身一つで生きる

上田城


昨日、友人である今村さんとお会いしました。
今村さんは、熊本県の東京事務所に勤められていた方なのですが、パートナー産業が新製品「城ラマ」を出したときに、ブースに寄って頂きファンになっていただいた方です。
その後、今村さんの計らいで、熊本県菊池市山鹿市の市長様に会わせて頂き、城ラマをどのような想いで作ったかということをお話させていただく機会を頂いたり、麹智城のシンポジウムにもお誘い頂いたりと、色々お世話になった方でした。



その今村さん、なんと退職されたとの話だったので、今後どのようにするのかを聞いてみたところ、今のところノープラン!ということでした。
ただし、やりたいことは沢山あって、これもやりたい、あれも興味があるということで、とてもエネルギッシュでした。



いままでは、熊本県の新しいビジネスを作り出す仕事に関わってきた方ですが、いままでの仕事関係やその延長線で物事を考えていなくて、まずは「裸」になろうと決めたそうです。



そして、自分自身が本当にやりたいことや興味のあること、つまり自分の「活力」が上がるものに打ち込むことが、自分自身のエネルギーを高め、その結果自分やその周りの人たちが、結果的には幸せになる、と。



これは、私の考え方や行動原理と同じであり、とても共感が持てました。



最近、このように、自分自身に嘘をつかない生き方を選択する人がとても多くなっていて、いままで自分を守ってきてくれた「保障」のようなものを手放し、素の自分自身になる、つまり「身一つ」になることを選択する人も非常に多く、私の周りでもその選択をした仲間が沢山います。
自分の身を守ってくれている(ように思っている)「保障」はその安心感と引き換えに、自分の一番大切なものを犠牲にしていることも多く、それに気づいた人は、まずは本当の自分を知るために「身一つ」となる選択を取るのでしょう。



そして、実は安心感とは、外側から与えられるものではなく、自分自身が自分の人生を信頼する体験を重ねることにより、内側から湧き上がってくるものなのです。
その為には、自分のすべて(由も悪しも)を認め、ありのままの自分を由とすること、つまり自由になる(自らを由とする)ことがポイントで、「身一つ」になるということは、まさに自由になることであり、ありのままの自分を認める為に必要なのかもしれません。



友人である今村さんの生き方、また自分自身を取り戻して勇気をもって生きている仲間を心から応援すると同時に、自分も等身大の自分が感じていることを柱に生きていきます。


今日は以上てす

統合に向けて

長篠城城ラマ


2015年旧暦元旦にあたる2/19に友人の二人、古神道家・磯正仁さんと、ディジュリデュ奏者の Knob Nakamuraさんのイベントに参加してきました。
大田区にある実相寺で、祝詞とお経とディジュリデュとネイティブフルートのライブと、これからの時代を生きる叡智を分かちあうトークライブ。
ここでのテーマは自分の中心に戻ること、そして「統合」。


分離の時代から統合の時代へと変化する過渡期にあたる今、特に自分が認めたくない部分をきちんと認めてあげることの重要性を、磯正仁さんは何度も伝えてくれていました。


自分の嫌な部分、認めたくない部分はもちろん自観してもわかるものもありますが、顕在意識でとらえられない部分は必ず目の前の事象や目の前の人からもたらされます。


もう少しわかりやすくいうと、「なんでこの人はこういうことを言うの?」とか「なぜこの人はこんなことをするのだろう?」とかいう現象です。
でも人間は嫌な感情を感じたくないので、そういう状況になったときには、善悪や正しさでその人を裁いてしまうことが多いのですが、そうするとそこにある本質が見えなくなります。


最近は国会の答弁やネット上の討論を見ていると、相手を裁きまくり。言葉じりを捕まえて、非難の応酬。
それは左翼であろうが右翼であろうが主義主張が違うだけでやっていることは本当に同じ。
相手のことを非難しているように見えるが、実際は相手がどうであるかは関係なく、ただ自分の正しさを認めさせたい(認めてもらいたい)だけ、のように見えます。そこからは疲弊だけが生まれ、創造的なことは本当に何も生まないとうのがわかります。


ではなぜ人は戦うのか。
それはその人にとって大切なものを守るために戦う
戦う選択ではなく、自分が裁いている人や現象、だめだと思っている部分を許し統合していきたいと思った時に必要なのが自己信頼だとおもう。


自分が大切に思っているものに執着せずいったん手放してみる。
大切なものをいったん預け、目の前のひとや現象を「許し」「明け渡し」「受け入れる」ということだけをシンプルに行う。
手放したものでもそれが本当に本人にとって必要であれば、かならず戻ってくるから。
そしてそのいやな人やいやな現象を自分の人生の共同創造者として迎えてあげる。
同じ目的のために沢山の異なる存在が集まっていることを理解する。
それが「統合」なのだと思う。


2/19のトーク&ライブでは、最後に祝詞とお経、そしてディジュリデュとネイティブフルートが同じ空間で響きあい、「違うもの」が同じ目的のために響きあい、統合の一つの形を見せてくれました。
その響きあう空間の中で感じたことは、統合は自分ひとりでやるのではなく、分かちあい、仲間の助けや目の前の事象を受け取ることによって進み、目の前の人を自己の一部として受け入れていくこと。それが、今の自分にとって必要なことだと思いました。

トークの中でも、これから春分までによりシンプルに自分の中心に向かうことが大切だという話がありました。
よし、そういう生き方をしよう。


以上です。

今を生きる

今を生きる


ずいぶん昔の映画で「今を生きる」というロビンウイリアムズの主演の映画がありました。
いまから25年も前の映画で、当時学生であった私はその題名はよく聞いていたのだが、映画は結局見なかったし、今日に至るまでDVD等でも見ていない。
ただ、「今を生きるという言葉だけが気になっていたのです。


最近になって、この「今を生きる」というのが、自分の中でかなり具体的なエネルギーとしてつかむことができるようになってきた。もちろん言葉で理解するレベルではなく、かなり腑に落ちて自分の人生の一部として、感覚的に使えるようになってきた。
本当に、「今」しかなく、「今」の中にすべてがある。
未来のことだって周りの状況なんかは最終的には関係なく、自分の「今」のエネルギーがすべて。
そういう生き方をしていたら自分のなかの時間軸の感覚がかなり変わってしまった。[→]ではなく[◎]こんな感じ(笑)


年始の会社のスローガンがちょうど私の番だったので、この「今を生きる」ということをスローガンにしようと思いました。
しかし、ただ「今を生きる」だけだと人にはそれぞれ観念があり、それぞれの受け取り方になってしまう(まぁ、最終的にはそれでオッケーなんですが)ので、よりわたくしの感覚を伝えたいと思い、いろいろ考えたのですが、どうもすっきりした言葉にならなくて、いったん手放し別のスローガンにしました。


ちょうどその別のスローガンを印刷し終わったところで、近所の神社に年始のお祓いをしにいく時間になったので、そのまま神社に行きました。
お祓いを終え会社に帰る車中、隣で妹が自分が引いた大吉のおみくじを読み始めたのですが、そのおみくじの言葉が、なんとその「今を生きる」ことの教え、わたくしがスローガンにしたいと思ったその言葉だったのです。なんというシンクロ!
「おおっ、それ、さっき1月のスローガンにしようと思っていたことそのままじゃん、1月のスローガン、それにしよう!」という流れになりました。


<過ぎたくり言 とり越し苦労 神の授けの 身をやぶる>
とり返しのつかない過去のことを 繰り返して思い悩んだり、どうにもならない将来のことを案じ煩うのは 唯心を痛め身を害うだけでなんの役にも立たぬ愚かなことである。
今日は唯、今日のことを面白く楽しく神様を念じつつ 正しい心でやっていく。
禍も転じて幸となる。


ということで、1月のスローガンはこれ!


ちなみに私がひいたおみくじも大吉〜!


さあ、今年も元気に「今を熱く」生きましょう!


*余談ですが、神社で宮司さんに祝詞を奏上していただいているときに、ちょうど団体で参拝されている方々が次々にお賽銭を入れていたので、私たちの後ろでずーーーっと、お金の音がチャリンチャリンなっていましたww。今年は行けそうな予感!(笑)







奇跡の存在

二宮神社


一年ぶりの更新になりました。
私の師であり友人であった四ノ宮園実が他界して一年。
その間本当にいろいろなことがありました。


ここ最近感じていたことは、生きている間、「自分の死」というものを切り離して、あたかも無いかのようにして生きている、ということでした。
簡単にいうと、「死」という良くないと思っているものは感じたくない、といった感じでしょうか。
でも、世の中には生も死もあり、光も闇も、男も女もニューハーフも、天使も悪魔もみんな在り、そのすべてが自分の中にも何かしらの状態で存在している。
そして在るものは在ると認めることから「今」、そして「等身大の自分」が現れるのだと。そしてその等身大の自分からしか、リアルな未来は作れない。
つまり自分の実態と感覚が一致していないと、リアルにならないのです。
リアルとは、単に物質があるということではなく、そこに実態と感覚の一致があるということなのだと思います。
このブログで、目に見えない存在についてもたくさん扱ってきて、特に自分の感覚(これも目には見えませんよね)を本当に信頼することがとても大事だということを伝えてきましたが、これからもっともっと大事になっていくと思います。


先日私の会社の事業、「城ラマ」の第三弾の候補を選定する目的で、天空の城として有名な(最近はいろいろなところが天空の城名乗ってますが・・)但馬竹田城に行ってきました。
竹田城のレポートはお城ジオラマ復元堂のブログで紹介するのですが、今日は朝来市にある二宮神社での出来事を紹介します。


通りすがりに自分の名前と同じ名前の神社を見つけ、「おっ!いいね」と自分が感じたただそれだけの理由で立ち寄った神社でしたが、おそらくもともと川だったであろう今は用水路となっている場所を超えるとすでに何か違う。
一つ目の鳥居をくぐると、予感が確信に変わる。そして、二つ目の鳥居を超えたときに、その場所が神聖で素晴らしい場所だということキャッチして、ものすごく心が喜んでいるのを感じていました。

朝来市にある二宮神社


その場所にある、知覚できるすべての存在とつながって手を天に伸ばしたとき、「風」、ではなく、空気の塊?いや「目に見えないが何かの存在」が上から垂直に降りてきて、近くの屋根の上に積もっていた落ち葉のほぼすべてを同心円上に動かしました。その落ち葉の円はあたかも水面に落とした水滴の波紋が広がるように、またそれが何かの意思をもっているかのように私のほうにやってきて体を駆け抜けていったのです。
自分で書いていて、いっちゃってるな・・・と思うのですが、(笑)それは自分の感覚が「何か」と共振した瞬間でした。


私たちはすべて波だといわれています。その波が人や物と共振した時にシンクロが起きて、奇跡が起きる。私たちはもちろん固有の波はもっていますが、その波は自分の状態で変わる、いや変えられる。合わせることができるのです。
自分以外のものに合わせることのできるというのは、私たち日本人が世界の中で最も特徴的にもっている能力だともいえます。



これだけだと、ただの偶然と思われるかもしれませんが、実は少し前にも似たような体験をしました。
それは群馬県のとある小さな神社に自分の感覚に導かれるまま行ったときですが、そこも、古代のにおいがプンプンして心が躍り、その空間に繋がって手を四つ叩いたところ、一筋の風が「びゅーっ」と吹きました。

群馬県みなかみの大穴琴平神社


すると、その神社の御神木と思われる木の15メートルほどの高さから、葉っぱの塊(小枝とでもいいましょうか)が一塊だけ、「ポン!」と押し出されてきて、くるくると回転しながら私の目の前に落ちてきました。
なんとその葉っぱ、地面に立ったのです!もちろん、その地面がその葉っぱが立つような奇跡的な形になっていたからなのですが、そうであるにしろ、15メートルもの高さから落ちてきた葉っぱ、普通は立ちません。本当にびっくりしました。

(写真ではわかりづらいかもしれないですが、緑色の葉っぱが地面の地形や下の枯葉がうまくベースを作って斜めに立っています)


このブログでも、私たちが奇跡の存在だということをたびたびメッセージとして発信していきました。
時代はものすごいスピードで変化しており、このような体験をしている方も一年前に比べたら多くなっていることと思います。
私たちが自分たちが奇跡の存在であるということを本当に受け取って、自らが愛の状態になった時に、本当に目の前に奇跡が起きるのかもしれません。
亡くなった四ノ宮園実も私たちは奇跡の存在であるということを何度も私たちに伝えてくれました。
その意味が最近よりリアルに体験として理解できるようになりました。


何事にも誰にも自分のパワーを明け渡すことなく、自分の感覚、愛を貫いていく。そして、自分と違う他人の多様性も認め、そこにある本質に価値を見出してつながっていく。するとその先には、私たちが想像もしなかったような素晴らしい幸せがあるかもしれません。私たちの考えも及ばないということは、当然不安や恐れが襲ってくる。でも、住み慣れた世界に戻るのではなく、その恐れや不安の枠を超えたときに見える世界に行ってみよう。
そう思っています。


久々に書いたら長くなってしまいました。

今日はこの辺で。

夢の実現(大切な友人に捧ぐ)

夢の実現


11月17日に大切な友人であり師でもある女性が亡くなりました。
私が城郭復元プロジェクト「城ラマ」をいくつもの困難を乗り越えて製品化、そして発売することができたのも、その人のおかげだといってもよいでしょう。



彼女は私に、自分の人生というのは自分自身が責任をもって進むこと、たとえ何が起きても他人や周りの状況のせいではないということや、そのために大きな要因となる自分の感情を自分のものとして所有することの大切さ、そしてヴィジョンは必ず叶うものだということを教えてもらいました。
今書いたことは、おそらくこの文章を読んだ人のうちのほとんどは、「当たり前だ」と思うことでしょう。
でも、そのことを知識や思考としてではなく、本当にそれをベースに人生を生き切っている人、知行合一の状態の人はほとんどいないと思います。
彼女はそれを本気で生きていました



彼女は生前、「遊び」について語っていました。特に大人は本気で遊ぶことを忘れていると。「遊び」の中から創造性が生まれるということを繰り返し伝えてくれました。
「遊び」というと、「ちゃらんぽらん」とか「いいかげん」なイメージもありますが、そうではなく真剣に生きる中でいかに遊べるかということが、人生において大事だということを伝えてくれました。



そこで誕生したのが「城ラマ」です。
開発に二年以上かかりましたが、その開発途中で彼女が病に侵されました。
途中幾度も挫折しそうになりましたが、彼女から教えていただいた「自分の愛を貫くこと」ということをただ実践し続けました。
彼女は病床からもずっと応援してくれていました。
そして、東京おもちゃショーでデビューした「城ラマ」は予想以上の反響で、ついにはあのタモリ倶楽部でも取り上げられましたが、なにを隠そうタモリ倶楽部」に城ラマが取り上げられるというのは私の一つのヴィジョンだったのです。



タモリ倶楽部放送の翌日。私は発売間もない「城ラマ」第一弾三河長篠城をもって3か月ぶりにお見舞いに行きました。彼女から学んだことがやっと形になった!そのうれしさと感謝を伝えるつもりでしたが、彼女は意識はかろうじてあるものの、もう喋れなくなっていました。でも手を握ると精一杯喜びを伝えてくれようとしていることが伝わってきました。
私はほんとうに感謝していることと自分自身にもっと素直になって生きることを伝え帰りましたが、彼女はその12時間後息を引き取りました。



彼女は常に全てを受け取りつづけ、与え続けました。そして、常に自由でありチャレンジし続けました。
その崇高な生き方は本当にヴィジョンでした。
彼女は亡くなりましたが、その精神や教えは私の心の中にも生き続けており、「城ラマ」の中にも生き続けています。
「城ラマ」で伝えたかったことの一つに、「大人よ!遊べ!」ということがあります。大人が心底遊べなければ、子供は絶対に心から遊ぶことができない、という彼女からの教えに共感したからです。地形込のお城のジオラマは私の子供のころの「わくわく」でした。そのわくわくを大人がヴィジョンをもって真剣に形にするというところに「城ラマ」のエネルギーがあるのです



城ラマの開発を通して私は人生が画期的に変わりました。いや、人生が変わったから城ラマを開発したのかもしれません。「人生とは奇跡の連続であり歓びである」というのが私の座右の銘ですが、人生の歓びとは何かということを教えてくれた彼女に心から感謝を伝えたいとおもう。



本当にありがとう。
そして、こらからも真剣に遊んで、次々とヴィジョンを現実にしていくぞ!

以上です。


タイのTAPACOで働く仲間、募集しております。

ヴィジョンを現実にして、人生を真剣に遊ぶぞ!という方、お待ちしております。

ご興味のある方は「パートナー産業のホームページ→お問い合わせ」お問い合わせ」よりご連絡ください。

半分の叡智

鳥居と太陽


城郭復元プロジェクト「城ラマ」三河長篠城、先行予約分がついに来週初出荷となります。

いやー、非常に長い道のりでしたが、ようやく新しい一歩を踏み出すことができます。
これからも応援よろしくお願いします。



さてさて、巷では伊勢神宮式年遷宮の話題が盛り上がっておりましたが、我がパートナー産業でも式年遷宮バリの大移動が行われました。
新プロジェクト「城ラマ」を取り進めるに当たり、事務所の整理ってやつをやったのです。
今まで弊社は比較的小さな部品を扱っていましたが、城ラマは結構スペースをとるので、今までのままでは「城ラマ」関係の新しい品物のストックができないので、整理してスペースを確保したり、不要なものを破棄したりしたのです。
当たり前の話ですが、実際モノを動かそうとしても、動かす先の場所にそれと同じ分だけのスペースがないとそのものが動かせないことを実感したのです。つまり式年遷宮と一緒の話です。
つまり、半分以上は使ってはいけない、いや半分でOKという感覚です。



そういえば少し前に無農薬の自然栽培に成功している農家の方も「たとえ農作物が害虫にやられても、半分はその虫たちにあげよう。でも半分は僕たちにくださいね」言っていました。
この半分という考え方が自然との循環を生んでいるのです。
そしてその自然との循環に根差した生き方が、彼の人生をよりハッピーな状態にしているのでした。

彼の作った野菜は、各地のレストランや飲食店で大評判だという話でした。



つまり式年遷宮という日本人が受け継いできた伝統の中に、どうやったら循環を作り出すことができるか、みんなが幸せになることができるか、という叡智が隠されていたのです



この半分でOKということが感覚的に理解できたときに、私の尊敬する武田信玄公の言ったとされる言葉もさらに重みが湧いてきたのです。

戦いは五分の勝ちをもって上となし、七分を中とし、十を下とす

この言葉は勝ちすぎて慢心することの戒めを信玄が説いたとされていて、五分勝ちなんかしてるから天下を逃したんだ〜なんて思っていた時もあるのですが、いやいや、そんなものではなくて、信玄は万物の循環の法則まで見据えていたのでした。



恐るべし信玄!



さて、子供のテストも半分できれば良しとしようか・・・(笑)

それではまた次回!

*追記:なにをやっても鳥居の写真が横向いちゃうのはなんで??

循環の中で生きるということ

光明寺


皆さん御無沙汰です。
「城ラマ」プロジェクトが結構忙しくて、ブログの更新がなかなかできませんでした。
っていっても単にやる気がなかっただけなんでしょうね。
いくつか理由はあるけど、結局それは「できない理由を探している」だけ・・・最近同じ言葉を息子にも言ったなぁ



最近循環ということについて考えていました。
この世界は循環によって成り立っている、っていうのは誰でも知っている話ですよね。
食物連鎖や大気の循環など、知識としては知っています。
でも、それを人生として実践というか、一つ一つの自分の行動に意識化しながら生きているかっていうとそうでもない。
ついつい目の前の「点」に意識が行ってしまう。
たとえば、人と話したり交渉なんかしているときは循環という大きな世界というよりも、相手と自分という狭い世界の中しか頭にないことが多いってこと。
つまり、この場で得をするか損をするか、とか勝つか負けるかみたいな。
でも、このやり取りも大きな循環の流れの中にいることを意識すると、自分だけではなく相手もハッピーになることを意識していろいろな決め事をしていくと、そのハッピーが相手を経由してさらに次につながって、さらにいろいろな人を経由して、最後に全く形を変えて戻ってくる。みたいな感覚になって、面白くなってしまいました。
ただし、相手のハッピーだけで自分がいなくなってしまうと本末転倒だと思いますので、自分もハッピーとうのはものすごく大事ですね。



でも利益をこのくらい上げなきゃとか、こうするべきみたいなもので自分を縛ってしまうと、その「みんなハッピー」からは遠のいてしまう。
もっと大きな循環の中で考えていきたいと思いました。



当然、ハッピーが形をかえてやってくるので、あの時にやったことが今ここにやってきた、みたいな目に見えるわかりやすい形ではないと思いますから、なかなか証明できないですが、そういう立ち位置でこれからも商売をやっていきたいと思います。
そういう意味でこのブログでも何度も話しているように、目に見えないことをどこまで信じられるかっていうのが大事ですね。



この世の中で現れているものは「結果」であって、原因は目に見えない世界の中にあるなんてよく言われています。目に見えていないものは、当然恐れもある。
確率なんて使っちゃうと、さらに恐れが増大するから、自分の感覚をあきらめて、わかりやすい基準を使って生きようとする。
そして、何かを理由にして「しょうがない」とあきらめる。
でもそれって本当は生きていないのかもしれません。生の循環とうサイクルの中に「自分」という存在が入っていないというか、循環を止めてしまうというか。



もちろん、人それぞれの考えがあるので、どのように事象をとらえても構わないと思います。でも、どのような持論や考え方をもっていても、それを自分やみんながハッピーになる方向、循環の方向に使わなかったら意味がない。だだの言い訳になってしまう。
そしてその自分の放ったエネルギーの先のハッピーを意識して、人生を生きることがとても大事。だって、また自分のところに戻ってくるのですからね。
そういう個人個人の意識の積み重ねが少しずつ大きくなって、世界が少しずつ、そしてある日突然変わっていくのでしょうね。



今日はこの辺で!



タイのTAPACOで働く仲間、募集しております。

ハッピーの循環を生きようという方、お待ちしております。

ご興味のある方は「パートナー産業のホームページ→お問い合わせ」お問い合わせ」よりご連絡ください。