Hatena::ブログ(Diary)

名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

2017-04-23

ブラタモリの箱根編を視聴しました。

箱根が火山であること、温泉が出ること、外輪山の内側に大涌谷や仙石原や芦ノ湖が広がっていることなどはさすがに知っていたのですが、箱根はいくつものカルデラが合わさってできた複合カルデラであること、芦ノ湖が山体崩壊によってせき止められてできた湖であること、過去に複数の山体崩壊が起きその痕跡として芦ノ湖の水中に陸上にあったときのままの姿で木がそのまま立っていること(湧き出している水がかなり冷たいのかも)、ことなどははじめて知りました。

また仙石原の湧水を噴気地帯の大涌谷に送り噴気をあてて白濁した温泉にする、というのは(正直偽装のように思えないこともないけど理屈としては温泉そのもので)ちょっと目からうろこでした。以前、天皇家の財布という新書を読んだときに宮内庁の持っている資産の中に大涌谷の敷地を現物出資して箱根温泉供給会社の株を持っていた、ってのがあったのですが、このことかと腑に落ちました。でもって地形が絡むとブラタモリはとても刺激的におもえます。45分があっという間でした。

死んだ両親は忙しくて家族そろって旅行なんてのはほとんどしてないのですが、唯一の例外が箱根です。っていっても小学生のころです。強羅からケーブル、早雲山からロープウェイで大涌谷へ出た記憶があるのですがそのとき強羅駅早雲山駅に写真屋さんがいました。なぜ写真屋さんがいるのか訊いた記憶があるのですが、ロープウェイに閉じ込められたときニュースになって乗ってる人の写真が必要になるだろ?そのためだよ、って教えられたのです。大人になったいまではさすがにそれが嘘とわかるものの、なんでそんなウソをついたのか謎であったり。いまとなっては訊ねようがないのですが。

でもっていまでも居るのかなあ、写真屋さん。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20170423

2017-04-22

[]今週のタカシマヤ

数字を追ってるうちに「なんか変だぞ」というようなことがあって、上役と相談しながら片っ端から読み込んで全体像をつかんでから「この資金の流れってどういうことですか?」というようなことをやったことがあります。そのとき当事者から(それはおれの責任ではないのだけど)「今まで気がつかなかったチェック体制の緩さが悪い」とか不思議な責任転嫁があったり、罵倒の言葉を投げかけられたりってのがあって、当事者は熊本出身なんすが(以降坊主憎けりゃ袈裟まで憎いみたいなもんですが)熊本のイメージがむちゃくちゃ悪くなりました。そのあと熊本における細川家の治世が借金の踏み倒しの連続であったことを知るとお金にだらしがないのは伝統なのだろうかとか、有意ではないほとんど言いがかりに近いことも考えていました。

ただそんなふうに熊本のイメージが悪くとも、地震が起き、訪れたことのある熊本城の被災状況や修復の困難さを知ると・被災地でくまモンが慰問活動をしてるのを映像でみちまうと、ちょっとだけ心揺さぶられるものがあります。

f:id:gustav5:20170422122059j:image

高島屋で熊本城関連の展示をやっていて付随してくまモンが来ることになっていたので、昼休みに薬局のついでに高島屋を覗いたものの、残念ながら昼休み中だったようでいませんでした。もちろんハグもできず(バカにされそうなことを云うと「ハグできるかも」とちょっと期待していた)。でも募金箱は置いてあったのでハグしたつもりで寸志だけは入れてきました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20170422

2017-04-20

[]しょっぱい記憶

メガネを買ってもらってから絵を描くようになりました。裕福な家ではありませんでしたが油絵を私立の学校の美術の先生について学んでいたのです。新聞社の賞をもらってほめてもらったことがあって「もしかしたら絵で生きていけるのか」なんて誤解をしてたのですが高校になって美術部に入り、よその学校の人と合同で画廊みたいなところで会をして、敵いそうにない人をみて、以降、好きなことを生業として生きていこうなんて思わなくなっていまにいたります。賞というのはほめてもらえるけどそれしかなくて、人間はみたいもの・聞きたいこと・ほめてほしいこと、ってのにひきずられてたのだなあと二十数年経ってわかるけど、高校生でそれから解放されただけ、おそらく幸せなのではないか、とは思います。はてな今週のお題が「部活動」なんすがそういうしょっぱい記憶はともかくとして。

体育会系的なのは唯一剣道部を経験してるのですがおそらくよくある剣道部あるあるが面をつけたときの汗とかゆさです。目に汗が入ったりかゆくなっても即対応というふうにいかないので我慢するしかありません。いまから思えばちょっとした我慢強さは剣道に鍛えられたのかなあ、とおもわないでもなかったりって、しょっぱいはなしになっちまいましたが。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20170420

2017-04-19

営団地下鉄じゃなかったいまは東京メトロというのですけど東京メトロでわりと目にする「えきのみちか」というキャラクターがいます。ちょっと前に萌えキャラ化してスカートが透けてるということで話題になったりしたのですが、それは別として、なぜかそのキャラクタはまゆが八の字なのです。末広がりで良いじゃないか、といいたいところなのですが困った顔に見えちまいます。その困ったような顔は営団の駅や車両にちょくちょく掲示されています。こんなこと考えるのはおれだけかもしれないのですが、困った顔というのは、言葉にしないけど不満である・なんとかしろ、という意思表示に見え狡猾に感じられ、困った顔は苦手であったり。

でも困り顔って流行ってるのかもなんすが。

良いことかどうかはわからぬものの、表情からなにかを読み取ることに長けてしまってることに気がつきました。顔色を窺うようなことは得意ではなかったはずなんすが。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20170419

2017-04-17

ここで書いたところで明日の天気がなんとかなるわけではないものの、気温の変動が激しいです。先週の火曜日は東京は気温がひと桁でクリーニングに出す予定だったコートを引っ張り出して出勤したのですが、明日の火曜日の東京の最高気温の予想が28度です。

さすがにもうコートは着ないであろうと考えて日曜にクリーニング屋に持ち込みました。あらかじめ3割引きのクーポンを貰っていたのでそれをつかってです。ところが今日になってからポストに別のクリーニング屋の5割引券のはがきが。ここで書いたところでどうにかなるわけではないのですが、コート以外も一緒に出したのでほのかに惜しい感が。

というか脱デフレってどこへいっちゃったんでしょうね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20170417

2017-04-15

f:id:gustav5:20170415111643j:image

キクモモも咲きはじめました

f:id:gustav5:20170415111652j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20170415

2017-04-14

[]自己紹介におけるニックネーム問題

私は本名とは別の名でよばれることがあります。社では別の呼び名があるのですけど社以外の友人は親しい間柄だと本名よりニックネームの「デビ」と私を呼びます。アラフォーになってもずっとです。こう呼んでくれ、とお願いしたものではありません。残念ながらデブでもありませんしもちろん本名とは関係がありません。ベッカムに似てればよかったのですがそんなこともありません。由来は正直、知りません。いつの間にか定着しちまったものです。本名が長いというのと、ついちまったものをひっくり返すのは大変なので受容してそのままにしてます。もうひとつ受容の理由として、好意が無かったら誰もニックネームで呼ばないよ、と後日いわれたのもあります。

一番親しい間柄のベッドで上を通過する人はどんな状況でも上の名前でも下の名前でもなく「デビ」と呼びますし、メモやメールの文面なども徹底して「デビ」もしくは「でび」です。いつでもデビと呼ぶ先方の知り合いと軽くお茶をする機会があったとき初対面で逢ったので当然のこととして私は本名を自己紹介の常として名乗ったのですがそれとはまったく関係なく、その場において私を本名ではなくいつものとおり「デビ」と呼びつづけました。空気を読んで途中で「あだ名がデビであること」を説明したものの、ちょっと不思議な顔をされちまいました。悪魔を連想させ・本人が由来を説明できないニックネームなのにそう呼ばれてるから理解してくれなんて、そりゃ不思議なはずです。

はてな今週のお題が「自己紹介」なのですが、ニックネームのある人の場合、自己紹介のときにニックネームも述べるべきなのか、ってのがちょっと迷いがあります。でもニックネームがあるからニックネームで呼んでくださいってのも初対面では云い難くて・図々しいような気がして、それも難しい気が。

[]自己紹介におけるドーダ主義対策

自己紹介というのは好きではありません(もっとも自己紹介が好きって人もいないかもですが)。どこに地雷があるのかわからないことがあります。

たとえば趣味です。

私は運転台の後ろで前を眺めてたりするのがとても好きなのですが趣味で鉄道と書こうものなら単に「鉄道が好き」ってのはちょっとダメなことがたまにあって、DD51の動向であるとか知識量が問われたりってことがあったりします。知識がないと「ああこいつは云うほど好きではないのだな…」ってなる。鉄道じゃなくても読書なら「どういう本を読んできたか」「どういう本を読んでどう考えたか」というよりも、どれだけ読書量があるのかとかを問われたりってのがたまにあります。本をたくさん読んだらえらいヒラエルキーの中では非文学部であほうがくぶ卒の労働者はつらいものがあります。

東海林さだおさん率いる西荻学派の説に「人間のコミュニケーションのほとんどはドーダという自慢や自己愛で成り立っている」というのがあるのですが趣味の世界では自慢と表裏一体の「これだけ知識があるんだよ」的な「ドーダ」というのが成り立ちやすいと実感してて、されるのもするのも苦手なのであんまり○○が趣味です、っていうのが云い難いことがあったりします。

無趣味ですってのが一番楽なのですが、そういうわけにもいかず料理とかテキトーに誤魔化しているのですが。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20170414