「・・・・・どうしたんだよ」
最初は冗談なのだと思った。
しかし、話しかけてもハピマテはぴくともしない。
「お、おい・・・・・」
ハピマテの顔に手を触れて、俺の額から一筋の汗が流れた。
「す、凄い熱だ・・・・・」
俺はどうしていいかも分からなかったが、とりあえず床で倒れているハピマテをベッドの上に寝かせて、様子を見る。
「う、うぅん・・・・・」
気を失っていたハピマテが目を覚ました。
「だ、大丈夫?」
俺は焦ってハピマテに尋ねると、ハピマテは目をこすって、辛そうに言った。
「うん、大丈夫。・・・・・っていうか前から分かってたんだ」
そう言った後に、ハピマテはせきをする。
俺は薬を飲むかと尋ねたが、ハピマテは首を横に振った。
そして、
「私のこと、もっと詳しく教えてあげるね」
と言って、話し始めた。
「私は、前からいってたように音楽なんだよ。人間じゃなくて――」


「この世界には、2つ世界があるの。1つは今あなたがいる人間の世界。そして、もう一つは『物』が存在している世界。」
ハピマテは辛そうな顔をしながらも、俺の方を向く。
「人間の世界でもよく言われているように物には気持ちがあるの。どんな物にも。だから物は大切にっていうのは正しいの。それで、基本はその二つの世界の間を行き来することは出来ないの」
でも、とハピマテは言う。
「特例があって、本当に望むものだけ『物』の世界から『人間』の世界に行くことができる。目的と、期限付きで。そして、私は自分自身を1位にするっていう目的でこっちの世界に来た。そして期限は――」



「今日の午後8時30分まで」



「私は結局自分を1位にすることはできなかった。だから、期限通り、あと一時間くらいでこの世界を去ることになるの。つまり、こっちの世界で言えば死ぬって、ことなのかも」
――期限?
俺はハピマテの顔をみて、考える。
そして、気づく。あと一時間半ほどでハピマテとお別れしなくてはいけない、と。
「私がこっちの世界に来たのは、みんなにお礼をしたかったからだよ。みんな、私を好きになってくれていた。みんな、私自信を、本当に好きになってくれてるって分かったから」
例えば、とハピマテは続ける。
「今のJpopは、歌手の名前で売れていることが多いでしょ?有名な歌手だからって売れていたり」
俺は黙って頷く。
「それは、その曲自体が好きになっているわけじゃないでしょ。うん、世間に合わせてるってことになるの」
確かにその通りなのかもしれない。
俺はそれだから今までJpopを好きになれなかったのかもしれない。
「でも、私のことを好きになってくれている人は、私自身が良いと思ってくれてた。それが素直に嬉しかった。だから、こっちの世界に来て、私が先導してハッピー☆マテリアルが1位になれば、私のことを好いていてくれた人達も喜ぶと思って――」
そこで、せき込んでから、ハピマテは熱で真っ赤になった顔に笑顔を作って言った。
「それが、私からのお礼、かな?」
俺は黙って話を聞いていた。
黙っていることしかできなかった。
「でも、結局駄目だったなぁ・・・・・」
悲しそうな顔をするハピマテに、俺は言った。
「そんなことない。」
と。
ハピマテを1位にする企画で、ハピマテのことを知ってくれた人は大勢いるだろうし、ハピマテを知っていた人も、もっともっと好きになってくれたと思う。だから――」
俺はそこで言葉を切ってから言った。
ハピマテがこっちに来てやったことは、十分お礼になってたと思うよ」
その言葉にハピマテは嬉しそうに笑った。
そして
「ありがと」
と言った。
会話をしている内にタイムリミットが迫ってきた。
7時30になった。あと、ちょうど1時間。
そんな時、ハピマテが俺に話しかけてくる。
「あの、ね」
「うん?」
俺はできるだけ優しい表情をして相づちを打つ。
「なんで私がこっちの世界に来たとき、あなたの所に来たか分かる?」
俺は少し考えてから、首を横に振った。
「あのね、私、あの時、あなたが昼の放送で初めてハピマテを聴いた時もあなたのことを見てた」
ハピマテの赤かった顔がますます赤くなる。これは熱のせいじゃない。
「そして、その時、私はあなたに一目惚れしてた」
――え?
俺は自分の耳を疑った。
まさか、そんなことって・・・・・
「それにあなたはあの時、私のことを気に入ってくれた。だから、その時決めたの。1位にするのなら、この人と一緒にやりたいって」
目を閉じるハピマテ
「私、1位になってあなたと一緒に喜びたかった。驚きたかった。笑いたかった」
その目から涙がこぼれる。
「でも、それもできなかったね」
俺も、泣きたいのを必死で堪えていた。
何をすればいいかわからなかったが、泣くことだけはしたくなかった。
「そして、あなたと一緒に生活するうちに分かった。私はやっぱりあなたのことが――」



「好きなんだって」



「・・・・・」
俺はただ黙っていた。
ハピマテは続ける。
「だから、私、この前の告白に、こう返事をします」
そして、今まで見たなかで一番良い、可愛い笑顔。
「私もあなたのことが大好き」
俺はなんと言っていいかわからなかったが、笑顔を作って言った。
「ありがとう」
と。
時間はもう残り少なくなっていた。
あと30分しかない。
「私、さっき死ぬって言ったけど、それはやっぱり違うよ。私はこっちの世界からいなくなるだけ。向こうの世界では死なない。向こうに戻るだけだから」
「それなら――」
「でも」
ハピマテは俺の言葉を途中で遮って、続けた。
「こっちの世界の人間の誰もが、私のことを忘れてしまったら、それは向こうの世界の、私にとっての『死』になっちゃうんだよ」
「・・・・・」
俺は何も言えない。
たしかに、それが死なのかもしれない。それでもう、ハピマテは終わりなのかもしれない。
「音楽はほとんどのものが最盛期をすぎると『死』んじゃうの。本当に生き残るのは、一握りだけ。」
生き残るというものは、昔から伝えられる伝説の名曲なんて呼ばれるものなのだろうか。
「だから、私もいずれは死んじゃうんだよね」
今まで涙を抑えていた俺も、限界になってきた。
必死で堪える。泣いてたまるか。ここで、泣いてたまるか
そして、沈黙。
この沈黙が、悲しい。切ない。
そんな沈黙でも、時間だけは過ぎ去っていく。
イムリミットが迫ってきた。あと10分もない。
ベッドの横に座っていた俺の手をハピマテがぎゅっと握った。
そして、涙を流しながら、俺の方を向いて笑顔をつくる。
「わ、忘れないで、私のこと・・・・・。お願い・・・・・」
ハピマテの願い。最後の、願い。
俺はそれを聞き、ハピマテにも負けない出来る限り最高の笑顔を作って答えた。
「忘れるわけないよ。だって、お前は俺にとって、最高の――」



「幸せの材料、なんだから」



その答えにハピマテ
「ありがとう」
と言った。
時間がない。3分もないだろう。
泣きはらしたハピマテを抱きかかえ、抱きしめる。
そして、その顔を自分の顔の近くに持ってくる。
ハピマテは目を閉じる。
俺は抱きかかえた腕を自分の方に持ってきた。
そして、キス――
今まで堪えていた涙があふれてくる。
どうしても、堪えられなかった。
そして、8時30分。
抱きしめていたハピマテの体から力が一気に抜けた。
俺は顔を離してハピマテを見る。
意識がない。息を、していない。
「・・・・・ハピマテ
小さな声でハピマテを呼ぶが、ハピマテは動かない。
ハピマテをベッドに寝かせ、俺は一言だけささやくように、言った。
「ありがとう。ハピマテ





次の日、目を覚ますとベッドにハピマテの姿はなかった。
俺が寝ているうちに、どこかに行ってしまったのだろうか。
そんなことは、いい。
ハピマテは生きているんだ。俺の知らない世界でずっと。
そして、俺はずっと、ずっと忘れない。
生き続けてほしい。俺が死んだ後も。
ハピマテのことを知っている人たちにも忘れないでいて欲しい。
一生、死ぬまで、記憶の中にハピマテという存在を残して置いて欲しいと思っている。
そして、ただ一つ、胸を張って言えることがある。
一緒に活動をしたクラスメイト、ネット上の仲間は、俺の幸せの材料だということ。
そして、それは俺にとって誇れる宝物だということ――




Fin



       (第百話掲載)