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名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

2010-07-31

[]2010年7月

昼に不忍池へ。

かばんに忍ばせてたカメラで昼休み中のカメを撮影。

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不忍池の南のあたりはこの時期、ハスだらけです。

不忍池のハスは江戸期からの名物で、江戸期には庶民がハス見物に来ることもありました(ハスを見物の名目で密会する場所でもあったらしい)。いまもこの時期は蓮見の茶屋があります。

ハスの花が咲くのは朝なんすが、残念ながら写真は昼。

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朝早くおきて、あつい一日になるかもなー大丈夫かも、と勝手に判断して洗濯物を外に出して外出したものの、本郷や上野のあたりではそのうちなんだか曇りがちになっちまい、「雨降らんといてくれ」と、ちょっとだけびくびくしながら一日を過ごしてました。幸い降らずにすんでなんとかなったので問題はなかったです。

暑いことにはかわりはないものの、スリルって暑さをちょっとだけ駆逐するような気が。

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2010-07-30

[]代入してあげると

高校時代の数学の先生はたまに「ここで代入してあげると」とかいってました。相手は式なんだから「代入してやると」とか「代入すると」でもよさそうなものなのですが、 数学の世界を敬ってるから丁寧語になるのかなー、なんて思いつつけっこう不思議だった記憶があります。丁寧な言葉って決して悪くはなくて、「朝顔に水をあげる」っていうのも丁寧な言葉遣いでアリかもしれません。ただ朝顔とか敬って扱うべきものなんすかね。



似たようなものかもしれませんが、丁寧語というか、微妙に気になるのが「させていただく」という言葉です。前の首相がよくつかってたせいか、市民権を得ちまったのかな、と思うのですが「○○を担当させていただいてる」なんていうのは微妙になんか違うんじゃね、ってもやもやしたりします。そんなことで事を荒立てるつもりはないので、「○○を担当させていただいてる」と挨拶されたら名刺を両手で頂戴しながら適当に終わりますが、ちょっとつっこみたいのは○○を担当させているのは、その組織だからでこちらは関係ないんすよね。



殺伐さは減って、口当たりのいい言葉が増えるのは悪いことではないのですが、メリハリなくなんにでも丁寧ってのは区別がないってことで、なんでも同じような扱いなんだろな、と。慇懃無礼にみえるし、ひょっとしたら云ってるほうも内心は相手を軽く見ているのかもな、なんてにこにこしながら「○○を担当させていただいてる」と挨拶してた人を見ながらぼんやりと考えてたのですが。

柿実柿実 2010/08/03 20:45 暑中お見舞い申し上げます。
鹿児島も暑いですが、都会はもっともっと暑そうですね。

敬語は難しいですね〜。「させていただく」、そういえば最近よく聞くような気がします。
ずっと引っかかっていたのは、遙か昔、保育士をしていたのですが、そのとき勤めていた園の入学式、卒業式・・そのような会のときの始まりの言葉が
「これから○○式を始めさせていただきます」というものでした。
「始めます」とか「行います」とかではないのか?と違和感を感じてましたが、正解を確かめることもしなかったワケですが(^^;)

敬語は使い方によってはすごく感じが悪くなりますよね。
そういう私も腹が立っているときに言葉が馬鹿丁寧になることがあったりします(笑

グスタフグスタフ 2010/08/03 22:58 柿実さんこんばんは。暑中お見舞い申し上げます。

敬語なのですが、会のはじめの「させていただきます」というのはたぶん司会者の「僭越ながら会を進行させていただきます」という謙遜から来るものではないか、って思ってます。同等であれば一回しょっぱなに「僭越ながら司会進行させていただきます楠田ですよろしくおねがいします」って挨拶し、「式を行います」とすればいいような気がします。
自分で仕掛けておいて「○○するよ」っていう意思表示は明白なときに無駄に不要な謙遜をして「皆様のおかげで進めさせていただきます」って言ってるような場合、なんとなく意図が明白でも意図が見えないような感じになっちまい曖昧模糊としてくるので、「させていただきます」という言葉に対して、もやもやしやすいのではないでしょうか。
そういう云い方をまったくしたことがない、というとウソになるので大きな口をたたけないんすけども。


私も腹立たしいときは丁寧語・敬語を遣って意思表示をすることがあります。丁寧語・敬語って、相手との距離を保てる意思表示になるのではないかって思ってます。
敬語や丁寧語は可視化できないけど距離を感じやすい気が前からしてて、友人関係でも同僚でも顔をよくあわせてる仲で敬語・丁寧語を遣う・遣われると、相手との間に距離感を感じる・与えちまいます。で、東京以外だと丁寧語が標準語と大差ない場合、丁寧語がやはり距離を感じます。私の場合は名古屋弁が理解できてきてから「あんばよう、やってちょーよ」と名古屋弁で言われるのと標準語で丁寧に「そこらへんうまくやってくださいね」というのとではどっちが親近感を感じるか、というと名古屋弁のほうでした。標準語で丁寧にいわれると、距離を感じてまう。
そこらへん考えると敬語・丁寧な言葉ってのは、相手に対して敬意を払うときにも遣えますが距離を感じやすい点で奥が深くて難しいっす。難しいんすけどたいして勉強はしてなくて、とりあえずのよすがとして私も相手に距離を置きたかったり拒絶したりするときにはまず丁寧語・敬語を遣ったりします。


東京の暑さと鹿児島の暑さのいちばんの差は、白熊の存在のような気がします。鹿児島における白熊のような風土に合ったメジャな避暑の食べ物、ってのが東京にはあまりないので体感的には鹿児島より東京のほうが暑そうな気がします。そういう意味では鹿児島がうらやましいです。で、オアシスのような場所も少ないし白熊もあまりみかけないので東京砂漠ぅ♪って歌われちまうのかもしれません。

コメントありがとうございました。

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2010-07-28

たぶん業者がランダムに送ってくるのだろうけどヤフーメールのほうはたまにへんなメールが舞い込みます。明らかにそっち系ってわかるのは精査する前に削除しちまうので精査したわけではないものの、なかには女性・人妻から男性への援助交際のメールが着たりもします。同性と寝てることを書いてるほうからするとなんだか冗談みたいな気もしますが、これだけくると不思議なものでなるほどそういう需要があるんだろうな、仲介してビジネスとして成り立たすことができるんだろうな、という気がしてきます。もちろん実在するのかどうかはわかりませんが。

余談ですがプレゼントは貰っても金銭を介して付き合ったことってのはなくて、でも以前一緒にシャワー浴びながら払うとしたら一発いくらくらい?ってことを冗談で言ったらたぶん半分冗談だと思うものの五万でした。複数の人に聞いて同じ値段だったので俺の値段、そんなものなのか、って妙に腑に落ちたのですが、逆に対価を貰うサービスだとして相手を完璧に満足させるように誰かと寝る・酒を飲んで付き合うのってきついなー、と思ってて、報酬を貰って働くプロの方々って少し尊敬してる部分がありますし、援助交際なんてたぶんできねーっす(およびでないと思うけど)。


「世の中の 人の心は 花染めの うつろひやすき 色にぞありける」っていう読み人しらずのうたが古今和歌集にあって人のこころってうつろいやすいもんらしいのですが、なんでうつろいやすいかっていったら単純で、完璧・完全無欠な人間なんて居ないからです。

相手が居ても別の相手を探す・選ぶというのは、目の前の完全無欠でない相手にないものを誰かに探すってことで(ここらへん書いててしんどい)、ないものを一緒に埋める努力をしないという点でうつろいやすさを別の言葉でいえば現実からの「逃げ」なんすよね。出発点は「現実」で、逃げる行き先は「特定の相手が現れる前の相手を自由に探せる状態」か「別の魅力を持った相手との関係」という状況です。少なくともそっちも捨てがたい・(もしくは)よりマシだ、と思ってるから、逃げるわけっす。源氏物語だと実際、薫がいても浮舟は雪の中宇治へさらいにきた匂宮と一緒に逃げちまうのですが。

片道切符ではなく元へ戻れれば問題ないものの、恋とか性って、足らないものを照らし出したり・どこか人を現実から逃げる方向へ誘い出しちまう副作用が人によってはあるのかもしれないっすね。



迷惑メールを削除しながら、逃げたがってる人が世の中多いのかなーなんてことを考えちまいました。

性が現実から逃げるキーワードっていうとなんとなく耳が痛くて、ちょっとあまり大きな口は叩けないんすけども。

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2010-07-24

[]三四郎池

用があって本郷へ。

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本郷通を南を見た写真ですが、レンガの壁のあるほうは見渡す限り向こうまで全部東大の敷地です。狭い校地の出身の人間からすると広いなー、と感じます。

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東大赤門。東大は加賀前田家の屋敷跡をそのまま流用してて赤門は前田家の使ってた門を流用してます。なんで赤いのか、っていうと前田家に将軍家からお嫁さんが来たときに婚礼用に新築してて、目出度いことだから、っていう理由からです。

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こんな並木があるキャンパスです。大学ってわりと森や木がなぜか多いっすね。クーラーがない時代に、涼を求めて植えたのかなあ、と推測。


時間に余裕があれば立ち寄っていただきたい場所が、東京大学内の博物館です。

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標本の展示と、火星探索についての展示をやってました。

標本のほうは縄文時代からの日本人の頭蓋骨標本が陳列されてたのですが年代ごとに変化してるのが手に取るようにわかりました。たぶん食べ物であごとかが変化するのはわかるのですが、鼻のあたりがなぜか微妙に変化してるのです。日本人ってのは時代によって変化してゆくんだなー、ってことが別の意味で理解できたというか。北大を見学したときも思ったのですが、実物を見せてもらって比較するというのは、なんだか腑に落ちます。

火星のほうは【なぜ火星が赤いのか[Why is Mars red?]】っていう副題がついてます。火星は赤い砂で覆われてて赤い砂は酸化鉄(鉄さび)が主成分なんすけど、大気中の酸素により酸化したと考えられてはいます。これが答えになるっていえばなるんすけど、じゃあなんで酸化鉄があるの?っていう芋づる式疑問が浮かびます。展示内容に関連してきますが「火星の地表を酸化させるほど攻撃的な酸素・大気状況がなぜできたか」ということが研究対象のひとつになってるようです。協賛に製鉄会社が入ってたところをみるとさびを含め根が深い問題なのかもしれません。興味がありましたら、ぜひ、東大へ。10月末まで月曜日とお盆期間を除いて公開中です。


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足が写っちまいましたが、東大のマンホール。東京帝国大学の文字があるとすると戦前の鋳造でしょう。「暗」というのは(謎だったのですが、はてなのほうで疑問を投げたらいろいろ教示してもらえました)どうも暗渠の略のようです。本郷台地のきわにあるので水路か小川があってもおかしくないところなので、暗渠ってのが腑に落ちました。


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(その昔、ここで闘争があったという)安田講堂。

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で、そのすぐそばにあるのが三四郎池。もともとは前田家が作っていた庭園の池で、心字池という名前だったのですが、漱石の小説「三四郎」にでてきたので、三四郎池が通称になっちまいました。こんもりした森の上のほうにキャンパスがあります。本郷台地のきわなせいか、人工か自然かわからぬものの沢のようなものもあります。

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三四郎池周辺はほんとに都内なんかな、という光景っす。

小説のように美人と出会えたかっていうと、残念ながらそんなことはなかったですけども。

[]なんで?

大学のレポートで○○について論じなさいってのがあったのですが、漫然と授業をきいてて知識として知っててもしょうがなくて、論じようとする場合には、関連する判例や条文について、なんでその判例・条文があるんだろ?っていう問いに関する納得のいく理解がないと先に進めないことがありました。その判例や条文には当然なんらかの意味あることが多くて、その理解のために場合によっては近接する論点を芋づる式に理解しなきゃいけなかったり、場合によっては歴史とかも関係してきます。そんなことをやってたらおっそろしく深いところへ連れてかれてたり・深いところへいかないとまずい場合があって、大学の学問というのは理解しようとすればひどくめんどくさい、得体の知れないものがごろごろ転がる恐ろしい世界だな、っていう感慨がありました。

そんななかで勉強してるうちに、なんだこれは?っていう分野にはまりこんで限定的だけど知識を入れ、緻密な世界を垣間見たせいか「世の中の捉えかた」はなんとなく理解できたつもりなんすけども。でも錯覚かもしれません。


なんでこんなものがあるのだろ、とかの、Why?の部分って、おっそろしく深い世界の入り口なんじゃないか、って思ってます。もう大学生じゃないんだから、どうでもいいのですが、気になる分野で気になるときはやはり気になります。

全然関係ないですけど、鴨川べりになぜ等間隔にカップルは座るのか、とか、塩ラーメンになぜゴマがついてるのか、とかは、いまだ個人的レベルでは謎だったりします。そしていちばんの謎は、なんであんなところに・なんのために前立腺があるんだろ、ってことなのですが。

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2010-07-23

梅雨明け十日というのは暑いのが相場らしいですが、ここんとこその相場どうりにほんとに暑いです。

♪君が胸を焦がすから夏が熱を帯びてく

なんてこの暑さに乗じて歌える余裕があればいいのですがそんな相手もいないのと、ばててて冗談いう余裕もありません。この暑さだと世の中では誰の胸が焦げてるのかも知らないけど残念ながらいまのところ私の胸ではないのは確かっす。夏の間に、胸焦がす日がくればいいな、とは思ってますが。

[]パンツの話

去年貰いものでユニクロのシルキードライのボクサブリーフを知りました。繊維メーカーと技術開発に取り組んで極細繊維をつかい速乾性にすぐれシルクのような肌触りの、ってのがウリらしいのですが、肌触りの点ではシルクのパンツってのを知らないのでなんともいえないのですけど、汗をかいたとしてまったく蒸れないわけではないもののあまり不快にならないってのがポイント高かったです。別に肌着で勝負してる訳ではないし、仕事に影響を与えるわけでもないブリーフの機能なんてほんとどうでもいいことなんすけど、やはり楽なものは楽なので今月に入ってから普段遣いのものとして買っちまいました。

で、頭が下がるのは、ブリーフとかの、あまり陽のあたりそうにないものに対するものでも技術開発をする姿勢です。世の中の技術革新はすごいってなことを最近改めて思っているのですが、こう暑くなってきて日本の技術革新の恩恵にあずかってるなーといちばん実感できるのは私の場合、下半身だったりします。


なんにでも、より良いものを作るため現況に決して満足しないってのが実は重要なのかと、いくばくか過ごしやすい夏を下半身で実感しながら思ったり。

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2010-07-19

[]花粉

出先でひまわりがさいてたのに気がついたので、昼間にかばんに忍ばせてたカメラでちょっとだけ自主撮影会を挙行。

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英語でいう、Sunflowerってなんだか的確な表現っすね。

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ハチがすぐそばを飛んでて、そうだよなー、これも蜜のある花なんだよなー、なんてことを思い出しました。あまりひまわりのはちみつってききませんが。


小学生のころはわけわかんないことを不思議と考えます。ひまわりを栽培したとき、植物によって、なんで花が咲くのが先のと、葉が先なのがあるのだろ、とか思ってました。ひまわりは後者ですが、梅は前者です。家に梅の木があって近所に桜の木がありましたから、先に花が咲かないひまわりが謎だったのです。あー樹木だと花が先かな、なんてことを考えてると見事に裏切られます。柿は葉を先につけてから花を開かせます。わかんないなー、なんておもいつつ頭の片隅に追いやって遊んでました。夏になって、ひまわりに飛んでくるハチを見て受粉の手段によって差がでてくるのかな、っことに気がつきます。そういや桜は葉より先に花を咲かせて鳥(めじろとか)に媒介させます。確かめたことはありませんが、たぶん媒介するものによって、葉と花の関係というか花が咲く時期がちがうんだろな、って推測してます。ここらへん面白そうなのですけどそっちへいかなかったのですが極めてたら、農学部へいってたかもしれません。


ちなみに媒介する生き物がない場合があります。その代表格が、杉です。やつは風にのってやってきます。

以下時期はずれですけど、花粉に関すること

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2010-07-17

[]鉄博へ

大宮へいってました。息抜きの合間に仕事してるような楠田(仮)です。でも、平日がんばってるので見逃してください。

今日は一人で行動してたので、以下、趣味に走ります。


最初の目的地は鉄道博物館です。そこへ行く道すがら、あるのはSLの静態展示。大宮という町は鉄道工場がずっとあって、蒸気機関車の製造も一時やってました。いまでも工場があります。もっともいまでは首都圏の電車の検査や改造工事が主です。

で、これはその工場の脇にあるもの。

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D51です。どうでもいいムダ知識ですが、Dというのは動輪の数が4つある、ということを意味します。動輪が三つだとCです。

大宮工場の先にある、鉄道博物館はこんな感じ。

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ちょっと薄暗いっす。

万世橋にあったころの交通博物館の鉄道部門を発展させたものなので、万世橋時代にあったものもちらほら。

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↑機関車を半分すぱってきってあって、こんなふうに内容がわかるようになってるのを私は小学生のころ、みてたんすけど。大きなものを動かすのには動力が必要で、その動力を蒸気機関車の中で作ってるメカニズムをなんとなく理解できるようになってます。蒸気機関車の場合は、石炭で火をおこして水を供給して水蒸気を発生させ、それを動力源としてるわけっすね。知識としてはなんとなく知ってたけど実物をつかってあると、すげーとか昔は素直に思ってたわけです。


万世橋時代より、展示スペースが広くなったのはいいことかも。

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日本は山国なので、峠越えってのが避けられません。で、これは碓氷峠(長野と群馬の県境の急勾配のある峠)で使われてた急勾配に対応するED40形機関車。動輪が4つでD、蒸気機関車と違って電気機関車なので頭にEをつけてます。で、アプト式、という特殊な構造を持ってます。レールとレールの合間にもう一本、あるのわかりますかね。

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それをこうやって歯車でかみ合わせて急勾配の坂道を登ってゆきます。いまは碓氷峠は廃止になってて、新幹線ですけども。

ほとんど見てる人はいなかったのですが、こういうの、実物の威力っすねー。


手前が181系電車と、奥が455系電車。

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181系電車は上越線の特急に使われてた直流区間用の特急電車です。ボンネットには静音化できずにやかましかった電動機や空気圧縮機が入ってます。

対して455系電車は東北で主に使用されてた交流・直流両方走れる急行・普通用電車です。


日本の電車の走ってる線区は直流と交流、二種類にわけられます。東海道、山陽、上越、阪和線や(福岡と札幌以外の)大都市近郊や古くから電化してたところはたいてい直流です。上越線はわりと早い段階で(途中上越国境で峠越えがあったので)直流電化されてたので181系のような直流用の特急が走ってました。戦前に外国から輸入した電気機関車も直流だったんすが一時期は直流の電動機使用の電車が一般的であったのと直流の電車の車両製作費も安くすんだので、大量製作されました。ただしデメリットがあって、電圧が低い(JRは1.5キロボルト)ので変電所が多く必要です。

逆に交流電化は電圧を高くすることが可能で(20キロボルト)変電所などが少なくて済みます。建設にかかるコストを下げることができますが、交流用の車両製作のノウハウがわが国になく交流電動機が一般的でなかった時代は車両のほうで交流をいったん直流に変換するための設備が必要になってきて(しかも欧州の技術を輸入するわけでなく自前で開発したので)車両代がすこしばかり高くつきました。でもって車両数が少なくて済む地方は一時期は交流で電化しました。黒磯以北の東北線や北海道、九州や北陸とかです。で、交流区間だけ走る電車を作って米原や小倉で乗り換えてください、ってなわけにもいかないので、交流と直流、両方走れる車両を作る必要があって、そのための車両のひとつが455系です。


101系電車。大都市近郊の通勤電車として導入され、日本の高度成長を支えた直流用の車両です。東京だと武蔵野線、大阪だと関西線でよく見かけたかな。

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手前にあるのは台車や制御機器そのほか。実は万世橋時代にもあったのです。これ。万世橋時代はすぐそばにパンタグラフもあったはず。

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奥がノッチ、手前がブレーキシューです。ノッチを操作して電車を加速させます。で、手前のブレーキを操作して電車を止めるわけです。最近はこの形式でなく加減速すべてを一本のハンドルで行うのが増えましたが、旧来のシステムを実際に操作すると目の前の機械がどう動くか、見れるようになってるわけです。小学生のころ、何度か操作しました。なんか懐かしかったっす。

新幹線の0系です。

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走行開始直後は、この先頭部分が実は光ってました。その部品がたまたま残ってたらしく、整備して復元されてました。

地味なんすけど、貨車も展示されてました。これは鮮魚輸送用の貨車。

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今、汐留っていうと日本テレビとかありますけど、あそこは貨物駅だったのです。汐留のすぐそばに築地市場がありますが、そこに鮮魚を鉄道で運んでたわけです。

EF66形電気機関車です。Fですから、動輪が6つ。私が小学生のころはこれがいちばんパワフルな機関車として有名でした。

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ヘッドマークにコンテナ特急たから、とあります。

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コンテナってこんな感じですがこれは画期的なシステムだったらしいのです。戸口から戸口へって書いてますが、トラックで荷主のそばまでもってって、貨物駅へもってゆき、コンテナはその行き先へゆく貨物列車に載せます。たとえば、東京から秋田へ貨物を送りたかったら、秋田方面行きの直行するコンテナ貨物列車にのせます。たいてい、空きがあれば翌日には着きます。昔はそういうふうなものではありませんで、いつ貨物がつくのか、誰もわからなかったらしいのです。東京から秋田へ貨物を送ろうとすると貨物駅にトラックをのりつけて貨物車に貨物を積み込み、まず北へ行く貨物、とりあえず中継地点がある福島だか仙台だかへ行く貨物列車につなげます。で、中継地点である福島や仙台に着いたらこんどは中継地点のある盛岡だか山形へ行く貨物列車につなげます。山形や盛岡に貨車が着いたら今度は秋田行きにつなげるのです。で、ぜんぜん時間が読めなかったらしく、貨物がついたところで荷主に連絡が来たわけでもないらしいのです。だから発送しましたよ、って連絡を受けても最悪の場合、貨物車3両分の発送をして、翌々日に2両、その一日後に1両、なんてこともあったそうで。話を聞いたときにには、にわかには信じられなかったのですが、昭和の時代にはそれが当たり前だったらしいです。

世の中、便利になったんすね。


日ごろちゃんと見られないものの展示もあります

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たとえばパンタグラフ↑

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空気ばね台車

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鉄道用の信号機っす。

誰が読んでるかわかりませんが、信号について解説しておきます。鉄道の信号機の目的は前を走っている列車と衝突しないためのものです。鉄道の場合はブレーキをかけても急には止まれません。通常の在来線の車両は急ブレーキをかけると600m以内で停車するようになるべく設計されてますが、信号で一定間隔で区間を設けて、その一区間には原則1列車しか入れないようにして衝突しないように前を行く列車との距離を一定以上に保たせてるようにしてます。JRの場合、その区間には二つの電車は絶対は入れません。ただしその手前までは制限速度が課せられますがすすめますし、駅と駅の間というわけではないので、大宮駅と隣のさいたま新都心駅に電車が停車しててもその間に電車を走らせることも可能ですし、京浜急行にいたっては駅に停まってる電車のすぐ後ろに後続の電車が「はよどけや!」とばかりに待ってることがありますが、これも必ず信号機の手前までぶつからない程度の制限速度で進行し、信号機の前でお行儀良く待ってます。

鉄道信号機の場合、色は赤、黄、青で、それぞれ停止、注意、進行です。で、停止→注意→進行の順に変化し、注意では基本的に走行できますが、一定の速度以下です。で、上の信号機は光源が四つありますが(五つのもあります)、黄色灯が二つあり、単純な黄一灯の注意と青一灯の進行の間の青と黄一灯ずつで表示する減速、赤一灯の停止と注意の間の黄二灯で表示する警戒という表示をするためにそうなってます。(山手線などではこういった信号機はありませんがかわりに車内に何キロまで出して良いという信号機があります)


駆け足でざっと紹介しましたが、ちゃんと見ると二時間ぐらいはかかるかもしれません。ただ、個人的には万世橋時代に比べて地味だけど大事な展示(たとえば保安装置の説明や急勾配を克服するためどうやってトンネルを敷設したかとか)が目立たないところにあったりとか減ったりしてて、エンタテイメント性の強い印象があって、比べて薄くなっちまったなあ、という印象がありました。

でも面白かったです。



大宮には武蔵国一ノ宮・氷川神社という神社があります。そこへ参拝。

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夏の日差しそのもので、大宮はあつかったです。

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2010-07-15

使えない言葉があります。たとえば、文章でも会話でも「僕」が使えません。親しい人が多ければ「俺」を使いますが基本は「私」で、エルモのものまねは得意ですがエルモのようにどんなに親しくても自分の名前はいえないです。

けんかになったら(接近戦になったらヘッドロックをよくかましてたので)必殺技ってのをもってたのでけんかを売られてもあまりまけたことはないですが、けんか売られないようにするためにというかなめられないようにするためによわっちく聞こえる「僕」より「俺」という言い方をしはじめたのがきっかけです。それが習慣のようになった。

でもって昔から「なめられないようにする」っていうのの正解は未だよくわかってないっす。いまでも年上年下問わずに「なめられてるのかなあ」って思うときがあって、現実問題として小学校時代を引きずってて「なめられたくない」っていうのがそうさせてます。でも冷静に考えればそんな「僕」という言葉で大人は人を判断しないかもで、小学生を引きずったままってのはかっこ悪いなとこのまえ考えて、気心の知れた親しい人と酒が入ったときに、意図して「僕は」っていってみようかとおもったのですが、やはりなんだかいえませんでした。

小学生のころから続く習慣のようなものってこびりつくとなかなか落とすのって大変っすね。

[]生きてるだけで丸儲け

以前、麻酔の分量を間違えられて、意識不明で処置室はいったことがあるんすよ。三途の川を渡り損ねてこっちへ戻ってきてから、たまに「生きてるだけで丸儲け」ってことばがでてくるんすよね。

なんで俺はあっちへ行かずに済んだのか?ってのが抜けません。なんか意味があるんじゃないか、って思うけど、答えは出ないっす。答えがあるとしたらそこらへん哲学なんだろうけど、哲学とかやらんかったし謎のまま今に至ります。


大学を出て大人になって社会人を十年以上やって、でも見知らぬ領域を含む問題にぶちあたって自覚するのは自分が知ってる領域なんてたかが知れてるんだよなーってことで、ましてや自分が熟知してる・こなしたことなんて、案外ちっぽけなことでしかなかったりします。なんで三途の川をわたらずに戻ってきたかは謎だけど何らかの意味があるはずで、それを無駄にしないためにも見知らぬ領域でも必要なものに直面したら死ぬまで勉強とか努力とか理解ってのはしなきゃいけない気がするのです。

でも、見知らぬ領域・知らないこととかを前にするとめんどくささと同時に不安になっちまうんすよね。こういうときは高校生だったときの自分を引きずってて、それは微分・積分の問題集をはじめて開いたときの、俺ほんとにこんなもんとけるのか?っていう(基本問題だけ解けてもしょうがなくて基本を軸に応用も解かなければければならないとわかったときのうっすらとした背筋の寒さつきの)のと同種の。

で、「生きてるだけで丸儲け」ってのは明石家さんま師匠の言葉なのですが、どういういきさつで言ってるかは詳しく知らないっす。でも「ああどうせ生きてるだけで丸儲けなんだし」ってのがぽっとでると呆然としつつもなんとなく踏み出しせたりするから不思議なんすが。

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2010-07-12

[]今日知ったこと

龍馬伝もちゃんとみてないのと、そもそも基礎教養がないので、無知をさらすような話なんすが。

今日、飛行機の機内誌を読んでてそこに薩長同盟について書いてあって、幕府から外国からの武器調達を禁じられてた長州藩にたいして長崎の英国商グラバーさんがまず薩摩藩に対して武器を売り、薩摩藩はその武器を長州へ売却し(国内取引だから問題ない)、その代金として米が不足していた薩摩に長州の米を送る取引を亀山社中が成立させた、ってのをさっき知りました。商取引を媒介にした、同盟だったわけっす。自分の中ではなんだそういうことだったのかと、糸がつながったのですけども。薩長同盟は昔、教科書で読んだはずなんだけどなー、と思いつつ、結局のところちゃんと読んでなかったってことですね(私はそのときはなんか判ったつもりになってても後で根本の焦点がよく判ってなかったことがなんどか、あります)。


で、その取引、やりがいあったろうなー、と思うのです。ひとひねりして足らない部分を相互補完させて、当事者誰もが得するようにしてるわけで。商売の理想というかなんというか。

坂本龍馬に興味なかったけどいまさらながらなんだか面白そうな人だなー、と思いました。

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2010-07-10

[]ゆりとはす

写真は本牧三渓園です。わりと有名なんすけど、横浜はけっこう来てるのに、訪れたことがなく、だったらってんで、三渓園へ。

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もともとは原三渓(本名:原富太郎)という豪商の邸宅で、その跡地が公開されてます。原三渓は、明治時代に富岡製糸場の経営などを一時期していた横浜の生糸商です。


で、丘陵を巧く生かした見事な庭園なんすが、庭園以外にも見どころがけっこうあります。たとえば、

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紀州にあった紀州徳川家の別荘↑臨春閣(1649年建築)

げすなこというと、和歌山から横浜までもってきてるわけで原家の羽振りのよさが伺えます。さらにそこの手水鉢は

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もともとは京都の五条大橋に使われてたものの一部っす。5万3千坪の敷地に重要文化財の建物が10、全部で17の建築物があるのですが、ひとつひとつが地味にすごいので感覚が麻痺してきました。


右の建物が月華殿という名前の↓伏見城内の大名の控え所だった建物を移築したもの(1603年建築)f:id:gustav5:20100710121041j:image

で、左奥は金毛窟という茶室で、これは原さんが建てた大正時代のもの。居合わせたガイドの方の説明だと原さんは価値のあるもの以外に、価値があるかどうかわからないものもつかまされちまったようです。

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↑案内はないのですが、これは奈良からもってきたもの。いわれはわかんないらしいです。亀石のようなものじゃないか、ってその方はおっしゃってたのですが、どうだろ。私は凹部分に醗酵したものをのせ、上に石をのっけて酒を絞るものじゃないかな、って勝手に想像。


池の向こうの丘の上に見えるのは

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燈明寺という京都にあった寺の三重塔です(1457年建築)。関東ではいちばん古い塔になります。

でもって、えらい人とナントカは、よく高いところにのぼるっていいますけど、三重塔のある丘にえらくないけど、のぼりました(つまりナントカのほうです)。

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そこからの景色は↑こんな感じ。今は工業地帯ですが、前は海浜だったのかなあ、と想像。

庭園ですから、花のこともかいておきます。

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ちょうどハスの花が咲きかけでした。もうちょっとしたら、見ごろなのかもです。先月ならショウブが見事だったらしいっす。うー、別に花を愛でる趣味はないのですが、ちょっと残念。

個人的には一人でまた来たい、興味深いところっす。


横浜には中華街のほど近くにみなとのみえる丘公園、というのがあります。この地を駐留した米軍が接収を解除したあと公園にした場所です。

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B'zの「TIME」ででてくるみなとが見渡せる丘がここらしく、こんなふうにベイブリッジも見えたりするんすが

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百合の花が見頃でした

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2010-07-09

[]比例代表

政治の話は苦手なのですが、ちょっとだけ。

参議院選挙が近いのですけど、比例代表ってのがあります。で、比例代表ってのについてなんすけど。


一人一票ってのはフランス革命以後の制度です。それぞれの個人が政治的に価値のある一票を同程度に持ち、選挙で政治的に等価値の個人の意思の集積を図って最終的に多数決で決める、ってことをしたのです。でもそのうち単純に個人の意思の集積による単純多数決だけでは、解決できない問題をどうやって解決するか、ってなことに直面しました。単純な多数決による意思決定が必ずしも民意を完全に反映するか・理想的な政治を行えるかっていったら違うんじゃないの、ってことになりました。たとえば一人一票の価値を持ち地域ごとの選挙区制で選挙をやったら最大公約数的民意の反映になりますが、人口の多い地域≒都市部の代表が多くなります。でもって何かの政策の実行や是正を図りたいときにに議会内で多数派を構築しないとなかなかうまくいきません。そうなると少数派の意見の反映は非常に厳しくなります。大都市でない地域の改善を図りたいときに意思決定の場にたくさんの議員を送り込むことができないと、そこの地域は非常に苦しむのです(実際、基地問題は国民の生活に直結しない雲の上のような話だって関東選出の代議士が発言したあとに沖縄の自治体の議員が沖縄では生活に直結することなので撤回しろ!と激怒したのですけどあれだけ騒いでても実際にそれくらい温度差ってあって、議会で多数を構築できない地域の問題の解決は気が遠くなるくらいの難問です)。地域の問題に限らず、職種の問題もあります。特殊技能を持ってる看護婦さんや歯科医師、電車の運転士ってのは、地域で多数派になって代表を送りうるか、っていったらまずそんなことありません。ですから、その職種の抱える諸問題を解決する必要があったりするときに意見が反映されにくい。

で、多数派が取りこぼすかもしれない、国民の中に存在するさまざまな意見や利益や主張を汲み上げずに無視していいのか、っていうとそんなことはないはずなのです。そこで少数派の意見を吸い上げるシステムとして、欧州において比例代表の理念ってのがでてきたのです。たとえばある固有の問題を積極的に取り組む集団・政党を作ってそこに投票してもらうことで意思決定の場に関与する、たとえば労働者階級の代表団を意思決定の場に送って意思決定の場に関与するってのは有益なんじゃないの、っていう考え方です。日本でも移植され日本では一人二票制に修正してで選挙区制度と比例代表制度を一緒に両立させたわけです。


比例代表が万全か、っていうとそうではありません。戦前のドイツは政党に投票する比例代表制でした。選挙は議員を選挙民が選ぶ機会なわけですがそのときに議員が支持者に向き合って意向を訊いたり逆に説得するという点が本来は重要なものの、比例代表の議員が政党に拘束されてるので議員の代わりに政党・党首が支持者に向いたのと等しいことになっちまい政党選択選挙になり、ドイツの場合は結果的に政党を率いる独裁者を躍進させることになっちまいました。比例代表制にはそういった過去があります。で、余談ですがナチス自体は当時のドイツで魅力的にみえる政策を出してたもんですから躍進したわけですがそれでもはじめて政権をとったときは他党との連立で、過半数はなかなか取れませんでした。実権を握って他党を殲滅して選択肢を奪っておいたあとにやっと安定させてます。ここがポイントで比例代表制では議会内に多数派を構築することが困難になることがあって政治が不安定になりやすかったりします。


さてここのところ選挙のたびに国民に負担を強いるのだから国会議員の定数を減らそう、なんて話がでてきます。そこでなぜか真っ先に出てくるのが比例代表部分の削減です。

今回の選挙の比例代表の候補者名簿をみれば明らかですが、スポーツ選手のほかに企業労働者、農業団体の代表、医師、僧侶などさまざまな階層の人がでています。前回参院選は同性愛者であることを公表してる候補者もいました。で、保守とか革新とかいうわけ方があって、二大政党制ってのは、なるほどなーとは思うものの、でも本来的に簡単な二極化なんかできない程度にさまざまな階層の人が居るからにはこの国の民意は複雑のはずなのです。その、複雑な民意を反映するはずの、多数派でない少数派の民意を反映する・少数派の政策決定関与の機会でもある比例代表制の議員を減らそうっていう動きは、なんだか非常におっかないっす。

なんでおっかない、って思うかというと、多数派が少数派から発言の機会を奪ったり、少数派の存在を無視したりするのが少数派の問題の出発点だと私は思ってます。で、基本的に世の中多数派の枠組みなのですが、現実的には多数派と少数派は相互に浸透しつつも、およそ多数派への同化が精神的にも政策的にも強制されやすいのです。そこに差別もおきるし、問題が発生しやすいし、なかなか解決に至らないことが多いからなんすけど。で、いまよりも少数派の政策決定の関与や発言の機会の枠を奪うってのは、決して良いことではないはずだからです。


たぶんこうあるべき、という善意から定数削減発言になってると思うものの、言ってる本人たちが自覚してるかどうかはともかくその本質は「少数派の主張はもうそんなにきかないよ」っていうことでしかないのですが。


政治の話をすると、暗くなっちまうなあ。

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2010-07-07

「前はこれくらいできたはず」と「これくらいいつでもできる」というのはほんとは大違いなのですが、たまに勘違いして、これくらいなんとかなるかも、と目測を誤ったりします。で、想像してたよりややこしい事態にぶちあたって最適解を探してるうちになぜか疲労が蓄積していまにいたります。そこで肩がこってたりすると「めんどくせーなー」ってのが先に来てやる気が削がれたりします。帰宅して脱衣場で肩を自分でたたきながら「あーどうしよー」なんてつぶやきながらマイナスの方向へ思考が向く。でも、健全な精神は健全な身体に宿るってのは何割か当たってて風呂場であついお湯で肩をあたためたりしてるといくらか改善の兆しがあって、思考も別方面からもうちょっと粘ってみるかとか、プラスのほうに転じてるから不思議っす。


「身体は正直だね」なんてマンガのせりふがありそうですけど、身体とモチベーションの相関関係ってどこかあるんじゃないか、と思ったり。

[]さっさと

個人的な感想なんすけど、めんどくささの本質は「さっさとなんとかしたいな」なんて思うのだけど現実には「さっさといくわけない」からで、想像どうりではないからイライラする、と思ってます。

問題があるときに、「問題の所在」などと論文に書かれてるように問題提起がされてればいいのですがあまりそんなことはないし、起きてる事実には見えない解法のヒントがまずあるのだけど、灰色の脳細胞を持っててもポアロ並でない私はじーっとみてても現実的には簡単には見抜けないこともあるわけっす。見えてるウォーリーを探せ、ならいいのですが、夏の夜の暗い寝室の蚊のような小さい・見えないウォーリーを探せ、ってのは「なんとかしたい」のはやまやまなんすけど、なかなか処理できません。ウォーリーをみつけて問題の所在がわかっても絡んだ紐をほどくのに手間がかかることもあるわけで。

くそう、なんで処理できねーの?とか余計いらいらしちまうこともあるわけっす。


状況を判ってる人はあまりそんなことをいわないのですが、たまに「なんとかすべき状況をはじめて知る人」がいて、当然の帰結として「なんとかすべき」っていうのですが、(夏の夜の蚊を捕まえるとか)その「なんとかすべき内容」が難しいのにいわれるとイライラがさらに高じてきます。八つ当たりっぽいこともでてきちまうわけで「なんとかしてようとしてるじゃん、でもさっさとは終わらないの!」っていうのを(いったってなんの解決にもならないから)ぐっとこらえる事態になります。

こういうときのモチベーションの維持方法って、さっさと相槌をうっておいてあとでコーヒーを飲む・帰宅してビール呑むくらいしかないんすけども。

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2010-07-04

新宿西口の新宿センタービルっす。地下にちいさいけど、こういうスペースがあります。で、今日の東京は蒸してたせいか、水辺に鳩が避暑にきてました。

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鳩につられたわけではけど、少しの間、なんとなく水面を眺めてました。


梅田に地下街があってそこに噴水があり、なぜか硬貨がけっこう入ってたんすよ。以前から大阪にはそういう習慣があるのは知っていたのですけど理由はわかりません。ローマの休日よろしくもう一度来れるように、って言う説は大阪にいたときにも一応ききましたけども大阪に住む人がまた梅田にこれるように、というのも判るようで判らない話です。でも、なんべんかその噴水のあたりを歩いてるうちに小銭を入れたがる感覚というのがなんとなく理解できたような気がしました。そこに水あるだけでなんとなく目がゆくんすよね。しばらく水の流れるさまを見ちまったりする。なんとなくそこのほうに輝いてるのを見ると手許の小銭を入れ手もいいかな、という気になっちまったから不思議です。噴水って一秒たりとて同じ格好をしてるわけではなく、でもって生きてるわけではないけど生きもののような、あってもなくてもいいものなのですがでもあったほうがいいようなものなんすけども水辺ってのは個人的に妙に惹かれる場所です。

なにか人を惑わす魔物でも水の中に住んでるのかもしれませんけど。

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2010-07-02

気象予報士を目指してたわけではありませんが、天気図は書けます。気象通報ってのをNHKラジオでやってますけど、あれで書くわけです。地学を選択しなかったけど天気については子供のころからそこそこ興味があって、降水確率というのも承知してて、ちゃんと書くと「同じ条件だったときに過去に雨が降った確率」です。


でもこの前「予報で降水確率100%だったから午後はずっと雨があがりそうにないな」なんてのを聞いたとき、時間と解釈できるのかと少し目からうろこでした。一時雨、という表現がそうさせてるのかな、とにらんでますが、そういう解釈でも結果的に傘をもつわけだからなんだかそんなに間違ってない気もするし、訂正するのも野暮っすね。

[]収納1

昨日、帰宅するとたんすの中の棒が外れてて、当然かけてあったものが崩れ落ちてました。棒を留める部分が破損してたのです。一昨日に比べてかける衣類を増やしたわけでもないんすけど、同じ条件でも耐えられないものは耐えられないのかもしれません。昨日と同じ今日は無し、ってのはたぶん間違ってないです(ほんとはそういう意味ではないと思うけど)。

応急処置をしたものの、やはりたんすは前と同じようには使えないので仕方ないのでつっかえ棒を探し出してきて部屋の隅にかけてそこにも分散してかけてます。なんだか部屋の中がどこかより雑然として野暮ったくなりました。ほんと梅雨時によりによって!なんすけど、はやくなんとかして収納したいところっす。

[]収納2

すこしきつめのボクサーブリーフを履いてるのですが、無意識のうちによく上向きに収納しています。

百貨店に男物の水着やパンツを卸してるメーカーのサイトをさっき閲覧してたときに、ああ下向きに収納すればそれなりに強調できるのか、ってことにいまさら気がついたんすが、ひょっとして意識してる人はそこまで意識してるんかな、ってなことをぼんやり考えてました。

もっともそんなこと考えたってどうしようもないことに数分で気がついて、そもそも別に強調してもそんなところに視線がいくことなんて、あまり考えつかないのですけども。

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