2099-01-01 「事務局長のつぶやき」移転のご案内
「事務局長のつぶやき」移転のご案内
グラウンドワーク三島 渡辺事務局長による「事務局長のつぶやき」をご覧いただき、誠にありがとうございます。
グラウンドワーク三島公式サイトのリニューアルに伴い、「事務局長のつぶやき」を移転し、公式サイト内に統合いたしました。
「事務局長のつぶやき」は、下記URLよりご覧いただけます。
http://www.gwmishima.jp/modules/tubuyaki/index.php
引き続き、「事務局長のつぶやき」をご覧くださいますよう、お願いいたします。
2011-01-01 大きな「夢」と強い「心」を持って難題に挑戦せよ

新年、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
いよいよ、新たなる一年が本日から始まる。今は、本年への一抹の不安と期待が交錯して、少し気持ちが落ち着かない。毎年、同じような気持ちで一年が始まるが、結局は、日々の仕事や責任に追われ、大局的・長期的な視点に立った、戦略的な取組みが難しく、反省点が多い年になってしまう。
さて、本年は、私にとって、どんな年になるのやら、当然、予測は難しい。私も、還暦を過ぎ、立派に中高年の仲間入りとなる。静岡県庁の同期生や大学の同窓生たちも、それぞれに定年になり、人生行路の一つの区切りの年をむかえる。全力でそれぞれの人生を駆けぬけてきたと思うが、人生の「セカンドステージ」の入り口に立って、新たな決意と不安が交錯しているのではないか。
私も、35歳から、三島での市民活動に取り組み始め、本年で、25年以上の市民活動経験と20年近くの事務局長としての役割を蓄積することになる。まあ、飽きずに、これらの役割と責任を放棄せずに、ここまで続けられてこられたものだと感心する。「ふるさと三島」の環境悪化の現実と放置が、市民活動を始めるための劇的な「動機」になったわけだが、その原動力は何に起因しているのであろうか。
やはり、ふるさとの現実と課題に対する、自分としての大きな「夢」を具現化したいと思う強い「心」、そして、愛郷心と問題意識が、その基盤・燃料になっている。当時、私は、静岡県庁に勤めており、農業土木職員として、地域の中で多様な経験知を積み重ね、専門職としてのキャリアにも磨きをかけていた時期であった。とにかく、仕事が面白く、職場や農家の期待も大きく、職場に自分なりの活躍の場を見つけ、脂の乗った時期だった。
しかし、一方では、心の中に戸惑いと躊躇の潜在意識が交錯していた。「今のこのままの生き方やあり方だけが、自分の今後の人生のすべてになってしまうのか」との疑問と迷いの気持ちが増幅し始めていた。
確かに、農業農村地域の合理化と効率化を図る土地改良事業の社会的な役割と意義・重要性は、充分に理解していた。しかし、農地の集約化や専業化を進めるための現場では、かえつて兼業化と土地の資産化を促進し、また、素晴らしい農村地帯の日本的・文化的な空間を農地の装置化との大義名分により破壊し、棚田や谷地、石積みなどの日本的な景観美もコンクリート化されていった。
いくら農林水産省の補助事業といえ、地域の歴史性や個性、特性、地域住民の考え方や思いを軽視した、均一・均質な土地基盤整備事業のあり方に、強い「疑念」を持ち、事業を推進ながらも日々の仕事において、疲れを増幅させる毎日を送っていた。このような時期に、自分の生き方やあり方に迷いを感じていた「心」の拠り所として、ふるさと三島の水辺自然環境の実態と現実に、ふと自分の関心ごとを回帰してみた。
何と、その現実は悲劇的であり、衝撃的な環境悪化の事実を認識せざるを得なかった。子供時代に遊んだ水辺や湧水池、井戸などは、荒れ果て、ゴミが捨てられ、雑排水が混入して、ヘドロが堆積し悪臭を放っていた。富士山からの湧水があふれていた、あの「清流の街」が、悲惨な姿に傷付いてしまっていた。
皆さんだったら、こんな悲しい現実を目にした時に、どのような行動を取りますか。私は、生き方を根本的に変えるほどに、「心」を震撼させる衝撃的な影響を受けた。とにかく、今までの県庁での生き方を続けながら、ふるさと三島の難題に飽くなき挑戦を続けていこうと決意を固めた時期だった。
人生の中で、こんなにも簡単に衝撃の中から、今後の自分の社会的な役割とあり方を発見・修正できるものかと不思議に感ずる。しかし、35歳までに蓄積してきた、大いなる問題意識、多様な課題を処理できる解決力や経験知、苦しみや悩みを乗り越えていく精神的な強靭力、バラバラな意見や複雑多岐な人間関係をまとめていく調整能力、多くの人々や組織を束ねていく人間力、考え方をすぐに現実化していく行動力、お酒を媒体にした豊かなコミュニケーション能力など、今までの人生の中で、苦しみ、迷いながら蓄積してきた多様な能力と知識を駆使して、現在までの間、多種多彩な難題に挑戦してきた。
具体的な取組みとしては、平成3年に、三島ゆうすい会を結成し、市民活動の基軸とした。相まって、三島ホタルの会・源兵衛川を愛する会・桜川を愛する会・境川清住緑地愛護会などを、次々に結成してさまざまな視点からの市民活動の原動力とした。平成4年には、グラウンドワーク三島を結成して、市民と多様な組織の総力を結集した、新たなパートナーシップ型の市民活動を展開してきた。
また、富士山の環境問題や世界遺産に取組むために、富士山クラブ、富士山エコネツト、富士山測候所を活用する会、富士山を世界文化遺産する国民会議などを結成・協力して、広域的な市民活動を推進してきた。
特に、グラウンドワーク三島が始まってからは、まさに、静岡県庁職員とNPO事務局長の「並行移動」の生活を続けながら、何とか、先進的で創造的な市民活動を先導してきた。三年前からは、次のNPO・ボランティア活動を支えていくための人材育成に自分の役割を見出すために、都留文科大学文学部社会学科教授として奉職することにした。
以上、新年のスタートラインに立って、約25年間にわたる市民活動の遍歴と感慨をまとめてみた。現在、グラウンドワーク三島では、内閣府の「地域社会雇用創造事業」に取り組んでいる。人生の生き方や自分としてのあり方に迷っている若者や人生のセカンドステージの生き方に苦慮している中高年者は、この研修事業に是非とも参加してほしい。
課題に立ち向かう「心」の元気と多様な難題に立ち向かえる不屈の精神力と専門性を学ぶことができる。全国どこから参加しようと旅費や宿泊費は、「無料」である。プレゼンで選定された事業提案には、100万円の起業支援金や一定の要件の人には、一か月14万円の活動支援金も提供される。
昨年の8月に開催された第I期目の最大の成果は、個人や組織が、マネジメント力やビジネス力をスキルアップできたこととともに、多様な人々との思いと心の交流にあった。
人生の中で、良きチャンスと気づきの時間は、待ちの姿勢では見逃してしまう。私も、飽くなき市民活動への挑戦の遍歴は、チャンスを自らがつかみに行く小さな勇気と決断だった。いろいろな制約はあるとは思うが、本年の2月7日から始まる第II期のグラウンドワークインターンシツプ研修に集結してほしい。
いまだに就職先が見つからず、不安や戸惑いを感じている大学生や未就業の若者たちも、社会の現実と厳しさに「心」が折れずに、「心」の元気を求めて、グラウンドワーク三島の現場モデルを体験・学習してほしい。私のつたない人生行路での感慨や蓄積してきた専門性を情熱的に伝えたいし、先人の言葉の力から「心」の疲れを癒し、再生してほしい。
本年も、私は、間違いなく、高みのさらなる難題に果敢に挑戦していくだろう。また、創造的な新たな地域再生や国づくりの取組みに対しての提言を進め、地域から、小さな「社会変革」の波を起こしていきたいと考えている。まあ、困難にめげていては、おいしいお酒は飲めない。同じ目標と目的を持った同志や職員たちとともに、60歳の秘められた「おじい力」を、さらに発揮していこうと決意している。
まあ、今後、少なくとも10年間は、グラウンドワーク三島の諸活動に全力で取組んでいきたいと考えている。特に、今年は、株式会社と農事法人の設立を計画しており、ビジネス力の強化を目的とした新たな事業化に着手する。公務員、並行してNPO事務局長、大学教授、次は、社会的企業の社長が、私の大いなる「夢」である。単なる「夢」で終わらせず、事実化・現実化するための具体的な戦略を着実に蓄積していく。
この不思議な興奮とワクワク感が、創造の喜びであり、不屈と普遍のモチベーションの源泉なのかもしれない。どうも本年も、家族と、ゆっくり、ゆったりする時間を確保することは「夢」になりそうである。対比する「夢」と「夢」、このバランスとアンバランスの微妙な感覚が、人生の中で、弛まぬ緊張感を生み出している。
まあ、いいか、とにかく、懸命に頑張っていくぞとの心境である。難題は、強い「心」を育て、大きな「夢」を実現する人と組織を成長・強化していく。引き続き、関係者とボランティア、インストラクター、スタッフの皆様のご支援とご協力をお願い申し上げます。
特定非営利活動法人グラウンドワーク三島
事務局長 渡辺豊博
2010-10-18 NPOは市民会社かな

最近もあいかわらず、忙しい毎日を過ごしている。英国の社会的企業の視察に10日ほど行ってきた。また、地域社会雇用創造事業の第2期に向けての多様な調整事にも関わっている。次から次へと事務的な問題も発生して、その解決に奔走している。
まるで中小企業の経営者のような有様、立場である。こんな日々の活動内容を振り返ると、NPOは、やはり、間違いなく「民間企業」と同様の機能と組織体制を持ったものだと実感している。
まさに、事務局長は、企業内での総務部長、専務的な立場であり、常に、資金調達や人事、会計、経理に配慮しなくてはならない、組織内の重要な調整・推進役だと思う。やはり最大の仕事は、組織の活動理念・目的を実現するための戦略の立案と、その活動を現実化させるための資金確保の役割である。
昨今の国会での論戦を聞いていると「党利党略」に明け暮れ、本質的な国づくりのための市民目線の懸命な議論が不十分だと感ずる。議論の中味も、総論的、専門的、第三者的、世間話的な浮ついた稚拙な議論が多く、現実社会の緊急性の高い問題を迅速に解決していこうとする「覚悟や決意」が伝わってこない。
全国各地の中心商店街には多くの空き店舗が当たり前のように存在し、中山間地の高齢化も進み山河の荒廃が悪化の一途を辿っている。また、福祉サービスの未整備性により在宅看護に苦しむ人々や介護流民が増加し、さらに、大学生や中高年の職場も少なく「希望なき社会」が拡大している。
当然、国民は税金を支払っているとはいえ、この負担分が行政サービスとして、納税者に対して、的確・適切な公益的な社会サービスとして還元されているのか、疑問、不安に感ずる日本人は多いと思う。
現在の国家・社会システムは、国民に対しての「増税と借金」でしか、国家経営を運営管理できない組織体制になり下がってしまっているといえる。日本が高度成長を始めた、昭和39年以降からの行政と政治への偏心的な国民の依存心と甘えが、この社会構造をつくってしまったといえる。
今、政治体制は、民主党政権に変わった。国家・社会システムの果敢な劇的な変革を期待して、多くの国民は投票した。しかし今回、国会に提出された補正予算などの中味を吟味すると、「コンクリートから人へ」の期待は、見事に裏切られ、自民党時代と同様の巨額な公共事業の予算が計上されている。財政がひっ迫している中での税金の人間目線の根本的な使い方が、迷走を極めている証拠だと思う。
以上、話が、少し大きくなつてしまったが、身近な地域社会での多様な問題を一体誰が解決してくれて、誰が、日常生活の安寧、安定、安心を保障してくれるのだろうか。自分たちの苦しみや不自由を、どこに訴えれば、問題は抜本的に解決するのだろうか。永遠に、この日常的な悩みが続くというのだろうか。
こんな疑問を持っている市民は多いと思う。しかし、その解決方策を見つけることは困難を伴うのが、現実社会の常識である。私が、この20年近くにわたり、NPO・ボランティアの世界で頑張ってきたのは、この生活者や社会的弱者の現実的な悩みや不自由に対しての「答え探し」の活動といえる。
やはり、政治や行政に対しての偏心的、一方的な依存心や甘えの意識は、多様な問題を解決していくための処方箋・解決策にはなりえないことを証明している。自分たちや地域内で発生した問題は、自分たちで主体的、自発的に解決することが、解決への「早道・現実的な手段」であることを実証している。
そこで、行政や企業に代わっての新たな社会的サービスの担い手・提供者が、NPO・ボランティア・市民活動団体ではないかと考えている。確かに、この意識は全国各地に浸透し、現在、NPO法人は、4万団体近くに増加し、生活者に対して、きめの細かい人間的なサービスを提供し、社会的な評価も高くなってきている。
しかし、総じて、その組織と活動の実態には、厳しいものがあり、残念だが、脆弱で零細な団体が大勢になっている。福祉や介護、環境保全、国際交流、スポーツ振興、防災・防犯活動など、多様な市民サービスを担い、多くの実績と成果を蓄積しているのに、運営上の実態は、「火の車、自転車操業」状態ではないだろうか。
社会的に評価され、人々から喜ばれている仕事を、無償を原則として、献身的に、時間と資金、精神、能力、専門性を発揮して、「見返り無き奉仕・労働」をしている人々が報われない社会が存在しているとしたら社会システムの何かが歪んでいるのではないだろうか。
NPOの税制の優遇制度の検討は進んでいることは承知しているが、こんな検討は末梢的な制度検討だと思う。社会的なサービスの担い手・提供者として、行政や企業以外にどんなセクターを位置づけ、定義づけるのかの社会システムのあり方の検討が欠落している。
英国に学ぶように、NPOや社会的企業は、行政や企業と対等な社会的な役割を担う、「中間労働市場」として評価されている。そこには、市民の要望や需要に合わせて、多種多様な市民会社が創業され、会社の持続性と発展性を担保するための資金供給のシステムが準備されている。NPOは、女性や高齢者、若者の最大の職場となり、民間企業に近い給与を支払い、競争原理のもと、倒産の危険性を内在しながら、地域社会の活性化のために大きな役割を果たしている。
彼らの資金源の半分以上は、行政の補助金や委託金に依存している。しかし、行政のサービスに比較して、その質と多様な支援の種類の幅は多く、行政費の節約の観点からも需要がある。運転資金は、公益的な役割を持った銀行が安い利子で提供している。国が保証人になったり、利子補給制度を設けて、NPOの経済活動を直接的に支えている。
この中間労働市場には、700万人もの雇用が生まれている。日本では、専門性や経験を持った女性が多く存在しているにもかかわらず、職場がない。定年後や大卒生も含めて、労働市場が狭小・萎縮しており、優秀な潜在労働力を活用できていない。
NPOやボランティア団体は、12万団体近くあるのだから、この力や潜在力を強化して、雇用の場として育成したら、平均10人雇用して約120万人もの新たな雇用の場が確実に確保できる。地方の福祉や介護が活性化され、農業にも若者が帰農し、空き店舗を利用した地方発の小さな特徴的なビジネスの創業が期待できる。
企業的な視点で元気のない地方・地域を再評価した場合には、可能性ある「地域資源」が未発見だと思う。「歴史的・文化的・環境的・景観的・農業的・食文化的資源」が、「宝の山」ように埋没・点在していると感ずる。地域の中を違った目線で再発掘し、付加価値をつけて、商品化やマーケティング、ストーリー性の構築などを行い、マネジメントを強化していけば、発展・成長の可能性は無限である。
NPOの「馬鹿らしくてアホらしくて儲からない仕事」の現実から脱却して、「儲かるNPO」「NPOで儲ける」を実現するためには、創業のためのスキルアップや専門性の習得を図る必要がある。現在、グラウンドワーク三島が取り組んでいる「地域社会雇用創造事業」は、まさに、この問題意識に立脚したものであり、今後の研修を通して、NPOの組織・活動の強化とNPOの社会的企業化が拡大することを期待するものである。
NPOが儲け、僅かながらの雇用を確保し、経済活動の沈滞化と停滞化が進む地方の元気を再生して、空き店舗や耕作放棄地の問題を解決していく原動力・推進役に、NPOや市民活動団体が担うことを夢見ている私である。本年中には、私自身の創意工夫の取組みにより、グラウンドワーク三島として、別途会社を創業して、富士山の水やバイオトイレビジネスを含めた新たなる会社を起業化する予定である。ああ、忙しいなあ。
2010-09-24 日々、社会的変化と前進を続ける英国を訪れて

平成22年9月12日より19日までの日程により、英国の社会的企業の調査や英国グラウンドワーク連合体との情報交換、グラウンドワークトラストの現場活動などを見てきた。
日本の猛暑と蒸し暑さとは比較できない、爽やかで涼やかな天候が続き、気温も15度前後と秋の装いを感ずる晴天になった。また、毎日、英国では稀といわれるほどの透き通った青空が見られ、かなり、ハードな行程ではあったが、体の疲れをあまり感じさせない旅になった。
この10年間の間、毎年、英国を訪れているが、今回も驚きの社会的な変化や画期的な政策転換などを学び、英国の先進性をますます実感することができた。英国においても、労働党から保守党・自由民主党との連立政権への政権交代が起こり、激しい政策転換の波が起こっていた。
まず、消費税が20.5%に引き上げられ、それに呼応する施策として、徹底的な歳出削減の政策が断行され、これまでのすべての公共事業に対して、まず、一律20%の削減が義務づけられた。さらに、中立的な機関による、すべての公共事業に対する投資効果の総合評価・判定・見直しの作業が進められており、この10月中に、具体的な事業項目ごとの削減幅が公表されることになっている。
私が、訪れた英国グラウンドワーク連合体やグラウンドワークトラスト、各社会的企業も、この政府の急激な政策転換と新たな歳出削減策に適応できる体制強化を進めるべく、組織体制の見直しや資金確保の新たな手段の検討など、生き残りのための必死の取組みに着手していた。
大きな政策転換の要点としては、「補助金制度から契約制度」への転換といえる。例えば、英国グラウンドワーク連合体においては、年間の総事業費230憶円の内、約70%が政府からの補助金に依存してきた。
また、社会的企業にしても、多くの事業は、政府からの補助金に依存しており、英国流の「小さな政府」とは、日本的な解釈をするなら、NPOや民間企業が、それぞれの特性を発揮して、より効率的な公益的なサービスを補助金の多様な運用を通して提供してきたシステムといえる。
しかし、現実的に政府の財政赤字の拡大とEU諸国内における財政規範の制約などにより、より厳密な歳出削減が求められることになり、若き指導者であるキャメロン首相も、今までの政権と比べ、より厳しい補助金の運用と支出の政策転換を迫られたと解釈できる。
日本においても、補助金のあり方は、民主党への政権交代の中においても、大きな政治的テーマに位置づけられている。しかし、縦割りの行政組織や官僚依存による政策形成システムなどの抜本的な改革が進まない現状では、「補助金脱脚」への構造改革の具体策は遅々として進んでいない。
このような中で、英国での公的資金の供給システムのダイナミックな変化は、当事者にとっては、大変厳しい現実だと思ったが、実際に話を聞いた多くの関係者からは、当然の流れ、現実として受け取っており、その劇的な変化に見合った体質変化や組織強化の方向性を懸命に模索していた。
自分たちの社会的な役割は、今後とも揺ぎ無いものであるとの自信とともに、時代の変化に適合した、新たな市民目線の公益的なサービスを、どのように創造・創業していったらよいのかの真剣な試行錯誤と挑戦的な意欲を強く感じた。
日本においては、NPOの存在と役割は、政府も市民も、ある程度は理解し、支援・強化の方向に進んでいる。また、最近は、社会的企業の存在についても、マスコミによる報道も活発化して、起業する若者も増えてきている。
しかし、英国との根本的な相違は、政府の構造改革の動きとNPO・社会的企業などの社会的必要性や組織成長が、重複していないことにある。政府による歳出削減による公益的サービスの低下や劣化、縮小を一体誰が、どのように担っていくのかの議論や検討が少なく、一方的な政策転換の議論になってしまっている。
英国においては、政府とNPO・社会的企業による、公益的なサービスの提供に対して、より効率的で質の高い運用を前提として、相互の役割分担と支援システムのあり方の議論が活発に行われている。
補助金制度から契約制度への転換は、あくまでも、より効率的で質の高い、地域の実態や住民の要望に適合した、公益的なサービスの提供を実現するための手段といえる。常に、行政と市民・NPO・企業とが、一体化して、相互の信頼関係を前提とした、新たな関係づくりのプロセスである。当然、効率性や合理性は要求されるが、NPOや社会的企業が本質的に内在している、弱者対策や地域コミュニティ形成、地域福祉、人材育成、貧困対策、自立育成、中間支援などの総合的な力を尊重し、より実効性の高い、波及効果を望める政策提言を期待しての政策転換だと感じた。
例えば、今回、訪れたロンドン郊外のグラウンドワークトラストだが、犯罪者歴のある人々を職員として雇用し、社会教育と更生活動をマッチングさせた廃棄物処理会社「ブルースカイ」を経営している。この制度の運用により、再犯率は劇的に減少し、正規職員としての就業率も上がっている。
私も、何人かの元殺人犯や凶悪な犯罪者と話したが、皆、「この場所に来て、自分を変えられた。新たな生きがいと社会的な役割を見出した。生きて行くことに自信を得た。自分で働き、汗を流し、給与を得る喜びを知った。今後とも、貧しくても自立して働いていきたい。」などと、生き生きと発言していた。
犯罪者対策は、一般的には、檻・刑務所に入れて社会と隔離してしまう。しかし、「ブルースカイ」のように、現実社会の中で、労働を通して、更生活動を行うことの効果と意味は大きいし、NPOや社会的企業でなくてはできない。
会社を自らが運営管理することを通して、現実社会の仕組みやルール、規範などを教育していく「更生システム」のアイデアと効果の高さには驚いた。日本においては、刑務所も少年鑑別所も収監者で一杯だと聞く。また、再犯率も高く、保護司や民生委員による更生システムも予算的にも人的にも脆弱だといわれている。行政による更生システムに限界が来ているのではないのか。
このように、政府の役割が委縮すると、社会的な歪・隙間が拡大して、対応策が見いだせなくなり、社会は不安化、混乱する。やはり、政府に代わるサービスの担い手が必要となり、NPOや社会的企業の役割は必要不可欠となる。
こんな簡単な仕組みが、日本ではあまり理解されていない。「新たな公共」のあり方が、議論されている昨今、地方分権・地方主権の議論とともに、NPOや社会的企業を支える人材育成や起業化へのマネジメント力・ビジネス力のスキルアップの強化策は欠かせないし、今、グラウンドワーク三島が内閣府の交付金を得て取り組んでいる「グラウンドワーク・インターンシップ」事業は、時を得た事業だと感じた。
今後、調査した社会的企業の概要については、報告する。マンマ・ミーアとジャジーボーのミュージカルは、爽快で大変、楽しかった。久しぶりの気分転換もできたし、新たな知識やアイデアも仕込んだので、いろいろな困難に立ち向かっていくための元気の燃料補給ができた。
2010-09-06 源兵衛川の再生ドラマは「生きた社会学」を学ぶ最前線だ!

今年は、例年になく異常な暑さが続くが、三島では、もう一つの驚きの現象が起きている。とにかく、富士山からの湧水量が例年に比べて異常に多く、楽寿園・小浜池や菰池公園、白滝公園、三島梅花藻の里、境川・清住緑地、雷井戸など、市内にある代表的な湧水池では、清冽な湧水が大量に湧き出している。
源兵衛川にも多くの湧水が流れ下り、川の中を散策できる「水の散歩道」は、あまりの湧水の多さに、一時、歩道部が水没する騒ぎも起きた。また、普段は、湧水が枯渇し、醜く池底を晒している楽寿薗・小浜池やせりの瀬、はやの瀬、中の瀬にも、湧水が噴出し、素晴らしい水辺空間を形成している。
多分、この現象は、6年ぶりであり、春先からの積雪量の多さとその後の夏季の集中豪雨などの要因による降水量の多さに起因していると想定される。積雪は、干ばつ期にゆっくりと時間をかけて雨水を地下に浸透させ、また、集中豪雨的な降水は急激に地下水位の上昇を発生させる。
三島では、富士山からの湧水は、大体、3か月位で下流の三島に流れ着く、浸透してくると考えている人が多い。何十年もかかり、流れているとの長期流動説も信じられているが、三島っ子は、短期流動説を信じている人が多いと思う。証拠としては、富士山の湧水には、多くの溶存酸素が含まれており、水が新鮮でみずみずしく、大変に冷たく、美味しい。
これらの要因同士の複雑な関わり合いによって、昨今では起こり得ない、水位上昇を誘発させている。このことにより、「水の都・三島」の原風景・原体験が再生、復活している。源兵衛川には、多くの市民や親子が涼を求めて集まり、子どもたちの川遊びの姿が数多く散見される。
川遊びに興ずる子どもたちの歓声が、水辺周辺の緑の回廊にこだまし、源兵衛橋の欄干から水中に飛び込む水しぶきの音が、水辺に響き渡っている。子どもたちの目は輝き、清冽な湧水の冷たさに震えながらも、何回ものダイビングを繰り返している。まさに、水遊びの楽しさと醍醐味に陶酔している姿であり、私の子どもの頃の思い出にも重なる記憶、風景といえる。
この素晴らしい源兵衛川が、今から12年以前は、ゴミが放置され、雑排水が垂れ流され、悪臭を放つ、汚れた川であったことを、現在では、想像することもできない。今、遊んでいる人々のどれ位の人々が、25年近くもの長い間、源兵衛川が汚れた川だった事実と再生への戦いの経過を知っているのだろうか。
私としては、特別に源兵衛川の水辺再生への先験的な取り組みについて、どうこう、偉そうに説明するつもりはない。とにかく、このような豊かな自然環境の中で、五感を通して、自然の素晴らしさや楽しさ、そして、怖さや不思議を実感してもらえばいいと考えているし、生態学などの専門的知識も特別に知る必要もないと考えている。
私も、子どもの頃、同様の豊かな自然環境の中から、自然と人間が共生していくためのさまざまな知識やルールを先輩や古老から学んだ。上流に住む人々の義務と責任として、「川にはゴミを捨ててはいけない、小便をしてはいけない、汚してはいけない」などの規範を身につけた。
また、川遊びのルールとして、「冷たいので5分以上は川の中に連続的にいてはいけない、体が熱い時に急に飛び込んではいけない、長く泳いでいてはいけない、時々道路上で体を温めてから泳がなければいけない、友達がどこにいるかを意識して遊ばなくてはいけない」などを学んだ。しかし、現実的には、川遊びに夢中になり過ぎで、このルールを忘れ、結果的には、小学校時代に、3人の友達を心臓麻痺や溺死で失った。
川遊びを通して、自然の怖さや社会のルールの大切さ、目上の助言の重要性を理解した。世の中は、一人では生きていくこはできず、社会のルールや世の中の規範を守らないと死んでしまう恐ろしさを学んだ。
まさに、豊かな自然環境の中で、子ともたちが遊び、触れ合うことは、道徳心の育成や社会教育、道徳教育、環境教育などを、「現場体験」を通して、肌と感性で学ぶことになり、教室での専門的な知識の習得を超えた、「実践教育」といえる。三島の源兵衛川には、その生きた、楽しい、質の高い「教育素材・教材」が多様に存在している。
水辺の体験を通して、子ともたち、自らが、自発的、主体的に、自然と共生していく方法を学んでいくことを期待している。今後、彼らは、当然、自然や人間を大切にする、心豊かな、優しい、大人に成長していくだろうし、ゴミを拾う人になっていくと思う。また、ふるさとの自然環境が傷つけば、その保護・保全に、勇気を持って立ち上がり、諸般の抵抗勢力と戦っていく、市民活動家に成長してくれると思う。
教育にとって重要なことは、理論や専門的な知識の習得だけではなく、特に、社会学的な学問にとっては、いかに、社会の現実や実態を学ぶことができる、生きた現場・フィールドを確保・連携しているかにあると思う。
私も、現在、都留文科大学において、社会学科に属しているが、自分が関わっているグラウンドワーク三島の多様な活動現場に、年間、100人近くの学生を呼び込み、インターンシップや卒論作成などを含めて、社会学的な意味あいの「実践学・現場学」を教えている。
現在と過去の源兵衛川の水辺環境の比較対象は、まさに、市民力と地域力を結集させた、NPOやボランティアの潜在的な力や能力を研究するための絶好の調査地区だと思う。人々の心を変え、環境改善の具体的な行動に誘導した、先進的なまちづくりの手法とノウハウを、素晴らしい水辺環境の中で、学べる地区は全国的にも、少ないのではないかと思う。
現在までの約20年間にわたり、源兵衛川の水辺再生の戦いに、執念深く、懲りずに、関わってきた、私としては、今のとんでもない源兵衛川の美しさに自己陶酔している。現在、大きな仕事を抱え、多種多様な問題が重層的に襲いかかってきているが、疲れたら、私の市民活動の原点でもある、源兵衛川に行き、足を濡らしながら、元気とやる気を取り戻している。
今後、松毛川の河畔林の再生活動などを通して、「第2、第3の源兵衛川」を創造していくことによって、「生きた社会学」の学習の場や子どもたちへの「生きた遊び場」の提供を進めていきたいと意欲を燃やしている。