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2008-02-14

さよならの話

とりとめもなく書くよ。絵はないよ。あと「ブログやめます」って話じゃないよ。

特に何かあったわけじゃないです。ここ数ヶ月、ずーっと思ってたこと。


このブログは、僕のブログなので、やっぱり僕の主張しか書けないです。

むしろ、せっかく書くなら僕の主張を書こうと思ってます。間違いだらけですが未熟者なのでしかたないです。

そして、正直なところ少しだけバイアスをかけてたり、ホントはそこまで思ってないけど強めて書いているときがあります。

それは、そうした方が伝わりやすいからです。

曖昧なニュアンスは挿絵の力を持ってしても伝わらないし、せっかくなら書くなら伝えたいと思うからです。



この数ヶ月、自分の考えのスタートラインを考えていました。

考え出すときの最初の立ち位置についてです。


いきなり暗い切り口で申し訳ないのですが、

自分の中には「人はいつか死ぬのだ」という思いがとても強くあります。

ブログにそこはかとなく哀愁感が漂っているとしたら(そうだとしたら、ちょっとテイストを考えないとな!)、

それを大前提に置いて話を書いているからかもしれません。


僕は死にます。そのうち。

もしかしたら来週死んでるかもしれません。今のところ健康ですが。

家族もいつか死にます。親父は僕より早く生まれているので、僕より早く死ぬでしょう。

友達もいつか死にます。自分の人生も30年近くになっているので、ここまで来ると「2、3年会ってない友達」ってのがザラにいます。

もしかしたら、次会うのが実は最後になるって友達もいるかもしれない。

もしかしたら、すでにもう2度と会うことのない友達もいるかもしれない。


自分にひどいことをしてきたあいつも、いつか死にます。

どうですか、「ざまあみろ」って思うでしょうか。

でも「ざまあみろ」って思う自分もいつか死ぬので、自分は「なんだかなあ」って思います。

好きで好きでしょうがなかったあの子もいつか死にます。

そう思うと、ちょっと寂しいです。

そう思うと、「とにかく幸せになってくれたらいいな」って思います。


いつか終わりが来ます。

楽しかった日々も、辛かった日々も、終わり方はさまざまだけど、いつか終わりがやってきます。

それはもう決まってるんです。

そしてきっと、あっという間に歳をとり、あっという間に死ぬんだと思います。

人によっては交通事故にあって、予想外のタイミングで終わりが来るかもしれません。



僕は死ぬのが怖いです。

怖くないって人もいるけど、僕は怖いです。

だったら、だからこそ「この命を使い切ってやる」って思います。

同時に、みんなにも使い切って欲しいと思うのです。


すると、

「いつか死ぬんだから、今を全力で生きよう」とか

「どうせ死ぬんだから、やりたい放題やった方がいいじゃないか」みたいなセリフが出てきます。

僕の考えも、一言で言い表すならそういうことになると思います。

でもそれは半分伝わってて、半分伝わってないような気がします。



スタートを「死ぬこと」という暗い話から始めてしまいましたが、あんまり暗い気持ちにはならずに読んで欲しいです。

きっと自分が強調したいのは「終わりが決まっている」ということなんだと思うんです。

さらに言うと「制限時間があるんだ」ということです。


受験なんかの試験を思い浮かべて欲しいのですが、制限時間が決まっていると妙な興奮があります。

大して意味もないのに時間短縮したくて瞬速で試験用紙をめくったりします。

いつもより集中していて、いつもより頭が冴えているあの感覚を味わったことが、誰しも一度はあると思います。

試験に良い思い出がない人はサッカーの試合とか、将棋の試合とか、別のことを思い浮かべてもいいです。


そんな感じで、制限時間が決まっていると、その中でなんとかしようと一生懸命になります。

しかも頭の中はアドレナリンが吹き出てて、どっちかっていうと「楽しいこと」です。興奮するようなことです。



あの感覚を、「今の日常」で持てないでしょうか。


平たく言うなら「自分の人生に集中しろ」ってことです。

自分しか生きられない自分の人生を、ハンドルちゃんと握って、前方確認して、しっかりアクセル踏もうよって話です。

走っていられる時間は決まっているからです。


あのさ、

他人の批判なんかしている場合じゃないですよ。

他人の間違いを指摘して、日頃のうっぷんを晴らしてなんて、いつまで続けるんだよ。

幸せな人が不幸になっていくのを笑ったって、自分は幸せにならないよ。

他人に比べて自分は正しいって主張したって、周りからしたら大して興味ないことだよ。

そんなことにお前の貴重な時間を使うなよ、もったいねぇよ。


自分にがっつり向き合う。

やりたいことはやる。全部やる。

好きなことは気の済むまでやる。

好きなことが見つからなかったら全力で探す。

会いたい人には会いに行く。憧れの人にも会いに行く。

なりたい自分にはなる。

欲しいモノは意地でももぎ取る。

「自分はなんでこんなに能力がないんだ…」って、たまには嘆いていいけれど、ほどほどにする。


もしかしたらそうやって邁進しているときに「時間切れでーす」って言われるかもしれない。

そしたら自分の場合、んー、「あちゃー、間に合わなかったかー。残念。」って笑うかな。たぶん。

一生懸命やって、間に合えば叶うし、間に合わなければ叶わない。

それはしょうがないことだと思ってるからです。



加えてもう1つ。

自分以外の他人のこと。これは「制限時間」ではなく純粋に「死ぬこと」につながる話。

やっぱり他人とはいつかは会えなくなるんです。


僕は「ありがとう」を言い損ねた人たちが何人もいます。

それをどうしても言いたくて会いたいと思うけど、きっともう会えないと思ってます。

いろいろ理由があってね。


イヤでイヤでしょうがなかった人も、会えなくなってからふと「もう少し別の言い方があったかな…」って思ったりします。

あれは自分に当たり散らしながら、ホントは何か辛い気持ちを訴えたかったのかなって考えたりします。


逆に一緒にいるのが楽しくて毎日連絡を取ってた人がいます。

「さすがに遊びすぎだろ」って当時は思ったけど、もっともっとふざけあえば良かったと今は思います。


だからと言って、腫れ物に触れるように人間関係を大事にしろって言いたいわけじゃないです。

目の前の人と一緒にいることに、そうなった機会から逃げないでって言いたいんです。

ケンカしたら、ごめんって言って仲直りする。

もうちょっと話したいと思ったら話したいって言う。

相手が嫌がっているように思えたら、そう思わないであろうギリギリの距離感を試行錯誤してみる。

嬉しいと思ったら嬉しいと言う。

ありがたいと思ったら、そのことをさりげなく、だけど必ず伝える。

せっかくの一緒の時間を、楽しくなるように心持ち努力する。


そんなことを言いたいのです。

だって僕達はいつか死んでしまうんです。

良い思い出を残して、さよならしたいじゃないですか。



あー、でも、待った。ここ勘違いしないでください。

だからって別に悲壮な決意で生きろって言ってるわけじゃないですよ。

「いつか死ぬのだから…!」なんて思いながら生きるなんてバカだかんね。おもしろすぎるからやるなよ。

「そうだな、制限時間ってあるよな」って思ったら、次の瞬間忘れて「のっぴょんぴょーん!」って叫んでください。

自分だってこんなこと毎日考えてるわけじゃないです。1年に1回、ぼんやり思うぐらい。


自分の毎日を楽しく過ごした方がいいし、夢中になった方がいいと思うんだって言いたいだけ。

人間関係も含めて積極的に楽しんだ方がいいと思うんだって言いたいだけ。


どうもブログは真面目モードに入ってしまってよくないね。普段こんなこと考えてないのに。

そもそも僕はいっつも脳天気に生きてて、そんな頭の中開いてみれば、

 「それにしても、ねぎとろ巻きはおいしいなぁ。あれはなんであんなにおいしいんだろう。

  毎日ねぎとろ巻きでもいいぐらいだ。おなかいっぱい食べてみたいなあ。

  いや、待てよ。それにしてもねぎとろ巻きはおいしいぞ」

ぐらいのことしか考えてないですよ。適当にもほどがありますね。



ちょっと「あなたの人生にそれは必要なことなのか?」と言いたくなることが多かったので書いてみた。

もっと自分を大切にしてください。

munimuni 2008/02/14 15:53 自分もブログやってた時があるので、分かる気がします。気がするだけなのですが。

こういう場で自己主張するのはある意味危険だという事も、何となく解りますが
他人の粗探ししてツッコミたがる人は、自分自身のことに関しては全く見えてないです。
それは、自分がどういう人間なのか全く解っていないという事でもあるのですが…。
粗探しなんかに時間を割いていないで、自分のこと精一杯やんなよ、と思いますね。
人の振り見て我が振りなおせ。

それに、批判なんて誰にでも出来ることですから、あまり気にしすぎる事ありませんよ。
いちいち言っちゃう人も、言い方によっては自分で自分の品位を下げているようなものです。
魅力ある人間とは、相手を和ませたり安心させたり、喜ばせる事が出来る人の事ですからね。
私は、この記事に出会えて良かったです。

tamaotamao 2008/02/14 17:07 >自分のこと精一杯やんなよ、と思いますね。

自分のこと精一杯やるかどうかなんて放っておいて欲しい

snsn 2008/02/14 18:45 泣きそうになった…
ありがとう
がっつりやってみます

sarasa-diarysarasa-diary 2008/02/14 18:53 ついついマイナス思考になってしまうんですよね。
でも周りに流されすぎたかな。
多分、いい死を迎えられるのっていい人生を送れたときかな。と思うようにしています。
色々考える機会を与えてくださってありがとうございました。

774774 2008/02/14 19:07 RADWIMPSというバンドをご存知ですか?
最近ちょこちょこ覗かせて頂いてるんですが、そのバンドの歌でも近いことが表現されています。
機会があったらぜひ一度聴いてみてください。

齋藤齋藤 2008/02/14 20:47 君のブログだし、君の主張でいい。世の中いろんな人がいますが、人を馬鹿にして心を傷つけて平気な人が寄ってきても気にしないでいいと思います。
今回拝読して、ご覧になってないかも知れませんが「ブレードランナー」という映画を思い出しました。4年しか寿命のないアンドロイド達が「もっと生きたい」と暴れるんですが、最後は自分の経験や記憶は今ここで消滅する(死ぬ)のだと悟り、殺し合いをやめてその相手を助けて心穏やかに死ぬという話です。そう、死ぬとすべては消滅してしまうんですね。自分も、そして他の人も。
私の場合、身近な人の為には惜しげもなく出て来る自分のパワーを、自己啓発もできず怠惰で甘ちゃんな自分の為に使えるようにする方法を思いつかないうちは死ねません。あまりにも未完成と未着手が多過ぎるんだもの。

660CC660CC 2008/02/14 20:55 いつも読んでて納得するようなことを書いているなあと思うのですが、たまに、誰をターゲットにしているのかわからない時があり、ムズムズするときがあります。
「もっと自分を大切にしてください。」という言葉(意見?)は時と場合、もしくは対象によってはいらないおせっかいでしかないと思いうのです。
ブログ上で不特定多数の人に向けて発する場合、人によって受け取り方は様々でしょうから、素直にポジティブに受け取る人もいれば、ほっといてくれよと、自暴自棄気味に受け取る人もいるでしょうし、中には、誰に向かってもの言ってるの?何様?って嘲笑的に受け止める人もいるでしょう。
単なる主張ではなく、何かこう…自分と同じ価値観を持たせたい、持ってほしい的な意思を感じてしまうのですが、それが誰に対してのものなのか、そこがわからずムズムズしてしまうのです。
対象となる人は、ブログの読者全員なのか、guri_2さんのごく身近な人なのか、単純に自分に対して反対意見を持つ人に対してなのか。

ceu12490ceu12490 2008/02/15 00:44 応援や賛同や肯定のコメントと、否定や悪意や批判のコメントだったら、ここのブログには前者のほうがたくさん来ているように見えます。
でもguri 2さんがコメントに反応した文章をわざわざ書くのは、後者に対してのほうがちょっと多い、ように見えます。イヤなことに目を向けるよりもイイことに目を向けて感謝しようって、今ここであなた自身が書いていることじゃないですか。あなたにとってイヤなコメントに反応するのは、あなたにとって気持ちのいいコメントにたくさん反応して、そのあとちょっとする、でいいのでは?

NhutakotoNhutakoto 2008/02/15 02:13 初めて来させていただきました。
660CCさんの疑問に対して私が思ったのは、
『せっかく書くなら僕の主張を書こうと思ってます。間違いだらけですが未熟者なのでしかたないです。』
というのが答えじゃないかなあ、ということでした。
どう受け取る人がいるにしろ、主張したいことがある、ということじゃないんでしょうか。

『ふんふんなるほどね、そういう考えもあるんだなあ』、と記事を読んで思って、さらに660CCさんのコメントを読んで、『ああ確かにそういう感じもあるかもなあ、対象かあ』とも納得しました。
賛同のコメントにしろ、否定や疑問のコメントにしろ、とても私にはためになりました。
どうもありがとうございます。

ろっちろっち 2008/02/15 12:23 リミットがあるからこそ、精一杯取り掛かれる気がします。
私も死ぬ事は怖いけれども、永遠の時間なんてとてももてあましてもっと怖いと思うと思うのです。
長い長い夏休みのような。

後回しにしすぎていた家事や掃除や、自分が好きだと思う事も、
ためらわずにやってみたいと思います。

でも、「のっぴょぴょ〜ん」は非常に発音しづらいですw

ろっちろっち 2008/02/15 12:49 のっぴょんぴょーん!でしたね・・・wすみません。

齋藤齋藤 2008/02/15 18:40 「自分にがっつり向き合う。やりたいことは全部やる」そうなんですよね。でも私は、それが「必要以上に」後回しになってしまうんです。 原因は自分が怠け者で身近な人に尽力する性格だからと思ってましたが、どうもきれいごとにして納得したがってるという気がしてきました。人にはサービス過剰の予定を立てといて、わざわざ自分の事を後回しにする言い訳にしてるのが本音。
また私には別な事情もあります。身近に色々と尽くしてくれる人がいて、その人もやはり自分をお座なりにしてるフシがあり、自分を大切にできない者同士で尽くし合って甘え合ってる所があるんです。(勝手に)自分を犠牲にして尽くている分、私の反応に過敏になり、見返りや反応が悪いと被害妄想的に不機嫌になったりする。そんなものだから私が自分に一生懸命になると、ひがまれたりもする。
多少相手の反応がぞんざいでも「まいいか」と思えるためには、自分がある程度自立し、充実してなきゃダメなんですねきっと。改善への第一歩に、その人との尽くし合いにブレーキを掛けてみることにしました。それもこれも「自分にがっつり向き合え」のお陰です。

シンジシンジ 2008/02/16 01:33 それでいいと強く思う44歳。とかく人のことばかり言う人が多い。あんただってそこまで些細なことで言われると怒るくせにその物言いはないでしょう、という人が周りにゴマンといます。もっと自分ときちんと向き合ってくださいと思います。自分の至らなさ知ってたら人の事言えません。もっと昔もたいな日本人の感覚大事にしたいと思います。

たっちたっち 2008/03/02 11:49 「人生に制限時間があるから楽まなきゃ」と「今日は一日楽しめた。明日も楽しめたらいいな」は似てる様で違う気がする。片方は減点法でもう片方は加点法。一日に楽しいことを加えていくのであれば、悲観的にはならないのでは?考え方凄く好きです。応援してます。

とんとん 2012/01/04 12:37 tumblrのリンクからきた者です。
読んでよかったと思いました。この記事に出会えてよかったと思いました。ありがとう

ももんがももんが 2012/01/10 17:53 Twitterのリンクから来ました。記事を書かれたのは4年も前のようですが、昨年一年間いろいろなことがあった今、心から同意します。全くその通り

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