Hatena::ブログ(Diary)

5日と20日はJ-POPを読もう。

2011-12-20

中島みゆき『荒野より』

ポジティブな仮面をかぶった、本当のネガティブ

こんにちは。

小さいころ、私の家の近くには荒野とも呼べるような草原がありました。いまは住宅地です。ここに住んでる人は、荒野時代を知らないのだなぁと思うと感慨深いです。

荒野より

今回は予告通り、中島みゆき荒野より』を読んでみようと思います。

ところで、つのはず誠は「キラ歌発掘隊」で、この曲について以下のように述べています。

歌詞を見れば「君がこの星に居てくれること」と星レベルで相手を見るスケールのデカさに驚き、また「君を想えば立ち直れることだ」という絶対的なポジティブ・シンキングにも感心する。さらに「夜明けの来ない日はない」という歌が圧倒的に多い中で「朝日の昇らぬ日は来ても」と、悲観的な状況を否定せず、その上で「君の声を疑う日はないだろう」と、どこまでも相手を信じる言葉が綴られていて、(後略)

ぇ? この曲ポジティブ・シンキングなの? 私はこれを読んで、絶大なる違和感を覚えました。ポジティブじゃないっしょ。ネガティブっしょ。

だってだって…。って、話は長くなりますので、どうぞ続きを見てみてくださいまし。

(追記:ご本人いらっしゃいました。コメント欄みてね。)

歌詞はこちら→http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND117092/index.html

構成はこちら→A-B-サビ-A-B-サビ-B-サビサビ

D

Aメロのネガティブ

つのはず誠が引用したのは、この曲の歌詞の最初の連です。

望みは何かと訊(き)かれたら 君がこの星に居てくれることだ

力は何かと訊(き)かれたら 君を想えば立ち直れることだ

1行め。望みを訊かれて「君がこの星に居てくれることだ」と答えるのはどういうシチュエーションでしょう。「君」っていったらふつうは目の前にいる相手を表すときに使う言葉ですから「君がこの星に居てくれること」は、一般的に考えれば当然なことです。

でも「君がこの星に居てくれることだ」と答えるのはなぜでしょう? それは、当然だと思っていた上記のことが、当然ではなくなったから。つまり、君がこの星からいなくなってしまったか、少なくともそれが脅かされたことをこの歌詞は暗に表しています。そして、この星にいないのなら、存在しないのと同じようなものです。

2行めも見ましょう。「君を想えば立ち直れることだ」。私が注目したのは「立ち直れる」です。ブログとかですぐに辞書引用する人は好きじゃありませんが、goo辞書の大辞泉によると「立ち直る」は、

1 倒れそうになったものが、もとに戻る。

2 悪い状態から、もとの状態に戻る。

とかって書いてあります。どちらも悪い状況からスタートして、元に戻るときの動作を描いています。この単語は悪い状況を前提としています。「君を想えば立ち直れることだ」と歌うのはとても力強くはありますが、その後ろにある暗い影から、目を背けるわけにはいかないです(>_<)。この曲はそんな風に、言葉に直接に現れないところが、とてもとても暗いのです。

"Bメロのネガティブ

1番のBメロも読み進めてみます。

僕は走っているだろう 君と走っているだろう

あいだにどんな距離があっても

僕は笑っているだろう 君と笑っているだろう

あいだにどんな時が流れても

こんな感じ。ところで、2番のAメロも引用してみます。

朝陽の昇らぬ日は来ても 君の声を疑う日はないだろう

誓いは嵐にちぎれても 君の声を忘れる日はないだろう

1番のBメロ以降、サビ以外の部分はすべて「(たとえ)××でも ○○だろう」または「○○だろう (たとえ)××でも」という言い回しだけで構成されています。同じ文のつくりをしているのなら、その構図は同じになるはず。そういう期待を込めて、ここから先を読んでみたいと思います。

朝陽の昇らぬ日来ても 君の声を疑う日はないだろう

誓いは嵐にちぎれても 君の声を忘れる日はないだろう

2番のAメロですが、最初は「○○だろう」部分、つまり「君の声を疑う日はない」に注目してみます。

これまで、斉藤和義『やさしくなりたい』サンボマスター『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』や、AKB48『10年桜』とかでも取り上げてきたように、否定文って一度 文章の意味の内容を肯定の状態で飲み込んでから、それをひっくり返しにかかります。だから「君の声を疑う日はない」と書いてあったら、その前提として「君の声を疑う日があった」と読み取れるはずです。実際そういう経緯がないと、こういう言い回しはしないはず。

それは2行めも同じ。「君の声を忘れる日はないだろう」と書いてあるということはつまり、君の声を忘れた日があったか、少なくともその記憶の確かさが揺さぶられてしまったことがあると読むことができます。

さらに、「××でも」部分に踏み込んでみます。ここも、変です。

朝陽の昇らぬ日来ても」って部分、ここが「が」ではなくて「は」になっているのは、すごく重要。

朝日の昇らぬ日」は、この文の主題にあたります。益岡・田窪『基礎日本語文法-改訂版-』によると、

主題になるための必要な条件として、取り上げられる名詞が、話の流れ、発話場面の状況、常識などから、どの対象を指し示しているのかが特定できるものでなければならない。

ということ。私には「朝日の昇らぬ日」がどんな日なのか特定できませんが、この曲では主人公はそれを特定できると考えています。だから「が」ではなくて「は」を使っているはず。

ということは、主人公は「朝日の昇らぬ日」を経験したということです。

ここからジャンプアップして、けっこう派手な仮説を立てることができます。

この曲にはたくさんの「××でも」という部分があります。この「××でも」部分には、実際に起きた出来事が入るのではないでしょうか。

探ってみると、かなり多くの「××でも」があって、ぜんぶがきれいに符合します。

僕は走っているだろう 君と走っているだろう

あいだにどんな距離があっても

つまり、主人公と「君」との間には距離があるということ。

僕は笑っているだろう 君と笑っているだろう

あいだにどんな時が流れても

つまり、長い時が流れたということ。

朝陽の昇らぬ日は来ても 君の声を疑う日はないだろう

先ほども触れたように、朝日の昇らぬ日は来たのだということ。

誓いは嵐にちぎれても 君の声を忘れる日はないだろう

そして、誓いは嵐にちぎれたのだということ。

サビのネガティブ

荒野より君に告ぐ 僕の為(ため)に立ち停(ど)まる

荒野より君を呼ぶ 後悔など何もない

サビの歌詞はこれだけです。2行とも否定文なので、その後ろ側をのぞいてみます。

「僕の為(ため)に立ち停(ど)まる」と「君」に告げているということは、つまり「君」は主人公のために立ち止まっているのだということ。そして、「後悔など何もない」ということはつまり、後悔がある、ということですね。

「後悔がない」と歌っているのに、後悔があるという風に読むなんて、すごくあまのじゃくに見えます。後悔はないって言ってんだから、ないものはないでしょ!って読みもまあ、一般論としてはアリです。でも、コトこの歌詞に限って言ったら、やっぱり後悔はしていそうです。

「望みは何かと訊(き)かれたら 君がこの星に居てくれることだ」と曲の冒頭にありました。「君」がこの星に存在しないと言い切れやしないですが、それでも君の存在は少なくとも一度は揺らいでしまったことは、よく分かります。主人公が「君」を想って立ち直っているから、少なくとも主人公のそばに「君」はいなさそうです。

それに、1番のBメロから、距離の面でも時間の面でも、二人の間に大きなギャップがあることはわかります。

なのに、君に告げたり呼んだりしているあたり、やはり主人公は君のことをあきらめてはいないのです。それは主人公にとってはほんとうに後悔ではないかもしれませんが、君の目から見れば後悔かもしれませんし、主人公は君の目から見て自分の感情が後悔と思っているかもしれません。そうでないと「後悔など」なんて言いませんって。

前にポケットビスケッツ『Red Angel』を読んだとき、

なにも恐く なんかないから

という部分がありました。私はこれを「強がりの定型句」と読みました。「なんか」というのは「など」と同じ意味です。『荒野より』の「後悔などなにもない」も同じように、強がりみたいに読める感じしますね。

それにもうひとつ、この歌詞にはある大事なことが書いてありません。

荒野より君に告ぐ 僕の為(ため)に立ち停(ど)まるな

荒野より君を呼ぶ 後悔など何もない

立ち停まらない「君」の行き先は、この歌詞には書いてありません。

それに、後悔ではない主人公の感情は、この歌詞には書いてありません。

もし未来に対して望みをつなぐ歌詞だったら、「君」の行き先を明示してもいいはずだし、主人公から「君」への後悔じゃない気持ちを綴ってもいいはずです。でもそんなことは書いてありません。

だから、主人公は未来に対して一切のビジョンがない…

あれ。

僕は走っているだろう 君と走っているだろう

あいだにどんな距離があっても

僕は笑っているだろう 君と笑っているだろう

あいだにどんな時が流れても

ビジョンここにあった。

「君」は立ち停まりません。その代わりに、主人公と走っている未来が見えます。

後悔などなにもありません。その代わりに、主人公と笑っている未来が見えます。

あれ。この部分、未来につながる部分じゃん。ポジティブさにつながる突破口じゃん。

ポジティブに見えて、やっぱりネガティブ。そんな風に私がこの歌詞を読んでいたのは、間違っていました。そうじゃなかったのです。ポジティブに見えてネガティブだけど、本当はそれ自体がもっと大きなポジティブにつながっていたんですね。

つながリンク

前回は斉藤和義『やさしくなりたい』を取り上げました。今回の中島みゆき荒野より』との共通点は、たくさんあります。「ない」がたくさんあるところ。ポジティブネガティブが交錯するところ。

やっぱり今年こういう状況で、無邪気に明るい曲は歌えないと思うのです。とはいえ、暗い曲を歌うわけにもいきたくない気持ちもよく分かります。いきおい、メッセージ性を持つうたはそのメッセージを、明るいほうにも暗いほうにも振り切れなくなってしまうんでしょう。

だから今回の2曲でいったら、たくさんの「ない」を連ねて、否定し続けて残った部分を浮き彫りにすることによって間接的にメッセージを伝えようとしています。

その前に取り上げたSalyu『青空』若旦那『青空』は両方とも今年の曲ですが、このふたつはどちらも、メッセージ性を持つことをやめて、自分の身の回りのことだけを描いています。そうすることで、変な自己保身を考えずに済むような、のびのびした歌詞になっています。

今年は社会全体を見据えて、底抜けに明るい曲は歌いづらい年でした、ってまとめてもいいかもしれないです。来年は、そうじゃないといいなあ。


ってことはあれじゃん。私が最初 目の敵にしてたつのはず誠は別に間違いじゃなかったじゃん。

ってツッコミが入りそうですが、なんか弁明できなさそうだから反論するのよします。いや、ほんとはできるんだけど別にケンカしたいわけじゃないし…(←小声)。

でもひとつ言わせてもらいたいんですが、

キャリア37年目にして通算42作目のシングル(ちなみに倖田來未は10月末現在デビュー11年目にしてシングル51枚で中島の約5倍ペース!)

コレ明らかに変だぞ。どう計算しても4倍ってトコだからただの計算部分ぐらいなんとかなんないのかな?って思うよ!

私はこの人の文章、とても読みやすいとは思わないんですが、やっぱり商業ベースに乗っている(よね?)のなら、世の中的には私の文章よりも価値が高いのかなぁ…。自分の文章も負けず劣らず読みづらいとは思うけれど、もっと読みやすい文章が書けるようになりたいなぁ。

荒野より

荒野より

荒野より

荒野より

usutaka96usutaka96 2011/12/21 17:53 こんにちは、読みづらい文章の(笑)PNつのはず誠です。
20日に突出した検索数があったので、こちらにたどり着きました。
色々とご指摘ありがとうございます。

人それぞれ様々な捉え方だと思いますが、
私はこの歌詞について、相当ネガティブな状況なのを、
ポジティブに捉えることで乗り切ったものだと思いました。
勿論、人それぞれですので、喧嘩は受け付けません(微笑)。

あと、「計算部分くらいなんとかしろよ」の部分ですが、
「年目」ということで、実キャリアの「年数」で計算しました。
しかし、今計算しなおしたら4と5の中間でした。多めに見て下さい(汗)。

そして、最後に、私は「読みやすさ」ではお仕事をいただいていないと
思います。(もともと文筆家ではありませんし。)
ご依頼いただける時に、言ってもらえるのは
「皆が見ていないところを見ているから」
「冷静なのに音楽に愛情があるから」
のようです。勿論、今の文章力で満足はしていませんが、
それなりの需要があるのだとキャリアが励みになっています。

あなたの文章力があれば、起用されるところは
いくらでもあろうかと思います。どうぞご活躍なさってください。
それでは失礼いたします。

藤 2011/12/23 20:07 初めてコメントいたします。『荒野より』の解釈、面白く読ませていただきました。
解釈は人それぞれだと私も思いますが、ひとつ補足情報を。

南極の冬では、『朝陽の昇らぬ日』は実際に来ます。
ドラマの中でも出てきた『白夜』の逆で、『極夜』といいます。
昭和基地のあたりでは1月半ほど太陽が全く姿を現さない日が続くそうです。
中島みゆきさんは南極に取り残された犬たちの心境を想い、
この事実を折り込んで書いたのかもしれませんね。

歌詞だけで考えるのなら余分な情報になるのですが、ご参考までに。
失礼いたしました。

hacosatohacosato 2011/12/23 21:09 usutaka96さんコメありがとうございますー。
なんとー! ご本人降臨とわ!
ネットやってて初めてです。ようこそようこそ。
私のダイアリーなんて大したアクセス数もないハズですが…υ

つのはず誠さんの文章が読みづらいと思う気持ちはホントですが(ぇ)
でも実際はそしてそれにケチをつけたりしてしまうぐらいに
引き込まれて読み込んでしまっている自分がいます。
それに引き換え、自分の昔の文章を読み直してみると
やっぱり読みやすさにつながるとっかかりが少ないと思うし、
そういう意味では初見なのにここまで読ませてしまう文章を書けるって
つのはずさんうらやましいなぁとも思います。
私がずべこべ言いたくなるのは、ほんとは悔しいからかもしれないです>_<

今回は中途半端にケンカを売るようなかたちになってしまってごめんなさい…。
文章力のようなことに関しても、また歌詞の捉え方に関しても、
対立したり傷つけてしまったりすることは本意ではないです。

今回は歌詞の読み方については異なる第一印象を持ったことが
私が歌詞を読む上でよいとっかかりになりました。
読み方が人それぞれであることについてはぜんぜん異存ないです。
文章のことに関しては、自分と書き方の違いに気づいて
プラスにもマイナスにも感じましたが、
つのはずさんの文章のいいところを盗んでいきたいとは思います。

年末は音楽に関して話題に事欠かないシーズンですね。
これからもそれぞれの立ち位置から音楽を楽しんでいけたらよいですね。

hacosatohacosato 2011/12/23 22:27 藤さんコメありがとうございます♪

ぱっと探した感じ頼りになるソースは見つからなかったのですが、
『荒野より』の歌詞は「南極大陸」のタイアップを前提にして、
大陸に残されたイヌの目線から描かれたという話があるみたいです。
それを前提にするなら、歌詞の中に極夜を示す描写が出てくるのは
とても自然なことだといえますね!
だとすれば「荒野」は南極だし、「嵐」も「距離」も
符合することがらをそれぞれ考えることができそうです。

ただ、私は歌詞の周辺事情まで調査するだけの
知識も力量も動機づけもちょっとありません…υ
そうすることができたら楽しいだろうなぁ、とは
AKB48『10年桜』を取り上げたときに感じたのですが、なかなか…
(このときにはPVとのコトでした)。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証