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2017-01-17

私が「日本は韓国から民主主義を学べ」論者の大半を信用しない理由は、結論上の同志の多数派とは違っていたようだ。

| 06:58 |

 最近、「日本は韓国から民主主義に学べ」論と、それへの反発論を見かけるようになった。私は反発論者であるが、どうやら反発論者の中では異端に属すると気付かされた。

 というのも、反発している人の大半は、「韓国の方が日本より民主主義が進んでいる」という部分にだけ反発しており、その論点で勝利する事だけを目的としている様に感じられたからだ。

 私は、権威ある国際機関が作る民主主義ランキングを原則として信じる立場であり(参照→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20150530/1432982637)、そうしたランキングでは日韓は年によって抜きつ抜かれつする間柄であるので、「韓国の方が日本より民主主義が進んでいる」という主張にはさして反発を感じないし、躍起になって論破しようとも思わない。「約50%ぐらいの確率で今年はその通りなのかもしれないな。」と思うだけである。

 私が「日本は韓国から民主主義に学べ」論に反発するのは、その志の低さへの嫌悪である。他国の民主主義に学ぶのであるなら、世界最高峰クラスの北欧諸国から学んだ方がいいだろう。

 これについては、「それは理想だが、北欧諸国の言語は日本人に馴染みが薄いので、その政治体制を参考にするのは困難だ。」という反論が予測されるし、そうした反論には一理あると私も思う。

 だが言語上の問題を云々するのであれば、日本人が一番得意な外国語は英語であるので、英語が公用語であってしかも日本より民主的な国を手本にするべきという事になり、やはり韓国は候補から外れる。

 「地理的に近いから学ぶ費用が安くすむ」というのは、古代や中世であったならば説得力があったかもしれないし、現に仏教をインドからではなく中国や朝鮮から学んだ事績もあるが、現代ではかなり時代遅れであると思われる。

 「人種的に近いから学びやすい」というのは、学びやすくなる因果関係もよく判らないし、人種主義自体がもうかなり時代遅れなので、採用し難い。

 そういうわけで、私が「日本は韓国から民主主義に学べ」論を嫌悪するのは、韓国の民主主義が嫌いだからではなく、論者のほとんどが以下の内のどれかに当て嵌まるからである。

1.実は日本の民主主義が高揚するのを恐れているから不当に低い目標を喧伝している、隠れ反民主主義者。

2.自分が偶然英語より韓国語が得意であるため、韓国に学ぶ風潮が高まれば一儲け出来ると考えている連中。

3.情報の伝達に関して中世レベルの技術を前提とした特異な感覚を持っている者。

4.過激な人種主義者。

5.世界の常識的な評価基準とは別の独自のランキングを信じ、韓国の民主主義が北欧のそれを超えたと考えている連中。

2017-01-11

「遺族の感情」を根拠にした死刑存置論は、大概の場合、漠然としている。

| 14:40 |

 しばしば死刑廃止論者からも「有力」とみなされる、「遺族の感情」を根拠にした死刑存置論だが、大概の場合は底が浅く、練られていない。

 そもそも一口に「殺人事件の遺族」といっても、多種多様な性向を持った個々人である。犯人がどんな目に遭えば一番爽快感を味わえるかは、各人によって違うだろう。

 ある遺族は、確かに犯人が死刑になる事を望むかもしれない。だがその希望者たちも、子細に事情を尋ねれば、絞首・斬首・銃殺・薬物中毒死の、どれが一番爽快に感じるかは、多種多様であろう。中にはハンムラビ法典原理主義者みたいなのがいて、かなり特殊な死に様や、運次第ででは生き延びるメニューを所望してくるかもしれない。

 またある遺族は、犯人が無期懲役囚として散々単純労働をして死んでいくのを望むかもしれない。

 また犯人の能力によっては、単純作業に従事するよりは高度な労働をして高い賃金を得た上で、それを渡してくれる事を望む遺族もいるだろう。

 こういう話をすると、多少とも話の通じる「遺族の感情」論者は、「よし分かった。昨日までの私は単純だった。死刑は存置した上で、犯人を具体的にどんな目に遭わせるかは、遺族の意見がより重視される制度を作っていこう。この制度のせいで死刑判決が減っても望むところだ。」と「転向」をしてくる事が多い。

 だが私はこれにも不満がある。

 どこからどこまでが「遺族」なのか、そして遺族同士で意見が割れたらどうするのか、それについてのルールがはっきりしていないからだ。

 それについて尋ねた所、まともな返事をされた事が一度もない。

 仕方が無いので、私が仮に「遺族の感情」論者に代わって、公正なルールを作ってみた。

 「殺人事件の犯人の処遇について、判決を左右出来る「遺族」の範囲は、民法の相続の規定に準じる事とする。発言権の割合も相続に準じる。話し合いと投票の結果、一位を獲得した処遇が二つ以上あった場合には、その範囲で裁判官と裁判員が自由に処遇を選べる。」

 だがこれでは、被害者に死なれて悲嘆にくれた恋人や同僚の感情は完全に無視され、長年対立していて「殺されてざまあみろ」と思っていた親類の感情が重視される事になる。

 殺人狂と遺産相続人の間で、「必ず一番軽い刑を選んでやるから、オヤジを殺せ」という密約が成立するかもしれない。殺し屋を雇った場合と違って金という証拠が無いので、この計画を警察が見抜くのは至難である。

 「遺族の感情」を死刑存置の根拠としている人は、もう少しその理論を練って欲しい。

 「練ったぞ。」とか「もう既に練ってある。」という人の試案もお待ちしている。

2017-01-04

『相棒season15』第10話「帰還」の元ネタは幸福の科学かもしれない(ネタバレ注意)

| 16:38 |

※題名の「ネタバレ注意」は2月頃に外す予定。

 『相棒season15』第10話「帰還」(http://www.tv-asahi.co.jp/aibou/contents/story/0010/)は、妙に幸福の科学を連想させる話であった。

 事件の舞台となった黒水町(くろずちょう)では、数年前まで教祖的なカリスマを持った「タカハシ」という人物が活躍していたため、元受刑者にも優しい人間関係が成立していた。

 タカハシの死後、この成果を半ば乗っ取る形で、元受刑者をどんどん受け入れて町興しをしようという政策を掲げ、「和合」なる人物が町長に就任する。

 だが和合はサイコパスであり、タカハシに特に心酔する連中に対し、死の世界からのタカハシのメッセージと見せかけたメールを送る事で彼等を上手に操り、自分の快楽的な犯罪に利用していたのであった。

 この策謀で被疑者に仕立て上げられたのが、「槇野真理男」であった。

 「宗教家の故「タカハシ」の成果を乗っ取る」というのは、高橋信次が創設したGLAの教義を流用し、死の世界からの高橋のメッセージと称する内容の書籍を出版し、その信者を多く吸収した幸福の科学の事績に似ている。

 また「殺人に対する罪悪感がない(あるいは極端に弱い)和合」というのは、「和合僧破壊の罪は殺人より重い」と強力に主張している幸福の科学を連想させる。

 「黒水町」という地名も「十字架(クロス)」を連想させるものであった。語源に遡ると実際は別物なのだが、真理男(マリオ)も現代のイタリア語では「マリア」と対をなす名前である。こういったところでも、宗教のイメージが強力に打ち出されていた。

 以上は私の独自分析であり、公式サイトで「これが元ネタです」と主張されているわけではないので、賛否の判断はご自身でして欲しい。

 とりあえず、アンチも信者も、『相棒』を視聴だ!

2016-12-30

「来年の不運を全部使い果たした」と思い込みたい年末でした。

| 17:06 |

 普段私が通っている医者は、治療が生ぬるい感じなので、いつも「もっと荒療治して下さって平気なんですよ。」と伝えています。

 ところが年末年始にその病院が休みという事だったので、再発したら大変だからという理由で、私が驚く程の荒療治をしてきました。具体的にどこが痛かったかは秘密ですが、かなり痛かったですね。今でも僅かに痛みが残ってますね。

 あとかなり久々に風邪もひきました。時期が時期だけに「インフルエンザか?」とすら疑いましたよ。

 総合感冒薬がちゃんと効いて、五日目の朝(今朝)からはそれも卒業出来たので、多分インフルエンザではなかったのでしょうが、他人にうつさない様、かなり気を配りました。

 楽しみにしていたジャズのコンサートも欠席しました。

 「来年の不運を全部使い果たした」と思い込みたい年末でした。

 多少元気になってきたので、明日は突貫で大掃除をします。

 例年と違って下準備をしていないので、かなり面倒くさそうです。

 みなさんは良いお年を・・・。

2016-12-27

先進諸国の移民の受け入れ問題について、余り論じられていない二つの関連問題

| 14:24 |

 移民問題については、「受け入れた移民をどう扱うか?」という問題とは別個に、「そもそも何人ぐらい受け入れるか?」という議論がある。経済や人権を論拠にして、日々様々な議論が行われている。

 しかし、私の見聞が狭いせいかもしれないが、これと深く関わる筈であるのに、関連する形では余り論じられてない二つの問題があるように感じる。

 第一は環境問題である。

 例えば、移民受け入れ推進派が「ホモサピエンスの密度がアフリカでのみ高まると、アフリカの緑だけが極端に失われてしまう。少しはヨーロッパに流出させなければならない。」と主張したり、受け入れ消極派が「いざとなったらヨーロッパに行けばいいと途上国の民が思い込む限り、途上国の出生率は高いままであり、人口問題は永久に解決しない。」と主張したりといった議論が、もっとなされるべきではないかと思う。

 第二は途上国の民主化の問題である。

 例えば、移民受け入れ推進派が「足による投票という脅威があってこそ、独裁者は自らの行いを反省するのである。途上国を事実上の強制収容所にしてしまうと、独裁者は安心して国内で悪事を行える。」と主張したり、「本来なら新天地に移住するような活力のある人材の流出を防ぐ事で、彼らを自国の革命家にすることができる。そうすれば途上国は次々と民主化していくだろう。」と主張したりといった議論が、もっとなされるべきではないかと思う。