春待草


冬来たりなば春遠からじ
そう何度も念じてみたけど、
夕べは寝つけずに夜明け前に夢を見た。
降る雪が眠りの中を覆い尽くすような苦しい夢だ。
目覚めると、キリキリと凍てつくような朝が待っていた。
子どもの頃はよく霜柱を踏んで登校した。
ザクッ、ザクッとした感触が土踏まずに伝わるのが楽しかったのだ。
子どもには破壊衝動がある。
曼珠沙華もたんぽぽも片端からもぎ取り、
家のガラス窓も昆虫もみんな破壊して回った。
それでも大人になると、そんな衝動さえ
どこかに置いてきてしまった。
だって、日々どこかで破壊する音が響き続けているから、
やんちゃな気も起きようがないもの。


夢の中で私はあるグループと共同生活しており、
そこで一緒に食事を囲んでいた。
酒が切れて表に出ると、有名な女子アナが一升瓶片手に
私を待っていた。
「ありがとう」と私が云うと、
「ここにはこれしかなくて」と彼女はやさしく微笑んだ。
そのとき雪が急に強く降り始め、帰り道を急ぐ私たちの背中に
激しく降り注いだ。
私たちはどうやら雪山の中腹にいるらしかった。
このままでは雪で埋もれてしまうと思い、
彼女に手を貸そうと振り向くと、
そこにはもう吹雪しか目に入らなかった。
なんとか一升瓶を抱えて部屋に戻り、仲間に酒を注ぎながら、
彼女は本当に消えてしまったのかといぶかった。
目の前にはきれいな刺身の皿が置かれている。
私はここでいったいどんな仕事をしているのだろうかと考えた。
そして片方の心では、
もうすぐこの場所が雪で覆われてしまうことを知っていた。



さて、幸先の良い金杯で口火を切ったものの、
そのあとがどうにも続かない。
それは私の霜柱を踏むような心が稀薄なせいなのか。
いずれにせよ、日はめぐり、
時のレールを馬たちが駆けていく。
早く雪を掻き分けて、紫色の花弁がほころぶ
春待草をみつけなくてはならない。