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2008-05-25

小学校の先生に教わった、人間関係のシンプルなルール

「自分がされて嫌なことは他人にしない。自分がされて嬉しいことをする」、なんてなことを、

たぶん、誰もが小さいころに一度は聞いたことがあると思うんす。

自分は確か小学校の先生から言われたんけど、人によっては両親からかもしれないし、隣の兄ちゃんかもしれないし、

なんかの漫画に書いてあったかもしれない。


まー、当たり前な話っすよね。

そうなんだけど、なんかの拍子に思い出して、ぼんやり考えてたら、

「いや、ホントそのとおりだよなあー」としみじみ思ったんです。


人前で恥をかかされるのは嫌だから、自分も、うっかりそういうことを人に言わないようにするとか、

スケジュールが間に合わなくて焦ってるときに「手伝おうか?」って言ってもらえたら嬉しいから、そういうことを自分もするとか。

他人とのかかわり方って、そんなんでいいんだろうなーと。

立ち戻る位置

とはいえ。

当たり前のことって、意外と守ることが難しいもんだったりします。

そうですねー、むしゃくしゃしてると、

ついつい「こんなことされたイヤだろうー。オレだったらイヤだもんな。へっへっへー」

てなことを他人にしてしまったりしますしね。


さらに、小学校ぐらいじゃそうでもなかった人間関係も、大人になるといろんなかかわりがあって、

一人一人に応じたオーダーメイドな付き合いをするようになってたりします。

気を遣っちゃうタイプの人なんかはね、特に。

だから、「そんな単純にはいかないよー」ってなるときもある。


でも、逆にさ、

そんな複雑なやり方のせいで、ちょっと疲れちゃったときとか、

失敗続きで、人付き合いのやり方が、なんかわからなくなったときとかに、

なんつーか、ベースみたいな考え方というか、立ち戻る原点として、

こういう考えを思い出せるといいのかなーって思うのです。


や、たいていの場合、

自分がされて嫌なことは、他の人も同じように感じることだし、

自分がされて嬉しいことは、他の人も同じように嬉しかったりする。

結構、ハズレが少ないルールな気がするんだよなぁー。

オレなんかにされても…

ただ、そんなときに、自分がされたら嬉しいことでも、

「オレなんかにされても、相手には迷惑だよな」なんて考えちゃったりする。

うーん。そだねー、考えちゃうねー。

自信なんか、ないねぇ。


結論から言えば、「そんなこと気にする必要ない」ってなるんだけど、

人によっては、今までの経験とか事情から、どうしても気になっちゃう場合もあると思うし、そうしたら気にしないのは厳しいですしね。

例えば、飲み会なんかで初対面の人が多い中で、うまく溶け込めないときとか、

誰かに話しかけてもらえたらすごく助かります。

それはそうかもしれないけど、じゃあ、「自分」が同じことをやったときに、相手が喜ぶかっていうと、

「いやー、それはないかなー、むしろ迷惑かなー」って思っちゃったり。


じゃあ、どうしましょう?ってことになるんだけど、

やっぱり、この際「やるのは、この自分」という要素は忘れちゃっていいんじゃないっすかね。

ついさっきまで「気にしちゃうよねー」とか言っておきながら、「結局それかい!」って感じな展開で申し訳ないんですが。


とりあえず、うまく溶け込めないでいる飲み会で、自分に話しかけてくれる人がいたら嬉しいじゃないですか。

自分が嬉しいことなら、自分も他人にやっちゃっても大丈夫ですよ。

嫌がる人はしょうがないけど、順番に5人ぐらい相手にしていけば、1人ぐらいは通じる相手がいますってば。

良かれと思って

いや、自分はよく思うんだけど、

「良かれと思ってやったこと」って、そこまで嫌がられないと思うんだよなー。うん。

相手のことを考えてやっていることって。


でも、なんだろなー、それが自分のことを思っているときっていうか、

「いい人って思われたい」とか、

「やっぱり自分はこういうときダメなのか…。うまく振舞えないのか…」とか、

邪念?(笑) いや、邪念って言っちゃうのもよくないけど、そんな思いが混じっていると、

うまくいかないような気がします。オレはダメだったなぁ。


いい人って思われたいですけどね。

いや、いいと思いますけどね。そういうこと思ってても。思ってない人いないですからね。

だけど、7:3ぐらいで「相手に喜んでもらいたい」というスタンスを持っていたら、

たぶん、大丈夫なんじゃないかなーって思うんですよ。

「あわよくば、いい人って思われたらいいな」ぐらいなら。

自分がされて嬉しいことを、隣の人にしているか

この先生が言ってたルールの肝って、「自分じゃなくて相手を見よう」ってことなんだと思うんです。

どうしても「オレが、オレが」「もっと私を!」みたいになりがちだけど、

それはオレオレ詐欺をやるときだけにして、もうちょっとちゃんと相手を見てあげようと。


褒められると嬉しいじゃないですか。

すごいとか、がんばってるねとか言われると嬉しいと思うんですよ。

だったら、自分もそういうこと言う人になったら、いいんじゃないかと。

で、言いまくってると、「褒める経験値」があがってて、

絶妙なタイミングで褒めたり、その人にとって、一番グッと来る言葉を用意できるようになるんじゃねーかなーと。

ま、そんな計算高くなくていいですけどね(笑) できたら嬉しいですよね。


「良かれと思って」やるためには、その分、じっくりと相手を知る必要があって。

それに加えて、「そもそも自分はどういうことをされると嬉しいんだろう」って知っている必要もあるかもしれない。



そうですねー、例えば、話をじっくり聞いてもらえると嬉しいですよね。

はてさて。自分は同じことを他の人にできるのかなとかって考えたりします。

ndysnbndysnb 2008/05/26 09:40 「自分がされて嬉しいことをする」は、『自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。』(新約聖書 ルカの福音書 6章31節)のことだと思います。
(ex. http://www.shiboku.net/message2007/m_071202.htm )

「自分がされて嫌なことは他人にしない」は、確か仏教の言葉だったと思います。

どちらも同じ意味のことを言っていますね。
結局、人は昔も今も変わらないということでしょう。

ハヤブサハヤブサ 2008/05/27 20:03 ちょうど、自分もそんなことで悩んでました。
どんなに他人が喜ぶことをやっても結局はそこで自分の自己満足・自己顕示欲などを満たすことになるってことはそれを求めてる・・・ってことで結局自分のことしか考えていないのではないか。と・・・

でも、他人のことを考えてるのは本当なんです。
でも結局は自分のためなんじゃないか・・・?と・・・

でも、7:3ですね。
これからも堂々と自分が良いと思ったことをしていきたいと思います。
ありがとうございます!

U40U40 2008/05/29 23:43 「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」(論語)

yuriyuri 2008/05/31 01:54 正論は「自分がされてイヤなことは人にしない」だけでしょうね。自分がされて嬉しいことでも、好みや信条が違う人にとっては嬉しくないかもしれません。

   2009/05/27 21:13 自分も含めて状況を客観視できてないと、ただの独りよがりになっちゃうよね。

あ 2012/07/29 17:15 自分がされて嬉しくても他人はされて嬉しくないことなんか今までさんざんあった。すでに経験済み。自分がされて嬉しいことは他人にするとかいうのはてめえの押し付けだろ。外れの少ないルールなんていうが、今まで通用しないことがたくさんあったから外れが多かった。自分がされて嬉しいことは他人にするとか考えるのは人生経験の少ないガキか、相手を思う想像力が欠落していて、単にてめえの考え方を押しつける自分勝手な思考力の持ち主にしか思えない。同じことをされて嬉しい人と嬉しくない人がいることを忘れるなと言いたい。

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