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名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

2017-01-31

[]寒さ対策

はてな今週のお題が「冬の寒さ対策」なのですが。

東京の場合は津軽のように雪深いわけではないのであまりヘタなことは云えません。が、それなりに寒かったりします。春が来たら来たで花粉症に苦しんで春ほどつらい季節はないってなふうになっちまうってわかりつつも出勤時にとびきり寒い朝が続くと早く春にならんかなーなんて考えちまう程度に寒さは苦手なので、マフラー他防寒対策はきちんとしてます。通勤時には手袋は必須です。たまに手袋が行方不明になることがありますって、手袋がどこかへ歩いてくわけではありませんから、どこへ置いたか・どこへしまったか判らなくなるだけのことです。そのうち再発見できることが多いのですけど

「手袋の左ばかりになりにける」

という正岡子規の嘆きの句が身にしみてよくわかることがあります。今冬は現在のところそんなことはありませんがどこかで落としたり・探して出てこなかったら仕方ないですから買うしかありません。こういうとき片手だけ売ってくれないかなあ、なんて思うのですが世の中そんな甘くはありません。でもビジネスとしてどうだろってたまに考えるのですが在庫管理が難しそうですねってくだらない話はともかく。

ちょっと深刻なのは寒くなるとなぜだかわからぬものの経験則として思考が悲観的になることが多いです。たとえば手袋の右が出てこなかったらなんでおれは定物定位置っていうかんたんなことができないのかとかかんがえちまう。(あとから振りかえるとそれほどでもないことでも)新たな課題を退勤時などに寒い夜道を歩きながらあれこれ考えると「なんだか大変そうな」「ダイジョウブかな」っていうふうになっちまいます。冬に悲観的になってしまうのはおそらくいままで生きてきた中でプレッシャーのあることの佳境が冬に多かった刷り込みもあるかもしれません。でもってこれまた経験則の話で恐縮なのですが、思考が悲観的なってると途中で気がついたら(手袋をさがしているときは別として)なるべくあたたかめのお茶であるとかを摂るようにしています。湯気を眺めたり、あたたかいものを口に含むことでいったん思考がそこでリセットでき、そのうち具体的なことに思考が行き「あーなんとかなるかもな」的なことになりやすいです。

体面を考えて口にはそれほどしないもののおのれの考えるダジャレの寒さに対しては何の措置もとれていませんが、いちおう寒さにはそれなりに対応策を考えていたりします。

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2017-01-29

[]南極まつり

東京の西の立川というところに極地研究所があります

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でもって南極まつりというのをやっているので、寄り道しました。

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祭りっていっても第一線の研究者が研究の成果を一般人にかみ砕いて説明するお祭りなのですが、オーロラの研究に関してというか磁気嵐に関してけっこう興味深いお話がきけました。

オーロラのうち何割かは、太陽の表面の爆発活動が影響して出てくるものです。黒点ってきいたことがあるかとおもいますが黒点は太陽内部の磁場が太陽表面にまで出てくる部分で、そこで磁場のエネルギーが蓄積され突発的にエネルギーが解放される現象である太陽フレアってのがおきます。そのときに電波や電子や陽子などの電気をおびた素粒子が飛び出してきちまい、それらの素粒子は地球に少なくとも2日後までに飛んできちまい地磁気を乱して磁気嵐をおこします。磁気嵐の結果のひとつがオーロラです。で、太陽フレアがでかいのがあると磁気嵐もでかいのが来てオーロラが低緯度でも観測できる、と考えられていましたが2015年に北海道でオーロラが観測されたものは太陽フレアが小っちゃくでも磁気嵐としてはでかかったことがあって、それに関して極地研は地球に届くまでに複数の太陽風(太陽から出るプラズマ等)と玉突き事故状に重なって巨大化したという研究結果をだしています。つまるところ小さな太陽フレアでも巨大な磁気嵐を起こしちまう可能性がある、ということまでわかっています。で、影響としていちばん厄介なのは磁気嵐によって磁気に変化が起きちまうと地上の金属に電流を流す力が発生しちまうので場合によっては巨大な金属でできている送電設備などに被害が生じちまいます。ここらへん、目立たないけどどんどん研究を進めてほしいところなんすけど。

でもって低緯度でもオーロラが観測されることがあるということに関して、極地研の近所に国語の研究所があってそこに依頼して古文書にでてくるオーロラに関する記述(もちろんオーロラという言葉はないですけど)を紹介してもらったら藤原定家の明月記や日本書紀(推古帝のころ)にも記載があり、近畿地方で観測されていたことが判ってきたらしく、ちょっと唸っちまったんすけども。

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南極から出てきたグロソプテリスというシダ類の植物の葉の化石です。思わずなんでシダ類があるのですかと質問したのですが、南極大陸は今の位置にあったわけではなく、

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ゴンドワナ大陸時代には赤道周辺にあって、そのときの名残です、とのこと。インドや南米でも同じものが見つかります。ついでに書いておくとシダ類でもどうも大木であったらしく、さらに二酸化炭素濃度がいまとは異なっていたはず、植物相もいまとはちがっていたのではないか、などと補足説明も受けました。私は物理はともかく地学はやってないので基礎的なことが欠けてるのですが、面白そうだなあ、地学。

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当然、同じゴンドワナ大陸だったインドとかと似てるのでサファイヤ(を含む片麻岩)ってのもでてきちまうようで。ゴンドワナ大陸とか大陸移動説とか断片でしかなかった知識が脳内で統合するとすっごく興奮しました。

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研究とはまた別に話になるのですがわりと興味深かったのは昭和基地の建築です。ある一定の方向へ(北東に向けて)しかほぼ風が吹かず、さらに降雪時にブリザードがやってくると吹き溜まりになるのを防ぐため、いくつかの建物が高床式にして雪を逃がす構造にしてるのだとか。でもって万一燃料を運べなくなってしまう事態に備えて燃料等は2年分の備蓄を可能とする設備になってるそうです。想像以上に過酷な環境ってのがよくわかりました。

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南極の氷です。南極の氷は低温で溶けることがありません。何万年前かの空気がそこに閉じ込められてるので、うまく取り出せば何万年前かの気候状態を知ることができ、いまでは二酸化炭素濃度が氷期間氷期に連動して変動していることが判ってきたのだとか。触らせてもらえたのは研究用ではなく適当に持ってきたやつなのでいつのだかはわかりません、ってな説明でしたがちゃんと冷たかったです。水を入れて溶けるときの音というのも聞かせてもらったのですが、柄にもなく、何万年前だかの空気かあ、とちょっと感動。

極地研、興味深かったです。「みなさんの税金を使って」っていう言い方をなさってた研究者の方も居たのですが、願わくば萎縮することなく研究を深めてほしかったり。

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立川にはIKEAがあって寄り道してしまいましたが目的地はここでした。来るといったん入るとなかなか出てこれないところなんすが、買うつもりがないものでもみていて欲しくなっちまうのは、罪作りだよなあ、と思っちまうのですけど。

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2017-01-26

そろばんはまったくわからないので電卓派です。筋金入りで、パソコンやスマホに電卓機能があるとわかってても電卓をつかっちまいます。そんなふうに12年くらい使っていたカバンの中に入れていた私物の電卓があるのですが、最近液晶の動作が怪しくなりはじめ、計算途中で数字がフェイドアウトするようになってさすがにこれ以上はムリかなと諦めて代替わりさせました。

苦楽を共にしたっていうと大げさなんすけどずっと持っていた・手に慣れたものが壊れてしまう・手放すときって、対象物はモノに過ぎないとわかっていても、微妙に寂しいっすね。

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2017-01-24

神茂という練り物の店があって大丸で神茂のおでんのパックを買っておき時間のない夜などにあたためて夕食として食べていた時期がありました。神茂のおでんで目から鱗だったのが白こんにゃくのおいしさです。好きなものを最後に取っておく主義なので、いつも白こんにゃくは最後にたべていました。それまで意識すらしなかったこんにゃくが美味しいものであることを知ってからこんにゃくはいくらか高いものを買うようにしてますって、ダイエットをしてるわけでもないのでそんなにこんにゃくを単独で買うことって刺身こんにゃく以外あまりないのですが。

今週のブシメシがこんにゃく田楽でした。美味そうだなあ、そのうちやろう、と画面見ながら決心したのですが念のため検索したら十二指腸にこんにゃくはよくないようで、しばらくおあずけです。ちょっと恨めしかったり。

[]欽ちゃんの異常な世界

週末にNHKBSで「コント55号笑いの祭典」というのをやっていて、録画していたのを視聴しました。コント55号をほぼダイレクトには知らない世代で、欽ちゃんの番組の仮装大賞の初期の頃をうっすら覚えてるくらいです。なものですから、すべてが初見に近くたまらなく面白かった!という感想なのですが、それで終わらすのは惜しいのでちゃんと書きます。

前半部は過去の映像から数本抜き出してのコントの分析です。興味深かったのは、ほぼすべてがアドリブであることです。劇団ひとりからの質問に答える形で大将からの説明があり、台本があってそれをきっちり稽古して、というのはそれはショート芝居で「コントではない」と断言していて、「次に何やるか」ということと笑わすことを同時にはできない、という理由も述べています。その場をどう乗り切るかということを考え、同じことを二度できなかった、とも。

個人的に衝撃的であったのは「吉祥寺音頭」というコントです。「人情愛情きちじょうじ」のメロディに坂上二郎さん演じる呉服屋の旦那に欽ちゃんがふりつけを頼むコントなのですが「ぐるっと廻ってください」「阿波踊りをいれてください」と最初はマイルドなのですけど「新体操の手を」「ラテンのリズムを」「指を噛んで」とか丁寧ながら要求がちょっとずつ無茶振りになってゆく・収拾がつかなくなってゆくもので(わたしがどちらかというとゲラのせいもあるのですが)息ができないくらい笑いがとまりませんでした。関根勤さんが「ボケの人が間違ったことをしてそれを正すのではなく、一般人の(まじめな)坂上二郎さんが欽ちゃんの異常な世界に巻き込まれてゆく」姿というとても冷静な分析をしていて、根っこはどこか不条理であるのだけど、表面的には不条理とおもおわせない不条理さが笑いの根源のひとつなのかなあ、とも思えましたって、笑いってなにかってなに一つ私はわかっていませんが。

後半部は浅草のコントの基礎訓練を小倉久寛や劇団ひとりをはじめとする俳優陣にびっちり仕込むワークショップで、まず歩き方から「下を見るな」等徹底指導し、間のとり方や役を膨ませること(間のとり方は教えるのが難しいのではないかと思ったもののダメ出しすることでうっすらと欽ちゃんの意図する間が理解できた気がした)、そして前後半通じて「言葉で笑わすのではなくアクションで笑わす」ことなどを実例を踏まえて濃密に紹介していました。すごくキモだとおもったのは欽ちゃんの求める対応は常識的対応ではないアクションです。求めてることはちょっと不条理です。どんな車に乗ってるの?描いて見せて、って空中に指で絵を描かせた後の指のアクションにツッコミを入れて「それなに?」とやります。常識にとらわれないことからくる困らせ芸でもあるのですが、そのドキュメントが笑いになっています。

笑いというものがいったいなんなのかということを改めて考えさせられたのですけど、最後の最後に「笑わすのではなく笑ってしまう」笑いに触れていて、欽ちゃんの理想とする笑いをなんとなく理解したような気が。

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2017-01-23

[]怒りのポイントカード制

怒鳴ったり威嚇したりということで人を従わせる、というのはあまり上策ではない、と思っててあんまりしません。単純な話で怒鳴られたり威嚇されたりという記憶が相手には残るけど、なぜ怒ったか・怒鳴ったかというのが相手に伝わりにくいからです。だからなるべく怒鳴ったり・威嚇したりってのはしないようにしています。カチンときたとしても小さな事ならその場で流しますし、こちらも間違いとかふとしたことでカチンを怒らせてしまいかねないリスクはあるので小さなことでは怒りはしません。親しい間柄だとこれでなんとかなります。うまくいくことがありますが、不完全燃焼というか、澱のようなものが残らないわけではないときもあります。

毎日新聞には西原理恵子さんが連載を持っているのですが、西原さんは今朝の朝刊で「女の怒りはポイントカード制」で、任意の一言で「100ポイント目キャッシュバックキャンペーンがはじまる」(≒堪忍袋の緒が切れて怒りの言葉が相手に振り向けられる)、ということを書いているのですが、この仕組みというかポイントカード制ってのはわからないでもなくて・身に覚えがないわけではなくて、澱のようなたまりたまったものがふとした相手の一言をきっかけにポイントを貯める堪忍袋の緒が切れてあふれだし、「ああ?」「なにをたわけたことを」ってのは過去にないわけではありません(だから「(傍からみると沸点がわからないので)怒らすと怖い」というふうにいわれたことはいっちょ前にある)。怒ったり威嚇したりってのはまだ見込みがある場合で、そうでなかったら「無視」という段階に持ってゆきますって、てめえのことはともかく。でもって話を戻すとポイントカード制は女性だけとは限らないような気が。

ただ紙面にて挙げられてるキャッシュバックキャンペーンの実例のひとつがすごすぎて(詳しくは毎日新聞をお読みください)、もしかしてポイントカード制ってのじゃないほうが・怒りってのはため込まないほうが良いのかなあ、なんてことを考えちまったのですが。

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2017-01-22

[]ロウバイ

東京はロウバイが開花してます

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独特な甘い香りがうっすらと。

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2017-01-20

唐突ですが、卵が苦手であったりします。前にも似たようなことを書いたことがあります。なぜダメかといわれると答えに詰まるのですがまず生卵のあのぬるぬるとした食感です。ゆで卵にすると白身と黄身の食感と味を持て余します。カルボナーラや目玉焼きは天敵です。スキヤキに生卵なんて理解に苦しみます。いちばん困るのはカレーにゆで卵が入ってるやつで、あれは騙された!と思っちまいます。コンビニなどのサンドウィッチの中のたまごサンドも苦手で、なるべく避けます。卵が食えない、というのはデートなどで食べられるものが限られてくるわけで、つきあったことのある異性に呆れられながら「卵を食べれないとお嫁さんがいないよ」「お嫁さんがタイヘンだよ」と言われたのですが、料理は俺がするってそのときは減らず口をたたいたものの、その予言どうりになっちまいアラフォーになっても嫁さんいません。同じものがついてるやつのベッドで添い寝することはありますが。

卵嫌いをそのまま放置して甘やかしてくれれば良いのですが、上を通過する・上を通過した人たちはそうはしませんでした。「卵は栄養食品なんだから喰べたほうがいい」という理由で、おれも一緒に喰うからというよくわからないことを云いながら「天津飯だったらあんかけがかかってるので卵の味がそれほどないはず」「騙されたと思って食ってみれば」と、あるとき王将で天津飯を2つ、頼みました。たしかに甘酢のあんかけでごまかせば、卵の味はしないわけではないけどそんなにしません。完食したあと、小声で「がんばった」といわれれば悪い気はしません。かつ丼くらいまでならそのうちなんとかなりました。いまはデミグラがかかってるオムライスや(正直言うとデミグラだくだくがありがたい)、うどんの入ってる茶碗蒸しであるおだまき蒸し、だし巻き卵、それにビビンバあたりはなんとかなります。最近はひとりではない夜に湯豆腐を用意したのですが、以前Eテレで観た玉ノ井部屋のレシピどうりに、湯煎した鰹節に昆布醤油と醤油とにねぎと生卵をあわせ青のりをつかったタレを「やってみようかな」と自作してみました。以前だったら考えられないことです。でも相変わらず目玉焼きや卵かけごはんはダメで、ゆでたまごの入ってるカレーパンにぶちあたると「勘弁してよー」ってなっちまうのですが。

はてな今週のお題が「恋バナ」で、屋台でチョコバナナを買ったらエロいといわれた話とか書いたらまずいんだろうなと思いつつ、「甘酸っぱい思い出」とかあったので咄嗟に思い出したのは甘酢のあんかけの天津飯です。だからなんだといわれるときついのですが、恋というのは人間をちょっとずつ変える魔力があるんじゃないかっておもっちまうのですが。

ってか、恋バナってどういうのを話せばいいんすかね。

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2017-01-16

[]失敗しないナントカ

ハウツーものといえばいいのか「失敗しないための××の△つの方法」的なものがあったります。生理的に苦手で苛立つものであったりします。でもなんで苦手なのか・苛立つのかよくはわからなかったりします。

考えられる理由のひとつは「こうすればいいですよ」的な評論家的な啓蒙的な言い方に対して抵抗があって、これが「デキるスマートなサラリーマンになるための△つの方法」とかだったら、おれデキない不細工なサラリーマンでいいからよ、あんたが代わりに泥かぶって根回ししてくれよ、的な反発を覚えちまうからかもしれません。

もうひとつは勤続年数が長くなってきたら前例がないものを担当したことがあって、自力で問題点を地道に解決しなくちゃなことがあって前例がない場合、なにもしない以外、失敗しない方法なんてありません。なにもしないという選択肢をとれない場合、あいまいなところとはっきりしてることを区分けして焦点を絞り、ネガティブ潰しというか解決するためにときとして頭をさげて・または軽く脅して、地道に前に進めなくちゃです。「失敗するかもしれないけど万全の準備をして進む」ことで事態を切り開いたので、体感的に失敗を考えてたら前に進めない可能性があることを理解したことがあります。前例のあるものは前例がつかえますが、「失敗しないナントカ」的なものに苛立つのは前例のある事態にあたらなかったせいでしょう。いいなあ、そういう担務のほうが楽だったかも。

失敗しない、間違えない、効率よく、というのは魅力的に聞こえます。もちろん効率が良いことや失敗や間違えはないほうが良いものです。でもいつの間にか不効率や失敗が許されないかのような世界になってきちまってる気がしてならず、しかしリカバリ可能な・致命的なミス以外は失敗は本来許されるはずのものです。机上のことで理解していたつもりで実際に失敗してさらに理解する、ということもあり得ます。もちろん小さな失敗をしたときに「誰かが答えや選択肢を教えてくれればいいのに」と思うことがないわけじゃないものの、軽い失敗を含めて体験して理解したことのほうが絶対身に沁みこむのとそのプロセスが大事なんじゃないのかな、と人を教える立場になって、考えることもあったりします。

このほうが良いですよという方向性を指示しながらというか「失敗しないナントカ」というのが思想統制のために書かれてるわけではなくとも、「失敗しない」方法は思想統制を自ずから成立させ行動を守りに入らせやすくなってる気がしてならんかったり、って、書いてることが誇大妄想的になってきちまったんすが。でもなんだろ、世の中が「失敗しないナントカ」に傾きつつあり、萎縮してる気がしてならんかったり。

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2017-01-15

小学生低学年のころからレギュラーコーヒーを飲んでいました。ずっとほぼキリマンジャロです。インスタントコーヒーは中学生ではじめて口にしたのですが衝撃を覚え、ちょっと飲めませんでした。いまでも飲めません。でも世の中ではとてもメジャーなものです。その経験からいわゆる「まずい」「おいしい」というのは舌の慣れかなあ、と思っていて、「まずい」というのは舌がなれてないせいだと考えててあんまり口に出していった記憶がありませんってそんな話はともかく。

潰瘍にコーヒーはダメなのですが「これならダイジョウブだろ?」ってので飲んだのがカフェインカットのコーヒーです。キリマンのように酸味があるわけではないのですがやはり(あたりまえだけど)コーヒーで、悪くはありません。

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帰りがけに自家消費用に試しに100グラム購入してみました。山本山のほうじ茶も良いのですが、これで朝の選択肢が増えて、ちょっと豊かになります。

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2017-01-13

[]潰瘍のKomachi Angel

11月末から投薬された十二指腸潰瘍の薬を6週服用していて、禁欲はともかく禁酒禁カフェインをつらぬいてておかげさまで夜中に痛みで目が覚めるってことがほとんどなくなったので前より良い状態です。が、猛烈な吐き気とめまいが不定期でやってきちまうようになりました。と同時に不定期でやってくる痛みもまったく無くならないわけではなく(相変わらず鎮痛剤使えないままで)それらの状態になるといくらか集中力が欠くのが難点であったりします。世の中でよく使われる言葉のなかで「つらい」というのがどういう状況を指すのか最近いまいちぴんと来ないのですが、打つ手がなくて逃げ出したいけど耐えるしかないというのが「つらい」のならば、がまんできないわけではないけど逃げ出したいので「ぷち・つらい」くらいの状況であったりします。逃げ先なんかないんすが。

今週、ドクタに相談したら投薬しているものを別のものに一部スイッチし、今月中に胃カメラの方向ということになりました。キシロカインがダメなので別のナントカっていうのをつかうので、一日つぶれるのを覚悟してどっかで休みを取る予定です。ここんところ薬の表に表記されてる潰瘍の文字をみると「あなたは潰瘍のKomachi Angel」って歌いたくなるんすけど、歌いたくなりませんか?なりませんね。薬の副作用かも、ってそんなことないか。

[]状態の表現

私は日本国籍で日本語を使っているのですが日本語の表現がよくわからないことがけっこうあります。「シクシクとした」という痛みの表現に最近ぶち当たったのですが、どういう痛みなのかわからずに・確信を持てずにいます。自らの症状を云うときには「脈打つような短期間で強弱のある痛み」みたいなことをいったのですが、これがシクシクなのかそれともチクチクなのか、いまいちわかっていません。消化器に関していえば「胃がムカつく」ってのもよくわかってなくて、ムカつくというのはちょっとした怒りに関するものだと思ってて、ほんとはどういう状態を指すのかいまいちわかってなかったり。

最近わからないまま使ってることにきがついたのが「腑に落ちる」で、五臓六腑のどこに落ちるんすかね。胃と十二指腸じゃないような気がしますって、こう書くと体感したことを表現するのって難しいっすねって、そんなこと考えるのはおれだけかもしれないのですが。

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2017-01-12

[]朝ごはん

はてな今週のお題が朝ごはんです。なんべんか書いていますが朝が弱いので手の込んだことをせず、食パン一枚を焼いてジャムを塗って食べます。忙しかったり疲弊してしんどくなってくると西友で3枚98円で安売りしている食パンなどではなくて北欧や神戸屋でいくらかいいパンを買っておき、毎朝焼いて香りや味を確かめるってことをします。それをやるといっときでも憂鬱をちょっとでも吹き飛ばせて「なんとかなるかな」的な状態になります。食べるということはそれまでの思考をいったんシャットアウトするのかもしれません。でもって「たまに」というのが重要で、それがあたりまえになってしまうと意味がないとおもってて、しんどくないときはそれほど高くない食パンに戻してます。

以前はそれにコーヒーもしくは紅茶でしたが、ここのところ十二指腸が変でカフェインを避ける生活をしてるので12月からほうじ茶です。ほうじ茶も安いのを飲んでいましたがなんだか「ほんとに病人みたいだな」と憂鬱になってきたので、ためしに若干値の張る(といっても291円の)山本山のティーパックに替えました。直前までちょっと痛みがあったときでも色と香りがそれなりによいので不思議なもので毎朝口にするとモチベーションが若干上がります。パン同様、もしかして慣れたら意味がないかもしれませんが、ほうじ茶だけは今のところ替えるつもりがなくて、ちょっとくらいのゼイタクはバチが当たらないはずだよなあと我が身を甘やかしています。

ゼイタクついでにいちばんゼイタクだなあ、とおもったのは奈良で食べたほうじ茶をつかった茶粥です。ホテルの朝食として食べたことがあるのですが、香りもよく美味しくて食べやすかったのはもちろんのこと、粥のわりにボリュームがあってびっくりした記憶があります。ほうじ茶があるのでそのうち自作したいなあと思ってるのですが、朝が弱いのでなかなか。

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2017-01-11

江戸のそばというのはもともと菓子を商っていた店が扱っていたことがあって、ゆえに蒸し器をつかうせいろそばなんてのがあったりします。また「二八そば」という言葉があって、江戸時代そばを16文で提供していたとか諸説あるのですが、そば粉8割でつなぎとしての小麦粉2割から来ている、というのを聞いたことがあります。菓子屋に小麦粉があったからつなぎにいれても不思議ではありません。新潟へ行くと海苔をつなぎにしててそれを「へぎそば」というらしく同僚から伝聞で知ってから興味がわいてるのですけど、食べたことがありませんって、そんな話はともかく。夜遅く確定申告に必要な書類を整理しながら視聴していたNHKBSの料理関係の「ブシメシ」というドラマで、登場人物・主人公の紀州藩士が郷土のそばを恋しく思い紀州と異なる江戸のそばのことを嘆くシーンがあったのですが、そこで知ったのが紀州ではつなぎに卵をつかうようで、地域差があるのだなあ、と思い知りました。卵は苦手だけど、食べてみたいような・食べてみたくないような。

番組そのものはどちらかというとコメディタッチで殿様が世を忍ぶ仮の姿で街中にいて主人公と出会いいろいろ云われたりするお約束な演出がある一方(吉田沙保里選手が出ていて唐突な気がしたのですけどそれはともかくそのお約束な演出が鼻につかなかった)、干物の扱い方をわからずに焦がしてしまう男たちにもリアリティがありましたし、つい惰性でみていたのですが、楽しめました。

紀州の殿様が温かい茶粥を美味そうに食べるのを見て周囲がそれをかたずをのんで見守るシーンがとてもよく、でもってつくづく思うのですが、あたたかい食事や湯気って正義ですね。そんなことないか。

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2017-01-08

東京のあちこちでイルミネーションはやってるのですが

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上野の場合は桜に似せたイルミネーションです。もうちょっと暗くなるまで居ようかとおもったのですが、寒かったので断念

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2017-01-06

前にも書いたかもしれないのですが、高校時代は男子校でしたが交換日記をしていました。当時もいまも書くことが決して得意ではありません。だからよく3行日記ってバカにされていました。交換日記をしていた相手は人の体温がなんとなく苦手、ってのを知ってたのですが、ダイジョウブかなとビビりながら距離を縮めてひっついて、そのうちぜんぜんいやじゃないんだな・ああこいつに嫌われてるわけじゃないんだな、ってのは理解していました。そこから「ひざ貸して」ってんでひざ貸すくらいにはなってて、泊まりにいって同じベッドで寝てても嫌じゃなかったし、抱きしめられても逃げもしなかったし、肝心かなめのところに手が伸びてきても寝たふりしながらも嫌ではありませんでした(どこかはよいこはわかんなくてもいいです)。(でもよいこじゃないひとのために、ちゃんと書いておくと)このとき手を出されたのは嬉しかったのだけどそのときはそれだけで、おれは性的魅力はないのではないかとけっこう悩んでいましたし、もうちょっと書いておくと池に面した誰もこちらをみない公園のベンチで手をつないで座ってりはしたけど遊びに行った日比谷のスケートリンクなどで人前で手をつないだとかいうようなことはほとんどありませんでしたし、親にもほんとのことを云えませんでした。暗中模索もいいところです。それらのことが高校時代の恋愛としてくくれないことはないもののいつも日々全力であったものの「楽しかったか?」といわれるとちょっと微妙です。まったく楽しくなかったわけではないものの。

文学賞をとった作家がヒット作をうんだ映画監督に関して「高校時代に楽しい恋愛をしていないんじゃないかな」って書いていたのを読んで、文脈関係なく映画監督でもないもののそのことばに「高校時代に楽しい恋愛をしてない」私はグサッっと刺さりました。もしかしたら市井の高校生が体験していたであろう「楽しい恋愛経験」という同じ土俵に載れてなかったのは確実で、「かわいそう」な人なのか、というのに気がついたわけで。

なぜ世の中にフィクションがあるのかを考える時、フィクションは人を一時的に一筋縄ではいかない現実から逃避させ救うからではないかと思っていて、前向きになることもあり得ます。「高校時代に楽しい恋愛経験」ってのは羨ましくないといったらうそになります。もう戻れないのは知ってますから穏やかではありません。ゆえに白昼夢のような妄想の産物であったとしても、起承転結があってきちんと終わるそういうフィクションを観て、どっぷりつかって追体験してみたい気も心の中ではしないでもなかったり。

まだやってるのかな「君の名は」。

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2017-01-04

2日ほど京都にいました。

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伏見稲荷に行く前に同行者の知り合いとお茶していたのですが、伏見稲荷に行くことを告げると「混んでますよ」と忠告を受けてて

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京都在住のその人の忠告は正しくて、京阪の伏見稲荷駅から参道へ向かう道からして半端なく混んでいました。相当な人出です。2年前の正月に来ていてある程度は覚悟していたものの2年前より確実に人出は多くなってて、ちょっと予想外。

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京阪電車で桃山御陵前へ。以前、(今はのめないけど)呑んだことがある「ふり袖」の蔵元・北川本家へ、っていうあんまり上品ではない動機を兼ねて散策です。ただ歩いてる途中でにわか雨がけっこう降ってきて、

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黄桜のギャラリーで雨宿りをしてました。考えさせられたのは海外から訪問客がいて、しかし日本酒の「甘口」のニュアンスがいまいち通じてなさそうなのです。コクがあることを「フルボディ」とか辛口のことを「シャープ」とか「ドライ」っていいかえることができますが、「スイーツ」っていうとニュアンスが微妙に異なるわけで、日本人の甘さに関する味覚表現ってちょっとおおざっぱというか特殊なのかも、なんて考えちまったのですが。

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肝心かなめの北川本家は(想像はしていたのですが)残念ながらお休みで、そのかわりってわけではないですが、別の酒蔵(松本酒造・桃の滴)の煙突の向こうに、虹が。

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翌朝は上賀茂神社へ。ちゃんとした名前は賀茂別雷神社です。

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拝殿の前に三角錐状のものが二つおいてあって砂でできてて、神様が降臨するためのよりしろ、ということになっています。一瞬「乳房?」とおもったものの、そんなことないか。

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一部工事中なのですけど、卯杖ってのが置かれていました。ちょうど初卯(その年になってはじめての十二支の卯の日)の神事があって、卯杖ってのがありました。もじゃもじゃってしてるのは日蔭かずらっていう植物です。魔除けの意味合いがあるらしかったり。その神事の真っ最中に偶然居合わせたようで(写真は控えた)、日蔭かずらを三方に載せてしずしずと運んでいるのも目撃したので、日蔭かずらにはなにかしら神聖な意味合いを持つものなのだろうな、ってことだけは理解しました。境内の掲示を読む限り、初卯神事は平安時代あたりから上賀茂だけに残ってる風習で、数百年前も同じことをしていた・数百年先もおそらく同じことをしていることになります。月並みな言葉なんすがちょっと脳内がマヒしました。うまくことばがでてこないんすけども。

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不思議なのは神社はたいてい小高いところにあるはずなんすけど境内を横切るように小川が流れていて

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さらに上賀茂のまちなかへ流れて行っています。大雨のときはどうなるのだろう、という素朴な疑問があるのですがそれは横に置いておくとして、水の流れがあるというのはなんだか良い雰囲気だよなあ、と思えました。

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上賀茂の名産のすぐき漬け(カブの一種の漬物なんすが独特の地の乳酸菌の作用で上賀茂周辺でしか作られてないし作れないといわれているもの)の樽も境内に置かれていました。どこもてこの原理を利用してるのは理解できるのですが、製造元によって重石のかけ方が微妙に違うのがあたりまえといえばあたりまえですが興味深かったです。

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北山に府立植物園があってそこを目指していたものの行った日が残念ながら休園日で時間を持て余し気味となり、次善の策として若冲の展示をやっていた京博へ行きました。北から東南への大移動です。果蔬涅槃図や百犬図などつい見入っちまったのですが、いちばん印象に残ったのは河豚と蟇蛙が相撲を取る絵です。そこに描かれてるのは人じゃないのだけど人をみちまってるのかもしれません。ラッキーなことに人も少なく、ゆっくり見学できました。

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市バスで祇園へ行き、八坂社に寄ろうってことになって八坂社に寄ったのですがここでちょっと待ってろってちょっと待たされたあと渡されたのが病気平癒のカード式のお守りです。

「スマホのケースに入れとけ」

といわれてもお守りの類をいっさい持たないので「おれそんなに重病人じゃないし」と抗弁したものの

「いいからともかく入れとけよ」

という問答のあとに、お守りをこちらも買って交換することでケリがつきました。心配させちゃってるんだなあと、ちょっと反省したのですけど。

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