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旋律的 林巧公式ブログ このページをアンテナに追加

2007-10-04 “おばけのいる人生”と“おばけのいない人生”

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 台湾で実際にこんなことがあった。ある中年の女性が、身体の具合がどうも思わしくなくなって、病院にでかけた。だが、どこも悪いところはないですよ、と医者にいわれる。なら安心だ、とはじめは思ったが、やはり、体調は一向によくならない。よくならないどころか、全身の倦怠感、疲労感は増すばかり。そこで、彼女は“これはひょっとして悪い鬼(グイ)に憑かれたのではあるまいか”と疑いはじめた。

 中国文化圏のひとたちは、ほぼ例外なく、ひとが死ねば鬼になる、と信じている。目にはみえない死後の世界を、鬼というものを、ひとつの単位として説き明かしてゆく中国文化のやり方は、鬼の存在を受け容れさえすれば、とても合理的である。日本の幽霊譚が曖昧で、よくいえば詩的なのに対して、鬼をあの世の原子(アトム)とする、中国の冥界譚は、理論物理学のごとく鮮やかな趣きすらある。この鬼がうまい具合に生まれかわりの連鎖の席へと運ばれればいい。だが、なかなかそうはいかず、寂しい思いをしたり、また死に方そのものが悪かったりしたとき、鬼はこの世に生きるひとに対して、悪い働きかけを為し得る、とされている。そんな“常識”から、その中年女性は、この体調不良は鬼の仕業ではなかろうか、と疑ったわけである。

 そこで彼女は知り合いに紹介された、台北の道士を訪ね、身体の具合について相談した。道士は鬼祓(ばら)いの専門知識によって、いろいろなことを試みた。しかし、女性の体調は、よくはならない。それどころか、道士のもとへ通うようになってからというもの、具合は悪くなるばかりとなった。

 道士にみせて悪化したのだから、彼女はますます強い確信をもって“鬼のせいに違いない”と思うようになった。そうだと決まれば、ぼやぼやしてはいられない。道士や祈祷師と鬼との対決は、たとえばキリスト教世界の映画「エクソシスト」がそうであったように、基本的にはパワーゲームだと中国文化圏でもとらえられている。必ずしも正義が勝つわけではない。よりパワーのある方が勝利する。だから、自分の体内に宿った鬼を追い出すことができず、体調がよくならないのは、その道士の力が足りないからだ、と彼女は解した。

 そこで彼女は、さらに名の知られた、“力がある”と噂される道士を、次から次へと訪ね歩くことになる。しかし、具合は好転せず、逆にますます症状は悪化するばかり。“自分のものであったはずの身体が、鬼によって蝕(むしば)まれている”という“現実”は、彼女を追い詰めた。そして“自分の人生はどうなってしまうのだろうか”と彼女は悩んだ。

 そんなとき、ある知り合いが“そんなに具合が悪いのだったら、マレーシアで診てもらってくれば……”とアドバイスした。これもまた台湾の鬼世界での、ひとつの“常識”である。いわゆる妖魔奇怪に属する出来事で、台湾でどうしても解決できないとき、彼らはマレー半島や、ボルネオにいる、中国呪術師の力に頼ろうとする。マレー半島やボルネオには、台湾よりも力の強い、恐ろしい鬼や、妖怪がいると考えられていて、そうした妖魔と日常的に相対している呪術師は、台湾の同業者よりも遥かに強いパワーを持っていると信じられているのだ。

 彼女は助言に従い、単身、マレーシアに渡った。そして、人づてに紹介された、何人かの高名な呪術師に診てもらった。しかし、やはりダメだった。どんな処方を施してもらっても、どんな術を身に受けても、鬼を追い出すことはできなかった。そうしているうちにも、体調は悪化するばかりとなった。呪術師のひとりは遂に、彼女にこう宣言した。

「あなたに憑いている鬼は、恐らく誰にも祓うことができないでしょう」

 彼女は絶望とともに訊きかえした。

「それじゃ、私はこれからどうすればいいのです?」

「ふたつの道しかありません」

 彼女は最後の助けを求めるように耳を傾けた。

「あなたが死んでしまえば、鬼にとっては、憑いている意味がなくなります。どうしても鬼とともに暮らせないのなら、みずから死ぬしかありません。……そうでなければ、鬼が憑いていることを受け容れて、暮らしてゆくのです。あなたが鬼を追い出そうとすればするほど、あなたの健康は悪くなるでしょう」

 自殺か、鬼との共存か、……残された道はふたつにひとつ、と宣告され、彼女は目の前が真っ暗になるばかりだった。

 彼女はすごすごと台湾へ帰ってきた。そして、三日三晩考え抜いた。自殺はやはりできない、鬼とともに暮らそう、と遂に決めた。

 そう決めると、彼女は自分の身体のうちにいる鬼に、少しづつ語りかけるようにして暮らしはじめた。そうすると、鬼を憎むばかりではなく、利かん気な赤ん坊をあやすように、鬼を慰めてやろうという気になることすらあった。目にはみえないものの、孤独な存在として、鬼をいとおしむ気持ちになることすらあった。

 すると、不思議なことに、体調はさっぱりと良くなって、もともと横たわっていた大きな問題はきれいに解決された。

 彼女は体調の好転を、今も、憑いていた鬼が出ていったからだ、とは考えていない。そうではなく、自分が鬼を追い出そうとする試みを止めたからだ、と解している。だから、彼女は、鬼に憑かれたままの危ういバランスで、なんとか平穏な日々を暮らしていると信じている。……奇妙なことに、それが思ったよりも、悪い暮らしではないという気持ちにすらなっている。


 この実話を台湾の友人からはじめて聞かされたとき、ぼくはとても面白く、示唆的な話だと感じた。台湾のひとたちは、そんな人生もあるんだ、と、ある種の感慨をもって、この話を受けとめている。日本人ならばどうだろうか。ひとにもよるが、迷信に振り回された馬鹿な女性の話、というみかたになるかもしれない。

 この女性の体調悪化の原因が、ほんとうは何であったのか、ということを追究することに、ぼくは興味がない。それは、きっといろいろな説明の仕方ができるものだと思う。近代的な大病院への通院が、彼女の体調を必ずや好転させ得た、とも思わない。彼女は自分が属する民族文化の“常識”に従って、その原因を鬼に求めた。鬼がでてくるところで、すでに日本人にとっては“おばけのいる人生”だが、中国文化圏のひとたちにとっては、さほどのことではない。ところが、鬼が身体から出ていかないことによって、この女性はまったく文字どおり、目にはみえない鬼とひとつの身体を共有するという、本格的な“おばけのいる人生”を生きはじめた。そのことが、体調を好転させたのである。逆に彼女がもし最後まで“おばけのいない人生”を選ぶつもりなら、残された道は、自殺しかなかったのだ。

 おばけを、なんらかの病気といいかえてもよい。あるいは達成できない人生の目的とか、不幸なアクシデントといいかえてもよい。このようなことは、実のところ、ニューヨークであれ、ロンドンであれ、東京であれ、どれほどの近代合理主義に貫かれた大都市で暮らしていても、ひとの人生のなかでは、よく起こることだ。

 ひとは望んで鬼にとり憑かれたりはしない。わけもわからず、気がつけば憑いているから、鬼なのである。そのことについてひとは合理的に納得しうる理由を手にしているわけではなく、この点について近代合理主義は、まったく力のない道士とおなじである。そこにつけられる名前が鬼ではなく、ひとつの病名や、あるいは不幸の名であったとしても、まったく何の救いにもならないことが、いくらでもある。そんなところで人生のわかれ道がくっきりとみえてくる。


 おばけをどう扱うかということは、それぞれの文化や社会のなかで“常識”に属することだ。そして、いうまでもなく、“常識”は世界にひとつではない。

 人類史的なタイム・スケールで考えてみれば、われわれが、今、それこそが唯一絶対のものだと信じている、近代合理主義の“常識”こそが、まだ生まれたばかりの“新奇”で“あやふや”なものだという気もする。“おばけがいる人生”は、そこそこ、恐ろしい人生である。だが、“おばけのいない人生”を歩みつづけることも、おなじくらい――あるいはもっと、恐ろしい人生ではなかろうか、とぼくは感じている。


……「別冊宝島415 現代怪奇解体新書」(1998年11月)より