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2018-07-12

麻原彰晃処刑について思った事を幾つか語る

| 18:45 |

 麻原彰晃処刑について思った事を幾つか語る。

※「死後に崇拝対象とならない様に」と行政に圧力を加える行為の是非

 処刑の是非、処刑の時期、処刑後の対応のすべてについて、「死後に崇拝対象とならない様に工夫して欲しい」という意見が見られた。

 しかし大っぴらに行政に思想界の動向を左右するための高度な判断を任せてしまう事は、いつか自分達の首を絞める事になるかもしれない。「A党の綱領のこの部分の人気を低下させるために、国土交通省は全力を尽くす」等の発想が正当化されると、自由主義は大きな打撃を被る。

 ついでに言うと、麻原の神格化は必ずしも治安にとってマイナスではない(参照→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20170722/1500707245)。

※オウム関連死刑囚が十三名という苦悩

 そうは言っても私だって個人の立場としては麻原を持て囃す者が増えるのは不愉快だ。

 特に困ったのがオウム関連の死刑囚が十三名という件である。キリストと十二使徒に準えられなければ良いが・・・。

※「EUのダブルスタンダードを撃つ!」自体が、時にはダブルスタンダード

 ネットには「途上国の死刑を放置して日本の死刑に文句をつけるEUのダブルスタンダードを撃つ!」と息巻いている人が多い。

 そして完全平等主義者等、その発言をする資格のある思想の持主も多いだろう。

 しかしながら、普段別の話題では途上国を蔑視したりヨーロッパを崇拝したりしている者がこんな宣言をしたならば、それ自体がダブルスタンダードである。

※「死刑廃止(または抑制)・現場の射殺はおおらかに」という国を頭から馬鹿にしないで欲しい。

 EUの圧力に反発する者には、「日本国は丁寧に裁判をしてから悔悟の時間を与えた上で数名殺す。ヨーロッパは逮捕せずに現場で殺しまくる。だから日本の方が偉い!」と主張する者が多い。

 そして一理ある意見ではある。

 だが「投降さえすれば決して死刑にならない。警官に抵抗すると軽い罪でもその場で殺される」というのは、罪と罰の均衡の観点からは問題があるものの、投降を促して被害の拡大を防ぐと共に、警官の死亡率を下げる効果がある。

 よってEUを頭から馬鹿にするのではなく、それぞれの制度の利害得失をしっかり考えた上で判断すべきであろう。

 そうであってこそ、仮に今は現状維持という結論に落ち着いたとしても、思考の柔軟性を養える。思考が柔軟になれば、将来「これが発明されたからには、日本もそろそろEU型社会になった方が良い」等の意見もわくかもしれないし、「この資源が尽きたからにはEUもそろそろ日本を真似てみては?」という説得も思いつくというものだ。

※東条達も一日に七人処刑された。

 ヨーロッパからの七人同時処刑批判への反論として、「我々は連合国の皆さんから、日本人を一度に七人処刑する事が悪ではないのだと学んだのです。八人以上となると幾ら何でも流石に酷過ぎるかもしれませんけどね。」と切り返す者がいたら面白かったのだが、見当たらなかった。

nesskonessko 2018/07/12 22:02 私も遺骨をどうするかまで他人がどうこう言うのはおかしいと思いました。麻原が最後に四女に引き取らせてくれと言って、四女が引き取ったなら、それでもういい。そこから先は他人がどうこういうことではないでしょう。
遺骨の処置まで指図したりするのは、かえって戦時中の日本みたいで、不気味です。信仰の対象にする人がいてもいいというか、そういう人もいるだろうなくらいに思いますので。日本人全体からするとごく少数で、それくらいいてもおかしくないだろう、ここはイスラム国ではないのだし、宗教的に潔癖な人は日本では少数派ですからね。
>オウム関連死刑囚が十三名という苦悩
これは私も思ったです orz
ちょうど尊師と12使徒になる。林郁夫がユダになるんですね。。。

gurenekogureneko 2018/07/12 22:35  オウムが一応「仏教系」に分類されるということで、十二使徒の発想を忘れている人が多いです。でも、麻原彰晃には『キリスト宣言―キリストの教えのすべてを明かす』(オウム出版・1991)という著作もあります。
 国を含めた各種のオウム監視団体には、こういう所にも目を配って欲しいと思っています。

2018-06-28

盗まれる覚悟のある人同士で合法的に盗み合う制度・施設があればいいと思う。すでにあるなら教えて欲しい。

| 20:17 |

 世の中にはどうしても服を着たくない人がいる。こういう人は原則として数の暴力に負け、公の場で裸でいると「露出狂」と呼ばれ、犯罪者か病人として扱われる。

 しかしちゃんと抜け道はあり、「貴方もまた他人の裸を見せられる覚悟があるなら、ヌーディストビーチに混ぜてもらいなさい。」とも言われる。

 同じ様に、他人を殴りたいが自分も殴られる覚悟のある者には、格闘家の端くれになるという選択肢がある。殺人狂ですら、自分も死ぬ覚悟さえ持てば、頻繁に武力行使をする国の外人部隊や傭兵組織に入れてもらうという選択肢がある。

 ところが、世の中には生活に困ってないのについ物を盗みたくなるという、所謂「盗癖」の持ち主が相当数いるというのに、彼らだけは常に刑罰か治療を強制されている様に見える。

 何とかして、「このメンバー同士の窃盗及び窃盗目的での住居侵入は無罪」みたいな契約とか、「このアパートでは住人同士の窃盗及び窃盗目的での住居侵入は無罪」みたいな施設とかを、作れないものか。

 作れば、そこでの盗みだけで十分発散できる軽度の盗癖を持った人が、ある日一斉に「改心」をして社会は一気に豊かになると思うのだが。

 以上の見解について、御批判・御賛同の他、「実は既に(A国には)存在している。」等の情報もお待ちしている。

2018-06-26

幸福実現党監視の思い出【時系列篇】

| 23:46 |

西暦2009年初夏

 幸福実現党の結成を聞いた。

 政策はほぼ支持出来なかったが、膨大な数の選挙区で立候補するという覚悟を高く評価した。元々私は無投票当選は政治家を堕落させ易いと思っていたので(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20080516/1210909871)、たとえ内部がカルト組織でも外部にとっては存在自体が有意義だと思ったのである。このため、「右の共産党」ぐらいの評価を与えていた。

 点数でいえば50点ぐらいだったように思う。

 取り敢えずマスコミがあまり取材をしてくれないので、自分で監視を始めた。これについては【総論篇】(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180623/1529747802)に詳しく書いた。

 敗因を準備不足と分析する傾向はアンチにも信者にも見られたが、準備不足というのは同時に「奇襲」でもある事を忘れてはならないだろう。

2010年冬

 幸福実現党が沖縄県知事選で自民党と対決した姿勢を、実現党の唯一の国会議員であった大江康弘氏が批判し、離党をした。

 その後も幸福の科学グループは沖縄ではかなりのコストをかけて積極的に行動していた様に思う。

 この沖縄での活動を重視する傾向については、類似の戦略を採る他のセクトも多いので、別稿を書く予定。

2012年初夏

 立木秀学党首の講演を聞いた(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20120519/1337435106)。

 総裁である大川隆法氏の著作は無料配布で数冊ずつ入手していたが、他の役員の主張を聞くのはこれが初めて。党首の主張の中身はスカスカで、時間を大幅に空費したが、その空費によって実現党の政治家が如何に無能かが良く分かったので、「無用の用」という効用を得た。「空即是色 色即是空」である。

 「教団の古い幹部には道徳的にはともかく能力的には高い人が大勢いたが、今は無能なイエスマンが寵愛されて昇進している。」と複数の元信者や会内アンチの方々から聞いていたので、「この党首は無能なイエスマンなんだろうな。」と思った。

2012年秋

 国有化されて公的に立ち入り禁止区域となった尖閣諸島に、トクマとかいう幸福の科学の会員が踏み入るという刑事事件が起きた。

 「ある組織に犯罪者がいた!」なんていうのは日常茶飯事なので、この時は幸福の科学グループへの評価を私は下げなかった。

 ところがしばらくしてトクマはその鉄砲玉精神を評価され、幸福実現党の幹部になったのである。

 カルトが内側に向けていたその牙を、外部に向け始めた瞬間であった。

 しかも『ジョーズに勝った尖閣男』(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20121124/1353766684)なる本が出版され、その中で大川隆法氏は立木秀学氏を法律を覚えまくって雁字搦めになっている人物として批判し、法律から自由なトクマを褒めていた。

 これにより、トップから末端まで日本の法よりも自分達の身勝手な主張を優先する集団だと判明した。

 ただし、独自の論理で国法に抗い続けた政党としては過去にも「新党フリーウェイクラブ」等が存在していたので、「こいつらだけは絶対に許せない」という所までは評価を下げなかった。

 点数は25点ぐらいになったと記憶している。

 そして立木秀学氏への評価は一気に向上した。「頑張れ立木秀学!幸福実現党の中で名誉総裁の暴走を制御しろ!」(関連記事→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20130502/1367425679

2012年冬

 立木秀学党首が辞任した。同時に、しばらく名誉総裁に退いていた大川隆法氏が総裁に復権した。

 着々とカルト度が進むと予測した。

 22点。

2014年冬

 総選挙で全敗するも、それまでの慣例に背いて釈量子党首は辞職せず。

2016年夏

 同じく総選挙で全敗するも、釈量子党首は地位を保持。

 これを「総裁に贔屓されているから」という理由だけで説明する者も多かったが、それだけならもっと前からずっと釈氏が党首だったはずだろうと思った。

 この選挙の公職選挙法違反でテレンス・リーが逮捕され有罪となった。

 大川隆法総裁は「テレンス・リーなんて知らない」と聖ペトロめいた主張を繰り返したので、2012年のトクマ昇進の頃より社会性を身に着けたのかと一瞬だけ思った。

 しかしそれまで批判していなかった公職選挙法を今更大々的に誹謗するという、実に格好悪い行動に出たので、もう「新党フリーウェイクラブという前例もある」という庇い方すら出来なくなった。

 弱小政党は、自民党の剥き出しの財力の脅威から公職選挙法で守って貰う立場の存在である。その自分達の貴重な盾を、いざ自分達が一回だけ損をしたという理由で急に誹謗し始めるというのは、実に醜い。

 今まで自分の味方だった法律を、いざ自分が裁かれる側に回った途端に誹謗する事がどれだけ格好悪く、その逆の態度がどれだけ格好良いかについては、商鞅とソクラテスという二人の人類の教師がそれぞれ命懸けで実演をしてくれた事で、後世の常識となっている。

 ここに至って評価がついに0点となった。

2018年新春

 2016年頃から幸福実現党の金が幸福の科学の本体に帰還していたという情報を知った(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180128/1517142281)。幹部も次々に本体に回帰している様であった。

 総選挙で負けても党首が交替しなくなったのも、「大川隆法氏から政党への梃入れの動機が激減した」とか「他の大幹部が党首就任を婉曲に断る様になった」等の理由もあるのだろうとも考えた。

 そして、そろそろ幸福実現党への積極的な観察を中止しようと考えた。

 連中を観察し続けたのは結局無駄な時間だったのかもしれないが、国防・防災・病気予防・保険等と同じく、こういうものは努力の「掛け捨て」こそが最大の勝利である。

2018-06-25

日本の冤罪関連の話題であまり強調されない側面を指摘しておきたい。特に被害者が政治家だった場合。

| 00:29 |

 現代日本ではニーメラーの詩の知名度は高い。

 このため「悪政の被害者とされる者も、そういう社会を傍観という間接的な手段で作った責任は免れ得ない。」という意見に一定の理解を示す者も多い。

 ただし、この発想が現代の冤罪問題に適用される事が非常に少ない様に感じられる。

 冤罪による被害の多寡は、捜査機関や拘置所が被疑者・被告人を扱う際に推定無罪の原則をどれだけ尊重したかによって随分と変わるものである。勿論民間の報道機関による風評被害もあり、これは表現の自由との関係で容易には手出し出来ないが、社会運動とそれに支えられた待遇改善のための立法により被害を減らせる部分は公的領域にまだ随分残っている。

 仕事や他の運動で忙しい人にとって、そういった社会運動に加わるのが難しいのは判っているが、それでも「こうなると分かっていたらもっと被疑者・被告人の人権を守る活動をしておけば良かった。」という後悔の発言が、元暇人の冤罪被害者からも殆ど語られる事が無いのは少々残念である。

 被害者が政治家や法務官僚だった場合には尚更である。彼等が「拘置所でこんなに辛かった。」と述べても、「そんな地獄を率先して作ってきたのは貴方でしょう!」という気分が同情より先に生じてくる。

「吾嘗将百萬軍 然安知獄吏之貴乎」(『史記』周勃世家より)

2018-06-24

穴見陽一衆議院議員がガン患者に暴言を吐いた理由を忖度してみた。

| 19:02 |

 自由民主党の穴見陽一衆議院議員が、厚生労働委員会で受動喫煙問題に関する参考人のガン患者を敵視して「いい加減にしろ!」と野次を飛ばしたという報道がなされた(参照→https://mainichi.jp/articles/20180622/k00/00m/010/069000chttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/56248)。

 何故こういう態度が出てくるのかを調べていく内に、彼が幸福の科学の信者であると判明した。

 昨日の記事(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180623/1529747802)で幸福ネタからは遠ざかると表明したばかりなので些か恥ずかしいが、私の小さなプライドよりも公益の方が大事なので、思い当たる節を書いておく。

 大川隆法氏の著作には『奇跡のガン克服法』(幸福の科学出版・2011)というものがあり、自己破壊願望がガンの原因だの信仰でガンが治るだのと書いてある。一応102ページあたりで「善人でもガンになることはある」とかいうフォローも入っているものの、連中の教義では少なくとも通常の科学の常識で考えるよりは、発癌物質というものを軽視している様だ。

 すると穴見議員の「いい加減にしろ!」とは、「いい加減にしろ、この不信心者め!」という意味だった可能性が非常に高い。

 また幸福の科学には「癌細胞消滅祈願」という祈願があり、対価の目安は十万円らしい。

 これを手掛かりに類推すると、穴見議員の「いい加減にしろ!」とは、「いい加減にしろ、受動喫煙が減れば癌細胞消滅祈願の収益が減るじゃないか!」という意味だった可能性もある。

 勿論、上記の二つの感情が複合的に作用しての発言だった可能性もある。

 困ったものである。

 困った末、私は神頼みをした。「日本の癌細胞が消滅しますように!」と。

奇跡のガン克服法―未知なる治癒力のめざめ (OR books)

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