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●日記の内容をくれぐれも本気にしないでください。ほぼ何にも調べずに書いています。
●何を言っているのかよくわからない場合はとりあえず用語集を参照してください。
●時々同じ事を何度も書いています。心配するだけ無駄だと思うけど。
●敬称略。
●おしゃべりがどうしても治りません。
●日記を書いていないときは何も考えていません。
●リンクは御自由に(リンクを外すのも含め連絡不要です)。
●ここに書かれていることや文章の形式などはごっそりパクっても構いません。
●万一ここに書いてあることが何かの間違いでありがたく見えてしまうときは【あるわけなかろうおれカネゴン】、あなたの精神力が弱っていますので視聴を控えてください。危険です。
●もしここからリンクされると格が下がる/貫目が落ちるとお嘆きの場合はご連絡いただければ外します。
●日記インポート時のエラーがそこここに残っていたり恥ずかしくていたたまれない箇所があったりするので、折に触れて過去の日記も書き直しています。
●こんな日記を読むより、最上の日々や最尤日記や研修用資料やactive galacticや科学と技術の諸相の方をお勧めします。
●twitter: hachi8833
●tumblr: orekane.tumblr.com
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腰が回復しない。
主に図書館での利用を想定しつつも、一般的な利用にも耐えうるHTMLとCSSテンプレート「MoogaOne」。カネゴンも今後使わせてもらいます。MovableTypeでの使用を想定したMooga2も開発中。
田中圭一「ヤング田中K一 (ニチブンコミックス)」を思わず購入。内容は、悪戯としては度を越しているとも思うけど相変わらず凄まじく面白く、それ以上にそこで繰り返し取り上げられている女の性(さが)のあざとさにカネゴン改めて震え上がる。わずか4歳の女の子でも、自分が女であるというアドバンテージを最大限に活用してそこから利益を得るという、すがすがしいほどの経済的行為に脱帽。カネゴンは何にも物を知らなかったことを痛感【殊勝なふりとはおれカネゴン】。詳しくは立ち読みで。
例の「チャングム」で、スラッカン(水刺間:王の食事を作る部署)の女官たちが、裏切り者(と言っても男と密通したというあらぬ噂を立てられただけ)を夜中に集団で裏山に連れ出して毒を飲ませ、闇から闇に葬り去るという女子高リンチの最終形態とも言うべき悪夢的シーンを見て以来、街で見かけるすべての女性が老いも若きも女官たちに見えて仕方がないという症状がカネゴンに発生していて、見た目はどうであれ一皮剥けばその内実はああやって殺しあいたいのかもしれないとついつい考えてしまうようになってしまったのだけど、田中圭一の本がそれをさらに裏付けてしまったような心持ち【針小棒大おれカネゴン】。男は男と、女は女と、やり方は全く違うけどそれぞれ一瞬たりとも休むことなく死闘を演じているらしいことに今更気付き始め【死闘にならぬおれカネゴン】、ピンカー「人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)」のことを嫌でも思い出してしまう。
東京のあちこちをバーチャルリアリティ化するという壮大なTOKYO VR Project(from 家人)。たとえば高田馬場。このために、一瞬で全方位360度(上下も含む)をキャプチャするための技術も開発したらしい。
史実と合っているのかどうか知らないけど、「チャングム」で王がスラッカン(王の食事を用意する部署)の女官の部屋にあしげく通った末に側室として取り立てる場面があり、女官たちは掟により独身でなければならず男を知ってもいけないことから、事実上ハーレムとして機能しているらしいと思えてくる。それを見て、ムガール帝国の何代目かの王は御妃を千人、愛人を千人、同性愛用の少年を五百人囲っていたという話を何となく思い出す。話半分としても、これだけの人数がいたらDNSでも立てないと名前空間すら管理しきれないのではないかと心配になってしまう【指を咥えるおれカネゴン】。
CATVのヒストリーチャンネルでアインシュタインの生涯を取り上げていたのを見る。何だかアインシュタインの女性関係の話ばかりでさっぱり理論の内容に踏み込まないのでじりじりする【しらを切るとはおれカネゴン】。
マンションの一室であるカネゴンハウスには未だにエアコンがない。とはいうものの、この図で言うと白いブロックのど真ん中に相当するので、周りの部屋が勝手に分厚い断熱材になってくれていて断熱効果が極めて高い【お互い様とはおれカネゴン】。聞くところによると、角部屋は窓がいっぱいあって値段も高いのだけど、外の天候の影響をもろに受ける上に外の騒音も入りやすいらしいので、買うなら四方を囲まれた真ん中の部屋に限ることを痛感【知らずに買ったおれカネゴン】。
加えて高階に位置しているので風通しが極めてよく(その代わり冬の風はかなり厳しい)、虫もめったに入ってこない。焼け付く地面から遠く離れているので、むしろ暑くても湿度の低い日なら窓を開けておくだけで十分涼しい。地面から遠ざかるほど酷な季節からも遠ざかることを思い知る。ただ湿り気だけはいかんともし難く、じめじめした風の弱い日になるとたとえ曇りでも逆に暑く感じてしまい、扇風機では手も足も出なくなる。
カネゴンの実家はカネゴンがいる間は決してエアコンを導入せず、おびただしい扇風機だけで過ごさざるを得なかったのに、カネゴンが家を出たとたんにエアコンを導入していたことを後になって知り、何だか腑に落ちなかったことがある【貴様にだけはおれカネゴン】。
水中翼船のようなカヤック(via Ryuさん)。
かわいいもの見たさに家人と皇帝ペンギンを見に行った後、書店で自由は進化する(山形浩生翻訳)という本を見かけたので大急ぎで立ち読みする【邪魔立てするとはおれカネゴン】。かなり面白そう。
で、それとは全然違うことを考える。
不老不死などありえないことがわかっていても人は不老不死を求めてしまうように、自由が実在していようといまいと人は自由を求めてしまうのだとしたらどうしよう。自由が本当にあるかどうかはともかく、それに対する欲望だけは確実にあると思う。誰もはっきり言わないだけで、実はみんなが本当に欲しいのは、責任などこれっぽっちも伴わないような自由(放埓)だったりするのかも。カネゴン自身は、完全な自由はどうやら手に入れられそうにないと諦めているのだけど。
その前に、「自由」と「すべて思い通りにする/なる」は相当な程度にごっちゃに使われているらしいことに今気付く【貴様の他にはおれカネゴン】。すげこまくんという漫画で、すげこまが「ぼくが地球の支配者になったら地球を自由にしていいんですね?」みたいなことを言ったことに松沢先生が「でもすげこまくんは、今でも十分自由気ままにいろんなことをやっているじゃない(手作りの怪獣を街に繰り出すとか)」とたしなめると「ぼくが言う自由は(松沢先生を)何もかもぼくの思い通りにするってことだ!」と言い返す場面があったけど、あれはカネゴンたちが自由というものについてこのような形で混乱することが多いということを見事に示していたような気がする。
台風で早退。
洒落にならない権力闘争が繰り広げられるチャングムの誓いから家人共々すっかり目が離せなくなる。初めは妖怪の親玉にしか見えなかったチェゴサングン(最高尚宮)さまが、回を重ねるに連れてますます愛しく見えてくる。
カネゴンとしてはこのドラマのツッコミどころというものには興味を惹かれず、むしろ世の古今と東西と老若と男女を問わず、権力には何とも言えない抗し難い魅力があることを改めて思い知る【板につかぬはおれカネゴン】。主にレフトウィングの人たちがよく判で突いたように紋切り型を駆使して権力を否定しているのを見かけるけれど、こんな究極の快楽と苦痛を否定するとはもったいない限りだと思う。ゲーム理論ととても相性がよさそうだし。
まだまとまっていないけど、とりあえず権力を「他の人も欲しがる有限のリソースを入手した状態」と定義すれば、大病院でも大学システムでも、たいていの人が権力とは無縁ではいられないことになる。以前日記に書いた阿部薫と権力はこれには該当しなさそうなのだけど【関係ないとはおれカネゴン】。
ちょっと前までは、庶民(自分を庶民だと思う人を庶民と定義する)は権力闘争とは無縁という自覚があったので、チャングムや大映ドラマみたいな話を他人事として楽しみやすかったのではないかと思うのだけど、昨今はたいていの人がどちらかというと既得権の側にいるので、こういう話が多くの人にとって身につまされすぎるというかあまりに生臭く感じられてしまい、それで昨今こういうドロドロした権力闘争ドラマが少なくなってきたのかもしれないとカネゴン夢想する【最もドロドロおれカネゴン】。
このドラマでもそうなのだけど、実際の権力への関わり方は、絵に描いたような権力欲しげな顔つきで行われるよりも、本心ではうとましい/邪魔臭いと思いながらも、権力を摑んでそれを行使しなければ生きていけない、つまり「やらなければやられる」というどちらかというと後ろ向きな動機で関わる方が多いような気がする。カネゴン推測では、権力を伸び伸びと存分に行使するには巨大な才能が必要なので。そういうドロドロに関わらないためにはゲームを降りるしかないのだけど、封建時代のようにトラバーユなどできそうにない世界では降りるイコール死になってしまうので、ますます降りるわけにいかなくなってしまう。それが嫌さに、人類は数千年もかけてゲームからトンズラする自由を獲得しつつあるということでいいのだろうか【オチておらぬはおれカネゴン】。
抗生物質が劇的に効いて、下痢と引き換えに歯肉炎おさまる。
「チャングムの誓い」では、生臭い権力闘争でドラマが殺伐としてしまうことを懸念してか、コミカルな人物も(半ば強引に)あちこちに登場する。それを見ていて、手塚治虫が「漫画のかきかた」で「バンパイヤ」という漫画を例にとってお話作りのコツを説明していたことがあったのを思い出す。以下記憶より。
人間は、いろんなしがらみがあるために本当の欲望を押し殺さないと生きていけない。動物だったら自分の欲望に忠実に生きていける。そうだ、動物に変身して、思う存分好きなことをしてしまう人間を主人公にしてみてはどうだろう。ついでに、主人公トッペイとの対比を強調するために、人間の姿のままであらゆる悪事に手を染める人物を配置してみよう。シェイクスピアのマクベスをもじって間久部緑郎(ロック)という名前をつけてみよう。でもこのままではお話が暗くなるので、コメディリリーフも配置しなくては。トッペイの弟ということでチッペイにしよう。
というような感じでお話を作っていたらしい。ただ本人曰く「自分で創作して置きながらこんなことを書くのも何だけど、ロックというキャラクターは苦手だ。彼が登場すると話が暗くなってしまうのだが、体調が悪いとつい彼を登場させてしまう」とのこと。
これまで2年間使っていた携帯(導入時点で新古品だったので相当古い機種)はソフトウェアに問題があり、キーを押した後に文字が現れるまでたっぷり2秒かかっていた。電源投入直後は大丈夫なのに、しばらくするとすべてのキーでこの症状が発生するため、機械的な問題ではなくソフトウェアの問題であるのは明らか。そのためにメールを打つときのストレスがひどく、何度ねじ切ろうかと思ったことか。
それを我慢して使い続けていた甲斐があって、新しい携帯が物凄く快適に感じる。特にATOKの漢字変換がありがたい。性能差はおおよそ10倍ぐらいありそうなので、対数の法則で主観的には2倍良くなったような感じ。しょっちゅう機種交換を行うとこの感激はたぶん得られないかもしれない。
先日CATVでブルース・ブラザーズを放映していたので見る。登場人物は(少なくとも主観的には)一人残らず真面目に生きているのに、真面目にやればやるほどとてつもなく滅茶苦茶な展開になるところがよく、カネゴンは自分が生きていてもいいような気にさせられる。
前回初めて見たときはカネゴンが繭(大学)の頃。当時はまだ国内版が発売されておらず、先輩が留学生に頼んで海外で買ってきてもらった英語版を見せてもらった。カネゴンは聞き取りが大の苦手なのだけど、今回見直してみて、当時のカネゴンはストーリーをあちこち勘違いしたまま覚えていたらしく、展開の順序まで間違って覚えていたことが判明。
そのとき先輩から教えてもらったのは、この映画ではおびただしい台数の自動車(パトカー含む)が馬鹿馬鹿しいまでのカーチェイスを繰り広げるのだけど、実はごくわずかな台数の自動車を修理しては撮影し、修理してはぶっ壊すことを繰り返すことで経費を節約していたとのこと。
心配なので行きつけの歯医者に予約なしで行く。レントゲンを大小2枚撮られ、患部を清掃。その後、回復を早めるためという説明つきで、患部に弱い電流を5分流してもらう。これなら自分で作れそうか【終わりの近いおれカネゴン】。
最後に定番の抗生物質を処方。カネゴンはこれまで抗生物質を一度しか呑んだことがないので、縄文人並によく効くに違いないと自らを納得させる。
隣りでは、30秒と開けずに2本の歯を立て続けにバシバシ抜歯され【ダジャレうずうずおれカネゴン】、直後さらにドリルを使われている人がいて、いったいどんな大工事なのだろうとついつい覗き込んでしまう。
その電流療法のことが知りたくて検索。膨大な商売っ気たっぷりのページをかき分けてそれっぽいものを見つける。高周波療法と低周波療法はどう違うのだろう。何となく、高周波の方は表皮効果のせいで深いところに届きにくそうな予感。
地震、地震【カーネルパニックおれカネゴン】。
いろいろ書いて没。
xyzzyの検索結果を強調表示するpickup-pattern。
xyzzyは非常に気に入っているのだけど、唯一grepだけはWZ Editorの方がよくできていてしかも速く、なかなか見切りを付けられないでいる。不思議なことに、grepの置き換えになるとxyzzyの方が速い。
だんだんものを考えるのが苦しくなってくる。
カネゴンは、自分の信念がさっぱり合理的にならないことを長年嘆き続けてきたのだけど【曲がった根性おれカネゴン】、20世紀前半の頃に大半の科学者が優生学(と劣等人への強制断種)を熱狂的に支持し、進化論と積極的に向き合おうとしていた一部のキリスト教関係者から逆にツッコミを入れられていたという記事をAmerican Scientistで読んで、信念が合理的であることの方が圧倒的に少ないのかもしれないとやや慰められる。
推測でしかないのだけど【徒手と空拳おれカネゴン】、みんなまず最初に闇雲に信念を打ち立てて、それを後から全知全能を結集して合理化しているだけだったりしたらどうしよう。
元NHKプロデューサーの和田勉が大阪支局での駆け出しの頃、釜ヶ崎のドヤ街に潜入取材していたことがあったとのこと(情報源:初期の映画秘宝)。そこで和田勉が会ったという、ド派手な特攻服に身を包んだ若者の言葉がカネゴンずっと気になっていた。
派手なものでないと、ものを買った気がしないんだ。もっともっと、派手なものを着てやるんだ。
この言葉に込められた心情を(決して理解ではなく)共有できるかどうかで、コミュニティを大雑把に2つに分けられると思う【二分法とはおれカネゴン】。この心情を「当然だ」と思う人の属するコミュニティ(と文化)をA、「気が知れない」と思う人の属するそれをBとする。それが何なのかあえてはっきり書かないようにしているのだけど、一個人がAに属しBにも属すことは多分不可能。昔ならAとBのどっちが先に相手を断種するかを競い合い、近年は文化圏が離れすぎて特にネット上ではお互いの存在に気付くことすらなくなりつつある。自分が属していないコミュニティについてはついつい冷酷なぐらいにぞんざいに考えてしまいがちなので、カネゴンも年に一度ぐらいはそのことを思い出そうとしている【それも叶わぬおれカネゴン】。我ながら論旨が無茶苦茶だけど直す気力が出ない。
ことね
はじめまして!親知らず大変そうですね。
学生時代に歯科助手のバイトをしたことがあるのですが、歯医者の治療の中では親知らずの抜歯が一番痛くない、と思いますヨ。
治療中は麻酔するし、終わってからもジンジンする程度で、私は歯肉を切りましたけど、それでも痛み止め飲むほどじゃなかったです。
治療前のあの痛さは何だったんだ!と拍子抜けしちゃいました。
ので、どうぞ気楽に・お早めに歯医者さん行って下さい〜。
hokuto-hei
私の感覚では、親知らずを抜くのはかなり大変でした。横向きの親知らずを抜く方法は歯医者によって流儀があるみたいで、私の行きつけの歯医者は、横向きの親知らずを割って細かくして取り出す方法は採用してなくて、なるべく抜くというやりかたでした。これは痛かったです。抜いた後の治りの早さの点では、割るののではなくて抜く方がいいと医者は言ってました。
うりかねぐん
ありがとうございます。とりあえず抗生物質で様子を見るということです。
個人的にも、親知らずをメスでかっさばくより、どういうわけかドリルの方が恐怖心を遥かに煽られます。
ここ数日、BSで再放送していたチャングムの誓いを途中から見ているうちについついはまってしまい、日記が疎かになっていた【またも途中でおれカネゴン】。こわもてのおばさん同士が宮廷で権謀術数を繰り広げ角突き合わせる様が、まるで源氏物語か女性セブンの連載漫画はたまたガラスの仮面を見ているようでカネゴン的に新鮮。吹き替えの声優が大物揃いなので安心して見ていられる。人物名がなかなか覚えられないので、適当に「松田聖子」とか「マルセ太郎」などと名付ける。主人公チャングムの好敵手だったグミョンが、想いを寄せていた文官がチャングムのことしか見ていないことを知った途端に冥府魔道というかシスの道に邁進する姿に女の業の深さを思い知る【業がいっぱいおれカネゴン】。
中国の人口の歴史。個人的に、最近最も感動した文章。もう引用せずにいられない【わくわくするとはおれカネゴン】。色川武大に読んで欲しかった。
具体例1: 前漢末、六千万人近かった戸籍登録人口は、短命に終わった新王朝(西暦8−23年)期の動乱によって激減した。(中略)六千万から二千万へ、政府の戸籍把握力の低下を考慮に入れても、戦慄すべき減少ぶりである。現代の中国の人口学者たちは、両漢交代期の人口崩壊によってわずか一世代の間に人口が半減したと見積もっている。
清朝の康熙帝(在位1661−1722年)の統治の末年、一億人の大台に乗ったころから未曾有の人口増加がはじまった。(中略)わずか百年あまりの間に、実に四倍にまで増加したのである。
近代以前の中国は、他の文明圏からほとんど孤立状態にあり、人口の出入りも少なかった。残酷な言い方をすれば、この巨大な「金魚鉢」の中で、中国人は人口崩壊と回復のサイクルという壮大な実験を、生物学の法則どおりに繰り返してきたわけである。ただし、中国は毎回、必ずよみがえり、現在に至るまで世界最大の人口規模を確保した。これは、シュメールやローマなど他の多くの文明が一度の人口崩壊のあと二度とよみがえらなかったのと対照的であり、驚くべきことである。
われわれ日本人は、一度も全国規模の人口崩壊を経験していない。縄文時代の最末期に人口崩壊があったと主張する学説もあるが、それも有史以前のことである。日本は、16世紀の戦国時代ですら、各地の大名の富国強兵策によって人口が増加していた。あの過酷な第二次大戦のときですら、日本人の人口損耗は一割にも達しなかった。人類史上の例外といえる。
前近代の人口構造は、どの国でも、本質的に不安定で崩壊しやすかった。ただ、近世のヨーロッパ人は「捨て子」によって(童話のヘンゼルとグレーテルがその典型)、近世の日本人は「間引き」や姨捨によって人口増加を抑えようと試みた。江戸時代の日本では「田分けは、たわけ」という論理で、次男坊以下に遺産を分けないことまで行われた。
いずれ経済学でこの辺を取り扱ってくれる日が来ると期待。
町山さんの日記が素晴らしい切れ味。
一方気になるのが、町山さんの師匠または精神的支柱ではないかとカネゴンが勝手に思っている明大教授の越智道雄氏で、氏の文章をこの間映画秘宝で唐突に見かけたのだけど、かつての精彩をまったく欠いていて内心驚いてしまった。いったい何があったのだろう。
ディスカバリーチャンネルでミクロネシアのナンマドール遺跡というものを初めて知る。この遺跡のある島全体が人工の島で、しかもそういう人工の島がその近辺に90個以上もあるとのこと。
どことなくオカルトないわくもあるらしい。
TortoiseSVNをバージョンアップしたらリポジトリにアクセスするときにBerkeleyDB がエラーを出すようになった。なくなくリポジトリを破棄して一から作り直す。うう。
retour&Retourは、変わった物件を紹介するのが得意な不動産屋のブログ(from 家人)。
発売前から大人気の全キートップにカラーディスプレイを搭載したキーボード。キラーアプリとはこれだったりして【敗北したとはおれカネゴン】。
カネゴンとしては、タブレットPCやPDAの表示装置自体でこれを採用するなら買ってもよいかもしれない。モニタで無理やりペンで入力するより、キーボード自体がモニタという感じ。
カネゴン家で最近とみに評判がいいのが「米吐き娘 1 (イブニングKC)」だったりする。このような罪のない、のんびりした漫画を目にするたびに心が洗われそうになる【妙な日本語おれカネゴン】。萌えとか格闘とかSFとか毒などの邪魔ったらしい要素がきれいさっぱりどこにも見当たらないのに、毎回腹を抱えてしまう。この作風に一番瞠目または切歯扼腕するのは案外諸星大二郎だったりして。
ある英国人が、日本ではドメスティック・バイオレンスをDVと表しているけれどそんな略し方は聞いたことがないと言っていた。自分はDVと聞いたらDVDしか思いつかないとも。
どうもこの映画のせいらしい。
追記: 殊能さんの日記によると、フレデリック・ワイズマンという監督がこれまた「DV/ドメスティック・バイオレンス」という映画を撮っていたとあるけれど、原題は単にDomestic Violenceだった。最早日本では"DV"を付けないといけないという暗黙の了解ができてしまっていたりして。
忘れた頃に関心空間がRSSに対応。
オフィスの冷房を聞かせすぎると能率が落ちる。もし社員を酷な環境に置くほど能率が上がるという結果が出たら、みんな即座に飛びつくだろうか。
カネゴンも御多分に漏れず、サナギ(10代)の頃はひどい金縛りに苦しめられた。当時のカネゴンには不思議なことに膨大な時間があっていくらでも昼寝ができたのだけど【誤魔化してるとはおれカネゴン】、しまいには昼寝中にまで金縛りに遭うようになり、それに懲りて昼寝をやめたらぴたりと治った。その代わり、どういうわけか睡眠中に夢を見ることがめっきり減り、今に至る。最近でも、生活が不規則になると金縛りになりそうな気配を感じておののいてしまったりする。
陳建一の麻婆豆腐を作り、御飯にかけて食べる。このニッポンハムの陳麻婆豆腐(要冷蔵)は他のものに比べて桁違いにうまく、しかも陳建一の本物の麻婆豆腐にびっくりするほど似ている。豆腐さえあればわずか5分で作れるので、最近カネゴン家で常備されている。豆板醤だけでなくニンニクも激しく利いているので、翌日電車に乗るたびに申し訳ない気持ちになるのだけど、それでもやめられない。熱すると材料が撥ねやすいので、ガスコンロの周りが汚れるのが唯一の欠点なのだけど、火を強くしすぎないことで何とか回避できる。
カネゴンが発見したこの陳麻婆豆腐の隠れた薬効は「落ち込みに劇的に効く」ことだったりする。これを御飯にかけて食べた後で落ち込み続けるのはかなり難しいと思う。そのぐらい身体に気合が入る。最近はっきりしない天気が多いので、こうやって汗を出すだけでさっぱりするし。鬱病の特効薬として特許を米国に押さえられる前に何とかしなくては【暗示で乗り切るおれカネゴン】。
随分前のことだけど、一緒にバンドをやっていた先輩から「どうして逆回転エコーをリアルタイムにエフェクターで作り出せるの?だってまだ出ていないはずの未来の音が先に出てくるってことでしょ?スタジオでレコーディングしているときなら何とでも加工できるからわかるけど、いくらデジタルエフェクターだからと言ってリアルタイムで逆回転エコーを実現できるなんておかしいよ」と聞かれ、カネゴン目を白黒させてしまったことがあった。皆様ならどうお考えでしょう【振って終わるはおれカネゴン】。
flammableとinflammableはまったく同じ意味。有名なネタ。ただ、標識などで「可燃物危険」の意味でinflammableと表示すると一瞬不燃性かと思う人が後を絶たないため、そういう標識ではflammableと表示することが多いというのを別のところで見た。
逆に、似ているようでまったく違うのがdisinterested(公平な - 特定の関心に偏らない)とuninterested(無関心な)。米国の高校では国語の時間に厳しくチェックされるらしいのだけど、それでも間違えるネイティブがあまりに多いために、どちらの意味もしぶしぶ辞書に収録されているらしい。
NHKの歴史つまみぐい番組を見る(今回は江戸の町火消し)。内容もさることながら、アナウンサーが火に興奮しやすい性質らしく、番組が進むに連れて鼻息がどんどん荒くなり、喋りもぞんざいになっていくのでカネゴンはらはらしてしまう。ある意味見もの。
内容の方で興味深かったのは、火消しのシステムが確立するまでは、定火消(公の火消し)、大名火消(私設)、町火消の間の連携はまったく取られていなかったこと。火事がどんどん燃え広がっているにもかかわらず、町人の居住区域での消火(というより破壊)活動に大名火消や定火消はまったく協力せず、自分の縄張りを守ることだけに一生懸命になって、結局町も大名屋敷も全部燃えてしまうことがしょっちゅうだったとか。これほどの緊急事態であっても人類の意識の上では縄張り意識の方が圧倒的に勝ることを痛感。
ところで、中世のヨーロッパや中国ではどんなふうに火消しをやっていたのだろう。
svnseeds
面白いなあ。ディジタルエフェクターのリアルタイム・リバースディレイの効果を直接経験したことないからあてずっぽうだけど、単に設定されたディレイタイムの分だけピークが遅れて出てくるだけなんじゃない?でもそうだとすると、ディレイタイムを長くするとピークをオンタイムで弾くには相当な熟練が要ることになるなあ。つうか無理か。
うりかねぐん
わ、あまりにレスが早いのでびっくりしてしまいました。
そういう自分もデジタルエフェクターを今時持っていないのですが、たぶんトリガーを相当巧みに設定しているのではないかと。だから原音とエコー音の間(ディレイタイム)が十分離れていれば成立するけど、ディレイタイムを縮めると何か矛盾というか面白いことが起きるのではないかととりあえず仮説を立ててみます。
svnseeds
うーん、どうだろう。実際の音を聞いてみたいなあ。ディレイタイムを短くするとヴァイオリン奏法みたいになるような気がするんだけど。
bunzo
逆回転エコーの話題について:
●svnseedsさんの推測のような感じで「リバーブの初期反射のだんだん大きくなるやつ」みたいな仕組みらしいですね。
参照↓(「リバース/REVERSE」のあたり)
http://www2.odn.ne.jp/~cbu69490/MIDI/Effect/MIDIlects_Effect2.html
●逆回転エコー一発芸でこんな曲を発見。
(デジタルエフェクターではなくスタジオのテープ操作ですけど)
http://tinyurl.com/dfclv
●話は変わりますが、「逆回転ギターソロ」みたいなのを録音するときは、弾きながら聴いてるオケは全部逆回転になっていますよね。こういう場合はどこのタイミングに合わせて弾いてるのか、興味があります。
うりかねぐん
bunzoさんありがとうございます。どうやら私は全然違うものをイメージしていたようです。勘違いにも程があるというか。
hokuto-hei
今でも有楽町ビルに入っているのかどうかわかりませんが、光学部品商社の光洋が売ってたものに、△プリズムの長いものを湾曲させたものがありました。これを窓際にぶら下げておくと、室内に小さい虹がかかります。
http://shop.koyo-opt.co.jp/i-shop/top.pasp?to=tp
カタログ見てると欲しくなるものが一杯出てくると思います。
有楽町ビルに今でも入っているなら、ひやかしにのぞくだけでも楽しいですよ。
hokuto-hei
確認したら、ちゃんと有楽町ビル3Fにちゃんといましたね。
確認不足ですみません。
うりかねぐん
hokuto-heiさんありがとうございます。他のグッズもすごく面白そうですね。
hyuki
「逆回転エコーのエフェクタはタキオンでできているから」という回答は如何でしょう。
nuc
実は実は、低周波フィルター(高周波のほうかも)も x Hz よりも低いところで完璧に切ろうと思うと、リアルタイムでできなくなるそうです。これを「時間不可能」だったかちょい違うようなと、呼ぶらしいんですけど、なにぶん、高校の頃に読んだ(自分の手に負えない)専門書の類に書いてあったのでうろ覚えです。
うりかねぐん
逆回転エコーは波動エンジン(笑)>hyukiさん
nucさん:これは何となく想像がつきます。フィルタについて以前から思っていたのは、一つの低周波が完結していない(つまり波の一部だけの状態)でフィルタするというのはものすごく大変そうかなということです。定常波みたいに部分が常に全体を反映していればいいのでしょうけど、現実の波はワンショットのような特異的な波の方が普通なので、1パスでは処理できないというのも何となくうなずけます。
そう言えば素数の多項式時間内判定の話がどうなっているのかと思って調べると、しっかり実装されていた。他の実装例も。このアルゴリズムについて以前この日記で相当いい加減なことを書いてしまったことを反省。うう。
この間読んだ橋本治「ちゃんと話すための敬語の本 (ちくまプリマー新書)」で、相変わらず鋭い指摘があった【ちゃんと話せぬおれカネゴン】。
以上で本書の主張はたぶん終わり【売り上げ落とすおれカネゴン】。
いくつになっても甘えがちなカネゴンは、どうにかして大人になりたくて、ある時期から両親と話すときに意図的に敬語で話すように心がけてみたことがある。最初ぎょっとされ、次にさみしそうにも見えた。カネゴン自身も尻の肉の柔らかい部分がこそばゆくて仕方なかったのだけど、ここで気を許してはいかんと思い敬語を使い続けてやっとどうにか定着した。
少し前ですが、書店用ブックオフ対策。
ブックオフと巨大新刊書店チェーンがゲッターロボみたいに合体したら他の書店は新刊古書を問わずぺんぺん草も生えないぐらいにきれいさっぱりなぎ倒されてしまうのだろうか【たとえの古いおれカネゴン】。すると既存の書店の店員が松明片手に続々と深夜のカネゴン家の周りに集結してしまったりするのだろうか。
カネゴンは幼虫(小学校)の頃にプールで帯状疱疹をうつされ、今でも右腹部に小さな痕が残っている。カネゴンの場合は早かったせいもあって小さな水ぶくれ以外に何の症状もなく済んだ。帯状疱疹はウイルス性で、一度かかれば二度とかからない代わり、成人してからかかった場合はかなり激しい症状になると後に知り、おののいた。どうかお気をつけて。
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カネゴンの場合、bloglinesの未読が気重になる一方の今日この頃【登録しすぎのおれカネゴン】。見た目がOutlookの未読表示と似ているのも憎憎しい。
hokuto-hei
水疱瘡のウィルスだからうつるでしょう。
こいつは長い間体内に潜伏してある日突然、神経にそったブツブツを作ったりします。私も今から20年以上前に出たことがあるけど、最初の時は痛くて痒くて大変でした。しかも直りかけの頃に風呂屋の鏡で背中みたらエラク気持ち悪かったです。
http://homepage1.nifty.com/jibiaka50/taijyouhousin.htm
↑この辺がいいかな。
うりかねぐん
確か、そのときの医者がプールでの感染と診断していたので、一応そのまま書きました。
svnseeds
僕も数年前になりました>帯状疱疹。
アレってうつるのか。
namcat
今年の春になりました。>帯状疱疹
単なる筋肉痛かとおもってたけど、余りにしつこいんで
皮膚科にいってみたらそういわれました。
いまは初期のころなら劇的に効く薬があるそうです。
(一週間分で約1万円と結構高いですけど。>3割負担で)
ttakahasi
「帯状疱疹」と「対応方針」くらい違う。
失礼しましたー。
業務連絡。0727のライブは仕事が入りいけなくなりました。無念。>おれカネ先生
ttakahasi
これっす。
http://www.mandala.gr.jp/spc/0507.html
東京にいない可能性大。実に無念っす
カネゴンはなぜ負け戦が好きなのだろう。カネゴンが思うことは世界人類も残らずそう思うと仮定して話を進める【ありえぬ仮定のおれカネゴン】。
奇妙なことに、誰しも勝ちたいと思っていることは間違いないにもかかわらず、人は負け戦に強く惹き付けられる。勝ち戦が無条件によいものなら漫画も映画も勝ち戦で終始するはずなのに、実際にそれをやってみると、よほど巧みな演出を施さないと、たいていの場合強者による弱者のいじめにしか見えなくなる。たとえ最後には勝つとしても、一度手ひどく負けておく必要があることから考えて、やはり人類の心には仕返しがこの上もなくフィットするということでいいだろうか。たとえ法が許さなくても、仕返しとか復讐とか意趣返しというお題目が備わると個人の無茶な行動が正当化されてしまったりする。
そして仕返しの要素を除いても、どこか負け戦には何とも言えない甘美な魅力がある【一人でうっとりおれカネゴン】。勝ち続ける経験は特定の人間に集中しがちだけど、負けの経験は遥かに多くの人間によって共有されているため、共感を得られやすいというのもあるかもしれない。たぶん一番の理由は、負けた側にしてみれば負けっぱなしではそれこそ救いがないので、せめて面白い話として残し、勝ち話と競わせなければやってられないということだったのかも。幸いかどうか、負け話の方が勝ち話より印象が強くなりやすい傾向がある。上手に負ければ2000年持つことは既に証明されているし。
カネゴンがアウトドアっぽいことをまったくやらないのは、山や海に入ったら知らないうちにやってはいけないことをいっぱいやってしまったりタブーを冒したりしてしまいそうだからなのだけど【破壊と疫病(えや)みのおれカネゴン】、村々に古から伝わる環境保存の知恵というのも、実は昔の誰かが何度となくとんでもない環境破壊の失敗をやらかしたことがあったからこそその知恵が残されたのではないかと思ったりもした【言いくるめるとはおれカネゴン】。
日本の反対側で起きた事件について、CATVで「事件を起こしたとされる組織にはもしかすると中心となる実体がなく、直接のつながりを持たない別の団体が組織の思想に感応して次々にその組織名を半ば勝手に名乗ることで、実体がないまま組織が一人歩きしてしまっているのではないか」と述べていた人がいた。愛の戦士レインボーマンを最終回まで辛抱強く見た人なら【他人にも強いたおれカネゴン】、これと同じことを暗示させる結末になっていることに気付いたかもしれない。
人の心は基本的に何事にもいちいちストーリーをつけないと納得しにくいつくりになっているせいか、かつては求心力のためのカリスマが(それを求める側にとっても敵対する側にとっても)不可欠だったと思うのだけど、情報の流通が滑らかになるにつれてその方法論がいつの間にか陳腐化し、(お話の世界を除いて)どんどん分散する方向に向かっているのだとしたらどうしよう。「こいつさえ倒せば」というボスキャラみたいなのがいてくれると、守る側にとっても結束力が最高度に高まる一方、攻める側にとってもありがたいことこの上ない。分散すると、守る側にとっては勝利した場合の効果がはっきりと得られないというデメリットがあるかわりに、攻める側がどこを破壊すればいいのかがはっきりしなくなるという絶大なメリットが得られそう。と言えば聞こえはいいけど、単に責任逃れの技術が向上しただけだとしたらどうしよう【そこなら得意のおれカネゴン】。
会社を休む。
深夜、CATVでスターウォーズ クローン大戦を途中から見る【またも途中のおれカネゴン】。10分に一度CMを入れて流れをずたずたにしたり、公開中の映画に無理やりつなげる中途半端な終わり方に持ち込んだりするなどの猪口才マーケティングが邪魔してくれたにもかかわらず、意外にも映画よりも遥かに大人っぽいファンタジーの王道を行くストーリーでかなり得した気分。これなら本編を見なくても済みそう。ライトセーバーの戦闘シーンが、まるでアシスタントが一番充実していたときの白土三平の忍者ものを忠実に映像化したような充実ぶりで、ジェダイがかめはめ波をぶっぱなし過ぎていたのも手裏剣の代わりと思って我慢する。果てしなく続く交戦シーンも、ジェダイ側がいい具合に旗色悪くじりじりと押されまくるあたりがさらば宇宙戦艦ヤマトにどこか通じていて、カネゴンはやっぱり見るなら断然負け戦が好きであることを改めて確認【負けが日常おれカネゴン】。
絵柄がサムライジャックにそっくりだと思ったら、本当にサムライジャックの監督がディレクターを務めていたらしい。案外安易に刀つながりだったりするのだろうか。このスタッフでジョージルーカス抜きで全編作り直したら傑作になる予感。後はいじわるばあさんみたいなヨーダのデザインを何とかすれば。
ガソリン車を凌ぐ性能の電気自動車は、隠密行動にもってこい。日本の人口の3/4を占めるとも言われるあまたの足軽たちの魂にもついに火がつくか【貴様も雑兵おれカネゴン】。歩行者や野生動物の安全のために逆に人工的にエンジン音を追加することになったりして。
ストローワラの情報交差点にはコツコツ貯めたさまざまなデータベースが掲載されている。
少々くたびれる【儲けもないのにおれカネゴン】。
早く寝ればいいものを、つい「三つ目がとおる」とサル(藤子不二雄A)を全巻読んでしまう【抑制効かぬおれカネゴン】。写楽保介は手塚治虫の漫画にはかなり珍しい「立ちキャラ」であること、オカルトを描くと実に伸び伸びとしていることに改めて気付く。後半に若干つじつまの合わない箇所があるのも、当時の殺人的な忙しさを考えたら無理もないかもしれない。
手塚治虫の「漫画の描き方」(確か光文社ブックス)に、連載前に写楽保介のキャラクターを決めるときのいくつかの候補の人物画が載っていて、苦心の跡がうかがえた。編集者が一番強い印象を受けたものを選んであれに決まったとのこと。
田崎先生が執筆中の教科書【チェックで終わるおれカネゴン】。
間もなく出かけます【へとへとさんとはおれカネゴン】。
hokuto-hei
昔、パルス幅が15nsecくらいの色素レーザー(エキシマレーザー励起)を2つに分けてプラズマの中で同時に交差させるような光学系を使った測定をやったことがあります。そのときに光路差を30cm以下に抑えるのに少し苦労した思い出があります。
http://www.yk.rim.or.jp/~hmatsu/profile.html#look
http://www.architectural-body.com/mitaka/gallery.html
一度講演聴いたことありますが、…でした
>TOKYO VR Project
かつて勤めてた職場のビルまでたどりついてしまいました。びっくり(笑)