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ランデヴー・ランデヴー

2017-04-06

00:03〜00:13

03:50 |





 仕事が終わり更衣室で着替えていると「その靴いいですねえ」と女の子に声を掛けられた。この町で働いている女の子たちにとっての「美」は完全にパッケージ化された共通言語で、丹念に巻かれた栗色の髪、淡いピンクのジェルネイル、そして普段着はスキニーデニムにピンヒール、そこにバスローブみたいなコートを羽織った出で立ちの彼女たちがわたしの持ち物を好意的に目に留めて話しかけてくることはまずなかった。彼女がお喋り好きなのは知っていたので、たまたまきっかけが靴だったのだろうと思い「楽ですよお」と間延びした口調まで合わせて返事をした。すると意外な事に「それの黒を買おうとしてたんですけど、どこも売り切れで」と言うのでそこではじめて彼女の顔を見た。縁取られた目をすっかり細め切ってこちらを見上げている。見据えられることになれている態度。「わたしお姉さんと同い年なような気がしていて」と彼女が話しはじめ、しかし職場で最年少であるわたしは同い年の女の子が店にもう一人しかいないこと、そしてそれが彼女ではないことを知っていたので、それとなくもう一度目を逸らす。そもそも私は彼女が五つくらい年上なのだろうと何故か思い込んでいた。作り物でない甘く可愛らしい声を、どうどうと使いこなしていたせいかもしれない。しかしまたもや意外な事に、聞いてみると彼女と私の年齢は一つ違うだけだという。それが判明すると彼女は大袈裟に喜んだ。着替えが終わりエレベーターに向かう。ふつうならこのあたりで手短に挨拶を済ませ別れるのだけど、「途中までご一緒しましょう」と当然のように誘われた。見ると夜から雨が降りはじめたにも関わらず、彼女は店の備品の傘も持たずに依然無防備に笑っている。彼女はとにかくよく笑うのだ。何線に乗るのか尋ねるとタクシー乗り場に向かうと言うので、わたしはそこまで送ると言って相合傘をするよう仕草で促す。彼女は一直線に私の横に来て腰に手を回し、「一個下かあ、じゃあ私の彼氏と同い年だねえ」と、さえずるように言った。彼女は始終一切取り繕っている様子がないのに、全くつかみどころがない。どこまでもさらけ出しているのに、その奥に生き様がレイヤーとしてある。水商売の女の子とメディア露出のある女の子にはこういう子がとにかく多い。先日ストリップを見たときも、裸で微笑む女の子の底の見えなさ、目が合っても合わなくても思わせぶりだと勘違いさせてしまう才能に息を飲んだ。店からほんの百メートルのところにあるタクシー乗り場は雨のせいでとても混み合っていて、しかし最後まで付き合っているとわたしの終電がなくなってしまうので、謝りながら雨の下に彼女を放り出して走った。別に傘くらいあげてしまえばよかったと思い信号で振り返ると、彼女はもう前に立っていたサラリーマンの傘に入って笑っていた。



2017-02-26

午後二時に東南口で待ち合わせ

05:41 |





 久しぶりに会った弟が「手入れが行き届いている」とわたしの髪を見てうなずきながら言う。少し反った背中になじんだ藤色のシャツ、細すぎる足首へと続くグレーのスキニー、おろしたての黒い革靴。いまから寄るつもりだという喫茶店の名前を聞くと、わたしが考えていた場所とやはり同じ店だった。接客中の人間特有の、あのピンと張った雰囲気の一切ない、それでいて借りてきた猫のような女の子が給仕をしている古い喫茶店。

 彼は定番メニューのコーヒーとカレーのセットではなく、ホットミルクとエビピラフ、それから食後にフロマージュを頼んだ。それが朝食であろうと夜食であろうと、彼が男の子らしいメニューを注文しているところを目にしたことは一度もない。ファミレスでは一番スタンダードなサラダを食べ、バーではシェリーを飲んだ。

 「例えばこの椅子がやたらと軋むというだけのことがさ、のちのち呪いになったりするんだよね。他の喫茶店で、定食屋でもいい、姿勢を変えて音が鳴るたびに目じゃなくて閉じたまぶたの形が浮かんだりとかさ。」一年に一度の姉との昼食なんかではなく、他の女の子とのデートを仮定して話が進みだしたのだということは、確認しなくてもすぐに分かった。

 片思いをしている同級生の女の子がいると電話で聞いていたのでそれとなく彼女について切り出すと、「元彼から貰ったミニベロで登校している、それもハイヒールを履いて。舌がやたらと肥えていて、決して学食を食べない。紙のこすれるような声をしていて、何かを褒めることもその逆も、一切の躊躇がない。」と説明した。彼は自分が気に入った人について述べるとき、どこかうっすらと批判の混じる癖があり、わたしはそれに好感を抱いている。

 「手入れが行き届いているように見えたり、もしくはストイックなように見えたとしても、ただ僕の前で語るべき事柄を持たないだけという場合がある。文化的だと言える趣味を持っている子は実はとても少ない。彼女たちは孤独を飼いならしたことも孤独に飼いならされたことも、そもそも正しい意味ではそんなことを考えたことなんて一度もなくて、大体の女の子の本当の趣味は人間関係。孤独と同居していても、もちろんしていない場合でも。だけどそういう女の子に限って天使みたいなんだよね。顔が小さくて、愛されいて、ちゃんとクラスで一番かっこいい男の子をまっすぐに好きになるような女の子。柔軟剤にはこだわるけど姿見は汚れていて、本棚のラインナップやロック画面の写真で例外なく僕をがっかりさせる、さえずるように笑う女の子。駅からはずれたこんな喫茶店には決して一人で来ない女の子、駅前の、喫茶店じゃなくてカフェか居酒屋で友達と彼氏の愚痴を披露しあっている女の子たち。」これはミニベロの女の子が例外だという話で、そしてそういった天使たちを胸の浅いところで愛しているという告白に他ならない。

 店を出るためにレジに行くと、彼は私の財布をしげしげと眺め、「むかしそういう財布を持ってる子がいたよ、広がりきったフリンジが付いていてさ、それをいつも握っていた。」と、かつて彼が一番に可愛がったどこかの天使の話をした。



2017-02-07

粋な夜電波 口上文字起こし

04:27 |





第32回


香港がイギリスに戻された気分について、実感としてわかる日本人はおそらく一人もいないままだろう。もちろんこれは、我々だけに特別な悪質なんかじゃない。アジアの近隣諸国というのは考えられないであろう特質を持っている。僕はこれは一種の美徳でもあるし、経済的な行為だとも思う。アジア諸国は自らがエキゾティックであることの高い経済性をまだ記憶している。トラウマのように。チャイナドレスはいまだにエキゾティックなままだ。我々にとっても、韓国にとっても、おそらく、シンガポールにとってさえも。そう、トラウマにように。

返還直前の香港で、まだ健在だった僕の家族はクリスマスをイギリス資本の有名なホテルで過ごした。父親がまだ生きていて、母親もしっかりしていた。この旅行のスポンサーである兄は名声の絶頂にいた。僕は二十一歳だった。それは孫悟空のような年齢で、怖いものは何もなかったし、今から思えば悲しいこともその全てが純粋過ぎ、要するに実体としては、ほとんどなかったのだと思う。あるのは現実だけで、それは生命力の旺盛さに時間が圧倒されている、といったような状態で、僕は現在の三倍の速度で喋り、三倍の速度思考し、三倍の速度で感情が動いていた。

クリスマスパーティーは何もかもが夢のようだった。生まれて初めて僕は白いスーツを新調してこのパーティーに臨んだ。ラウンジのジャズバンドはデイヴ・ブルーベックの『テイク・ファイヴ』のサビ前の部分を延々と繰り返していた。香港のラウンジバンドは、『テイク・ファイヴ』のサビをやらないのだ。曲を知っている人は脳内で再生してみてほしい。いつまで経ってもサビにいかないまま、マイナーのAパートのみがループされ、そのままリタルダンドして曲が終わってしまう。拍手は全く起こらなかった。会場中に響き渡る声で、僕だけがずっと演奏中にうひゃうひゃ言って笑っていた。英国人種からの顰蹙は、全く怖くなかった。

パーティー中に部屋に煙草を取りに戻ると、パーティー空き巣だと勘違いされ、香港警察の巡査に取り押さえられ壁に手をついて銃口を背中に突きつけられたが、僕はゲラゲラ笑っていた。恐るべき事に、本当に何も怖くなかったのだ。後に溜まりに溜まった恐怖が爆発する日が来ることさえも。

なのでエイズも怖くなかった。僕は双子の姉妹を選び、Boseのスピーカーが4機吊るされたバスルームの3畳ほどあるバブルバスに浸かって、ガラス張りのシャワールームと、館内放送を映すテレビモニターを交互に見ていた。モニターは「現地人を買ってはいけない。帰国してからエイズであることがわかるだけだぞ」という警告VTRをずっとリピートしていた。ガラス張りの向こうで全裸でキスしあったり水着を脱がせあう彼女たちは、単純にとても美しく、恐るべき、というほどの大変なスキルを持っていた。大きな声で「君たちいくつだ?」と言うと、まるでテレビ番組の決め台詞のようにぴったり声を揃えて、とても信じられない年齢を口にした。僕はまたゲラゲラ笑った。

アメリカのポルノ映画のような、といっても、出演者は中国人の双子の子供と日本人の貧相なガキだけだが、小一時間ほどのプレイが終わると僕はサーカスの観客のように大満足だった。一人が「おしっこしてくる」と言ってトイレに行き、もう一人が僕が土産用に買ってテーブルの上に積んであったチョコレートを見て「これちょうだい」と言った。僕はパッケージを開け、パキンと二つ折りにして、一つを自分の口の中に詰め込み、残りを彼女に渡した。彼女は「謝謝」と小さな声で言った。

「よくある質問だと思うんだけど、二人の違いは何?」と僕が聞くと、「あたしだけ猫を飼ってるの」と言った。僕は猫が嫌いだ。正確には猫ではなく、猫を前にした飼い主が嫌いなのだが、もちろんそんなことを言うわけがない。「可愛いの?」とか、「どんな毛色?」という質問も良くない。せっかくの彼女がありきたりな猫の飼い主になってしまう。結果僕は「名前は何ていうの?」と聞き、聞きながら、いやこの質問だって同じだなと半ば朦朧としていた意識の中で思った。しかし、同じではなかった。彼女は「猫の名前は、ミンガス」と言ったのである。「ミンガス」バスローブ姿のまま僕はガバッと起き上がった。「ミンガスってあの、あのミンガス?」と僕が言うと、「黒い、怒りっぽい」と彼女は笑った。ありきたりな猫の飼い主ではない。僕は「ジャズが好き?」と聞いた。「ミンガスが好き」と彼女は答えた。ありきたりな猫の飼い主ではなさそうだ。

僕は再び大いに興奮して『グッドバイ・ポーク・パイ・ハット』のメロディーを歌った。彼女に業務中の笑顔とは全く別の笑顔が浮かんだ。何だこれは、奇妙すぎる、どこだここは、いつだ今は。僕は、これはちょっと上級者向けかな、と思いながら『三色の自画像』や『汝の母、もしフロイトの妻なりせば』や『フォーバス知事の寓話』を歌ってみせた。彼女は完全に高級コールガールからゲットー出身の香港人の小娘に戻っていた。「えっほんと?いやほんとだよなこれ、え、ほんと?それ」と日本語で口走りながら、僕は何かを言おうと混乱して、ゲラゲラ笑った。彼女の目が初めて輝きだした瞬間、もう一人がトイレから戻り、とても嫌そうな顔をして「ジャーズ」と言って煙草を吸いはじめた。「ちょっと待って延長、延長っていうかえっと、ウチまで行くかなどうしようかな」等と日本語で慌てふためいているのを尻目に、トイレから戻った方が時計を見ながら精算をはじめた。すっかり服を着て二人が出て行こうとするとき、僕はやっと英語を取り戻し、「ねえなんでジャズが好きなの?」と実に間抜けなことを聞いた。彼女は何か説明しようとして一瞬困った顔をし、すぐに手を振って次の現場に向かった。相手が思わずジャズファンだったという事実に関して、これ以上のものを僕は経験していない。少なくとも、アジア圏では。今お聞きの曲は、スタンゲッツとチェットベイカーのライブです。




第98回



今年の正月は伊豆の別荘に居て、体を改造しながらアメリカのポルノビデオばかり見ていた。ワインは許して貰ったがあとはマクロビオティックで、要するに縄文人の食事だ。年末に病気が重なったので、療養と、体質、そして生活時間の改善のために、三が日を真っ白な部屋に幽閉され、ヨガと縄文人の食事でまるっきり別人に改造されかけたのである。

まるっきり別人になるのは御免なので、ポルノビデオは三十本くらい持って行ったけど、結局サーシャ・グレイばかり見ていた。サーシャ・グレイは完璧な女性で、なんでもできるし、気位が高すぎて頭が軽くおかしくなっているのが、カムショットの後のアフターショットですら手に取るようにわかる。でも、彼女は褒め称えるのは、自分がスティーブン・ソダーバーグと同じセンスだということになってしまう。ソダーバーグは『セックスと嘘とビデオテープ』というちょっと面白いアングラ映画でデビューしてから、いきなりオーバーグラウンドに転向し、つまり、まるっきり別人に改造され、『オーシャンズ11』とかを撮るようになっていたわけだが、とうとう我慢がきかなくなったんだろう。でも、アメリカでは大騒ぎになった「ハードコアポルノ女優のハリウッド映画主演」というニュースも、日本では新聞くらい静かだった。去年AV女優のRioが一般映画に出演したし、インプラントがすごすぎて、口の中にロールスロイスが二台駐車しているみたいにすらなったというのに、誰も騒がなかった。そんなに怖いんだろうか、ペースが崩れることが。そんなにも怖いんだろうか、女性という、最大の異物が。

とにかくパソコンなんか全部捨ててしまい、VHSの再生ボタンだけを押し続けろと言いたい。「愛し合うからセックスするなんて嘘だ」、そのことをVHSは綺麗に半分だけ示唆したが、パソコンは最初から百パーセント断言してしまっている。馬鹿、もしくは純情無垢な子供のすることだ。少年よ、王様は確かに裸である。しかし、彼女たちは王よりもさらに裸である。ワインとヨガとマクロビオティックによって、おそらく僕はマドンナと同じような精神状態にいるだろうから、つまりは、マドンナも今頃思ってるはずだ。男たちがセックスできなくなったのは、パソコンのせいだと。

ずっと体を鍛えながらポルノビデオを見ていると、愛を探す以外にすることが全くなくなる。愛について僕はココナッツのポーズや、その名も賢者のポーズという奇妙極まりない格好をしながら、今年こそ、今年こそ確信を得るのだと骨の前の犬のようになった。頭脳は単なる体の一番上にある器官に過ぎず、なんならケツと入れ替えても構わない。中枢神経の電流が逆行するだけである。

国税査察官のように叫ぶ。愛はどこだ、どこに隠した。お聞きの曲はケニーランキン、愛の名において。





第104回





結論を先に言おう。驚くことに、だ。愛に飢える必要も、愛を諦める必要も、愛を恥ずべき必要も、愛を憎む必要も、あなたには最初から、全くない。

AMラジオのパーソナリティーを始めて二年を過ぎるまでの間に、僕は様々なことを知った。物知りになるのは悪い気分じゃない。でもそこには、常に知りたくもないことまでが含まれている。この国の国民がこれほどまでに恋愛に飢え、恋なんてしてないさと信じ込んでる奴さえがあらゆる形で恋に飢え、ほとんどの精神生活を恋と恋の妄想に費やし、あらゆるジャンキーがそうであるように、依存の後遺症によって一歩も動けなくなってることがその一つだった。ソウルバーでこんなことを言うのはちょっと大胆だが、はっきり言おう。ハンドルを右に切って、恋なんてやめちまえ。全ての妬みの根源、愛への全ての障壁はそこにある。

僕には二十世紀、ものすごい可愛い恋人がいた。どのくらい可愛いかといえば、デートして一緒に歩いていてもナンパと水商売の勧誘が全く止まらず、五メートル進むのに一時間もかかるので、デートにならないのだった。ある日など、公園のベンチでキスしていたらナンパされた。瞳孔を完全に開かせて彼女に愛の言葉を捧げる男に対して、僕はこう言うしかなかった。「あのさ俺たち今キスしてんだけど」でも彼には全く聞こえなかった。僕が言うより一瞬早く、彼女は僕が言おうとしていることを言った。「気持ちはわかるわ、じゃあね」再びキスしながら歩き去る僕らに対して、彼がとった行動を想像できるだろうか。十メートル歩いて振り返ったら、彼はなんと、オーアールズィー、その場でひざまずき、涙を拭っていたのである。懺悔する南部の労働者のように。

そして、彼女は完全に頭がおかしかった。美しいものを妬んでそれでよしとしている人間はお気楽だ。まずは父親の視線がおかしくなる。やがて彼女のパパは、風呂に入っていると必要以上に体を洗いに来た。母親は嫌味以外何も言わなくなり、やがてにらみつけるだけになった。どこに行っても男たちに欲情され、女たちにいじめられた。死んだネズミを口の中に入れられたことさえある。フェラチオするとき彼女は、必ずその話をしてからした。心の中で僕はこう言った。愛を。

だが、僕の祈りもむなしく彼女は体のあらゆる部分をカッターで切るようになり、僕と別れ、ノルウェーの精神病院に入った。彼女に言いたかった。寒い国なんかに行くな、亜熱帯を目指せ。彼女だけじゃない、傷だらけの美しいものたち全員に僕は言いたい。亜熱帯を目指せ、亜熱帯を目指してくれ。この曲のように。亜熱帯を目指すんだ。この不細工なソウルシンガーのように。

リトル・ビーバーことウィリアム・ヘイルは、第二次世界大戦終結と共にアーカンソー州で生まれ、十代でマイアミに移住した。そして様々な経験ののち、一九七五年にはマイアミソウルの最高傑作と言われるこの『パーティー・ダウン』をドロップする。ここでリトル・ビーバーは、ジョージ・ベンソンの『ブリージン』よりも一年早くギターとスキャットのユニゾンを披露し、リズムボックスとの共演をマイアミで果たしている。パーティー・ダウン、TBS以外でお聞きの皆さん、お名残り惜しや、ここでお別れです。

あまりの名残り惜しさからソウルバーでのタブーをちょっとだけおかすことにしよう。ソウルバーでは良い曲が終わると、どんなにもう一度聞きたいと思っても次の曲が始まり、人生が進む。皆さんがもう一度お聞きの曲はリトル・ビーバー、そしてマイアミソウルの最高傑作『パーティー・ダウン』
異常気象によってまだ寒さに震えている人たちに夏の先取りを。五十年後この国は、タイやチェンマイと同じ気象になると予想されている。トロピカルカクテルで祝おう。僕らが暑く長い夜の住民になることを。





第115回



なんでそこまで悲しくなったのかはわからなかった。おそらくそれは病気で、これは症状のようなものなんだろうと思うしかなかった。それは、考えられ得るだけ遠くに行ってみよう、という空想の遊びの最中に突然訪れたのだった。

ノスタルジーというものは元々うつ病の一症状だ。故郷を遠く離れた十字軍の兵士たちは、こぞってこの病にかかった。十字軍の遠征は八回とされるが、発祥は第一回から報告されている。第一回の遠征は三年間にわたり、兵士たちは一人、また一人と過去を懐かしがりはじめ、やがて懐かしがることがやめられなくなり、とうとうあらゆる意欲を失うのだった。教皇エウゲニウス三世の命を受けたルイ七世と神聖ローマ皇帝コンラート三世は、二回目の遠征を一年間に設定をし直さざるを得なくなった。

グーグルアースなんて捨ててしまえ、それが中学生である僕らのスローガンだった。スマートフォンをコンビニのゴミ箱に投げ込んだ僕らは、完全に理想的な廃屋を探し、驚くべきほど近所にあったそこに忍び込んで二人で横になった。目を閉じてハイライトを吸った。同い年で、同じ星座で、ルックスもほとんど同じ僕と彼女が生まれてはじめて吸った煙草は、同じ銘柄だった。「随分と箱のデザイン変わっちゃったんだね」と言った瞬間から、彼女はもう感染していたと思う。

出会ってから三日間、僕らはお互いの過去のことを熱狂的に話し、話してはセックスし、セックスしながらもなお話し、また話をして、話しながら欲情してセックスし、三日間で全て話し尽くしていた。もう過去の話は何もない、僕らの未来に向かおう、と決めたとき、僕らは唖然とした。何をしていいのか全くわからない。金も仕事もなく、悪い思い出しかない僕たちは途方に暮れ、空想の中で未来ではなく考えられ得るだけ限りなく遠くに向かうことに決めた。お互い旅行に一度も行ったことがないから。彼女の父親は嘘つきで、「いつか旅行に連れて行ってやる」と彼女に約束しては姿を消し、何日も経ってから戻ってくると、気まずい空間に魔法をかけたのだ。ろくでなしの父親が、行けなかった空想の旅行の話をすると、最初は憤っていた彼女もその巧みな話術にのせられ、最後は旅行に行った気分になっていたのだった。それはうっとりするような気持ちで、その気持ちだけが彼女の人生を支えていた。

「君が一番遠いと思っているところはどこ?」と言うと、彼女は「エジプト」と言った。「あなたは?」と言われ、僕は「ブエノスアイレス」と答えた。「ああ、じゃあ近いじゃない」と彼女は気弱に笑って、「さあ行きましょ」と言った。僕らの空想は隣国であるスペインとアルゼンチンに向かった。十字軍の兵士のように意気揚々と。しかし、ワクワクするような遠征の最中に、彼女が突然胸を押さえて涙を流しはじめたのだった。「どうしたの?」「わからない。いきなり、いきなりすごく悲しくなったの、助けて」僕は急いで彼女の胸元をはだけ、乳房にキスをして、鎖骨にキスをして、首筋にキスをして、全身を彼女に絡みつかせた。それでも彼女の発作は一向に止まらず、セックスのときとは全く別の意味合いだとしか思えない、激しい喘ぎ声を出して苦しみはじめた。「悲しい、悲しい、悲しすぎるわ、悲しすぎて息ができないわ、どうしてかしら、助けて、助けて」

僕は怖かった。彼女が死んでしまう。やっと出会うことができた、過去の話ができるたった一人の友達を、僕は失ってしまう。彼女は喘ぎ続け、体を大きくブリッジさせ、ピナ・バウシュの舞踏のように、ロバート・ローモンの絵のように、異様なまでに体をくねらせていた。そしてそのうち、僕にもそれは感染した。とてつもない悲しみが、詩や、絵画のような、巨大な暗黒の空のような悲しみが、僕を支配しはじめた。元の場所に戻ろうにももう僕らには無理だ。このままでは僕も彼女も死んでしまう。悲しみには姿がなかった。何の悲しみか、何の思い出と関係があるのか、全くわからなかった。過去は全て、全て彼女と話し尽くしたというのに。とてつもない悲しみに気を失いそうになった瞬間、僕は気が付いた。既にあの三日間が過去だ。目から火花が散り、僕は空を飛んだような気分になった。過去はない、未来もない、生物には現在しかない。かろうじて息を吹き返した僕は、彼女を抱きかかえあげて立ち上がり、廃屋の外に出た。そこは有名な国道で、たくさんの車が走っていた。彼女は壊れたロボットのように暴れまくった。

その時だ。突如として音楽が鳴り響いた。それはとてつもなく悲しい音楽だった。気がつけば僕らは国道を渡り、向かいの大型洋品店の中にいて、その店の店内BGMを聞いたのだった。僕も彼女も音楽は特別に好きなわけではなかった。買い物客であるたくさんのおばさんたちが、僕らを見もしていない。しかし、その瞬間僕らは知った。音楽が僕らに効くことを。重かった彼女の体はみるみるうちに軽くなった。彼女は三秒だけ寝て、目覚めた。「やだ、すごく怖い夢を見てたの」「そう、そうだね、そうだよ」僕は言った。「聞いてごらん、この音楽を」「そうね、聞こえるわ。聞こえるわ。まるで生まれてはじめて音楽を聴いたみたい」彼女を下ろし、大きく息をして僕らは手を繋いで洋品店の店内を歩き回った。偉大なるBGMは流れ続け、大勢の買い物客たちが、誰もをそれを聞いていないかのようだった。

たった一曲でも音楽の感動はアンリミテッド。今のあなたの感動は、過去の、未来の、そしてたった今の他の誰かの感動。ヒューミニッツアンリミテッド、今回の一曲は二〇〇七年リリース、スウェーデンのチェンバーロックバンド、カッツェンカペルの3rdアルバムシティヴーより『タクスィン』。この楽曲はミュージックアンリミテッドでお楽しみいただけます。






2016-06-28

近視

00:45 |



2012/03/28



恋愛は感情と語彙の近視、目と鼻の先の点滅だけがずっとまぶしい、遠くがよく見えない。わたしは相変わらず値段がはって量の少ない食事が好きだけど、一緒にできないことは一人ですればいいだけの話だった。何の問題もないように感じなければいけないのだと思った。よくわからないことをよくわからないままにしておけば当面すべてうまくいく、何の問題もない、でもそれは




2008年に好きだった女の子について2012年の私が書いた日記

01:35 |



 2008年の夏、お互いの誕生日が近いことを口実に一度だけ横浜のデートコースをいっしょに歩いた。彼女は最近夢中になっているらしいブランドの新作のワンピースを着ていて、体格に不釣り合いなくらい大きな鞄を肩から下げていた。育ちの良さからにじむ特有の行儀の良さと性格の悪さ、それによって際立つ顔の造形の美しさ。

 「ブログに書いていたお気に入りの日傘は今日は持ってこなかったんですね」とわたしが言うと、彼女は「日傘をさすと並んで歩くときに距離が開いちゃうから、だから人と会うときは日焼け止めクリームを塗るだけにするの」と屈託なく答えた。ニュースキャスターも苦笑いするような真夏日の中、そんな理由から白い肌を太陽にあてる彼女を思うと今でも息がつまる。そして日傘のない分だけ彼女と近距離で肌を焼いていたわたしのことを思っても、また同様に息がつまる。ひたいの汗はそれぞれのハンカチで速やかに拭われる。

 港の見える丘公園を抜け、外人墓地に寄りかかりながら共通の友人についてなにかを話し、高級住宅街の木陰でくつろいでいる毛並みのいい猫に携帯のカメラを向け、それからお茶を飲むために白い壁の喫茶店に入る。彼女はウェイターに「本日のパイはなんですか?」と尋ね、アップルパイだという返事を聞くと、わかりやすく顔に出して迷ってから「それでお願いします。」と目を見て言った。わたしが何をオーダーしたのかはもうおぼえていない。

 頼んだものが出てくるまでの時間を使い髪を結いにお化粧室に立った彼女を、現実味のわかないままひとりで待っていた。赤いチェックのテーブルクロス、結露するグラス、セミの声。胸まであるロングヘアを手の込んだ三つ編みのアップにしてきた彼女に心底みとれ、うつむき、似合っているという月並みの感想をなんとか口にした。しかしテーブルに並んだアップルパイを丁寧につつきながら彼女がまたもや屈託なく言うのだ。「そのネックレス可愛いね、わたし金属アレルギーだから、彼とペアリングつけられなくって。」





2016-06-27

思えば遠くにきたものだ

17:01 |



2016/03/11




 3月11日、東京に越してきてからちょうど5年がたった。震災のあったその日は父も地元から出てきていて、新居に届いた家具を組み立てながら口論をしているときにグラっと揺れた。泣きじゃくるわたしを父がなだめ、口論は帳消しとなった。

 夜、すでに東京で暮らしていた当時の恋人がわたしを心配してアパートの前まで来ていることを知り、通信網の混線から「父がいるから帰ってほしい」とすんなり伝えることもかなわず、いま思えばあの日いちばんひやひやしたのはこんなくだらない瞬間だった。状況が把握出来ていない分、そして5年という若さの分呑気だった。


 後日スーパーに行ってみるとまさに目の前で食料の争奪戦が行われていて、全体的に品薄となった棚からふた切れで300円という少し高価な食パンと、うずらの卵だけを買って帰った。ひとり暮らしでのはじめての自炊は、贅沢なのかひもじいのかよくわからないものとなった。


 計画停電というものの存在を知ったときには、すでに近所に懐中電灯が見当たらず、そのことをツイッターに書くとなんと夜中だというのに板橋の友人がスケボーで今から届けてくれるという。わたしは板橋からはかなり遠いところに住んでいたので、「朝を待って始発で来たほうが早く着く距離だし、いますぐ必要というわけではないので、明日以降にしましょう。おやすみなさい。」とメールを打った。それから友人のツイッターをのぞいてみると「あの娘に明かりを届けに行くんだ。」と書いてあり、そしてそれ以降の更新がない。とはいえメールを読んでくれるだろうと思い早々に就寝した。しかし翌朝目がさめると、「駅の何番のコインロッカーに預けておきました。Suicaで開錠してください。」というメールが届いていた。意味や効率はともかく、突飛なことが好きな人だった。いまさら急いでもなんの意味もないくせに、走って駅に向かった。コインロッカーを開けると、小ぶりな黄色い懐中電灯と、電池がふたつ入っていた。共通の友人のツイッターには、「僕の友人が今から〇〇に住んでる女の子にスケボーで懐中電灯を届けに行くらしいんだけど、その子はいまから寝ちゃうそうです、せつないですね。」という投稿が数時間前にされていた。

 ひどい話なんですが、だけど結局わたしの住んでいた地区では計画停電は行われなかったんです。板橋では計画停電があったんでしょうか。その友人とは今でも仲が良いけれど、そういえば確かめたことは一度もない。友人はわたしのことをときに「青春」と呼び、わたしと会う日のスケジュール帳にも「青春」と書くのだそうです。薄暗い高校生活を終えたわたしに「青春がこなかった人は、青春がこなかった人の青春になれるから。」と言ってくれた人。



 あれから5年、思えば遠くにきたものだ。毎年まいとしが節目だったように思う。そしてきっと今年も。2016年の3月11日は、chelmicoのまみこちゃんとお茶をした。先日わたしが彼女たちのオリジナルグッズの写真を撮影したので、そのお礼にとトレーナーを受け取った。わたしがまみこちゃんと知り合ったのは彼女がまだ16歳のころだったので、彼女と知り合ってからだってそろそろ4年が経つということになる。彼女とはじめて会ったときの衝撃は筆舌に尽くしがたいし、いまでも肉眼で見た中でいちばんの美少女だと思っている。2年ほど前に突如chelmicoの片割れとしてラッパーデビューを果たし、いまでは精力的にライブ活動をしている。「思えば遠くに〜」ではないけれど、彼女こそなんだかすごく遠いところに行ってしまいそう、むしろ行ってしかるべきだという印象を会うたび即座に払拭させる彼女の人当たりの良さは、容姿同様天性のものだとしか言いようがない。