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07.14.2004
■[atari][commodore] オーストラリアの8-bit事情
七年間の歴史を持つオンラインマガジン・『レトロゲーミング・タイムス』で、先月より「コレクティング・イン・オーストラリア」という連載が始まっています。「ふたりの巨人」(THE BIG TWO) と題したその第二回が、1980年代のオーストラリアにおける家庭用ヴィデオゲーム史を総括した内容で、なかなかに読み応えがありました。オーストラリアのシーンは、ヨーロッパともアメリカとも微妙に異なる歩みを辿ってきたのですが、微妙なだけにその違いが明確に語られることもなかなかなかったのです。著者であるアンドリュー・トンキン (Andrew Tonkin) 氏に翻訳掲載のご許可をいただきましたので、以下に全文ご紹介しましょう。
コレクティング・イン・オーストラリア - ザ・ビッグ・ツー
by Tonks
1980年代初頭、オーストラリアの十代の少年たち大半にとって、所有する価値のある機種は、実質二種類しかありませんでした。アタリ2600とコモドール64です。もちろん、コレコビジョン、インテレビジョン、光速船なども出まわっていましたが、人気のほどはアタリやコモドールのマシンとは比べるべくもないものでした。私の高校時代、子供たちの大半はアタリ2600かコモドール64のどちらかを所有していたものです。VIC-20を持っている人もいましたが、それは残りのごく少数、たとえば私などでした。しかし正直に言って、インテレビジョンやコレコビジョンを所有している顔見知りはいませんでしたね。光速船はみんな欲しがっていましたけど、当時持っていた人となると二人しか知りません。
レトロゲームコレクタの間では、今日でもアタリ2600とコモドール64が高い人気を維持しています。コレクション対象のクラシックシステムとして、この二機種は圧倒的です。熱心なコレクタになって以来、三つの州の四つの都市や街区で過ごして来ましたが、ガレージセールやマーケットを巡る時間は極力欠かさないようにしています。そういう場でしょっちゅう見かけるクラシックゲームアイテムとしては、アタリ2600関連とコモドール64関連が圧倒的に一般的なのです。
コモドール64
オーストラリアのコモドール64人気は、特別変わったものではありません。この素晴らしいマシンは、世界中どこでも驚くほど人気があったようです。しかしテープで販売されたゲームが多いことは、最大の違いといえるでしょう。この違いは、とくにアメリカとオーストラリアの間で顕著です。1980年代中頃を通して、テープソフトは長きにわたる、もっとも一般的な形式であり続けました。ここオーストラリアでは、ディスクドライブがとても高価で、コンピュータ本体以上ではないにせよ、同じくらい値の張るものでした。コモドール64所有者の大半は素直に、信頼性の高い (そして莫迦げて遅い) C2Nデータセット (訳注: コモドール純正データレコーダ) に甘んじていました。
テープゲームの価格は、ディスクよりかなり安価でした。大きなソフトハウスのゲームは、テープなら定価の半額近くで売られていたくらいです。しかしテープ人気が高かったのは、なんといっても安売りコーナーにおいてです。マスタートロニクやKixxのような会社は、8ドルから15ドルくらいの超低価格で、大量にゲームをリリースしていました。これは、当時の10代の小遣いで十分手が出る範囲です。三〜四週間も貯金すれば、すぐに新しいゲームを買うことができました。
とはいえ私の場合は、このテープゲームの大人気ぶりが契機になって、かえってコモドール64に興味を失っていきました。VIC-20オーナーである私にとって、ゲームのロードに要する時間は二〜五分くらいが相場でした。そんなとき、私の従兄弟がコモドール64を持っていて「ピットストップ2」をコピーしてくれたのですが、これはロードに誇張ぬきで二十分以上かかったのです。もう単純に耐えられませんでした。というか、現代のコレクタにだって耐えられません。テープソフトは無駄なものとしか思えません。私が個人的に知っているコモドール64コレクタは、みんなディスクまたはカートリッジのゲームしか集めていません。
コモドール64の全盛期には、イギリスからオーストラリアに、素晴らしいゲーム雑誌が大量に流れてきました。その一部は現在非常にコレクション価値の高いものになっています。もっとも人気があって、コレクタの間でも大モテなのは、あの巨人『Zzap 64』です。『Zzap 64』は偉大な雑誌です。イギリスでは一時、もっとも人気のあるコンピュータ誌の座に輝いたこともあります。これはゲーム雑誌の基準を定める役割を果たし、その基準は今日にも受け継がれています。ebayでは、かなり手頃な価格で新品同様の『Zzap 64』誌を入手することもできます。こういった雑誌はその後、付録カセットを表紙にくっつけて売り出されるようになります。このカセットにはゲームの体験版や完全版などがミックスして収録されていました。カセットが表紙に付いたままの新品雑誌は、プレミア価格で取り引きされています。コレクション価値のあるカセットソフトがあるとしたら、これが唯一の例でしょうが、私が思うに、これはどちらかというと雑誌コレクションのコンプリートに関することです。その他に人気の高いコモドール関連誌としては、『コモドール・フォーマット』や『コモドール・ユーザー』の二誌が挙げられます。
アタリ2600
「むかーしむかし」、シンプルな「ポン」タイプのゲーム機が、まあまあの人気を博していました。けれど人々は、とても早く飽きてしまいました。アタリ2600がリリースされたとき、その値段はちょっと高過ぎたので、大金持ちのお坊ちゃんにしか手に入れることはできませんでした。みんなアタリはとてもクールだと思いながら眺めていましたが、ゲームは全部がぜんぶ、「ポン」ゲーム機より段違いに面白いわけではありませんでした。でもやがて、アタリは賢くなって、「スペース・インベーダー」「アステロイド」「ディフェンダー」のようなゲームを発売しはじめたのです。こうなると、もうみんなアタリ2600を買わずにいられませんでした。アタリ2600を持っていることは大変な自慢になり、「クラスでいちばんクールな奴」の座へと、一直線に引き上げてくれたのです。
1982年頃、大幅な価格低下が起こり、またゲーム四本 (「スペース・インベーダー」「アステロイド」「ベルザーク」「ミサイル・コマンド」) がセット販売されるようになったので、アタリ2600の売れ行きは破竹の勢いで急上昇しました。私の従兄弟のひとりが、このパックをひとつ購入したのもその頃でした。当時私はハイスクール一年生で、この従兄弟は私より何歳も年上でしたが、この頃は無職でした。昼食時間になると私はバイクに乗って彼の家に行き、とんでもなく長時間、二人でアタリをプレイしたものです。ときどき昼食時間が終わっても学校へ戻らなかったりもしました。こういう事態は当然教師たちもお見通しで、昼食時間を監視付きで過ごすこともしょっちゅうでした。昼食時間はもっと有意義なことに使えるはずなのに。たとえば、従兄弟の家で、あいつの出した「アステロイド」のハイスコアを塗りかえるのにトライしながら過ごすとか。そう考えると苦痛でしたね。
オーストラリアでは、アタリ2600は1980年代を通して大人気であり続けました。ニンテンドー・エンタテイメントシステムやセガ・マスターシステムが登場しても、その人気が落ち込んだ様子はありませんでした。グラフィックスやサウンドは、ニンテンドーやセガのほうが格段にいいことはみんな承知していましたが、アタリはなんといっても激安だったのです。
1980年代の終わりには、HES (ホーム・エンタテイメント・サプライズ) が素晴らしいボックスセットやマルチカートリッジを発売するようになります。HESはアクティヴィジョン、パーカー・ブラザーズ、イマジックなどの優れたゲームを四〜五本セットにして、だいたいゲーム一本分の値段で提供していたのです。滅茶苦茶お買い得だったので、これは大量に売れました。
90年代初頭には、ほとんどの人が16bitゲーム機やコンピュータに移行していました。しかしアタリは再び袖をたくし上げて、もうひと頑張りしています。アタリ2600Jr.の価格を信じられないほどの低価格、49ドル (訳注: 約4900円) にまで引き落としたのです。SNESやメガドライブを本気で脅かすことはないにせよ、いまだにアタリが大量に売れている様子は衝撃的でした。
アタリ2600は恐らく間違いなく、オーストラリアでもっとも収集されているシステムです。私の知るコレクタは、その大多数がアタリ2600をナンバー・ワンのシステムとして挙げています。木目模様の六スイッチ・ボックス (訳注: 初代) は、ebayなら100ドル前後で手に入ります。その他のモデルのアタリ2600は、良質ゲームのセレクション込みで100ドルくらいですね。
■[arcade] フランスにおけるネオジオ (ネオジオフリークサポートページ)
はてな移行以前に一度ご紹介させていただいたことがありますが、日本語で読むことのできる数少ない海外旧世代機史という繋がりで、ついでに改めてリンクしてみました。SECAMがどういう問題を引き起こしていたのかよく分かるという意味でも、非常に参考になるコラムです。
Iggy D
2004/07/14 02:13
オーストラリアと言うと、国産パソコンMicroBeeや日本製のSEGAパソコンが浮かびます。C64の場合、オーストラリアはイギリスと大部違いがないみたいです。まあ、僕的には、コモドール・ユーザーが一番だったと思います。その後継誌であったCUアミーガは英国の雑誌の中の愛読だった。
hally
2004/07/14 20:25
オーストラリアやニュージーランドでは、SC-3000はゲーム機ではなく入門用パソコンとしてある程度売れたそうですね。日本にはないサードパーティ製の拡張機器もいろいろ発売されていたとか? Microbeeについてはちゃんと調べたことがないのですが、こちらは学校向けの需要が大きかったと聞いています。雑誌については、Zzapの情報はインターネット上でも凄まじく充実していますけど、それ以外はどうも実態を捉えにくい感じです。まあ日本の雑誌の状況なんて、海外から見ればもっと分かりにくいと思いますけどね ;p
Iggy D
2004/07/14 21:30
イギリスのゲーム雑誌の良い点をまず挙げようとすると、その記者さんは皆ゲームをまじめに見ていると言わなければいけません。それに、内容はギャグまみれで大変面白いです。残念ながら、業界との近い縁のせいで、汚職+ワイロが当然のことでした。ザップ64にはこんな問題がよくあったそうです。ですから、僕は楽しみながら英誌を読みますが、大手会社からもうちょっと離れた北欧誌を情報の為に読みます。
Iggy D
2004/07/14 21:46
ところで、日本のゲーム誌には、広告を載せる会社からの圧力もあったんでしょうか。在日の間、どこの古本屋へ行っても、Oh!等って有名な旧世代雑誌が一冊も置いてありませんでしたから、その言う通りに本の事情はさっぱり不明。
Molice
2004/07/14 22:35
PC系雑誌は鉄道雑誌などに比べて買い取りも少なく、購入者も少なかったため余り出回っていませんでした。神保町古書店街では科学書専門の明倫館書店ぐらいでしたね。あそこの『Oh!』な雑誌は90年代中葉に僕と友人がごっそり買い漁って今は全く在庫がないようです。なお、『Oh!FM』についていえば90年頃まで富士通プラザにバックナンバーが豊富にありました。
s-yamane
2004/07/15 18:55
オーストラリアといえばIEEEの学会誌でも Australian Computer Museum Society の記事がありました。http://www.computer.org/annals/an2003/extras/a1065.htm
hally
2004/07/15 19:21
Iggyさん: まじめでギャグまみれでよく売れたパソコン誌…というと、日本だと『ログイン』誌の印象と被りますね。賄賂というか営業的駆け引きは日本の雑誌でも日常茶飯事だといわれています。大手と距離を置いた批評記事を読む機会は、近年までほとんどありませんでした (まあ距離を置けば読み応えが出るってものでもなかったですが)。
hally
2004/07/15 19:42
Moliceさん: 神保町にはそういう所があったのですか。私もひところ京都〜大阪で探したものですが、ぜんぜん見つからなかったです。
hally
2004/07/15 19:54
s-yamaneさん: おお、ヴィクトリア鉄道が鉄道管制に使っていたGE製ミニコンですか。ACMSの所蔵品は本気で凄そうなので、正式オープンの暁にはぜひ訪れてみたいものです。
Molice
2004/07/15 20:08
大阪ですと阪大豊中キャンパスの坂道沿いの古本屋にそのテの棚があった記憶が。ただ、今はあの辺の古書店は軒並み壊滅と聞きました。
Molice
2004/07/15 20:10
西日本で探すのであれば、漫遊書店系列の古書店には大抵ふるい雑誌棚がありましたので、その辺をあたると良いでしょう。僕が過去に足を運んだのは岡山、広島、九州北側でしたが、結構な品揃えでした。日本中の古本屋を巡っていた時期はレトロPC方面に深入りする前だったので、あの頃に買い漁っておけばよかったなあと残念なことしきり。
hally
2004/07/16 02:14
豊中は地元も地元なので、一時期は毎日のように探し回っていたものです。やっぱりBook Offの隆盛以降は古書店地図もがらりと書き換わってしまいましたね…。
workshop
2004/07/16 10:05
一応、阪大生です(汗。 阪大坂周辺の辺りの古本屋さんは、太田書店を除いて軒並み潰れて、飲食店とかになっています。 私の場合、PC系の古雑誌は豊中ブックオフや、日本橋にちかい難波のブックオフや古書街で探す場合が多いです。 ハッ!豊中が地元と言うことは、実はhallyさんと古本探しではライバル関係?
hally
2004/07/17 02:51
あああ、そんな近くにお住まいだったとは! 豊中ブックオフはもろに生活圏内です。ここ数年はろくに通ってないので、まあ奪い合いにはなってない…と信じたいです^^;
