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2007-01-28

便所の落書き

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全く信用できないメディアが,他人の名誉を毀損する事実を摘示した場合,それによって社会的名誉は低下するのか。「便所の落書き」と評されるような掲示板であれば,誰も内容を信じないはずであると考える余地はないか。

例えば,ブログ匿名性を擁護したとして有名な2005年10月5日のデラウェア州最高裁判決John Doe No. 1 v. Cahill et. al.)は,要旨,「ウォール・ストリートジャーナルサイトなどと違って,ブログチャットの発言は,その本質からして,合理的な人間が依拠できる事実情報ソースではない。」*1,「本件で問題となるブログ上の発言は,根拠も説得力もない『意見』にすぎず,客観的事実に関する主張を示すものではない。」*2などとして,「名誉毀損」の成立を否定した。

しかし,これは英米法の法理に基づく帰結であり,当然に日本法に援用できるわけではないと思われる。

最高裁平成9年5月27日判決民集51巻5号2009頁)は,「本件記事の掲載されたY紙はいわゆる夕刊紙であって、帰宅途上のサラリーマンなどを対象として専ら読者の関心を引くように見出し等を工夫し、主に興味本位の内容の記事を掲載しているものであって、そのような記事については一般読者もそのような娯楽本位の記事として一読しているところてある。」*3という事情を指摘して,名誉毀損の成立を否定した原審,原々審の判断を明確に否定して,以下のように判示している*4

新聞記事による名誉毀損にあっては、他人の社会的評価を低下させる内容の記事を掲載した新聞が発行され、当該記事の対象とされた者がその記事内容に従って評価を受ける危険性が生ずることによって、不法行為が成立するのであって、当該新聞編集方針、その主な読者の構成及びこれらに基づく当該新聞の性質についての社会の一般的な評価は、右不法行為責任の成否を左右するものではないというべきである。けだし、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(最高裁昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二小法廷判決民集一〇巻八号一〇五九頁参照)、たとい、当該新聞が主に興味本位の内容の記事を掲載することを編集の方針とし、読者層もその編集方針に対応するものであったとしても、当該新聞報道媒体としての性格を有している以上は、その読者も当該新聞に掲載される記事がおしなべて根も葉もないものと認識しているものではなく、当該記事に幾分かの真実も含まれているものと考えるのが通常であろうから、その掲載記事により記事の対象とされた者の社会的評価が低下させられる危険性が生ずることを否定することはできないからである。

一般読者としては,興味本位の記事であっても,「おしなべて根も葉もないもの」ではなく,「幾分かの真実も含まれている」と考えるであろうから,当該記事によって,対象人の名誉が低下する「危険性が生ずる」というのである。

この判決は,「新聞記事による名誉毀損にあっては」と限定を加えた上,「当該新聞報道媒体としての性格を有している以上」と理由付けており,その直接の射程は新聞など公共報道機関の記事に限られよう。調査官解説*5や主要民事判例解説*6も「マスコミ報道責任」「報道機関の公共的性格」などと解説している。

しかし,法学教室の「時の判例」は,この判例に関して,「ことはマスメディアに限らず、インターネットホームページ上に、他者の名誉を毀損する情報を載せているとすれば、たとえ『興味本位』のものと銘打っていたとしても、免責されるものではない。」としている*7。この判例の趣旨が,新聞記事など公共報道機関のみに限られるとも言い切れないであろう。

2ちゃんねる動物病院事件控訴審判決は,「読者は各発言に根拠があるとは限らないことを十分認識していると考えられるから、被控訴人らの社会的評価を低下させるものではなく、名誉殴損は成立しない。」という主張に対し,前記最高裁判決を踏襲した判断を示して,これを排斥している*8

しかし、ある発言の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般人の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(新聞記事についての最高裁判所昭和一年七月二○日第二小法廷判決民集一○巻八号一○五九頁参照)、インターネット電子掲示板における匿名の発言であっても、「悪徳動物病院告発スレッド」と題して不正を告発する体裁を有している場での発言である以上、その読者において発言がすべて根拠のないものと認識するものではなく、幾分かの真実も含まれているものと考えるのが通常であろう。したがって、その発言によりその対象とされた者の社会的評価が低下させられる危険が生ずるというべきであるから、控訴人の上記主張は採用することができない。

この判決は,「『悪徳動物病院告発スレッド』と題して不正を告発する体裁を有している場での発言である以上」としているが,このような場合に限定する趣旨ではないであろう。

それでは,「一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容」(最高裁昭和31年7月20日判決民集10巻8号1059頁)において,「幾分かの真実も含まれている」(最高裁平成9年5月27日判決民集51巻5号2009頁)とさえ考えられないような事例があるであろうか。

(追記・2008年3月9日) 少し事例は異なるようであるが,報道によれば,平成20年2月29日の東京地裁判決は,名誉毀損被告事件について,ネットの特殊性に配慮し,相当性要件を緩和する判断を示したとのことである。今後の動向が注目される。

(追記・2009年1月31日) 報道によれば,平成21年1月30日,東京高裁は,上記東京地裁判決控訴審において,そのような情報であっても,一律に信用性が低いという前提で受け取られているわけではないとして,逆転有罪判決を下したとのことである。

*1:原文「For example, chat rooms and blogs are generally not as reliable as the Wall Street Journal Online. Blogs and chat rooms tend to be vehicles for the expression of opinions; by their very nature, they are not a source of facts or data upon which a reasonable person would rely.」。

*2:原文「At least one reader of the blog quickly reached the conclusion that Doe's comments were no more than unfounded and unconvincing opinion. Given the context of the statement and the normally (and inherently) unreliable nature of assertions posted in chat rooms and on blogs, this is the only supportable conclusion. Read in the context of an internet blog, these statements did not imply any assertions of underlying objective facts.」

*3最高裁平成9年5月27日民集51巻5号2009号の参考判決。なお,原審は,「当裁判所も、本件記事によって控訴人の名誉が殴損されたものとはいえず、控訴人の本件請求は失当であると判断する。その理由は原判決に対する判断の記載のとおりである。」として,独自の説示をしていない。

*4:なお,本件の原審,原々審と同様の判示をしたものとして,東京地判平4・9・24があるが,これも控訴審である東京高判平5・8・31で否定されている(判例時報1474号76頁)。

*5平成9年度判民解(26事件)・630頁(八木一洋解説)。

*6平成9年度主要民事判例解説(判例タイムズ978・106頁,金子順一解説)。

*7法学教室208号・106頁(斉藤博解説)。

*8判例時報1816号52頁。

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