ヨーロッパ〜日本往復日記

2013-07-02 彼の事2

[] 05:43


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前回の続き。。。

どうやって国境越えしたの?お母さんから何か聞いていない?と聞いてみると。



実は、お父さんが一筆、「子供と妻が一時的にフランスに帰国するのを許可、必ず全員ルーマニアに戻る」

というのを書面にして、申請したらしい、それをルーマニアの国境で、見せて突破した。

共産国家とは言え、DDR東ドイツ)よりはずっと緩やかだね。

DDRでは1970年代には壁が完成して、脱出なんてもう命がけだったからね。



それから、パスポート無しって始めは聞いたんだけど、お母さんに聞いたら、ギリギリでちゃんと作ったんだって。

そうだよね。パスポート無しの複数の国の国境越え、絶対に有り得ない。

ルーマニアからフランスまで車でなんていろんな国の国境渡るからね。







そして、数日間の車での逃避行、無事お母さんの地元、南フランスマルセイユに到着するのです。その時の様子は4歳ながら

ず〜っと車の中で、大変だったことは覚えているらしいです。

特にマルセイユに到着した時の景色はハッキリ覚えていると言っています。


4歳の子供に、お父さんにそれから会えなくなるとか、政治的な事は解るはずも無く、マルセイユに到着した時は、とても嬉しかったそうです。

政治的なものに犠牲になるというのは、本当に自分の力ではどうにもならない部分が多くて、大変な思いで、子供達を連れ出したんだろうなと思いますよ。





その後は、妹、お母さん、彼と三人で数年間マルセイユで過ごします。

が、また恋多きお母さん、次はマルセイユコルシカ島の人と出会い、コルシカ島マルセイユを往復する日々がはじまるのでした。。。。



当時、まだフランスにはあまり日本のアニメはなかったんだけど、イタリアではすでにいろいろ放送されていた。

コルシカ島フランス領といえど、イタリアにほど近く、たくさん日本のアニメが見れたんだって!

それで、いつもコルシカ島に行く事を心待ちにしていたらしい。

これが彼の出発点なのね〜。




お母さんの人生が、想像付かない形で、彼の人生に大きく影響を与えていますね。


それで、数年間のマルセイユでの生活の後、1984年にコルシカ島に移住、再婚となりました。

彼が10歳の時でした。




運命の1986年、チェルノブイリ原発事故。


不幸にも2000キロ離れてはいても、コルシカ島は汚染されてしまう。

原発推進フランス政府フランスには汚染は無かったと断言したのでした。



コルシカ島は自然と共に生きる島。その後も、地元で絞った牛乳を飲み、チーズを作り、野生のイノシシを食べ、野生のキノコを摘み、自分で摘んだ栗を瓶詰めにして保存食にする生活はまったく変わりませんでした。



それで、その後、どんどん甲状腺の病気や、放射能由来だと思われる病気がコルシカ島で発症してしまうのです。









フランス以外のヨーロッパの国々は、ちゃんと伝えて、人々はちゃんと自分たちで自分の身を守ったそうです。

牛乳も飲まなかったし、野生のキノコもベリー類も長い間食べなかった。

それでも、汚染の結果が出てしまう子供達が居た。



フランスで、脱原発団体に所属してからというもの、放射能由来の病気になったという事を聞く機会がいくつかありました。



3月に脱原発イベントを主催したとき、30年以上フランスに住むある日本女性に会いました。

その当時、自分が被爆しているなんて全くしらなかった。でも、10年ぐらい経った時から、

体が重度のアレルギー体質に変化して、夏には野菜や果物類がほとんど食べれなくなり、娘も病気がちになる。

実はフランスも汚染されていたという事を耳にするようになりたが、詳しい事はあまり知らなかったそうです。


それで、このイベントでフランスの汚染地図を初めて見て、実は自分の住んでいた所がやっぱり汚染されていたというのを、27年目にして知る事になったのです。そのイベントのときに、本人から直接ききました。




彼の話から、また原発の話になってしまいましたが、やっぱり内部被曝がそうとうなダメージになるようです。

皆さん、長い戦いになりますが、食べ物は多くの産地から取り寄せて、食べて下さいね。









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2013-06-27 彼の事

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今日は私の彼の事について書く。

いつも、日本オタクとかアニメファンとかアニメ会社で仕事とかそんなことしか書いていないけど、興味深いバックグラウンドをもっているので、少しづつ掘り下げて。




私の彼は国籍フランス人だが、フランス人ルーマニア人のハーフで、生まれはルーマニアだ。

以前書いたけど、お母さんが結構波瀾万丈な人で、ルーマニアで9年過ごしている。その断片的な話をまとめて書いてみようと思う。




ある日、お母さんが、なんと宝くじに当たってしまった。ちょうどそのとき、親戚のおじさんおばさんが

車でルーマニア旅行に行くよという。

じゃあ一緒に行ってみようと思い立つ。

マルセイユ出身のおかあさん、それまで外国は行った事が無かったらしい。


そんな初めての海外旅行ルーマニアで彼の父と出会い恋に落ちる。。。。。これが1969年お母さん19歳、人生の転機。



彼のお父さんの若かりし頃を見ると、かなりの男前。少しジプシーが入ったような目の、くっきりシャープな浅黒いヨーロッパの顔。

彼いわく、ジプシーではないらしいが、その顔立ちからどっかで血は混じっている事は確かだと思う。

この顔はハッキリ妹さんに出ていて、本当に兄弟姉妹かと思うほどのぞくっとする美人さんです。





お父さん家族一家は、プロではないが芸術肌で、お父さんはギターが上手く、絵や彫刻にこっている。

お父さんの妹は、その地域のコンクールで優勝した美声の持ち主、昔録音した歌を聴かせてもらったが、時代が時代ならプロの歌手にもなれたカモと思う。彼の顔はこのおばさん似。お父さんに似ればもっと人生違っていたかもね〜。

それから父方のおばあちゃんはレース編みの名手だ。

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帰国後、お母さんはルーマニアフランスを何度か往復し、ついに結婚。この家族の物語が始まるのである。





結婚当初は本当に幸せだったらしい。全てが手仕事で、乳搾りをして、マキから火を焚いてご飯を作ったりしていた。そんな伝統的な生活は、何もかも新しい事ばかりで、自然は美しく夢の中のような日々だったらしい。



そのころはルーマニアで人々はまだ普通の生活を送っていたという。が、チャウシェスク政権が1971年を気にどんどん変化して行く。


そして、ある日悲劇が訪れる。このお父さんは妻がフランス人たったそんな理由で、スパイ活動の一員にされてしまう。



いままで、芸術家肌でギターを愛し、平凡に暮らしていた人が、いきなりそんな任務を任されてしまった。

(その前はどんな仕事をしていたのかは私はまだ聞いていない)


そんなスパイの仕事はキツい。ストレスからお父さんは少しづつ酒に溺れていくのである。

そのお母さんの生活に変化が起こり出した1974年に彼が生まれる。


たまに暴力を振るう事もあったらしい。幸いに頑張る彼女は姑にとても気に入られて、よく自分の見方になってくれていたと言う。スパイの仕事の辛さを理解し、我慢する毎日を送っていた。




初めて出会ってから9年後、お父さんに浮気相手が居る事を知る。妹も生まれたばかりなのに、相当なショック。



それに追い打ちをかけるように、ある日の事、彼が4歳、彼のお母さんが外で仕事しに出かけたマイナス20度の冬の日。お父さんは酒場へ、子供をなんとその酒場の外で遊ばせて自分は酔っぱらって、子供の事は忘れていたという。

それを近所の人が見つけて家まで連れて来てくれた。その時の様子を今も彼はなんとなく覚えているという。とても雪が綺麗で、舞い落ちる、雪と一緒に遊ぶのに夢中だったと。



それをきっかけになりとうとう堪忍袋の緒が切れ、ルーマニア出国を決意した。もう何も思い残す事は無い。。

当時、彼が4歳、妹が一歳、お母さんの姉が車でルーマニアまで迎えに来てくれ、3人で出国した。1978年。

当時のシャウシェスク政権、政治的に追いつめられたら大変な事になる逃避行だったらしい。




Wikipediaチャウシェスク政権の1978年はこう書かれている。

1978年、ルーマニア秘密警察セクリタテアの上級幹部であるイオン・ミハイ・パチェパがアメリカ亡命した。陸軍少将でもあったパチェパの離反・亡命は、チャウシェスク政権にとって大きな痛手となり、チャウシェスク秘密警察の組織・運営の見直しを余儀なくされる。)


なるほど、彼のお父さんはこの秘密警察で働いていたんだね、大変な思いをしていたんだ。


づづく。。。














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2013-06-21 フランス人男性×日本人女性カップル

[] 05:44


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おとといの警察署でたっくさん日本人×フランス人のカップルを見てね〜。この組み合わせについて書いてみようかな〜と思う。



アニメ会社という特殊な会社に所属する彼。小さい制作会社ながらも同僚には 3人の日本人女性と結婚しているフランス人男性が居る。

それから、日本×フランスハーフの同僚が3人。


言わずもがな、私がボランティアをしている脱原発グループの日本人女性は

ほとんどがフランス人の旦那さんがいる。



出会いがあれば、日本人女性と結婚しても良いと思っていそうな(想像)人が私の周りにはいる。

これからフランス男性×日本女性のカップルはもっと増えて行くかもな〜〜と思う。







もちろん、愛の始まりに価値観は関係ないが、続けて行くにはある程度の価値観の差異が少ない方が良い。

それは日本人同士でも同じ。




100年ぐらい前から、日本文化がフランスに入り始め、日本への憧れや尊敬の念もあり、

最近は子供の頃から日本のアニメをテレビでたくさん見ているという結果、

遠いけど、身近な外国日本。






彼氏に調べてもらったちょっと古い統計

2004年

http://fr.wikipedia.org/wiki/Mariages_mixtes_en_France

フランス人と外国人の国際結婚(入籍したカップル)アジア編

 トルコ女性×仏男性  169組 トルコ男性×仏女性  1.053組

 中国女性×仏男性   709組 中国男性×仏女性    65組

 日本女性×仏男性   309組 日本男性×仏女性   22組

 ベトナム女性×仏男性 268組 ベトナム男性×仏女性 64組





トルコは日本的には中東。でもフランス的にはアジア圏に入るのね。。。

中国、ベトナムは 移民の子孫で国籍フランス人。その人が同血族の人と結婚する場合も多い。


移民の数が多い順でもあります。

 



だから、本当に人種の違う国際結婚で、私たちの考えるアジア圏だったら、一位かもね。


全体的な数になると、

アルジェリアが圧倒的な数。なんと8.152組

アルジェリアはフランスの元植民地。

たくさんのフランス人が昔アルジェリアに住んでいたし、現在はフランスにたくさんのアルジェリア人が住む。

これも中国、ベトナム人同様、

アルジェリア人はフランス国籍をもつ人も多く、同族のアルジェリア人と結婚して、家族を皆フランスへ連れてくるケースが多い。

パリだけを見ると、この国はいったいどれだけ移民を受け入れて行くんだろうって不思議に思うが、

移民を抑制しようと思っても、政府は男女の結婚は止められない。



現在のパリはどんどん、どんどん外国人が増えていると言った感じ。


パリの未来の姿が興味深い。




いろいろ調べてみると、面白いデーターベースを発見。日本政府による各国の詳細なデータだ。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/tokei/hojin/12/pdfs/WebBrowse.pdf


フランスには約3万人の日本人が住んでいる。(長期+永住組)


永住者が  男性 約 2000人 女性 約  4500人

長期滞在者が男性 約 8500人 女性 約 14100人




 

ドイツはというと全体    約37000人

永住  男 約  3000人    女 約  5600人

長期  男 約 12800人    女 約 15300人





ドイツの人口が約8000万と言われフランスは6600万という

ふ〜む長期滞在の男性が多いという感じか。。。







フランスには日本人女性が圧倒的にたくさんいるな〜と云う印象をもったが、

こうデーターを見ると、そうでもない。





やっぱりほとんどが1年程度で帰ってしまうんだろうな。だからこの中には入っていない。






それから、流石英語圏、日本人の多いイギリス

全体 約6万3000人

永住 男約  4000人  女約 11300人

長期 男約 19500人  女約 28200人

女性の永住者が多い。男女比だと3倍  

ほ〜〜、なかなか面白いね〜。




おまけ

モロッコ  全体379人

永住者  男  9人    女 22人

長期   男  139人  女209人



この統計を見て、

日本人もほんといろ〜〜んな国の人と結婚しているんだな〜と思う。




各国別の数は後ろの方に出ています。















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2012-11-16 欧米夫婦の家計の仕組みは??

[] 01:14


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今変なコラムを読んで、あっそうか〜〜、国際恋愛や国際結婚やに関してこういう事はあまり知られていんだな〜〜って。

hotmail をサインアウトすると出て来た目を引く記事の

タイトルは「資産ウン百億円あっても不幸な妻たち」の夫婦関係の共通項らしい(笑)

別に資産ウン億だろうが、ゼロだろうが、あまり関係ない気がする。


■サイフは絶対に夫が握る

 1:自分のキャリアで大成功し、巨額の富を築いた

 2:自分が一番優れていると考え、妻をパートナーと見ていない

 3:妻が幸せでないことを全く気づいていない

 4:家計はすべて夫が管理。妻は夫婦の財産の詳細を全く知らされていない

一つづつ、検証していきます(笑)




■財布は絶対に夫が握る。

というか、欧米ではお互いに仕事をしているケースが多いので、自分の稼いだ分は全て自分で管理するのが当たり前です。(注;私が知っている夫婦は20代30代の方たち)

たとえ奥さんが仕事をしていなくても、

ヨーロッパで妻が全家計を握っているってあり得ない。

日本では奥さんが働いていても、働いてなくても家計を握っているよ!って言うとめちゃくちゃ驚かれる。

「え〜〜〜!!!なんで自分で稼いだお金を渡すの〜〜???」って

日本式が信じられない。誰に言っても同じ答えが返ってきます。

実際日本に住んでいる夫婦でも、日本式にする欧米旦那は稀です。





1:自分のキャリアで大成功し、巨額の富を築いた

これは良い事ですな。(笑)




2:自分が一番優れていると考え、妻をパートナーと見ていない

っていうか、米国人は自分が一番な人基本多いと思うんですけど!

自分が一番ってそういう教育で育てられているからね。

それに、家族の形が国で違うし、インドの家族形式と日本の家族形式が違うのと同じ。

個人主義な国の人は、

お互い独立した大人どうしで、一人一人個人で完結していると思っているので、

日本人夫婦の【対をなす】って言う考え方とは違うと思う。

特に男女の恋愛感情が冷めてしまってら、もうね。





3:妻が幸せでないことを全く気づいていない

多分奥さんが私はこれこれこういう状況で不幸ですってちゃんと言わないと、察してはくれないって事なんでしょうな。ハッキリ言わないと本当に解らない国の人は解らないんだよ。こういうのが文化の違いなんだよね。ドイツ人も同じ、気づいて!って無言で目の前で苦しそうな顔しても何も解らない。





4:家計はすべて夫が管理。妻は夫婦の財産の詳細を全く知らされていない

これも当たり前、自分の財産と奥さんの財産は全く別ものだから

欧米系カップルは相手の貯金がいくらあるってイチイチ聞かないと解らないと思います。

家計っていっても、この場合は旦那の稼ぎの事だからね。




じゃあ、欧米の夫婦の家計の仕組みは??というと

お互いに銀行口座を持っていて、自分の稼ぎは自分で管理。

それから、共通の夫婦の銀行口座って言うのがあって

二人のお金をその口座に入金して家賃を払ったり、食費を払ったりする。


じゃあ奥さんが働いていない家族は?



旦那が、家族の口座を作ってくれるところとがほとんどだけど

家賃とか光熱費とか口座引き落としだからね。


家族の口座に生活費としてまとめて入れてくれる人。

家族の口座には必要最低限の家賃とか光熱費のみで

旦那が一々、少しづつ、食費などの生活費を奥さんに渡す人。(普通の人の感覚)

この少しづつというのも、凄〜〜く差があって、

1000円づつとか500円づつとかそういう細かいお金の場合もある。

私の友達で、10年付き合っていた夫婦みたいなカップルが、(彼女は働いていない)

彼が今日の夕食分といって5ユーロしかくれない!ってぼやいていた。


そして結婚して5年の夫婦。(子供なし)

旦那の稼ぎ月3000ユーロ(約30万円)

奥さんの稼ぎ月500ユーロ〜800ユーロ(5万円〜8万円)

全て、家賃、光熱費、食費折半。

たまに旦那が買い物の時余分に出してくれるみたいで、

旦那が奥さんにお金を渡した事なし。

日本人の奥さんの稼ぎはほとんど生活費に消えていた。。。。。

でもこの旦那は、この日本人の女の子にべた惚れだったんだよ。

でも容赦ないでしょ。

文化の違いって怖い(((゜д゜;)))。。。。






だからこそ!欧米系の女性は自分で使える自由になるお金を求めて、1968年の学生運動とかいろいろな運動が起きたときに女性の地位改革運動をして

独立し、仕事をし、稼いでいるのでしょうね。


日本人の女性は、みんな気づいていないけど、

実は凄く最初から恵まれている状況にあるんだよね。


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2012-11-15 フランス人の彼との付き合い

[] 01:13


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久しぶりに軽く恋愛話でも書きましょうかね。

今の人との付き合いはとにかく気楽だ。

アムールの国の情熱的な甘〜〜い恋愛という感じは全くない。

前も書いたけど、比較的付き合いの初期から家族のような感じがした。

こういう関係の方が長く続くのかな〜〜〜とも思う。


これまでの外国人との付き合いと、一線を画すのは

パリに住まなきゃいけない事以外は、だいたい私のする事に相手があわせてくれる。

今日は何をするかから、どこへ出かけるだの、何を食べるだの

何時に家をでるだの、全て自分のペースや気分で動く。

それで上手くいっている。

以前付き合った人々は自分達のやりたい事が結構はっきりしていて、こんな風に私にあわせてくれる人は少なかったような。。。。








文化の違いはというとあまり気にならない。


いままで、いろんな角度で国際恋愛の事を考えてきたのは、本当に大変だったから。


なんであんなに大変だったのかな〜〜〜(遠い目)

あんな経験があったから、今楽だと感じるんだよな。


何か付き合いの中で気をつけている点があるかな〜〜?と思えば


問題があったら早い段階で口にして、溜め込まないようようにしている。

まあこれも結局何人かのドイツ人と付き合った結果、自然に身に付いてしまった。



こういう文化の違いも、

自分が簡単に受け入れられる部分と出来ない部分があるんだよね。




相手を察する事が大の苦手なドイツ人との苦労のおかげで、

相手を察する事が出来るフランス人との付き合いがこんなにも楽に感じられる。


あのときの苦労が今報われたのかな!?


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