2010-01-01 謹賀新年 
あけましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。今年もよろしくお願い致します。
2010年、と言うか2010年代の極私的テーマは「破」です。破壊の破、かも知れません。序破急の破、かも知れません。破れかぶれの破、かも知れません。しかし兎に角、「破」なのです。
車での銃撃戦だけは間違いない(あの火花!)。しかし、今時これだけひどいっていうのはちょっとすごい。画面的にも説話的にもなかなかできないレベルの失敗をマイケル・マンはやってのけていると思うのだが(ジョニー・デップなのに…)、もしもマイケル・マンの今後に期待できるとすれば、まさにその失敗故だろう。しかし、「顔を撮れない」というのはアメリカ映画作家としてやはり致命的なのだとは思う。
『風の中の牝鶏』(小津安二郎)
何度見ても驚く。『夜の女たち』ほどではないが、やはりネオレアリズモに似た印象に(当然かもしれないが)驚く。そして、それをある異様な物語として編成してしまう「スタジオ」というものの力にまた深く驚かずにはいられない。小津作品における主人公の変転ぶりはもっと指摘されていいことなのではないか。
『女は女である』(ジャン=リュック・ゴダール)
案外フィルムで見たのは初めてかも。ゴダール映画における人の顔の向きは、多くの場合正面か横顔である。そして映画における横顔とは、何がしかサスペンスを含んだものではないだろうか。


