NRK活動報告書

2017-02-11 試験どころじゃなかった

さよなら、けたぐりおじさん 02:23

間垣親方(元小結時天空)の訃報から10日余りが経った。

亡くなったその日の昼休みに相撲好きの先輩から聞かされて、休憩室で思わず泣いてしまって同僚たちを驚かせてしまった。

ちょうどそのとき試験直前だったけど、もうその日は何も手につかなくて家に帰って画像検索かけて布団の中でずっと泣いてた。


初めて時天空という力士のことを知ったのは、相撲を見始めて少しした頃だった。

対戦相手が誰だったかはもう覚えてないけど、鮮やかなけたぐりで一瞬にして相手を転がしていた。

当時まだルールをよくわかってなくて技の一つだと知らなかったから「あれはアリなのか」と思ってただただびっくりした。

それからもたびたび足技を連発していて、最初は「やたらと蹴ってくる人相の悪いおじさん」という非常に失礼な認識をしていて、正直あまり好きではなかった。

でも見ているうちにあの白く形の良い脚から繰り出されるバリエーション豊かな足技が癖になっていった。

そして巡業や協会公式ツイッターでのオフショットで見せる、土俵上での仁王様のような強面からは想像もつかないほど柔和な笑顔と神対応のファンサービス。土俵入りで誰よりも深々と礼をして土俵に上がる姿。さらにモンゴルの学校に寄付活動をしたりしているという話を聞いて「この人顔はめっちゃ怖いけどいい人なんだ」と思うようになって、毎場所見るのを楽しみにしてた。


悪性リンパ腫という病名を公表されたのが一年前。

引退されてしまったのはとても残念だったけど、これから親方として後進を育ててくれることは嬉しかったし、去年の秋場所で親方として仕事してるのをテレビで見かけたときは元気になったんだと思って安心してたのに。もっと親方の解説を聞きたかった。いつかは巡業や本場所に会いに行きたかった。


未だに親方がもういないと思うとどうしようもなく悲しくて悔しくて寂しいけど、相撲の技の多彩さや取組の駆け引きの面白さを教えてくれた親方には感謝している。

日本に来てくれてありがとうございました。

そして闘病生活お疲れ様でした。どうか安らかにお休みください。

2016-05-30 クレーマーは滅べ

伝説の終焉 17:50

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元・旭天鵬断髪式に行ってきました。

とうとう本当に引退してしまったなぁ。一番好きな力士だったから感慨もひとしおである。

私が初めて相撲を見たのが平成24年の春場所で、誰一人として名前を知らない状態でテンホーさんを見て「なんか一人だけ異様にくたびれた顔してるおじさんがいるなあ」という非常に失礼な印象を持ったわけだが。

その次の場所でまさかの平幕優勝からの花道奥で旭日松とか旭大星とか付け人たち大号泣の一連の流れで一気にファンになりましたね。


で、ついに引退が決まって断髪式の日程決まってから速攻でチケット買って出勤代わってもらって行ってきましたよ。

本当は一階の桝席で見たかったんだけどさすがに4人用桝席にぼっち参戦は(精神的にも予算的にも)キツいものがあるので二階席で妥協。妹誘ったけどノンタイムで断られたよね…


もう先週は断髪式が楽しみ過ぎてお相撲全然興味ない同期にまで報告してしまったし。

私「日曜日に旭天鵬の断髪式があるからそれを楽しみに一週間頑張る!」

同期「そうなんだ!それでモチベーション保てるってすごいね!髪切るだけじゃん!

私「あっ…!ほんとだ!!髪切るだけだ!!


断髪式とか行くの初めてだったから何するのか知らなかったんだけど、行ってみたら相撲甚句とか初っ切りとかいろいろ催しがあって面白かった。髪切るだけじゃなかった。


司会は大相撲中継でおなじみのNHK藤井アナウンサー。まず第一声が「みなさんいつも受信料をありがとうございます」www

藤井さんのナチュラルに毒舌なしゃべり方ほんと好きwww


テンホーさんと子供達の稽古とかあって、テンホーさんの長男・蓮くん(4歳)とそのお友達がまわしつけてテンホーさんとお相撲取ってたのがかわいかった。蓮くんお父さんに激似だし4歳児とは思えない体格。そしてなぜか終始不機嫌wwなにがあったんだwww


テンホーさん最後の取組の相手旭鷲山。ともに40オーバーのオッサン同士(失礼)なので大丈夫かと思ったけど、やっぱり元力士だけあって迫力ある取組だった。最後のうっちゃりは実に見事。


メインイベントの断髪式は400人も鋏入れたから2時間くらいかかってた。あまりに長くて途中で寝たよね…

断髪式の間エントランス関取衆が熊本地震義捐金を集めてるよ!って告知あったから行ってみたけど人多すぎてどこに募金箱あるのかもわからんかった。誰かの大銀杏だけかろうじて見えた。

で、いよいよ終盤になって協会関係者やOBが切る順番に。

藤井アナ「さて次はこの方…久しぶりのご登場です。横綱朝青龍さん!

会場「ウオオオオオオオ!!!!!」

まさかの朝青龍登場www間違いなくこの瞬間が一番盛り上がってたwww

なんだかんだ言っても人気あったんだなぁ。この人が現役のうちに相撲を知りたかった。


あと小林幸子とかも来とったぞ。何つながりなのかよくわからんが。

彦摩呂も来てたんだけど、鋏入れ終わって戻る途中でお客さんから次から次へと写真頼まれてて(20組くらい余裕で撮ってた)土俵のすぐ下のはずの自分の席に戻るまでに10分以上かかってたんだけど嫌な顔一つせずに頼んできたひと全員と写真撮っててすごいいい人だと思った。


師匠の止め鋏も済んだところでご家族からの花束贈呈。ここで長女・柚希ちゃん(7歳)からサプライズでお手紙の朗読が。

藤井アナ「ごめんね、僕らにもサプライズだったからマイクが用意できてなくて…ちょっと待っててね」そういうことを言わんでよろしいwww

で、どうにかマイクが届いて手紙を読み始める柚希ちゃん。しかし内容がひどい。

「お父さんが保育園の餅つき大会に来てくれたとき、『お父さんがお相撲さんだなんて恥ずかしいから来ないで』と言ってしまったり、学校で話しかけられても知らんぷりをしてごめんなさい」

「負けて帰って来ると『どうして負けるの?怪我してもいいから勝ってよ!』と言ったりしていたとお母さんから聞きました」

「弟の蓮くんも『そんなに負けるなんて向いてないんじゃないの?それならお相撲なんてやめちゃいなよ!』と言っていました」

子供たちの父親の扱いwwwまあ最後はいい話な感じにまとまってたけどwww子供からの手紙の朗読とか感動的なシーンなはずなのに笑いが起きまくる会場www


髷を落としたあと髪型を整えてる間に幕内取組。その前にやってた十両取組もだけど、花相撲のせいかあんまりガチの勝負ではなくて興業的な意味合いが強かったかな。

旭日松がやたらとメンチ切ってみせたりして初っ切りみたいだったし白鵬まで旭日松並みに大量の塩撒いて見せたりしてていつもと違う雰囲気でこれはこれで面白かった。ただし白鵬-鶴竜だけはガチだった。


そんなこんなで全取組終了して旭天鵬改め大島親方の新ヘアスタイル披露目。まさかのツーブロック

ツーブロックって太めの人がやると某半島第一書記みたいになるのね…


チケットには4時終了予定って書いてあったけど全部終わったら余裕で5時過ぎてた。絶対髪切るのに時間かけすぎだろこれ…400人も来るから…

まあでも貴重なものを見られたので、来てよかった。ありがとう旭天鵬。

そしてこれからは魁聖推しで行きます。

2016-05-06 積ん読消化月間

凱旋 16:44

この連休に長年の野望だった「大学時代のバイト先に客として行く」というミッションをクリアしてきた。

学生時代にバイトしてたのは結構知られてる高級料亭で、お客様は完全予約制で懐石オンリーというところだった。

貧乏学生には到底手の届かないお値段の店だったんだが、たまにお客様にキャンセル出て余っちゃったときとかに賄いに出してくれたお料理がめちゃめちゃ美味くて、「就職して今よりお金稼げるようになったら懐石の完全体を食べに来る!」と誓って卒業したんだが。

まあ思ったよりお金持ちになれなかったのとなんとなく機会がなかったのとで卒業して早6年。

去年の暮れにバイト時代になにかとかわいがってくれて卒業後もたびたび連絡取っていたオバチャンと電話したら、私がバイト時代にいた板長が定年だか何だかで辞めて新しい板長に代わったと伝えられて、ヤバいこのままグズグズしてたら当時勤めてた人みんないなくなってしまうと慌てて金沢行きを計画。

…したんだけど昨年から続く新幹線バブルのおかげで宿は取れないし宿は取れても肝心の店の予約が取れないし。学生時代そんなに混んでたっけなぁ。私が知らなかっただけ?

そんなこんなでようやくこの連休に予約が取れて、母と妹と3人で日帰り金沢観光を兼ねての小旅行を計画。


そしたら当日の朝に妹がまさかの発熱最近金沢行こうとすると誰かしら熱出すんだけどなんなんこれ…呪われてるの…

当日キャンセルだと結局全額お支払いになっちゃうしせっかく仕込んである食材がダメになっちゃうのは申し訳ないから誰か一緒に行ってくれる人探せ!ってことで祝日の朝の7時から親戚友人に電話かけまくる。大迷惑。

しかしまあ連休なんてみんな予定あるし予定なければその時間は寝てるしで身内は全滅。というわけで金沢近辺在住の友人に連絡取ってみたら。

「こんなタイミングでアレやけどぉ、私ぃ、今度結婚することになったわ」

「マジか」

予想外の報告を受けたりもしたけど、大学時代の友人の、たまきはる でおなじみtamakiさんと無事連絡ついて快諾してくれたので現地で待ち合わせてお食事会。何気に大学以来の対面。久しぶりに会えて楽しかったぞー(私信


で、お食事は本当に美味しかった。学生時代にもらってた残りものも十分美味しかったけど、やっぱり出来立ての最高のタイミングで食べるともう全然違うなと。のどぐろ美味すぎる。

味も見た目も運ばれてくるタイミングもスタッフの対応も素晴らしくて、我が(元)バイト先ながら本当にいい店だなと思いました。

板長が代わったからお料理の内容とか盛り付けの仕方は若干変わってたけど、使ってる食器の名前は全部思い出せたしどこにしまってあったかまで蘇ってきてどんだけバイトしてたの自分。仲居さんも「軍曹ちゃんこれ分かるやろ?」とか聞いてくるし。


念願のお食事ができたのも嬉しかったし、バイト時代にお世話になった仲居さんが私のことをちゃんと覚えてくれてたのも嬉しかった。

いつも電話してくれたオバチャンともやっと再会できたし。6年も経つからすこし老けてはいたけど元気そうで安心した。

最後にオバチャンと仲居さんと3人で店の前で記念写真も撮れたし。来れて良かった。


学生を大事にしてくれるいい職場だったなー。金沢の文化も学べたし、あの4年間の経験はすごく大きいと思う。

また行きたいなぁ。

2016-04-30 試験受かっとった

[]別れそして出会い 16:16

診断ついてからまもなく5年。ついに主治医が転勤してしまった。

まあ勤務医だし先生もともと関西の人みたいだからいつかはこういうことになるだろうなーと思ってたが。

若干天然入ってたけどちゃんと話聞いてくれるし入院中も土日祝関係なくほぼ毎日様子見に来てくれていい先生だったなー。お世話になりました。

そして今年度から2人目の主治医。前の先生とだいぶ毛色は違うけど悪い先生ではなさそうなので一安心。よろしくお願いします。

[]波乱の幕開け 16:16

で、主治医が変わった途端にガタガタと崩れる体調。

新しい主治医になって最初の診察が終わって家帰ったその日の夜に突然の発熱

血液データは悪くなかったはずだからインフルか何かかもしれんと思って職場の救急外来受診して検査してもらったけどインフルをはじめとしてマイコプラズマとか溶連菌とか感染症系はすべて陰性。なんだかよくわからないけどインフルの可能性もあるからまた明日来てねってことで一旦帰宅。

翌朝40℃超えててこれはさすがに大変だと再度職場の内科受診してインフル検査してもらったけどやっぱり陰性でなんだこれ。

そしたら5年前に診断つけてくれた先生がやってきて「これはSLEの急性増悪だと思うからすぐにかかってる病院に行ったほうがいいよ。受付時間過ぎてるけどすぐ紹介状書くから」と言ってくれて主治医に会いに病院へ…行こうとしたら新しい主治医はパートで週一しか来てないことが判明。オイー聞いてねえぞ。

というわけで初めて会う先生にとりあえず診察してもらって薬増やしてもらい、(プレドニゾロン8mg/day→18mg/day)「来週また主治医の先生に診てもらってね」とのことでとりあえず帰宅。

薬飲んだらすぐ熱は下がって一週間後また主治医の診察。このときはもう体調も良くなってて「全然大丈夫っす」とか言ってて、主治医の先生も「何らかのウイルス感染で風邪かなにか引いて悪化しちゃったんじゃないかな」とのことで。「まあもう大丈夫そうだしまた薬減らしちゃうか」「そうですね」って感じで減量。(18mg→10mg)

そして翌日にまた発熱。


大丈夫じゃねえ。


診察の翌日に立て続けに熱出すとかあの先生は逆フラグ神か何かか。

一日寝ても下がらず夜中にはまた40℃まで上昇して結局その翌日に救急外来受診。パートなのでいない主治医。初めて会う当直の先生(専門外)に診てもらってまた増量(10mg→18mg)。

後日またしても主治医の診察。一か月間にこんなに頻繁に病院来たのなんて去年の指に潰瘍できちゃった事件以来…あっ結構最近だったわ

一連の経過を見るに「やっぱりもう少し薬このままで様子見た方がよさそうだね」という話になってしばらく18mg/dayでいくことに。

先生には「もうちょっとゆっくり減らせばよかったねー。大変失礼しました」と謝られたけど私も全くの予想外だったわ。ここ最近はそこまで体調悪くなかったんだけどなぁ。

去年も今頃の季節に熱出してたし、前に入院したのも春先だったし、実は冬より春の方が体調崩しやすいのかもしれん。

診断ついて5年も経つけど未だに予想がつかないことが多いなぁ。

2016-02-21 試験オワタ

ついに 19:49

白梅寮と泉学寮の閉鎖が決まったらしい。

ネットで探しても記事が見つからないから詳細がよくわからないのだが、6年後をめどに閉鎖して角間キャンパスに集約して留学生も入れる800人規模の寮を新設するそうで。

まあ確かにキャンパスは山の上に移転したのに寮だけ街中に取り残されて遠かったし老朽化も激しかったからいつかはこうなるだろうと思ってたけど、思ったより早かったな。

しかし角間キャンパス内かよ…せめて山の麓とかにしてほしいなぁ。ただでさえ集団生活ストレス溜まるのに山奥に隔離とか精神病む奴出ると思う。

あと学校終わってバイトしに街まで下りてバイト終わって夜中にまた山登るのかと。バスないだろと。街灯もロクにない山道を一人で帰るのは危険じゃないかな。前にそれで女子大生殺された事件あったよね、山中にある寮に帰る途中で行方不明になってバラバラになって発見されたってやつ。

その辺のことはちゃんと配慮してくれるのかな、バスの本数増やすとか。


新寮建設は寮生の悲願だったから喜ばしいことではあるが、あの寮がもうすぐなくなるかと思うと一抹の寂しさを感じるな。

やっぱり個室になるのかな。さすがに暖房が夜10時で止まるとか風呂が一日おきしか動かないとかはないだろうな。

あと留学生も入居となると自治寮っていう形は難しいだろうから執行委員会だの寮生大会だのはなくなるんだろうな。

毎週夜10時11時に集まって会議したり行事やら何やらのためにバイト休んだり友達との遊び断ったり寮の仕事で時間取られて徹夜で実習レポート書いたり蛍光灯替えてて感電したり忙しかった執行委員も、北溟寮とガチンコバトルしたり寮祭準備で時間なくて友達の実習レポート丸写ししたり徹夜で段ボール敷き詰めたり徹夜でカレー煮込み続けたり泣きながらTシャツ売ったりした寮祭実行委員も、新寮に入る子たちはやらなくてよくなるんだなぁ。

別に自分がした苦労をわざわざ後輩達に体験させたいとは思わんし、寮の本来の目的である「経済的に余裕のない学生が安心して生活できる」ということが保障されるのならどんな形態であっても構わんけど。

寮で学ぶことは多かったし、いろんな役員をやった経験は大きいけど、どう考えても「ただ伝統だからやってる」だけで何の意味もないよねってこともあったし。少なくとも晩秋の夜にずぶ濡れで泥まみれのスポンジ投げつけ合う必要はどこにもないよね?さすがに今はもうやってないだろうけど…


それでもあの寮で過ごした4年間の経験は本当に貴重だし、寮仲間とは全国に散った今でもよく遊んだりしてるから、新寮でも寮生間の交流の場はなるべく多く作ってほしいなと思う。

[]各種役員 19:49

自治寮で運営は全て寮生自身によって行われていたので、1回生から4回生までそれぞれに役があった(任期は半年)。

まず1回生は「部局」というものに属することになっていた。

寮全体で12の班に分かれてて、各班から1名ずつ「厚生」「文化」「副代議員を選出し、執行委員の指示のもとに仕事をすることになっていた。

厚生は主に大掃除やゴミ捨て、文化段ボール資源ゴミの整理・追いコンなど夕食会の準備など、副代議員は班全員分の寮費の回収…とあとなんだったっけ(忘れた)


2回生は「執行委員」と「代議員」。

執行委員は各班1名ずつ選出された12名から成る委員会で、それぞれ委員を決め、寮の中心的な役割を果たしていた。

まず寮長・副寮長

執行委員の任期は半年で、原則一期で交代となるが、執行委員を留任する人が寮長・副寮長を務める決まりになっていた。(つまり執行委員を一年間やる。大変。)

他の委員は、

総務…私がやった係。寮内の備品消耗品の管理、書類の作成、三寮会議への参加(後にメーリス化)、代議員会へのオブサーバー参加、各種雑用、寮長・副寮長代理(実際やったことない)など。ぶっちゃけ楽。2名。

会計…毎月の寮費の徴収および寮内の色んなお金の管理。寮費徴収日の二日間は回収場所の和室にずっと詰めてるしお金扱うから計算合わないと大変っぽい。2名。

厚生…大掃除の指揮を執ったりゴミ捨てしたり、寮内の美化に努める。活動内容はシンプルだがなかなか大変。3名。

文化…夕食会の企画・運営、公室(各階の和室・談話室)の管理、資源回収など。追いコンがある冬季の方が忙しい。2名。

炊事…寮食(お弁当が届く)希望者のチェックと注文。寮食取る人はごく少数だったのでおそらく一番楽。1名。

このほか各委員の仕事とは別に、週1回の会議で寮の様々な問題について話し合ったり「梅の箱」という目安箱的なものに投函された要望や意見について対応を考えたり。これとは別に何か問題があったときは臨時で集まったり。

他は各委員ごとに任期の始めには方針案終わりには総括案を代議員会に提出。班会の参加など。

あと普通の見回りとは別の見回り当番があり、夜10時に寮内放送で諸々の連絡事項をアナウンスし、正門の施錠、廊下の消灯。12時に各フロアの見回りがされていることを確認し、横門の施錠。翌朝7時半に正門の開錠。これを寮長・副寮長以外の10人で回していたので最低でも月に3日は寮にいなければならず、さらに会議やら何やらあるので任期中は月の半分くらい外泊できなかった。してないけど。

代議員も各班1名ずつの選出で、年に2回ある寮生大会(生徒総会的なもの)の前後に各班ごとに「班会」というものを開催し、方針案・総括案に対する意見・質問を集めて、その後代議員会で報告。そしてまとめられた意見を執行の各委員に提出というのが仕事だった。

この班会というのが厄介で、結構忘れたり出なかったりする人が多かった(特に上回生)。班員の半分以上が参加していないと不成立になるので、どうしても人が足りなかったときはたまたまそこら辺を歩いてた他の班の一回生を捕まえてきて頭数だけ揃えるという力技に出たりしてた。


3・4回生は「議長」「保安委員」「選考委員」「ネットワーク加盟者会議代表」「監査」。

議長(と副議長)は代議員会の長で、寮生大会の議事の進行。通常の寮生大会に加えて、寮生に対して有期退寮や無期退寮など重大な罰則を下す場合には臨時寮生大会が開かれ、罰則内容について審議した。これが荒れに荒れて大変

保安委員はその名の通り寮内の保安を司る委員。規則違反者への罰則や見回り当番表の作成、避難訓練の実施などがあり、各階1名+寮長・副寮長の6名で構成されていた。やることは少ないけど有事の際にクッソめんどくさい。

選考委員は2名で、部屋割りを決める係。原則2人部屋で、退寮者が出た場合、上回生で尚且つ重要な役(寮長とか)を経験したものから順番に1人部屋になるルールだったので、退寮者が出ると同室の下回生を移動させる必要があり、ガンガン退寮者が出るので常に部屋割りのことを考えなければならなかった。ストレス溜まるらしい。

ネットワーク加盟者会議代表は私がやった役。(他にもう一人会計係がいた)寮内のインターネット環境の保全が仕事でやることはそんな多くないんだけどこれが寮祭実行委員より執行委員より嫌だった。ぶっちゃけ機械のこととか全然わかんねーのに管理しなきゃいけない上にしょっちゅうブッ壊れるから夜中に懐中電灯片手に作業したりくっっそめんどくさかった。でもおかげでLANケーブルの修理の仕方を覚えた。実生活で役に立ったことはないけど。

監査は「執行監査」と「会計監査」の二人いて、執行委員および会計が適正に運営されているかの監査。それぞれ執行監査は執行委員経験者。会計監査は執行委員の中でも会計委員経験者が務めることになっていた。

 

執行委員・議長・副議長・保安委員は一応選挙があって、信任投票という形式で、不信任が一定数いた場合はなれないことになっていた。まあこれで落選した人見たことないけど。


面倒な仕事が多かったけど、寮という小さなコミュニティ内でも司法(保安)・立法(議長)・行政(執行)の三権分立が守られていたし、寮の運営にかかわる重要なことはちゃんと全寮生で話し合って決めてたし、システム的にはよくできていたと思う。


ちなみにこれらとは別に「新寮対策委員」というものがあった。これは人数決まってなくて3〜4人くらいで他の役に就いてない人って感じ。

一応名目上は「新寮建設に向けて学校側と交渉し、寮生側の要望などを伝えるための委員」ということになってたけど、在学中新寮の話が持ち上がったことは一度としてなく、それに近い話も執行委員の方に来てたので、どちらかというと「上回生なのに何の役にも就かずにフラフラさせてるのもアレだから名前だけでも何かの役を与えとこうぜ委員」というのが実際だった。執行委員とか任せられないようないい加減な奴用の委員というか。


しかし在学中は新寮なんてツチノコネッシーと同じ類のものだと思ってた。本当にできるんだなぁ…