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雑食主義 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-10-14

投稿サイトはカラオケボックスー自信をつけたい方には私の作品をお勧めします(笑)

文学の世界に限った事じゃないけど、アマチュアの役割は裾野を拡げる事だと私は考える。

そしてカクヨム等の投稿サイトはカラオケボックスの様なものなのではないか。

そんな風に私は思っている。

カラオケが何故、こんなにも普及したのか。

歌が上手になりたいから!?

勿論、その様な方もいるでしょう。

自分の歌を誰かに聴いて貰いたいから!?

勿論、その様な方もいるでしょう。

でも、それ以上に根本的な部分で、歌う事自体が楽しいからじゃないだろうか。

それと同様に書く事も、書く事自体が楽しいと私は思う。

勿論、歌う事だって、皆が皆、楽しめる訳ではないから、書く事だって、そうではあるだろう。

しかし、多くの方にとって歌う事が楽しい事であるのと同様に、書く事も多くの方に楽しめる事だと思う。

だけど中には下手くそだからとか、恥ずかしいからだとかで、その楽しさを否定的に考えてしまったりする事がある。

カラオケも苦手な方は、その様な理由があったりもしたと思うんだ。

でも、カラオケは広まるにつれて、例え、そんなに歌が上手ではない方であっても十分に楽しめる場になってきて、それが今や一つの文化ともいえる様になったのではなかろうか。

投稿サイトも、それでいいと思うんだよね。

下手くそでも構わない。

恥ずかしがったりせずに楽しもうよ。

アマチュアの役割は楽しむ事。

そして楽しむ事で、より多くの方に、その楽しさを広める。

読む事でも書く事でもいいから、より多くの方に文学に触れて貰う。

それが、いずれ文学に対する需要を増やして、業界や作家の方にも返ってくるんじゃないのかな。

かつての私がそうであった様に、文学とは何の縁も無かった者。

その様な方々に如何に文学に触れて貰い、その中から、どれだけ取り込む事が出来るのか。

それが文学の世界の今後の課題だと思うんだよね。

だから、私は書き続けたい。

ヘタレな物書きの一人として。

正直、最初は自分がどの程度なのか、全く分からなかった。

でも、此処まで投稿サイトで活動をしてきて、全然、見込みが無い事を思い知らされたんだ。

だったらば、ヘタレはヘタレとしての役割がある。

そう考えたのです。

私は他の方の作品を読むと自信を失ってしまう。

だったらば、私の作品を読んで貰う事で自信を与える事が出来るのかもしれない。

だから、とにかく書き続ける事。

そして、書く事を楽しむ事。

私の作品を読んでれた方が「この程度なら私にも書けるかもしれない」なんて思って貰ったりして、実際に書く事に挑戦して貰えたらありがたい。

勿論、皆が皆、文学の楽しさを感じる事が出来る訳ではないだろう。

しかし、一人でも多く、先ずは文学に触れて貰いたい。

食わず嫌いは勿体ないと思うんだ。

実際に触れてから、好きになるなり嫌いになるなりして貰いたい。

その為の一助とはなれると思うんだよね。

例え、ヘタレでも。

私はそんな風に思っているので、下手くそでも全然、恥ずかしいとは思わない。

だから、色々な事に手を出している。

小説も書けば詩も書くし、エッセイも。

更には俳句短歌、英訳まで。

それら全てにおいて、読んでくれた方に自信を与える事が出来ると思うんだ。

そういう訳で、自分に書く事の自信をつけたい方。

特に自信が持てなくて、書く事に二の足を踏んでいた方などには、私の作品をお勧めしたいと思う(笑)

一通りのジャンルに手を出しているので、どれでもどうぞ。

そして書く事に挑戦をして貰って、一緒に楽しんで貰えたら嬉しいな。

アマチュアは何よりも楽しむ事。

書きたい事があれば、実際に書いて楽しむ。

それで、いいんじゃないのかな。

そう思う私は書く事が出来る限り書き続けるだろう。

そして書く事を目一杯に楽しみたい。

2016-10-03

ジャンル「英訳」

英訳。

これは創作のジャンルと言えるかどうかは分からないが、実際にやってみて、英訳ならではの面白さもあると感じた。

そして、その面白さを知っている方は、そんなに多くはないだろう。

英語に限った事ではないが、外国語が出来る方は文章を書く際に、日本語にするか外国語にするかの選択が出来る。

そして、どちらかに選択をしたら、それで終わりだと思うんだ。

わざわざ一度、日本語で書いたものを外国語に訳したり、外国語で書いたものを日本語に訳したりはしないだろう。

勿論、翻訳を仕事にしている方はするのだろうが、それは創作とは関係がない様に思っている方も多いのではないか。

私も実際にやってみるまでは、そうだった。

でも、翻訳も創作の要素は結構、あるんだよね。

特に私は詩を書く時、言葉の選択に苦心する。

日本語は一つの事を表す際に、幾つもの言葉があったりもするよね。

その中から、書いている詩に一番、合う言葉を探す。

英訳をすると、その作業を、もう一度、する事になるんだよね。

訳をする時に直訳が出来なかったり、直訳をすると微妙に意味合いがズレてくる事が少なくない。

そして、英語も一つの事を表す際に、幾つか言葉があったりもする。

その中から、また別の選択をしたり。

更には、自分で新たに表現を構築したりする事も。

今ある言葉を、どの様に構築すれば、一番、伝えたい意味を込める事が出来るのか。

恐らく、新しい言葉を作り出す力は翻訳によって培われる部分はあるんじゃないかな。

そして、私は思った。

もし、今、創作に息詰まっているとしたら、英訳をしてみると、一つの突破口に出来るのかもしれない。

勿論、英語じゃなくてもいいんだけど、英語なら殆どの人が、ある程度は知識もあるよね。

はっきり言って、私も中学生レベルの英語力しかないだろう。

それでも、ネットの翻訳ツールを使えば、何とか、出来ない事もない。

もっとも、どれだけ、きちんと英訳が出来ているかも定かではないけど、これまで何作かの詩や短編を英訳してきた。

そうなんです。

英訳だったら、やろうと思いさえすれば、誰でも出来ると思うんだ。

小説や詩を書く事と同じ様に。

ただ、やろうと思えるかどうか。

これも小説や詩も同様だよね。

私は文章による創作も最初は食わず嫌いだった。

でも、実際にやってみたら、面白くて嵌まってしまったのだ。

英訳も同じ。

やってみたら、予想以上に面白かった。

皆さんも一度くらいは、チャレンジしてみてもいいのではないでしょうか。

2016-09-26

ジャンル「俳句・川柳・短歌」

正直、俳句短歌はアマチュア物書きがやるには難しい様に感じて、何でも書く私だけど、暫く、このジャンルには手を出せないでいた。

しかし、エッセイ、詩、小説と書いてみて、どれも大して手応えを感じる事は出来ずに、何か新しい事をやってみようと思って、俳句川柳短歌にも挑戦する事にした。

そして、やる前に感じていた印象と、やってみて感じた事で大きかったのは俳句の面白さ。

やる前は俳句が一番、ハードルが高い様に感じて、ちょっと私には楽しめる様な感じはしていなかった。

制約が多過ぎて、ちょっと窮屈な印象もあったからである。

しかし、実際にやってみると、あら、意外。

俳句が一番、面白い。

確かに、難しい事は難しいんだけど、思っていたより、ずっと窮屈さは感じなかった。

寧ろ、制約がある事で表現の広がりを感じたりもする。

逆に川柳短歌は事前のイメージよりも難しい印象。

川柳は、五七五にすればいいだけ、と思っていたが、その五七五が中々、出来ない。

短歌俳句より文字数は多いし、季語が必要ない分だけ楽かと思っていたら、案外にそうでもなかった。

俳句季語を入れなければならない。

やる前はそれがハードルを高めていたけど、やってみると季語がある事で取っ掛かりにはなるんだよね。

要するに、どの季語を入れるかで、大体の全体像がイメージ出来るんだ。

季語のない川柳短歌はイメージが中々、固まらなかったりする。

勿論、俳句季語知識が必要で、より良い作品を作ろうと思ったら、それだけ知識も重要にはなってくるだろう。

そういう面での難しさはある。

ただ、実際にやってみて、俳句の方が初心者向きなのかな、と。

やる前は俳句自体が上級者向けの様に思っていたんだけどね。

私は俳句川柳短歌に挑戦をしてみて、今はそんな風に印象が変わりました。

勿論、人によって向き不向きがあるとは思います。

でも、それは実際にやってみてからにして欲しいかな。

私は事前に俳句には窮屈さを感じていたが、やってみたら、そうでもなかった。

やってみても、窮屈さを感じる方もいるでしょう。

また、そんなに悪い印象がなくても、やってみて嫌になる方もいるかもしれません。

ただただ、食わず嫌いだけは勿体ないなぁ、と。

今はそれだけを思います。

皆さんも機会があったら、是非にでも挑戦をしてみて下さい。

2016-09-23

ジャンル「小説」

私が一番、気楽に書いている文章は小説。

決して、手を抜いている訳ではないが、フィクションである事で気楽ではあるんだよね。

勿論、ノンフィクションの小説というのもあるのかもしれない。

しかし少なくとも、私が書いている小説は殆どがフィクション

一部、実体験に基づく部分はあったりもするが、それを基にした嘘。

所謂、フィクションにしか過ぎない。

エッセイなんかは嘘を書いてしまったら、作り話になっちゃうよね。

要するに、エッセイではなくなってしまうと思うんだ。

だからエッセイで嘘は書けない。

そして嘘じゃないから、表現に気を遣う必要も出てくる。

しかし嘘、フィクションであれば、作り話で片付ける事も出来るよね。

そういう点で、私は小説を書く事が比較的、気楽に感じる。

因みに、私が小説を書き始めた切っ掛けは、ネットで知り合った方が書いていて、私も書いてみよう、ってね。

それまでは小説を書こうなんて思った事すら無かった。

読む事だって、漫画ばかり読んでいたので、小説は一部の作家さんの作品を幾つか読んだ事がある程度。

有名な作家さんの有名な作品の有名な部分は知識として一応、知っていたりはするけど、ちゃんと読んだ事のある作品は一つもない。

全然、威張れる話じゃないけどね(苦笑)

そんな私が今は小説を書いていたりする。

と言っても、草野球ならぬ、草小説だけどね。

それでも書く事は本当に楽しい。

勿論、思う様に書けないと苦しかったりもするけど、それも含めて面白いと思う。

エッセイや詩とは、また違った面白さがあるだろう。

その面白さを知る事が出来たのも、実際に小説を書いてみたから。

書かないままでいたら、知る事すら出来なかっただろう。

またエッセイや詩もそうである様に、小説ならではの表現も出来る。

小説という嘘に組み込む事で表現が出来る、或いは表現が豊かになる場合もあると思うんだ。

そういう事も、実際に小説を書いてみて感じた事。

だから、小説を書いてみて、本当に良かったと思っている。

そしてインターネットがあるおかげで、私の様なド素人でも、小説を書いて投稿サイトやブログなりに掲載しておけば、少ないながらも誰かに読んで貰う事も出来る。

それが本当にありがたい。

恐らく、インターネットが無かったら、書く事は出来たとしても、誰かに読んで貰う事は中々、難しい面もあると思うんだ。

そして読んで貰えないとなると、書く気にすらならなかったりもする。

しかしインターネットで作品を何処かに掲載しておけば、誰かしらに読んで貰える可能性を作る事は出来るよね。

それが実際に書く切っ掛けとなり得る。

私も知り合いの作品を読んだから、自分も書けば誰かに読んで貰えると思って、書く気にもなったと思うんだ。

そうやって、書く事の面白さが広まっていって欲しい。

その為に私は小説も書き続けたいと思っている。

2016-09-16

ジャンル「詩」

私が初めて自主的に文章で創作をしたのは詩なんだよね。

それ以前は全くと言っていい程、文章に関心は無かった。

どちらかと言うと、絵の方に関心があったくらい。

だから、落書きとかは結構、していた様に記憶している。

教科書とかに、ね(笑)

しかし文章となると、読むのも書くのも正直、好きではなかった。

だから、私にとって本は読むものではなく、空いたスペースに落書きをするものだったのかもしれない(苦笑)

その私が詩を書こうと思ったのは、911の米同時多発テロに端を発して、米国アフガニスタンへの空爆に到る過程を見て。

戦争反対とか言いながら、戦争をする人類。

勿論、戦争に反対してる人と戦争をしている人とは別なのかもしれない。

でも、結局、戦争は戦争をしない為のものでもあるし、反戦も戦争だったりはするんだよね。

そんな矛盾に疑問を感じて、詩を書きたくなった。

正直、私の創作における原点とも言えるだろう。

私はその後、小説やエッセイ等、様々な文章を書く様になっていくんだけど、詩を書く事が一番、楽しくは感じるかな。

勿論、小説や詩も書いていて楽しい。

でも、楽しいというよりは面白い。

そして、ジャンル「エッセイ」の方で書いたけど、一番、力を入れているのはエッセイ。

しかし、楽しさとなると、一番、書いていて楽しいのは詩なんだよね。

私は文章を書く事に、ある種、パズルの様な面白さを感じている。

中でも詩が一番、パズルの様な面白さがある様に思うんだ。

こっちの言葉を使った方がいいのか。

あっちの言葉を使った方がいいのか。

恐らく、小説やエッセイでは、そこまで深くは考えないだろう。

考えはするけど、意味さえ合っていれば、何とかなりそうな気はするよね。

しかし詩は、どの言葉を選択するかが大きいと思うんだ。

特に日本語は一つの意味に対して、幾つもの言葉を用いる事は珍しくない。

下手したら、外国語すら外来語として取り入れていたりもする。

外国語も一つの意味に複数の言葉がある事はあるだろうが、日本語程、多様な言語は他にないんじゃないかな。

そう考えると、日本語による文章はパズルとしての難易度が高いよね。

そして、その難易度の高さが面白さにも繋がる。

元々、文章が好きではなかった私が文章を書く様になったのは、この辺なんじゃないのかな、と。

恐らく、最初に小説やエッセイを書いていたら、その面白さに気付く事は出来なかったのかもしれない。

最初に詩を書いた事が私に文章の面白さを教えてくれた様に思う。

そして文章の面白さを知ってしまったので、他にも色々とやってみたくなった。

更に色々とやっている内に文章を書く事が好きになった。

それも以前の私からは、考えられない程、好きになっている様に思う。

大袈裟かもしれないが、それら全て、詩が私を導いてくれた。

そんな風に思ったりもします。