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チクル妄想工房 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-11-30

2016-10-29

ノベルゲーム制作再開といってよさそうですね

ツイッターに書いて気付いたんですけど、わたしあれなんですね。
終わらない物語を終わらせるためにどうも語り手を殺したくなるみたいですね。
語り手が死ねば物語を終わらせることができますからね。
なにかの事件に決着がつくとかいうことの他にもっと明確な終わりとして語り手の死というものが、書く際のよりどころとしてあるのが気持ち的に楽だったんですよね。たぶん。
しかし少し考えれば、実際は語り手が死んだからといって、作品がそこで決定的に途絶するとは限らないと思うのですけれど。

自分で思い出すのは、「公園」や「チャイルドポルノ」が語り手を殺したようなものですけれど、もっとも「公園」は最初からあの終わりが予定されていましたし、「チャイルドポルノ」は遺書が残されただけで明確な死ではないですが(あれが「死」であったかどうかすら作中では定かではないですしね。)(「チャイルドポルノ」は覚えている限りですと、ラストをどうするかは何も考えていませんでしたね。ああするのが、あの時点のわたしの限界だったのかもしれませんね。)
それでも何らかの形での「語り手の退場」というのを、物語を終わらせるための「手法」として、安易に用いるきらいがあったように思います。
いや、というよりはそのような思想のもとで物語を構築する傾向があったのではないでしょうか。
いや、もしかしたら物語を終わらせる手法として語り手を退場させる、というのでもなくて、物語の終わりに根拠を与えるために……言い換えれば、物語の終わりに際して読者を納得させるため(物語内容についてはさておき、構造上は少なくとも物語を続けるための力が一つ確実に失われたのですから、書きながらわたしが読者にむけて何かしら整合性を示したつもりになったとしてもおかしくはないだろう)の形式として語り手を退場させるのでしょうか?……そうまでしなければ物語は終わらないものとわたしは思い込んでいたのでしょうか?

さて、次作の制作を再開しまして、『潜像』というのが次作のノベルゲーム(サウンドノベルビジュアルノベル?デジタルノベル?)のタイトルの予定なのですけれど、シナリオもだいたい固まってきた感じなので、このままの調子で行けるところまで行って、完成できれば完成させて、調子が落ちてきたならまた休んで……といった具合に進めていけたらいいかと思います。ティラノスクリプトの本も買いましたから今度はもうちょっといけるでしょう。

2016-05-25

2016-05-21

制作進んでないですね

4月ごろにノベゲではないものを一本公開して、個人的にあんまり満足できない出来ではあったんですがきりはついたかなといった感じです。いったん完成していたものを公開しないでしまっておいて、今回それにちょこちょこ手を加えて仕上げたといったふうです。手を付けてみたら当時の自分が公開しなかった理由がよくわかる中身でした。

一方、制作中だったノベゲですが、こっちは話としてもいまのまま完成までもってくのは厳しい感じもするし、モチベーションもなくなってどうしようもないので、やる気なさすぎてなんかゲームしまくっちゃうし、漫画とか読んじゃうし、ひとまず止めにすることに。
ただ、中身を半分ほど削って、書き足したりなんだり整理すれば全体がくっきりしそうな感じがしてます。おぼろげにやりたいことは見えてはいます。もっとも、それでも力不足なのはわかっているので、いまは今後の制作がどうなるかはなんともいえない。
ティラノのシステムはバックログとかセーブとかの機能がそれほど面倒くさくない手順で操作可能な状態にはなったからもういいや。この制作ツールはやはりきちんとカスタマイズできる人向けのようだから、自分のような人間が使うばあいは限界があるわけ。
背景やら音楽やらの面倒くさい理屈に関しては、今のレベルではどうしようもないから、普通に作るんじゃないでしょうか。ちゃんとデザインしてる人はすごいよ。