海底まきがいの、きまぐれファンクラブ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-07-10

緊急告知^^。

当ブログ内のリンクにある「妄想旅ラジオ」の、オフ会的催し的動物園探索会が、、
7月16日10時より東京上野動物園にて行われます。
おいら的まきがいは、参加の予定です。
詳しくは妄想旅ラジオのページの最新回をご参照ください。
暑いとかなりしんどそうなので、暑さ対策は各自必須だと思われます。
茶色の帽子をおいらはかぶっていくつもりなので、そいつが、おいらです。

めっちゃ楽しみ^^。

2017-07-02

すべては対話。俺的その2。。。

対話というのはとても難しく、
究極的には自分を相手に対話するしかない。言葉を使う限り。
誤解は自分を相手にさえ生まれるので、
他人となんか話せるわけはないのだ、本来は。言葉上。

ただ、おいらは今となってはある程度自分内をモデル化している。

1。現実対応している俺
2。記憶
3。理想化した俺
4。機械としての俺

1、2、3、4、全てを使って生きているのだけれど、
その4個の混ぜ合わり方が、ほんとに流動している。
その流動が、恐らく生きるということなのだと、暫定的に、思う。

4は、それがないとそもそも死んじゃう。
2が無いと、明日は俺じゃない他人を生きることになる。
3は、2の中で絶え間なく1を監視し、いつも肥大化している。2を餌にして。

問題は、3が2の中に生きていることだ。

1は、言葉で2から記憶を読みだすしかない。ところが、
2は、言葉だけで出来上がっているわけではない。
3は、2から言葉以外の記憶を読みだす。その為に理想化出来るのだ。
4は、基本2、3で生きながら、1をほんの少し生きることに加える。

1はあまりにちっぽけで、
2にも、3にも、4にも簡単にやられちまう。

おいらは、3ではなく1を強く育てたい。というか、1を3に関与させたい。

その希望を捨てると、簡単に自分に負けちゃう。

2017-06-19

全ては対話。俺的その1。

進まんのよね。村治佳織さんが弾いている「花のワルツ」のギター用解析。いや、進んでるんだけど、
でんでん虫くらいに遅いのね。でんでん虫に失礼なくらい;;。能力の限界。。。
五線譜とタブ譜を併記できるA4で5段書ける原稿用紙で8ページくらいまで出来たんだけど、
今日までで曲の半分くらいかな。
もう、こりゃ苦行だなって思ったら、あ、そうか。これって、写経だよなって、思った。

手本が無いので、聞き取った言葉を文字で写すのと同様に音をね、音符で書き記す。

完成した原稿の写真を撮って掲載して、
今回からかっこよく始めようと思ってたんだけど、
もう少し時間がかかるな。

いや、そんなことではなくて、対話の話だった。

しかし、今バレエ観てんのよね。くるみ割り人形のものを中心に。勿論、ネット上だけど;;。
何でそんなことをって、ワルツを知る為だったんだけど、
バレエ観始めたら止まらない。
こんなに楽しいものだなんて、全く知らなかった。

D
他にもいっぱいあるのね。当然。
ただ、この動画では音楽が始まってまだ舞台の幕が開く前の客席をカメラが色々抜いてるんだけど、
3分04秒くらいのあたりで、
一人の少女がさ、自分のくるみ割り人形のぬいぐるみを舞台に向けて手を一杯に伸ばして掲げながら、
まっすぐにその開く前の幕を観てるの。
僕はそれを見ながら、非常に胸にせまるものがあった。

客席を抜いたシーンはそこまでに色々あって、みんな色々な表情で開く前の舞台を観てる。

様々な想いをのせて、舞台は始まり、そして幕は降りるのだけど、
その物語は終わらない。

僕だけではなく多くの人が、その物語の中で、生きている。

2017-05-31

全ては対話。その4。

カバとクジラは、ほぼ同じDNAを持っている。
歴史のどこかで分岐すべき環境の変化或いはそうしたいというちょっとしたきっかけによって、
クジラは、「俺たちはここを出ていくよ。苦労して水辺まで来たけど、もう一度海に帰ってみる。」
と言ったかどうかは知るすべが無いが、
カバとクジラは、今なお両方が存在している。

カバとクジラの先祖は今見ることは出来ないが、
その先祖は淘汰されたと考えなければならないのだろうか。

両方に花開いたと考えた方が良い。
淘汰なんて、起きていない。

恐竜も鳥になったのだし。類人猿も、人間も、共存している。

私達が持つ5感も、多くは植物由来のものである。


今日の話までで、山田先生の講義から受け取ったものを自分なりに解釈するのは一応おしまいにして、
次回から、おいら的対話論が、始まるはずだ。

おいら的脳が、悲鳴をあげてしまっている。

2017-05-30

全ては対話。その3。

多くのものたちが対話をし続けている間に、
その多くのものたちの対話を外部から観測しているときに、
ある種の波形が現れることがある。

対話が産み出す干渉波。

これを見た時、誤解が産まれた。

粒子と波の二重性。

たらいの中の水を見る時、
外側からの衝撃や内側からの衝撃によって波紋が現れることがあるが、

水を波とは言わない。

水は水で、波は波。

粒子が見せる波形は、多くの対話が見せる干渉である。

シュレディンガー方程式は、ニュートン力学のような古典力学を含んで出来上がっているので、
統一理論を求める方向は間違っているはずだという。

大体、山田先生は20年ほど先を進んでいるらしい。
これは、研究結果と論文で確かめられる事実であり、ご本人がそう言っておられます。

僕が書いているこれらの文章には様々な間違いが含まれているに決まっているが、
まぁ、おおまかに、何かを考えたいというその熱意を汲んで、
更に理解の範疇を大きく超えることを書こうという冒険者を見る感じで、

どうか許してください。