2012-05-12
娘の成長
早い早いとは聞いていたが、もうすぐ2歳になる娘の成長が早くて驚いている。
(1)
去年の今頃は哺乳瓶でミルクを飲んでいたのに、最近は、人形におもちゃのミルクをあげている。
(2)
最近まで、親が添い寝しないと眠れなかったのに、最近は、眠くなると一人でベッドによじ登って眠る。
たまに、ベッドまで辿り着けず、床で寝てしまう。
(3)
数語の単語を話すだけだったのに、最近は、急にまとまった文章を話すようになった。
・「ママも一緒に寝ようよ。」
・「(引き出しをあけながら)ねえ、どうしてここ開くの?不思議だねー。」
・「(おもちゃの鍋にレゴを入れて)これ作ったから食べてー。熱いからふーふーしてから食べてね。」
・「自転車いや。僕、歩くの。*1」
なのに、靴下のことは、「つくした」って言っちゃう所が可愛い。
*1:一人称はなぜか「僕」を使ってる
2012-01-05
原君と上海のファッションについて話す
チームラボの猪子さんと元マッキンゼーパートナーの金田さんが上海でYo-renというアパレルビジネスを始めた。そこに僕の友達の原くんが留職*1している。ちょうどこのお正月に日本に帰って来ていたので、飲みに行った。
今、上海で一番人気なブランドはナイキやアディダスといったスポーツブランドで、シャネルやヴィトンといったハイブランドの鞄もよく目にするらしい。ここまでは、海外アパレルブランド資本が押し寄せてブランド信仰が生まれ、小中学生がエアマックス95に夢中になったバブル期の東京と同じみたいだ。
当時の東京と大きく異なるのは、アパレルブランドの巨大生産地でもある上海の消費者は、服の原価が極めて安いということを肌感覚として知っている、ということだ。海外でブランド品として売られている服と同じ工場・同じラインで作ったOEM品が当然のように激安で市場に流通しているため、価格コントロールが極めて難しいそうだ。驚いたのは、どんな服でも持ち込んだら、似たような服を格安で作ってくれる工場みたいな所があるらしい。日本人からすると驚くべき話だが、中国人から見れば、正規品に非正規同等品の10倍の価格を当たり前のように支払っている日本人の感覚の方が変なのかもしれない。
ブランドロゴ・縫製デザインはパクリ放題のコモディティだからこそ、一般消費者は服の生地にこだわるらしい。「ポリエステルが10%入ってるから買わない」、なんて日本の消費者は思わないだろう。
こういうダイナミックなマーケットで仕事をするのは面白いだろうなー、と羨ましく思うとともに、服って何だろう?と考えてしまった年明けだった。
*1:留職についてはまた今度書く
2012-01-04
新年恒例行事(2) ほぼ日手帳をおろす
大学3年生の時に手帳を使うようになってからずっと、ほぼ日手帳を使っている。ちょうどこのブログを始めた時と同じタイミングだったので、もう7冊目だ。
大学生の頃はこれでスケジュール管理をしていた。今、2006年の手帳を見返すと、大学のテストの予定や、サークルの練習・合宿なんかの予定、今の奥さんと遊ぶ予定なんかでいっぱいで、ちょっと懐かしい。
今はもうPCとBlackberryでスケジュール管理をしているので、使用機会はめっきりと減った。でも、たまにふと思っている事を書き込んだりして、頭を整理するのに使ったりする。たとえ何も書かなかったとしても、各ページの下に掲載されている、ちょっとした言葉を読んでいるだけでも楽しい。
新しくおろした手帳に、こんな一節が掲載されていた。僕が手帳やブログに何かを記す理由が凝縮されているような気がする。
ぼくら、たぶん、宮本武蔵やらリンカーンのようには、伝記も出版されないと思うんですよ。
そしておそらく、名探偵ホームズにとってのワトソン君みたいな人もいないから、生きている日々の記録はどんどん消えていくでしょう。
だけど、ちょこちょこっとでも、じぶんで記しておきたいことは、あとで読めるんですよね。
その時点ではしょうもないことでも、必ず、おもしろいなにかに経年変化していくんです。
―糸井重里が『今日のダーリン』の中で
2012-01-03
新年恒例行事(1) ロングホーズをおろす
スーツを着る時には、夏でもロングホーズを穿く。別に人にスネ毛を見られるのが嫌なのではなく、ホーズを穿いていると脚がむくみにくいのだ。
年中穿いていると1年くらいでと穴が開きはじめるので、年末に古いホーズを全部捨てて、年始に新しいホーズをおろすことにしている。まだ使える靴下を捨てるなんてもったいないと思われるかもしれないが、実はとても経済的だ。まず、同じメーカーの同色で揃えているので、朝、ホーズをペアリングする時間ロスがない。さらに、穴が開いた時も、穴が開いた方だけ捨てればよく、穴が開いていない方はそのまま使い続けることができる。ばらばらに靴下を揃えていたら、こうはいくまい。
ロングホーズは不思議な商品で、オンラインで買うよりも、百貨店で買う方が安い。今回も、新宿伊勢丹メンズ館の地下で1足840円のものを見つけて7足買った。いつものネイビーに加えて、今年はグレーも買ってみた。
今年も、ホーズがボロボロになるまで働きたい。
2011-12-25
通せんぼ
2011年、買ってよかった育児用品は、日本育児の「通せんぼ」というベビーガード。
開閉ができないので、大人はまたがないといけないのだが、構造がシンプルで頑丈。
- 出版社/メーカー: 日本育児
- メディア: Baby Product
- 購入: 1人 クリック: 8回
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「通せんぼ」越しに台所をのぞいてくる娘を見るのも結構面白い。
2011-11-25
Tでも10年かかるなら、、、
僕が通っていた中学校は結構な進学校だった。進学校に通って良かったのは、人生の早いタイミングで、人生に対してある種の見切りを付ける事ができた、ということだと思っている。自分の頭の良さというのは、本当に頭のいい奴に立ち向かって歯が立つ程に良くはないんだろう、という諦めの境地に早く到達することができた、ということだ。
そのきっかけになったのが、中学1年の1学期にあった数学の授業だ。詳しい授業内容は忘れたが、幾何の証明問題が出されて、当てられた奴が黒板に証明を書く、という授業だった。もう少し正確に書くと、当てられた奴は黒板に証明を書き、当てられていない奴は漫画を読み、教官は「いいね!」と言いながらただ黒板に赤丸を書くという授業だった。
僕は幸い当てられなかったので、ジャンプを読んでいたのだが、隣に座っていたYが「Tが書いてる字読める?」と聞いて来た。ジャンプを読むのに忙しかった僕は、チラっと黒板に目をやり、「"a"じゃないの?Tは左利きだから、"a"を書くとあんなかんじになるんだと思うよ」ともっともらしい事を言っておいた。するとYは食い下がり、「じゃあさ、"a"の上にある矢印みたいなやつは何なわけ?」と聞いてきた。確かに見た事のない組み合わせだったので、「うーん。何か変だね」と同意した。でも、教官は「いいね!」と言って赤丸を書いただけだったので、結局僕たちの疑問は解決しないままその日の授業は終わった。
その後、Tは親の事情でアメリカの学校に転校し、僕は持ち上がりで高校に進学した。高校の数学の授業でベクトルを習った僕は、中学1年のTが「ベクトル」を使って中学校の幾何の証明問題を解いていたことを知った。あの"a"みたいな文字は"α"で、"矢印"はベクトル記号だったのだ。高校生になって初めてベクトルを知った僕と、小学生の時にベクトルを理解していたTとの差に気付いた*1僕は、PL学園に入学して桑田を見て投手を諦めた清原のように、「お勉強」で生きて行くという道を捨てることを決めた。
そのTがアメリカに渡り、どうやって英語をマスターしたか?という話を彼のブログに書いている。
近道はない。本当にない。残念だけどない。多くの日本人が英語が下手なのは、どれだけ膨大な時間がかかるかをわかっておらず、Year 3-4あたりで停滞してしまい、なおかつそれが限界だと信じているからだ。ここで言うYear 3-4というのは、「英語を10年でマスターすると仮定した時の3−4年目あたりの習熟度」という意味だ。要は、「できないわけじゃないけど、できるわけでもない」レベルである。特に、大人になってからビジネススクールなどで海外に出た人のほとんどはYear 3-4で停滞している。そういった人たちが(1)さも英語ができるようなふりをしたり、(2)英語ができるなんてのは大したスキルではないとうそぶいたりしていることは、日本で英語を学んでいる人たちに誤った信号を発信している。
でも安心してほしい。ここに書いてあることを忠実に10年間続けたら、ネイティブも舌を巻く英語使いに絶対になれる。カンタンではないけれど、フカノウでもない。
彼のメッセージは「努力すれば、10年で英語をマスターできるよ」というものだ。でも、中学生だったTに人生を諦めさせられた僕からすると、Tですら10年かかった英語を10年でマスターするというのは、もうスッパリと諦めざるを得ない。もう「頭の良さ」と「英語力」はTに任せる。その代わり、「頭の良さ」や「英語力」じゃない何かで、Tに刺激を与えられるような人間になれたらいいなと思う。
2011-08-15
「マインドを変えろ」じゃ変わらない
人を育てるという話の続き。自分が社会人1年目の時の評価は、「仕事は早い。が、ミスも多い」というものだった。10本のヒットよりも、1個のエラーが致命的な職業なので、これは早急に直さないといけないと思い、先輩に相談に乗ってもらった。彼のアドバイスはこうだった。
間違っても大丈夫っていう学生マインドだから、ミスが起きるんだよ。俺たちの仕事にクライアントの将来がかかってるって思ったら、そんなミス起きるわけないじゃん。今すぐ、マインドを変えた方がいいよ。
このガツンと頭を殴られるかのような正論は、学生マインドだった僕の心にずしっと刺さった。しかし、「俺はプロフェッショナルなんだからミスなんかしないぜ」というマインドが持続したのはせいぜい半日くらいで、結局、抜本的な解決にはならなかった。次に何か細かいミスをしてしまった時、結局自分のマインドは変わってないな〜と真剣にへこんでしまい、自分の精神には何か欠陥でもあるんじゃないか?とまで思ってしまった。藁をもすがる気持ちで、別の先輩に相談に行くと、全く違った角度からのアドバイスをもらった。
資料を作ったら、必ずプリントアウトしてチェックしたら?
最初の先輩からのアドバイスよりもずっと軽いアドバイスだったが、効果はこっちの方が大きかった。作った資料を印刷して、チェックするという癖付けをしただけで、ミスが格段に減った。さらに、自分がやりがちなミスが何となくわかり、チェックする時間が減っていった。そしてさらには、最初の先輩が期待していたような、「プロフェッショナルたるもの、些細なミスもしないぞ」というマインドを持てるようにまで至った。
なんで、マインド変更を迫った1つ目のアドバイスよりも、行動の変更を迫った2つのアドバイスの方が効果があったのか?結局、「凡人はそう簡単にマインドを変えられないから」、なんだと思う。感動的な話や、危機感を抱く話を見聞きしても、普通の人間のマインドが変わるのはせいぜい数日だ。でも、行動であれば変えられる。そして、行動が変われば、マインドは段々と変わりうる。
今書いていて気付いたんだけど、このプロセスは宗教に似ている。どんな宗教も、いきなりマインドを変えて信仰に帰依する事は特例として扱っており、「祈る」、「修行する」といった行動の変化を通して、信仰を深めていくことを求めている。これは、「信じる」というマインド変更は急にはできないけれど、「祈る」ことはすぐに始められるからだと思う。
翻って自分自身。1人目の先輩のように、若手に対してマインド変更要請型のアドバイスをしてしまったことが何度かある。これって、自分が苦しんだように、当人を苦しめてるんだろうな。明日からは、より実践的な行動変更お薦め型のアドバイスをするようにしたい。







