【358冊目】乙一「暗いところで待ち合わせ」
- 作者: 乙一
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2002/04
- メディア: 文庫
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視力を失って一人で暮らすミチルと、殺人犯として追われ、ミチルの家にひそかに入り込んで、そこに何日も潜み続けるアキヒロ。この設定というか着想がとにかく面白い。視覚障害というファクターをこういう形で小説に取り入れるとは驚いた。そして、目の見えないミチルが次第にアキヒロの存在に気づいていくところが、またよくできている。この小説はミチルの視点(?)とアキヒロの視点が交互に登場するのだが、アキヒロが「まだ気づかれていない」と思っているのに対して、ミチルはいろんなことに気づいていたりする。その理由やきっかけにも視覚障害という要素がうまく活かされており、そのあたりの認識の落差みたいなものがとてもリアルに書かれている。
全体として、「目が見えない」というファクターをここまで縦横に用いて組み立てられた小説は、ちょっとないのではないか。とはいっても、単なるトリッキーな要素としてだけ、視覚障害を用いているのではない。この小説の印象的なところは、視力を失っていく過程からその後の生活に至るまで、視覚障害者の世界というものを相当なリアリティをもって描き切っているところであるように思う。特に、目が見えないからこそ鋭敏に感じる「気配」の描写が実になまなましい。
そして、もうひとつ印象的だったのが、二人が本質的に「似たもの同士」であるという点。二人とも他人を避け、孤独に逃げ込んでいる。しかし心の奥底では他人とつながることを望んでおり、深い寂しさを抱えて生きている。その屈折が、二人を次第に近づけ、共鳴させていく。アキヒロの存在を確信し、悪い人間ではないと感じたミチルは、夕食のシチューをアキヒロの分もよそっておく。そして、食卓についた二人は、お互いの存在を知っているにも関わらず、黙ってシチューをすする。なんとも異様な、しかしどこか心を打つ光景である。
個人的には、目の見えない女性が「自分の部屋に見知らぬ男性がいる」と知ったとき、いくら「悪い人間ではない」と思ったとしてもこんなに平静に振る舞えるものなんだろうか、と思わないでもないが(いくら「何かされたら舌を噛めばいい」と思っていたとしても、ずいぶん度胸の据わった人である)、それはともかく、二人の関係という横糸にミステリー的要素という縦糸をきちんと一本通しており、最後まで目の離せない小説である。