個人的にはこの話が大変印象的で、当時のブッダが、どのように人々と接していたかが窺える貴重な記録だと思います。このような様子を見ていると、初期仏教は「宗教」というより「哲学」「心理学」ではないだろうか、と思います。「宗教」というと、インド中国や日本などの仏教の様子を見ると、いつのまにか土俗化・土着化していくように思われます。単純に考えると、「宗教」は基本的に不要で、どうしてもというのであれば、自然を敬う自然信仰などで対応するのがよいのではないでしょうか。肝心なのは、初期仏教で説く「三法印」(諸行無常一切皆苦諸法無我)のような「哲学」性ではないかと考えます。(そういう視点から、『バウッダ』の最後に、中村元氏が「宗教哲学の意義」という文章を書かれているのは、大変興味深い。)

尼僧の告白―テーリーガーター (岩波文庫 青 327-2)

尼僧の告白―テーリーガーター (岩波文庫 青 327-2)

2018-01-05

苦〜『バウッダ(佛教)』

『バウッダ〔佛教〕』「第二部 阿含経典――――釈尊の教え・・・・・三枝充悳」より。

この第二部を読んで認識を新たにしたことがいくつかある。一つは、「五時八教」の否定で前回の記事に書いた通り。二つ目は、「苦」とは「苦しみ」より「思いどおりにならないこと」を意味している、ということである。

これは仏教の基本として「三法印」(「諸行無常」・「一切皆苦」・「諸法無我」)が挙げられるが、その中の「苦」を「思いどおりにならないこと」と捉えることによって、「一切皆苦」の意味が少しは理解できたような気がする。

「苦」とは何か。「苦」の本質は何か。「苦」(ドゥッカ、ドゥフカ)とは、あらためていうまでもなく、単なる身体的もしくは生理的な苦痛ではなく、日常的な不安または苦悩でもない。それは、「阿含経」に説かれるものを、極言して現代語に置き換えるならば、「自己の欲するままにならぬこと」、「思いどおりにならないこと」と解釈される。(p167)


私は、小学生だった昭和37年(訂正38年)に創価学会に入信したが、当時から現在に至るまで、このように「苦」についてわかりやすく教えてもらったことがなかった。もちろん「三法印」といわれる「諸行無常」・「一切皆苦」・「諸法無我」についても同様である。仏教の基本原理については、ほとんど知らないまま時が過ぎていった。

A先輩からの手紙を読んだとき、正直「三法印」が分からなかった。「諸行無常」・「一切皆苦」・「諸法無我」と聞いて何となく見たことがあるなあ、という程度であった。大変情けない。

人間革命といっても、お題目だけで「自分自身を観つめること」をいくら教えても、ほとんどの人が他力本願的お頼み信心に陥っていることを、嫌というほど思い知らされたことがきっかけでした。

一体、そのような「大人になれない他力本願的姿勢」はどこに起因するのか。

それは、多くの人と様々話し合ってみて「内外相対」の内道とは何かを全く理解していないことであろうと気づきました。

「内道とは仏教のこと」と言うだけで、外道に対してどこがどう勝れているのかがよく解らない。

「生命の内に、幸不幸の原因を求めたこと」とは言うのですが、その意味するところを具体的に聞くとほとんど答えられません。

その不幸の原因とは「煩悩」を指すのだといった上で、煩悩=見思惑について聞くと、教授という肩書を持っているメンバーの誰も(私の周辺では)答えられません。「煩悩即菩提」だから、欲望を断ち切る必要がないのだといった理解で、そのコトの重大さを考えたこともないようです。

このような安易な理解ですましていますから「苦・無常・無我」の三法印についても、「常・楽・我・浄」と大聖人はいっている、程度のことで済ませ、三法印仏教の根幹中の根幹であるということさえも理解していません。

( 『先輩からの手紙』 (3) - えぞしろくまのつぶやきより)


「苦」をどのように捉えるか、によって宗教信仰のレベルが違ってくるのではないかと思っている。

最近、レギュラーコーヒーの粉をいただくことがあり、むかし使った道具を取り出して、1日1杯はそのコーヒーを飲んでいる。普段はインスタントコーヒーを飲むことが多いのだが、やはりレギュラーコーヒーは、香りや味が違う。

「苦」の捉え方によっては、インスタントコーヒーレギュラーコーヒーほどの違いがあるのではないだろうか。例えば、苦を「単なる身体的もしくは生理的な苦痛や、日常的な不安または苦悩 」と捉えるか、それとも以下のように、もっと深く根源的なものとして捉えるか。

「苦の本質」はいったい何か。そして、それの解決を目ざして、阿含経は「苦の生起(の原因)」をさまざまに説く。それらをことごとく網羅したうえで、いささか大胆な分類を強行すると、次の四種が「苦の起原」として数えられる。すなわち、(1)欲望(およびその変形)、(2)無知(およびその変形)、(3)人間存在そのもの(実存といってもよい)、(4)無常(たえず生滅変化する)。(前掲書 p167)


「単なる身体的もしくは生理的な苦痛や、日常的な不安または苦悩 」としてとらえた場合、宗教信仰は、現世利益のレベルにとどまるのではないだろうか。そこに専修念仏や専修題目が組合わさると、加持祈祷の類いになってしまう。日本が仏教を受け入れたときの「現世利益」の伝統が脈々と流れ、引き継がれていることを実感する。法然が専修念仏を、日蓮が専修題目を提唱したのは、何のためだったのか。(まさか加持祈祷のためではないだろう。)

上記(3)に関して、「四苦八苦」という言葉が本書に書かれている。「四苦」=「生老病死」といえばよく聞く言葉である。それらの「苦」のなかにいる自分自身を見つめることを問いかけたのが、この仏教だったのではないだろうか。

たまにレギュラーコーヒーを飲んで、じっくりとその香りとこくのある味を楽しんでみてはどうだろうか。忙しい人ほど、立ち止まって足元を見直すことが大事になってくるのではないだろうか。

2018-01-04

五時八教〜『バウッダ(佛教)』

『バウッダ〔佛教〕』「第二部 阿含経典――――釈尊の教え・・・・・三枝充悳」より。

この第二部を読んで認識を新たにしたことがいくつかある。その一つが、「五時八教」の否定である。

小学生の頃、母親が創価学会に入信(当時は入会ではなかった) し、私もいつのまにか入信していた。当時、この宗教について学ぶとしたら、教材は、『日蓮正宗教学解説』という本だった。小中学生の頃は、他に読むような教材がなかったのでもっぱら『日蓮正宗教学解説』を読んでいた。そのとき覚えたのが、天台 の「五時八教」であった。難しくてよく分からなかったが、釈迦というスーパースターが多くの教えを説いたというイメージは残った。

その「五時八教」の概要を『バウッダ』から引用させていただく。

釈尊は、成道の直後の三七日(21日間)に華厳経を説いたけれども、あまりに高遠荘厳のために、人々の理解はそれに及び得なかった。そこで、以後の12年間は、とくに意識的に卑俗化して、素質なく、智慧もない人びとに、具体的にわかりやすく、阿含経を説いて、彼らを教化した。以後は、しだいにレベル・アップして、8年間は維摩経勝鬘経などの大乗経典を、あと22年間にあまたの般若経、そして最後の8年間に法華経を、臨終に(大乗の)涅槃経を説いた。(p75〜76)


子供の頃から「常識」として信じてきたものが、学問的に見るとそうではないということがハッキリしたことは、ショックだった。

再び本書から。

智ギ(管理者注:漢字が表示できないのでカタカナで表記しています。)の説を起原とするこの「五時八教」の教判は、(中略)天台宗の隆盛とともに中国仏教全体に広く受容され、それをそのまま導入した日本仏教では、この「五時八教」説が不動の基本教説となり、江戸時代末期まで、それどころか、学界の実情が伝わらない世間一般には、今日もなお忠実に、堅固に守り続けられている。(p77)


現代でこのような状況であるから、創価学会の教えのもとになっている鎌倉時代日蓮に至っては、「五時八教」は、「常識」というわけであったろう。(参考:五時八教について。 - 気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆ )

他の本を何冊か読んでみたが、学問的には『バウッダ』に書いてある事が現代の「常識」であった。これは、釈迦(ゴータマ・ブッダ)を歴史上実在した人物としても、紀元前の人であり、その発言が一字一句間違いなく伝わっているとは信じがたい。後世、何回か行われた「結集(けつじゅう)」によってまとめられ、その後も追加、削除、変更そして翻訳されたりしたものであるから、天台の「五時八教」というのは、仏教全体を把握するための一種の方便、道具であることは明らかである。「五時八教」という形式にこだわる必要性はほぼ無いと感じている。それに固執する人たちも一部にはいるようだが、その辺は方法論の違いということで対応するしかないものと思われる。(それでも地球は回っている・・・ということで。)

バウッダ[佛教] (講談社学術文庫)

バウッダ[佛教] (講談社学術文庫)




2018年。今年も思いついたことを気ままに書きます。m(__)m








2017-12-29

仏法僧の三宝〜『バウッダ(佛教)』

『バウッダ(佛教)』をまた読み始めた。

第一部「三宝―――全仏教の基本」は、中村元(なかむら はじめ)氏による文章が載っている。

仏教徒であることの最小の条件は、「三宝(さんぽう)」(トリ・ラトナ tri-ratna、またはラトナ・トラヤ ratna-traya 「三つの宝」の意、すなわち仏・法・僧)に帰依することである。


今まで何気なく読んできた文章だが、今回は少し考え込んでしまった。「仏法僧の三宝」と言ってもスンナリ入ってこない。北伝仏教南伝仏教も含めて多種多様な仏教があるなかで、僅かに共通するものが、「三宝」しかないということではないだろうか。(参考:論文「゛三宝 ゛と日本仏教の創立」(佐伯俊源)(pdfダウンロードNIIプロジェクトリポジトリ))

個人的には、仏法僧の「法」だけでも十分じゃないかと思っている。

例えば「仏」。本書にも書いてあるが、「「仏」「仏陀」「ブッダ」(Buddha)というのは、古来、「覚った人」「目覚めた人」という意味であるという。佛教以外のジャイナ教でも使われていたらしい。(趣旨 前掲書p24〜25) 」特定の人物を指して「ブッダ」としていたわけではないようだ。ブッダは、誰でもなれる可能性があったと思われる。後世、北伝仏教において「仏性」「仏界」ということばを用いるまでもなく、初期仏教の時代の人にとっては、「ブッダ(仏)」とはごくごく身近なものであった。謂わば、古代においては、コンビニやスーパー並にブッダがいたのかもしれない。後世、北伝仏教の時代になると、ブッダは、月にでもいるような感じで、会うことも見ることも難しい、遠い存在になってしまった。

では「僧」はどうなのか。「僧」は「サンガ」といわれる。本書によれば、「「サンガ」とはもとは「集まり」「団体」を意味していたらしい。そこから発展して「仏教教団」を意味するようになった。出家者のみならず在家者も含んでいたようである。(趣旨 前掲書p34〜35)」 今の日本のように、「僧侶」だけを指しているわけではない。法を求めるなかで、人との繋がりは大変大きな役割を果たすことは理解できるが、基本的には自由なつながりであってほしいと思う。鎌倉時代の各宗派の祖師たちも「宗派」として独立する考えはなかったと聞いたことがある。ゆるやかなつながりであったらしい。だからこそ「僧(サンガ)」として固定し、崇めてしまってはならないものと思う。

最近、創価学会が「創価学会仏」と称しているが、「仏(ブッダ)」と「僧(サンガ)」を合体した大変にユニークな発想とも言える。(((^_^;) 「会社」や「宗教団体」を「法人」と見なす法律の考え方とも似ている。もともとは2代会長戸田氏の発想とされているが、実業家でもあった戸田氏の考えそうなこととも言える。どうせなら「創価学会仏池田商店」としたらどうか。

そして「法」である。

仏教では「無常」を説くが、「あらゆるものは移りゆく」という認識に基づいて、現実に即した柔軟性に富んだ実践原理が成立する。
(引用文省略)
このような「法」を仏教では説くのであって、教義を説くのではない。諸宗教哲学の説く教義なるものは偏見(パーリ語でディッティという)である、として、仏教ではこれを排斥する。

仏教の説く教えも「方便」にほかならない。それは筏(いかだ)のようなものである。目的を達したならば、捨てられねばならない。筏を大切なものだとして、大事にしがみついているのは単に「執着(しゅうじゃく)」にすぎない。

原始仏教においては、「法」の権威が最高のものであり、「仏」の上に位していた。
(中略)
このように、仏教では、永遠に妥当する法の権威を尊重する。神々もブッダの説いた法を賛嘆して、信奉する。ゆえに、ブッダは永遠の理法を説いたのであって、新しい宗教を創始したのではない。ブッダ普通名詞であって、幾人あってもかまわない、ということは、この点からも理解されるのである。(前掲書p32〜33)


ということで、「法」の重要性が際立っている。

2017-12-23

聖教新聞は・・・。

今年もあと残すところ一週間とチョットとなりました。

聞くところによると、来年秋ごろから、生活保護費の削減が予定されているようです。

生活保護費:67%の世帯が減額 18年10月から - 毎日新聞

収入が少なくなれば、毎月の固定費を削減するのが第一歩です。

個人的に思うのだけど、生活が苦しい場合は、創価学会機関紙である「聖教新聞」の講読を停止するのも一つの方法だと思う。組織の人に何を言われようと、自分の生活を守るのが第一です。聖教新聞を講読しなくても、罰はあたりませんし、福運が消えることもありません。経済的に困っても、創価学会金銭的に援助してくれることはありません。自分のことは、自分で守るしかないのです。

私は、むかし会社に勤めていた頃、生活が苦しいという理由で「組合費」を免除してもらったことがあります。思いきって話してみると、結構そういう事例があったようで、組合の方も誠実に対応してくれました。

生活保護を受給している人、受給していないけれど生活保護基準ギリギリかそれ以下で生活している人、様々な人がいると思うのだけれど、是非とも組織のしらがみを断ちきって、「聖教新聞」の講読停止に踏み切っていただきたいと思う。

創価学会には、「聖教新聞」購読料の大幅値下げ、日刊から週刊への変更、日曜版の設定等、生活弱者も含めて講読者全般に対する細かな配慮を期待したい。(あまり期待できないけど・・・)