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名付けられぬ領域のほとりにて このページをアンテナに追加

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2018-11-02

[]湯気は正義

匿名であることを奇貨として、ちょっとバカにされそうなことを書きます。

いまはくたびれたおっさんですが10代の頃がありました。その10代の頃のCMに「幸せってなんだっけなんだっけ」と問いかけるCMがありました。答えは「ぽん酢醤油のあるうちさ」です。その頃はそんなものなのかなーと思っていたのですが、いまとなってはわかります。寒いときに冷えたものを食べると悲しくなってくるのです。いささか乱暴なことを云うと、寒くなってくると湯気のでる温かいものはどう考えてもその選択は正しく、ぽん酢醤油をつかうような鍋物のあるところは湯気が立つから幸せのはずなのです。食事のときにぽん酢醤油はなくても湯気があれば十中八九は悲しくはならないでしょう。

愚者は体験から学ぶといいますが・愚者の個人的体験で恐縮ですが、湯気の立つ温かいものは悲観を消します。疲労時はえてして「なんでこんなにがんばってるのに」と悲観的になるのですが、なるべくそういうときはお茶でもお湯でも湯気の出るものを触るようにしています。手先の温かさや湯気に意識を集中させると、もちろん疲労が完全に回復することはありませんが、温かいものは悲観的思考は消えることが多いです。正直、湯気は正義だと思っています。もちろんいちばん良いのはお風呂です。浴槽にもたれかかるように湯船に沈み込みあおむけに近い格好で目を閉じてるとなんとなく疲れが身体からお風呂の中に溶け出すような錯覚があって、疲れてるときはけっこう「疲れが取れた」気分にはなったりします。ほんとに実際に効果があるかどうかはわかりません。でも悲観的な思考は消えてて風呂上りには「なんとかなるかなー」的な前向きになってることが多いです。湯気は人を悲観から解放したうえでリラックスさせるのでは?と思っていますが、もちろん学問的裏付けはありません。

でもってはてな今週のお題が「リラックス」なんすけど。

大人だけがする、夜にいたすことをいたしたあと(よい子のみんなはわかんなくていいです)、彼氏は湯気のある風呂場などでリラックスした状態になると、宇多田ヒカルのAutomaticであるとかポルノグラフティのミュージックアワーであるとか、いくらか調子っぱずれ気味ですがハミングしたり自然と断片的にわりと歌っていたりします。我が身を振り返ってもたしかに断片的ではあるのですが、湯気のある風呂場では歌ってたりします。バカにされそうなことついでにいうと、人ってリラックスすると音楽が自然とでてきたり、ってことないですかね。主語の大きい話をすると怒られそうだけど、つくづく思うのですが。

e_pyonpyon21e_pyonpyon21 2018/11/08 16:17 いま、『人体六〇〇万年史』という本の下巻を読んでいますが、たしかに仰るとおり、湯気はうれしいものです。狩猟採集生活で移動しながら生きていたころには、湯気は、1.水、2.火の気、3.調理されて消化吸収しやすくなった食べ物、を連想させますから。
それから、おついでで申し訳ないですが、酒とめんつゆを1:1か、2:1で割ったのを青菜のお浸しに和えるとおいしいです。

gustav5gustav5 2018/11/08 20:11 理屈ではない皮膚感覚というか体験から「湯気は正義」と書いたのですが、なんだか裏付けしていただいてありがとうございます。歴史ついでで書くと以前「杉本家の歳中覚の日々」という江戸期から続く京都の商家の食生活をテーマにした番組をNHKで視聴したのですが、特定の日以外は朝夕はお茶漬け(冬は茶がゆ)と香の物だけを食べていたようなのです。栄養学的な方面は謎ですが湯気の出る温かいものを喰うのは生きるうえで最低限間違ってない方向なのかな、と思っています。
また、めんつゆについてアドバイスありがとうございます。ゴマ和えを作るときにいままで醤油とごまと砂糖とやってたのですが、めんつゆでやってもいいかもしれない、と気がつきました。

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