ヨーロッパ〜日本往復日記

2017-05-14 自分で自分を教育するということ

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みなさんお久しぶりでーす。実は今、日本にいるんですよ。今回は2週間半という期間。

両親の実家の鹿児島にも行ってきました。

まあ普通、働いていると2週間半というのは、日本では長い休暇で、ヨーロッパではちょっと短いかなという感じでしょうか。

鹿児島への旅行は母と共に行き、自分たちのルーツに戻るという感じで、よかったです。

霧島市指宿市に5泊、温泉ざんまいで、美味しいものを堪能しました。あとたくさんの親戚にも会いましたよ。

今日はその鹿児島旅行から戻りのんびーり、ふと家族の様子を見てね、ああ昔と同じだなーとブログを書く気になりました。

ウチは父と母がテレビっ子で、いつでもテレビが付いている家だったんだなーと。

旅に出てからテレビのない生活が始まり、それが当たり前になった。

小さい頃からテレビがずーとBGMのように付いている家、ベルリンからたまに帰るとそれが

とても不思議な光景に見えた。

日本と往復する日々がもう17年。もうヨーロッパから日本に帰って来てもなんの違和感も感じない。

ただ、分析癖だけは常につきまとう。

父と母の時代は丁度、経済高度成長期と重なりながら大人になり、家庭を持ち、仕事そして子育てに奮闘していた時代。


あの時代はテレビの中のコモンセンスが日本を支配していたような。

まあ今でもテレビとネットに支配されているのか。それは対して変わらないのだ。

うーん、今何を書こうとしているかというと、大人になると自分を成長させてくれるのは自分で選ぶことができることもある。

大部分の場合は大人になった時の学びの場というのは家族を作り、子供を作ることと、仕事なのかな。

が、私みたいに子供がいなかったり、社会の中で会社とか仕事の仕組みの中からはみ出てしまったら、

自分で自分を教育していくしかない。独学だ。



昔だったらお祭りとか、宗教行事とか地域や大家族の中での役割があったり、そういう周囲の人間関係の中で揉まれていくのだろう。



私はというと、日本の仕組みからはみ出し、旅の中や海外の生活の中で、困難に直面しては教育され、新しい友人や家族との触れ合い、そして新しい言語を習得しながら、

自分で自分を教育しているのだなあとふと思った。


例えば、私は旅の中でいろんな国の習慣や考え方に触れられたことの中にたくさんの学びがあった。

それから激動のベルリンを体感できたこと。無茶なことをしたり、バカなことをしたこともあったけど、

あの時のベルリンにいなければ今の私は居なかったと思うくらいにベルリンから影響を受けた。

もう今のベルリンにはその片鱗があまりにもないことがとても残念だけれども。

それから、最近一番学んだのはあの福島第一原発の爆発からだ。私はあの時まるで戦争の渦の中にでも入った気がしていた。命の危機感というものが、こんなに人間を動かすものなのかと思った。




上の3つのうちで、自分で選んだのは2つだけど、もちろん最後は選んではいない。


色々考えるうちに、人それぞれ困難に出会い、それを克服していくというのは

十人十色、そうだよね。

子供を育てるのだって、はてまた料理をすることだって孤独で、自分でアレヤコレヤ考えて経験になっていく。これだって独学だよな。子供は一人一人違うし、状況も違うしね。





それはテレビやネットからでは決して無い、自分で動き、体験し、独学すること。

そう考えると日々の生活の中全てが学びであって、少し意識的になることが必要だなーと思う。

2017-02-24 悔いのない人生

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先日アップしたビデオ、アレクシェービッチの旅路を見て、人生とは何かと深く思うことがあった。



何か大きなものの被害に会う人々、そして戦争や事故で亡くなってしまう人々には、それまでのその人の生きてきた苦労や

意味や大切さなどはどこかに塵となって吹っ飛んでしまうように感じた。

彼女は映像の中で小さき人々と呼ぶ。

それでも私たちは生を受けたからには懸命に生きて行く。


先日のビデオかなりオススメです。初め2から見て、1を見るほうが噛み締めて見れるかも。

。。。




昔は日本人として一つの同じ国の人間として人々は意識していなかったと何かで読んだ。

ほんの第二次世界大戦の前の話だ。

それもそうだ、昔の国のようなものは藩であって、隣の藩に行くのに手形が必要だったんだから、

そして自分の土地を治めるお殿様がいなくなり、新たな形の権力者が登場。

それも全く敵方だったりすると、人々はどっかからポッと出の自分とは関係のない権力者だと感じただろうに。

その新しい権力者の明治政府意向でだって、田舎の隅々まで意識改革がされるまで時間がかかる。


方言もだいぶ強く、意思疎通も困難だっただろう。標準語として定められたのが浸透するまで時間がかかるし、

だいぶ日本人としてのアイディンティティも誰かに作られてたものも多いのだなあーと感じる。

私の鹿児島の母方の祖母はもうなくなったけど生きていたら103歳、電話で話すその言葉は全く理解が出来なかったことをよく覚えている。

夏になるとお腰(着物の下に着る巻きスカートのような下着)にトップレスで家や田舎の広い庭を歩いて、近所の人ともトップレスで話していた祖母。

トップレスで近所の人とおしゃべりなんて、今したら頭のおかしい人だと思われるよねー。


そういうことを思うと、今流行りの空気を読むことだって、(私が日本を長い間出ることになる2001年まで、空気を読むなんて言葉はまかり通っていなかったので、私には私が日本から出た後の新しい概念。相手を察する気持ちならわかるよ)

世間様だって、コモンセンスだって作られているんじゃあないのかな〜。



先日、紹介したロシアノーベル文学賞作家のビデオで

ロシア人も日本人も 抵抗する文化のない人々 と語られていたけど、抵抗する文化がなくなるよう作らされていると私は思う。


ちょっと市民活動をかじっただけで、日本にはスラップ訴訟と言われる、言いがかりの国、または大企業個人裁判があるのを知ることになる。

抵抗すると裁判にかけられ500マン円とか罰金を科せられちゃうんだよね。。。。


国の被害に合わない、辛い事情を知らない人はその抵抗する人々を敵視するし。。。



日本で生きて居るんだから、日本の常識に合わせないとと言っているうちは、自分の意思を殺しかねない。

人間は教育の賜物だ。教育は日本の学校だけでなく、日本の常識だけじゃなく、もちろん各家庭地域の教育、そして自分の経験から学ぶこともあるし、

大人になってからも出会いからいろんなことが学べる。


それを総合的に自分で考えて自分の心に素直に従い生きることも

自分の魂を昇華する、人生の深い学びになり、悔いのない人生を送る鍵になるのでは。



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2016-07-19 人生について

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何かふっと、その時々の自分の欲求に応じて私は、躊躇することなく突き進み、その為には居場所さえ変えてきたのかなあと振り返る。




やりたいと思ったら、あまり迷わず始める。ある程度まで突き詰めると、満足して離れてしまうところが、

本物のプロや天職とは違うところだなー。




私の彼を観察すると、電車の中で数分でも座る時間があると、携帯上で何かの絵を描き始める。仕事を徹夜で仕上げた休みの日、やっぱり何かパソコン上で書いていたりする。

もーいい加減、休んだらと言っても別に理由もなく書きたいらしい。

それは彼の実父にも同じことが言えて、彼の妹さんも子供3人もいて、仕事もしながらものすごい量のアクセサリーを作っている。

もうこれは彼らの芸術家の血で、凡人にはかなわない継続力というか、人生の一部なんだな。







ここまで人生の一部として何かを継続するって、近くで見ると、本当にズ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと集中してひたすらやっているというよりは、

何かちょっとした空き時間があると、やっているという感じ。ものすごく自然な生活の一部。で、苦しくなっても辞めない。

彼には何度か転機があって、アニメの仕事から離れていた時期が何度かある。

ズ〜〜と続けていると、苦しい時がやってくるのね。その事に関わった人間関係だったり、自分の才能を疑ったり、でもやっぱりやめないというよりか、

辞められないと言った方がいいかな。




方や私は、それに集中すると、ひたすらそれを続けて、やりすぎて息が切れては辞めるといった感じかなー。

日本語教師はそれでも続けているから、このまま出来るまでやればいい。





よく旅をする人が言われてしまう。自分探しとかモノトリアム時代から抜け出せないとか、そんな言葉、社会からはみ出たとかで片付けられるけど、


実は自分に素直に行動した結果であって、別にドロップアウトでも何でもない。


なので皆さん、やりたかったらそれをやってみて、突き進んで下さい。

それで途中で終わりだったら、自分にはそれまでのもの、いい経験だったでいいのです。


辞めてもこだわり続けるんだったら、やはり再度、続けてみたりね。振り返った時にやっぱりこれを辞めない私は、自分にとっての何か特別なものだったんだって。


振り返って分かることな気がするよ。



言いたいこと分かるかな?


日本では常にあれをすべき、こうすべき、人生はこう、仕事はこうあるべきと、

いろんなルールがありすぎて、自分の方法を探しにくい。 今まで先人が見つけた方法に沿ってやるのが一番だと思われているので、

普通の人はそのレールが一番だと言い聞かされている。


でもまあパイオニアになる人は得てして自分のスタイルを持っていて、それは誰の真似でもないはず。


パイオニアまでならなくても、凡人でもね、どうして自分の人生、自分のスタイルを思うまま突き通すのは良くないの???????

おかしいじゃん。



まあ、それは周りがその人を上手いように使いたいからっていうのもあるかも。まあうがった見方だけど、みんな自分の方法を見つけて、あっちゃこっちゃ行っちゃったら、

社会の形式が作れないでしょ。まあ私たちがこうすべきって思う方式や教育って実は高度成長時代に確立したもので、あの時は国を建て直すのにみんなが

同じ方法を見て進む必要があった。



そのずっと昔は大きな枠では決められてはいても、人それぞれの人生は個人によってだいぶ違っていたと思うよ。




それでね、今の時代、自分の方法を突き詰めて、後で戻っても良いでしょ。いい経験だったって終わらせて戻っても良いでしょ。ってこと。


昔の人はね、ものすごく短命で、昭和でだって人生50年って言われていたんだから。


でも今は違う。70歳でもピンピンしているし。


だからちょっとぐらい遠回りしても大丈夫。




昔は子供を産むのが20代が普通だった。その昔、昭和の初め大正時代その前などは10代後半でだって沢山産んでいた。でも今は30代後半でも全然問題ない。


10年〜20年の猶予があるよ。そう考えると、1年や2年自分の好きなようにしても、良いんだって思わない?


長い人生もっと自分の為に時間を使ってもいいはず。


現代社会になって、競争が激しくて、そんな悠長なことできないって思っても。


大丈夫。


実は、自分のやりたいことを突き進む力こそが、社会の役に立つし、その後の人生でも役に立つ。




実はね、やりた〜いと思っても行動する人って極一部。やっぱり教育がそういう突き進む教育じゃないから、


でも実際人の上に立つ人や人をまとめる人はそういう力がないと無理なんだ。

通りすがり通りすがり 2017/07/06 01:10 検索をしていて偶然こちらに辿り着きました。
私もパリに住んでいたことがあり、パリ嫌いでもあったので(笑)楽しくなってたくさんの記事を読ませて頂きました。こちらのお話を見て、少し心が救われました。
日本に帰ってから、一般的な年齢相応の当たり前を求められ、嫌だなと思いながらも周囲に合わているふりをしていました。今は、なりたい自分になろうと歩き出したところで、周りには良く思われておりません(笑)
少しレールを外れただけで落伍者の扱いを受けてしまう日本では、自分の望む通りに生きることはまだ難しいのでしょう。それでもやりたいようにやろうと改めて思いました。
有難うございます。

halloohalloo 2017/07/08 10:17 初めまして通りすがりさん。
そう言ってくれると、書き続けている甲斐があります。コメントありがとうございました。
周りの意見やコモンセンスなんて時代によって変わるのですから、やりたいと思うときはエイっとやってみる。それが自分の血となり肉となると思いますよ。

2013-10-16 ふと人生について

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最近、よう〜〜やくパリの地に足が付いてきました。


ここに来るまでに葛藤がありましたよ。本当に。

まあ元々パリがあまり好きじゃなくってと云うのもあったんですが。。。

(パリ在の方ごめんなさい)



最近というかパリに来てからというもの、自分の過去を振り返る事が多くなったんですね。

まあ年を取ったと云うのもあるし。もがいていた時期を懐かしんで、反省したり、

頑張っていたんだなって自分を褒める事もあるし。好きでも突き進み方が足りなくて、苦労から逃げていたんだなとかね。


どんなものでも自分次第で、価値があるものに変えられる。本物に出来るんだよって。そうハっと思った。



他の人が作った本物を手に入れるんじゃなくて。

自分が本物、価値あるものにする。それが自分の人生なんだってね。



例えば、単なる石ころでも、それに自分が時間をかけて彫刻したり、真剣に絵を書いたりすることで、自分にとって価値があるものになる。


例えば、高級車だって、親から何のためらいも無く、ぽんってもらったら、自分の中ではそんなに価値は無い。他人からおお〜〜って言われてもね。

安いオンボロの車だって自分で一生懸命稼いで、選びに選んで時には修理したり、手に入れたものには自分の中で価値がある。


そんな良く言われる様な、当たり前の事だったんですね。


言葉としてはうんそうなんだと思っても、実感が無かった。






自分自身が、真剣に向き合う事で、価値を作って自分の中で本物にする。

もし、好きな事じゃなくても、一生懸命やったら、その中に価値が現れるって

こんな事だったんだって思うようになった。



真剣になれば、なるほど、自分の中の本物が増えて、人生が充実してくる。

そんな事だったんだなってね。




(無意識であっても)いままで、真剣になっていたことと、

好きでも、いい加減になっていたこと、

それが私の人生に思いっきり現れているんだな〜ってね〜。



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2013-02-15 企画、行動力、継続力

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企画、行動力、継続力

なんて、仕事みたいな事書いたけど、

ようするに、やりたいと思った事をそのまま素直に行動して、それを続けていくって事なんだ。

でも、こんな風に書くとなんかすごい大変な事のように思うけど、

こんなことやれない、ダメ出しを自分で出さないで、

気持ちに素直に行動した結果なんじゃ。継続力はやっぱりその中での努力なんだよね。


海外をぶらぶらして、

いろんな人に出会って、それがfacebookで繋がると、大して繋がっていなくても相手の様子が分かる。

便利と言えば便利だし、楽しくもあるが、こんなのは昔は無かった事で、雑音になることも多々ある。



そのなかで、大体もう10年以上知っている人たち、(また言うが大して仲が良くなくても)

その人の経緯が何となく目に入ってくる。


そのなかで、成功している人たちの興味深い経緯。




日々の生活からして、日頃から精力的に動き回っている感がある。


それで、自分で作って、行動する人たち。


子供の頃から学校でグループワークとかやるけど、お題は先生が決める。人の元で働くのには都合がいいスキルだよよね。

でも、自分たちでやりたい事をゼロから形にして、作り上げるってことをもっと、子供の頃から訓練してもいいんじゃない?


そっちのほうが社会にしても個人にしても有益な行動力に繋がる可能性も。

自分の子供に伝えるにはどうした良いんでしょうね。大人の都合で、素直な心を挫いちゃいけないんでしょうね。










あるカナダ人は、15年ぐらい前に、日本に英語教師としてやって来て、

アマチュアミュージシャンとしてライブをして企画してパーティー作っていた。

日本で英語教師で、アマチュアミュージシャンって人はたっくさん居る。


英語教師のでのビザで他業種の転職に成功、ウェブデザインなどをしていた。そこからヘッドハンティングされ、

会社を日本人上司とともに新製品説明書の翻訳会社を立ち上げる。

会社を立ち上げた忙しい時期でも、月に一回の音楽イベントは止める事無く、今までづ〜っと続けている。

忙しい日々だけど、今は、新宿区に一軒家を借りれる財力と、

年に何回かは一ヶ月以内で、海外旅行を楽しめる余裕がある。

それで、自分もミュージシャンとしての活動もつづけ、

人脈もあるし、信頼もされている。

う〜〜ん素晴らしい。





ほんと「ローマは1日にして成らず」なんだよね。

この言葉が当てはまる人がもう一人。


ある日本人が海外で

音楽を作ったり、アーティストを集めて、パーティをしたり、雑誌を作ったり

アーティストとして精力的に活動していたんだ。

創作にはもちろん浮き沈みがある。

おまけに経済的困窮しているとき大怪我をしてしまう。

大変な思いが長い間づつき、見るに見かねてお父さんが日本からわざわざやって来て、日本につれ返してしまった。


そこから彼は再び一念発起してアーティストの彼女と一緒に今度は二人で日本で

数々のイベントを仕掛けていくんだ。その間に後遺症が残るかもしれなかった大怪我も治してしまった。



そして二人で会社を立ち上げ、彼女もまたアーティストとしての実力と推進力があった事も力になり

イベントは成功し一部は企業協賛になり定期的で長期にわたり、収入源になっていく。


同じアーティスト同士、比べてしまう事もあったらしく、今後自分はどうしていこうという事も

思い悩む時もあったそうだ。

そうだよね、彼女の働きぶりを知るものとして、あのバイタリティーと創作意欲はハンパじゃなかった。

おまけに収入に結びつくような企画を個人から始めるには、

いくら人脈があっても多大な時間と労力が必要だし、そんなに簡単に出来る事ではない。




が、福島の爆発が起こった時、彼の行動力は凄かった。

いままで培った人脈だけじゃなく、

保養地になりそうな候補の場所に一人で行って、役所やら、地元のひとやら既に避難して来た人と繋がり、

企業とも力を組んで、保養地を作ってしまった。

この人もいろんな人から注目されている。応援したい人の一人だ。














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