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名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

2017-05-25

[]溺れる

音楽というのは不思議で同じ曲でありながら演奏家によってちょっとずつ違ってきちまいます。たとえば有名なベートーヴェンの5番で、しょっぱなの有名な「タタタ」「ター」の三連音がありますが、(休符を含めてン)「タタタ」のあとの「タ」の部分をベルリンフィルの音楽監督に就任したころのサー・サイモン・ラトルはそれほど残さずにすっと回収していました。よく運命動機といわれてて、ドアのノックする音だとか諸説があるのですが彼は「若き日の雄叫びもしくは咆哮」という解釈でそうしたのです。聴いたら目からうろこというか知っていたはずなのにそれまでと全く違うように聴こえてくるから不思議です。

同じ曲でありながら演奏家によって異なるということを私が自ら発見したわけではありません。ずいぶん前に親しい人がそれとなく誘導しました。マーラー交響曲を知り小澤征爾さんので一通り聴いたあと、誘導されたレナード・バーンスタインのマーラーの交響曲を聴いて小澤さんと異なる世界に衝撃を受け「違いがわかる男」となり、そこからいくつかの解釈から一つの曲を眺めることのを深さを知り、ずぶずぶと沼にはまるように(はてな今週のお題が「私の沼」なのですが)、音楽に溺れてゆくようになりました。マーラーでも指揮者が違うものが数枚あります。でもってよせばいいのにお茶の水にある中古CD店に出入りするようになり、正規ルートで販売されてない海賊盤であるとか欧州直輸入のCDに手を出しはじめます。テキトーに紹介すると

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上がAUDIORといういまはもうないレーベルからでてるセルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィルのドヴォルザークのチェロコンチェルトなんすが、ミュンヘンフィル非公認で正規なものではありません。魅力的な演奏なんすが海賊盤なので第一楽章の途中でせきが聴こえます。いちばん最初、イラっとしたのですが、この海賊盤を気に入っちまってからはなんべんも聞いてるうちにやはりいつの間にかなれちまいました。ドボルザークのチェロコンチェルトを別の人で聴いたときは逆に咳が入ってないのがなんか物足りなかったくらいで。なんの音源かは謎で、解説なんかあるわけありません。下はマーラーの6番で、マリス・ヤンソンス指揮のロンドン響のライブCDで、ロンドン響オリジナルのレーベルで解説はあることはありますが直輸入盤なので当然英語です。つくづくバカだなあと思うのですが、マーラーの6番を聴き比べてて気になるところが出てきて「一度ポケットスコア(楽譜)を閲覧したいなあ」ってなことを考えています。そんなことしてなんの得にもならないのですが、のめり込むと損得関係なくなってきます(同じ交響曲を複数枚持ってる時点で既におかしくなってるかもですが)。

ヲタクというのがなんなのか、というと定義が難しいかもですが、消費行動が極端になりがちになりやすいのではないかと思います。良いと思ったものに触れてしまったが最後、ホントにそれが必要かどうかなんて考えず・損得にとらわれず、重力場に捉えられてぐるぐる廻りながらスピードをあげてブラックホールに突っ込んでゆく流星のような、ヲタクというのは、そういうものだと思うのですがどうでしょうか(日記なのに誰に聞いているの?)。

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2017-05-24

暑くなると小型のフードプロセッサーでクラッシュしたミックスナッツと刻んだネギとを豆腐に載せて棒棒鶏のタレを掛けてってのを作ります。暑くなってきたのでそのナッツのクラッシュ豆腐を今年もまたやりはじめたのですが、今週夏日が連続したせいもあります。

記憶はあんまりあてにならないかもなんすが、ここ数年は暑くなる時期がはやくなりすぎてないか?という気が。20年とか30年くらい前は5月ってもっと涼しかった気がしてて、しかし気がしているだけでちゃんと調べてはいません。でも実感では暑いです。

長期予報では猛暑ってなことになってて、天気って外れたら困るのですが、これだけはちょっと外れてほしいかな、という気が。

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2017-05-21

台所に立つことは嫌いではないのですがあまり知らない食材というのはけっこうあって、個人的にほとんどなじみがないのがアスパラです。ひとりでない夕めしを作るにあたってアスパラのリクエストがあってアスパラはいまが旬のはずで「ああなるほど」とかごの中に入れたもののさてどうしようかと考えて、鶏むね肉と一緒にオイスターソースで炒めることを思いつきました。実際オイスターだけではつまらないかなあと考えて醤油等を足したりし、結果的には思いつきにしてはうまくいきました。

あとになって「アスパラって滋養強壮にいいらしいよ」と告げられて「おい」と思ったものの、先方が期待する効果は別として疲労回復に効くならアスパラっていいかも、と思いました。でもそろそろ旬が終わっちまうのが残念です。

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2017-05-19

[]欽ちゃんのアドリブで笑

NHKBSはたまに不思議な番組を作るのですが欽ちゃんのコントに関する「アドリブで笑」という番組を放送していたので録画して視聴しました。とても面白かったです。で済ませば楽なのですがそうはいかない濃い内容なので書いておきたいと思います。

NHKBSで今年の1月にコント55号を特集した番組がありそのなかで欽ちゃん=萩本欽一さんは、台本があってそれをきっちり稽古して、というのはそれはショート芝居で「コントではない」と証言していました。台本どうりに「次に何やるか」ということと笑わすことを同時にはできない、という理由です。欽ちゃんはそのスタイルで来ました。番組は主に欽ちゃんが育った浅草の軽演劇そのままに、リハーサルなし台本なしで欽ちゃんが身につけたコントのノウハウを小倉久寛劇団ひとり、矢野聖人といった俳優陣に叩き込むワークショップで進行します。

しょっぱなは欽ちゃんの出すお題「割れない割りばしに文句」「キャベツを買ったときに捨てられてしまう外側のキャベツにひとこと」などに沿って即興で演技をして、その演技に評価したりダメ出ししながらどうやって深くするかを叩き込んでいました。根っこにあるのは演技を見せろ、ということで、たとえば「捨てられるキャベツにひとこと」言う場合立ったままキャベツをむしる動作ではダメで「演技を見せろ」と欽ちゃんがアドバイスをすると矢野聖人という俳優さんは勘が良いのか地べたに伏して捨てたキャベツにひとこと声を掛けていました。文字にしてしまうとつまらないですが、それだけで深みが出てぜんぜん違うのです。演技というものが深いのだな、とシロウトはここらへんでうちのめされていたんすが。

ついで「察する」という動作のワークショップでは欽ちゃんの動作に対する反応からどんどんふくらましていました。同じことを二度云ってはいけないルールで欽ちゃんが倒れ込みそうになるときに各人がどういう反応をするかということを試していたのですが「大丈夫ですか」のほかに「病院紹介しましょうか」「もう年ですもんね」とどんどん切羽詰まれば機転の利いた答えが出てきます。つまるところ何が起こるかわからないところに「おかしみ」がでてくるのです。「うむ、そういうことかー」とちょっと唸っちまったんすが。

ワークショップの途中から御年84歳の仲代達也さんが参加して経験豊富で迫真の演技をしながら絡んできたのですが、まじめな次に何が起こるかわからないような迫真の演技であればあるほど「おかしみ」が出てきちまうのです。謎なんすけどこれも目からうろこでした。この謎について直接的な解があったわけではありませんが後半部分で若手俳優への指導時に「笑いをしようとするのではなくまずいい芝居をする」ことを説いていて、おそらくそこらへんが大事なのかもしれません。途中コント55号の映像も流れていて、田端保線区から来た坂上さんが萩本コーチについてマラソンの特訓するのですけど、言葉ではなくアクションで笑いを誘うもので坂上さんはほとんどふざけているようにみえない演技なのです。でも息ができないくらい・苦しくなるくらい笑ってしまいました。

後半では「動きのアドリブ」というか「カタチを崩すこと」を目的とした動作のワークショップがあり、罪人として連れていかれる兄をみて弟が「兄ちゃんを返してください」と岡っ引きに縋るシーンなのですが、ホントの芝居では前に行って行く手を阻むように足にだきついてとめようとしますが、後から足に抱き着いてしまうように指導していました。行く手を阻まないので追いすがるほうを引き摺りながら続ける余地ができ、そこにアドリブを入れることができるのです。右足と左足に一生懸命に追いすがる2人を引きずりながら前に進むと不思議とコミカルな演技ができてしまうわけで。「いい芝居」を意識したうえで崩すとそこに笑いがでてくる余地があるのです。文字にするとわけわかめですが、欽ちゃんの作るコントの秘密の一部がなんだか理解できたような気が。

付随して本人は気付いてないかもなのですが劇団ひとりという人が器用すぎて、間がないようにひたすら空間を作り出し他者が入れないような空気を作り出し、さらに注意を受けて間を作ったらそれが完璧で、その結果誰も絡めなくなってしまうアクシデントがあって、間のとり方の難しさというものが(ほんとはNGなのかもしれませんが)手に取るようにわかりました。

笑いってなんなのか、というのは私は理解していないのですが、根っこにあるのはまじめにやることと「いい演技」と「瞬発力」なのかもしれません。

何回か連続でワークショップは続くようなのですが、次回が楽しみであったりします。願わくば市川猿之助丈とか野村萬斎さんとか畑違いの人がコントをどう見ているかをちょっと知りたかったり。

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2017-05-18

[]ポテチ殺人未遂

一緒に住んでいるわけではないけれどいっしょにベッドに入るような親しい人に料理を作ることがあります。なにが喰いたいか尋ねてリクエストのあったメニューを作ったりします。そういうことをしだした最初の頃、夕食が終わって洗い物をしてると袋を開ける音がして振り向くと彼はテレビを観ながらポテチを食べはじめていました。「あ、喰う?」といって一枚もって私の口にくわえさせようとしたのですが首を振って断って洗い物を再開したのですけど、夕食後にポテチを喰う姿がけっこうショックで、ポテチとポテチを喰う彼に軽く殺意を覚えました。つまるところ、それが許せなかったわけです。ここで包丁を持ち出して刺せば殺人事件ですがそこまではしない理性はあって、洗い終わった後に「めし、まずかった?」と訊いたら「美味かったよ」と否定したものの「なんでポテチ?」を訊いたら「え?おやつは別腹じゃない?」という答えでした。育ちも違うしそもそも彼の親じゃないし、めしを完食してくれたからいいじゃない、おやつに嫉妬してどうする、と思ったので「やめて」ともいいませんでしたが。

ただいまでもめしのあとにポテチなどを喰われると心がほのかにざわつきます。ざわつくのがいやなので洋梨缶を冷やしておいて皿にだしたりってことはするのですけど。

今週のお題が「おやつ」なんすが、おやつに嫉妬するなどとは子供の頃にはまったく想像しませんでした。生きてるといろんなことがありますね、ってそんなことないか。

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2017-05-16

睡眠時間をきちんととってるものの、たまに出てきちまうのが疲労時の目の下のクマです。それとなく周囲から指摘されて気がつく程度のものですが、化粧をする習慣がないのでごまかしようがありません。

化粧にチャレンジってのも考えたのですが抵抗があるので当座のよすがとしてホットアイマスクを試してみます。

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2017-05-14

この時期になると新宿伊勢丹が紳士もののセールを行います。カモとして狙われてるのでチラシが送付されてきます。12万弱なんすけどイタリアの水色のスーツがチラシに載ってて、モデルさんが着こなしててカッコイイことはカッコイイもののいかんせん水色なので「誰が買うのかなあ」などと考えちまうのですが、正札で売れてないからこの時期に処分してるのかもしれません。もちろん冒険もしないし予算の都合もあるのでそんなものは買いません。ただ「こういうものがあるのか」と眺めてるだけでも伊勢丹は勉強になります。

必要最小限のものしか買わないつもりででかけるのですが、手を伸ばせばムリなわけではない価格のものをみちまうとどうしようかなと迷いはじめ、しばらくして正気に戻って「いやいやいらないいらない」となるのですが、セールって危険ですよね、ってそんなことないかな。

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