Hatena::ブログ(Diary)

名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

2017-10-17

レッドムーンというジャガイモがあります。皮が赤くて中身はサツマイモみたいで、メークインみたいな形状の不思議なやつなんすけど、マッシュにしたらなんというか、クリに似たほのかな甘みがあってねっとり感があり、ちょっとくせになります。住んでいる街にはない東急ストアで以前みかけて試しに買って、ヨーカドーや西友にはまったく入荷がなく、東急ストアのある街へ行く機会があれば東急ストアで探してみるのですが、やはりあんまり出てきません。

でも今月に入って隣県に用があってもともとサティだったイオンに寄ったときになぜかレッドムーンがあり、一袋買って帰り今季初レッドムーンを味わいました。食べつくしたあとに「そっか、イオンにあるのか」とイオン系列になってる自転車で行ける範囲のピーコックとグルメシティに行ったのですが仕入れ経路が違うのか、残念ながらありませんでした。ヘタな考え休むに似たりというか世の中あんまり甘くなかったわけで。

いま住んでいるところに不満はそれほどありませんが、近くにおいしいジャガイモが来ないというのはちょっと理不尽だよなあ、とレッドムーンのことを考えると思考が若干おかしくなります。

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2017-10-16

前にも書いたのですが、私が10代のときに、とんねるずの番組で同性愛者≒笑っていい存在という認識が広まってしまった気がしてならず、同性を好きになって以降、なんにも悪いことをしていないけどその属性があることは常に笑われる存在なのではないかという恐怖と隣り合わせで生きてきました。このダイアリーは匿名ですからばんばん書いてますが、ほとんど他人には言わずに来ていています(文字にするとほんと暗い人生だなあ)。異性に住んでいた街の駅までつけられたり異性に好意を寄せられてもそれとなく交際を断ったら金銭にまつわるうわさを勤務先で流されたこともあります。同性の相手がいることを云えたら楽だよなあ、と思いつつ怖くて云えてません。「要は勇気がないんでしょ」と云われればそれまでですが、そういわれても躊躇するくらいには笑われるということは恐怖でしたし、いまでもあんまり変わりません。

16日付でフジテレビが謝罪文をだしていて、興味深かったのは文中に「揶揄する意図はなかった」というのがあって、揶揄してると思ったほうを、それはとらえた方の解釈であって、と予防線を引いて云ってるのに等しく感じられ、批判が生じることを想定してないし批判されるのは本意ではない、というのがなんとなく読み取れた点です。つまるところ私のようなのは「意図はなかった」表現に影響を受けてしまったわけで、傍からみたら笑えるほど哀れな存在かもしれません。もっとも本人はあんまり哀れだとは思っていませんが。「長年に渡り与えていた印象」を含めて反省しているのは好感持てたけど、いまさらだよなあという気はやはりします。暗い青春帰ってきませんしって、てめえのことはともかくとして、「ある属性を笑いものにしてもいい」という空気は簡単には変わりませんし。なに一つ解決しないような気が。

10代からこっち、とんねるずの番組をみようともしなかったし、まずとんねるずがテレビに出ていたらチャンネル変えています。おそらくこの先も同じです。めざましテレビを観なくなったのでフジテレビにチャンネルをあわせることは稀です。個人的にはなんの期待もしていません。ただ無駄に委縮してしまうことは好ましくないので委縮せず表現活動をフジテレビは続けてほしいと思います。

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2017-10-15

[]重力波のお勉強

14日が「三鷹星と宇宙の日」ということで天文台を公開してて、天文に興味があって行っていました。

重力波についてややこしいことを書きます。興味のない方はすっ飛ばしてください。

アインシュタインが言いだしっぺの、質量のある物体の周りは時空をふくめてゆがめられてるんじゃないの、という考えがあって(それが我々には重力と感じられるのですが)、ゆえに太陽の光が太陽の引力によって変化があるはずでわずかにスペクトルがずれるとのではないかということ(小難しい言葉をつかうと重力赤方偏移というんすが)を検証しようと戦前の日本人天文学者は考えました。それを検証するために

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三鷹の天文台にアインシュタイン塔というのを作りました。ただし残念ながら実証できませんでした。

で、太陽に限らず質量のある物体の周りに時空のゆがみがあってそれを人には重力として感じられて、時空をゆがめてる物体が動きまわるとゆがみが波のように四方八方に伝播してゆく、という現象は「あるはず」といわれつつもだれも音もその姿を見たことがないすかしっ屁のような存在だったのですが、一昨年米国の研究者が太陽の30倍前後の質量の2つのブラックホールが合体したときの重力波を観測し、あることが実証されました。でもってもし重力波を恒常的に観測できるようになれば光学望遠鏡や電波望遠鏡、赤外線望遠鏡以外に天体観測するためのアイテムを得ることになります。というか初の重力波の観測のときの太陽の30倍程度のブラックホール連星があることはいままで証明されてこなかったですし、ブラックホールの研究もすすむかもなんすが。

重力波が通過すると時空がゆがみ、物と物の間の距離が変化するはずで、その変化を検出するのが重力波検出器です。

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国立天文台の地下にはそのプロトタイプのTAMA300というのがあって、それを見学してきました。

レーザー光源から光をだしてビームスプリッターという半透明の鏡で直行する2つの方向に分けて

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長さの違う2つの真空のパイプの中を通過して(写真はそのうちの長いほう)この先の鏡に反射させさらにビームスプリッターに戻して光検出器へ送って(分割したのち再合成したので干渉現象がおきその結果)現れる縞をつかって観測するのですが、もし重力波を観測した場合にはその縞が変化する(であろう)、という仕組みです。

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配置が一緒の模型なんすけど、白い紙が光検知器だとおもってください。アバウトに考えて通常の状態であれば赤い〇なんすけど仮に模型に振動を加えると〇がちょっと崩れます。なんだろ、説明がヘタで恐縮ですが、ともかく壮大な検知システムが埋まってると思ってください

ただ重力波のゆがみは極小である(と考えられていた)ので、おもいっきりかすかな振動をキャッチするために精度をあげ、また振動を抑える研究がなされてきています。TAMA300のある国立天文台は三鷹市という東京の内陸部にあるのですが、25キロ以上離れてるはずの海があれるとその振動を拾っちまうそうで、それくらいの精度です。TAMA300の研究成果が反映されているKAGRAは飛騨の神岡鉱山の地中奥深くなので海の振動を拾わない場所なのでそこらへんはダイジョウブです、とのことでした。

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頭では理解していたのですがいざ実際機器を前にすると意味もなくわくわくしちまいました。インスタ映えしないんですよねー、とおっしゃってたのですが、インスタグラムをやってないので代わりにダイアリにアップしました。

[]計算機による宇宙

月がどういうふうにできたかというのは謎です。いまのところ火星クラスの天体が地球にぶつかってできた円盤状のものから形成された説が有力視されていました。しかし月から持ってきた岩石と地球の岩石と類似しているかというと必ずしもそんなことはなく水分などを説明がつきにくいところがありました。そこから高速で回転する楕円形の地球に別の天体がぶつかって月ができたという仮説と地球の半分程度の天体2個が衝突した結果出来上がったのではないかという仮説があります。

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国立天文台には重力のみで相互作用する多数の粒子の運動を計算する計算機とスパコンがあり、あとから出てきた仮説2つを天文台の計算機でシミュレーションした結果では現在の月や地球の特質を再現できない、ということで否定的になっているのだそうで。もちろん火星クラスの天体がぶつかった説でも説明できないところがあるので謎のままです。でもパズルのあわないピースは外れたわけで進歩かもしれません。月面の岩石や月の内部などの研究がもうちょっとすすめばまた違ってくるかも…、というお話を聴けたんすけど、あらためて実物だけでなく計算の分野も重要なんだなあ、ということを知りました。知らない世界を知るのはやはり面白いです。

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2017-10-13

[]ご連絡いただけたら幸甚です

クラシックのCDの場合、録音のために演奏してそれを発売することもあるのですが(例えばカラヤンの場合はベルリンフィルとのブラームス交響曲をベルリンの教会で演奏して録音している)、実際のコンサートの演奏をそのままCDにすることがあります。ただし予期せぬ音が入ってることがあります。持ってるCDの中に小澤征爾さんがマーラーの交響曲9番をサイトウキネンを上野の東京文化会館でのコンサートで振ったものがあります。で、第一楽章で小澤さんがあくまでも想像ですが指揮台の上で「どん、どん」と足を踏み鳴らしているような音が聴こえるのです。スコアを確認して打楽器かどうかを確認したいところなんすけど打楽器のようには聴こえず、ほんとのところはわかりません。でもそれが瑕疵にはなっていませんし、おそらく当日はオケも指揮者も集中して相当アツい演奏であったのだろうな、というのが想像できます。そんなふうにライブ盤はその頃にその場に居合わせなかったことが悔やまれるような演奏があります。小澤さんの演奏ではカーネギーホールでのサイトウキネンとのブラームスの一番もけっこう生で聴きたかったな、と思わされました。生で聴きたかったなと思わされるCDはほかにもあって、90年代にロンドンフィルを振っていたテンシュテットによるマーラーの6番の演奏会の演奏もそうです。できればその演奏会に居たかったなあと思えます。

はてな今週のお題の「行ってみたい場所」をひっぱりますが、2001年1月の上野、2010年12月のカーネギー、1991年11月のロンドンのロイヤルフェスティバルホールに行ってみたいのです。

そこでお願いがあります。

もしこのダイアリーをご覧の皆様の中で、タイムマシンをお持ちの方がいらっしゃって「そういうことなら貸してもいいよ」という場合には連絡いただけたら幸甚です。

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2017-10-10

何回か書いてるのですがずっとアナログの懐中時計を使用しています。ぱっと見で、懐中時計の長針と短針の位置を確認して現在の時間を割り出して、たとえば16時まであと何分くらいあるか、なんてのはアナログのほうが個人的には都合がいいのです。たまーに不思議がられるのですけど、頭がアナログなせいかもしれませんが、デジタルの時計より楽なのです。ただデジタルの時計がまったく無いわけではありません。もらいものなんすけどここ2年くらい電波受信タイプのデジタルのアラーム付き時計を自室でつかっていました。ボタンを押すと電波を受信して自動的に時刻の修正がかかるやつです。ほぼ見るのは懐中時計ですが、目覚まし代わりにつかっていたのです。

帰宅して時刻表示はあってるけど日付表示だけが10月9日のままだったので「おかしいな、修正かけよう」と思って電波受信のボタンを押しました。で、電池交換時などいつもだったらそうして放置してるうちになんとかなるのでしばらくしたら正確になるかな、と思ったけど、30分経っても修正されないままです。やむを得ないので手持ちの懐中時計にあわせて粗く修正したのですけど、もう電波受信しなくなっちゃったようで。電波受信以外の部分はまだ使えるといえば使えるので捨てるつもりはないのですが、あまりつかわないルートボタンの壊れた電卓みたいな微妙な欠損感があったり。

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2017-10-06

[]崎陽軒のこと1

弁当の話をちょっと続けます。

母が入院していた病院の緩和ケアの病棟の食事は特に制限がありませんでした。病院食は選択式で、あらかじめ献立を配っておいて好きなほうを選べるシステムで、病院の名誉のために書いておくとけっこう美味しかったらしいのですが、いかんせん「がん」が進行してしまっていて食べきることはなく残すことが多くなってきてました。でもって入院してしばらく経ったある日の夜に、私は大丸で買ってきた自分用の崎陽軒の弁当をもって病室にいました。母は病院食をやはりすべては食べれなかったものの夕食は終わっていて、なぜか私のシウマイ弁当ではない崎陽軒の弁当をみつけて「どういう弁当?」と興味を示してきたのでふたを開けて渡し、中身を確認してから栗を箸でつまんで「これちょうだい」というので食欲があるならと思ってそのまま渡し、栗を食べた母は満足気にしていました。既に髄膜ほかに転移があって長くはないと知りつつも、ちょっとでも食欲が出るというのは子としてはまだダイジョウブなのかな、と思える小さな慶事だったんすけども。

ただそれが最後のまともな固形物になってしまいました。

翌日からはどんどん会話もままならぬ状況になってしまい、事実上の最後の親子の晩餐が崎陽軒の弁当の栗です。次の日がどうなるかもわからないのが普通で予知なんかできっこないのですけど、もうちょっとまともな弁当を買えばよかったかな、といまでも崎陽軒の前を通るとちらっと思い出すのですが。

[]崎陽軒のこと2

東京育ちのかつてはガラスの10代だったいま40代くらいのおっさんはたぶん、テレビCMが以前はけっこう流れていたので「おいしいシウマイ崎陽軒」のメロディをほぼ歌えるはずです。私もかつてガラスの10代のいまおっさんなので歌えます。加えて祖父や曽祖父が眠る墓が神奈川にあるのでシウマイ弁当のシウマイはわりと小さいころから慣れ親しんだ味です。もともとは横浜駅発祥のものですが、いまでは上野駅新宿駅にもあります。

以前仕えた京都出身の上司(♀)が舞浜へ私的に遊びに来たときについでに崎陽軒の真空パックのシウマイを買って帰ったのですが、そのあと「あれはなんやの」のという詰問をうけたことがあります。「どこが美味しいのか」とまでいわれちまってちょっと悲しかったのですけど、崎陽軒のシウマイは(おそらく温かくなくても美味しく感じるように)わりと味が濃い目につくってあるので、どうもお気に召さなかったようで。東京や横浜では受け入れられても京都では受け入れられない味なのかも、ということをその時知りました。

子供の頃から「おいしいシウマイ」と歌い、いまでも「おいしい」と思ってるのですけど万人受けしない事実を前にすると、「おいしい」という記憶は、もしかしたら思い出と思い込みが何割か入ってるのかなあ、という気が。

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2017-10-05

[]孤独の記憶

何回か書いてますが、大学を出て就職し、最初は大阪でした。東京育ちの人間が大阪へ行くとある程度の確率で戸惑うのが食文化です。たとえばうどん店の「しのだうどん」というのがわかりませんでした。東京の(うどんを扱う)そば店にはまずそんなメニューはありません。先輩におそるおそる訊くと「油揚げが載ってるうどん」と教えてもらったので東京でいうところの「きつねうどん」と理解したのですが、じゃあなぜ「きつね」を「しのだ」というのかがわかりませんでした。で、仕事にだいぶ慣れた頃にわけあって阪和線の路線図を眺めていて、そのとき信太山(しのだやま)を見つました。とっさに脳内でキツネがでてくる信太の森の葛の葉の話を思い出し、ああだから「きつね」を「しのだ」と呼ぶのか!と腑に落ちたと同時に、理解するまで時間のかかった学のない東男なのでなんだかおそろしいところへ来ちまった感がありました。「友がみな我よりえらく見える日よ」ってありますが、もちろん学がないと思われるのも嫌なので同僚を含め誰にも云えませんでした。なのでここで書いてますってはてな今週のお題が「お弁当」で、食文化を書こうとしてつまるところ話がずれた。

大阪に居た頃の昔話なんすが。

夜遅くなった日に弁当を貰ったことがありました。それを寮に持って帰り弁当のフタを開けてみると、メインの食材にお好み焼きが入っていました。それでご飯を食べろ、ということなのですがお好み焼きが弁当のおかずになるという発想が東京の食文化にはなかったので呆然とした記憶があります。そのときは寮で一人で黙々と食べたのですが、なんだろ、衝撃を誰かに伝えることができないままというのは・話したいことがあるんだけど誰にも話せないというのは「なんだかさびしいな」と思いながら食べたのを強烈に覚えています。弁当って誰かと食べたほうが美味しいような気が、ってそんなことないすかね。前にも書いたかもしれませんが、けっこう強烈な孤独の記憶です。

[]幕の内弁当における卵焼き問題

だいたい幕の内弁当というのはかまぼこと魚、それに卵焼きが入っています。というかその三種類が入らないと伝統として幕の内弁当とは名乗れないということになってるようなのです。魚は鯖か鮭かで違いはあるのですが、全国どこへ行っても確かに幕の内弁当にはその3種が入っています。私は卵が苦手なのでなるべく幕の内弁当避けてるのですが悲しいかな時間帯によっては幕の内しかないときもあります。

幕の内弁当を買ってふたをあけ最初に食べるのが卵焼きです。舌の上には載せるけど軽く噛んで飲み込みます。そのとき絶対味わってはいけません。急いでお茶を一口飲んで口腔内を簡単に洗浄してからなにごともなかったかのようにほかの食材に手を付けます。そこからがお弁当の本番です。ともかく見るのも嫌なのでまず最初に片づけるのです。だったら食べなくても、とも云われたこともあるのですが、弁当を残すということになんだか罪悪感があってできません。前は旅先で卵嫌いを知ってる上を通過する人に不思議な顔をされてたのですけど、最近は放任されています。

でも苦手です。ひそかに「幕の内弁当における卵焼き追放全国運動」を立ち上げようとしてるのですが、残念ながら小さな声でオルグ活動をしても賛同者が周囲にいません。ですからこの先もしばらく幕の内弁当を買うたびに卵焼きと対峙することになります。もっとも卵焼き以外に、なにかこう、代わりになる食材があるかといったらこれといって思いつかないのですけども。

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