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2016-09-21

パソコンを買い替えます。しばらくコメントは反映できません。

| 22:34 |

 半月程前から半壊状態だったパソコンの調子がいよいよ悪くなってしまったので、12月頃に買う予定だったパソコンをこの数日中に買う事にしました。

 予定が空いていてなおかつ晴れている日に買ってきます。

 しばらくの間、書き込まれたコメントを掲載したり、それに反応したりする事は出来ません。

 何卒御理解下さい。

2016-09-20

「せんみつ」・「三味線」・「悪魔」・「マクベスの魔女」の中で一番怖いのは・・・

| 19:51 |

 「せんみつ」という俗語がある。意味は複数あるが、ここでは「真実を言う確率が0.3%の極端な嘘吐き」という意味で用いる。

 こういう人間は、何でも信じてしまう子供には強敵だ。大人にとっても、何の情報もない状態で初対面だった場合には、かなりの強敵だ。一期一会の状態で詐欺をする能力には長けている。

 だが所詮はそこまでだ。二度三度と同じ相手に騙される人間は少ない。だから八百屋等を営むと、すぐに正直者の同業者に利益を追い抜かされてしまう。

 次に、麻雀で「三味線」と呼ばれるブラフ行為をする者がいる。ポーカーでも、敢てポーカーフェイスをせずに百面相を試みる者がいる。

 だが嘘ばかりではすぐに「せんみつ」同様に裏をかかれる。裏をかかれるのを防ごうとすると、結局は真実を言う確率を50%に近づけなければならなくなる。そうなると今度は発言も顔も無視されるようになり、結局は自分だけ喉と顔を疲れさせてしまうだけという事になる。

 次に「悪魔は99%の真実に1%の嘘を混ぜてくる」という俗説がある。これは確かに本当に手強い。普段は正直者を装っていながら、ここ一番という所で裏切ってくるのであるから。

 評論家であれ、政治家であれ、宗教家であれ、インテリは「せんみつ」と「三味線」には強いが、「悪魔」にはコロリと騙される場合がある。

 だが本当に怖いのは、嘘をまったく言わないマクベスの魔女なのだと最近気付いた。

 例えば「選挙なんかしない方が、その費用を浮かせられますよ」と叫ぶ。これ自体は決して嘘ではない。そうしておいて「ただし選挙が無いと権力者が腐敗して税金を盗む様になるので、余命がX年以上の人にとっては却って損でしょうね」という部分だけ、言わないのである。

 これが「長生きする人にとっても得ですよ〜」と嘘を言ってくれたら批判もしやすいのだが、敢て巧妙にそれを匂わす程度で終わらせてしまい、いざという時の訴訟や政治的責任の追及を回避するのである。

 こういう人の誘導から逃れるのは難しい。

 そしてもう一つ気を付けるべきなのは、自分がいつの間にか、悪意無きマクベスの魔女になっていないかという事である。

 以下は自戒を込めての提言なのだが、自分の事を「魑魅魍魎だらけの二十一世紀の荒野において、燦然と輝く正直者の孤塁!」等と思っている人は、今まで自分が何人のマクベスを地獄に堕としたか、今一度数え直してみて欲しい。

マクベス (新潮文庫)

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2016-09-15

『復活のF』の亀仙人の能力に関する問題についての私の意見

| 19:11 |

 『復活のF』で亀仙人がフリーザ軍の一般兵一人よりは強い事が判明し、しかも公式設定でそれが以前からの本来の強さであったと語られた。

 フリーザ軍の一般兵といえば、戦闘力1000のナメック星人よりは強く、3000のナメック星人よりは弱いので、一般に戦闘力は2000前後と見積もられている。

 このため、「何故戦闘力の公式設定が1500のラディッツに抵抗してくれなかったのか?」という議論がある。

 だが私はこの質問自体がおかしいと思っている。

 亀仙人は元々そういう性格だった筈だ。レッドリボン軍がどれだけ悪事を行い、それが耳に入ってきていても、自分の住む島が荒らされない限りは放置し続けていた。自分の島に侵攻をされた後も、倒したのは上陸部隊のみである。更には、自分の二番弟子である牛魔王の悪事の噂を聞いても、偶然再会の機会があるまで放置していたのである。

 よって「何故ラディッツに・・・」等という質問をする者には、私はこう問い返す。「そんなに亀仙人の利他精神を自明の前提にしているのなら、何故「そんなに強いなら何故レッドリボン軍に抵抗してくれなかったのか?」と以前から聞いてくれなかったのか?」と。

 亀仙人は「仙人」と称するだけあって、世俗を無視する逸民なのである。寧ろ旧ピッコロや新フリーザの部下と戦ってくれた時の方が例外なのである。

 姉を通じて死後の世界の存在を知っているから、悪人が一般人を殺しまくっても、それを大した悲劇だとは感じないのであろう。

 ここまで読んでくれた人の中には、「では何故旧ピッコロと新フリーザの部下とだけは、例外的に戦ってくれたのか?」と思う人も多いだろう。

 旧ピッコロに立ち向かってくれたのは、魔族に殺された者は天国にも地獄にも行けないと知っていたからであろう。

 そしてこの時に、月さえも38万kmの彼方から破壊し、フリーザ軍の一般兵を軽く凌駕する、あの真の実力を発揮せずに魔封波に頼ったのは、ピッコロを殺すと神も死ぬという事を知っていたからであろう。神とピッコロの関係は、カリンと知り合いにさえなれば機密でも何でもない情報であり、現に悟空もカリン経由でこの情報を得ている。

 また新フリーザは地球の破壊を目論んでおり、彼の発言を信じるならば、地球が消えるとその付属の地獄も消滅する設定であった。これまた、現世での人の命には余り頓着しないがその魂の永久消失は防ごうとする性格の人物が抵抗をしたくなる様な相手ではないか!

 以上により、牛魔王・レッドリボン軍・サイヤ人を放置して、旧ピッコロには相手が死なない程度に抵抗をして、新フリーザには懸命に立ち向かった亀仙人の態度は、極めて一貫性のあるものだと私は考えている。

2016-09-11

「「帰化」という単語は元々は差別的な意味なので使用すべきでない」という意見を憂慮中

| 23:58 |

 「「帰化」という単語は元々は差別的な意味なので使用すべきでない」という意見を最近よく見かける様になった。

 これについては一個の見識だとは思っているので「絶対反対だ!」と対抗する気にはならないのだが、副作用が強過ぎる見解であると思い、憂慮している。

 私が考えるこの意見の問題点は二つある。

 第一は、差別か否かの判断の際に「元々の意味」を重視する風潮が高まると、却って差別に苦しむ人が増えるという事だ。

 確かに世の中には一定数の、「言葉の意味は変化しない。変化と称しているのは全て単なる誤用だ」という立場の人がいるし、そうした意見も一つの見識だとは思う。そういう立場の人の「差別されたので不愉快だ」という損害を減らすには、やはり過去の意味・用法を重視した方が良いであろう。

 しかしより多くの人が、言葉の意味は変化するものだと考えている。「やあいこのX(現代人の多数派にとっては差別語)。ちなみにXとは古語では良い意味だ。」と罵倒された場合、言葉の意味は変化しない派にとっては痛くも痒くもないだろうが、多くの一般人には不愉快であろう

 第二は、「元々の意味」を重視すると決めた場合、いつの時点を「元々」とするかで果てしない論争が繰り広げられるという事である。

 仮に、「現存する中で一番古い用法」と決めたとしても、古典の成立年代はえてして曖昧である。

 「Yという単語は、A子は差別的に使っているが、それより古い時代を生きたB子は寧ろ尊称として使っているぞ。その証拠が『B子家語』だ!」と言った場合、「『B子家語』は後世の偽作だ!」という反論が予測され、「いや、古い文献を参考にして編纂されたものだ」という再反論も予測される。

 これに宗教が絡むと、ますます収拾がつかなくなる。

 「C宗が重視する経典は六朝期に翻訳されたものだと称しているが、学者の大半は唐代の偽作だと言っている。故にZという単語は差別語だ!」と決めようとしても、C宗の信者は容易には納得しないだろう。

 現代語準拠派と古語準拠派の争いを避けるため、「過去一度でも差別的に使われた証拠のある単語は不使用とする」という第三の折衷的立場も考えたが、これをしてしまうと名詞はほぼ全て使えなくなってしまいそうである。

 以上により私は、ある単語が差別的か否かの判断基準は、現代人の多数派の意識に従うべきであると考える。

 そして現代語では、「日本人がアメリカに帰化する」といった表現も「アメリカ人が日本に帰化する」といった表現も、価値中立的に使われており、「黄河中流域の文化こそ至高と考えてそれに同化する」等という意味は込められていない。

 だから私は、当分の間、「帰化」という単語を普通に使い続ける。

2016-09-10

もしも最近の幸福の科学の暴走が全て計算づくであったとすれば・・・

| 01:45 |

 最近の幸福の科学は、ほとんどの人が嘘だと見抜けるような質の低い霊言を発表したり、教義の急な変更があったり、国法に背いて恥じない姿勢を教祖が堂々と公言したりと、暴走が続いている。そしてその暴走の結果、比較的思考力の高い者から順に退会が続いている様である。

 幸福の科学と言えば、誇大な信者数を自称する団体であるので、観測者達は「あの団体は信者数を増やしたがっているのだろう」と決めつける傾向がある。だから批判的な観測者達の多くは、「幸福の科学は暴走の結果、意に反して弱体化しているから良かった」という態度を採っているようだ。

 だが幸福の科学は初期において「入会したいなら教祖の著作を読んで感想文を送れ」等と言っていたし、最近でも教祖が「これからはぶら下がり信者はついてこれなくなる」と演説をする等、名目ではなく実質の方の信者の数については絞り込もうとする傾向も持っている。

 もしも最近の暴走が、それがどんなに社会規範に背くものであっても教祖の命令に機械的に従い、警察に決して密告をしないような信者だけが教団に残るようにするための、計算づくの行動だったとしたら、どうだろう。様々な奇矯な失敗の原因の説明が一気につくではないか。

 大人しくしていれば付属大学を作れたかもしれない状況で文部科学大臣を誹謗したのも、敢て第七サティアンを超える規模の施設を「私塾」にするための陰謀であったのかもしれない。そして実際、その第七サティアンを超える規模の施設を用いて何か危険なものをこっそり作っていたとしても、国家権力はそう簡単には見抜けない状況になってしまっている。

 そして最近の公職選挙法の違反と、それに関連した国家権力への激しい攻撃も、何らかの違法な物質を散布せよと命令された時に唯々諾々と従う者だけが教団に残る様に仕向けているのかもしれない。

 これは所詮は仮説に過ぎないが、「最近の幸福の科学の暴走の原因は、単に教祖がマヌケだから」に匹敵する程度には筋の通った仮説である。

 教団を批判的に観測している者は、「信者数が減って良かった。」で済ませずに、裏の裏の可能性まで想定しておいた方がいいだろう。生き延びるためには。