自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【160冊目】岡倉天心「茶の本」

茶の本 (岩波文庫)

茶の本 (岩波文庫)

本書は「茶の湯」について書かれたわずか60ページほどの本であるが、同時に最高峰の日本文化論のひとつである。

茶のルーツから茶道と道教や禅との密接なつながりを論じ、その中で中国から伝来したこれらの思想や宗教が日本でいかに「茶」というひとつの世界に昇華されたかを説く。内容自体は茶の湯の世界から一歩も離れることがない。しかしながら、同時に本書は、茶の湯という存在を通じて、間違いなく日本という文化、日本という精神がもつひとつの本質を確実に掴み取り、茶の湯というひとつの世界の中にそれを写し取って見せている。

日本的なものが見直されるのはよいことだが、最近は、武士道や忠孝の精神などずいぶん勇ましいイメージで日本が語られることが多いように思える。確かに武家社会の伝統というものもそれなりに日本に息づいていたことは確かだし、それが日本文化の一つの側面をかたちづくってきたことも否定できない。しかし、その反面で本書に描かれるような、簡素で静謐、謙譲を旨とし、自然を尊び、「数寄」を大切にする茶の湯の世界も、日本という精神の大きな側面であることは疑いないように思える。そして、こうした日本文化の重要な側面のルーツが中国の文化や思想に由来するところが大きく、その影響を無視できないことは、本書でも説かれているとおりである。

象徴的なのは茶室という空間の特異性である。そこは簡素で清浄な空間であり、すべてが完璧に整えられていなければならない。著者はそれを西洋の豪壮な宮殿との対比の中で鮮烈に描き出し、空間としての茶室の意味合いを明らかにしてゆく。そのわずかな空間に、いわばミクロコスモスのように茶の湯という精神が横溢しているのである。また、そこに飾られる花や掛け軸、また訪れる客人にもそれぞれに役割があり、意味がある。そのそれぞれの意味の詰まった細部にこそ、すべてがあるのである。

他にも道教や禅と茶のかかわりから花や掛け軸にかかる芸術論まで、とにかくすべて間然とするところがない。武士道ばかりが日本だとお考えの方にはぜひ一度お読みいただきたい、超一級の文化論、文明論、宗教論、芸術論、思想論である。