これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

E-Mailは最早信頼できる伝達手段ではない

スパムによって、E-Mailはビジネス用途に耐え得る伝達手段ではなくなりつつあるのでしょう。

あれ?その件ならOKですよ?その旨メールでも返したと思いますけども」と伝えたところ、届いてないという返事。昔先方のメールサーバが調子悪くて、メールの遅延とかロストのひどい時期があったもんだから、「またそのせーじゃないんですかー」などと言っていたら、「あ、ありました!」と。

迷惑メールフォルダの中にフィルタリングされていたらしい…。

北見さんのようなことは、おそらく多くの人が経験しているのでしょう。
機械的なフィルタリングが完璧ではないので、こういった事は起こってしまう。必要なメールを確実に拾おうと思えば、手作業でやるしかないわけですが、スパムメールの量が多すぎて半端じゃない手間がかかってしまう。
個人用途あるいは特定の人とのやりとりがメインであれば、ホワイトリストみたいなものを使って、信頼できる相手はフィルタをスルーするという手もあります。が、不特定多数からメールが送られてくるような法人の場合、この手は使えない。
何かのTV番組(WBSだったような・・・)でみた、ある企業の窓口担当者は、毎朝、手作業でスパムメールと重要なメールの仕分けをすることから業務が始まるとか。なんという勿体無いコストだろう。
とはいえ、重要なメールに対してレスポンスを返さなかったら、機会損失になったり信用を失ったりするのでしょうから、やらないわけにもいかない、と。
こういう状況を逆にビジネスチャンスにしている企業もあって、それはそれで「逞しいなぁw」と思いはしますが、なんというかE-Mailには先がないのかな〜、なんて考えたりしちゃいます。
Blogのトラックバックもそうですが、スパムというやつは徐々にコミュニケーションのインフラを腐らせていってるな〜・・・。