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名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

2006-10-31


Trick or Treat!



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[]大変だろうけど…



[灘高、3年全員が履修漏れ]

 神戸市の名門私立・灘高校でも、3年生全員の約220人に履修漏れがあったことが31日、わかった。同日午後、兵庫県教育課に報告する。

 同高によると、2003年度から、理系クラスの一部生徒が2科目必修の地理歴史で1科目しか履修していなかった。また、家庭科では、同科の教員免許を持たない物理や化学の教諭が教えるなどしており、県教委によると、こうしたケースも履修したことにならないという。

10月31日付けYOMIURI ONLINEより転載      



個人的なことですが、文系だろうと理系だろうと数学は全科目必修で、地理や世界史日本史も全員必修でした。なかったのは技術家庭と地学です。やったけどないがしろにされたのが保健体育です。数学は行列もやりましたし代数幾何に泣かされました。あまり自慢できる点数じゃなかったですが。碁における捨石みたいなものだと思います。何の役にも立たない可能性もありますが…

今高校生の方でここを読む人は少数派だと思うのですが、気の毒ですが未修科目を勉強してください。それが規則です。

世界史日本史は、たぶん教養の世界です。教養はないよりあったほうがいい分野でしょう。私が解いた過去問で、伊達藩の支倉常長が太平洋を渡るときに使った船は何石か、なんてのもありましたが(わかる方はコメント欄にでも解答を。賞品はありませんけど)。これが実世界でなんの役に立つかといわれたらぐうの音もでません。せいぜいミリオネアに出てみのもんたと対峙したときくらいの気がしますけど。

カズカズ 2006/10/31 23:33 支倉常長は時の仙台藩主伊達政宗の家臣だったことくらいしか分かりませんってww
ローマに行ったのでしたかね?記憶が不確かです。
歳をとるとこうなるのですかねww

学力主義、受験社会の歪が、罪の無い生徒達に来ていることは本当に遺憾ですね。学校側、教育委員会の責任のもと、きちんとした対応をすべきだと僕は思っています。規則は規則で大変ですが、僕も未修科目は受けさせるべきだとも思っています。でも満時間でなく、何か他の対応策も考えてあげれればいいのになぁなんて思ってます。

雪乃雪乃 2006/11/01 18:53 ”Trick or Treat”ってそういう意味だったんだ。
私、仏教徒だから知らないの(と言って逃げてみる)。
>それ以上太ったら振るよ
んま、グスタフさんてば小悪魔ですねえ。なんつーか、可憐な感じもしますね。
「捕まえてごらんなさい、ほほ。」つって墓場で鬼ごっこしてそうですねえ。
いつの話題書いてんでしょうね、私ったら。

今の高校で、世界史が必修だと初めて知りました。私の学校は世界史と日本史はどちらか一つを選んで必修というシステムでした。私は世界史を選んだので「支倉常長」って誰?状態です。
「未修科目で大騒ぎ」な話には、私には「今更何を」感があります。
言いたいこともありますが、えっらい長くなるのでまたどこか別の場所で書くなり発言するなりしたいと思っています。今回も尻切れとんぼなコメントでした。

グスタフグスタフ 2006/11/01 20:43 カズさんこんばんは
支倉常長はそうです、伊達政宗の家臣です。メキシコ経由でスペイン、イタリアまで行ってます。公式に太平洋を航海した初めての日本人のはず。
この問題、たしか家康が諸大名に対して大型船の建造を禁止したということを知ってればオッケイなんです。500石以上の船を造れなかったはずなんですよ。早稲田の教育学部の問題だったと記憶してます。わかんなくて悔しかったんですよ、これ(ところが、宮城県の復元した船の資料を見ると500トン級の船なのです。ですからこの問題、実は間違ってるんじゃないかと今では思います)。


灘高ですらこうなのかと思うんですが、ほんとに根が深い問題だと思います。
確かに今の高校生に罪はないとおもいます。満時間が確かにベストです。こんな時期になって難しいかもしれませんが。けど、下手に救済すると、まともに勉強した高校との間に不公平感が出てきますし、救済を前例にしたくないでしょう。とても大変なことのようなきはします。

コメントありがとうございました

グスタフグスタフ 2006/11/01 21:01 雪乃さんこんばんは

少なくとも可憐ではありませんし、小悪魔ではありません。すね毛もあります。念のため。
ただ一般論として、多少はスタイルは誰だって気にして欲しいとは思いますです。


いま、ちと、世界史が必修だったかどうか疎いので判りませんが、支倉常長を知らなくても生きてはいけます。伊達藩の家臣で、渡航後洗礼を受け、ローマ法王に謁見したりしてるんですが、帰国時には既に状況がかわってたという悲劇の武士です、確か。

えっと、お願いがあるのですが、一部、チャットでの発言に触れてらっしゃるのかと思いますが、願わくば既に述べた記録の残ってるブログでの記述は兎も角として、なるべく他の見て無い方が首をかしげてしまいかねないことは、できることなら避けていただけないでしょうか。もしくは過去にこう云ったとか、わかるように記述願います。たぶん、大多数の読んでる方は何をいってるかわからずにいるとおもいます。

個人的には私のダイアリーではあるんですけど、公開してる以上は、読んで下さってる方のことを、ちと、考慮したいのです。

コメントありがとうございました

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2006-10-29

だからどうだというわけではないのですが。


たまによく見る四国関係のへんろの掲示板があります。で、そこで、自分の経験を良く話すことは別におかしなことでなく、情報交換なんかが活発におこなわれ私もそこから多少情報を得て四国へ行ったりしてました。

で、最近そこにあったのが、札所でのお接待の様子です。

私はどこそこで○○を貰ったとか、あそこでは××を貰ったとか、お茶もねぎらいの言葉もなかったとか、そういう自慢があったのです。

や、そういうことを書いてもかまわないのですが、つまるところ何をしにこの人は四国へ行ってるんだろうか?という単純な疑問と、なんとなくの嫌悪感があったのです。それを読んだときに、ですが。



相手の善意、というのの論評とか、善意がなかったことに対する批判というのは、ちと醜いと痛感しました。


なるべく私はいろんなことを善意で解釈しようとか試みてますし、リアルでもネットでもなるべくそのつもりであったりします。しかし、よくよく考えてみると自分が善意を持っているのだから相手にそれを要求しているっていうところもなきにしにもあらずであったりします。それはカッコの悪いことだなあと思っていますが、脱却はなかなか難しいです。

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2006-10-27

存在、ということを普通あまり意識しないと思います。

be動詞というのは中学校の英語で必ずやります。そこには存在という意味があると教えられますし、辞書にも載ってることでしょう。This is a penで「これはペンです」が、なぜそのペンと呼ばれる物体が「ぺん」とよばれるのか、もしくはそこに存在するのかというのも、じつは存在を考える上で重要なことで有ったりします。He is no moreで「彼はここにいない」ですし、To be,or not to beでは小田島雄志早大教授の名訳をつかえば「生きるべきか死ぬべきか」です(自分が存在していいのかどうかという問いです)けど、実は日本語を使う我々は普通に生きてるとなぜ生命や物体が存在してるのかなんて考えないと思います。哲学を専攻したとかなら別論でしょうが。



そこにブログがあって、誰かの日常が綴られてたりします。で、なぜその日記が存在するのかについては普通あまり考えないでしょう。なんで公開されてるのかとか、どういうつもりかとか、思い至らない人は必ず存在します。他人のプライバシーを覗くことは実は甘美なことかも知れず、その誘惑に負ける人も多いでしょう。そこに存在して公開されてるから覗くということは決して批難されるような悪いことではないはずです。

ただ、なぜそこに存在してるのかということに思考がいくことはまず我々日本語をつかう日本人からするとまずないはずです。日本語にはbe動詞がないからです。そういう訓練を言葉の構造上の問題としてうけることがなく、したがってそのブログがどういう人が書いててどういう理由が有るかとか、普通あまり思い至らないのではないでしょうか。


また存在ということについて深く考えることがすくない日本語を使う我々は、実は自分の存在など意味がないのではないかという不安をこっそり抱えがちであるはずです。それを埋めるためにはどうするか。何のことはない、自己表現することで他人の視線を意識することができ、また他人とコミュニケーションをとることで他人の反応を見て自己の修正が可能です。もっと手っ取り早いのは誰かのブログやホームページにアクセスしてそこに書いてあることに反応を示すことでしょう。少なくともそのことで自分の立ち位置を他人の力を借りながら把握することは可能です。その他大勢ではなくて何らかの関係性ができることでどこかに繋がってはいます。ブログというツールは実はそれらのことを容易にできる魔法の杖であったりします。望ましいのは自分で自分の立ち位置をつくることでしょうけれど。

自分が世界に直接参加しているという実感を持ちにくい我々にとって、ネットというのはなんか世界に参加してるような錯覚を感じさせるものであったりするとおもいます。


物語のような日記があったとき哀れで賢くない私などは、過ちを犯しそうであります。日常の日記に対して何らかのレスポンスを自分のブログでするということについてです。それはやってはいけないような気がします。いや、正直に告白すると実は一度他人のブログについてこのダイアリー上で述べたことがあるのです。考えてみれば直接相手にいえばいいものをこちらに書き、たまたま先方が運よくそれを見て、水に流してもらえたようですが赤面ものであったりします。他人の日常に介入したところでうまくいけば別論ですが、あまり奨められた行為ではないでしょう。そのときは善意のつもりで書かずにはいられなかったのですが。


自分の書いたダイアリー以外のものは、書いた人のものであってそれ以外のものではないでしょう。他人の日常の日記についてなぜその日記が存在してるかを考えたりすれば、共感を示すとかは別としても別の自分のブログ等で他人の日常について記述するというのは実は滑稽なことだと(自省を込めて)思いますです。直接云うのはまだしも、それは本人のいないところで悪口を言うような小姑と同類かもしれません。批難されるかどうかはわかりませんがたぶんそれは嫌われること間違いないのですが。


正直に申し上げて私は審判員ではありません。

ですから、上記のことはすべて私見です。

あえて何かを弁護するならば、何かの事象が起きたとき、誰もが実は何かを語りたくなるものだというか、意思表示はしたくなる気持ちは理解できなくはないのですが。

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2006-10-26

刑事裁判なんかで、例えば「貴方は恋人を殴るのをやめましたか?」という尋問をすると、たぶん弁護人は異議を述べるでしょう。形式的論理としてや、文法的にはオッケイなんですけど質問がおかしいからです。殴っていることが前提に有ってそこから離れることができなくて、これにノーとこたえれば依然として殴ってることを認めたことになりますし、イエスならば過去に殴ってたことを認めたことになります。




質問がおかしい、ということは誰だってやりかねないことであったりします。

「あなた私のこともう愛してないでしょう?」と、問うた時に、それは文法的にはただしいのですが、やはり不毛です。質問が曖昧で、かつ、証明が難しい場合は不毛なのです。

仮にこの問いに答えたとき、それがイエスならば愛してないことになりますが、まだ愛しているときにはノーと答えなきゃならないんですけど、それを証明するのが困難であればあるほど無理をしているという印象を当事者相互に漠然と抱かせてしまう危険があります。この質問の前提は「もう愛してない」が前提ですが、愛という水っぽい曖昧な単語がマズイのです。どういうものかがハッキリしないと、回答も曖昧になります。

応用編で「私はまだ生きてていいの?」「私はここにいて違和感無い?」とかも不毛です。生きてることにどれほどな価値があるのかとか、違和感とは何かとか、曖昧すぎて証明が困難な、回答者に多大な証明を課す質問だからです。仮に誠実に解答しようとしても、曖昧な抽象的質問を投げかけられてるわけですから、具体論で答えたらすれ違いになるでしょうし、抽象論に徹すればまた証明が難しいですからきわめて回答者が難儀な苦労を背負いながら苦悶してこたえても説得力が薄い結果に終わります。



このような質問を投げかけられたときの正しい態度は何かといえば、曖昧さの除去と事象の明確さを求めることでしょう。もう愛してないでしょう?と問われたならば、どのようなことが愛してるのかの証明になるのか、訊きかえすのがいちばん良かったりします(修羅場でそんな事やってる余裕なんてねーよって声もあるでしょうけど)。私はここにいていいの?っていう問いに対しては、じゃ、何でここにいちゃいけないのかを問うべきでしょう。違和感ってなによ?という問い詰めもいいのかもしれませんが。



少なくとも曖昧さの除去や証明すべきことの明確さをハッキリさせるのは、質問者のなすべきことであったりします。回答者は問い返さないと不利でしょう。民事で争ってるわけじゃないですから正確にやる必要はないでしょうけど。

またラビリンスの入り口は、私は実は前提条件や、質問の曖昧さにあるんではないかと睨んでますが、ほんとのところはどうなのか、昨日考え始めたばかりなのでよくわかっていなかったりします。

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2006-10-25

小学生のころからコーヒーを毎朝飲んでいます。毎朝キリマンジェロです。それも粉のやつです。で、それが当たり前なんだと思ってたのは中学までで、初めて外でインスタントコーヒーなるものを発見し、飲まされてその味の微妙さに驚いたことがあります(いまだに苦手です)。

ついでに缶コーヒーもそのころ飲んだのですが、どうしてもんなこんなものを飲むのかと不思議でなりませんでした。


昼間、缶コーヒーをおごってもらったんですが、変わんないですね。イヤともいえないのでちゃんと飲みました。

私は何でもできる良い子かも!(違



スターバックスは店によって味が多少異なる気がしますがそれでも禁煙を堅持してるのはそれなりに豆に自信があってのことだとおもいます。

解せないのは、コーヒーを飲みながらの喫煙であったりします。タバコが舌を馬鹿にするのではないかとおもうのですが、実際はどうなのかはわかりません。迷惑かなと思いつつも、できれば誰かとはいるときは同行者にマナーとしてコーヒーを飲み終わるまで喫煙はやめてね?と、お願いしたことは何度かありますが、なかなか理解してもらえなかったです。その結果このマナーと思ってるのが実は単なる思い込みなのかも、とおもうようになりました。

ほんとのところはわかりませんが。

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2006-10-24

クラシックの漫画を題材にしたドラマをやってるらしいのですが、詳しくは知りません。もし、クラシックの興味があったら生で行ってみて聴いてください。いつもではありませんがすごい瞬間に立ち会えることがありますです。安い席はたいてい用意されてます。3000円くらいからでしょうか。服装はオーケストラの演奏会とかなら別にジーンズとかでもかまわないはずです。つか、そんな格好してましたが止められた記憶はありません。着飾る必要もありません。ムダ知識ですが、楽団員や指揮者にはドレスコードがあります。夜の場合は燕尾服にボウタイです。なかに白いベストを着る場合もあります。もし、勲章とか貰ってる場合はそれをつけなければいけない規則です。欧州から来た習慣です。で、昼間の場合は(マチネーコンサートといいます)燕尾服じゃなくてスーツです。燕尾服でもいいんですけどね。


私はお洒落ではないのであまり服をもっていませんが、社会人になって覚えたムダ知識としてタートルネックがあります。タートルネックはフォーマルにも使えますです。白色系なら上にジャケットを羽織ってもいいし、タイが必須のところでもなんかタートルネックはオッケイみたいです。また同様にカジュアルにも対応できますし。個人的には白のタートルネックはほんとに重宝するとおもいますので薦めます。タートルネックの難点は、体格がしっかりしてないとなんとなく華奢に見えてしまうところです。

クラシックを聴く人間で、小澤さんを多少崇拝するする気持ちのある人がはまるであろう同じ理由でタートルネックを買い始め、ついでにいうと微妙に色の異なる場合も含めて12着ほどタートルネックを持ってます。知らないうちに無計画のまま買ってしまったので、着てないのもありますけれど。これは多少異常かもしれません。

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2006-10-23

[]と、いってみるテスト

相談相手や愚痴聞くには、確かに私は適役かもしれないが。

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2006-10-22

コーラを飲もうというメッセージを映画上映中に入れたところコーラの売上がいくらかアップした、という実験が昔ありました。けどこれって、実験した本人が実は信頼できないものである、と告白したにもかかわらず、ほんとに信じ込んでいる方が多かったりします。印象が強烈で、たぶんそういうものだって信じたいって人が多いのでしょう。こういうのをカクテルパーティ効果というのだと思うのですが、自分の関心のむく物以外は耳をかしにくく、関心のあるものだけ注意深く聞いてしまいます。自分のみたいものききたいものしか関心が行かなくなるのです。

テレビってすごいおっかないのは、画像があるせいか印象は強烈なのですが、さわりしか触れることができなかったりするところです。もう少し深く追求すればいいものを、というか、それは微妙に違うんじゃないのって事柄でも平気で流しますけど、言葉や画像が強烈であればあるほど漠然とした印象だけ残る。

なるべく印象だけ語ることの怖さをなんとなく理解しています。なるべく印象だけで物事を語らないようにしなきゃ、とは思いつつもなかなかできませんです。



ちとどうでもいいことですが、「よく判らない詳しく知らないんですけど」、って云って国会で質問した女性の方がいたのですが、質問するほうがよくわからないで質問する度胸がすごいよな、と思う反面、言葉が強烈であったために相手に多少ダーティな印象を第三者に残すことだけは成功したみたいですけど、よく判らないんですけどっていって質問してること自体が私は低レベルですって宣言してることに気がついて無いのでしょうか。

よく知りもしないことを言いたいことだけ云う、ということがどれほど発言者の品位を落とすかという点で、見ていて勉強になりましたが。

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2006-10-21

[]ある晴れた日に



蝶々夫人」というのはプッチーニのオペラです。


昔、長崎に蝶々夫人と呼ばれる美しい女性がおりました。

長崎に入港したアメリカ軍の軍艦でやって来たピンカートンという軍人さんの恋人になったのがその蝶々夫人だったのですけど、ピンカートンは数年後米国へ帰らなくてはならなくなりました。当時米人は日本人妻を連れて帰れなかったので、ピンカートンは蝶々夫人を置いて帰ります。

残された蝶々夫人はアメリカの軍艦が今日は入るか、明日は入るかと夫ピンカートンの帰りを待ち続けますが、そのうち蝶々夫人は病気にかかってしまいます。

で、ある日に米国船が入港してきました。

ここで歌われるのが第二幕第1場に『ある晴れた日に』という有名なアリアです。

帰米した蝶々さんの夫ピンカートンはもうこの家に戻ってこないといい張るスズキに対して、夫であるピンカートンの帰りを信じて疑わない蝶々さんが歌う有名なアリアなんですけど、本来は空想の世界が現実に起こっているような感じで、蝶々さんが独りで歌いきります。期待がもう膨らんでしょうがない感じなのですね。





邦訳はこんな感じです。



(♪ 蝶々さん)

ある日、海の彼方にまっすぐな煙が立ち上るのが見えるの。

そして、船が現れるの。後にその船が港にはいると、

(伴奏で大砲を模した大太鼓が鳴る) 入港の号砲が鳴り響くの。

見えるでしょ? 彼が来たのよ!

でも迎えには行かないのよ。行かないの。

丘の縁に居て待つの・・・待ち続けて・・・それがどんなに長くなっても私は平気よ。

そうしてると、一つの小さな点のような人が、町の群衆から抜けだし、丘を目指してくるの。

誰? 誰なんでしょう?

そして到着したら何て言うのかしら? 何て言うの?

遠くから「蝶々さん」と呼ぶのよ。

でも、私は答えることなく隠れたまま・・・

ちょっとした悪戯よ、

再会した途端に死んでしまわないように、

そしたら彼は心配する余り、

こう呼ぶの・・・ 呼ぶのだわ、

バーベナの香りのする可愛い妻』って・・・

この名前は彼が私に付けてくれたの。

(スズキに向かって)

これらの事は全部本当に起こるの、誓ってもいいわ。

あなたは心配していなさい・・・

でも、私は絶対に信じて待つわ!



この邦訳は

http://www.at-nagasaki.jp/nagazine/hakken0411/index2.html

長崎ウェブマガジンナガジンより転載





なんかこう、これでもいいのですが、ちょっと工夫してみたくなります。

もしDVDかCDをお持ちでしたら次ぎの訳文を参考にしてみてください

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2006-10-20

えっと、そろそろカウンタを取り付けてから一万ヒットになろうかというところです。

もし、一万を踏んだ方がいらっしゃったら、その幸福をこっそりとかみしめてください。その権利を贈呈いたします。


以下、仮定の話です。


数日で消します.

あー、削除はこのダイアリーの最大の特徴です。


その誰かは判らないものの、たぶんどこかのブログで自らの症状にについて書かれている記事をみて反応して記事をエントリされたものがあったとします。


一般論として自らのことをブログを書くということは一度自らを見直して観察して表に表出する行為と私は考えます。従いましてある程度普通の判断ができる人間であれば自らの置かれた状況に認識やらその対処法についておよそ既に検討してブログが書かれているものと考えるのが妥当だとおもいます。もしそれが無ければ、ブログなんて書いてる余裕などないでしょう。

で、第三者が病名の固有名詞を出してその可能性について言及するという行為も私は正直どんなものかとおもいます。もちろん書かれている方がその方面に詳しくて、当該ブログの記事中に書かれている症状でもってどういうことか想像できたとしても、誉められたことではないと思うのです。畑は違いますが刑事裁判の場合裁判官は何度か被告人と現実に相対して会話等を交わしたうえで証拠資料等をもとに被告人に責任能力があるか否か等の判断を下しますし、精神科医の多くはたぶん現実に目の前に患者がきてはじめて症状から病名のあてはめをするものとおもいます。もし仮にそのブロガーさんにお会いして、そこで確信をもって判断されるなら別論ですが、そうでないならば全く関係の無い第三者が見て予断を許すような記事をあげるのは如何なものかとおもうのですがどうでしょうか。固有名詞について挙げるのはもう少し慎重であるべきではないですか?たとえぼかしていたとしても。

私はそれがマナーだと、固く信じてここまで来たのですが。


私はそのような記事があったとしてもどうこういうだけのファイトが今ありません。どういう意図だか判らないからです。また、巧妙に特定を避けてらっしゃる可能性が高く、述べるほうが構造的に論拠をもたない批難に陥りやすいからです。故に仮定で話して、一般論を述べたつもりです。ただそういう記事があったりすると、なぜ直接本人におっしゃらないのか、記事をあげた方の心中が判らなかったりします(と、いいつつも私も、仮定の話ゆえその人にこのなんとなくの不快感を直接伝えようとしてないはずなんですが)。

閲覧した相手、言われた相手の感情に配慮もせず、自分の言いたい事を言ってスッキリすればそれでいいのか?というとそんなことは絶対ないはずです。少なくともそれはコミュニケーションではない気がします。それはリアルであってもネットであっても同じことだとおもうのです。


(後日記:このエントリを起すきっかけとなった記事は必ずしも誰かを特定してるわけでもなく悪意で書かれてるわけではないのです。ただ漠然とした印象だけが残るのです。しかし私にとってなんとなく不快でした。その不快の理由がいまいちわかりませんし説明できる自信がありません。判らないのに書くということはよくないことかもしれませんが。)

むさしむさし 2006/10/21 06:43 ぐっさん、こんにちは♪
今回の記事を拝見して、ぐっさんの考え方が少し分かったような気がしました。

一般論として、世の中には、ネットをリアルとは別物で、所詮は遊びだと考える人も居るかもしれません。
でも、逆に、ネットもリアルと本質的には同じだと考える立場もあり得る。ぐっさんの折り目正しさの基はきっと、コミュニケーションに対する真摯な姿勢の表れなんだって、改めて気づきました。

僕なんか、割と気楽な気持でブログやチャットにお邪魔し始めましたけど、今改めて思うと、相手の気持を思いやってコミュニケーションをとることの大事さを感じます。
顔の表情や声色が伝わらない、100%言葉のコミュニケーションなので、その分言葉の使い方には色々配慮が必要ですね。

実生活の出会いだと間に挟まってくる様々な夾雑物が排除された、ある意味高純度のキメの細かい人間関係を築ける気がして、いい意味で緊張しながら、ネット経由のお付き合いをさせて頂いています。

これからも、どうぞ宜しくお願いします。

グスタフグスタフ 2006/10/21 18:15 むさしさんこんばんは。コメントありがとうございます。

私はあるいみで、ネットというのは単なるツールにすぎないからこそ言葉を発する人によりその場面によって場が遊びであったり、真面目であったりするとおもうのです。
常に真摯に必ずしも対応してるわけではありませんし私も案外気楽にブログやチャットに参上しています。
ただ何をかいても許されるわけではないと思うので、そこらへんの見極めがほんと難しかったりします。
むさしさんと同じく言葉しか使えないからこそ私も実は相手に対して配慮が必要だと思っていますです。

むさしさんの発言にははっとさせられることが多かったりします。
何卒よろしくお願いします。

コロンコロン 2006/10/21 22:29 拝読したしました。いろいろ考えさせられるところが多かったのですが、特に「自らのことをブログを書くということは」以下の部分と病名の固有名詞についてのくだりは、もっともなことと思いました。何故本人に直接言わないかについては、本人がその点について直接言われたくないのかな、と筆者が感じて、でも、そのことについて発言したい場合もあるわけです。でも、確かにそういう場合、ここにグスタフさんも書かれたように、ご本人がすでに高度に検証を行っているのだから、少なくとも、それを超える検証なり考察なりをおこなってないのなら、発言を控えるべきでした。

グスタフグスタフ 2006/10/22 01:32 コロンさんこんばんは

私はブログでの発言は原則自由であると思いますし、元になった記事が必ずしも筆者によって悪意でかかれてないことは重々承知しているつもりです。けど悲しいかな人間は一方的に与えられた情報等に半ば自動的に関心を持ちますし、それが自分の主体的な関心だと錯覚し易いものだとおもうのです。で、究極的には他人事のなですが、微妙に気になり、このようなエントリを起しましたです。
趣旨は理解しているつもりであります。躊躇して直接語るのではなく、筆者があのようなふうにする気持ちが理解できなくもないです。

この件いまでもちょっとうまく説明できる自信がありません。
なんとなく意味不明の返信で申し訳ありません、


コメントありがとうございました。

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2006-10-19

ここ数日熱はそれほど高くないのですが喉を痛めまして、更に咳がなかなかとまらない。夜中咳き込んで眠れなかったり、普通に息してるだけであかんかったりします。休むわけにも行かず迷惑かけんように市販薬を飲んでますが、やはりなかなかうまくおさまりません。喋りながら咳をするというのはちょっとまずいので薬を飲みますが、なんかこう、ボーっとしてきます。なんとか動けてますし、今のところ判断ミスはないのですが、きちんと治さなきゃとはおもってます。

が、夜間病院行くとすごいんですよ、うちのあたり。以前、胸痛がひどくてどうしようもなくて一度夜中にいって、長椅子で二時間くらい待ったことがあるんですが、もっとひどい患者が三々五々やってくる。その経験から動ける人間はこういうとこいっちゃいけないんだと悟りました。

クシャミ三回ではないにせよ、風邪薬を飲んでるので現在禁酒中です。

喉の痛さよりそっちのほうがつらかったりします(違

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2006-10-17

[][]諏訪の事例

生殖医療の専門家ではないからどうしようかとおもったのですが、エントリを起してみます。



50歳代の女性、娘夫婦の受精卵で「孫」を代理出産・院長会見

 諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)のN院長は15日、東京都内で記者会見し、50歳代後半の母親が昨年春、出産できない30歳代の娘に代わって娘夫婦の受精卵を使って代理出産したことを明らかにした。公表された国内での代理出産で祖母が孫を産んだ例は初めて。代理出産は学会が指針で禁じているが、N院長はこれとは別に実妹と夫の義姉が産んだ2例も新たに公表した。

 代理出産を依頼したのはともに30歳代の娘夫婦。結婚後、娘は子宮がんのため子宮の摘出手術を受けていた。娘夫婦の卵子精子体外受精させ、その受精卵を娘の実母の子宮に移植、2005年春に出産した。生まれた子供は実母の子供として届けられた後、娘夫婦と養子縁組した。

(10月15日付けNIKKEI NETより転載)

解説すると、夫と妻が体外受精を行い、妻の母親が子宮を提供して出産した事例です。えげつない表現で恐縮ですが、いわゆる「借り腹」ですね。産まれた子供は妻の母親(子宮の母)の子供として出生届けが出され、そのごに妻夫婦(卵子の母の夫婦)の養子になってます(もう少しわかりやすく説明すると、タラちゃんを産むに当たり、ますおさんとさざえさん夫婦が精子と卵子を体外受精させてフネさんの子宮の中にいれて出産した、といえばわかっていただけるでしょうか)。

養子縁組することで嫡出子たる身分を取得し、普通の子とほぼ変わらない法的状況に置かれます。ただし離縁するまでは、という留保は付きますが。

したがって、産まれてきた子供は妻と兄弟姉妹関係になりますし、同時に年下の弟か妹を子供として育ている状況になります。

向井さんの事例と違うのは、この方たちは自分たちの遺伝子を持つ子を自分たちの子として出生届をだすことを諦めて養子という手段を使って実利をとったことになります。

ひょっとして、娘夫婦の母が代理母になったことについて、抵抗を感じた方もいるとおもいます。私も同意見です。ただ、ここらへんは感覚の問題かとおもいます。例えば日本だといとこ同士の結婚は別に普通ですが中国だと奇異の目で見られるのと同じです。


なお、付記すると、未成年の養子というのは家庭裁判所の許可か必要なんですがその基準は子供の福祉を害しないかどうかといった単純なものになります。たぶん普通養子というカタチをとったとおもいますが、そうなると実親(ここでは子宮の母)との親子関係も実は存続してます。離縁も可能なのですが、その場合遺伝学上どうみても子と卵子の母は親子なのに親子関係が終了するという不思議なことになります(不都合はないのですが)。

また、日本国内でこれが法に触れるかというと、触れないはずです。強いて言えば代理母を原則禁止している産婦人科学会から病院に圧力がかかるくらいですが、既にこの諏訪の病院は除名されてまして(2001年に姉妹が借り腹を名乗り出て実施)、いまさらであったりします。



癌などの病気により子宮に支障がある場合こういった方法をとらざるをえないと判ってはいますが、代理母の場合はメリットは依頼者にデメリットは依頼された側に発生してしまいがちでこれこそが一番の厄介です。

また、考えなければならないは、生命の人為的操作が許されるかどうかなのです(つきつめれば人間の意志によって生命を左右してるわけです)。日本独特の血筋に執着したがるというのはなんとなくわかりますし普通ならば子供を産めないカップルが、先端医療の力を借りて新しい生命を授かるということは確かに当事者にとって喜ばしいことなのかもしれませんが、それがほんとに良いことなのかどうかという点です。私は明確な答を持っていませんけども。また、生殖医療を否定しようという気持ちにはなりません。ただ、正直にいって代理母(借り腹)という事態に抵抗はあります。

子孫を残すことだけが、女性の存在価値じゃないと私はおもいます。代理母や、これらの問題を論ずるときに気をつけなければいけないのはそこの問題で、すべての女性が子供を産む産まないの選択を主体的にできるようになることは理想的であるとおもうのですが、実は産めない体でもそれはまったくおかしなことではない、というふうになるべきなのではないかと正直おもうのです。この点実はこの件や向井さんの件が美談になってるのがなんとなくおっかないとおもっているのですが、私がどんなに頑張っても子供を産めない男であるからほんとは何もいえる資格はないのかもしれません。

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2006-10-15

クラシックカーのフェスティバルにちょこっとだけ遭遇しました。

ちょっとめずらしい車ばかりなので、アップします。終了間際だったのでゆっくりみてられなかったのが残念ですが。


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トヨペットコロナです。今から思うとすごいデザインですね。エンジンがたぶん空冷でしょうから仕方ないんでしょうけど。1960年くらいの車です。





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今のクラウンの、ご先祖様です。トヨペットクラウン。1958年くらいの車。




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日産ブルーバードの初代だとおもわれます。

日産という会社は妙にあか抜けてるデザインをするのです。これ、何年前の車だとおもいます?

1963年くらいの車です。




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いすゞべレットです。たぶん。ライバル車を想定せずに技術者主導で数々の新機軸を盛り込んだことから「革命児」と呼ばれた、名車です。これがのちのジェミニになるようです。1963年くらいの車です。これちょと断定する自信がありませんので、ご存知の方ご一報下さい。





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いすゞフローリアンです。1960年代の名車。

オーナーと話しましたが部品調達がほんと苦労するようです。考えてみればいすゞって乗用車撤退してかなりたつんですよね。




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スバル360です。軽の名車ですねー。これもなかなかのデザインだとおもいます。1958年の車です。


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マツダのオート三輪です。見ればわかるように前輪が1つしかないトラックです。1974年まで製造されてました。

[]草津の湯でも

私は恋愛というのは正常な判断が可能な人間が正常な判断を下すことができなくなる可能性のある状態に陥りやすい心理状態のことを指すとおもっています。冷静なときには云えないであろう言葉を吐くことができ、更に何のリターンを求めずとも相手に尽くしてもいいやとおもえてくるでしょうし、些細なことで思いは千々乱れます。

昔の歌人は詠んでいます

「あいみての  のちのここころにくらぶれば むかしはものを  おもわざりけり」

実際そのとうりだと思うのです。恋をすると目の前に異世界が広がり、見えてくるものが違ってくるでしょう。恋とか一度そういうものを知ってしまった前とあとでは全く昔はものを考えてなかったと思いますし、たとえ恋が終わったとしてもそれはほんとは風邪が治ったような状態に戻るに過ぎないのでしょうけどこのまま風邪ひきのままでいいや、とおもわせるなにかがあるとおもうのです。少し異常でも治そうという意思があまりないですから、正気がなくて当たり前で、はたから見たら病気でしょう。異常な状態が終わるのが実は怖いわけですから猶のことです。

そういえば昔の人はこうも云ってます。

「お医者様でも草津の湯でも 恋の病はなおりゃせぬ」

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[]よこくへん

あー、新潟県には行かないほうがいいのかな?

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コロンコロン 2006/10/15 11:53 えー?大根下ろしを手がかりに、たたみいわしを決め手に、犯人に迫るグスタフさん、かっこよさそうなのに〜(笑)次、上越線利用するときは、きっと、途中下車して、ジャスコ上越店に行ってたたみいわしを買ってしまいそう(笑)

グスタフグスタフ 2006/10/15 18:15 殺人事件に巻き込まれるのはいやなので、西友に操をたてようかと思っています。
個人的には「火曜お子様名作劇場」も気にはなるんですけどね。
コロンさん、コメントありがとうございました。

コロンコロン 2006/10/20 22:03 初恋の記事にもコメントするぞ!と思っていたのに、私生活でばたばたしてる間に日にちが経ってしまいました。グスタフさんは、まず、相手から好かれてから、話の始まる人なのでしょうか。好きになってくれた相手を好きになっても、やっぱり実らないこともあるなんて、と思いました。恋愛って、当事者の盛り上がるタイミングが合えばいいけど、人間って様々ですものね。えっと、寒くなるシーズンに北に行くのって、期待するほどしみじみしないんじゃないかと思います。グスタフさん、案外東北でも生活したことがあるかもしれないですが。

グスタフグスタフ 2006/10/21 21:17 コロンさんこんばんは

基本的に相手を簡単に好きにならないほうだと思います。恋焦がれるというのは20代になって初めて経験しました。
相手に好かれてから話が始まるというよりも、卵が先か鶏が先かみたいなもので、そもそも境界が怪しい気がしますです。友情とかと恋愛とかとの点においてですが。

東北に住んだこともなければ観光もありません。唯一弘前大に所用があって一週間弱滞在したくらいです。しみじみしたところでたぶん何も得ることはない気がするので、しみじみしようとはあまり考えたことがありません。
あー、傷心旅行というのは、しみじみするためのものなのでしょうか。なるほど。

コメントありがとうございました。

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2006-10-12

NHKでへんろについてやってまして、先週は吉野川、今週は日和佐でした。

土佐浜街道キタ━(゚∀゚)━!!みたいな、妙にハイテンションです。

見ていたら無性に四国へ行きたくなってます。つか、そのまま本州へ帰ってこないでそのまま向こうへ行きっぱなしになりたい願望が最近とみに増してます。

危険ですね。



「こうしたらいい」「ああしたらいい」と言うだけで、責任も取らないし、作業や責任を背負ってくれることもない人の態度をしばしば評論家だよな、とおもうことがあります。それは自分より年上や後輩に限らず、身のまわりにいます。たぶん善意なんでしょう。成功しようがしまいがそのとうりにしないと、なんとなく批難の目で見る。どうしていうとうりにしなかったのかとか。

ちょっとキれかかった事が有るんですけどね。きょう。

同じことを実は私もしている可能性があります。ですからほんとは何もいえません。しかしながら、善意の押し付けってよくないよなー、とはつくづくおもいます。

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2006-10-10

先日、不可抗力というかなんというか、諸事情でベルトの金具が壊れました。太ってるわけではないのですが、ベルトっておもったよりやわだったりします。ベルトが壊れるって言うのはシャレにならなかったりします。当然ズボンがさがってくる。

昔にもそういう経験があって、夜の公園でベルトの金具が壊れたことがあります。そのときは壊した張本人に買ってこさせたのですが今回はそうはいかずに、また若い高校生がわざとトランクス見せるようなだらしな系ファッションではなかったので(そもそもブランド物の下着じゃなくて無印で買ったやつ)ずり下がるズボンと格闘しながら?ベルトを売ってそうなところを捜していました。ひょっとしたら変な不審者にみられたかもしれません。

[][]許可抗告


タレントの向井亜紀さん(41)が米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(2)について、東京都品川区側は10日、双子の出生届を受理するよう命じた東京高裁決定を不服として、最高裁に許可抗告した。

東京高裁は先月29日の決定で、「法制度制定時に、人為的な操作による出生が想定されていなかったからといって、我が国の法秩序の中に受け入れられない理由とはならない」とした上で、「向井さん夫妻が双子の法律的な親となり、実子として養育することが、子供の福祉に最もかなっている」と判断。同区長に出生届を受理するよう命じた。

しかし、法務省は従来、「民法の解釈上、母子関係は出産によって生じ、代理出産による母子関係は認められない」との立場をとっており、高裁決定を検討した上で、許可抗告を行うよう同区に指示していた。

          10月10日YOMIURU ONNRINEより転載



うまれた子には罪がないのですが、かといって、ここでこういった事例を確定してしまうと、後々混乱するのが目に見えてますので、抗告するだろうな、と、おもってたらほんとに抗告しました。

「許可抗告」は憲法違反ではないが、判例違反や法令解釈上の重要な問題が含まれていると高裁が認めた場合に最高裁に抗告が許されるものです。

個人的にはひっくり返すというか、向井さん家族にはつらい結果になりそうな気がします。

えっと、いまの民法はしつこいようですが子宮の母と卵子の母が同一であることを前提にしています。この事例を確定して認めてしまうと卵子の母も自分の子と主張することが可能ですし、子宮の母も自分の都合でうまれた子を自分の子でないと主張することが可能になってきてしまうからです。

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2006-10-08

[]心理学

布団から外に出るのが億劫な季節になりました。

つか、単に寝不足なだけかもしれません。

更に、毛布を増やせばいいのか。

寝巻きというものを暫くかってなくて、藍色の作務衣かジャージ崩れを着て眠っています。


このまま目がさめる事がなければいいな、なんて夢はほとんど見ません。夢自体をほとんどみないですね。心理学的裏づけが有るんだかないんだかわかんないような夢占いもできないです。

私は心理学がわかりませんから、以下書きなぐりです。

心理学で有名なフロイドがああいうふうに人間を裁断ができるというのは、人間はわからないものだという前提があるんじゃないかという気がします。

あるフロイドの説を前提にタバコをすう人は、幼いときに愛情を受けなかったばっかりに(母親からの口唇愛つまり唇を愛する気持ちを奪われたゆえに)寂しがりやであるとする俗説があった気がするのですが、あながち間違ってなさそうな気はしますが、タバコを吸わなくともさびしがりやはいるとおもいます。

あー、キス魔は寂しがり屋かもという説はなんとなくわかるのですが。


なんかこう、フロイドはカソリシズムに対するアンチテーゼみたいなエネルギーでああいったものを書いたのかなと邪推していますが、心理学は門外漢からするとなんか信用ならないというか、妙な学問のような気がしています。

というのは、心理学の箱庭療法の大家の先生がある日突然いままでの自らの言説と関係なく「魂」とか「魂が傷がつく」とか、そういうことをいきなり言い出したので尚更そんな感じが強かったりします。

ほんとはそうじゃないのかもしれませんが。

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2006-10-07

小泉内閣の最後の法務大臣は、大谷派の敬虔な仏教徒の方でした。就任早々、死刑執行の書面に私は信念としてサインしない、と表明、のちに発言を微妙に撤回したものの、ついぞ任期中はサインしなかったようです。それがわからないのでもないのですが、ちょっとまてよ?という点がないでもないのです。刑の執行に法務大臣の署名が必要とされているのかについては、たぶん執行してしまえば取り返しがつかないから慎重さを求めたせいだと思うのですが、確定した裁判の記録を法務大臣が読み直した上で執行を命じたり命じなかったりすれば、法務大臣が最高裁判所ほか裁判所より上位の機関として君臨することになる気がします。仏教徒として立派な判断だとおもうのですが、大臣独自の判断で執行しないということは、不作為であるし行政の長としてまずかったのではないかとおもいます。行政庁の司法権への介入みたいなふうに結果的になってしまいかねない。

[]海

先日よんどころない事情が有って横浜地裁まで行ったのですが、用があったところから海が少し見えたのと、時間があるのでそのまま東急で渋谷に戻るのも芸がないので大桟橋まであるいてみました。

小さいころ海に連れてってもらった記憶というのがほとんどなく、そのせいか海というのが微妙にひかれます。社会人になってからも目的もなく観音崎とか葉山へ連れてってもらってたりした記憶があります。

海はみてるだけでけっこう落ち着くもんですね。

水辺というのはひょっとしたら人間を安心させるのかもしれません。

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2006-10-06

第1楽章は悲壮感を想起させる出だしです。

第3楽章は暗くてゆっくりした旋律は冷たく、終楽章は早くて激しい旋律で始まり、最後の最後にようやく希望が差し込むような感じです。

ちなみにこのムスティスラフ・ロストロポーヴィチという指揮者はショスタコーヴィチの理解者というか戦友みたいな方です。ショスタコーヴィチ作品に世界で1番詳しいはずの巨匠でしょう。




以下蛇足です。自分ことを棚にあげて、書きます。

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2006-10-05

いろいろ有って多少凹んでいます。

だいたい凹んで眠れないということはほとんどないのですが、食欲不振にはよく陥ります。普段から吉野家の豚丼なんかが食べきれないことがあるんですが、凹むとそれがひどくなり、明太子のおにぎり2個をかなり時間かけて飲み込んだりとか、アイスクリームをナビスコのリッツにのせてみたりとか工夫します。



悩む事はたぶん人より多いと思うけど、立ち止まる時間は短いかもしれません。自分なりの答えをみつけたら振り返らないほうがいいとおもってるからです。凹んでからもそうですね、できるかぎり立ち止まる時間をすくなめに設定したいとか思っているようです。立ち止まったって何もならないかもと、どこかでおもってるようです。それをずいぶん前に知人に話したら一言「つよいなー」、と感想を述べていたのですが、強い強くないの問題ではなく、そもそも時間かけて凹んだところで比例して何かがでてくる訳でもないし、靴屋の小人さんがでてきて事態を改善してくれるわけでもないと思うからです。凹みから立ち直るのに相当時間がかかることもないわけではないのですが。


凹んでるときや不機嫌なときは細かなところでイラついてしまい、かつ、顔に出易いようです。

気をつけなきゃな、とは思うんですが、なかなかできません。

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2006-10-03

[]人生バトン

ブログをはじめる前より閲覧していた二名の方のところから半年前のですが勝手に発掘してきました。

諸事情により閲覧さんが減ってるこの時期にやってみます。


「人生バトン」です。


  • 入院…→ ○(眼科2回、内科1回、外科1回)
  • 骨折…→ ×
  • 献血…→ ×(恥ずかしながら一度もない)
  • 失神…→ ○(意識不明を入れて良いなら1回)
  • 風俗…→ ×(去年ファッションヘルスのシステムを知ったくらい)
  • 万引き…→ ×
  • 補導…→ ×
  • アルバイト…→ ○(新聞社とマクドナルド←ただしマクドは店長のセクハラ問題とかあって長く続かなかった)
  • 海外旅行…→ ×(死ぬまでに一度ミュンヘンサンクトペテルブルグへは行きたいです)
  • ギター…→×
  • ピアノ…→ ○オルガンは多少
  • バイオリン…→ ×(裕福じゃなかったから)
  • メガネ…→ ○(黒いふちつき)
  • コンタクト…→ かれこれ20年以上(小学生のころから)
  • オペラ鑑賞…→ 「マクベス」「イエヌーファ」「ピーター・グライムス」「コジ・ファン・トゥッテ」…以下ry
  • テレビ出演…→ ×
  • 合コン…→ 数回
  • エスカレーターを逆走…→○(やったこと無い訳ではないです。最後着地した時がものすごく不安定ですよねー)
  • 自動車の運転…→ ×(免許ない)
  • バイクの運転…→ ×(免許ない)
  • エステ…→ ×
  • 電車とホームの隙間に落ちる…→ ×
  • 徹夜で遊ぶ…→ ○(今はつらいかも、十代のときには週末たまにそうだった)
  • リレーの選手…→ ×
  • 妊婦に席を譲る…→ ○(バスはなるべく)
  • 金髪…→ ×(白髪もない)
  • 選挙の投票…→ ○(幽霊自民党員ですが、自民党支持ではないです←まずいかも)
  • 犬猫を飼う…→ ×
  • 一目惚れ…→ ×
  • 幽体離脱…→ ×
  • 20歳過ぎてシラフで転ぶ…→ ○(伏見の駅で派手に滑った)
  • コスプレ…→ ×(制服フェチではないですが以前のモスグリーンの営団の制服は着てみたいです)
  • 同棲…→ ×
  • ストリート誌に載る…→ ×
  • 学級委員長…→ ○(関係ないけど文化祭実行委員なんてのは三年連続やったことあります。お祭男かも)
  • ナンパ…→ ×(度胸なし)
  • 逆ナン…→ △(これって誘われてるの?みたいなことはあった)
  • コミケ…→ ×
  • 飛行機…→ ○(ポケモンジェットも乗った)
  • ディズニーランド…→ ×
  • スキー…→○(菅平、湯沢、五竜とか。社会人になってからはちっともいってない)
  • スノボ…→ ×
  • サーフィン…→△(知人の別荘にあった。ただし、ちゃんと教わったわけではない)
  • 異性に告白…→ ×
  • 同性に告白される…→ ○(数回あります)
  • 中退…→ ×
  • 浪人…→ ×
  • 留年…→ ×
  • 喫煙…→ ○(あー、二十歳でやめました)
  • 酔って記憶を無くす…→ 数回(起きたら下半身裸とか?)
  • いつでもシラフ…→ △(わりと飲酒中でも泥酔できない)
  • 公文式…→ ×
  • 進研ゼミ…→ ×
  • ケーキを焼く…→ ○(スポンジが難しいかも、アップルパイは以前はよく作ってた)
  • 歌舞伎…→ 「法界坊」「今昔桃太郎」「髪結新三」「文七元結」「鰯賣戀曳網」「助六縁江戸桜」以下ry
  • ビートルズ…→ ×(うまれる前の話ですが「Ob-La-Di Ob-La-Da」「Yellow Submarine」位はなんとか)
  • サイト運営…→ ×
  • ドラクエ…→×(ファミコンほんとに持ってません)
  • ガンダム…→ ×(あまりわからない)
  • 回す人→ご自由にどうぞー(なんなら半年後にどうぞ)
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2006-10-02

チャットでもブログでも、どちらかというと私は自分の身の回りのことについてとかニュースの批評とか、ダイレクトに感想を書くことに多少の抵抗があります。何も自分のなかにとどめておいても良いものを他人に見せびらかす必要ねーや、とか考えてるからです。(あまり考えてないけど)。

ただこういう姿勢が、とっつきにくかったりするのかもしれません。

とっつきにくいとおもってた皆様、すいません。

こういう性分ですので自分ではなんともできませんです。

[]氏素性


うまれもさして裕福な家庭でなく、いわゆるテーブルマナーなんてまともに習ったことが大人になるまで一度もありませんでした。社会人になっても必ずしも接待を必要としない道を生きているので、今でもきちんとしたテーブルマナーを知りません。たぶん推測で、例えばナイフを外に向けてはまずい、ということぐらいはわかります。

イタリア料理を喰いに行こうといわれて給料日直後だから割り勘なら良いよと軽い気持ちでオッケイを出し、行ってみたらあなた上着がないと入れないようなフォーマルなとこで、店内が暗いイタリア料理の店とかだと正直なところ空気に負けます。そういうところに限って白熱灯みたいな照明でテーブルとかも決して明るくない。たぶん雰囲気のある店なんでしょう、世間的には。ある事情で山梨のワインについてはある程度わかるのですが、外国のワインなんてちっともわからないのにテイスティングを求められたりとか、正直戸惑ったこともあります(助け舟は出してもらえたが)。カッコよいとこみせようやないかとおもって食事をすすめてたら、よりによってグラスをこぼしてしまったこともあります(よくあることなのか、即対処してもらえた)。

誘ったほうはイタリア料理店に限らず、場慣れしてるのでこういうところへ何度か来てるのがわかるのですが、美味しいはずなのにこちらは正直食事どころではありません。育ちの差を痛感させられたことが何度もあります。そういう誘いに乗るほうも悪いのですけど。こういうところにも慣れておけよー、という配慮なんだとおもうようにしましたが、個人的にはどうも敷居の高いところはダメのようです。ステーキとか、魚のムニエルとかより、どう考えても私は十三のやまもとのお好み焼きのほうがいい。


和食なら問題ないかな、とおもってましたがそうでもないことがじきにわかってきました。直箸です。とり箸がないときに、自分の箸を反対にもち魚をとったら、どうしてそんなよそよそしいことするのか?と小言を食らうのです。なんか理不尽だなとおもうのですが仕方ない。「渡し箸」 といって食事の途中で箸を食器の上に渡し置くとこれは「もう要りません」という意味になるのですが、そうとって下げてもらったら、あ、下げてしまったんだ、と云われたことがあります。


飯を喰うってのはほんとに育ちが出てくるようです。

難しいですね。人付き合いって。

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