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gurenekoのメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-10-30

終了と開始

| 00:13 |

 サービス終了ギリギリまでこちらのブログで粘ろうと思っていましたが、色々不具合が出始めたので、新ブログ書き始めました。

https://gureneko.hatenablog.com/

2018-10-29

革命の有無を民族の優劣の指標とする考え方についての違和感

| 21:04 |

 幼い頃からずっと、自分好みの革命の有無を民族の優劣の判断基準にする論者達を見てきた。

 左派からは、「日本では(X主義Y派が定義する所の)Z革命が起きていないので、日本人は劣悪だ。」という声を聞き続けてきた。

 右派からも、「日本は明治維新を成し遂げたから、日本人は優秀だ。」という声を聞き続けてきた。

 しかし私は、劇的な武力衝突の果てに権力構造が一気に変わる事件の有無は、原則としてその当時の権力者の能力の優劣の指標にしかならないと考えている。

 一民族内のある集団の潜在的な政治力が台頭してきた時、権力者が優秀ならば彼等に分配するパイの量を増やす等の施策によって懐柔を行う事で自己の地位を概ね保全し、無能ならばそれを行わずに一気に滅び、その中間的な能力ならば中間的な結果に終わる。それだけの事であろう。

 日本でいえば、江戸末期と明治初期とを比べると庶民の知勇はそう変わらないどころか寧ろ向上しているのに、江戸幕府が滅んで明治政府が滅びなかったのは、明治政府が国会開設や参政権の斬新的拡大による妥協を江戸幕府よりも上手にしたからであろう。

 ここで一句。「討つ人も 討たるる人も 大和人 討たれぬ人も また大和人」

2018-10-23

選挙の際に「オールX」とか名乗る、一都道府県版の大政翼賛会が嫌い

| 23:59 |

 選挙の際に複数の政党が連立をして「オールX」とか名乗る傾向が最近各地で見られる。

 本当に「オール」なら無投票当選になる筈だが、大概は名目上は空集合の筈の「オール」でない勢力と激しい選挙戦をする。

 これは、一都道府県版の大政翼賛会であると言える。

 「オール」に入れなかった者がいるというのに「オール」を僭称するというのは、異なる思想を持った者を「非県民」と見做す考え方の表明であろう。

 今はまだ一都道府県の内側でとどまっているが、やがては国政にもそうした全体主義的な考え方が波及するかもしれない。

 何しろ最近では、国政においても、「みんなの党」なる形容矛盾的な名称の党が一時的に強い影響力を発揮したという事例がある。

 この動きは、次は「党」とすら名乗らずに「みんな」と言い張る可能性が高い。

 決して油断をすべきではない。

2018-10-22

続・運動家として昭和天皇の戦争責任の有無・多寡を論じる際に、忘れてはならない事。

| 19:22 |

 正編はこちら→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180818/1534527268

 先に言っておくが、このシリーズは、天皇制の存続または解消の手段として昭和天皇の戦争責任の多寡を論じている人への助言であるので、知的好奇心からその主題を追っている研究者タイプの人には何の示唆も与えられないと思う。

第一章 責任ある所に功罪が同時に生じるのを忘れるな

 いきなりだが、カリーニンの話から始める。

 彼はスターリン時代にソ連の国家元首であった。そしてその地位を名目上のものだというのが通説である。

 このため、スターリン時代のソ連の悪行の責任者として糾弾される事は少ない。

 しかし同時にまた、スターリンには寄せられる「とはいえナチスを倒すのに結果的に寄与したのは事実」という称賛も与えられていないのである。

 保守派の多くは、「昭和天皇に戦争責任無し」という主張と「大東亜戦争で東南アジアの植民地が解放されたのは事実」という主張をしたがる。

 だがこれらの主張が通説になった所で、カリーニンの例から考えるに、余り天皇制の存続に寄与しないだろう。

 「へ〜、昭和天皇は傀儡だったか。では東南アジアを強引に解放した功も罪も、全て東条英機に属するんだな。」で終わりである。

第二章 明治天皇大正天皇の立場も変化させている事を忘れるな

 「大東亜戦争の敗北について、昭和天皇には何の責任もありません。」という言説を主張すれば主張する程、同時に人々の頭に「日清日露の戦役の勝利について、明治天皇には何の功績もありません。」・「第一次世界大戦の勝利について、大正天皇には何の功績もありません。」と刷り込まれていく。

 逆も然りである。

 この副作用は、これまで保守界隈でも革新界隈でも、余り問題視されていなかった。

 それは、「第二次世界大戦だけは自分で体験したが、それ以前の戦争は先祖から聞いただけ」という立場の人が極端に多かったからだ。なので第二次世界大戦における昭和天皇の責任の有無だけ論じていれば、それがそのまま天皇制の擁護または打倒につながった。

 しかし今後はどんどん「作用」の威力が薄れ、「反作用」の相対的重みが増していくだろう。

 未来の日本人は「へ〜、近代初頭の日本は、天皇制の影響で戦争に三回勝って一回負けたのか。」とか言うかもしれない。

2018-10-20

『薄墨桜-GARO-』

| 12:53 |

 『牙狼 -紅蓮ノ月-』の続編である『薄墨桜-GARO-』を観た。

 公式サイトのキャラクター紹介で、映画公開前には長らく源頼信の氏が「藤原」になっていたので、「養子に行ったのか?」と思っていたのだが、映画公開時には「源」に修正されていた。

 ただし検非違使庁の長官の地位は既に失っているようで、庁内の人事は噂程度でしか知らないようであった。

 1000年前が舞台であり、ゴルバも登場していたので、レギュレイスがボスだろうと予測していたのだが(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20160321/1458519189)。

 内容は、長らく弾圧をされていた土師氏の一派が謀略で菅原道真の遺物であるホラー薄墨桜を復活させ、藤原道長に復讐をしようとするもの。

 この薄墨桜は、かつて多くの魔戒騎士と法師が総出で封印をし、内一名が命を投げうったという設定であった。

 確かに強そうであるが、遷都を余儀無くさせた第六話の「以津真天」程の設定ではないし、現に蘆屋道満も自らの計画に利用しようとしなかったのであるから、映画にしては意外に弱そうである。

 しかしこういう設定マニアの意表を突く形で、ある伏線が回収され、薄墨桜は強化される。これは見事な脚本であった。

 藤原保輔は九州にいて、この事件の援軍には本来は間に合わない状態であったが、途中である危険な近道を使う事で参戦をする。

 無印の『牙狼』終盤でも、映画『神ノ牙』でも、「世界が滅ぶかもしれないけど、援軍が間に合わないから、このメンバーで行こう」という雰囲気になっていたが、保輔程の勇気と実力のある騎士が当時一人でもいれば、話は大幅に変わっていたことになる。

 この、世界が天秤にかかっていても誰も通らない様な危険な近道を、たかが都を守るために使った保輔は、シリーズ史上最高の英雄かもしれない。

 そしてこれぐらいの天才でなければ、レギュレイスを一人で倒すなんていう芸当は無理であろう。

 今回も、掟を忠実に守って相手が人間である限りはそれが極悪人であろうとも守る魔戒騎士と、それを破ることでより多くの善を成し遂げようとする者との対立が描かれていた。これはどちらも自分の立場を「大事の前の小事」と正当化しているので、永久に終わらない論争であり、また終わらせてはいけない論争でもあるのだろう。