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2018-06-08

[]「週刊金曜日」で『母の憶い、大待宵草』が紹介

週刊金曜日」6月8日(1187号)で、古川佳子著『母の憶い、大待宵草』が紹介されました。

週刊金曜日さんのサイト↓

http://www.kinyobi.co.jp/

紹介してくださったのは佐高信さん。

同誌に連載中の「憲法を求める人びと」で古川佳子さんをとりあげたなかで、著書『母の憶い、大待宵草』にも言及してくださいました。

佐高さんは、七つ森書館さんから出ている田中伸尚氏の編著書『これに増す悲しきことの何かあらん』のタイトルのことから語りはじめます。

この題名は古川の母、小谷和子の「是れに増す悲しき事の何かあらん亡き児二人を返せ此の手に」から採られた。古川は近著『母の憶い、大待宵草』(白澤社発行、現代書館発売)の「はじめに」に、この歌は古川にとっての兄2人を戦死させた国家の暴力を見据えて「天皇戦争責任を生涯思い続けた母の憤怒であった」と記す。

この本の跋に田中が書いているように古川は「何とも静やかでおっとりした人」だが、1976年に箕面忠魂碑違憲訴訟に踏み切った勁さを持つ。

古川さんの勁さの源はなんなのか。佐高さんは次のように指摘します。

古川は1927年に生まれた。城山三郎藤沢周平と同い年である。まさに青春の真っ只中に軍国主義の焼き印を押されたが故に、精神の支配には全身で抵抗する。古川にとって忠魂碑訴訟は自らの青春を取り戻す闘いでもあった。

また佐高さんは「古川は、この闘いの過程で、さまざまな人に出会った」ことにもふれています。

このさまざまな出会いこそ、『母の憶い、大待宵草』のテーマで、同書の副題が「よき人々との出会い」とされている理由です。

「何とも静やかでおっとりした人」が、どのような人々とどのような出会いをしたかについては、『母の憶い、大待宵草』の目次を下記に公開していますのでご覧下さい。

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佐高信さん、ご紹介をいただき、ありがとうございました。

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