あけてくれ - おれカネゴンの「算数できんのやっぱり気にしすぎとや」日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

[あけてくれ]

●日記の内容をくれぐれも本気にしないでください。ほぼ何にも調べずに書いています。

●何を言っているのかよくわからない場合はとりあえず用語集を参照してください。

●時々同じ事を何度も書いています。心配するだけ無駄だと思うけど。

●敬称略。

●おしゃべりがどうしても治りません。

●日記を書いていないときは何も考えていません。

●リンクは御自由に(リンクを外すのも含め連絡不要です)。

●ここに書かれていることや文章の形式などはごっそりパクっても構いません。

●万一ここに書いてあることが何かの間違いでありがたく見えてしまうときは【あるわけなかろうおれカネゴン】、あなたの精神力が弱っていますので視聴を控えてください。危険です。

●もしここからリンクされると格が下がる/貫目が落ちるとお嘆きの場合はご連絡いただければ外します。

●日記インポート時のエラーがそこここに残っていたり恥ずかしくていたたまれない箇所があったりするので、折に触れて過去の日記も書き直しています。

●こんな日記を読むより、最上の日々最尤日記研修用資料active galactic科学と技術の諸相の方をお勧めします。

●twitter: hachi8833

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2007年02月28日(水)

今日の頭音:Steely Dan「Aja」の中のどれか(Key=Am?)

誰かカネゴンに一生解けない素敵な催眠術をかけてください【自分でやるとおれカネゴン】。

山形山形 2007/03/07 17:57 スティーリー・ダンが『FM』を流行らせたとき、アメリカのAM放送局の一部はそれをそのまま放送することを潔しとせず、FMのさびの部分のFに、AjaのさびのAをリミックスして、勝手に「AM」という曲にしてしまいました。Ajaを聞くといまもそれが連想されますです。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/03/07 19:03 >山形さま
お久しぶりです。事情を知らないととうてい察知できそうにないひねりですね。”FM”という曲はまだ聴いたことなかったので家で視聴してみます(あ、サビまで届かないか)。

2007年02月25日(日)

今日の頭音:名も知れぬ演歌(Key=Am)

土日ともなると決まって頭痛言い訳するとはおれカネゴン】。

例の読書猿の新しいメールマガジンが届く【狙い打たれたおれカネゴン】。

それについて何か書こうと思ったのだけど、同メルマガのバックナンバーに、カネゴンが最近思っていたことがコンパクトにまとめられていたので思わず引用【瞬時の目移りおれカネゴン】。

「難しい本を読める」という文化資本を持った人は、本を読まない人、読む時間・理由・動機・習慣等々がない人、本を読めない人がいることを、しばしば視野の外に置く。しかし「古典を読むのは当たり前」というのは、誰でもわかるように、ちっとも当たり前ではない(昔の人はもっと本を読んだというのも大ウソである。出版部数や進学率の変遷を見れば、読書家なんてのは人口のごくごく一部でしかなかったことはすぐばれる。連中は自分たち内輪の経験を過度に普遍化しているにすぎない)。

希少なものを「当たり前」にすり替える主張は、自分たちだけが《人間》だと言っているに等しい(一種の詐術だ=社会の中に人々を上下に切り分ける「望ましさ」を繰り返し生み出す、その仕組みの一端でもある)。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/SARU/saru110.html#BOOK1

経済がらみの議論が大好きな人たちを見ていて、誰もこの疑問に答えていないような気がするのはカネゴンの読み取り能力が足りないからなのでしょうか【違うと言えぬおれカネゴン】。

関係ないのだけど、もしかするとポル・ポトだかクメール・ルージュさんたちがやったことというのは、「難しい本が読めない人たち」に代わって「難しい本を読める人たち」を成敗して回ったということだったのだろうか【逆賊必然おれカネゴン】。彼らが「難しい本を読めるようにする(難しい本をやさしく書き直すことも含む)」という発想にまったく思い至らなかったのは、金であれ知恵であれそういうものを独り占めしている人たちに復讐することに夢中になってしまったからなのだろうと推測。つくづく、仕返しはどんな行為にもまして中毒になることを痛感。

カネゴンがこれまで読んできた漫画から想像する限りでは、住み心地のよい都市部を一歩離れてみれば、インテリがどれほどひどく憎悪されているかを嫌になるほど痛感できそうな予感。「難しい本を読める人たち」は、自分たちが思っているより遥かにディープに「何をしでかすかわからない連中」と思われている。

もしかすると、21世紀にカネゴンたちに課された使命とは、アローの定理などを始めとする人類の英知を一つ残らず噛んで含めて皆に教えて回り、そうした人類の英知のありがたみをすっからかんになくしてしまい、それらの価値を片っ端からゼロにすることだったりするだろうか【目覚めてしまったおれカネゴン】。カネゴンは価値を作り出すことはまったくできないのだけど、みんなが大事にしている価値を台無しにすることなら得意中の得意です【自信に満ちたおれカネゴン】。

「知は力なり」という現代ヤクザの格言からもわかるとおり、知恵は歴然とした武器であり、相手を物理的に(しかも血を見ずに)殺す力を有するものだから、核戦争と同じくすべての人が同じだけ知恵で武装し合って知恵の価値がゼロになることで初めてバランス・オブ・パワーが成立するということでいいだろうか。

そうして知恵の価値が完全に地に堕ちてゼロになった頃に、人類はその役割を知恵と一緒に昆虫あたりに譲ったりするだろうか【触角生やすおれカネゴン】。

独占されている知恵(情報)が広く知られる(スキャンダルが暴露されることも含む)と、それまで独占していた者たちにとっては明らかに損失なのだけど、そうした情報を得たその他すべての人たちにとっては、(ワイドショーで憂さを晴らすことも含めて)利得が発生する。

これまでの会社はほぼすべてと言ってよいぐらい、情報を独占または秘匿することで利益を得てきたのだけど、社会全体で見た場合、そういう秘匿された情報が全部暴露されてしまったら全体としては得になることはあっても損にはならないと考えてしまていいのだろうか。

そういうことを研究するのが情報経済学なのかと思ってたのだけど、もしかして違うのだろうか。

カソウケンで「セレンディピティ」という言葉を今頃知る。

.. 2007/02/26 09:25 経済学の話、いろんなとこで盛り上がってますけど、まあ、あんまりはっきり言えませんけど、やっぱり、学問をやる人は謙虚じゃないと。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/26 10:43 議論に参加するのが好きでないので眺めてるだけなのですが、各種議論を見ていると何だかフュージョンを聴いているみたいな気にさせられます。

2007年02月23日(金)

今日の頭音:「趣味の時代」ハルメンズ(Key=A)

やっぱり今のうちに昆虫を食べる練習をしておかないと生き延びられないかもしれない【当てが当たらぬおれカネゴン】。

何にもできないけど、生きていてもいいのだろうか。何の隠し芸も宴会芸も気の利いた出し物も小噺もできないけど、必殺技もなく魔球も投げられないけど、指導力も問題解決能力も人望もないけど、秘密の通路も隠し金庫の場所も知らないけど、いいのだろうか【食べることならおれカネゴン】。

三浦先生の「論理パラドクス―論証力を磨く99問」に「投票のパラドクス」(およびそれと同等の「アンスコムのパラドクス」)というものが紹介されていた。

大雑把に言うと、民主主義の定番である「過半数での可決」という手法には本質的な欠陥があるとのことらしい。(単純な投票ではなく)複数の項目を絡めた投票を行うと、投票結果がどういうわけか多数派の意見を反映しないことがしばしばあるのだそうだ【書いて写すはおれカネゴン】。

○は賛成、×は反対を表す。A〜Yは投票者。A〜Cが多数派、XとYが少数派。

/提案1提案2提案3
A×
B×××
C×
X×
Y×
決定内容×

XとYは全体としては少数派であるにもかかわらず、決定内容はXとYの望みどおりになっている。多数派のA〜Cの意見はほとんどまたはまったく反映されていない。

過半数ではなく「四分の三以上の投票」とすることでこの問題を回避できることまで既にわかっているとのこと。

カネゴンの知る限り学校でそういうことを学んだ覚えがないのだけど、このことはすべての人が知っておかないとかなりまずいような気がするのは実はカネゴンだけが知らなかったりするからなのでしょうか【夕焼け空とおれカネゴン】。

あと上の例では、A〜Cは多数派のくせに意見を揃えていないのだから負けても仕方がない、というふうに読まれてしまいそうな気がするのだけど、また何か、まずいことを書いてしまっただろうか。

コンテスト審査方式では、よく「審査員の得点群のうち、最高点と最低点を削除し、残りを合計する」という方法が用いられる。捨てられた点数がなんだかもったいないような気がしないでもない。この方式で落ち着くまでにいったいどんな骨肉の争いが繰り広げられたのか、そっちの方が気になってしまう【やはりお主はおれカネゴン】。

赤ちゃんが生まれて以来自粛していたピアノを久しぶりに弾いたら、歌心が消滅していて愕然。

何年かぶりに銀座でご馳走してもらう。

その後爆睡

太田蛍一のサイトに掲載されていた上野耕路との対談で、重要な指摘を発見

上野:でも音楽的に見ると、ピストルズはブルーノート(スケール)を使ってないんですよ。ペンタトニックとかも出てこない。ファズギターのバンドだと、大抵ブルーノート、ペンタトニックとか出てきてハードロックみたいになっちゃうんだけど、サウンドはあんな感じなのにドレミファ音楽みたいで面白かったな。スコットランド民謡みたいな感じで。

「ドレミファ音楽」という言い方がかわいい。

night_in_tunisianight_in_tunisia 2007/02/24 11:17 コンドルセのパラドクスは,アローにより一般化され「アローの不可能性定理」と呼ばれています.そちらも参照してみるのはいかがでしょうか.学部生の頃にこれを知って衝撃を受けました.ちなみにアローは僕が一番尊敬する経済学者で,史上最高の経済学者だと思っています.

banbanbanban 2007/02/24 22:46 切羽詰った状態になって、初めて虫を食べては、遅いのでしょうか?

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/24 22:47 ありがとうございます。「アローの定理」ですか。こういう定理は、宇宙のどこに行っても必ず成立するぐらいに一般性を高めて欲しいですね。そのためには長ったらしい前提を何とか切り詰めたいところです。
関係ないですが、どうして経済学は論理記号を使って記述されないのか不思議で仕方がないです。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/24 22:49 同じ食べるならおいしく食べたいなーと思います。調理法なんかもきっとまだまだ洗練の余地ありだと思うのですが。

night_in_tunisianight_in_tunisia 2007/02/26 11:06 数学を身にまとった経済学では論理記号で記述可能なんじゃないでしょうかねぇ.ただ,どのみち「集合A」は「日本経済全体を表す」とか読み替えが必要になるので不便だと思います.

アローの定理の僕流の解釈は「話せば分かる,は幻想に過ぎない」ってことです.いかなる方法を持ってしても利害の一致させる「普遍的」な方法は存在しない,と言っているのだと思っています.ただ,アローの定理はある集合からある集合への写像の存在を議論している訳ですが,定義域を狭めることでこの不可能性定理から逃れることが可能だったと記憶しています.その狭め方が現実とどれくらい整合的なのか,などは知りませんが.

たった3人の家族であっても,どうやっても問題を乗り越えられない家族もあれば,同じような好みを持っていて問題が起きない3人家族もあるってだけのことなんですがね.

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/26 11:11 >night_in_tunisiaさま
「話せば分かる,は幻想に過ぎない」というのが確かに本質だと思います。これを真正面から解決しようとするとだいたい失敗するということでしょうね。
問題解決といってもいろいろありそうで、自分が好きなのは「それは実は問題でも何でもなかった」ことに気付いてもらうというものです。

2007年02月22日(木)

今日の頭音:「燃焼系 燃焼系 アミノ式」の伴奏(Key=F#)

あとどのぐらい持ちこたえられるかわからない【アトラス像とおれカネゴン】。

ついに喉がイガイガと痛くなる。

三浦先生の「わが信条」(これも)。アメリカの大学一年目なんかでよくあるディベートのネタに使えそう。

面白そうなのでカネゴンも後でこういうの書いてみます【炎上必至のおれカネゴン】。

.. 2007/02/22 16:49 まだまだ行けるさ、君カネゴン。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/22 22:43 心配かけてすみません。自分もそうだけど、周りの堪忍袋もどのぐらい持ちこたえるか...

2007年02月20日(火)

今日の頭音:EL&Pの「展覧会の絵」が最初から最後まで

おのれの人間の小ささに気付いたところで大きくなるわけでもないことに気付く【大小様々おれカネゴン】。

以前からずっと気になっていたのだけど、「自由」というものについてどれほどの価値があるのだろう【鎖と玉とおれカネゴン】。

カネゴンは奴隷主義者なので、自由がまともに定義されていないうちから自由を無条件に「善」に設定して闇雲に追い求めるより、奴隷としての幸せを追求する方がはるかに能率がよいような気がしてしまうのはカネゴンが奴隷主義者だからでしょうか【トートロトロジーおれカネゴン】。

以前の日記で「音楽に無限の自由度があってもほとんど意味がない」というような意味のことを走り書きしたのをカネゴン思い出した。たとえば、たとえば音楽の即興演奏における自由度を拡張するとしたら「メタクソな演奏から極端にうまい演奏まで」「どうしようもなくひどい音色から極度に洗練された音色まで」自由自在かつ出し抜けに変えられるぐらいのことをしないと空間が広がらないと思ってしまう【締め切り前のおれカネゴン】。

ayahachiayahachi 2007/02/20 16:30 歌詞の自由度についてはどうお考えでしょうか?っていうか、森進一の『おふくろさん』問題ですが‥。川内康範という人物を今日初めてテレビで見まして、両方の耳の中からビュッと毛が生えているところに目が釘付けになりました。

そぷますそぷます 2007/02/20 16:44 コミュニケーションの手段としては無意味かも知れないけど、既成概念を打ち破ろうとする芸術的アプローチとしては意義がある気がする。勿論「ヘタクソ」「極端に上手い」「どうしようもなくひどい音色」「洗練された音色」という4つの”価値”の壁の中で遊んでいるだけでは意味がなく、それらの向こうにあるものを探求すればの話。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/20 19:19 >ayahachiさま
ああ、それ見たかった...
>そぷますさま
その向こうに一体何があるのか、自分は確信が持てない...何かがあっても自分にその違いがわかるだろうか...って何もしちゃいないのですが。

そぷますそぷます 2007/02/24 08:37 平たく言えば言語で規定できない無意識の世界があるんではないかと。「音楽に国境はない」っていうのはそこのレベルで語られるべき(ていうか語っては行けないん)だけど、“ジャンル”なる意識的分類がある限り「音楽にも国境がある」と。Do not talk about music. Just play.

no-nameno-name 2007/02/24 09:19 > ああ、それ見たかった...
画像だけですが、どうぞ。
http://d.hatena.ne.jp/Maybe-na/20070222/1172149705

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/24 22:04 >そぷます氏
「語りえる言葉がないときは、沈黙しなければならない」...ってsvnseeds氏が昔作った人工無脳のセリフでした。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/24 22:05 川内康範画像、ありがとうございます。
Wikipediaに「アルツハイマーで療養中」とあったので心配していましたが、思ったより無事そうで何よりです。

2007年02月18日(日)

今日の頭音:プロ野球中継の冒頭でよくかかる「ジャーンガジャーンガジャンジャジャンジャジャン」(Key=C)

POLYSICSを生で見たい【年を忘れたおれカネゴン】。どんなのか知らないからなのだけど、格好がDEVOそっくりなことからきっと好きになってしまいそうな気がする。もったいないのでYouTubeにごっそりある映像をいっぺんに見ないようにしているのだけど、そこでちょっぴり見た限りでは、テクノの先達たちがいろいろと先走って失敗したりお金がなかったり無意味喧嘩をしたり若気の至りに囚われた部分をきれいさっぱり排除した、実に無駄のない感じ【無駄でできてるおれカネゴン】。

もしメンバーが欠けたら呼んでください【厚々かましいおれカネゴン】。

すみけんすみけん 2007/02/18 23:44 ポリは1度ライブを見ています。キーボードのオンナノコのロボットダンスに惚れました。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/19 08:19 >すみけんさま
もしかするとキーボードってゲストなんですか?

UMIUMI 2007/03/01 12:43 POLYSICSのカクカクダンスは小学生の女の子でメンバーじゃないです。
新しいアルバムとても良かったですよ。
私は今度のライブ行く予定です。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/03/01 21:40 まずはアルバム買わないと、というのがもう流行らないか...

UMIUMI 2007/03/02 19:34 シングルになった曲が、山本正之みたい(勝手な解釈です)で良いですよ!

2007年02月17日(土)

今日の頭音:(Key=Cm,ジャズワルツ)

ズンタタタ ズンタッタ

ズンタタタ ズンタッタ

ダイヤモンドをつんざいて

白い稲妻おっ走る

バッター キャッチャー ぶっ飛んで

ボールのうなりに地獄が見えた

見ろよ あいつのピッチング

あいつは 侍ジャイアンツ

俗に「脳が柔らかい」などと言うけど、実際はどうなのだろう【すっかりソリッドおれカネゴン】。本当に年とともにコチコチになったりするのだろうか。硬さのみならず、匂いは、味は、いったいどう変わるのか【興味津々おれカネゴン】。

今更だけど、キャラクターづくりにかけては小池一夫より水島新司の方が断然上手いと思う。

例の「戦争の科学」にあった、ちょっといい話。例によって記憶から。

第二次世界大戦中、米国は、科学と科学者こそ戦争の行く末を左右することを認識しており、科学者の兵役を免除した。

しかし、科学者を目指す学生たちの兵役を免除することをころっと忘れていたので、科学者の卵が大量に戦死し、科学の進歩に相当の遅れが生じた。

というわけで、国民が一人残らず科学者になったら誰も戦争に行かなくて済むそうです、奥さん【全体主義とおれカネゴン】。

2007年02月16日(金)

今日の頭音:「名犬ジョリィ」(Key=C)

遠くなっていた気が少し近くなったような気がする【何が何だかおれカネゴン】。

もとい、このところずっと気が遠くなっていたのが、少しだけましになったような気がする。

仮眠をとったマンガ喫茶の本がことごとくべたついていてショックを受ける。

2007年02月10日(土)

今日の頭音:「青い山脈」が「ゴジラ」のようなアレンジで(Key=Am)

常々、「心理学」と書くより「感情学」と書く方が内容を正確に表すような気がするのだけど、今からでも変えてもらうわけにはいかないだろうか。感情学というのは残念ながら既にあるらしいのだけど、どんな内容なのか勝手かつ雑に推測してみる【ネットを汚すおれカネゴン】。

  • 感情を喜怒哀楽などとあれこれ分類しても、案外役に立たない。むしろどの研究者もそうした慣習的な分類にみごとに囚われてしまい、感情が正しく研究されないままできてしまった。喜怒哀楽は、実は互いに対等なファンクションでもなければ、これですべてが網羅されているわけでもない。
  • 感情の根源は、少なくともその一部は「つじつま合わせの衝動」にある。復讐心も、善意に報いたいと思う気持ちも、すべて「つじつまを合わせたい」衝動のバリエーション
  • 人からものをもらうと、根拠がなくても何かしてあげなければ悪いような気にさせられるのも、つじつま合わせ。
  • 自分が憎む相手を、自分が痛い目に遭ってでも一泡吹かせたいと思うのは、つじつま合わせの最たるもの。
  • 善人(と自分が思う人)がいい目にあい、悪人(と自分が思う人)が相応の報いを受けると、人はこれ以上ないほどの快感を感じ、喜びにうちふるえる。
  • 逆に、悪人善人(と自分が思う人)が苦しむのを見ると、人はこれ以上ないほどの悲しみを感じ、悪人(と自分が思う人)が世にはばかるのを見ると、人はこれ以上ないほどの怒りを感じる。
  • 感情と微妙に違うのだけど密接に関連しているものに、「自分を守りたい/弁護したい」衝動がある。
  • 感情は意外にメカニカルに動作する。
  • 感情はメカニカルであるにも関わらず、感情に駆られるとしばしば判断が曇り、筋の通らない考えや行動に走ることがある。これは、つじつま合わせの対象の一方が、先の「自分を守りたい/弁護したい」衝動に設定されてしまうため。
  • したがって、感情そのものは意外に大した問題ではなく、つじつま合わせの対象が「自分を守りたい/弁護したい」衝動にロックオンされてしまうことの方が問題。

カネゴンの場合、Webでも本でも「知の」という表現が「」抜きで使われているのを見た瞬間から、絶対にそれを読まないことにしている【過去世の業とおれカネゴン】。

晩御飯を食べ過ぎて爆睡【弁当二つとおれカネゴン】。

タイトルタイトル 2007/02/11 12:44 > 知の

私の場合、あと、「エロス」、「機械」、「欲望」あたりも。ちょっと古いか(?)

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/12 05:59 NGワードにもいろいろありますが、「知の」が一番確度が高いですね。

2007年02月09日(金)

今日の頭音:(男女のデュエットで)(Key=D)

チェリーナ 君はかわいいピンク

チェリーナ 君はかわいいピンク

チェリーナ(G) チェリーナ(D)

チェリーナ(Em) チェリーナ(A7)

かわいいピンク チェリーナ

皆さんは、キンチョールがどんな臭いだったか今その場で思い出せますか【巻き添え増やすおれカネゴン】。

女性が(既婚未婚を問わず)セレブの種を入手して子供を作ってもいいということになり、かつお手軽かつ安価かつ安全な懐妊方法が確立したら、皆血相を変えて次々におなかを膨らまし、少子化問題がいつの間にかどこかに行ってしまったりしないだろうか【使ってもらえぬおれカネゴン】。

不純物に注意。

もちろん、セレブになった男には精子をせっせと社会に提供するよう義務付ける必要もある。精子には当然賞味期限があるので、セレブ男たちは毎日のように提供し、薄めたうえで厳重に規格を揃えてパッケージングしてコンビニの棚に並べられるようにしなければならない。

そしていつしか、その精子パッケージの価格がやがて変動制となって取引市場が登場し、さらに何かの間違いで発展して通貨にまで昇格すれば、人類は理想の「賞味期限つきのお金」をその手にできることになったりしないだろうか【イカの臭いとおれカネゴン】。

青木雄二漫画短編集 (広済堂文庫―漫画文庫)によると、美しい女性は、本人が気付かないうちに、たとえば喫茶店でウェイターがこっそりチンコを突っ込んだ飲み物を飲まされる運命から逃れられないらしい。

1950年代に書かれたクラークの「幼年期の終わり」というという泣ける小説の中で、空想の技術として「100%確実な方法で子供の父親を特定できる技術」が登場していた【今は泣かないおれカネゴン】。

ふと気付いてみれば、ほぼそれと同等の技術をいつの間にかカネゴンたちは手にしていた。

Phewの方法論は一貫して「楽曲のキーとまったく違うキーで唄う」、これに尽きる。下手だからちゃんと唄えないのではなく、あきらかに意図的に調子っぱずれにやっている。この辺がパンクの真髄なのだろうか。声質が邪悪で陰気で滑舌が悪いのは生まれつきなのかもしれないけど。後、誰も指摘していないのだけど、Phewはいつも鼻づまりがひどい【最も詰まるおれカネゴン】。

マジカルパワーマコって聴かない方がいいでしょうか【いかもの食いとおれカネゴン】。

例のMind Hacksに「人間が瞬時に把握できる数はせいぜい3まで」という記述があり、数を3つまでしか数えられない(1,2,3,たくさん,と数える)土人の話を思い出す。

考えてみればカネゴンたちも、2つか3つの事例を実際に目にしただけなのにたちまちそれを「だから女ってのは」とか「だからユダヤ人ってのは」などと一般化してしまうことはざらにあり、皆こうやって脳のストレージと思考を劇的に節約していることを痛感。「1,2,3,たくさん」以上に踏み込むことがなくてもやっていけるのは、それでもやっていけるように社会最適化されてしまっているからだということも痛感。

聞くところによると、レオナルド・ダ・ビンチは何であれ仕事を最後まで完了したことが一度もないらしい。作業中に自分の興味が満たされた途端、もう関心がよそに向かってしまっていたとか【安心したいおれカネゴン】。

UMIUMI 2007/02/10 14:07 幼年期の終わり、読んだはずなのに全く内容を覚えていない自分にびっくりしました。
マジカルパワーマコはレコード屋に行く度に「これっていいのかなあ?」と色んな人に聞いてきたんですがみんな「うーん」と言ったままはっきり答えてくれないので、私にとっては長年わからないままの人達です。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/10 21:45 >UMIさま
マコって最初「魔法のマコちゃん」みたいなものかと思っちまいました。
http://knhrssk.hp.infoseek.co.jp/gazouop.htm

2007年02月06日(火)

今日の頭音:正弦波(F=440Hz)

漫画家の渡辺和博が亡くなったことを家人経由で知る。

以前も書いたとおり、この人の似顔絵と文章のうまさは超一級であったにもかかわらず、「ヘタウマ」という先入観のせいでどうやら誰もそう思わなかった【先入観ならおれカネゴン】。

カネゴンはこの人を「熊猫人民公社」という単行本で最初に知ったのだけど、カネゴンが中学の頃から立ち読みしていた(が決して買わなかった)「ガロ」の自己満足風漫画とはまるで違っていて、まずそのことに驚いてしまった。

本人は真顔のまま決して相好を崩さないのに、相手を爆笑させたり、一転して心胆寒からしめたりと読者を完全に手玉に取る。ものすごい文章テクニックなのに、フュージョン臭くも文学臭くもならない(業界臭くはある)。時事ネタ業界ネタが極めて多いにもかかわらず妙に普遍性が高い。まったく天然ではなく、明らかに作為の産物なのだけど、その作為のバリエーションがものすごく多い。

どうにもうまく説明できないのだけど、たぶんどんなに練習してもこの人のような文章は書けるようにはならないことは確実。カネゴン「金魂巻」は数ページ立ち読みしただけですが【オール立ち読みおれカネゴン】。

渡辺和博はある意味エイドリアン・ブリューのように、あまりにもあっさり天才として突き抜けているにもかかわらず、悲壮感がどこにも漂わないのでありがたみがない、ちょうどそんな感じ。

例のMind Hacksで、最後の方に次のような実験がいくつか紹介されていた。例によって記憶から。

被験者にクイズを解かせる。実は被験者には内緒で、あるグループにはクイズに攻撃的な言葉を織り交ぜ、対照群には普通の言葉を使用する。すると、攻撃的な言葉を織り交ぜられたグループの被験者は物腰が知らず知らずのうちに乱暴になる割合が増えた。

ポジティブな言葉をいっぱい聞かせたグループと、ネガティブな言葉をいっぱい聞かせたグループにそれぞれ試験を受けさせた結果、前者の方が成績がよかった(だったか速く走れるだったか忘れた)。

これらの実験がどのぐらいの精度で行われたのか知らないのだけど、西洋人はこういうのが心の底から好きらしいことを痛感。カネゴンアイにはこれらは実験というより自分たちのあらまほしき願望を確認する作業のように見えてしまう【叶わぬ願いとおれカネゴン】。とかく脳がらみの実験は、実験者側の意図とか願望が思った以上に強く結果に作用しがちというか、客観性を保つのが難しいというか、自分の座っている木の枝を切るようなことになりそうというか。

2007年02月04日(日)

今日の頭音:停止

二日酔で終日寝込む。

怪奇大作戦がNHKハイビジョンで「怪奇大作戦 セカンドファイル(PDF)」として復活するとの情報【録画の予約とおれカネゴン】。

さっき配信された読書猿メールマガジンで、S言語(とオープンソース版のR言語)というものがあることを初めて知る【横に流すはおれカネゴン】。

ふと思ったのだけど、Macromedia Flashの操作言語であるActionScriptがもしこのS言語を下敷きにしていたら、世界は相当変わっていたかもしれない【たらればもしのおれカネゴン】。

何度でも書くけど、読書猿は他では得難いテキスト群で、最早「感想文」という範疇に収まらない素晴らしさ。

たごたご 2007/02/05 00:54 蟻の育成ゲーム、購入したのはイイんですが、あのHPのよーに全く盛り上がれないんです、気が狂いそーに地味なんです、ダメっすかね?ブライアン・イーノのアンビエントに盛り上がれない感じに似てます。ダメっすかねー?

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/05 01:10 >たごさま
何だかプレイヤーをむやみに選びそうなゲームですね。私はゲームをしなくなって15年も経つのでゲームの選球眼はさっぱりです。

TXJTXJ 2007/02/05 22:19 retrospectiveに読み返すと、中野監督の「たかおのにっき」で新怪奇大作戦情報がありますね。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/06 22:29 同じ内容がmixi日記で一足先に公開されていたのを見つけました。

2007年02月03日(土)

今日の頭音:サッカーとかラグビーの試合中ずっと鳴り響いている「ペー」という妙な催眠音波

デザイナー・ほうとうひろしのプロファイルは今のところどこにもない

と思ったらムーターウェブ見つけてくれた

2007年02月01日(木)

今日の頭音:「God Save the Queen」Sex Pistols(Key=A)

少し前のRadium Software Developmentの「Unskilled and Unaware of It」より:

最後に Kruger らは,「論理的解釈」に関してテストを行ったのちに,被験者を2つのグループに分け,一方のグループには論理的解釈に関する簡単な訓練を施しておき,再びテストを行うという試みを行った。その結果,訓練を施されたグループに関してのみ,能力の低い者は自己を低く見積もるようになり,能力の高い者は自己を高く見積もるようになるという変化が見られた。これはつまり,正しい知識の獲得が自己評価を正す方へと働いたと見ることができる。

http://www.radiumsoftware.com/0609.html#060919

どこに行ったらこの訓練を受けられますか。カネゴンがこの訓練を受けたら、これ以上根拠のない自信で舞い上がることもなくなりますか【天まで高くおれカネゴン】。

自分でも理由がわからないのだけど、最近なんだかYouTubeでピストルズとかジョン・ライドンとかPILを繰り返し視聴するようになっている【自分で自分がおれカネゴン】。こういうのをこれまで映像で見たことがなかったせいか、ちょっとだけ飢餓感が癒されたような気がしないでもない。

ピストルズはやはりドラムが小憎らしいほどうまく、さらにこうして見てみるとジョン・ライドンの立ち居振る舞い一つ一つが惚れ惚れするほどかっこいい【地べた這いずるおれカネゴン】。ジョン・ライドンはジャズを憎悪しているそうで、そういうところもまたいい。

今見つけた、PILのCareeringという曲は、ドラムはそれほどでもないけど、ぞっとするぐらいかっこいいと個人的に思ってしまう。これまでカネゴンあんまり気にしていなかったのだけど、PILのキース・レヴィンのグチュグチュしたギターと鋭角的なノイズシンセは、ブライアン・イーノが前頭葉をどこかに落っことしたみたいでとてつもなく素晴らしい。これほど確信を持って徹底的にクチャクチャとギターを弾き続けられる人はあと何人いるだろうか。素晴らしすぎて本人すら二度と同じクォリティでの演奏はできないだろうというのが容易に想像できるのだけど。

そしてカネゴンどういうわけか、キース・レヴィンの演奏にはマイルス・デイヴィスのそれと同じものを感じてしまう。紛れもなく、キースのギターはマイルスのトランペットと完全に互換性があり、いつでもほいほい差し替えられる。どちらも演奏の内容を全然問題にせず、音それ自体の価値だけを偏執的に追求しようとしているからだろうか【そんなオチではおれカネゴン】。

と書くと、そんな風に聴こえてきませんか【振り子で眠るおれカネゴン】。

ついこの間日経サイエンスを買ったはずなのに、もう新しいのが出ている。この一月、カネゴンは寝ていたのと変わらないのかも【空飛ぶ記憶のおれカネゴン】。うう。

日本人コンテスト」というのはないのだろうか。出場者の中で、誰が一番どうしようもなく骨の髄まで日本人なのかを競うコンテスト。

カネゴンは、その存在自体が日本そのものです。カネゴンを見つめる皆さんの視線は、海外の国々が日本を見るときの視線と完全に同じです。日本が海外からどのように見られているかが知りたければ、(カネゴンそのものではなく)カネゴンを見つめる自らの視線を仔細に観察すればよいのです【それを見つめるおれカネゴン】。

idonokaibutuidonokaibutu 2007/02/02 22:05 やはり初期PILはキースレヴィンのバンドだったのだと再確認する次第です。コレをあのピストルズ直後にやったのも驚異だけど...ひょっとして楽譜とかが存在していて再現可能な音楽だったとしたら...と思うと、恐怖です。
ごくたまにフリクションとか聞き返すときに、フトよぎる恐怖と同じです。

たざきたざき 2007/02/03 00:59 「日本人コンテスト」面白いけど、審査基準でもめそうだなあ。

「芸能人っぽくないコンテスト」とかどうだろう?

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/03 07:37 >idonokaibutuさま
というものの、私は「Flowers of Romance」一枚しか聞いたことなkったのですが...この間やっと「Second Edition」(旧「Metal Box」)買いました。

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/03 07:39 >たざきさん
「関西人コンテスト」ぐらいならありそうなのに、「日本人コンテスト」までレンジを広げると途端になさそうになるのが妙ですね。

たごたご 2007/02/03 19:32 http://blog.goo.ne.jp/tagomago1021/e/8205ef1642f6201ad8e39fcad87c04b9
映像を見るとかなりガッカリできます

うりかねぐんうりかねぐん 2007/02/04 19:17 >たごさま
そこまでLowだとある意味見ものかもしれないですね。ジャズとかだと、相当の大物でも信じられないようなダメライブアルバムがざらにあったりしますが。

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