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名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

2010-01-30

[][]御茶ノ水

録画してたブラタモリ神田編を見た反動でなんとなく、神田駿河台へ。

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ニコライ堂です。正確には東京復活大聖堂といいます。なんでニコライかっていうとロシア正教の日本での布教に尽くしたニコライ・カサートキンにちなみます。明治時代にニコライさん名義でこの土地を取得してから(外国人が土地を取得できなかったので最初は千年の地上権の契約だった)東京におけるロシア正教の布教の拠点として100年以上ここにあります。今でも大主教さんがここにいるはずです。

鐘楼がみえますけど、ここの鐘はなるとけっこうにぎやかというか、いくらかうるさいです。

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御茶ノ水・神田周辺は私は小学生の頃から知ってます。かつて通った画材屋さんがあったり、いまでもたまに通院している病院がここにあります。初めてメガネを作ったのもこの町です。それまで私はどこかピンボケの世界に居たのですが、病院でメガネを作ってもらって外に出て晴天の下、クリアなニコライ堂をまじまじとみたんすね。そのときのことはたぶん死ぬまで忘れないっす。

で、そのあとかなあ、聖橋へいったはず。

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聖橋から丸の内線を見た記憶があります。いまでこそ銀色ですが、昔はおもちゃ箱のような赤い電車でした。むこうが秋葉原方向です。

大人になったいまでもこの光景、飽きないです。

[]横須賀へ

御茶ノ水から日本橋へ出て所用を済ませた後、横須賀へ。小一時間ほどの距離です。横浜のときと同様に、横須賀へ行ったのは海を見たくなったからです。

汐入のダイエーから港内めぐりの船がでてます。つい最近教えられて存在を知りました。横須賀は一人でも二人でもなんべんも来てるのですが、前はなかったような。

海を見に来たついでにそれに乗ってきました。


さて、横須賀には米海軍基地があります。船は基地の中を進みます。

↓ドライドック(乾いた犬ではありません)

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艦艇を修繕するための施設です。いまは閉じてますが必要があると開いて船を入れた後、海水を抜き、修理します。横須賀には艦艇の修理施設のほか学校やスーパーがあります。

↓左の黒いのが潜水艦(海上自衛隊)右の船はホテル船

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海上自衛隊も横須賀に駐屯してますが一部の潜水艦部隊は米軍基地と同居してます。

ホテル船というのは、横須賀在住じゃない米軍関係者を宿泊させる場所。


さらに基地べりを進みます。

↓左が駆逐艦ステザム(63)、右がマスティン(89)。

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いまの攻撃はどちらかというと爆撃機による爆撃や潜水艦による魚雷攻撃よりも、ターゲットから離れた場所にいる艦船からターゲットに向けてミサイルを撃ち込むことを想定してます。防御する側もミサイル等の空からの攻撃に対する備えを最重要視してます。イージス艦ってのを聞いたことがあるかもしれません。このイージス艦ってのは「イージスシステム」という米海軍の防空用艦載戦闘システムをのっけた船を指します。ステザムもマスティンもそうです。レーダーでミサイル等を察知→攻撃するんすけど、いままでのものと違って迎撃能力が桁違いに良いといわれてます。ちなみに専守防衛を国是とする日本にもアメリカから技術提供を受けて建造したイージス艦が6隻あります(アメリカは70隻以上)。

↓駆逐艦カーチス・ウィルバー(54)ほか

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カーチス・ウィルバーもやはりイージス艦。念のため書いておくと、300人程度が乗り込みます。全長153メートル。電車8両分っていえばわかりやすいでしょうか。



↓判りにくくて恐縮ですが、左の船が空母ジョージ・ワシントンf:id:gustav5:20100130121149j:image

ボスニアや中東で活動したあと極東へやってきました。全長333メートル。東京タワーを横倒しにしたような、って云えばわかりますかね。遠くから見てもでかかったです。乗組員は飛行機系を除くと3000人強。すべてあわせると5000人を超えます。ちなみに動力は原子力で原子炉を積んでます。

いまは横須賀が事実上の母港です。横須賀にいるときには空母の上には艦載の飛行機はおらず、横須賀に入港するまえにぜんぶ厚木へ飛ばします(厚木基地をつかうのは海軍です)。というのは空母が全速力で航行していなければヘリコプターを除いたすべての飛行機が空母からの離発着できないからです。神奈川県の藤沢や大和では厚木基地の騒音に悩まされてるのですが、この空母の艦載機が関係してきます。空母が横須賀に居る間は艦載機は厚木を空母に見立て「タッチアンドゴー」と呼ばれる離発着訓練をするのです。で、横須賀から空母が出港すると、全速力で航速してるジョージワシントンめがけて飛行機が次々と厚木基地から飛び立ちます。そうすると藤沢あたりはすこし静かな夜になります。神奈川県にとって、いろんな意味で影響のある空母です。



このあと外海を航海したあと、こんどは海上自衛隊エリアへ。

護衛艦はつゆき(122)

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汎用護衛艦です。汎用というか基本的に対空、対潜水艦等一通りの装備がある設計です。ちなみにソ連が存在してたころの80年代前半の船ですけどちゃんと現役です。

護衛艦はたかぜ(171)

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全長150mほど。ミサイルを迎撃するためのミサイルをもつ護衛艦です。どちらかというと対空を意識した艦船です。イージス艦と任務は似てますが、イージスシステムはありません。なお日本は専守防衛です。ですから、よその国からみて戦艦に思えてもこの国では護衛艦といいます。で、この船は定期的に海上での哨戒活動を行ってます。

昼休みなのか甲板に乗組員の方がいて、その人に傍にいた男の子が手を振ると大きく振りかえしてました。


補給艦ときわ(423)と砕氷船初代しらせ(5002)

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ときわは燃料等を補給する船です。海上自衛隊の艦船等への燃料補給等が任務のひとつですが、ここ数年の国際貢献の一環としてインド洋へたびたび向かい、フランス軍・オランダ軍・イタリア軍等の艦船への燃料補給を行ってました。任務が終了したのでいまは横須賀へ戻ってきたばかり。

オレンジ色の船体の初代しらせは砕氷船・南極観測船です。管理運用は海上自衛隊で、やはり80年代前半の船で老朽化が進みつつあったので新造船にバトンタッチしました。実は退役させても使いみちが無くてスクラップになるところだったのですけど、気象予報会社が購入して改装し船橋市で公開・展示が決定してます。



護衛艦ひゅうが(181)

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全長197m。でかかったです。なお自衛隊でいちばん大きい護衛艦です。空母のような形をしてますけど載ってるのはヘリです。この船も定期的に哨戒活動の任務に当たるので機関砲等武器も有りますが、災害時には被災地のそばまで行き救援基地としての機能を果たすことを想定してます。戦争と同じくこの船がフルに機能が発揮しなければならなくなる事態はないほうがいいのですけども。

とりあえず、海を眺めて横須賀で息抜きしてきました。

[]美文とことばの裏

船から下りて横須賀の町を南進し、三笠公園へ。

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日本海海戦でロシアを破り勝利した戦艦三笠が鎮座してます。


船内では正岡子規の展示をしてました。三笠に参謀として乗船してたのが秋山真之中佐です。で、秋山中佐の友達が正岡子規です。ふたりとも松山の人なんすね。

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ちっちゃくてよくわからないかもっすけど、「皇国の興廃此の一戦にあり 各員一層奮励努力せよ」という意味のZ旗があがってます。秋山中佐の発案で日本海海戦のときにあげて有名になりました。なんでZかというと、Zはいちばん最後です。もう後がないよー、この戦いに敗れれば後がないよー、という意味です。英国海軍がつかってて、秋山中佐は英国にも駐在してたのでその歴史を踏まえてのことのはずです。

念のため書いておくと、商船だと「タグボートが欲しいです」という意味になります。


秋山中佐の文章で

「本日天気晴朗ナレド波高シ」

っていうのがあります。秋山中佐が三笠から大本営に対して打った電文です。正確には

「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハ、直チニ出動之ヲ撃滅セントス 本日天気晴朗ナレド波高シ」

なんすが、末尾の部分があまりにも名文というか口に出したくなるような美文なのでいろんなところで語り継がれてます。

秋山中佐は七つの段階を踏んで作戦を立ててました。まず、夜中に駆逐艦と潜水艦で奇襲をかけ、ついで日が出たら連合艦隊の全船で攻撃をしかけ叩けるだけ叩き、日が沈んだらまた残存の艦船を駆逐艦と潜水艦で攻撃し、最後の第七段階ではウラジヴァストークの港の近くに機雷を撒きそこに追い詰めて撃滅させる作戦でした(幸い、最終段階まで行かずに第四段階でロシアが降伏したので秋山中佐の作戦は未完のまま幕を閉じてます)。Z旗のもうあとが無い、ってのは撃滅に失敗してウラジヴァストークまで行かれちまって、体制を整えて戻ってこられると今度は朝鮮と日本の間の補給路が絶たれることになりかねず、どうしても撃滅しないとまずかったのです。

で、実際にはいちばん最初の夜中の奇襲攻撃はよりによって悪天候でうまくいきませんでした。出鼻をくじかれたのです。幸い、翌日の早朝に日本の巡洋艦がロシア船を見つけて警報を発したので三笠からすると「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ」だったりします。で、作戦の遅れを挽回するために「直チニ出動之ヲ撃滅セントス」と書いたのかなあ、と。ここまでは意味がわかるのです。

で、不思議なのは「本日天気晴朗ナレド波高シ」の「なれど」の使い方です。本日天気晴朗、つまりは「昨夜に比べて天気は良い」なんすが続いてるのは「波高し」です。波が高いってのは航海する上ではいくらか危険です。ここらへん、晴れてても風があって波が高いってことなんでしょうけどそれって晴朗というのか?と、ちょっと謎だったりします。古典の文法や電報の作法・語義の素養がないもんで、正直状況がつかめないというか意味がよくわからなかったりします。ただことばの裏というか決意だけはひしひしと伝わるので「(必ずしも状況は万全じゃないけど)やっちまうよ」という決意の文章だと思えばなんとなくわかるんすけども。美文って事実とか、正確さとか、なにかを隠しませんかね。

[]ドアを閉めます・ドアが閉まります

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京急の車掌さんは「ドアが閉まります」とはいいません。「ドアを閉めます」(「ダァ閉めます」にきこえる)といいます。車掌さんがドアコックを開閉するので文法的にはそっちが正しいはず。でも、いつも営団の「ドアが閉まります」に慣れてると、京急の車掌さんの「閉めます」といういい方にどこか違和感をよく感じます。慣れって怖いし、正確な文法ってむずかしいっすね。

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2010-01-25

全部見たわけではないのですが、昨夜「日本橋・たいめいけん」のシェフがテレビに出てました。知らない店ではないのでちょこっと見てましたです。

で、調理場内のトラブルシューティングについてもやってて、若いコックさんがベテランの人とトラブルを起こして涙目になって辞める辞めないってな話の後に誘導尋問でどうしたいの?ほんとに辞めたいの?ってな事を訊き、結論をきいてからそのベテランの人のところへいって「許してやってよ」っと頭を下げに行くシーンがありました。ああ、どこの世界も大変なんだなあ、組織をどうやって維持するかってのはみんな苦心してるんだなあ、と思って見てました。


人間なににイラつくか、っていったら、他人の速さと自分の速さってのがあわないときにイラつきます。何人かのチームプレーが必要な場合は、誰かが足を引っ張るような感じになると、ほかの人間がイラつくのです。そこでトラブルがおきやすくなります。トラブルってたいてい、経験不足の人が震源地のことが多いです。で、起きてしまったものはしょうがないし、どうやってリカバリーするか、ってのがそうなってくると重要です。去年、勤務先で、大阪弁のいくらかきっついのが新人になにかひとこと云ったらしく、新人から涙目になってて行きがかり上相談をうけたことがあって、原因がなにか(そのときは経験不足から来る足を引っ張てた)、あんたはどうしたいのか、もし継続するならあんたは自分でどうしたらいいと思うか、ってなことを誘導尋問して本人が結論出すように仕向け、一緒に事態修復にいったことがあります。ちなみにこのプロセス、以前に京都出身の先輩がやってたのを傍で見てたのでできた芸当です。


昨日のテレビでも云ってたのですが「俺らの商売、不貞腐れたりしてもしょうがない」ってのはまさにそのとおりで、多人数で動く組織は誰かが不貞腐れて任務を放棄するとそのぶん誰かがカバーしなきゃならんわけで商売になりませんし、そもそも不貞腐れる行為自体はなにも解決しません。しようがないのです。不貞腐れる、ってのは怒りと同じで、俺を丁重に扱え、っていう一方的要求がその本質に近いはずですが(ただ怒ってる人の話をよく聞くと怒りたくなる気持ちってのはよくわかることが多いし、不貞腐れたほうの話を聞くとこれまたなんとなくわかることが多いのですけども)一方的要求が何かを解決するかっていったら、そんなことまずないんすけどね。でも、双方プライドがあるから自分から動くことってあまりしないので、こじれた原因を解決するきっかけが難しい。そういう時、尻軽に動ける人間が動いたほうが不毛な時間を消費せずに済むのでいいはずっす。たぶん。



頭を下げるシェフをみててフットワークはどんな職位になっても軽いほうがいいのだろうなあ、と思ったり。

また、料理の仕込みと同じで人間関係とか組織内の維持っていうのも安易な方法っていうか、楽な道ってあまりないんだろうな、とテレビをみてて思いました。

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↑ちなみにこんな店です。日本橋コレド(昔の日本橋東急百貨店)の横にあります。洋食屋さんで(味は昔と違うけど)ボルシチとコールスローも有名。

一階は安くて(1000円から2000円)二階はお高めです。たんぽぽオムライスっていう、チキンライスの上にふわふわオムレツがのってて、目の前で開くとオムライスになる、ってのがあります。

[]卵嫌い

小さい頃から卵が苦手です。小学生の頃、一年だけゆで卵だけは嫌々渋々食べてた時期があったのですが、もうそのあとは徹底的に避けてました。成長期に食べてたら背が180ぐらい行ってたかもなーと思うものの、苦手なものは苦手なまま大人になりました。


いくらか食えるようになったのは大人になってからです。きっかけは寝てたことのある相手が「騙されたと思って食ってみれば」と云われて口にしたあんかけのかかった天津飯で、卵の味があんかけで誤魔化すような感じというか、卵の味がそれほど主張が強くなければ食えないわけではないことがわかりました。こんどはこれ食ってみよう、ってんでドミグラの載ったオムライスとか、機会があるたびにすこしづつチャレンジさせてくれたわけです。人間って可塑性があるんじゃないか、って思えるのですがそんなことのあとに台所で卵関係の料理をときどきの相手に作ってあげてるうちにうまきやオムレツあたりもすこしは食えるようになりました。苦手だったものが慣れるというかすこしは食えるようになったものの、それでもいまだに「すこしは」どまりで、ゆで卵とか目玉焼き、生卵あたりはダメだったり。

たいめいけん等名店のの卵料理を見てると卵料理って火加減が命なんだろなー、とうっすら見当ついてるのですが、いかんせん研究したくても、卵嫌いが「すこしは」改善した程度に過ぎず、自分で作った卵料理を食すってことを敬遠しがちなので家であまり練習できてなかったりします。


シェフになるわけではないから別に料理が巧くなくてもいいんすけど、なんかこう、料理って微妙に巧くなりたい願望があります。

ただ、卵料理が得意ではないのです。もうちょっと卵嫌いを克服しないとまずそうっすけどちょっとハードル高かったり。

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2010-01-23

月曜の夜に都心部から帰ってきてなんだか寒気がするぞ、と思って体温計を出して測ってみたら7度5分を軽く越してて、その夜は体温計を見なかったことにしてカイゲンを飲んで眠りました。もちろんカイゲン如きでなんとかなるわけでもなく、微熱が完全に抜けるまでに時間がかかりましたです。基礎体力があまりないせいかもしれません。

体調が完全じゃないといろんなところで不都合が出てきちまい、たとえば地下鉄の階段をあがるのがすごくしんどかったです。


風呂場でどこか貧弱なわが身をみて「どげんかせんといかん」とまではよく思うのですが、いつも日常の生活に追われて計画倒れに終わっちまってます。そこらへんを踏まえて、こうなったら覚悟を決めて基礎体力づくりに来年から本気出します!←こら

[]夜中の電話

奥さんがそばにいなかったのか先日、かつて本気で好きだった相手から夜中に不意に電話がかかってきました。

同じ業界の人と勉強で京都に行くので薦めるところ・食べるものはあるか、ってな話が本題でしたが(もちろん脱線もした)個人的に知ってる料理屋さんをプッシュしといたのですが、今の時期はいちばん大根が美味しいんすよね。聖護院大根という不思議な大根があって青首とは微妙にちがうんすが、ふろふき大根もいいし、おあげさんと炊いたものも良かったり。ともかく大根を食べるべきである、ってなことだけ強く念を押しときました。


ほんと馬鹿だなあ、と思うのだけど、まだ不意の電話ってどこか嬉しかったり。拭い去れない残滓があって、化学的反応が体内で起きてるんでしょうけども。

こちらの勤務の都合があって逢う約束等はしなかったものの、電話を切った後の寂しさがなかったのは、風邪で身体が疲れてたせいか、もしくは大根のせいかもしれませんが。

[]メール

他の人に対してもそうなのかどうかわからないけど、プライベートで貰うメールって、ひらがなが多いのです。大根を薦めた彼は同い年ですが、前も今もよくひらがなでメールを寄越します。別の人も、そういやひらがなが多かったです。


最初は漢字変換がめんどくさいのかなー、と思ってたのですが、ひらがなってのはひょっとして気が張ってないからなのか、と、贔屓目で勘ぐってるのですが、どうでもいいことなんすけど、たまに気になるんすよね。

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2010-01-14

[]非配偶者間の人工授精(AID)と嫡出性

お久しぶりの772条関連のお話です。

めんどくさい方は飛ばしてください。

民法772条 1 妻が婚姻中懐胎した子は、夫の子と推定する。

夫以外の精子を使う非配偶者間の人工授精(AID)というのがあって、産科医療の現場では事例があります。いままでは配偶者以外の精子を用いた人工授精であっても婚姻中の懐胎であればその子は夫婦間の嫡出子として受理されてきました。役所ではそこまで調査する権限がないからです。

で、つい最近のことなんすが、性同一性障害特例法により戸籍の性別を女性から変更した兵庫県の男性が(精子がありませんから)身内の精子提供を受け人工授精で妻との間に生まれた子どもの出生届を届け出したところ、兵庫県下の役所は嫡出子として受理しませんでした。法務省の見解に従ったものです。法務省は「生物学的に親子関係がないことが明らかな場合、嫡出子として受理するわけにはいかない」(民事局民事1課)という理由です(神戸新聞1月11日付記事より)。

意味わからないかもしれませんが、性別変更の場合は条文上で性生殖機能が不能化してるか除去されてることを前提としてるので(なんでそんな規定があるかといえば戸籍上男性が子を産む、という事態を避けたいからじゃないかと→それがどこがおかしいのかっていわれるときついんすけど)、性別変更をした夫と妻である女性の間の子というのは生物学上はどう考えても親子関係が存在する余地がなく男性の子とは明らかにいいにくいのです。

上に条文を掲げましたけど、772条1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」としてるんですけど、これは夫婦間では婚姻中に妻が懐胎したらそれは夫の子である蓋然性が高いから、っていう説明が一般的です。したがって、蓋然性が高いから、ってなことに過ぎないので、そうでない事実があったなら推定は及びません(どちらかが性同一性障害でないカップルの場合も仮に収監等推定が覆る事実がある場合は推定は及ばなくなります)。民事局の考え方はたぶん、性同一性障害で性別変更した場合どう考えても性生殖機能がないことが明白である以上はその推定を及ぼすことがやはり難しいはずで、およそ夫の子と認めるわけにはいかない、という発想のはずです。


私が戸籍係であれば子供のことを考えると母親の非嫡出子として届け出してもらって、そのあと父と子の養子縁組してもらえば養子縁組の効果として嫡出子と同じ効果になるので(ただし離縁も可能)そちらを薦めるのですが私が思いつくくらいですから役所も民事局も伝えてあるでしょう。それを選択しないなりの理由・そこまでつき動かすものがあるのかもしれませんが。


片方が性同一性障害による性別転換をしたカップルが非配偶者間の人工授精(AID)を行った場合とそうでないカップルがおなじ非配偶者間の人工授精(AID)を行った場合とでは結果が違ってきます。

すでに似たような事例が数件あるようで、法相はなんらかのかたちでの見直しを言明してるのですが正直、法解釈上は難しいんじゃないか、と思ってます。どうやって整合性をつけるのか、正直わかりません。個人的には人工授精の問題はこの先、たぶんなんらかの立法措置をせざるをえないんじゃないか、って思ってますが、冷静な議論が今の状況でできるのか、むずかしいのが嘆かわしいところなんすけど。

[追記]

この件については訴訟となり判決がでました

http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20131213

[]今日の腑に落ちたこと

表に出せない金銭は残念ながら有りません。そんな甲斐性もなかったりします。

表に出せない金銭ってのが仮にあったとしたら、咄嗟に考えたのは私の場合、金地金でした。金なら換金性が高いからです。なんで土地なんかに表に出せない金をつぎ込んだのか、不思議でした。そのことを雑談で口に出したら

「ああ、金と違って土地は誰かに持ってかれることないから」

という答えが。


なるほど。

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2010-01-05

[]手袋の左ばかりになりにける

酔っ払ってるとき・眠いときに無造作にメガネをどこかへ置いてしまう癖があって、横山やすし師匠じゃないっすけど、目覚まし時計を止めた後にメガネはどこだー、って探すハメを何度か体験してます。これはまずいと思ってメガネスタンドを必ず目覚まし時計のそばに置くように心がけるようになりました。

冬になるとどこかへ行ってしまうのが手袋です。いや、手袋がどこかへ歩いてくわけではありませんから、どこへ置いたか・しまったか判らなくなるのです。今朝はよりによって片方(左)だけでてきて、もう片方(右)を限られた時間内に探し出すことができませんでした。これが靴下とかなら(私は同じ色の靴下をまとめ買いしてるので)別のを引っ張ってくればいいのですが、手袋はひとつしか買ってなかったので仕方なく無しで駅まで自転車通勤。ここのところ東京都西部は毎朝冷え込んでて、さすがに骨身に沁みます。

整理整頓を心がけてるものの持続するのが私にとってはいくらか難しかったりします。手袋が無いと困るのでとりあえずさっき帰りがけに無印へ寄って買って帰って来たのですが、実は去年も右だけ無くしてるんすよ。「手袋の左ばかりになりにける」という正岡子規の句って、いまの私にとってリアルっす。

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2010-01-02

あけましておめでとうございます。

ブログになにを書いていいのか判らないままここまで来てて、どげんかせんといかん、と思いつつどう変えていいのか判らずにいます。迷走はたぶん変わらないかもしれません。よろしくお願いします。

[]番外編・横浜港

元旦は疲労回復のため眠れるまで眠ってました。今日は外出する気になったので初詣へゆき、その足で横浜へ。海を見たくなったからっす。ちなみに渋谷から40分くらいで横浜の旧市街へ行けます。関内で昼飯を軽く食べて軽く散策。

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伊勢佐木町の松坂屋跡です。閉店したっていうニュースは聞いてたのですが、建物はまだ残ってました。たぶん横浜でいちばん古い百貨店だったはず。何度か入った記憶がありますが相当年季の入った古い建物でした。伊勢佐木町周辺っていうのは横浜でも戦前からある町なのですがかならずしも交通がよいところではなく、すこし離れた横浜駅前のほうに大阪からきた高島屋とそごうが出てきてそちらの二店が集客競争を繰り広げたら干上がっちまい、結果閉店に至った経緯があります。

でもって「ゆず」がデビュー前にストリートライブをやってたのがここ。なんでここへきたかって、そりゃ「ゆず」を聴いてたからっす(ここで、ではないけど)。

この後、馬車道を東進。


ブラタモリ・横浜編で出てきたアイスクリームの碑。横浜は日本におけるアイスクリーム発祥の地といわれてます。実はここ何回も通ってる道なのですが、この碑がなんなのか、正直ブラタモリを見るまでまったく判りませんでした。

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この母子像とアイスクリームになんのつながりがあるのかは、(ほんとかどうかは兎も角として)番組でタモリさんが解説してたのが妙に腑に落ちました。「I scream!(きゃーと叫ぶ)」つまり I scream=icecreamにかけてるのではないか、っていうやつ。マザーグースに「I scream. You scream. We all scream for Icecream」なんてのもあったはずですよね、たしか。


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馬車道を進んだあと、横浜港大さん橋へ。手前に見えるのがブラタモリ・横浜編でもやってた通称「象の鼻」。開港直後につくられた防波堤です。防波堤の向こう、右手の白い建物の左のひらべったい建物が桟橋の上に建つ国際客船ターミナルです(ターミナルに見えないかもっすけど)。

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大桟橋側からみた「象の鼻」とみなとみらい地区。みなとみらい地区というのははるか昔に造船所があったところ(といってもまったく知らないのですが)を再開発して横浜の副都心にしたエリアです。手前の赤い低層の建物が赤れんが倉庫の成れの果て(いまはショッピングセンタ)その後ろの4分の1にカットしたメロンを地面に突き刺したような白い建物がインターコンチネンタルホテル、左のいちばん高い建物がランドマークタワーです。プロジェクト自体はまだ(たしか)完成してなくてそのうち神奈川に拠点が多い日産の本社が移転してくる予定。

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大桟橋上のターミナルは個性的なデザインです。ビルには見えませんが一応ビルになってて一階が駐車場、二階にターミナル入り口や出入国関係の事務所や税関等が入ってます。写真は二階入り口。ただ残念なことにちょっと宝の持ち腐れ状態で、週末に伊豆諸島へ行く定期船が寄航する他は実際には旅客船がそんなに入ることはなくて、去年は月に1回ってなこともあったようです。

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ターミナルの屋上です。屋上は送迎デッキと広場を兼ねてて自由に出入りできます。通称は「くじらのせなか」。こういう設計を採用した役所の気概って(無駄な公共事業っていわれちまいそうだけど)正直すごいと思います。

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屋上は木製の床です。ポリシーとして階段をなるべく排除してスロープで対応。

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反対に町をみるとこんな感じ。

このターミナルはいまから7年位前にできた作品です。数年前に相手にここにつれてきてもらって二人してここを見て歩いたんすが、それまで建築に興味はなかったんすが建築ってけっこう面白いんじゃないか、って思った場所です(メンテナンスは大変そうだけど)。



海のそばに生まれたわけではないのにたまに無性に海を見たくなることがあって、ついうかうかと横浜まで来ちまったのですが、海を見て満足したのでこのあと帰京しました。

VV 2010/01/03 00:15 グスタフさん、ご挨拶が遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
昨年、こちらに足繁く通わせていただいた割に、ロムばかりですみませんでした。
俺にはない着眼点を持っているグスタフさんの文章を読ませていただくのはとても楽しく、また勉強にもなりました。
横浜に行かれたのですね。
俺もこのあたりは昔、知人と歩き回ったんで、懐かしく写真を拝見させていただきました。
今年はグスタフさんを見習って、少しでも時間を作り、あちこち出掛けてみたいと思っています。
今年も引き続きよろしくお願いいたします。

柿実柿実 2010/01/03 13:40 あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします(^^

元旦、ゆっくりと過ごせて良かったですね。
「今年のお正月は悪天候」と予報されていたけど、こちらも昨日から晴れました! で、「日本一の大楠」のある神社に初詣に出かけてきました。

横浜の国際線ターミナル、おもしろいデザインですね。
実物を見てみたいですね〜。

グスタフグスタフ 2010/01/03 17:40 Vさんこんばんは。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

ロムについては人のことをあまりいえなかったりします。実はロムばかりしてコメントしてないところが私も多かったりします。

文章・日記って人によってはストリップというか服を脱いで全身をさらしながら踊るようなところがあって、私はその傾向がたまに強いと思います。下手すると楽しいだけでなくて、たぶん読んでる人・突っ込みたい人の(物理的なものではなく経験とかの)身に着けてるものを照らしたり脱がしにかかってるかもしれないっす。でもって、ナニかの時のメガネであるとか書いてることが全然お上品でもないし、普遍性のないことばかりのような気もします。このブログについてはツッコミ・コメントがしにくいという自覚はあるのであまり気になさらないでください。ここらへんの芸風を「どげんかせんといかん」とは思ってるのですが。

私の場合、あちこち出かけるのは息抜きがないと生きていけない弱い人間だからです。ブログであちこち行ってますがわりとあとさき考えずに動いてて独り身だからできる無鉄砲な芸当に近かったりします。あまり無鉄砲なお出かけはお薦めしませんが、仕事を離れての弛緩の時間って絶対必要だと思うので、お疲れになったら理屈抜きでどこでもいいからお出かけを。目的地が横浜なら理屈なんて後から船で大桟橋へ運ばれてきます。たぶん。

コメントありがとうございました。
(コメントいただいた後に本文に写真を一葉追加して微修正を加えてます。すいません)

グスタフグスタフ 2010/01/03 17:45 柿実さんこんばんは。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

全国的に大晦日や年始の天候が心配だったのですが、南九州は晴れたようでなによりです。

客船ターミナルなのですが、たぶん「面白い」という印象を覚えるのは、曲線を多用してるからじゃないかとおもいます。普通人工物には直線・平面が多いのですが、この建物は曲線・坂だらけなので「建物」の印象が薄れ、「変」なのです。
もし横浜へおいでの際は、現物をぜひ確認してください。実際、面白い建物です。

コメントありがとうございました。

そももそもも 2010/01/03 23:20 遅ればせながらあけましておめでとうございます。

昨年はいくつかコメントさせて頂きましたが、考えさせられることが多かったです(難しいことも多かったですが)。
旅行記の中の写真、いくつかひどく印象に残ったものがあり、訪問したい地になった場所もあります。多分、グスタフさんの写真に惹かれるものがあるのかもしれません。
「ぶらタモリ」ならぬ「ぶらグスタフ」、ひそかに楽しみにしております。

時節柄、お体におきをつけて。
今年もよろしくお願いします。

グスタフグスタフ 2010/01/04 21:16 そももさんこんばんは。あけましておめでとうございます。

写真についてですが私は写真の技術ってほんと持ち合わせておりません。ですから、現物のすばらしさです。もし可能なら現地へおいでいただければたぶん同じものが撮れると思います。
で、ブラタモリなのですが、あの番組はほんとにわりと深い考証によって作られてます。単なる娯楽ではなく、タモリという古地図・歴史に詳しい教養のある人が居るから成り立つ番組です。あの番組のなかで【その土地の記憶】っていうフレーズがあったのですが、そんなもの私は咄嗟にでてきません。とてもじゃないけど、あんなふうにぶらくつことはできなかったりします。

書いてることがむずかしいと感じられたならば私の筆力のなさなのです。そこらへんの芸風も変えなきゃ、と思ってるのですが、どうしようもできてなかったりします。なんでそんなことになってるのかは簡単で、なにかを書いてたとしても【あくまでも私にとってわかりやすいこたえ】を書いてるだけで【他の人にとってわかりやすいこたえ】をこのブログに書いてるとは限らないからです。ここらへん、ほんと宿題なんすけども。

コメントありがとうございました。

コロンコロン 2010/01/12 14:18 お久しぶりです。
2日の横浜の空はこんな風だったんですね。
今更ですが、本年も健康に過ごされますよう、お祈り申し上げます。

グスタフグスタフ 2010/01/12 21:52 コロンさんこんばんは。こちらこそご無沙汰してます。

大桟橋周辺の天候はご覧のとおりでした。関東平野は晴れだったはずっす。

コメントありがとうございました。末尾ながらコロンさん・コロンさんご家族ご一同様が健康に過ごされますようお祈り申し上げます。

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