2011-06-10
■[本を読みました] 日本初の女性による女性雑誌創刊100周年
1911(明治44)年9月、日本初の、女性による女性雑誌『青鞜』が創刊された。創刊号には、平塚らいてうが「原始女性は太陽であった」で始まる発刊の辞を、与謝野晶子が「山の動く日来る」で始まる詩を寄せ、高らかに女性解放を宣言した。それから今年で100年が経つ。
ちょうどこのころ、政府による社会主義者の大弾圧事件、大逆事件が起き、同誌発刊の年の1月には、幸徳秋水や管野スガら12人が処刑されるなど、政治・思想弾圧が厳しくなっていった時期でもあった。
その一方で、大学を出た女性たちが「新しい女」といわれて注目されていた。その一人であるらいてうらが女性たちの才能を開花させるべく、女性による女性のための雑誌『青鞜』を刊行した。
当初『青鞜』は、女性たちの共感を呼び評判になったが、創刊1年目に、「青鞜」のメンバーの尾竹紅吉がらいてうと中野初を誘い吉原見学をしたことを新聞に書きたてられ、「新しい女」は「色欲の餓鬼」などのすさまじい罵言を世間から浴びて、『青鞜』はたちまち評判を落とした。過去に青鞜の社員であったということを理由に、教員を辞めさせられた人も出たほど世間の風当たりは強かった。しかし、らいてうらは誇張や曲解にまみれた世間の非難を受けて立ち、「私は新しい女である」と開き直ってみせ、伊藤野枝、岩野清らとともに論陣を張っているところは、実に頼もしい。
『青鞜』はわずか4年6カ月で廃刊となるが、その間に、「風俗壊乱」と「安寧秩序妨害」を理由に3回発禁処分を受けている。女性が自らの性を語ること、不貞(今で言う不倫関係。男の罪は問われず、女は法で罰せられる)を語ること、結婚や良妻賢母という女性の役割を疑問視することが、国家にとって取り締まりの対象となったのだ。
本書には、『青鞜』の主要な記事が、創刊宣言/ノラをめぐって/「新しい女」/性・家・国家/論争編(貞操論争,堕胎論争,売春論争)の5編に分類、収録されており,誌上で盛り上がった議論が読みやすく編纂されている。
当時の「新しい女」たちは、何を語り、どのような「解放」を望んだのか。100年後の私たちは、先達がつけた道をどこに進めているのか,それとも足踏みしているのか。100周年という節目に振り返ってみるのも面白い。
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