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●日記の内容をくれぐれも本気にしないでください。ほぼ何にも調べずに書いています。
●何を言っているのかよくわからない場合はとりあえず用語集を参照してください。
●時々同じ事を何度も書いています。心配するだけ無駄だと思うけど。
●敬称略。
●おしゃべりがどうしても治りません。
●日記を書いていないときは何も考えていません。
●リンクは御自由に(リンクを外すのも含め連絡不要です)。
●ここに書かれていることや文章の形式などはごっそりパクっても構いません。
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●もしここからリンクされると格が下がる/貫目が落ちるとお嘆きの場合はご連絡いただければ外します。
●日記インポート時のエラーがそこここに残っていたり恥ずかしくていたたまれない箇所があったりするので、折に触れて過去の日記も書き直しています。
●こんな日記を読むより、最上の日々や最尤日記や研修用資料やactive galacticや科学と技術の諸相の方をお勧めします。
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人生楽ありゃ 苦もあるさ
涙の後には 虹も出る
歩いてゆくんだ しっかりと
自分の道を 踏みしめて
人生勇気が必要だ
くじけりゃ 誰かが先に行く
後から来たのに 追い越され
泣くのがいやなら さあ歩け
【勇気がないとはおれカネゴン】
YouTubeでLed Zeppelinを探しては見まくり、改めてこのバンドの音楽の作られ方がほかのバンドとあまりに異質であることを痛感。当人たちすら当時と同じことが二度とできなかったということからわかるように、音楽の組み立てがはらはらするほど危うく、再現性が異常に悪いがために、うかつにコピーすると悲惨なことになってしまう。どんなにいいパーツを集めても同じものを組み立てられない自動車のよう。
コピーが許されるのは、音楽の組み立てられ方が同じぐらい危ういクイーンぐらいしかないかもしれない【単に危ういおれカネゴン】。
みなはどう思っているかわからないけど、カネゴンにはレッドツェッペリンの音楽はこれっぽっちもブルースと思えない【石持て追わるるおれカネゴン】。それ以上に、ブルースっぽいかどうかということは、レッドツェッペリンの音楽の異様さと完成度の高さについて何の関係もないとも思う。そして、ボーカルのロバートプラントはいつも苦し紛れに曲の間を埋めているだけだとも思っている(譜面にしたら何の意味もない歌しか歌っていない)。
「かっこよさ」は数学的対象となることをこの世の終わりまで拒むことが予想されるのだけど、その原因としてかっこよさは加法性を持たない(値を持たず、順位のみを持つ)ことが考えられる。人間の「馬鹿」という性質も、同様に加法性を持たないことはカネゴンの中でのみ思い知らされている【豊富に有するおれカネゴン】。ほかにも「エロさ」など、加法性を持たないがゆえに理論的研究を拒絶する分野はいくらでもある。
上でリンクしたツェッペリンのコピーでは、かっこよさが加法性を持っているはずだということを演奏者が無意識に前提としているがために、結果的にかっこ悪さが100倍増しとなってしまっている。かっこよさが加法性を持っているという思想に染められてしまったら、「これとこれができたら倍かっこよくなる」というかっこよさの加工貿易的思想でしか音楽に取り組めなくなる。ツェッペリンの音楽は、あのドラマーなしでは本人たちすら再現不可能という究極の再現不可能性により、かっこよさをテクニックで奪い取ろうとする者たちを未来永劫自動的に懲らしめるようにできている【こんな刑罰おれカネゴン】。
家に帰ったらYouTube見てみます。すかんちのコピーバンドをやってみたら何かわかるかもしれないですね。