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2008-07-05 七夕(たなばた)

hakubi-manner2008-07-05

7月7日の「七夕(たなばた)」が近づくと、毎年お天気が気になり始めます。また7日は二十四節季の「小暑」でもあり梅雨明けの時期とはいうものの、本格的な夏が来るまでもうしばらく。七夕の夜だけは、なんとか星空が見られるとよいのですが・・・。

牽牛(けんぎゅう:彦星)と織女(しょくじょ:織姫)が、一年に一度、天の川を渡り逢瀬を許される「七夕」の伝説は、今から2000年前には中国存在したといいます。七夕は、桃の節句3月3日)、端午の節句(5月5日)などと並ぶ五節句の一つで、物語の織女が機織り(はたおり)の名手であることから、機織りや裁縫が上達するようにと祈る中国の「乞巧奠(きっこうでん)」が催されるようになりました。それが奈良時代日本へ伝わり、日本古来の「棚機津女(たなばたつめ)」の信仰と結びついたといわれています。棚機(たなばた)とは機織り機のことで、「棚機津女」とは神を迎えるために乙女が美しい布を織り、村人達のけがれを祓い(はらい)、収穫を祈る行事。こうして七夕の呼び名も「しちせき」から「たなばた」へと変わっていったのだそうです。

さて、日本各地で催される七夕祭り、あなたが楽しみにしているのはどこのお祭でしょう?私は、東北三大祭の一つ「仙台七夕まつり(8月6〜8日まで開催)」。初めて仙台七夕まつりに行ったときには、駅前のアーケードから一番町商店街などへ次から次へと七夕ストリートを移動して歩くため、途中で休憩をとりながら何時間もかけて見物して回ったものです。

七夕飾りといえば、竹笹に願いごとを書いた五色の短冊などが思い浮かびますが、仙台の場合は色とりどりの「くす玉」に吹流しを取り付けたもの。七夕にくす玉を飾るのは仙台のある商店主が考案したのが始りのようです。庭に咲いているダリアにヒントを得たのだとか。今では各地で見られるようになりましたが、発祥の地は仙台だそうです。華やかさにも目を奪われますが、「青葉城恋唄」にもあるように♪瀬音ゆかしき〜杜の都〜♪にふさわしい優美さに時間の経つのも忘れてしまいます。

お天気のことが気にはなりますが、せっかくの七夕、あなたも浴衣を着て、夕風に揺れる七夕飾りをくぐり抜けながらそぞろ歩き・・を楽しんでみてはいかがですか。



冠婚葬祭マナーコンシェルジェ日記 作者 Nyan カテゴリー 季節の話題

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イラスト : フリーイラストきゃらとぴあよりhttp://www10.ocn.ne.jp/~ginneko/index.html

jonghojongho 2008/07/06 17:19 안녕하세요? 님의 블로그를 잘 보았습니다.한국에도 7월7석 단오제는 풍성한 축제의 날 입니다. 님께서 설명해 주신 ’아오바조코이우타’는 제가 좋아하는 일본노래인데 감사 했습니다.
좋은글 많이 올려 주십시오.
こんにちは? 様のブルログルをよく見ました.韓国にも 7月7席端午制はふんだんな祭りの日です. 様が説明して主神 ’アオバゾコイウタ’は私が好きな日本歌なのに感謝しました.
良い文たくさん載せてください.

NyanNyan 2008/07/09 09:05 >jonghoさん
「青葉城恋唄」、jonghoさんも、お好きなのですね!
この歌を聴いていると、仙台の街の情景が目に浮かんでくるようです。
それに、心がやさしくなっていくような気がします。
きっと、いつまでも多くの人々に愛されていく歌なのでしょうね〜♪

ところで、韓国でも7月7日は七夕祭りだそうですが、
その様子をぜひ教えていただけたら、嬉しいのですが・・・。
日本とくらべて、どうなのでしょう?

JONGHOJONGHO 2008/07/09 23:18 韓国の
7月 7日を七夕(七夕)という. この日は 1年の間お互いに離れていた牽牛と織女が会う日と言うのに, 彼らの切ない愛に対する次のような伝説が伝えて下る.

天国羊飼いである牽牛と玉皇上帝の孫娘である織女が結婚した. 彼らは結婚してからもむだ飯を食いながら怠けると玉皇上帝は大きく怒って牽牛は天の川東に, 織女は天の川西の方に離れて暮すようにした. それでこの二人の夫婦はお互いに懐かしがりながらも渡ることができない天の川を間に置いて焦らしながら過ごさなければならなかった. このような牽牛と織女の切ない事情を伝えて聞いたからすと鵲たちは毎年七夕の日にこれらに会うようにしてくれるために空に上がって橋を放してやったからそれがすなわち烏究橋(烏鵲橋)だ.

それで牽牛と織女は七夕の日になればこの烏究橋を渡ってお互いに描いた林に会って 1年の間積もった懐抱を溶いて再び別れる. それで七夕の日世の中には鵲とからすは一匹もないし, 偶然にあることは病気になって空に上がることができないものなどだと言う. またからすと鵲はこの日足を放そうとして頭が皆はげるようになると言う. 七夕の日前後には小雨が降る仕事も多いのに, これは牽牛と織女がお互いに他の故行く車準備をしようとしてほこり座った車を洗いのためだと言う.それでその水が人間世の中では雨になって降るので, この雨を ’車洗う雨’ すなわち ’洗車優(洗車雨)’と言う. だけでなく七夕の日夕方に雨が降れば牽牛と織女が再会して流す喜びの涙だと言って, 明くる日新しい壁に雨が降れば別離の悲しい涙だと言う. そしてこの時の雨を ’涙流す雨’, すなわち ’刷で右(灑涙雨)’とも言う.

この話は中国から我が国に入って来たように見えるのに, 中国漢代(漢代)の怪談(怪談)を記録した本である 《災害期(斎諧記)》にこのような話が伝えるからだ. このような話は 7月 7日夕方天の川を間に置いて東西に割れた彦星と織姫星が会う自然的な現象で成立された.

すなわち天文学上の名称で彦星(牽牛星)はイーグル星座[鷲星 座]のアルタで(Altair)星で, 織姫星(織女星)は琴星座[琴星座]のベガ(Wega)星を示すことで元々天の川の東と西の方の堤防に位している. ところでこの二つの星は太陽黄道上(黄 道上)の運行のため秋宵の口には西の方空に見えて, 冬には太陽とともに昼に浮かんでいて, 春宵の口には東空に現われて七夕の時なら天井近所で見るようになるのでまるで 1年に一回ずつ会うことのように見える.崔南善は《朝鮮常識(朝鮮常識)》で, 彦星と織姫星が 1年に一回ずつでくわすように見えることはかつて中国主隊(周代) 人々が毎年経験する天上(天象)の事実だったが, ここに徐々にタムギゾック(耽奇的)である要素が付いて漢代(漢代)に来て七夕の伝説が成立されたことだと言った.




七夕の日の一番代表的な風俗では女達がはたおりをもっとお上手になるように織姫星に祈るのだ. この日夜明けに婦女子たちは真桑瓜, きゅうりなどの超過類(草菓類)を上位においてお辞儀をして女工(女 功:ギルサムジル)が増えるように祈る. しばらく後に上を見て食べ物上上にくもの巣が張られていれば空にある天女が願いを聞き入れたので女工(女功)が増えると喜ぶ.
あるいは娘たちは味曽のかめ置き場の上に若水を外しておいた後, その上にきれいな灰が平たく盛った盆を乗せてお針才があるようにしてくれと祈るのに, 翌日灰の上に何の過ぎ去った跡があれば霊験があると信じた.

このような風俗は織女を空でお針を管掌する神格で思う信頼から始まったと見られるし, 元々は七夕の日夜に宮廷や民家の婦女子たちが縫い物と果物を庭先にこしらえてお針腕前があるようにしてくれと広く行った中国漢代(漢代)のゴルギョ(乞巧)の風俗に付いたのだ.この風俗は当代(唐代)に来て周辺民族たちに伝えたが, 我が国の七夕風俗は中国のそれと増えた全く違う. この日各家庭では小麦粉で作った煎餠とヘッグァイルをこしらえて, 奥さんたちは味曽のかめ置き場の上に若水を外しておいて家族の寿命長寿と家の平安を祈ったりする. また以北地方ではこの日大きく神霊に祈るとか畑に出て豊作を祈るバッゼ[田祭]を執り行なったりする.

中部地方では ’七夕迎え’というのがあるのに, これは行き付け巫子にお子さんの無事成長の起源を頼むのだ. 巫子はムルドングイに乗って祈願の象徴であるミョングダリを出してせいで殖やして, 今一度無事成長の起源をする.

一方 7月なら蒸暑さの気勢がくじける時期だ. 農家では草取りをするのをすべて結んでからは秋収時まではちょっと暇な時間を過ごすことができる. それで梅雨を経験した後でもあったこの時, 農家では夏長馬鉄間湿っぽかった服と本を出して乾かす風習がある. これをスェソポックの( 書曝衣)だと言うのに, この日は家ごとに出して乾かす服と本で庭先が一杯だ.

《東国歳時記(東国歳時記)》7月 7日照にも人家では服を日差しに乾かすと言ってこれは昔の風俗と言ったが, この日に出してやめさせる服と本の数量によってよく暮らして暮す事ができないのが現われたりした.崔南善の《朝鮮常識(朝鮮常識)》には七夕は元々中国の俗節(俗節)で我が国に伝来されて恭愍王(恭愍王)はモンゴル王后といっしょに内政で牽牛・織姫星に祭祀したし, またこの日百官たちにとける与えたし, 朝鮮朝に来ては宮の中で宴を施して成均館儒生たちに節日制(節日製)の過去を実施したと言った. 多様な生活週期と価値観の変化の中で今日七夕の風速はただ牽牛と織女の伝説が東審議世界に夢を脹らます機能をしているだけだ.



七夕の節食ではうどんと小麦粉で作った煎餠がある. この日が経って寒風がおこり始めれば小麦粉食べ物は物心去ることとしてミルネムセがすると言って憚る.
それでうどんと小麦粉で作った煎餠は必ず上に上がって, 最後のミルウムシックを味わうことができる機会がすなわち七夕のことだ.

NyanNyan 2008/07/16 11:40 jonghoさんの情報の豊富さには驚きました。
年中行事をひも解いてあれこれと考えてみるのは、暮らしを豊かにしてくれますよね。
ありがとうございました。

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