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2018-09-17

今年は猛暑でしたが、一度も発作を起こさずにすみました。健康のせいか経験のせいかは不明ですが。 そしておかげで開催できた師弟対決の結果について。

| 18:31 |

注・個人情報保護のため、病状を少しだけ変えています。ひょっとしたら医学を修めた人から見ると、「そんな病気は無い!」という噴飯物の記事かもしれません。

 

 私には持病があり、とりわけ夏の暑さに長時間耐えていると発作を起こしやすいです。

 このブログのメインコンテンツにしようと思っていた、年に一度の師匠とのバックギャモン対決が数年間頓挫していたのも、この病気のせいでした。

 ところが、今年は猛暑だというのに、発作を一度も起こしませんでした。

 実は発作が起きそうなときに大量に強い薬を飲めば回避できるのです。今年もそうやって回避した事例が何度もありました。

 徐々に健康になってきたから回避できるようになったのか、自分の病気についての経験値が高まったので回避できるようになったのかは、不明です。

 

 とりあえずそういう理由で、世間が「猛暑だ、猛暑だ。」と騒いでも、私にとっては例年より楽な夏でした。

 おかげで数日前に、四年ぶりぐらいに全世界公開師弟対決を開催できました。

 五点先取の三回勝負でした。

私ー師

1−5

2−7

3−8

 うーん、三連敗><

 すぐに公開しなかったのは、敗北が恥ずかしかったからではなく、ここ通日勉強会で忙しかったからです。

 ちなみに前回の結果はコチラ→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20151231/1451530402

2018-09-09

看板さえまともなら十分に通用する言論が、虚しく消えていくのは残念な事である。

| 15:42 |

 国会で死刑廃止論以外の法案が審議されている最中に「そんな事よりも死刑の廃止を!」と主張せず、検察官が死刑を求刑しても騒がず、裁判官が死刑判決を下しても騒がず、その判決が確定しても騒がず、それで死刑が執行されたら法務大臣を批難して止まない人達がいる。

 そして彼等が「死刑廃止論者」と自称する時、私は馬鹿にする。

 しかし「死刑執行慎重論者」としての意見ならば、一考に値すると思う。

 こうした例は他にも多くある。

 北朝鮮の核だけを素朴に嫌悪する者は「反核」の名に値しないが「反核拡散」の名には値する。

 この様に看板を掛け間違えている言論人に対し、「それではダブスタだ!」等と批判をするのは実に結構な話であるが、批判して終わりでは当座の社会の役には立つだろうが、自分自身の発展は遅れるだろう。

 「こいつの主張は、別の看板の下でなら使えるかもしれない」と一瞬でも考えれば、それだけ自分の知見も向上するというものだ。

 

 そして、他人から見当違いの看板を押し付けられそうになったら、しっかり反論することも重要である。

 押し付けられた看板が、多義的だったり、蔑称であったりした場合は、敢えて反論せずに鷹揚に構えるのも一つの美徳かもしれない。

 しかし、自分の意見が本来は「A主義」なのに、それと矛盾する「B主義」の看板を押し付けられ、それを放置して黙示の同意を与えたと解された場合、単に自分の意見が矛盾していると蔑まれるのみならず、本物のB主義者達の評判まで下げてしまう危険がある。

後半部分の関連記事→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20151007/1444211773

2018-08-31

ゲゲゲの鬼太郎第六期(第21〜25話)

| 08:17 |

第21話 炎上!たくろう火の孤独

 遊園地が舞台でありたくろう火の精神年齢も幼い事から、子供向けのコミカルな雰囲気の漂う回である。

 しかし終盤では大人も驚くどんでん返しがあった。詳細は秘密である。

第22話 暴走!!最恐妖怪牛鬼

 首都で妖怪による大事件が続いた事で、流石に妖怪全般の存在を疑う一般人は出なくなったが、観光地としての評判を落としたくない者が「この島には」妖怪が出ないと言い張る事例はまだ続いている様である。

 牛鬼の絵だけ背景から浮いている感があった。意図的にそうしたのかどうかは不明。

 話の流れは原作とほぼ同じであるが、単に迦楼羅の助力を得て終わりというものではなく、助力を得るためには自分だけ助かりたいという邪念を捨てて皆で祈る必要があったり、祈りの時間を確保するため猫娘が必死で戦ったりしていた。やはり様々な勢力の活躍があってこそ難事件が解決するというのが、第六期の作風なのだろう。

 因みに事件が起きた島は、日本では珍しくマグマまで見える火山を有していながら、観光地化したのはここ最近の数年だとの事。するとおそらくは、火山活動もまた最近再開されたばかりなのだろう。火山の休眠中に牛鬼が復活していたら、迦楼羅が牛鬼に勝てていたかは謎である。

 なお迦楼羅は本来は二十八部の一部なのだが、公式サイト(http://www.toei-anim.co.jp/kitaro/character/yokai.php)のカルラは「二十八武」とされている。これも意図的に変更したのか単なる誤記なのかは謎である。

第23話 妖怪アパート秘話

 また妖怪の存在を信じない人間が登場するが、第7話と同じく人間のレギュラーは登場せず、第1話以前の物語と解釈できる内容になっていた。

 また鬼太郎が50年前にも今と同じ姿で活動していたということが判明した。これはかなり外伝を作りやすい設定である。とはいえ生まれたばかりのころに世話になった「水木」については、序盤で洋服を着たサラリーマンという設定も語られていたと記憶しているので、流石に誕生を江戸時代まで遡らせることは不可能であろう。

第24話 ねずみ男失踪!?石妖の罠

 放映されたら書く。

2018-08-26

ゲゲゲの鬼太郎第六期(第16〜20話)

| 09:14 |

第16話 潮の怪!海座頭

 舞台は何と水木しげるゆかりの地である境港市。犬山まなの父の実家はここにあるらしい。

 敵は人々を船幽霊に変えて酷使していた海座頭である。鬼太郎達により「底の無い柄杓」という知識がもたらされる前の人間は一方的にやられていた。鬼太郎はこの点はクリアーするが、彼もまた無敵の存在ではなく苦戦をする。

 そこでねずみ男が偶然発見した船幽霊達の魂の貯蔵庫の扉を、数に勝る人間が人海戦術でこじ開けて、海座頭の部下を全員元の人間に戻す。これより逆転劇が始まる。

 強敵を相手にした時は鬼太郎だけでも人間だけでも勝てないというのは、今期を貫く重要なテーマなのかもしれない。

 それは良いのだが、それならばそろそろ人間達は自分達の弱点である妖怪についての知識不足を解消するようもっと頑張るべきなのではなかろうか?

 第1話冒頭の頃と違って、既に一度は狸妖怪のクーデターが成功した世界なのであるから、皆が妖怪の存在は信じている筈である。そうであるのに妖怪情報の収集・宣伝を政府が怠っているのは得心がいかない。

 あるいは総理大臣が蛟龍を発生させてしまった責任を隠蔽するため、「妖怪への敗北の原因は情報不足ではなく、火力の不足と大和魂の欠如」とか言い張っているのだろうか?

 はっきり言って、妖怪によるクーデターが無かった世界に住んでいる私の方が、作中世界の一般人よりも、「船幽霊には底の無い柄杓を渡せ。」等の知識を多く持っているのだが。

???「gurenekoの住む世界のKishiという妖怪は、日本を支配した上に、自分が妖怪である事を隠し通す事にも成功したと言われておる。」

第17話 蟹坊主と古の謎

 舞台は引き続き境港市。

 現実の水木ロードの銅像と、人間や妖怪を銅像に変える蟹坊主の物語とを上手にリンクさせていた。

 本気で観に行きたくなった。

第18話 かわうそのウソ

 嘘が得意という設定のかわうそだが、同じ相手に矛盾した内容の嘘を何度も吐いて直ぐに見破られていた。

 過疎化問題も少し語られるが、6話程上手には物語に組み込まれていない。

第19話 復活妖怪!?おばけの学校

 犬山まなが12話で刻まれた「木」の力が、冒頭で名無しに回収された事が示唆される。

 そしておそらくはその力を利用して、名無しが近過去に鬼太郎に倒された妖怪城の三人衆と見上げ入道を復活させる。

 人選に偏りがあるのは、五行思想で説明がつくのか、それとも何らかの大人の事情なのかは不明である。

 「妖怪は倒されて肉体を失うと長い年月を経て復活するが、こんなに早くは復活しない」という設定も語られる。

 そういう設定があるとなると、封印するのと肉体を破壊するのとでは一長一短という事になる。封印は解かれてしまえばそれまでだが、解かれない限りは自然再生する事がないのだから。

 終盤でついに名無しと鬼太郎は対峙するが、ただの顔合わせで終わる。

第20話 妖花の記憶

 南方で死んだ日本兵の、元恋人への思いにより、元恋人の自宅で奇妙な花が咲くという話。

 その元恋人の曽孫である犬山まなは、真相を知るために鬼太郎のはまぐり船で現地への旅に同行する。

 その島は赤道を越えた辺りにあるという設定である。

 これは相当の確率でパプアニューギニアかインドネシアへの不法入国という事になりそうである。

 妖怪には人間の法が不適用だとしても、犬山まなについては大問題である。

 表面的には「戦争の記憶を忘れるな」というメッセージのこもった回であったが、「相手の許可も無く、宣戦布告すらせず、他国にズカズカ入っていく」行為が問題であるとスタッフが認識していないのは、実に皮肉である。

2018-08-25

ゲゲゲの鬼太郎第六期(第11〜15話)

| 13:55 |

第11話 日本征服八百八狸軍団

第12話 首都壊滅!恐怖の妖怪獣

 二話がかりの強敵である。

 しばらくぶりに登場した謎の宿敵が二百年前に封印された八百八狸軍団の封印を解く。なおエンディングのキャストの列挙により判ったのだが、この宿敵の名前は「名無し」である。

 狸軍団は親分が刑部狸といい、三人の幹部が「団一郎」・「団二郎」・「団三郎」という。妖術らしい妖術を使えるのは刑部狸だけであり、あとは腕力が主体である。

 団一郎はシルクハットに葉巻というレトロスタイルを愛好しているが、二百年前であれば鎖国状態でこうしたファッションは不可能だった筈である。密かに当時から外国と通じていたのか、それとも復活後に大急ぎで洋装の歴史を学んだのかは、定かではない。

 四国で復活した後、敢えて地下を掘り進めて東京まで来る。短時間でこんな作業が出来るとしたら恐ろしい技術力であるが、その後の彼らの力量を見るとそんなに強くないので、おそらく二百年前に洞窟はほぼ完成していたのであろう。

 狸軍団は人間の高僧に封印されていただけの事はあって、一人の人間に対してはさして強くない。自分達の弱点である要石に施した防衛の妖術も人間には効かない設定である。人間を狸に変える妖術もあるが、これは刑部狸が対象一名に対して事前に呪いをかけた上で、余程精神を集中する事でやっと一時的に効果を発揮するだけである。

 ところが、人間社会との戦い方は実に上手である。人間に対して絶対無敵の妖怪獣である「蛟龍」を活用し、それを脅しに使う事で政府に政権の移譲を迫り、国家組織の首の部分だけを奪ってしまう。こうする事で社会性の動物である人間は丸ごと狸の支配下に置かれてしまったのである。

 つまりこの蛟龍の孵化が人間の敗北の切っ掛けなのだが、狸軍団でも割れなかった卵を割ったのは人間の通常兵器であり、そして活動を開始した後の蛟龍には自衛隊の兵器は効かない。蛟龍は都市を破壊し、終盤では原爆を思わせる爆風での攻撃もしてくる。

 蛟龍の活動については、おそらく『ゴジラ』へのオマージュであろう。

 巨大妖怪が光線や光弾で攻撃をしてくるのは第8話のがしゃどくろと同じであるが、今回は人間が近代兵器で発生させてしまった敵なので、8話の様な興醒め感はなかった。

 狸軍団は犬山まなが要石を破壊した事で滅ぶが、占領中に狸に服従した者と服従しなかった者との間には蟠りが生じた事が示唆されていた。

 また狸の敗北は名無しにとっては想定の範囲内だったらしく、特に悔やむ事も無く、占領中に人々が生じさせた悪い気を集めて淡々と作業をしていた。これにより、まなの手には「木」という字が刻まれる。

 名無しは五行を操る存在である事が示唆されていたので、この後も類似の犠牲者が四名登場しそうである。

第13話 欲望の金剛石!輪入道の罠

 今までは単なる卑怯者として描写されていたねずみ男の人物像を掘り下げた回。

 人間からも妖怪からも爪弾きにされてきた悲哀を背負いつつ、何とかしてのし上がろうとしている苦悩が描かれる。

 彼は悪人だが完全なサイコパスという訳ではなく、欲の皮が張った人間を輪入道の力でダイヤモンドに変える事には罪悪感が無かったものの、人身売買によって犯罪組織に連行されてきた外国人が犠牲者になると、流石に良心が疼き、鬼太郎の側に寝返る。

 寝返った後、足手纏いだから逃げろと言われても特攻を仕掛け、それが勝利につながっていた。

第14話 まくら返しと幻の夢

 現実で地獄を見ていた人々に良い夢を見せ続ける「夢繰りの鈴の少女」との戦い。

 夢の中で若き日の姿になった目玉の親父が見所。

 桃源郷を舞台にして、そこに攫われた人をめぐって鬼太郎と敵が善意の押し付け合いをするというのは、第二期の「隠れ里の死神」に通じるものがあった。

第15話 ずんべら霊形手術

 霊形手術については、第二期の頃は整形手術が悪であり人間は中身が大事だというのを前提に話が作られていたが、今回は二つの価値観をぶつけ合わせて最終的な結論も出さない様に話が作られていた。

 時代の変化を感じた。