雑記 RSSフィード

<Index><Contents><Mail>
 | 

2003-04-22

「閼伽」は「aqua」ではない。

|

「閼伽」と「aqua」が同語源であるとする俗説がある。しかし,これは「正面切って反駁するに値しない、いわゆる語源俗解の好例」(中島利夫*1)である。

というのも,「閼伽」の語源サンスクリット語で「価値ある」を意味する「arghya」であり*2,「aqua」に対応するサンスクリット語は「水」を意味する「ap」であろうとされるのである。この両者に関連性がないことは,オックスフォード羅語辞典*3・モニエル梵英辞典*4等を対照してみれば明らかである。

実際,サンスクリット語を少し調べれば,この説を否定するのは容易である。すなわち,「arghya」は,「価値ある」が原義であり,そこから「価値ある人に捧げるもの」>「価値ある人に捧げる水」と語義が派生している言葉である。したがって,これを「水」と訳す場合でも,それは「水一般」を指すことはない*5

ところが,三省堂例解古語辞典・第二版*6ジーニアス英和辞典・改訂版*7などのメジャー学習用辞典が,この俗説を紹介したためか,今でもこれを信じている人が多い。高校の教科書に頻出する徒然草11段に「閼伽」が登場するのも大きいかもしれない。

しかし,これら三省堂例解古語辞典*8ジーニアス英和辞典*9も,それぞれ第三版から,「閼伽」=「aqua」説を載せなくなっている。誤りに気付いたと言うことであろう*10

ところで,この俗説はどこから生じたのであろうか。私は,それを山中襄太「地名語源辞典」*11だと思っており,このページでも,従来,そのように説明していた。しかし,「まんどぅーかのサンスクリット・ページ」の「梵語俗説(1)」の追記部分によると*12,岩田一男『英単語記憶術』 が火元だったようである*13。謝して訂正する。

ちなみに,この岩田一男『英単語記憶術』には,他にも有名な「俗説」がある。「peninsula(半島)」と「penis(男根)」を同語源とするのがそれである。

しかし,「peninsula」が,ラテン語「paene(ほとんど)」+「insula(島)」 であるのに対し,「penis」は,ラテン語「penis(しっぽ)」に由来する。これが間違いであることは,『医語語源大辞典』の立川清氏が,岩田一男氏に自ら確認されたそうである*14

*1中島利夫「通俗語源説と『閼伽』の問題点」『奈良大学紀要』第5号,pp264-266,S51・12・21,奈良大学

*2:「価値」という意味の「argha」であるとの説もある。

*3:Oxford Latin dictionary. - Oxford ; London : Clarendon P., 1968-1982.

*4:A Sanskrit-English dictionary : etymologically and philologically arranged with special reference to cognate Indo-European languages / by Sir Monier Monier-Williams. - New ed., greatly enl. and improved /with the collaboration of E. Leumann, C. Cappeller and other scholars. - Oxford : Clarendon Press , 1899.

*5:楳垣実編『外来語辞典』の「閼伽」の記述も参考になる。

*6:例解古語辞典 / 佐伯梅友〔ほか〕編著. - 第2版. - 東京 : 三省堂 , 1985.1,「閼伽」

*7ジーニアス英和辞典 / 小西友編集主幹. - 改訂版. - 東京 : 大修館書店 , 1994.4,「aqua

*8:例解古語辞典 / 小松英雄〔ほか〕編著. - 第3版. - 東京 : 三省堂 , 1992.11,「閼伽」

*9ジーニアス英和辞典 / 小西友七, 南出康世編集主幹. - 第3版. - 東京 : 大修館書店 , 2001.「aqua

*10:ただし,『ジーニアス大英和辞典』には,この俗説が残っているらしい。

*11:地名語源辞典 / 山中襄太著. - 東京 : 校倉書房 , 1968.9-1979.12,「あか」

*12:なお,本文中の「山中襄太」の名前の誤りについても指摘があった。

*13:そうすると,宮本啓一語源雑学の旅』の「はじめに」に出てくる匿名氏は,岩田一男氏のことなのであろう。

*14:医語語源大辞典 / 立川清編. - 東京 : 国書刊行会 , 1976.(647頁)

 | 

当ブログの各記事は,事前・事後の告知なく修正・削除されることがあります。

各記事のコメント・トラックバックは,予告なく削除されることがあります。