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●日記の内容をくれぐれも本気にしないでください。ほぼ何にも調べずに書いています。
●何を言っているのかよくわからない場合はとりあえず用語集を参照してください。
●時々同じ事を何度も書いています。心配するだけ無駄だと思うけど。
●敬称略。
●おしゃべりがどうしても治りません。
●日記を書いていないときは何も考えていません。
●リンクは御自由に(リンクを外すのも含め連絡不要です)。
●ここに書かれていることや文章の形式などはごっそりパクっても構いません。
●万一ここに書いてあることが何かの間違いでありがたく見えてしまうときは【あるわけなかろうおれカネゴン】、あなたの精神力が弱っていますので視聴を控えてください。危険です。
●もしここからリンクされると格が下がる/貫目が落ちるとお嘆きの場合はご連絡いただければ外します。
●日記インポート時のエラーがそこここに残っていたり恥ずかしくていたたまれない箇所があったりするので、折に触れて過去の日記も書き直しています。
●こんな日記を読むより、最上の日々や最尤日記や研修用資料やactive galacticや科学と技術の諸相やwrong, rogue and logの方をお勧めします。
●twitter: orekanegon
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数日気が遠くなってました。
アイドルも“証券化”、写真集売り上げなどで配当。そのうちすべての子供たちも証券化され乱高下すると予想【まずは貴様をおれカネゴン】。そうやって奨学金を集めたりして。次の経済恐慌は子供から。
otsuneさんの「ツライ性格」。すべてではないにしても、この大半の要素がカネゴン自身に該当する。学校の生徒としても不適格だったような。文字通りカネゴンは物つくりの現場にいてはならない人間なので【人間なのかおれカネゴン】、今は一切物を生産しない仕事に従事しています。今後また錯覚しないように気をつけねば。
knoppix をいじっているとき、ふと w3m を使ってこのページを開くと rxvt (Xターミナル) に画像が表示されてかなり驚く。どうやったらそんなことができるのか。
コンピュータ科学者がめったに語らないこと【節約せねばおれカネゴン】。
先日「蘇る金狼」をCATVで見る。よい子は真似をしてはいけない映画。まったく似ていないはずなのに、岸田森の殺し屋のいでたちがどことなくネオを連想させた【眼鏡を拭けいおれカネゴン】。会社乗っ取りは当時はロマンチックな妄想であったことをこの映画で知る。優作の部屋にぶら下がっていたサンドバッグも70年代の劇画世代を直撃するアイテム。実際にサンドバッグをぶらさげても大丈夫な家とかマンションは日本にはほとんどなかったと推測。
「サザエさん」が十数巻ほど(初期もの:昭和2-30年代)我が家に来る。ノリスケさんのことなら何でも聞いてください【あっちで一人でおれカネゴン】。
読んでいて、どうやっても意味が取れない回がいくつもある。おそらく当時の時事ネタがわからないとだめなのだろう。なおカネゴンは漫画を見るときにはそれが2000年後にも面白いかどうかをつい考えてしまう。
昨日CATVで見た猫目小僧で不覚にも涙がこぼれる【母恋ものにおれカネゴン】。原作の猫目小僧はこんなに熱血でなく、もっとクールな振る舞いだったような。ゲキメーションについてはあちこちで語られているので省略。絵は三田紀房と諸星大二郎の中間ぐらいな感じ【うっすら無礼なおれカネゴン】。
近所でショップブランドのPCを購入してしまう【禁欲足らぬおれカネゴン】。KNOPPIX3.3は即座に起動したけれど、それをハードディスクにコピーする方法がなかなかわからず難儀。最終的に 3.3 に付属する knx-hdinstall.ja を実行して完了したのだけど、knx-hdinstall とか knx-install とか紛らわしいインストールスクリプトの情報があって混乱。接続トラブルも間欠的に発生して輪をかける。
問題は現行環境からの引越しで、特にxemacs関係はしばらく時間がかかりそうなので家での更新頻度が下がると思います【それにかまけておれカネゴン】。
「カイジ」がクライマックスに達する。
モーニングで連載しているドラゴン桜があまりに面白く、毎号目が離せなくなってしまった【節約せんかおれカネゴン】。極めつけに絵が下手なところが逆に内容をくっきりと際立たせ、いっそうたまらない。「週刊漫画」とかでずっとマイナーな野球漫画ばかり描いていた頃とは別人のような仕上がりなので、おそらく文京区の地下数千メートルにあるという地獄の漫画特訓部屋から生還したものと思われる【口からでまかせおれカネゴン】。
この漫画のいいところは、ほとんどが修行シーンで占められているところで、古くは西遊記から始まる柔道部物語や一休さんや酔拳や少林寺三十六房以来の修行物語の傑作となったとカネゴンこれから信じます。とにかく修行のシーンは省略すべからず。
その少林寺の英語表記(Shaolin Temple)は、シャーリー・テンプルとニアミスしている。
wataruさんの日記のバックナンバーでschemixのことを今頃知る。カーネルを中から喰い破って出てきそうな勢い【エイリアンとはおれカネゴン】。
IT技術者専用デスク。カネゴンが幼虫(小学生)の頃、コンピュータも何も持たないうちからこういうコックピットみたいなものの絵ばかり描いていたことを思い出す【それが遊びのおれカネゴン】。こういう装置に不可欠なのは光と効果音(何かするたびに物凄い音がする)、そして何よりも松本零士の漫画に出てくる何に使うのかわからないメーター。ブライアン・イーノあたりにサウンドデザインされたら悔しいと思いませんか【思いませんわよおれカネゴン】。
田中ニュースのイスラエルの近況は久しぶりに読み応えあり。いろんなことを考えさせられた【休むに似たりおれカネゴン】。
この終わりのない麻雀のような外交と紛争の繰り返しの中、次に何を切ったらいいのかカネゴンどころか桜井章一でも到底見当がつかないけど、最終的に自分たち(イスラエル)に身の危険が及ぶまで何としても相手のいいなりにならないというところは、出エジプト記における(イスラエルではなく)エジプト人の態度を思わせる(色川武大「私の旧約聖書」より)。モーセがいろいろ魔法を使ってエジプト全土を3日間真の闇にしたり蝗を大発生させたりするのだけど、エジプト人はその度に「エジプトを去ってもよい」と約束しながら危険が去ると何度でも約束を反故にしてしまう。人はめったに他人の言うことなど聞かないという点はどこの人でも変わらないというかお互い様であることを痛感。
ユダヤ教は16ビットのDOSのように拡張性が乏しく、リソースの奪い合いが頻々と発生するけれど、リコンパイルを行わずにこれを回避するためにはやはりDLLに焼き付けて仮想マシン化(聖地をポータブルにするとか)するしかないかもしれないという気がしてくる【攻撃目標おれカネゴン】。
その旧約聖書に「うなじの固いものどもよ」とエホバが怒るシーンがあったけど、この見慣れない表現はおそらくbe stiff-neckedの直訳で、もともと日本にないものではないかと思う。こんな調子で、明治時代以降に外から導入された日本語表現は結構あると思うのだけど(「注意を払う」とか)、そこらへんを研究している人はいないのだろうか。
また少し違うけど、水木しげるのエッセイに「すなわち空腹が遅刻を強いたのだ」というインテンショナルな無生物主語表現が突如現れる箇所があり、無生物主語はこの程度には日本語にも定着しかかっているのかもと思わせる【根拠もなしにおれカネゴン】。
wataruさんといしかわさんは、カネゴンから見ればどちらもまぎれもなくヒマラヤ山脈を形成していると思う【小さなお山のおれカネゴン】。血の出るような修行の末【修行が要るとはおれカネゴン】やっと自分の無知を認められるようになったもののそこから先に進まないカネゴンとは大違い。
許してください【お主が悪いおれカネゴン】。
昨晩のBSで、旧ワルシャワ条約機構加盟国(ハンガリーとかポーランドとか)の防衛の現状について報道していて、各国のきなみ国境の警備を減らしているとのこと。今やEUというかNATO加盟国同士が互いに攻め込むという想定はかなり現実感を失っているらしい。
いつの頃からか、戦争の舞台が経済という異なるレイヤに移ってからは(少なくとも先進国同士の)現実の戦争はデメリットのみ多くメリットがほとんど得られなくなっているということなのかもしれない。今や隣国を征服することより、それを維持することの方が遥かに頭が痛く困難なので無理もない。おそらく、昔のように敵国の住民を皆殺しにするというソリューション(これも立派なソリューション)を選択できなくなったことが一番大きいのかもしれない。というわけで、今現実に起きている戦争のほとんどは、そうした経済的なデメリットを百も承知で、それでも相手を絶滅させたいという目的が最優先されていたりするのかも【攻撃目標おれカネゴン】。
象徴(シンボル)という言葉がある。特に辞書を参照せずカネゴン定義を参照すると【はなはだ曖昧おれカネゴン】、「本当は『それそのもの』ではないにもかかわらず、まるでそれが『それが表すものそのもの』であるかのように人間社会で機能するもの」ということになる【青臭いとはおれカネゴン】。天皇は国の象徴であり、軍旗は軍のシンボルであり、鉤十字は国家社会主義ドイツ労働者党のシンボルであり、ナニは男のシンボルであり、変数名は変数のシンボルであり、ワールドトレードセンターは急遽超大国の象徴となったりする。肝心なのは、それが「それが表すものそのものではない」というところで、そこのところがカネゴンずっとわかっていなかった。
そしてシンボルはシンボルが表すものそのものではないにもかかわらず、そのシンボルに影響された人間が、後からそれを本当のことにしてしまったりするのでややこしい。そう思うと丑の刻参りも実はシンボル操作だったりする。とっくに誰かが言っていると思うけど、物事にシンボルを見いだす能力が人間と動物の境目かもしれない。動物はリアリズムにしか生きられない。ただカラスは数を数えられるらしく、光り物をコレクションしたりもするので人間に分類しておく【逆ではないかおれカネゴン】。
とにかくシンボルは世の中を単純化する最も強力な手段で、これなしには人間は言語一つ作り得ず、数一つ数えられなかっただろう。物事にシンボルを見いだすとき脳に何が起こっているのやら。強力な分重症のバグも発生しやすいことは言うまでもない【バグそのもののおれカネゴン】。人がシンボルのような抽象的なもののために死ぬことができるのもその一つだけど、戦場が現実の戦場から経済という仮想的な戦場に移動しているので、傍目には何で死んだのかよくわからなかったりする。かといってここまで味をしめてしまった以上、今更抽象化を捨ててリアリズムに生きることもできっこない。最近流行りの多様性という言葉は、シンボル操作をほどほどにしましょうということなのだろうとカネゴン勝手に思っています。
Google API の応用であるgooglism.comを今頃知る。無理もないけど今のところ2バイト文字は扱えないらしく、「おれカネゴン」で検索したときの文字の化けように参る。
取れかかった差し歯を毎食前に外し、食後に装着する日々【今日こそ歯医者におれカネゴン】。
ドラム早叩きコンテストの様子は何ともつつましい。
おなじみsvnseeds氏からはてなダイアリーで数式が使えるようになったことを教わる。きっとそのうち楽譜も書けるようになる。
そんなわけで家の近所の歯医者に行く。と、出てきた若い先生がカネゴン以上に落ち着きがなく、言動も極めて怪しく、即座に後悔【お灸を据えちゃろおれカネゴン】。最初はブラックユーモアか何かかと思ってしまったけどそうではなかったらしく、赤塚不二夫の漫画に出てきそうな、または竹中直人の熱烈なファンと思しいあまりの落ち着きのなさに先生は今にも転びそうで、差し歯の応急接着中カネゴンは心の中で志村けんのような叫び声を上げ続ける。同時にカネゴン自分の半生を振り返り一刻も早く大人にならなければと猛烈に反省【薬が効いたかおれカネゴン】。うう。
今月の日経サイエンス(2003.12)はこの上もなく刺激的で恐ろしい内容。
特集の「脳力増強」は、願望充足に突き動かされて科学者が少しずつ脳の解明と脳機能向上に迫りつつあることが示されている。「道路を拡張するとその分だけ自動車が押し寄せ、いつまでたっても渋滞が解消しない」というパラドックスがあるけれど、脳の機能もある意味似たところがあって、脳の力が倍増しても、その分ぎりぎりまで仕事をさせられることになり、いつまでたっても余裕を得られることはなかったりする【きりきり働けおれカネゴン】。最近のPCのようにげっぷが出るほどハードディスクの容量に余裕が出るようになるまで、この追求が止むことはなさそう。映画「ガタカ」の中心テーマだった遺伝子差別も轟音を立てて準備が整いつつある。最早引き返しようもない境地。瀬名秀明(小説は読んだことないです)の対談もよかった。
KNOPPIX1.3のCD-ROMが収録されているという理由だけで日経Linux12月号を購入し、現行の環境で早速CDブートして試す。確かにあっという間に起動完了し、環境設定も完備。DHCPを固定IPに切り替えるのも簡単で、何よりフォントが今までカネゴンが設定したdebian環境よりはるかにきれいで、今までの苦労は何だったのだろうと思わずにいられず。もちろん、個体発生が系統発生を繰り返すが如く、苦労が無駄になることはないのだけど【サルからヒトへおれカネゴン】。近々環境を移すかもしれない。
元に戻したところ、なぜかxemacsのSGMLパーサが発狂し、こうして日記を買いている今も狂ったように無意味なログを吐き出し続ける【何かする度おれカネゴン】。助けてママ。
原因はいたって単純で、この日記のコメントタグを閉じるのを忘れていただけだった。疑ってすみません【機械に謝るおれカネゴン】。
うんと昔の日記をおそるおそる少し読み返したら、意外に面白かった【三歩歩くとおれカネゴン】。ときどき偉そうなことを書いているのを見かけ、ぱらいそに行きたくなる。
直下型超巨大金運、日本襲来 大富豪を大量生産する。内容はともかく【貴様の仲間かおれカネゴン】、言葉のセレクションは心底凄い。後50年もすれば見えざる手だか足だかによってデオドラントされ、無事社会に還元され消費されると思われる。
これからの子供たちにコンピュータを教えるにあたり【お主はやめとけおれカネゴン】、個体発生が系統発生を繰り返すがごとく教えるとしたら大変な量になってくる。過去の知識やリソースはどこかでパッケージ化(結晶化)され、その上位のみで発展を繰り返すのが生物の常とは言え、大破滅が来たら人間がいつでも獣に戻って骨肉の争いを繰り広げられるように、コンピュータのトラブルシューティングや本格的な改造を行なうためにはいやでも下位レイヤーに携わざるを得なくなってくる。下位レイヤーが失われたり分業が進み過ぎたりすると大変動であっさりすべて失われてしまいそうな気がするけど、人類意外にしぶといのでそれはそれで何とかなったりするかもしれない【勉強せんかおれカネゴン】。
いわしの丸干しをかじっていたら「メリッ」という不吉なサウンドとともに差し歯の表面が取れる【中年男のおれカネゴン】。かなり間抜け。差し歯の台と裏側は無事だったのがまだ救いか。あわててもう一度装着すると台のイボイボが不思議にうまくはまったので取り敢えずこれでしのぐことに【きっと呑み込むおれカネゴン】。
何回電話しても話し中だったプロバイダのサポートにやっとつながる。前回連絡がついたときに向うから折り返しの電話がなかったことを伝えると一転して対応がよくなった。今度エンジニアが夜中に訪問するとのこと。今回、マンションでの加入者数と回線の太さという貴重な情報を得、単純に割算して一世帯あたり2.6MBという値を算出。これはかなり苦しい。回線が今の倍になっても5MB程度。顧客満足度が速度の対数に比例するとしたら、20MBぐらい出ないと感激してもらえないだろう。プロバイダ経営のつらさ苦しさが窺える【貴様にゃできぬおれカネゴン】。
考えが片寄らないように気をつけねば【まったくもっておれカネゴン】。うう。
職場でKNOPPIXを使っている人を見かける。その人(emacs使い)曰く、KNOPPIXはプラグアンドプレイの認識能力と自動設定が凄まじくよくできていて、ノートPCでも楽々設定できたとのこと。自分は一生これだけでいいと絶賛。カネゴンも自宅のPCを新品にするときがきたら試してみたい【いつになるかとおれカネゴン】。
バグは、ばけもの(from 圏外さん)。久しぶりにSlashdot.jpで面白かった書き込み【声を出すとはおれカネゴン】。ぎゅわんぶらあ自己中心派という漫画でやってた枕草子のパロディを少し連想。
つくづく古典はもじるために存在することを痛感。そしていくらもじられても揺るがないのが古典の条件であることも。言葉が永遠の生命を保つには常にもじられつづけなければならないことも【でかい風呂敷おれカネゴン】。図書館の奥深くしまいこまれると本は生命を失うことも。最近寝る前につい読んでしまうオークション・ハウスという抱腹絶倒の変装趣味丸出し漫画に「絵画は人に見られていないと生命を保てない」とあり、言葉も似たようなものであることも。
「もじる」というのは modify が日本で土着化した言葉だと思っていたのは違ったらしい。
1980円のロータス1-2-3大売れ。大きなものに寄り添っていたい人の心を変容させる価格水準はこの辺りにあったらしい。ソフトウェアも価格下方硬直性の病に罹っていたのかも。皆の者、フレンチホルンを吹き鳴らせい。
自宅の通信環境が日々悪化し、昨日はついにつなげず。どうもルーターの外にDHCPの嵐渦巻いている予感。
「科学コミュニケーター」養成。こんな職業があったとは。なれるものならカネゴンなってみたい【年を忘れておれカネゴン】。もうあることないことフル動員してわかりやすく解説します【引っ込んどれいおれカネゴン】。
コインサイズのガスタービン発電機(下の方)。回転速度が120万rpmにも達すると、ジャイロ効果が出てきて扱いにくくなったりしないのだろうか。それはそれで面白そうだけど。
教えて欲しい。ある物体が回転することと、その物体以外のすべての世界が回転することは明らかに等価でないと思うのだけど、この認識は間違っているだろうか。等価原理というものがあるそうで、慣性質量と重力質量は区別がつかないのだそうだけど、たぶんそれとはまったく関係ない【だったら書くなおれカネゴン】。
ソニー、松下…薄型TV巡り“仁義なき戦い”勃発。きっと誰かが地図を描く。今からプロジェクトXに備えて資料映像を蓄えておくのが吉。今日のソースの大半は自動ニュース作成でした。
頭音の検索結果にのけぞる。
性急な結論が大好きなカネゴンとしては、やはりこの辺りの問題を突き詰めるとどうしても人口問題に行き着くような気がする【人間デフレはおれカネゴン】。いけないいけないと思いつつも【いけなすぎるわおれカネゴン】、どうやったら世界の人口を穏やかに減らし、しかも人口ピラミッドを三角形にすることができるのかと毎日そればかり考えてしまう。全面戦争や強力な病原菌の撒布を行わずにこれを行うには、新しい開拓地を切り開く以外に何があるだろう。それまでに停電にならなければいいけど。十万年後のことを考えて立候補する猛者はおらぬか【おらぬおらぬぞおれカネゴン】。嗚呼じれったい。
今の頭音: 「スペース オディティ」がなぜか加山雄三の声で(key=Em?)
また日付間違えてた。
結局みんなは何が欲しいのか。
一昨日の日記をリライトしてて気付く【余計なことをおれカネゴン】。もしかすると「マトリックス・リローデッド/レボリューションズ」の最初のシナリオではザイオンの民によってネオが十字架にかけられるはずだったのが、反響を呼び過ぎることを懸念して変更を余儀なくされた結果ああなってしまったのではないだろうか。救世主伝説を展開すれば嫌でもそこに行き着かざるを得ないと思うのだけど。あちこちに散らばっていた沢庵のしっぽのようなストーリーの切れっ端はその痕跡だったりしないだろうか【決してせぬわおれカネゴン】。それを必死で誤魔化そうとしてオラクルのセリフが何とも歯切れが悪くなってしまったということにしておこう。とは言うものの映画をつまらなくしてでも守るべきものがあったりするかもしれないので深入りしないようにします【守るものなきおれカネゴン】。
半年に一度は電波ニュースでこのページを処理しては鑑賞してしまう【仕事に追われておれカネゴン】。毎回感心するのは、ボキャブラリーが半端でなく多く、しかもますます増えているらしいこと、しかもボキャブラリーの選択がこれ以上ないぐらい的確なこと。手動でメンテナンスしているのだろうか。このソースとテーブルをそのまま詩集として出版したいほどの素晴らしさで、破壊力は谷川俊太郎並と推測【センスのなさはおれカネゴン】。今回の処理結果も、まるで合間合間にカネゴンの本音を代弁してくれているかのようなスムーズなつながり。今気付いたけど、リンク先まで電波処理されています。
今まで、詩には何かネタというか仕掛けがなければならないような気がしていたのはカネゴンの悪い癖です。
先日買った「色川武大vs阿佐田哲也」に、これまでのどのエピソードよりもカネゴンが親しみを感じてしまう(または猛烈に反省してしまう)こぼれ話があった。例によって記憶だけで書いてます。
私が、師匠である藤原審爾氏の集まりに初めて出席したとき、当時の自分は文学者の前では完全に本音だけで話さないといけないような気がしていて、自分が書こうと思っていること、文学観などについて恥をかなぐり捨ててとことん話し続けた。
後年、藤原さんが当時のことを「この間の集会に何だか色の黒い薄気味悪い男が来てな、自分のことばかり延々と喋って、皆目正体がわからない。ありゃ絶対堅気じゃない。殺されるかと思ったよ」と知人に話していたとのこと。
【人の振り見ておれカネゴン】
お金をどぶに捨てたくて「マトリックス・レボリューションズ」を見に行く【許し難きはおれカネゴン】。最初のマトリックスは汗一つかかずにカンフーの技をちゃっかりダウンロードして身につけたりする映画だったような気がするのだけど、いつの間にかエイリアン2だったか3のような汗とオイルにまみれた映画になっていた。森山和道さんが指摘するとおり、ミフネキャプテンは「さらば宇宙戦艦ヤマト」の斉藤さんそのもの。カネゴンのようにおろおろする若年兵とのコンビネーションもよく、なぜ彼を主人公にしないのかと憤る【無茶を言うとはおれカネゴン】。地上にたどりついたときの光景が、今にも機械の身体をただでくれそうな雰囲気に満ち溢れていて、男の声で女王プロメシュームみたいなのが登場し、ネオと司法取引まがいのやりとりを行なう。なおカネゴンはツッコミどころというものには関心をひかれず、映画を見ながらつい全然違うことを考えてしまったりする。朝日新聞を批判するほど簡単なことは世の中にないと思う。
「さらば宇宙戦艦ヤマト」がよかったのは、負け戦を描写していたからだと勝手に信じている。ある意味平家物語からの伝統のようなそうでもないような。「さらば」の勝ち目のない戦闘シーンとザイオンの戦闘シーンは、東京大空襲で圧倒的な物量に攻めたてられた日本人の視点を共有しているという意味で似ているのかもしれない【根拠もなしにおれカネゴン】。借りものの視点とはいえ、負け戦の無念がヤマト経由でハリウッドに伝達されたのは果して一矢報いたんだかそうでないんだか【勝った負けたとおれカネゴン】。ともあれカネゴンの適当な予言は的中してしまったもののあまりうれしくないのはなぜだろう【そんな予言はおれカネゴン】。感想はそのうち。
映画のついでに文藝別冊「色川武大vs阿佐田哲也」を購入。カネゴンはもう一生小説を読む気はないので、彼の小説を読むよりもこういうのを読んでしまう【勉強せんかおれカネゴン】。
この記事の中で、M1号の知人でもあるさいふうめい氏の文章がきわめつけによかった。色川武大語録の中で彼がチェックしているポイントが何となくカネゴンととても似ていて、まあ一杯やんねえという気になってくる。一度お目にかかりたい【他力本願おれカネゴン】。後、映画秘宝の精神的支柱でもある明治大学教授の越智道雄氏の文章が掲載されていたのも意外。
カネゴンが色川武大に入れ込んでしまうのは、か弱い一個人が、他人からの借り物でない手作りの認識を用いて「普遍的なもの」に無謀にも挑戦し続けているところで、それ以外の要素は麻雀も小説も芸事も含めて単なる雑学でしかないとさえ思えてくる。
そのマトリックスの2で、ネオは自分勝手な判断で(たった一度しか扉が開かない)ソースとやらにアクセスするのをやめてザイオンよりもトリニティを選び、しかもそのことをモーフィアスに報告せずむにゃむにゃと誤魔化していた。もしそのことを言ったが最後、モーフィアスにその場でものも言わずに殴り倒され、ザイオン総出でウルトラ兄弟の如くネオを十字架にかけることはもう確定の所業【お主もかかるかおれカネゴン】。そして3では一方的にその責任を取ろうとしたのか単独でロゴス号で地上に出、しかもその理由を誰にもきちんと説明しないままだった。海賊だったらその場で絞首刑になっても仕方がないほどの軍規違反なのだけど、取り返しのつかないことをしてしまったにもかかわらずそのことを最後まで言い出せない気弱さ、自分が責任取るのだから文句はないだろうと言わんばかりの頑迷さ、自分が死ぬことより皆に糾弾されることを恐れる逆説的な小心さ【覚えがありすぎおれカネゴン】、これをもれなく描写しきればもしかすると出エジプト記に匹敵する話になったかもしれない。今なら編集で何とかなるかも。
風邪の治りが一日遅れ、呑み会に行けず【大事を取るべしおれカネゴン】。
カネゴンも楽しみに読んでいる殊能将之の主婦感覚日記に書かれていたキル・ビル関連の文章に残らず納得。小説は相変わらず読んだことないけど、小説家と思えないほど批評能力が半端でない。カネゴンはこの人の日記を面白く読むためだけに映画秘宝を買っていると言っても過言ではない【本末転倒おれカネゴン】。
そう言えばずっと以前日記でベスターについて書いたことがあったけど、それを読み返して思い至る。キル・ビルは結果的に「地上最強の男 竜」の実写版だったのかもしれないと。ストーリーがこれっぽっちも似ていなくとも、これら2作品はまったく同一(構造の破綻の仕方という意味で)であり、兄弟であるとカネゴン一人で思うことにします【日本は平和だおれカネゴン】。
ミニマルミュージックとか適当なアートを除いて、人が作るものにはたいてい構造がある。構造がないと、頭の良い一部の人々の心を不安に陥れてしまうらしい。「構造がある」ということは「メリハリがある」「要素に分解できる」「構造の理由を説明できる」「構造の作り方を学ぶことができる」というのと同じなのだけど、上記のようにときどき構造がどうやっても外から判別できない作品ができあがってしまったりすることがある【もっともらしくおれカネゴン】。そういう作品は、実は通常の構造以外のもので一貫性を保っていたりする。たとえば「義理人情」とか「義侠心」「復讐」「ルサンチマン」のようなもので一貫していて、それさえ保っていればどんなアホな要素を接着することも可能になる。問題はこの作り方を学校で教えることが不可能なことで、そのつもりで作って傑作になったものをカネゴン今のところ知らない。デザインパターンの手中に収まらないものがあるというのはある意味痛快なのだけど。人は構造のみにて生きるにあらず。
早く寝過ぎたため夜中過ぎに目が醒める。葛根湯+焼酎を飲んで寝たのに身体があったまらないので、改めて自己流の風邪薬を調合。紅茶にミルクを入れてぐらぐら煮立て、それにブランデーをたっぷり注いで一気に飲み、布団をかぶるというごくシンプルなもの。最初ブランデーが見当たらなかったのでスコッチを入れたけど全然汗が出ず(しかもおいしくない)、直後にブランデーが見つかったので作り直して飲んだとたんに快調に汗が出たので布団にもぐって自虐的に汗を出し、すっきり。
急いで風邪を治すときにはもっぱらいつもこの方法。温血動物がウイルスに対抗するには結局熱を出すしかないらしいので。
カネゴンが繭(高校生)の頃高熱を出したときにいろいろ幻覚(妙に幾何学的な映像)が見え、今でもはっきり覚えている。その後発熱時に幻覚を見ることはさすがになく、もしかするとあのときはかなり危なかったのかと今にして思う【頭やられておれカネゴン】。
幻覚の達人である色川武大によると、平常時は意識によって雑多な概念が抑え付けられているのが、病気などで体力が落ちるとそういったものたちが一気に吹き出して幻覚になるのではないかという至極まっとうなことを書いていた。彼が見た幻覚で印象深いのが、小さなスペイン人が机の横に立っていて、驚かしたりすると悲しそうな顔をしたりしたというのと、ナルコレプシーの発作の前触れに遠くから盆踊りの音が聞こえ、だんだんその音が大きくなってくるというもの。
伊福部昭が文化功労者に。「どの作品も不満だらけです」とのコメントが印象的。ちばてつやも川崎のぼるもそれぞれ「あしたのジョー」と「巨人の星」を読み返したことがないそうで、理由が「直したいところばかり目につくから」とのこと【こないだ読んだおれカネゴン】。
ふと思ったのだけど、作曲家はCVSみたいなバージョン管理システムが欲しいと思ったりしないのだろうか。
この間見つけた杉浦康仁さんのソフトウェア開発虎の巻は百戦錬磨を経た底力を感じさせ、かっこいい【ちゃっかり使うはおれカネゴン】。アセンブラにとことん密着した各種解説は貴重。他のコンテンツも膨大かつ底知れない。
深海に鉄の脚持つ生物。ヒデキ指数=94。もういくつ寝ると大群をなして上陸してくるのだろう【寝て待つばかりのおれカネゴン】。
TVがきっかけで逮捕続出。CATVとかで「指名手配専門チャンネル」ができる日も近そう。視聴率は申し分なさそうだけど警備会社と保険以外のスポンサーを獲得できるかどうか。既に超大国にはそういうのがありそうな気がしてきた。
お気付きかと思いますが、カネゴンの頭音はとことん再生に終始し、まったくアレンジメントは行なわれていません【壊れたテープのおれカネゴン】。
アート・テイタムのピアノの怖いところは、凄まじいテクニックにもかかわらず聴く人にまったく緊張を強いないところだったりする。これを聴いて顔をこわばらせるのは楽器をやる人ぐらいで、知らないで聴けば「トムとジェリー」の伴奏かなと思って聞き流せてしまう。オールドスタイルと言えばそれまでなのだけど。
マトリックス・リローデッドで一つだけ気になるセリフがあった(いかにも数学者ないでたちのアーキテクトのセリフ)。この世界が重層構造になっていること自体は特に不思議でも何でもないけど。
最初のマトリックスは完璧だったが、無惨な失敗に終った。
ところで、システムが完璧というのはどういう状態を指すのだろう。「いいお巡りは死んだお巡りだけだ」ということわざからもわかるように【一つもわからんおれカネゴン】、完璧なシステムは死んだシステムだけで、成長し生きているシステムに完璧はありえない。
おそらく、バージョン1.0のマトリックスは完成されているかわりに成長も変化もせず、退屈な天国のように、または使ってもらえないサーバーのように面白くも何ともないのでぶっ壊したのではないだろうか。あるいは完全であったためにあっという間に終末を迎えてしまったのかもしれない。「進歩することは終りに近付くことである」という真言から何者も逃れられないというか、成長や進歩には不完全さが不可欠であることを痛感させられる。そこらへんを今夜突っ込んでくれていればもっといい話になるかもしれない。青春が誰にとってもなかったことにしておきたいほどどうしようもなく小っ恥ずかしいのも、「しかたのないこと」で済む話どころか、システム的に絶対に回避不可能ということはないだろうか【若気の至りはおれカネゴン】。
もっと言えば不完全さとそれを解決しようとする力(=死)が相克し、常に変化を伴えば、材料が何であれそれは生命と呼んでしまって差し支えないということはないだろうか【小理屈こねるおれカネゴン】。
そう思うと、サーバーはシステム管理者という部品があって初めてシステムとして完備であるという点では、マトリックスに栄養と計算能力を与えているのともしかして大差ないのかもしれないという気がしてきた【栄養たっぷりおれカネゴン】。グリア細胞としてのシステム管理者。
楳図かずおの「漂流教室」に登場する未来人だったか宇宙人だったかで、どういう手法かわからないけど、彼らの誰かが敵から攻撃を受けると瞬時にしてその情報が彼らの間で共有され、同じ手が二度と通用しないという設定があった。「ははは、見たか。おれたちは同じ失敗を二度としないのだ」みたいに高笑いしていたような。
小学生(-関谷)たちがどうやってこの相手をやっつけたのかはカネゴンおぼえていないけど、同じ失敗を二度としないというところをちょっぴりうらやましく思ってしまったカネゴンはいけない人です【足らぬ足らぬはおれカネゴン】。いずれにしろマトリックスの成長モデルには不可欠と思われる。
関係ないけど、楳図かずおは関西人だけあって関西弁のセリフはなめらかだけど、標準語のセリフ回しが恐ろしく現実離れしていて、そこがたまらなかったりする。楳図かずおの漫画で日本語を学んでしまった剛の者はおらぬか。
Weekly低脳蜂Womanより顔に見える模様。特にこれなど、天然のアスキーアートかと思ってしまった。背番号つきも凄い。
教えて欲しい。デバイスドライバというものは、なしで済ませるわけにはいかないのでしょうか。デバイスドライバというものを使用しないハードウェア アーキテクチャは決してありえず、人類は未来永劫似たり寄ったりのデバイスドライバをしこしこ書かねばならないのでしょうか。
熱と咳で早退。
ドットインパクトプリンタで演奏する音楽【早う寝んかえおれカネゴン】。
詳しくは書かないけど、特殊な写経を始める。これが続かないようならカネゴンはクズです【根を詰めるとおれカネゴン】。
日の出町の駅の近くで、詳しくはとても書けないほど絶句する光景を見てしまった【あまりのことにおれカネゴン】。
スミルノフ教授のリンクにあった楽譜の風景は大力作。アート・テイタムの譜面まで採譜しているとは。
携帯文字の新種。まず誰かが苦言を呈し、その後「平安ひらがなは女性が発明した」と擁護され、後はなしくずしになるシーケンスは既に確立。カネゴンは「コミュニティの数だけ言語がある」と信じているので、同じ日本人同士でも属するコミュニティが違えば既に言葉は通じないと思います【帰る場所なきおれカネゴン】。自動翻訳および人工無能はどこかでこの点をクリアする必要がありそう。
wataruさんのLinuxから目覚める ぼくらのゲームボーイ!が発売されていた。内容については既にwataruさんが説明してくれているので不要。少々お高いけど、子供のクリスマスプレゼントに最適かも【大人もすなるおれカネゴン】。皆の者、提灯を山ほどぶらさげい。
一部で話題の土佐日記。前にもここで紹介した伊能忠敬以来のほのぼの感 (from ReCollection)。
只今発熱中。
ワクチン効かない猛毒ウイルス米で開発。「進歩することは終わりに近づくことだ」という真言から決して逃れられないことを痛感。せめて、ウイルスが外部に漏れてしまったときの言い訳を500通りぐらい考えておくしかなさそう。
自分の言葉をチェックする方法。昨晩CATVでやっていた「刑事コロンボ」の登場人物の演技にもこの法則が見事当てはまることに気付いた。演技をリアルにする一つの方法かもしれない。
mathematicaフォーラムの運動能力分析。久しぶりのヒデキ指数=92。「準備半年、実験1日、解析1年というのが、この分野では普通なんです」と重みを感じさせる言葉。少年漫画とかだと、コンピュータを使っているだけで「頭脳野球」と称している敵チームは必ず負けることになっているけど、いったいどのようにして試合中に一瞬にして相手の動きを解析できたのか、今となっては知る由もない【桃栗三年おれカネゴン】。他の記事も、ポートフォリオが反証されたなど極めて面白く、カネゴンいっちゃいそう。
from hirax.net。
ディーゼル車規制の1か月後、都内の大気汚染物質3割減。短期間にこれだけ劇的に改善される例も珍しい。来年の花粉症の発症にも有意な影響が生じそう。こんな簡単なことが今まで実施されなかったあたりにカネゴンが教えてもらえない大人の事情がありそう【早く大人におれカネゴン】。
掃除をしながらCODAをかけていて突然思い出す。Public Image LTD.の FFF という曲のサウンドはぎょっとするぐらいZeppelinに似ている。今検索して、このアルバムにスティーヴ・ヴァイが参加していたことを今頃知る。
「キル・ビル」と「マトリックス・リローデッド」(こちらはビデオ)を見る。偶然だろうけど、どちらも日本刀が大活躍する映画。主役はもう日本刀で決まり。「ラスト・サムライ」といい、最近ハリウッドが日本刀にご執心なのはなぜだろう。そのうちディズニー映画でもミッキーが日本刀を振り回して大立ち回りをすると予言しておく【余計なお世話のおれカネゴン】。子供のおもちゃに日本刀を。
「キル・ビル」はヤンマガの読み過ぎみたいな話に、小池一夫の劇画のような変な殺し屋が大量に登場。ユマ・サーマンやルーシー・リューが拙い日本語で喋るたびに場内で失笑を買っていた(場内はガラガラ)。途中のアニメ(井上三太風)のシーンがかなり長くて、このままアニメで終ってしまうのかとどきどきしてしまう。血の量は多かったけどあまり痛そうでなかったのがよかった【フォローのつもりかおれカネゴン】。堪能しました。
「リローデッド」はいつの間にか司令官とかアーキテクトとか登場して「白が上」の世界観にすげかわっていた。キーマスターとかいう日系人のおじさんが期待どおりのアルカイックな演技。高速道路でのバトルでトラック同士が正面衝突したとき、トラックの屋根に乗っていた二人がゴールデンラッキーのようなポーズで跳ね飛ばされていたのに不覚にも笑ってしまう(ディレクターズカットでは削除されると推測)。とにかく東洋は「謎と神秘担当」ということでまとめられがちであることを痛感。感想はまた後ほど【それじゃ今のはおれカネゴン】。
Yahoo! Musicのアーティスト紹介がときどき実も蓋もない書き方で、妙に面白い。たとえばヤードバーズとかザッパとかEL&Pとか【草も木もないおれカネゴン】。
秀才ばかりの集団では、組織の生産性は低下する。つまりカネゴンは生きていてもよいということですね【涙が出るほどおれカネゴン】。その分ますますもってマシーンとして生きることになるのかもしれないけど、それも致し方なし。真面目な話、妖精現実さんの説(最後の方)が裏付けられたと理解しました。
そう思うと、国家社会主義ドイツ労働者党にルドルフ・ヘスのような愚直なキャラクターがいたのも意味があったことになる。マルチン・ボルマンのようなずば抜けて有能で隙あらば回りを出し抜こうというアメリカンなキャラクターばかりだったら組織は成り立たない【こっちに来るかおれカネゴン】。あくまで組織を保つという観点においてだけど。12人の弟子の中に、ペテロのようなあわてものがいたことにもやっぱり意味があったことになる。ピタゴラスの弟子にうっかり者がいて教団の秘密を漏らしてしまったことには確実に意味があった。