あけてくれ - おれカネゴンの「算数できんのやっぱり気にしすぎとや」日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

[あけてくれ]

●日記の内容をくれぐれも本気にしないでください。ほぼ何にも調べずに書いています。

●何を言っているのかよくわからない場合はとりあえず用語集を参照してください。

●時々同じ事を何度も書いています。心配するだけ無駄だと思うけど。

●敬称略。

●おしゃべりがどうしても治りません。

●日記を書いていないときは何も考えていません。

●リンクは御自由に(リンクを外すのも含め連絡不要です)。

●ここに書かれていることや文章の形式などはごっそりパクっても構いません。

●万一ここに書いてあることが何かの間違いでありがたく見えてしまうときは【あるわけなかろうおれカネゴン】、あなたの精神力が弱っていますので視聴を控えてください。危険です。

●もしここからリンクされると格が下がる/貫目が落ちるとお嘆きの場合はご連絡いただければ外します。

●日記インポート時のエラーがそこここに残っていたり恥ずかしくていたたまれない箇所があったりするので、折に触れて過去の日記も書き直しています。

●こんな日記を読むより、最上の日々最尤日記研修用資料active galactic科学と技術の諸相の方をお勧めします。

●twitter: hachi8833

●tumblr: orekane.tumblr.com


2000年 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2001年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2002年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2003年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2004年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2005年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2006年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2007年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2008年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2009年 【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】【12月】

2010年【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

2011年【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】


 | 

2007年01月31日(水)

今日の頭音:野球の応援でよく唄われる「かっとばせー、○○」(Key=Eb)

↑あの妙な曲たちは誰が作ったのだろう。

みなさんは、最後に鼻血を出したのはいつですか。

数字には四桁ごとにテンを打った方が日本人には読みやすくないか

カネゴンの場合、学研の「学習」で、「4けたごとにてんをうつとよみやすくなるよ」と解説しているのを、教科書とかより先に読んでしまったため、後に学校で3けた区切りを教わったときに、そちらの方が偽物に見えてしまった覚えがある。

むしろ困るのは日付の表記。01/01/07 のような、最初が月なのか日なのかが判然としない表記法と、01/12/2007 のような表記が一つの表で混在していたことがあり、カネゴン見事に混乱したことがある【アシッドきめるおれカネゴン】。

カネゴンが浅墓でした【薄くてペラいおれカネゴン】。

社会設計学を成立させる前に、人間の欲望がどのように振舞うかを数学的に厳密に表現できる、欲望物理学とでもいうべき学問がまず成立しなくてはならないことにやっと気が付く。もし既に同じような学問があればそちらを使ってもらいたいのだけど、現時点では実験心理学とかマキャベリあたりに成果が分散してしまっているように思える。

何でもいいのだけど、たとえば:

女性は、若くて美しくて金と才能を持っている女性に対して決して寛容にならない。しかし、その恵まれた女性が手に入れられない幸せ(家庭を持つとか子供を作るとか)を自分たちが手にしていることを知った途端、そうした恵まれた女性に対して寛容になる

欲望物理学(と書くとDevoのアルバムタイトルみたいだけど)においては、こうした重要な基本原理をいつまでもあいまいな文学的表現にとどめておかず、数学的に厳密な表記を行い、徹底的に実験を繰り返して一般性を獲得しないことには、社会設計学の成立も危うい【無能の人とおれカネゴン】。

通りすがり通りすがり 2007/01/31 19:53 >あの妙な曲たち
・慶應大学応援歌「ダッシュケイオウ」
・早稲田大学応援歌「コンバットマーチ」
ですかね

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/31 21:07 「コンバットマーチ」ということは、あのモノクロの戦争TVドラマ「コンバット」のあのテーマソングでしょうか。そういえば似たフレーズがありました。

kmnskmns 2008/01/13 14:48 數字の三桁區切りのこと、ウィキペディアの表記ガイド
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia%E2%80%90%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89/%E5%A7%93%E5%90%8D%E3%81%AE%E9%A0%86%E5%BA%8F%E3%81%A8%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8
で問題になってゐます。

2007年01月29日(月)

今日の頭音:「天国と地獄」オッフェンバック(Key=D)

何となくカステラが食べたくなる日というものがある。

放送大学の授業がTVとラジオ(音声のみ)の二種類があることを今頃知る。特にポッドキャスト化されそうな気配もなし。

ジョン・ライドンのプレス関連情報が濃厚でなかなか読み終われない【今は何時おれカネゴン】。読んでいて何だかおかしいと思ったら、情報が下から上に新しくなっていた。

どのインタビュアーも、ジョンがどう答えるかわかりきっているようなことばかり聞くのが気になる。

昨日のNHKスペシャルで、躍進著しいインドの極端な英才教育について説明していた。「これほどの頭脳がこれだけあれば、解決できない問題などない」とまで豪語していたことから、世の終わりの到来が大変な勢いで加速しつつあることが予測される【素早く信じるおれカネゴン】。それとも彼らは、「進歩することは終わりに近づくということである」という永遠の問題すら解決してしまったりするだろうか。

青年団の別ユニット「青年団リンク」の一つ「サンプル」の芝居「シフト」評。大変にそそる。カネゴン見に行けるだろうか。

nanashinanashi 2007/01/30 13:05 「青年団リンク」のひとつである「サンプル」というユニットの、「シフト」というタイトルのお芝居だと思われ。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/30 13:59 取り違えてました。ご指摘ありがとうございます。

2007年01月28日(日)

今日の頭音:「さくらんぼ」大塚愛(key=G)

環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態」でおなじみビヨルン・ロンボルグの新作ショートエッセイ「アル・ゴアに不都合な真実」(via id:yomoyomoさん)。カネゴンはまだ「環境危機を...」を読んでないのだけど、このエッセイがうまいこと同書の主張をダイジェストしてくれていると仮定する【仮定千万おれカネゴン】。

「地球温暖化防止」より「貧困の救済」を優先すべきということなのだけど、両方いっぺんにやったらだめなのだろうか。

色川武大「私の旧約聖書」では、出エジプト記で有名な「モーゼとパロ(ファラオ)の魔法合戦」のくだりについて、こんなことを書いていた【またまたそれをおれカネゴン】。例によって記憶から:

モーゼは、エジプトで奴隷となっているユダヤの同胞を救出するようエホバに命令されたことにより、パロの前でさまざまな魔法を行い、ユダヤ人の出国を要求します。たいていの魔法はパロお抱えの魔術師も同じことができるので最初パロは動じなかったが、魔法が「エジプトで生まれた初子を全部殺す」「エジプト全土を三日間真っ暗闇にする」などだんだんしゃれにならなくなるにつれ、次第にモーゼが有利となります。

パロやエジプトの人たちは、モーゼの魔法に苦しめられるたびに「わかった、ユダヤの民はエジプトを出てよろしい」といわざるを得なくなるのですが、モーゼが魔法を引っ込めるとケロリと忘れ、たちまち前言を翻します。このやりとりが、一流のヴォードヴィルを見るように面白い。

そしてエジプトの人々は、これ以上やられると自分たちの命が危ない、というところに追い詰められるまで、何が何でもモーゼの言うことを聞こうとしません。危機が自分たちに実際に降りかかるまで行動しない、そんな人民というものの本質を見事に捉えているように思います。

ついにモーゼたちが大挙してエジプトを出国すると、エジプトの人々は「なんて馬鹿なことをしてしまったのか、奴隷をむざむざ手放すなんて」と、大軍でモーゼたちを追いかけます。

ユダヤの民は軍勢を見て一人残らず震え上がり、「エジプトにはユダヤ人の墓がないから、こんな砂漠に連れてきて私たちを死なせようとしたのですか」と泣きながら口々にモーゼを責めます。モーゼは苦し紛れに「神が何とかしてくださるよ」と言い訳するのですが、エホバはいきなり話を振られて困ったあげく「お前は何で私に向かってものを言うのか。そんなことよりユダヤの民を少しでも前進させないか」と怒りを露わにします。

こういう姿も目に浮かぶようですね。エホバにしても、ユダヤの民から助けを求められたから出てきてやったのに、いざとなると人民はただの依頼心の塊になってしまうのですから。

そして映画でも有名なシーンに突入します。紅海が真っ二つに割れ、エジプト軍がそれに飲み込まれて全滅するのを目の当たりにすると、ユダヤの民は態度をコロリと一転し、神を全面的に賛美するのです。我神をほめたたえん、神万歳。

実にもう何というか、この実際的な筆致は見事です。人間というものの真実の姿をここまで捉えた書物を、私は他に知りません。

こんな読み取り方ができる人がいるということにカネゴンはひたすら驚きまくった【ひれ伏し祈るおれカネゴン】。さすがアンクル・トムの小屋でSMに目覚めた男だけのことはある。

前にも書いたのだけど、エジプト側ではこのユダヤ人民大脱走事件はどう記録されているのだろうか。

ジョン・ライドンの近年の動向を読んでいて、あのバージョン管理システムSubversionが「subvert(打倒、転覆)」の名詞形subversionにかけた駄洒落であることに突然気付く。

例の「Mind Hacks ―実験で知る脳と心のシステム」はまだ読んでいる途中なのだけど、同書の以下の記述に今頃気付く【ミスター今頃おれカネゴン】。

視覚には残像現象があるが、聴覚にはそれに相当する現象がない。

たぶんこれも音響心理学の成果の一つなのだろうと推測。

年貢のことを最近国民負担率と表現するらしい。

これまで聴いたことがなかったストラングラーズをYouTubeで初めて視聴。てっきりもっと殺伐としたサウンドなのかと思ったら【先入観とおれカネゴン】、ドアーズが真面目になったみたいな感じで、意外に哀愁あふれる。

いちいちリンクしないけど、Golden Brownという曲など、ジャズの人がカバーしたらかなりおいしいと思える。

gogoiegogoie 2007/01/28 11:17 残像は網膜にある分子スイッチが
「Onになるときは一瞬だけど再びOffになるのに1/15秒ほどかかる」
ためにおこるもので、神経心理と関係なく生化学の分野だと思いますよ。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/28 11:43 >gogoieさま
言われてみればそうでした。物理層だけで十分実現というか発生しうる現象ですね。聴覚の物理層である中耳/内耳システムはその点残響現象をうまいこと排除(デッドニング)していると予想できます。

UMIUMI 2007/01/28 14:09 モーゼの話、なんだかTVアニメのガンバの大冒険を思い出しました。
子供の頃ガンバでも、依頼心の塊となった人々て一番太刀が悪いと思った記憶があり、モーゼの話でも素直にムカつけました。
ノロイに対してはあまりのドSぶりに少し関心してました。

osamu2001osamu2001 2007/01/28 17:45 ▼モーセとイスラエルの民の苦難の旅路
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/movie/bible/vol4_egypt.shtml
記録にございません。
>>
しかし、エジプト側にはイスラエルの民に関する記録が一切残っていないため、出エジプトの物語が実際に起こったのかどうかははっきりしません。
<<

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/28 19:25 >UMIさま
TVも原作(冒険者たち)も好きでした。当時は単純だったので泣いちまいましたが...いまどきの少年ジャンプ系の敵役はみんなノロイのバリエーションみたいな気がするのは気のせいなのかどうか。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/28 19:29 >osamu2001さま
ありがとうございます。あれだけヒエログリフが残っていてその記録がないというのも不思議ですね。実は脱走したのは四十万人ではなく百人ぐらいだったりして。

hyukihyuki 2007/01/31 06:11 だんだんエスカレートしていって、パロ(ファラオ)が最後に[これはひどい]と判断するのが「初子の死」ですね。子供を殺されることがもっともつらい出来事。

時代が下って、イエスキリストが十字架にかかることというのがまさに「神の子が殺されること」であるという呼応に考えさせられます。人間のために、あえて子の命を与えようとする神、という図式でその意味を伝えようとしている。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/31 15:44 >hyukiさま
子供を持った今、子供を失うことのつらさを少しずつ実感できるようになったように思えます(家人に比べるとまだまだかもしれないですが)。
アブラハムもそうでしたが、子を差し出すというのは究極の覚悟がないとできることではないですね。

2007年01月27日(土)

今日の頭音:「ワルシャワ」David Bowie(Key=Amから)

カネゴン今年は厄年、それも大厄です【厄が大きいおれカネゴン】。

早くも自らにビシバシと暗示をかけてしまっているので、それにふさわしい運命を自分で手繰り寄せてしまわないよう気をつけないと。皆様もぜひ厄年を正確にチェックし、どしどし自己暗示をかけてくださいまし【巻き添え呼び込むおれカネゴン】。

TVで尻を出すジョン・ライドンの勇姿をやっと発見。北野武の人生を順列組み合わせしたかのようなジョン・ライドンの人生は、当然ながら似通っている。

2007年01月25日(木)

今日の頭音:「減点パパ」で子供が作文を読むときにかかる物悲しいBGM(Key=C)

殊能さんの日記で「“現代家族”の誕生―幻想系家族論の死」という本が紹介されていた。

カネゴンまだ読んでもいないのだけど、例の「<子>のつく名前の女の子は頭がいい」に匹敵する名著かもしれないとの予感あり【小銭集めるおれカネゴン】。

Lunascape ブラウザの検索オプションにあったhttp://www.mooter.co.jp/は、まるでGoogleが初心に帰ったかのようなシンプルかつ高速な検索エンジンであることに気付く。「ブログフィルタ」が存外便利。Googleのマーケ亡者ぶりに飽き飽きした人にお勧め【またもオルタナおれカネゴン】。

反核ヒトコマ漫画たち

常連だけでなく、よく見ると意外な漫画家が参加していたりするのをチェックするのがまた楽しい【漫画であればおれカネゴン】。永井豪など、字がなかったら反核キャンペーンには到底見えない。マンガ太郎さんは存在自体が貴重な人。つまんで見てみたところ、森雅之のがよかった【全部を見とらぬおれカネゴン】。

阪神名ピッチャー群像。野球にも阪神にも思い入れはないのだけど、BGMの選曲が素敵過ぎる。

カネゴンは、仕事のことについて書きたくても守秘義務に縛られまくって何も書けないことをさっき思い出す【ご大層とはおれカネゴン】。

今更なのだけど、テーマソングが時代劇そのまんまのバロム1に登場する戦闘員の身体に描かれている、グルグルうずまき文様がたまらない。すべてのAV男優にこのコスチュームの着用を義務付けたいほど【義務付けられるはおれカネゴン】。

どんなに悲しいことがあっても、それとは無関係に日記を書けてしまうことを知る【淡々竹馬おれカネゴン】。

マイミクの知人が「最近Googleよりウィキペディアの方を当てにすることが多い」と書いていて、はっと気付くとカネゴンもそうだった。

ねろねろ 2007/01/25 16:25 アタイの心の恋人マッツアンのコレも読んでみて!
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson15.html

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/25 17:02 >ねろ氏
おお、この人を忘れてはいかんかった!サンキューです。

規模が大きくなると規模が大きくなると 2007/01/25 17:13 どんな会社でも、イヤな感じになっちゃいますよね。Googleも、もうそろそろ爛熟期ってとこですかね。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/25 19:10 成長が早いということは死ぬのも早いということだったりして。生き急ぎ、死に急ぎ...Googleをやっつけるには成長をどんどん早めるのが一番だったりして。

2007年01月24日(水)

今日の頭音:「TBS ラジオ うたうヘッドライト」(Key=F)

自分でもすっかり忘れていたのだけど、カネゴンが青写真を作っておいた社会設計学はその後まだ成立していないのだろうか【やろうとせぬのはおれカネゴン】。

自分でもすっかり忘れていたのだけど、温度計などの測定装置の結果にある程度の信頼をおくためには検定が必要。

アラン・ケイの東大での講演で言及されている「Golden Box」というシステムが気になる。たぶんすごく昔のものなのだろうけど。

追記: id:sumimさんが調べてくれたところによると、Cokeという処理系のようです。ありがとうございます。

古典的な戦略ゲームで「RISK」というのがあるのだけど、これを68K Macintoshに移植したバージョンでカネゴンよく遊んでいた。このゲームで、自分以外の国(コンピュータが担当)を全部中立(Neutral)に設定すると、どんなことをしても勝てなくなってしまう。

この動作にすると、自分以外の各国は次のような原理で動作する:

  • 基本的に他国をまったく攻めない
  • 自分の番がきたらひたすら軍備を拡張する(兵隊アイコンを増やす)
  • 中立国のいずれかが攻撃されたら、中立国が一致協力して、攻撃を仕掛けた国をタコ殴りにする

現実の戦争なら、中立国同士の同盟を壊すように外交/スパイで仕向けることで対応可能かもしれないのだけど、シミュレーションにはそんな手段は提供されていないので、こうなってしまうともう勝ち目がない。

これだけ見ると「中立国同盟戦略」というか多国籍軍みたいな方法は結局一番有効に見える。専門家たちが取り組んでいる現実の戦略が、案外これと大同小異の結論に至ったりするのだろうか【おのれの器でおれカネゴン】。

svnseedssvnseeds 2007/01/25 13:14 どもども。
Riskはまったよねー。確かに全部中立国にすると勝つのがすごく大変だったなあ。遠い目。

で、現実の話でいうと、ご指摘の「中立国同盟戦略」は、外交の方面では「集団安全保障」と言うみたいです。第一次大戦前の、ヨーロッパ大国間のいわゆるbalance of powerに代わるものとして出てきた概念ですね。

この集団安全保障を担保するために設立されたのが国際連盟や国際連合なわけだけど、どちらもうまく機能しなかった/していないのはご存知の通り。世に争いの種は尽きまじ哉。

svnseedssvnseeds 2007/01/25 13:16 あ。ちょっと調べてみたら、おれカネ先生の「中立国同盟戦略」は、「集団安全保障」というよりは「集団的自衛権」の方が近いですね。ややこしいなあ。

sumimsumim 2007/01/25 14:34 「たぶんすごく昔のものなのだろう」← 私も気になってコメント欄で訊いてみたところ、Golden Box は、すでに id:squeaker さんや id:propella さんがいくどか紹介されている Coke という比較的新しい処理系のことだそうです。これ自体は公開されていますので、試すこともできるようです。id:propella さんの最近エントリーから手繰ってみてはいかがでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/propella/20070112/p3

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/25 15:01 >svnseeds氏
どもです。機能しなかったのに未だにそれに対する期待が抱かれているのは、もしかしてこのゲームの中だけではやたらと機能してしまっているせいなのかしら。
>sumimさま
情報ありがとうございます。Googleさまに聞いてもマーケ情報で汚染されたガラクタばかりで、さっぱり見つけられなかったのでした。どうして英語で検索しているのに日本語情報が勝手に上にくるのかと。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/25 15:08 >svnseeds氏
RISK、相手全部neutralで勝てた? てっきり不可能だと思ってたけど。

svnseedssvnseeds 2007/01/25 16:32 RISKの件、全部中立にしてもまれに勝てたような気が。

すごーくおぼろげな記憶を元に書くのでウソかもしれないけれど、ゲームスタート時の自国の位置(確か毎回ランダムに設定された)が、隣接する国が少ないところだった場合、他国からの攻撃が一部に集中するため防御が易しく、じわじわと自国領域を広げることが可能だったように思います。

基本的には、他の国が攻めてくる領域に全兵力を置き、兵力が増したら漸次侵略に出る、という戦略です。ただ、内側が真空地帯となるため、いったん防衛線を突破されるとあっという間に全滅します(笑)。

確かオーストラリア、南米、アフリカ、の順に易しかったはず。逆にヨーロッパ、ユーラシア大陸は四方八方からタコ殴りに会い目も当てられない結果となりがちで、おっしゃるように勝てた記憶がありませぬ。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/25 17:03 あ、スタートポイントと配牌次第では勝てる可能性が確かにありそう。いつも一つ覚えで南米から出発してたもんで...

2007年01月22日(月)

今日の頭音:(Key=Em)

行く手を遮る 黒い影

悪魔の使いのドルゲ ドルゲ

行くぜ 番長(?)! どすこい! ???!

バロムクロスで変身だ

戦う正義エージェント

俺たち二人でバロム1

超人 超人 バロム1 バロム1

バロム1

家人から寄せられた情報によると、絶版久しい「オバケのQ太郎」が大人向けコロコロコミックで復活再連載されるとのこと【似合っておるぞよおれカネゴン】。

この日記を書いていると、周期的に(数ヶ月に一度ぐらい)自分のやっていることが猛烈に恥ずかしくなるのだけど、克服しないといけないでしょうか【二三日するとおれカネゴン】。

特殊AV男優観念絵夢の、胸が痛くなるような近況

経済学が想定する人々の中に、この観念絵夢のような人は含まれているだろうか。

水木しげる84歳のインタビュー(漫画家山本貴嗣の雑文より)。

scopolinescopoline 2007/01/23 10:43 >どすこい! ???!
「よし来い!チビ!」
だと思います。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/23 14:01 ありがとうございます。当時から何を言っているのかよくわからなかったのでした。

honhon 2007/01/27 19:04 気になって調べたんですけど、観念絵夢、ホームレス脱したようですね。
http://m-kaneko.sexdrug.jp/animal.htm
ホームレスだったのは5年前なんですね。しかし今は先物取引…すごいな…。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/27 19:45 脱したのかどうか微妙な感じ...

2007年01月21日(日)

今日の頭音: Public Image Limitedの「白鳥の湖」(Key=Em)

問題です。カネゴンは何がそんなにスカッとしたのでしょうか【自分でわからぬおれカネゴン】。

自分で考えてみる。

  • この件で恥をかいた人はいても死んだ人はいないから【死んだ途端におれカネゴン】。
  • いい大人がしょうもないことで右往左往しているのが痛快だから。
  • 納豆に罪はないどころか本来の効能が否定されたわけではないのにいきなり店頭で納豆が売れ残るようになり、カネゴンの取り分が確保されたから。
  • ニセ科学を糾弾することが空しくなるぐらい、TV様が言うことを鵜呑みにする人が多いから。
  • ほとぼりの醒めた頃に「放射線はダイエットに効く」とでもTVで放映したら同じぐらい多くの人がまた信じ込むだろうから。
  • 旧約聖書の昔から人間の行動パターンが見事に変わっておらず、今後も変わることがないことが確信できたから。
  • そういうカネゴン自身が、TV様の言うことを鵜呑みにしていないつもりでいて最終的には思い切り振り回されるタイプなのだけど、今回たまたま乗らずに済んだから。
  • 以上のすべて。
  • どれでもない。

bo_rudebo_rude 2007/01/23 13:06 普段叱咤されているご先祖様の立場で、この顛末を傍観することができたから.

2007年01月20日(土)

今日の頭音:「ゼルダの伝説」(Key=Bb)

カネゴン、柳沢慎吾鶴見辰吾風見しんごをまったく区別できていなかったことが判明【名前空間おれカネゴン】。

せっかちで人の話を聞けないカネゴンは、落語やポッドキャストも文字で読む方が早いのにとひたすらじれったかったりする。

日記の文章を短くするほど、はてなブックマークに目をつけられる頻度が下がるらしいことを経験で知る【どんどん短くおれカネゴン】。

プロゴルファー猿クロニクル。非常によくまとまった資料。

急に腹が痛くなる。

マリアンヌ フルフェイスという駄洒落はまだ誰も編み出していなかったことを確認。

かれこれ15年ほどTVゲームを封印していたのだけど、そろそろ封を解除してもよい頃だろうか【転落予報とおれカネゴン】。

日本の景気が最高潮に達した頃に国民からルイ14世並のものすごい重税をびしびし取り立てて国庫を潤しておき、その後カネゴンが政権を取って派手にディスカウントしたら、涙が出るほど国民から感謝されるだろうか【泣いた赤鬼おれカネゴン】。

そもそも、昔の税金は四公六民とか五公五民という具合に派手に取り立てていたのがいつの間に現在のレベルまでディスカウントされたのだろう。ずっとディスカウントしっぱなしだとありがたみを感じてもらえないので、ここらでひとつドカンとアップしてみては【生かさず殺さずおれカネゴン】。

たった今、あるある大辞典で「納豆がダイエットに利く」と放映していたのは捏造だったとニュースで放映され、カネゴン思わずフラメンコを踊って喝采【カスタネットとおれカネゴン】。こんな心の底からスカッとするニュースは久しぶり。これでやっとカネゴンの主食が確保できそう。

全然関係ないけど、微量の放射線は血行を良くし、健康によいそうです。

小学生に一人残らず日本刀を持たせたら、いじめと性犯罪被害は激減し、物珍しさに観光客は激増し、命の大切さを身をもって思い知ることになったりするだろうか。

検索していて「Sophia University」というのを見かけ、そんな大学があっただろうか思ったら上智大学のことだった。

2007年01月19日(金)

今日の頭音:「Sledgehammer」Peter Gabriel(Key=Em)

これまた日経サイエンスの茂木健一郎の対談で、尺八奏者の中村明一が「密息」なるユニーク呼吸法を紹介していた(「「密息」で身体が変わる (新潮選書)」)。人体というものはいくらでも意表を衝いた愉快な使い方ができてしまうことを痛感【衝きたくないのにおれカネゴン】。人体ハックは当分ネタが尽きないのかも。

かつてサナギの頃のカネゴンは、すれ違った他人が思わず飛びのくほど歩き方が異常だった(と強力に思い込んでいた)。まるで常世の国から来た、見てはいけない何かがカネゴンをぎくしゃくと操作しているかのように【秋葉に多いおれカネゴン】。

そして、自分でそう思い込んでいたために歩き方を下手に修正しようとしてますます本当に歩き方がおかしくなってしまうという完璧なトラップシステムをうっかり構築してそこにすっぽりはまってしまった【尻からはまるおれカネゴン】。この強固なポジティブフィードバック回路がひとたび形成されると、容易なことでは覆せない。

唯一の対策は「そのことを忘れること」なのだけど、普段は忘れっぽいカネゴンなのにこれを忘れるのに20年かかってしまった【蛍の光おれカネゴン】。こういう実にくだらないことに莫大なエネルギーを消費してしまっていた。うう。

何で読んだのか忘れたのだけど、どことなく印象的な話。

日本の小学生とエジプトの小学生が交流する機会を持った。日本の小学生たちは、まだ見ぬエジプトの夜空を想像してそれを絵に描いた。

それを見せてもらったエジプトの小学生たちは、皆口々に「この星って何の星?」と、夜空に描かれている星を指差して尋ねた。星を適当にちりばめて描いた日本の小学生たちは誰も答えられず困惑するばかり。

エジプトの小学生にとって、「星を描く」ということは常に夜空に見える具体的な星座の配置を描くということであり、適当に星を並べるということは思いもよらなかった。

それだけ星が重要で身近なのだとも言えるし、その分地上の風景が単調ということなのかもしれない。

たまたまTVで「プロフェッショナル -浦沢直樹の回」を見かける。カネゴンが見落としただけなのかもしれないのだけど、番組中で「Masterキートン」についてまったく言及されていなかったような気がする。

何だかカネゴンの行く先々で茂木健一郎が待ち伏せしているような気がしてきた【対決間近のおれカネゴン】。

乾いた砂を一筋細く細く上から落とし、それが積みあがってできた砂山を横から見た形を最もよく近似するのは、どんな曲線なのだろう。調べていないのでわからないのだけど、ベル曲線は違うような気がする。

答えではないけどこれがヒントっぽい

これがそうなのかどうか【評価のできぬおれカネゴン】。

AniAni 2007/01/19 17:48 キートン、絶版になってるからだと思います。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/19 20:12 この状態で「墨攻」みたいに突然海外で映画化されたりしたらどういうリアクションがあるのかしら。

2007年01月18日(木)

今日の頭音:「Moment's Notice」(Key=Eb)

今月の日経サイエンス「ミラーニューロンと自閉症」は、まだまだ発展途上とはいえ【発達途上のおれカネゴン】、自閉症に関する新しい知見が盛りだくさん。自閉症の人は必見【一緒に遊ぶおれカネゴン】。

雑誌の売れ行きに結びつくように、肝心なことはこの日記には引用しないようにしているのだけど【殊勝なふりとはおれカネゴン】、一つだけ。

どういうわけか、高熱を発すると自閉症の症状が緩和されることが経験上知られている。

それよりもっと重大なのは、同誌の最初にあった記事。

何と、「原子力発電は地球温暖化の原因である」というものすごい勘違いをしている人が、洒落にならない割合でいるらしい。それも日本だけでなく、世界中で。

地球温暖化と原発が近い文脈で語られることが多く、原発にどうしてもネガティブイメージがつきまとうがために、両者が誤って同一視されてしまったのではないかとカネゴン推測。この普遍的な勘違いを一般的な法則として完成させれば、言っていることはまったくもって正当なのにそれとは逆のイメージを大衆に植え付け、思うがままに操ることができるようになったするだろうか【膨らむ夢とおれカネゴン】。

どうしても医者が足りない場合、役者を特訓して医者にすることで間に合わせられるだろうか。野戦病院とかで。演技のうまい素人と演技の下手な医者の場合での死亡率がもしあまり変わらなかったらどうしよう。

BUNTENBUNTEN 2007/01/18 19:51 人間プラセボ。>役者の医者

hyukihyuki 2007/01/18 23:08 患者にも役者を混ぜるというのはどうか。「僕もがんばっているから、君もがんばれ」的な。

UltraKitchenUltraKitchen 2007/01/19 02:33 それより兵士を全員役者にしたら。痛そうなほうが勝ち。

医者の役割って医者の役割って 2007/01/19 09:29 不思議ですよね。「ああ、先生、来てくれたんですね。助かった」といって死んでいくんですから。人を救うって、どういうことなんでしょうね。考えさせられます。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/19 10:06 「ER」に出ているお医者さんも、考えてみればみんな役者さんですね。凄腕の医者を実際に見る機会はそんなにないですね。

hyukihyuki 2007/01/22 05:13 実は私たちも「人間」を演じている役者。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/22 16:12 なるほど!上手な人がいたり下手な人がいたり。油断すると仮面をぽとりと落としてしまったりとか。

2007年01月16日(火)

今日の頭音:「Stir It Up」と繰り返しているレゲエ(Key=A)

「地震は夜よく起きる」という話を小耳に挟んだのだけど、カネゴンの主観では「雨の日に地震が少ない」ような気がする。

この年になってやっとコバヤシマルというものを知った【それが恥とはおれカネゴン】。MBAの取得試験はもしかするとこのコバヤシマルの救助みたいな感じで行われたりするのだろうか。

伊福部昭音楽祭は3/4開催。

2007年01月15日(月)

今日の頭音:「マネー」Flying Lizards(Key=Cあたり)

今朝目覚めて気付く。よく「年を取ると時間の進み方が速く感じるようになる」と言われるけれど(今調べると、ジャネーの法則と呼ばれているらしい)、もしかするとそれは年を取るにつれて意識が途切れる頻度が高まるせいではないかと。

脳科学あたりでそういうことが言われているのかどうか知らないのだけど、一応カネゴン仮説として、人間の時間に対する意識は連続しておらず、0.1秒ぐらいの、実相寺昭雄監督の演出のような細かな単位で意識がオンになったりオフになったりと激しくマルチプレクスしているとする【そんな仮定はおれカネゴン】。

  • 年齢が若いほど外界を物珍しく感じるために、意識を意識する(?)時間が長くなり、意識の途切れる時間もその分短い。
  • 年を取るほど情報処理に慣れてしまって外界に驚くことが減り、さらに、なまじいろんなことができるようになったり老化が進んだりとかして結果的に処理能力が落ちて意識の途切れる時間が次第に長くなる(長くなってもやっていけるようになる)。意識を意識できる時間がどんどん短くなるために、あっという間に一日が過ぎてしまうように思える。そのために若い者から見れば動作や思考がスローモーに感じられる。

誰しも常に意識を途切れなく持っているわけではないと思うのだけど、カネゴンの場合、今から思えばずっと以前からピチパチプッチンと意識が途切れまくっていて、その間に聞いた話に対しては即座に反応できないか、聞き返すか、聞き返すのが面倒でそのままにするしかなくなるということが多々あった【馬耳と東風おれカネゴン】。そして意識の途切れる時間が近年ますます長くなっているように思えることに恐怖を覚えてしまう【いちいち騒ぐおれカネゴン】。

さらに、「この意識の途切れ癖」は他人にも伝染ってしまうように思える。誰かと話していてカネゴンの意識が長めに途切れてしまうと【針飛びレコードおれカネゴン】、その間相手の意識もそれにつられて空白になってしまっているように思える。たぶん普通の人であれば当然するであろう会話中の身体的な反応が、カネゴンの場合突如真っ白になってしまうために、相手がその反応を無意識に待っているのに反応を受信できないまま動作が空白となってしまっているのではないかと。やがてタイムアウトし、相手は夢から突然醒めたように(またはひざかっくんを食らったかのように)小さく驚くも、そのことに気付いていないことが多いように思える。

小田嶋隆によるルー・リードの詩の名訳

カネゴンが一般的な若者(略して般若)だった頃ならこの詩に激しく影響されてしまったことだと思う【三日般若のおれカネゴン】。

PLAYNOTEの谷さんによる「演劇評」。カネゴンはまだ青年団という劇団を一度も見ていないのだけど、今度こそ見なければという気にさせられた【恩を知らないおれカネゴン】。

banbanbanban 2007/01/15 12:16 初めて通る道は、遠く感じます。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/15 16:48 確かに通り慣れた道はすぐ通り抜けてしまうような気がします。

dctdct 2007/01/16 00:48 ジャネーの法則と言うのですか。
いつの頃からか、ずっとそう思っていて
人にも話していました。

shosho 2007/01/16 05:06 小田嶋さんの訳、文法ミス多いですよ。
一例を挙げると、
And would you believe nobody in this family wanted to keep her
And now that dog’s more of the part of this family

は、
うちの誰も彼女を飼いたがらなかったなんて信じられるかい(過去形)
今は彼女は家族の一員以上の存在だ(現在形)

といった意味です。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/16 07:39 >shoさま
yomoyomoさんによるとAnd now that dog’s...の後ろはそもそも原文が間違っているそうです。まあ詩の翻訳なので、文法はそれほど問題にならないかも。

SummgaiSummgai 2007/01/16 11:07 クローズされた家族間の緊張を歌う詩なのだろうか。

「お父さん、お母さん、老成したと思ったら今更 ”家族” ですか。”親子” ですか。かつては僕を傍に置いとこうこうとすら思わなかったはずなのに。ねぇ?」

ってのを困惑を装い慇懃に拒絶する話法が面白いのかな、と思いました、英詩のほう。それを Lou Reed が歌うと。

”話しておくれ”
”厄介者”
”悩みのタネ”
”だから”
”家族ごっこ”

っていう表現に訳出されているあたりのロジックにも興味あり。英語の suburbs とか stock とかは消えちゃってるし。

SummgaiSummgai 2007/01/16 11:51 今、実際の唄を聴いたら、ガラリと印象が変わりました。

親離れできないボクちゃんが、繁く帰って来いという親、困っちゃうんだよねー、といいながらちょっぴり得意げに語る様。「大丈夫だってば、だからもうボクのことは気にしないでよー」とベタベタの口調はそのまま、案外まっとうで的をついた視点を後半でチラリチラリと出してくる感じ。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/16 12:56 >Summgaiさま
たぶん小田嶋さん自身の心情が思い切り投影されているんでしょうね。対訳でないのも確かで、元の詩とは別物と考えるほうがよいのかもしれないです。

SummgaiSummgai 2007/01/16 14:31 なるほど。ただね、心情の投影された、しかしながらバイアスのかかった訳詩がご自身の意見の補強に使われているのだとしたら、ちょっとそれは怖いかな、と。しかもオリジナルの作者の名前を冠して。

あと、”Then I am, too” は、私には ”Than I am, too” とも聞こえました (前の ”more” に係って)。もしそうだったなら「厄介者」という日本語の入るスペースはなく、これは細かく言うなら前半のトーンを大きく変えます。正否は問いませんが、翻訳というのはそのぐらいの触れ幅を含むものなのだろうな、と思いましたよ。(カネゴンさんも、多分同じ意見でしょうね)

ということで、場が不適当かもしれないけど、名訳というのには疑問を投げかけておきます。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/16 15:35 >”Than I am, too” とも聞こえました
実際にそっちが正解だそうです。

tatstats 2007/01/17 12:49 私個人的には、いい訳だと思いました(私は素人ですが)。

ただ、英詩の和訳をするにあたって文法はニュアンスを伝える大きな要素のひとつでもあると思います。さらに、元の英詩の文法が絶対に正しいとは誰も言えないと思います。完璧な英語というものがそもそも存在しないので。

例えばの話、明らかに文法or綴りの怪しい”Johnny B. Goode”や”I can’t get no satisfaction”。この怪しさこそ訳詞の重要なポイントになると思います。

↑で取り上げられている”than I am”か”then I am”、一般的には”than I am”が正しいと言われているし、おそらくEnglish majorだった作者本人がこの程度のことを間違えるとは思いませんが、アメリカ人の中には”than”と”then”の区別がつかない人が大勢います(こういった点に関してはむしろ日本人の方が詳しいと思います)。

ちなみに、
And would you believe nobody in this family wanted to keep her
And now that dog’s more of the part of this family
が過去形か現在形か(wouldかwillかdo)で、英語でのニュアンスは全く変わります。和訳してしまえば大差ありませんが。。。

なんか酔っぱらっているので私が支離滅裂ですが、もっとぶっとんだ短編でお勧めなのがあります。

Frank O’Connor氏(Lou Reed氏が大学時代に師事していた英語の先生、ちなみにアル中、ヤク中)の作品”My Oedipus Complex”。googleすればきっとネットで全編読めると思います。

とにかく、別言語を微妙なニュアンス含め完全に訳すのは無理な話ですが、それが別言語訳の面白味であり、原文で楽しむための語学学習の楽しみだと思います。

うーーー、酔っぱらっての乱文失礼しましたぁ♪

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/17 18:21 >tatsさま
ありがとうございます。「完璧な言語というものはない」ということは発見でした。

tatstats 2007/01/18 00:22 あ、しまった。酔いが醒めてみたら、私の書いてたことめちゃめちゃですね。。。(苦笑)

おまけに、Frank O’Conerではなく、私が言いたかったのはDelmore Schwartzの”In Dreams Begin Responsibilities”でした。。。

2007年01月14日(日)

今日の頭音:「柔道賛歌」(Key=F)

いついかなるときでも論理の筋を通そうとする人は、「常に論理的でなければならない」という強い感情に囚われているように見えるのはカネゴンの眼鏡が汚れているからでしょうか【違うと言えぬおれカネゴン】。

フライング・リザーズは、今から思えば、ミュージシャンやオーディオマニアが何かにつけて言う「いい音」をまったく使わないで音楽を組み立てようとしていたのだと思う【常に後からおれカネゴン】。

カネゴンは知らないけれど、きっと映像の分野でもこういう人がいるのだと思う。

カネゴンは知らないけれど、きっとアダルトビデオでもこういう人がいるのだと思う。

カネゴンは知らないけれど、きっとアート関連ではこういう人たちが掃いて捨てるほどひしめきあっているのだと思う。

小説では、たぶん夢野久作がそういう感じの人。ただし誰も後に続かなかった。

お宝関連では、たぶん千利休がそういう感じの人。こちらは主流派になった。

2007年01月13日(土)

今日の頭音:(Key=D)

チップ チップ チップ

ポテトチップはコイケヤ

丸池印 ポテトチップス

昔聴かせてもらったミニー・リパートンの大傑作アルバム「カム・トゥ・マイ・ガーデン(紙ジャケット仕様)」を改めて買い直し、アレンジが超一級に素晴らしいことに今頃気付く【つぶれた耳とおれカネゴン】。誰がやっているのかと思ったらCharles Stepneyというアレンジャー/プロデューサーで、かのEarth,Wind&Fireの一番いい時期のアレンジもこの人の仕業だったことをこれまた今頃になって知る。

通勤電車というものは、いったいどのぐらいまで荒っぽく運転することが可能なのだろうか【脱線爆発おれカネゴン】。

年末の「サラリーマンNEO・クリスマススペシャル」で、茂木健一郎がいつものまともな口調のまま支離滅裂な話をするコーナーがよかった。新型のSMとでもいうのかどうかはともかく、こういうのはどしどし続編を作って欲しい。

最近気付いたのだけど、言葉というのはその内容よりも、「それを話しているのが誰なのか」という立場/地位情報の方が遥かに相手に対する影響が大きいらしい。たとえどれほど涙を誘う内容であってもカネゴンがそれを話すと滑らかにスルーされたりすることから【立派でないとはおれカネゴン】。

それはそうと、泣ける作品と、泣かすつもりで作ったのにちっとも泣けない作品の違いはどこにあるのか。

その本質的な違いを見事解き明かし、泣ける話を誰でも機械的に楽々と作れるほどの強力な一般理論を打ち立てた者は、世界の王になるとまではいかなくても、あらゆる文芸に止めを刺してぺんぺん草一本生えなくし【夏草ぼうぼうおれカネゴン】、歴史に名を残すであろう。

この現代において、浮世絵でヌく者は英雄になれるだろうか【わしらの頃にはおれカネゴン】。

2007年01月12日(金)

今日の頭音:「巨人の星」(Key=Cm)

カネゴンの頭音はまるごとキャプチャ同然なので、アンビエントとか空気感も一緒に取り込まれたりしていて大変な容量を食っています【デフラグ不能のおれカネゴン】。

20年以上の前のサウンド&レコーディングマガジンのある号で、自宅録コンテストか何かの入賞者が対談するという企画ページがあった。そこに参加していたS田某という人はカネゴンとそう年も違わない感じだったのだけど、S田某氏の写った写真に現れている彼の身体感覚が、何だかカネゴンのものと非常に似ていて、むやみに気になってしまったのを覚えている【つまらぬことをおれカネゴン】。

その身体感覚は一言で言えば非常にぎこちなく、体重を足の真ん中ではなく踵で支えている感じ、または押されると簡単に倒れてしまうような感じ。それはカネゴン自身がそうだからなのだけど、とにかく身に覚えがありすぎた。

その後彼はいつの間にか同誌でアルバイトするようになったらしく、編集後記に名前が登場するようになった。しかしながらやはりその身体感覚に由来すると思われる不器用さは隠しきれるものではなく、他の編集者から仕事の面でかなりしつこくどつかれているらしいことが本人や同僚の文面から窺えた。カネゴンと身体感覚を同じうする者は運命も同じうすることを痛感。

その後そのことはすっかり忘れていたのだけど【きれいさっぱりおれカネゴン】、サンレコのWebページを見た瞬間につい思い出してしまった。

そのうち就職試験などでこうしたノンバーバルな身体感覚を検出して、有能な者とそうでない者を選別するようになる日が来てしまいそうで怖い【期日を早めるおれカネゴン】。

aya8aya8 2007/01/12 22:16 それを見極めるために行われているのが「面接試験」なのだと思います。> こうしたノンバーバルな身体感覚

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/13 00:45 その見極めをもしかしたら完全自動化できてしまうのではないかと。

2007年01月11日(木)

今日の実音:「ブラームスの子守唄」(Key=Db)

カネゴンがでかいくしゃみをした途端、赤ん坊が火がついたように泣き出す【怒られちゃうとはおれカネゴン】。

最近デスクトップ検索のことがさっぱり話題にならないのだけど、みんな飽きてしまったのだろうか。

UMIUMI 2007/01/14 01:47 赤ちゃんが無表情でじっと見つめるものは何なんでしょうか
知り合いのお子さんは図形の円を凝視するそうです
街や電車の中で、必ず赤ちゃんにじーっと見られるので気になります

うりかねぐんうりかねぐん 2007/01/14 10:31 私もそのゲームは電車などでよくやります。赤ちゃんはかなり遠くからでもこちらの視線を見事に捉えて見つめ返しますね。こちらが笑うと笑い返したりすることもあります。ただこれを男がやるとアブナい人と間違えられそうで。

2007年01月10日(水)

今日の頭音:「あたらしい街」キリンジ(Key=D)

専門家がどれほど口を酸っぱくして説明しても、ニセ科学にすがる人が後を絶たないらしい。

カネゴン以前からこんな様子をどこかで見たような気がしていたのだけど、たった今わかった【お仕事中とはおれカネゴン】。

旧約聖書の全篇にわたって、エホバが「偶像を拝んではならん」と何度となく怒りを顕わにし、違反者を時には十万人単位殺戮し、ついにはイスラエルを見捨てて「契約を守らぬ貴様らなど滅びてしまうがよい」とまで毒づいても、人々は金の仔牛を作って拝むことをついにやめなかった、あの姿。

色川武大も言うとおり、旧約聖書は「人々がいかに他人の言うことを聞かないか」ということを実に効果的かつ徹底的かつ壮大に記した、空前絶後の書物であることを痛感【最も聞かぬおれカネゴン】。

「生涯のうちで、神を5回までチェンジしてよい」というルールを設定したらさまざまな問題が一気に解決されないだろうか【リージョンコードとおれカネゴン】。もちろん6回目にはヤクザがやってくる

先月の映画秘宝で町山さんが「スターシップ・トルーパー」について書いていた。例によって記憶から:

原作者のハインラインは最初左翼だったが、結婚相手が軍出身であったことに影響されて一気に愛国者となり、この小説を執筆した。従軍した者のみが選挙権を持つ世界を描いたこの小説は、連載中からリベラル派が大騒ぎするほどの大問題作だった。

カネゴンの印象では、ハインラインに限らず、思想を豪快に転向した(できる)人はほぼ間違いなく文章が面白くなるような気がする。

実際ハインラインもだいぶ後に「異星の客」を出したら今度はヒッピーから聖典扱いされ、チャールズ・マンソン事件などの遠因になったりした。

textfile.orgより引用

...どこか自分からの「遠さ」を感じるときがある。「そこまで冷静にはなれないなあ」と思うからかもしれない。

カネゴンも実は似たようなことを考えてしまっていた【後から言うのはおれカネゴン】。森さんの文体がとても冷ややかだからなのかどうなのか。文体と本人は意外と一致しないことがあるので、実はとても熱血だったりする可能性もありそう。

リアルカネゴンを知っている人なら皆ご存知だと思うのだけど、カネゴンは常日頃から非常に感情の振幅が激しく、論理的に話すことが極めて下手だったりする。カネゴン自分では気付けなかったのだけど、それを見ている人からするとこの日記の文体はあまりそれっぽくはないらしい。

2007年01月09日(火)

今日の頭音:「風を撃て」キリンジ(Key=Eで始まる)

神について、存在する/しないとか生きている/死んだとか信じる/信じないとか何かと賑やかでうるさいのだけど、この議論というか質問の仕方が既に見当違いだと思う【零点満点おれカネゴン】。

神(=自分の心の上の方にあって自分を律するもの)は、それが存在するとかしないではなく、「必要」なのだと考えれば、最早議論の必要はなくなり、これ以上エネルギーを浪費しないで済むのではないかと。

誰もいない駄菓子屋で万引きしないで済むには、どうしても神が必要【監視カメラとおれカネゴン】。カネゴンには他のソリューションが思い付けません。

同じ論法で、地獄も万人にとって絶対的に必要だとカネゴン思う。でも天国クリスマス プレゼントはなくてもやっていけるような気がする。

もし仮にカネゴンに政権をちょっくら任せていただければ、あらゆる科学と技術資本マネージメントを結集させてこの地上に誰でも見物/収容可能な地獄世界(絶対に安っぽくせず、あらゆる贅と技術を尽くして未来の国宝になる仕上がりとする)を出現させ、観光だけで日本が半永久的に暮らしていけるようにいたします【聖地出現おれカネゴン】。もちろん日本国民は一人残らず地獄の鬼担当公務員として地下数百メートルの世界にて終身雇用されることに【奴隷ワールドおれカネゴン】。

うろ覚えなのだけど、1950年代から1960年代までの間(のどこか)でアメリカの経済(確か生産性)が驚くほど成長し、その成長の真の理由が(諸説あれど)実のところ不明であるということがポール・クルーグマンの本に書かれていたような気がする【錯綜情報おれカネゴン】。

しかしながら例の戦争の科学によると、冷戦中に軍事科学にじゃんじゃん資本を注ぎ込んだために軍需産業を中心に潤いまくったうえに技術革新が連発され、その技術革新が民間に下りてきてさらに全体が潤ったためであると書かれていた。生産性と経済そのものを一緒くたに考えるわけにはいかないとはいえ、一体どちらなのだろう。それとも実は「軍需なくして成長なし」というのが経済学者による極秘の結論だったりしたらどうしよう【陰謀愛するおれカネゴン】。仮に世界中から軍需軍備が消滅してしまうと、寄生虫や雑菌を取り除き過ぎた人間が頓死するように経済も圧潰してしまったりするのだろうか。

これまた同書の脚注によると、第二次大戦中、米国の情報機関によって何とハイゼンベルグ暗殺する計画が進められていたとある【どきどきするとはおれカネゴン】。中立国スイスで講演するハイゼンベルグが一言でも「核」という言葉を口にしたら射殺せよという命令があったものの、そのときはたまたまかどうしてか一言も口にせず、命拾い。その後、中立国でこれをやらかしたら世界中が大変な騒ぎになることに気付いて計画は中止されたとある。

同書の後半から突然、数学およびコンピュータ関連のあからさまな原文ミスが目に飛び込む【はしゃいで踊るおれカネゴン】。

ユークリッドが予言した「素数は無限にある」は未だに証明されていない。

ビルゲイツはパソコンを発明した。

記述も妙に鼻息が荒くなり、さいとうたかを的な加齢臭がただよってきそう【加齢着々おれカネゴン】。

ついでに、「双子素数」が無限にあるかどうかは未証明であることを知る。

情報量の単位と言えば当然ビットなのだけど、加法定理の成り立たない情報量単位というものを空想したらだめだろうか【ダメよダメダメおれカネゴン】。「加法の効かない単位」なんてもの自体語義矛盾なので空想どまりで。根拠は別にないのだけど、脳内の各部分における情報量を表すのに、ビットの加法性が必ずしも適切ではないような気がしないでもない。

2007年01月08日(月)

今日の実音:「Come To My Garden」Minnie Riperton(Key=たぶんDb)

三日ほど先祖たちの饗宴に顔を出しておりました【その間お風呂はおれカネゴン】。先祖にもいろんなのがあることを今更のように知る【言葉を濁すおれカネゴン】。

帰りを新幹線にしようか飛行機にしようか迷った挙句飛行機にし、離陸直後から後悔【フライトフライトおれカネゴン】。唇青ざめたまま前の座席を必死で掴む【高所と恐怖とおれカネゴン】。何とか気を逸らそうとしてBBC Newsなどを聞いても飛行機が揺れるたびに現実に引き戻される。うう。

まだ半分しか読んでいないのだけど「戦争の科学―古代投石器からハイテク・軍事革命にいたる兵器と戦争の歴史」の痛快さがたまらない。内容は「戦争の科学」というよりは「武器の科学史」とでもいう方が近いかも。

第二次大戦中に駆り出されたイギリスの数学者が、ドイツの(工場ではなく)民家を爆撃して何人殺せばドイツの武器の生産性を低下させられるかを算出したというエピソード(実際には何十万人殺しても逆に武器生産性は向上し完全に当てが外れた)。物理学者のみならず数学者の手も、彼らが優秀であればあるほど残らず血塗られていることを痛感【血塗られたいとはおれカネゴン】。

近代的軍隊が創設されたルイ十四世時代のフランスでは、兵士の動作を最初に体系的に振付けたのはルイ十四世お抱えのバレエ振付師だったとのことで(その振り付けは未だに強く影響を残している)、戦争と一見無縁な彼らもやはり血塗られていたことを知る【もっこりタイツとおれカネゴン】。

しかしカネゴンにとって最も衝撃だったのは物理学者ハイゼンベルグ矛盾に満ちたエピソード。ナチス嫌いを公言していたにも関わらずナチスに協力してドイツの原爆開発を指揮したハイゼンベルグが戦後逮捕された後に「自分が陣頭指揮を握っておいてから可能な限り原爆開発を遅らせた」と証言し、それが長らく一般に信じられていた。しかし遥か後にイギリス情報部が封印解除した機密文書によって次のことが暴露された: 逮捕当時、研究関係者が順々に取り調べられている一方で、別室で順番を待っている研究者たちのひそひそ話がイギリス情報部によってしっかり盗聴されていた(実は取り調べはおとりで、このひそひそ話こそが情報部の狙いだった)。それらを総合すると、ハイゼンベルグはナチス嫌いどころか紛れもなく本心から原爆開発に取り組んでいた。しかし、(理論物理学者にありがちな話で)ハイゼンベルグにはマネージメントの才能がからっきしない上に研究チームの体制が(他のナチス組織と同様)完全上意下達で硬直しきっており、さらにエンジニアリングについてまったく無知であったために幸か不幸か原爆開発がさっぱり進まなかったというのが真相だったとのこと。敗戦前一年間は、もぞもぞと加速器小型原子炉を組み立てるふりをしていた。かように、優秀でなければないほどその手は血塗られないことを痛感【血塗られないとはおれカネゴン】。

優秀な者は「進歩することは終わりに近づくことだ」という真言が表す終末への旅程を無自覚に加速するという重大な副作用を常に孕んでいる。そして優秀でない者はこの旅程を減速し人類をより長く永らえさせるという重大な使命を帯びている【言いくるめるとはおれカネゴン】。

オバケ屋敷をフライト中の飛行機で興行したら何をやっても怖くなること請け合い【恐怖4倍おれカネゴン】。

2007年01月05日(金)

今日の頭音:「サンダーバードのテーマバリー・グレイ(Key=F#)

赤ちゃんのお腹に手を当ててみると、うんちで気張っているせいか大変な腹圧が常にかかっている【面白がるとはおれカネゴン】。大人がこの調子でいつも気張っていたらたちまち脳溢血(とは最近言わないらしい)になるかもしれない。

カネゴンたちは、いつの頃からこのような腹圧をかけることをやめてしまったのだろう【紋切り型とおれカネゴン】。

Mind Hacks」に書かれていることをとことん余さず応用したら、大人もちびるものすごいお化け屋敷を開発できると確信【最もちびるおれカネゴン】。もちろん拷問にも。

「裏本」がついに死滅アダルト業界としては、後はハイビジョンで高解像度のコンテンツを製作するぐらいしかやることがなかったりしたらどうしよう。

かつてサンプラービット数やサンプリングレートがぐんぐん向上した頃「8ビットのざらざらしたサンプリングには何とも言えぬ味わいがある」みたいな逆説懐古趣味が取り沙汰されたことがあったけど、こちらでもきっと同じことが起きる予感。

このところめっきり他人の日記やWebページを読まなくなってしまったカネゴンなのだけど、久しぶりに妖精現実さんをじっくり読んで改めて文章の質の高さと実験精神に唸る。引用してたらきりがないのでひとつだけ。

限りある資源をなるべく長続きさせるため、良いものは秘密に。「人が殺到すると困る」性質のもの(例: 小さなレストラン、微妙な内容のスレ)は、いくら感激しても、むやみに広めない。

これとは何の関連もないのだけど、ここ一年のカネゴンは(何の気なしに)極力ブックマークされないようにこの日記を書いていた【攻撃目標おれカネゴン】。自分が書いたものがある程度以上ブックマークされたのを発見したら、(その内容をではなく)その書き方をやめ、以後は違う書き方にしていた。必然的に、面白リンクのメモやまとめ系の文章が減る。

このところ数学についてあまり書かなくなったのも、俗なポピュラー数学(と呼ばれているのかどうかは知らないけど)を見かけることが近年非常に増えたというのがある【へその曲がったおれカネゴン】。前世の業だか何なのか、皆が殺到するとカネゴンは反射的に身を引いてしまう【日陰のドクダミおれカネゴン】。

2007年01月04日(木)

今日の頭音:「マラゲーニャ」スタン・ケントン・オーケストラ(Key=GというかD7延々)

正月番組で古今亭志ん生(ここんていしんしょう)のヴィンテージ映像(昭和30年代頃)を見かける【実は初めておれカネゴン】。

二言目には「あんた、人間ってのはね」などとのんびりと人間や世間や男や女をひとくくりにして語っているのがある意味新鮮。実際、ある程度以上の年齢層はこの「人間ってのは」を何の反省もなく口にしていたのだけど、昨今になればなるほどこうした牧歌的かつ年下にとって煙たい一般化は喫煙同様肩身が狭くなってきているので、物分りのよさそうな表情の裏でひっそりとしかし確実にストレスがたまっているに違いないと想像できる。

なお、落語家の名前はかな漢字変換(IME)にまったく登録されていないので入力が面倒なことを知る。

同番組での「やすし・きよし」映像も見もの。全盛期のジャコパスのごとく不吉なまでに切れ味抜群の横山やすしと、それをすっぽりと包み込んでしまう西川きよしの器のでかさ。

2007年01月03日(水)

今日の頭音:(Key=E)

おやまの中ゆく 汽車ぽっぽ

ぽっぽっぽっぽっ黒いけむを出し

しゅっしゅっしゅっしゅっ白い湯気噴いて

機関車と機関車が前引き後押し

何だ坂こんな坂

何だ坂こんな坂

トンネル鉄橋ぽっぽっぽっぽっ

トンネル鉄橋しゅっしゅっしゅっしゅっ

トンネル鉄橋トンネル鉄橋

トンネルトンネル

どんどんどんどんどん登りゆく

まとまっていないけど書く【いつまでたってもおれカネゴン】。

経済学の十大原則のひとつに「貿易はそれを行うどちらにも利益をもたらす」というのがあったのだけど、カネゴンアイにはこの原則が現実ではしばしば破れているように見える(発展途上国がいきなり国際貿易に参加して競争に負けまくり、経済がどん底に突き落とされるとか)のはカネゴンの網膜が焼き付いているからなのだろうか。それともこのことは経済学者にはとっくに認識されていて、原則は原則に過ぎないし、問題があるのも確かなのでそこはこれからのんびり数百年かけて研究しようじゃないかということになっていたりするのだろうか。

確かナニワ金融道か何かで、「あんた、破産した者はほとんどの場合また前と同じ仕事を選ぼうとするもんなんですわ」みたいなセリフがあってカネゴンずっと気になっていたのだけど、上記の原則は、誰もが瞬時に楽々と異業種に転業することができて初めて成立するのではないかという気がして仕方がない。どの人も、簡単だけど不慣れなことより、面倒でも慣れたことをしたがるのではないかと。

「貧困を解決する」というのが実は貧しい者が全員飢えて死ぬのを待つという意味だったらどうしよう【定めを待つとはおれカネゴン】。

タブブラウザのタブを開きっぱなしにすることで記憶の代用にすると、ブラウザがこけたときに一気に失われることを痛感【炸裂したとはおれカネゴン】。

「平井玄」で検索するとトップに来るページ

平井玄も府川充男も知らないけど、単に「お前なんか仲間に入れてやらない」と小突き回しているだけのように見える。カネゴンにとって、団塊の世代というのは凄く大雑把に言ってこんな感じの人々だったりする。

なぜか知名度の低いジェネラルシャドウの姿を久々に見かける。当時のカネゴン(幼虫)は、ジェネラルシャドウの顔の造形に死ね死ね団の戦闘員に近いものを感じていた。

レインボーマン図鑑に63,000円ものプレミアが付いていた【買う手も止まるおれカネゴン】。

ところで、レインボーマンの作曲を担当した北原じゅんという作曲家がどのような人物なのかさっぱりわからない【知らずにおれぬおれカネゴン】。唯一、西郷輝彦に猛特訓を施したという情報のみ見つける。

メモ:xyzzyのカスタマイズ

最近じわりと流行っているらしい、Windows用のEmacsW32年末に試してみたのだけど、cygwinに比べればはるかにましとは言え、xyzzyに比べると起動は遅い。それに今更フォントのことで同じ苦労を重ねたくないのでxyzzyを継続使用することに。

James Brownについて検索していて見つけた:

坂本龍一がサンストで、誰のこととは言ってないが「ワンコードの上で、ウッとか叫んでるだけでソウル神様だって言うんだから(ソウルは)わけわかんねえ」とdisってた。

カネゴン長らくこの「disる」という表現がわからなかった(がそのままにしていた)。「けなす」「こきおろす」ということと推測【齢重ねるおれカネゴン】。

そんで『未来派野郎』出たとき、「俺の音楽は(あえて言うなら)もともとロックよりR&Bに近い」的なことを言ってたので「えー!?」と思った。

何で読んだのかも誰から聞いたのかも覚えていないのだけど、ジェームズ・ブラウンが日本でまだまったく知られていない70年代初頭に、なぜかさだまさしがJBを日本に招聘したことがあったらしい。武道館かそれに匹敵する大会場だったのだけど当然ながらガラガラ。JBはいたく機嫌を損ね、マントを着せられたまま引っ込んでしまい、スタッフからアンコールを求められても舞台袖で手を顔の前で左右に振って拒否したのだそうだ。

yomoyomoさんの訳文で「There is no there there」という表現を知る。

来年こそはオールナイト電メリ行きます。

今思えばガロ臭漂うサブカル色丸出しの写真時代はカネゴンの場合常に立ち読みだった。にもかかわらずカネゴンは写真とか映像にはまったく手出ししていない。

ところで、こういうマイナーなことについて日記に何か書くと面白いようにGoogleの検索結果に反映される【キャッシュを汚すおれカネゴン】。

2007年01月02日(火)

今日の頭音:「名古屋はええよやっとかめ」山本正之(Key=Dm)

薄紙を剥ぐようにMac OS Xを学習中【よちよち歩くおれカネゴン】。

 | 
最近のコメント