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●日記の内容をくれぐれも本気にしないでください。ほぼ何にも調べずに書いています。
●何を言っているのかよくわからない場合はとりあえず用語集を参照してください。
●時々同じ事を何度も書いています。心配するだけ無駄だと思うけど。
●敬称略。
●おしゃべりがどうしても治りません。
●日記を書いていないときは何も考えていません。
●リンクは御自由に(リンクを外すのも含め連絡不要です)。
●ここに書かれていることや文章の形式などはごっそりパクっても構いません。
●万一ここに書いてあることが何かの間違いでありがたく見えてしまうときは【あるわけなかろうおれカネゴン】、あなたの精神力が弱っていますので視聴を控えてください。危険です。
●もしここからリンクされると格が下がる/貫目が落ちるとお嘆きの場合はご連絡いただければ外します。
●日記インポート時のエラーがそこここに残っていたり恥ずかしくていたたまれない箇所があったりするので、折に触れて過去の日記も書き直しています。
●こんな日記を読むより、最上の日々や最尤日記や研修用資料やactive galacticや科学と技術の諸相の方をお勧めします。
●twitter: hachi8833
●tumblr: orekane.tumblr.com
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セキュリティシステム、テクノロジー、プラクティスを分析・評価する5つのステップ。
関係ないのだけど、ずっと以前の職場で、知人のハッカー氏が構成したファイアウォールを指して、社長が「ここに試しに侵入してみてよ」と指示したとき、ハッカー氏は「自分で作ったシステムに自分で侵入することは論理的にできないですよ」とのみ回答したのを思い出す。曰く「侵入できる隙があることに自分が気付いたら、真っ先にそれを塞ぐのが普通ですよね」。
極限まで忙しくなると、息をするのを忘れてしまう。
自分を慰めるために読んでいた「数学的思考法―説明力を鍛えるヒント 講談社現代新書」が意外に面白かった【安らぎ無用のおれカネゴン】。社会を論じると途端に天声人語みたいになってしまうけど、その間に挟まっている知見がとてもいい、多重サンドイッチのような一冊。小田嶋隆のような詩人と組み合わせるとポテンシャルが倍増する予感。
色川武大「私の旧約聖書 (中公文庫)」で【またまた書くとはおれカネゴン】、有名なヨセフ物語についてももちろん触れられている。例によって記憶から。
ヨセフは「七年の豊作の後に七年の大凶作が訪れるでしょう」と予言をし、見事に当てて宰相にまで登りつめますが、よくよく考えてみれば、ヨセフの能力は、事象を冷静かつ正確に認識することによる、いわば人間として当たり前の能力なのですね。しかしながら、ヨセフの先祖は砂漠で苦労に苦労を重ねた民で、こすっからい、乾いた血が流れているのです。豊作が七年続いたぐらいでは、そんなことは当たり前だと思わない。ヨセフと普通の人々を分け隔てているのは、つまるところ、この認識能力の差なのです。
科学という言葉はどこにも使われていないのに、物腰も視線もとことん科学的。
エジプトでは、王(パロ)がヨセフの予言に従ったおかげで、七年の豊作の間に穀物をたっぷり蓄えることができました。そして凶作の時代になり、それがますます激しくなると、周囲の国民は先を争って穀物を買い付けにきます。やがて金が底をつくと「家畜を持ってくれば、引き換えに穀物を渡そう」とおふれを出し、人々は家畜をすっかり差し出します。それもなくなると、人々は「もう私たちには何も渡すものがありません。私たちを土地ごとパロの奴隷にしてください。その代わりに穀物を下さい」と懇願します。こうして、ヨセフは人民も家畜も財産も、すっかりパロのものにしてしまいます。
経済という言葉はどこにも使われていないのだけど、経済と戦略があざといまでに一体化している。助けたように思わせながら掌中に収めるという、舌を巻くほど見事な手腕。この手法が古典中の古典であり、今後も立派に通用することを痛感。貧しい人を救うには景気がよくなる必要があるとかそうでないとかいう話を見ると、なぜかカネゴンはこの話を真っ先に思い出してしまう。
その気になれば、ヨセフは自分がパロになりかわることもできたのかもしれませんが、それをしなかったのは、ひとつにはヨセフが外国人だという引け目もあったのでしょう。異国人は地縁もコネもないので、ひたすら自分の才覚だけでのし上がらなければいけないことになります。そう考えると、このパロもなかなかやるなという感じです。有能なヨセフが異国人であることをうまく利用して、働かすだけ働かしたというところでしょうか。
カネゴンが卵(小学校)の頃にヨセフ物語の絵本を読んだときは、年下のヨセフと末っ子のベニヤミンばかりが父のヤコブから可愛がられているのを見て、これでは他の兄弟が怒ってヨセフをいじめても仕方がないのではないかと、どうでもいいところが気になってしまった【本質読めぬおれカネゴン】。
スクリーミング・マッド・ジョージ製作のフィギュア。20年以上前にスターログで見かけたとき(SMJ氏がハリウッドに進出する前で、当時は単に「マッド・ジョージ」と名乗っていた)から作風が微塵も変わっていない。
誰にも見られていないところで、「絶対怒らないから正直に言ってごらん」とやさしく説得されたらつい本当のことを洗いざらい話してしまいそうになる、働き盛りの中年男性は日本にどのぐらいいるのだろうか【濁して書くのはおれカネゴン】。
Ani
算数記(旧称)では、その代わりに「〜だったらどうしよう」書法が多くみられます。これが二分法回避の副作用だったらどうしよう。
hokuto-hei
「世の中には2種類の話がある。言って良いことと、言うと面白いことだ。」とかを検出させないようにするのは難しいかもしれないですね。
Rocco
曲名は「美しい大海を渡る」だったと思いますが、確か当時は別名でした。
イスカンダルの着水シーンが有名になって、そういう名前になったと聞いたことがあります。
nuc
「世の中には2種類の人がいる。世の中の人は2種類に分けられると思っている人とそうでない人だ。」
というのを一時期気に入ってました。
hal_tasaki
『そして、かくいう私はもちろん後者である』と続けたくなりますな。
「激しい故意」という誤変換にしばし見入り、秋の終わりの気配を感じる【今日も仕事のおれカネゴン】。「未必の故意」を検索したら意外にざくざく出てきた。
カネゴンの弱点の一つに【売るほどあるのはおれカネゴン】、会話がキャッチボールにならないというのがある。この日記のようにひたすら一方的に好き勝手なことを書いている分にはたぶん迷惑にはならないのだけど【秋葉の魂おれカネゴン】、一つのテーマに沿って激しく言葉をやりとりし、議論を深めるということになると端にも棒にもかからない。山に篭って一年ほど特訓したら矯正できるだろうか【無人の山でおれカネゴン】。
今年も「よかったさがしリース」の季節が来る。時間がないので参加するかどうかわからないけど:
ミュージシャンの大槻ケンヂが初めて作った曲のタイトルが「自己嫌悪」だったというのを何かで見かけ、抱きしめたいほどの親近感を一方的に抱いてしまったことがある。漫画家の永野のりこが、決して誰にも見せることなく山ほどのポエムを書き綴っていたことを知り、これまた途方もない親近感を一方的に抱いてしまったことがある【身の程知らずのおれカネゴン】。
その一方、この年になってやっとわかったのは、少なくともカネゴンが知るほぼ誰もが、形は違えど多かれ少なかれ同じような自己嫌悪を密かに抱えていて、ただそれをめったなことでは表現しないだけだったということ。カネゴンはちょっとしたことですぐ大騒ぎしてしまうたちなので、自分のことばかり気にしてそうしたことに長年思い至ることがなかったことに今更気付き、激しく申し訳ない気持ちになってしまう【人を見とらぬおれカネゴン】。
ところで、古代中国やメソポタミアなどにおいて、自己嫌悪というものはどのように位置づけられていたのだろう。そういう人は早々に虜となり奴婢となり、征服者によっておいしく食べられて終わったので特に問題視されていなかったのだろうか。
そして自己嫌悪は遠い未来にはどのように位置づけられるだろうか。20世紀末の仇花として歴史書の片隅にのみその名をひっそりと残し、未来の子々孫々たちは自己嫌悪などという苦しみとはまったく無縁な安楽な暮らしを営むのだろうか。
はるか昔に読んだ松岡正剛の対談で、おおよそこんなことを言っていた【かぶれておったおれカネゴン】:
人間の形というものは、人体の構造だけで決まるわけではないです。実は分厚い大気圧によって「彫られて」いるからこそこういう形になってるんですね。
形に限らず、人の心も、さまざまな社会のしがらみや圧力やストレスや因習という外圧によって初めて形(はないけど)を保つことができるのだとしたらどうしよう。将来にわたってさまざまな技術と英知が結集され、人の心からこうした圧力をすべて取り除いてしまうことに成功したら一体どんなことになってしまうのか、ちょっと見てみたい気がしないでもない【バーストするのはおれカネゴン】。
あらゆる「萌え」が実は、気まぐれな子供たちの心をつなぎとめることができずに売れなくなり、無念の涙を呑んで餓死したおびただしい貸本漫画家たちの呪いだとしたらどうしよう【祟られとるのはおれカネゴン】。
うりかねぐん
やはり「問題解決への衝動」と極めて近いということなのでしょうね。問題解決の好きな人はいたずらを仕掛けるのも好きだったりするのかもしれないです。
hyuki
もしくは、いたずらを仕掛けるのが好きな人が、*たまたま*問題を解決してしまっているとか。
うりかねぐん
たまたまというのもとてもありそうですね。山形さんによると、MITあたりの古参ハッカーたちもいろいろいたずらをたしなんでいたそうで。漫画家では、藤子F不二雄も人をかつぐのが大好きだったそうです【たとえが古いうりかねぐん】。
Jino
「吉祥寺のうた」の歌詞全部判明したので、載せましたよー。
http://d.hatena.ne.jp/Jino/20051126
カネゴンの実在が疑われているとしたらどうしよう【おらない方がおれカネゴン】。
数ヶ月前のAmerican Scientist誌の記事より【買う暇ないとはおれカネゴン】:
ウイルスの増殖の研究にゲーム理論が応用されたという話。ゲーム理論で既に確かめられているところでは、多数の「お人よし」と少数の「詐欺師」がいる状態から開始すると、詐欺師集団は相当な数まで増えるが、詐欺師が増えるとだましが効きにくくなって増加が抑制されるみたいな傾向があるとのこと。これと同じことが、ロテオウイルスとかいうありふれたウイルスで確認されたらしい。必要なタンパク質(宿主に取り付くための触手みたいなもの)を自分で合成できない詐欺師ウイルスは、他のお人よしウイルスが合成したタンパク質をちゃっかりいただいて増殖する。詐欺師ウイルスの方がDNAのサイズが小さいのでフットワークがよく増殖も速い。もし詐欺師ウイルスが増えすぎてお人よしウイルスが駆逐されると、当然ながら詐欺師ウイルスも全滅する。お人よしウイルスが食うや食わすなら、詐欺師ウイルスもかつかつの状態になる。
まだここまでしか読んでないのだけど【それで書くとはおれカネゴン】、各種詐欺行為の件数と内容が、他のどんな統計的数値よりも国家の経済力を端的に示してしまうことがあったりするだろうか。
その記事のイントロで、P.T.バーナムというサーカス芸人の名言「騙されやすいお人よしどもが一分間に一人は生まれている」(おそらく「ので自分の商売は安泰だ」と続く)が引用されていた【これで安らぐおれカネゴン】。カネゴン知らなかったのだけど、激しく有名な人らしい。
突然思ったのだけど、諸星大二郎の絵が気持ち悪いから嫌いという人は、他のもっとフュージョン的にうまい漫画家がよってたかって諸星大二郎の漫画を涼しげな絵でリメイクしたら貪るように読んだりするものだろうか。
突然思ったのだけど【毎度の突然おれカネゴン】、バッハが数学的だとしたら、その手法を使えばどんな人でもバッハのような曲が作れるはずなのに、世の誰もそうしようとしていないのはなぜなのだろう【する気もないのにおれカネゴン】。
むしろ、だからこそ、誰もやらないのかもしれない。バッハの手法を使うと、何をどうやってもバッハの味付けになってしまい、中途半端な自作のモチーフなどすべてかき消されてしまって自尊心が傷つくからかもしれない。普遍性の高い手法から普遍性のないものが生まれてくるところが、バッハの味付けが濃すぎるゆえんなのかも。もしバッハの手法を堅持しながらそれを完璧に叩きのめし、紛れもない自分の味を出すことができる者がいたら、世界の王にはならなくても何かの王になる【王を目指せぬおれカネゴン】。
カネゴンがジャズを知る前までは、どんなジャズもまるっきり同じに聴こえた。これは考えてみればどんな分野においてもそうで、知らない分野を門外漢が遠めに眺めていれば、その分野が実際にはどれだけ豊穣なものであろうとのっぺりと同じに見えてしまうのは、人の心の機能から考えても、脳の安全を守るためにも、まったく自然だと思う。いきなり最大の分解能でそうしたものに臨むことのできる人は、まずいない。
にもかかわらず、そのジャンルのインサイダーにとっては、門外漢からそのジャンル全体が等質に見えてしまうことがしばしば我慢がならないらしい。その一方で、そのジャンルのインサイダーにとって、他のまったく異なる分野がこれまたのっぺりと等質に見えてしまっていることを自省する動きをカネゴンこれまで見たことがなかったりする。
ジャンル云々はともかく、カネゴンたちが自然を観察/観測するときにも、こっそりこれと同じ効果に惑わされているのではないかという気が常日頃してしまう【そして寝るとはおれカネゴン】。
hokuto-hei
おれカネさんがジャズで体験したように、AとBの類似性を調べるためにはAとBに無関心な人間が必要だし、AとBの差異を知るには関心のある人間が必要とは、流行学の創始者である宮本悦也の言でした。
うりかねぐん
「流行学」というものがあったとは知りませんでした。
↓かなり面白そうですね。
http://www.geocities.jp/modologyjapan/
tokumei
モーニング娘とかそのフォロワーの女子タレントやジャニーズやその周縁の男子タレントの区別がつかない現象について
cf.萌え絵のマッハの戦い@artifact
うりかねぐん
tokumeiさま
競馬の好きな人は馬の顔が全部わかるそうで、ジャニタレの好きな人も同じようにわかるのかもしれません。
ホテルで「ご自由にどうぞ」とあったNewsweekを読む【貰う物ならおれカネゴン】。フランス暴動の件であれこれ書いてあり、ここぞとばかりにヨーロッパも移民社会となるべしという論調で、最近超大国の自慢の種が減っていることを痛感。
同じ特集で、フランスが現在の経済水準を維持するためには毎年数百万の移民を受け入れなければならないみたいなことが書いてあったのだけど、これは経済学的な裏付けはあったりするのだろうか。肺胞での酸素交換のごとく、若者を輸入して年寄りを輸出することでしか経済を維持できないのだとしたら、最終的にどこの国がババを引くのだろう【ジジも引くとはおれカネゴン】。
同誌で何とかという米国の発明家が特集されていて、曰く「子供の頃はどんな子供もすばらしい発明家だ。そうでなくなるのは回りの大人が心無い冷や水を浴びせるせいだ」と、いかにもディズニーまたはマイケルジャクソンあたりが好みそうな、つるりとした手触りの自動生成したようなコメント。
何で読んだか忘れたのだけど、エジソンの息子は発明の才能がからっきしなく、父親からとことん罵声を浴びせられ続けたのだそうだ。
「単に物知り」とか「単に暗算が得意」とか「単におしゃべり」とか「単に仕事熱心」とか「単にプログラミングが得意」とか「単に口が悪い」「単に批判好き」「単に論理的」というレベルと明らかに次元の異なる、本当の意味で「頭の良い人」というと、カネゴンが思い付くのは、三十年ほど前に高校生にして「劇画ヒットラー」の原作を担当したGさんしかいない。カネゴンは会ったこともないですが、以下のエピソードからそれを確信するに至る(例によって記憶から):
Gさんが大学生ぐらいのときに戯れに入会した右翼団体で、「貴様はヒットラー信奉者だそうだが、ヒットラーと天皇陛下とどっちが偉いと思っておるか、ああん?」と尋ねられると、Gさんはまず「そんなこと、決まってるじゃないですか」と落ち着き払って答え、回りが逆に慌て始める。
Gさんは十分に間を取ってから、「ヒットラーがどんなに優れていたって、しょせん人間ですよ。神である天皇陛下と、比較のしようがないじゃないですか」。
自分の価値観(Gさんは別に狂信者でも何でもなく、むしろそれとは正反対の人なのだけど)を損なうことなく、かつ相手の価値観を最大限に尊重し誰一人傷つけず、究極に洗練された関節技を決めたがごとくその場を一瞬で完全に支配し、なおかつ自分の力量にまったく溺れることなく速やかに立ち去る、その手腕にカネゴン唸ってしまった【唸って終わるおれカネゴン】。この頭のよさはもはやスーパーウェポンと言ってもよく、これほどの腕前なら大使閣下としてどこに出しても恥ずかしくなく、敵に回したらこれほど怖い人もいないだろうと思えてしまう。
昨日、「あけてくれ」主催であるM1号の結婚式・披露宴・二次会が豪華絢爛に執り行われる。カネゴンは初めて式の最中にちょっぴり泣いてしまう。
委細は省略するが、この日あの「あけてくれ」が二人の結婚を祝して「あけてくれキボンヌ・愛(Amor)」という豪華な拡張子を帯びた名を携えて再び地上に甦り、狭いステージの中一人残らず大暴れし、カネゴンのヴァイタル値が危険な閾値にまで低下するほどエネルギーをすっからかんに放出する【天国見えたおれカネゴン】。天・地・人がグランドクロスのごとく総力を挙げて二人と多数の列席者を祝福する。二人、そしてすべての列席者および列席できなかった方々の将来に幸(さち)てんこもりに多かれ。
ホレス・シルバー(Horace Silver)というジャズのピアニスト(存命中らしい)がいて、特に昨今の水準から見るとびっくりするぐらいピアノが下手なのだけど、未だにその道の頂点にいるのは、作曲能力が飛びぬけて優れているというのが大きい。彼の作った曲はたいていがそのままスタンダードになっていて、他のミュージシャンはそれを切り売りしてご飯を食べているようなものかもしれない。専門の学校に通えば学べるような指先のテクニックと違って、作曲能力は逆立ちしても学びようがないせいか、ジャズピアノを弾こうとする人は誰もホレス・シルバーを見習おうとしない。
ジャズが落ちぶれている理由についてはいろいろ言われているのかもしれないけど、色川武大が「近年のジャズにはろくな作曲家がいない」が一番図星な内容だと思う。演奏のテクニックは不気味なまでに進歩しているのに、いい曲がさっぱり増えない。「名曲にはどこかに必ずダサくてキャッチーな部分がある」とカネゴン信じているのだけど、ダサい部分を敬遠するあまり、磨き砂を使いすぎて肝心な成分までこそげ落としてしまったような気がしてしまう。クインシー・ジョーンズやミシェル・ルグランは明らかにそうしたダサい部分を絶妙のバランスで意図的に導入することができる大人のアレンジャーだと思う。
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何分かおきに気が遠くなる【バイタル低下のおれカネゴン】。
手書きで計算・翻訳できるペントップ・コンピュータはまだまだ発展途上。ジャイアンに奪い取られるぐらいになったら本物と認めてあげてもいいかもしれない【蹂躙されるおれカネゴン】。
技術の進歩をはかる新しい物差し、またはマーケティングの指標として「それはジャイアンに見られたら奪われるものか?」という、いかにも翻訳口調の設問の追加希望。
高校程度の問題を解くことすらできないほど衰弱しきったカネゴンにはわからないのだけど【はなからそうとはおれカネゴン】、人口増加のグラフを積分したら、その期間の人口の総計に等しくなるのだろうか。何となくなのだけど、現実にはならないような気がする。問いかけ方が既に間違っているかもしれない。というより、長かったり短かったりする人生の幅をどう考慮に入れればいいのかがわからないだけなのかもしれない【短い方とはおれカネゴン】。
最上さんの「image statisticsについて」。
一見関係なさそうなのだけど【関係ないとはおれカネゴン】、仏陀がしきりに強調していた「悪い友達と付き合ってはならない」という教えは、言い換えれば「悪い友達とよい友達が共に栄えることはありえない」という、実は旧約聖書にも匹敵するとても恐ろしい教えでもあったりする。
こればかりは想像するしかないのだけど、仏陀はさんざん考えた末に、頭のよい人たちのようにそれを直接言い切ってしまうことをせず、ただ「悪い友達と付き合ってはならない」という言葉にすることで、巡り巡って遠まわしに悪い友達を飢えさせ、安楽死させることを目指していたのではないかとカネゴン夢想してしまう。どんな聖典にも(読者を惹きつけるための)適量の毒が含まれていることを痛感【悪い友達おれカネゴン】。
大人になりたい。
今日の頭音:(Key=A)
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパパパッパ ジャマジャマジャマ
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパパパッパ ジャマジャマジャマ
マジャマジャマジャマジャ
マジャマジャマジャマジャ
マジャマジャマジャマジャ
マージャ
マジャマジャマジャマジャ
マジャマジャマジャマジャ
マジャマジャマジャマジャ
パパッパ パパッパッ
ジャマジャマジャマ
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパ ジャマ (ジャマジャマジャマジャ)
パパッパパパパッパ ジャマ
じゃまたね
B D7 G7 Bb7 Eb
Am7 D7
G Bb7 Eb F#7 B
Fm7 Bb7 Eb
Am7 D7 G
C#m7 F#7 B
Fm7 Bb7 Eb
C#m7 F#7
突如、窓の外に夥しいカラスの群れが飛び交っている。普段は見かけないのに。地震でも起きるのだろうか【騒乱罪とはおれカネゴン】。
地元の事情に詳しい人の話では、現在トンビとカラスが激しく抗争中とのこと。
誰にも話したことがないのだけど、カネゴン父は昔から妙にある種の霊感が強い(カネゴンにはまったくなし)。ただし本人はそのことにまったく気付いていない【父も先祖ぞおれカネゴン】。さまざまなことが原因で、カネゴンが心の余裕を完全に失って声にならない声を上げ、気付かぬうちに心の崖っ淵を踏み外しかけていると、絶妙のタイミングでカネゴンに電話をかけてくる。しかしながら連絡の内容はいつも別件で、カネゴンの窮状とはまったく関係ない。カネゴンはこれで何回はっと我に返り、足元の断崖絶壁に気付いて震え上がったか、今となっては思い出せないほど【何度もするのはおれカネゴン】。カネゴン母からはこういうタイミングでの電話は一度もない。
水木しげる「コミック昭和史」に、若き水木しげるが第二次大戦中の南の島で米軍に追い詰められ、本当にいよいよ最期と観念して故郷を必死で思い浮かべたちょうどその時刻、境港の自宅で寝ていた母が息子が死ぬ夢を見て突然飛び起き、息子の最期を直感して夫を起こし、夫婦で夜の南の空に向かって息子の名前を呼ばわったというエピソードがあった。水木しげるは「母が自分の霊波を受信した」と表現していたのだけど。
カネゴンは、信じるとか信じないとかいう二分法ではなく、こういうことがあっても別におかしくないと思っている。雷が、強力な絶縁体である大気の中で抵抗の最も低い経路を押し破って進むように、どんなに細く頼りない回路であってもゼロではないと思ってしまう。すべての関数の中にひとつやふたつぐらいそういうのがあってもいいかなという気になってしまう【わからず書くのがおれカネゴン】。
随分前にリディアン・クロマティック・コンセプトとかいう言葉をどこかでちらりと耳にした。今ネットで検索してみると何だかむやみに万能扱いで、一時の超弦理論みたいな趣。
音楽で使用される音の並び(スケール)にはいろいろ理論があるみたいだけど、1オクターブに1つの音しかないとか2つの音しかないみたいなスケールは今のところ見たことがない。
今必死で思い出すと、ジベレリンは確かイヌサフランという植物のオシベだかメシベから採取できる物質で、種無しスイカを作るときに使われるというものだったような気がする。
そして検索してみると、ジベレリンは総称で、いろんなジベレリンがあるらしいことを初めて知る【虫食い倉庫のおれカネゴン】。
カネゴンは見ていないのだけど、家人が見た立花隆出演のTV番組によると、海馬を薄くスライスしてそれに海馬をエミュレートするチップを貼り合わせて記憶を転写し、それをまた積分模型みたいに一つにして海馬らしきものを製作するという実験が、サルだかネズミだかのレベルまで成功したらしい【伝聞推定おれカネゴン】。もういくつ寝るとカネゴン脳も夜中に隅々まで自動デフラグしてもらえるようになるだろうか【ぜんまい飛び出すおれカネゴン】。
追記:NHKスペシャル「サイボーグ技術が人類を変える」という番組だったそうです【家人のおかげのおれカネゴン】。
よく見ると、いつの間にやら生きているマウスの動きをラジコンのように操れるようになったらしい。寝たきり老人への強制リハビリの他に、新しい刑罰として定着する予感【刑だ罰だとおれカネゴン】。
カネゴンは余裕がなくなると悪い面が出てきてしまう。
爆乳戦隊チチレンジャー。「アジアとは何か」と聞かれることがもしあったら黙ってこれを見せることにする【そんな準備はおれカネゴン】。
数理科学11月号より:
現在の宇宙は膨張を続けているが、その膨張は加速していることが近年判明した。この宇宙の未来はどんなものになるだろうか。
- 膨張が加速を続けるということは、遠方の銀河の遠ざかる速度が速くなることを意味する。観測する側から見ると、遠方の銀河の時間がだんだんゆっくり進み、いつまでたっても遠方の銀河は同じ過去の姿しか見せないようになり、時間が凍りついたようになる。なおブラックホールに落下する物体でもこれと同じことが起きる。
- やがて猛烈な赤方偏移?が生じ、遠方の銀河からの光の波長がぐんぐん伸び、光からマイクロ波、電波となって観測が困難になる。
- それがさらに進むと、ブラックホールと同様の事象の地平線?が、観測者がいる銀河を中心とする銀河団単位で形成され、遠方の銀河からの情報はまったく来なくなる。
時間の経過とともに、私たちが観測できる宇宙の範囲はどんどん狭まっていくことになる。
可能性は低いが、状態方程式がω<-1の場合、とてつもない運命が待っている。
- 有限時間内にスケール因子aが発散してしまう。つまり空間が裂けてしまう。
- 宇宙の膨張を加速させるダークエネルギーが強すぎて、重力による構造(銀河とか太陽系)はおろか、電磁気力や核力すら壊されてしまう。
- もしω=-3/2程度だとすると、宇宙は後200億年ぐらいで終末を迎える。まず銀河がバラバラになり(終末の6000万年前)、次に太陽系が壊れ(3か月前)、地球も壊れ(30分前)、原子も壊れ(10-19前)、終には空間が引き裂かれて宇宙は完全に終わってしまう。
これ以上ないぐらいに豪華なグランドフィナーレ。カネゴンはこっちがいいです【涅槃待望おれカネゴン】。
小田嶋隆によるボブディランの歌詞。この人にはもっともっと詩を訳して欲しい。
BUNTEN
>爆乳戦隊チチレンジャー
これ主題歌サイコーっす。あまりのアホさに思わず買いそうになってしまった。\(^o^*)/
hokuto-hei
確かに小田嶋隆は詩人ですね。ディランの台詞も良いです。
話はかわって宇宙には終わりがあると結論出たみたいですね。周期運動の積み重ねを使う占い師としては困ったことです。
Satoshi Tanabe
>小田嶋隆によるボブディランの歌詞。
おもしろいサイトですね。コメントつけときました。最近の若いひと(って、僕もか…)はディランなんてほとんど聴かないんでしょうね。一度アメリカでコンサートに行ったときは、ちょっとガッカリしました。安かったからそんなにダメージはなかったですけど。
うりかねぐん
「宇宙が200億年後に消滅する」説は、かなり可能性が低いと断ってあったので、たぶん大丈夫でしょう(?)。今後の観測結果次第ですね。
うりかねぐん
小田嶋さんご本人の詩(http://luna.wanet.ne.jp/~odajima/poetry/top.html) も味わいがありますが、戯れに訳した詩(http://www.wanet.ne.jp/~odajima/diary/020421.html など)がまたよいです。
何で読んだのか忘れたけど、日本のやや昔の詩で「風もなく、波もなく、音もなし」と日露戦争の暗号無電のように船旅を描写しているシーンを指して、「こんなないないづくしの詩は英語圏では考えられない」みたいな指摘があった。にもかかわらず、アメリカの古めの詩にも「no 何ちゃら」が次々と繰り返される詩が意外にたくさんあるのを後に知り、元の指摘も中々いい湯加減だったことに気付く。
石油はまだまだあるという説もあるが、新しく発見される油田の数は徐々に減っている。
遠からずすっからかんになったときにラオウが出現してもおかしくないような世界にならないで済む方法を全知全能を挙げて半泣きになりながら取り組むしかないのだろうか【狩られる側とはおれカネゴン】。
プログレマトリックス(via おなじみあすなひろし追悼サイト)。
hokuto-hei
私のプログレマニア度チェックは2,3をスキップして4止まりでした。
Satoshi Tanabe
>岩波版「風刺花伝書」の青空文庫への収録を断念するまでの経緯。
「客観的な悪意」を避けるという前提で話がすすんでいるのはへんなような気が…。それに、「客観的」って、読者にすれば読めないよりは読めたほうがいいわけで、一部の(しかも、校訂者という創造性がいるのかどうかもわからないひとの)「権利」を守ろう、なんて話に本当に客観性があるのかなぁ、と僕は疑問に思っちゃいますねぇ。
おれカネさんはどー思いますか?
うりかねぐん
そこまで気にしてませんでした...
見直してみると、原文では「主観的」と「客観的」という言葉を対比させていますが、当事者以外も巻き込む言葉はやや大げさかなという気はします。「悪意」というのも必要以上に強い言葉かなと。読み違えでなければ、「善意に基づいて行われた行為が、時には現行の権利所有者に対する確信的な侵害と受け取られる危険がある」ぐらいでいいのかもしれません。
朝食食べ過ぎ。
逆説的なのだけど、現代ほど天体のことを考えずに暮らしていける時代はかつてなかったかもしれない。少なくとも人口比で言えば、天体のことをちらとも考えないで暮らす人の割合はきっと今の方が大きいはず。そして古代に遡るほど天体観測は生死に直結しかねないほど重要なものだったのかもしれないとカネゴン夢想してしまう【朝から夢をおれカネゴン】。
最上先生の「サンクコストのはなし」。末尾の「感情は知能の本質にかかわっている」にカネゴン諸手を挙げて賛成【根拠はないがおれカネゴン】。「復讐」に本質的に備わる抑止機能のことに初めて気付かされた。
知性とか論理みたいな高級そうなものだけを大事にする話が何かとつまらなくなりがちなのは、常日頃それらを黙々とドライブしてくれる感情とか欲情に対する怖れとありがたみをころっと忘れているからなのかもしれない【最も忘れるおれカネゴン】。あまり関係はないかもしれないけど「方法だけでは音楽は作れない」は坂本龍一の数少ない名言。
今後の経済学は、人の心にこの上もなくフィットする「復讐」をその理論に取り入れざるを得なくなる日がきっと来る【懲りない予言のおれカネゴン】。そこまで行かなくても、復讐の心はそれ単体だけでも研究する価値がものすごく高いとカネゴン信じている【返り討たれるおれカネゴン】。
田中圭一インタビューより:
――では、田中圭一作品に統一テーマはありますか?
「読者の予想を遥かに越える展開で笑わせ、良い意味で期待を裏切る漫画を描くこと。それと、子供から大人まで楽しめる、いわゆる八方美人的な漫画を描かないことのふたつです。自分で言うのもなんですけどボクの作品は、かなり読み手を選びますからね」
何だかかっこよいので、今後カネゴンも八方美人的な日記を書かないようにしてみようか【皮を被ったおれカネゴン】。
スポニチのタレント名鑑データベース。
高速道路を ゆるやかに
ひとつ 季節が過ぎてゆく
誰もが孤独な 悲しみを
セピアカラーに 染めてゆく
君は 道連れ求めて
都会の海を 漂う
いくつもの出会いと
同じだけの別れ
繰り返しながら Ah...
カネゴンちっとも気付いていなかったのだけど、Google Baseというものが話題になっているらしい【ダボハゼ病とはおれカネゴン】。
それに関連して、unixの偉い人らしい元ベル研のRob PikeがGoogleに入社していたことを今頃知る。
変革は N−O>CC のときに起こる。
- N(New way):新しい方法の、認知された価値
- O(Old way):古い方法の、認知された価値
- CC(Change Cost):変化にともなう、認知されたコスト
何の裏付けもないのだけど、己の価値観にまったく自信が持てないカネゴンの眼球には、この方程式は現実がこうであったらいいなという願望を表現したもののように映ってしまう【陰気な願いをおれカネゴン】。願望が方程式の形で表現されると、元々願望であったということが意外にわかりにくくなってしまうので、[願]などとそのことを示す記号を付けてみたらどうだろう。
市川哲史が大昔のロッキングオンに書いていたネタで、「最近の刑事さんはとってもヤクザと区別がつかなくて困ります。お願いですから『私は刑事です』と書いて胸に貼っておいてくださいね」というのがあったのを突如思い出す。
今更なのだけど、各種自動占いcgiは、そこに書かれた文章の表現力で天と地ほどの差が生じることに最近気付く。同じ内容でも、魅力を欠いた文章で書かれてしまってはすっかり台無しになってしまう。たとえ実際には断定できないとしても、可能な限りずばりと断定したように書くことも重要で、断定を避ける口調が多いほど印象の上で不利な気がする【基本がそれとはおれカネゴン】。特に、否定的な内容をいかに上手に伝え、読者にとって教訓となるようにするかが腕の見せ所。読者に自信を与えながら、反省材料をも提供することが占いの主要な機能だとカネゴン信じている。
諸星大二郎の新刊を買いに行ったらどこの書店にもないので仕方なく買った数理科学11月号「0の発見」がめちゃくちゃ面白かった【見栄を張るのはおれカネゴン】。カネゴンにはまだまだ難しすぎてわからない箇所多数。アインシュタインの相対論をわざと2次元平面に適用すると、ニュートンの重力とアインシュタインの重力が異なる結果になる(通常の重力が生じない)という話がツボ。
ayahachi
つぶれにくい卵容器?どこが革新的なのかよくわかりませんですた‥
うりかねぐん
普段私たちがいかにスーパーでちゃんと買い物していないかということがバレバレ...
ayahachi
ん?いえ、そうじゃなくて、私が普段買っている/目にする卵のパックって、大概はつぶれにくくできてるものなんだけど‥まさかアメリカには無かったてこと?んなわけなさそす‥今までのと何が違うのかなって思ったです。
うりかねぐん
ちゃんとは調べてないですが、アメリカになかった可能性はあるかもしれないです。
Satoshi Tanabe
リンクどうも。僕のサイトは、コメントしにくい雰囲気なのかと勝手に想像してみたり…。
アメリカでも、スーパーによっていろんな容器を使っています。僕のよく利用するスーパーでは、最近までなかの卵がすぐに壊れるような容器だったので、「ダメダメじゃん」ってずっと思ってたのです。で、最近変わったので、「うん、えらい」と思って記事にしました。そんなにたくさんのスーパーを利用するわけではないので、どのくらいの割合でそういうのがあるのかはわかりません。
「革新的」というのは、おおげさにふざけて書いているので、「よくわかった」と思われては困ります(笑)
では、また。
うりかねぐん
あいや、失礼しました。他サイトでコメントすることが不慣れなもので。
ayahachi
いやはや、失礼しました。もしかして、じつは新素材とか数学的なカタチとかそういうムズカシイ話なのかと思って拗ねてました(笑)あぁすっきりです、ありがとうございました。
しかしDQNなものが改善されると、ホントに嬉しいですよね〜 (^-^*)。
「私の旧約聖書」おもしろそうなので、アマゾンで注文しちゃいました。