白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

岸見一郎訳『ティマイオス/クリティアス』刊行の経緯

小社が岸見一郎さんを知ったのは、十年ほど前のことです。
もちろん岸見さんはそのころすでに『個人心理学講義 生きることの科学』(一光社)や『子どもの教育』(アルテ)などのアドラーの著作や本格的な評伝エドワード・ホフマン『アドラーの生涯』(金子書房)を精力的に翻訳紹介されており、『アドラー心理学入門』(ベストセラーズ)や『アドラーを読む 共同体感覚の諸相』(アルテ)などのご著書もあって、アドラー心理学者として知られていました。
けれども、岸見さんとお話をしてみると、自分はギリシア哲学の研究者で、アドラー心理学に取り組んだのも、プラトン哲学への関心からウィーンのソクラテスと呼ばれたアドラーに注目したのだということでした。
本拠地ギリシア哲学、現住所アドラー心理学という、この風変わりな知識人に興味をひかれた小社がいろいろお尋ねしているうちに、ギリシア哲学研究の大家・故藤澤令夫氏に師事しただけではなく、岩波版『プラトン全集』の『ティマイオス』の訳者・故種山恭子氏の教えもうけたとうかがいました。
そういえば、『ティマイオス』はデミウルゴスとかコーラとかアトランティスとか、面白い話題がたくさん詰まっているのに、書店で見かけなくなって久しい、重要な古典が気軽に読めないのは惜しい、という話からこの企画は始まりました。
こうして新訳刊行企画がスタートしたのはもう何年も前のことで、2012年の春には本文の訳稿も出来上がっておりました。
けれども、そのころはまだ東日本大震災の傷跡も生々しく、被災地で困難な生活を送っておられる方々も今よりももっと大勢いらっしゃいました。
この状況で、大地震津波を連想させるアトランティス滅亡の場面を含む『ティマイオス/クリティアス』を読者に提供するのはいかがなものかと、岸見さんも小社もためらいをおぼえたのです。
そこで、しばらく時間を置き、そのあいだに訳文や訳注を再検討することとして、いったん刊行を延期しました。
そうしているうちに、ご著書『嫌われる勇気』がベストセラーになって、お忙しいだろうということでまた延期し、ようやく、このたび満を持しての刊行に至った次第です。