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2009年12月08日

国会図書館は大半の蔵書をオークションで売却すべき

釣りじゃない。本当にそう思っている。

国内で出版されるすべての本を保管している国立国会図書館(東京都千代田区)の収容スペースが限界に近づいている。出版点数の激増とサイズの大きな本が増える傾向にあることやCD・DVDの保管も原因で、「あと2〜3年持つかどうか」(担当者)という。書庫の増設計画はあるが完成には5年以上かかる見通しで、一部の保管点数を2冊から1冊に減らしたほか、閲覧を一部中止し、箱詰めして保存する「書架外配置」の検討も始めている。

http://mainichi.jp/enta/art/news/20091207k0000e040059000c.html

ブクマを見たが「原本を捨てるのはよくない」というありきたりの発想が多くて驚いた。はてなブックマークって、こんなに思考停止した人間がたくさん集まる場所だったっけ?

図書館の本来の役割とは

図書館ってのは、社会活動で生まれたさまざまな知識を保存、管理、公開する場所のことだ。その活動を通して国民に真実を伝え、民主的な国家を築く手助けをする、それが図書館の第一義的な存在意義である。

今現在、図書館が「本」を保管しているのは、たまたま10年程度前まではそれを広めるのにベストな方法が本を出版することだったからという理由だけであって、図書館が本を保管するのは必然ではない。図書館にとって重要なのは「情報」であって、「本」というメディアに対しては、本来図書館は関心を持つべきではない。

図書館にとって求められるのは、多くの情報を、扱いやすい形で、できる限り多くの国民に公開することなのである。


このように考えると、図書館が原本の保存にこだわるのはおかしいということが分かる。

よく「原本も保存すべき」という主張がなされるのは、情報ではなくメディアの部分にも価値があるからだからだ。しかし、それを保管するのは本来図書館の行うことではない。今までは、たまたま本の情報とそのメディアを切り離すことができなかったので一緒に図書館が管理していた。だが、今はデジタルデータでそれらを分離することができるのだ。メディアの部分まで図書館が管理する必要は必ずしもなくなった。

だからたとえば「情報は図書館に、メディアは博物館に」という選択も可能なのである。

原本はオークションで売却すべき

このような思考を経て、僕は「原本はオークションで売却すべき」という結論に至った。

全てをデジタルデータで保存したら、原本はオークションで売却する。そうすれば、価値が認められている原本は博物館や個人の収集家が買ってくれるはずだ。本当に重要で行方不明になったりするとまずいものは、例外的に国立博物館に寄贈すればいい。

そうすれば、99%以上の価値が認められていない原本は廃棄されることになるだろうが、皆が価値がないと思っているものを捨てることに何か問題があるのだろうか?考えてみれば、誰も価値がないと思っている原本を「出版された本だから」という理由だけでコストを掛けて保管し続けるほどバカバカしいこともない。


原本も、美術品と同じように扱うべき。たった、それだけのことだ。

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