Hatena::ブログ(Diary)

Classic 8-bit/16-bit Topics

Classic 8-bit/16-bit Topicsでは、海外での出来事を中心に、旧世代のコンピュータ/ゲーム機に関する雑多な話題を書き散らしています。ただしゲームミュージックやチップチューンなどに関してはVORCで専門に扱っていますので、ご興味がおありのかたはそちらもどうぞ。

2014/05/29 長年放置しておりまして、申し訳ございません。ここやVORCで書いていたような研究は現在、主に各種『ゲームサイド』誌に書き綴っております。よろしければご覧くださいませ。またそのほか最近の動向に関してはtwitter:@hallyvorcにてお知らせしております。いずれ更新を再開したいとは思っております。



2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 |
2014 | 07 |
2015 | 12 |

04.29.2005

[] GameTap オープン告知

タイムワーナー資本のターナー・ブロードキャスティングなる企業が、2005年秋にGameTapというゲーム配信サービスをスタートすると発表しました。公式アナウンスを読む限り、レトロゲームを主体とするわけではなさそうですが、GameSpotのニュースは「MAMEエミュレータみたいだけど合法なものになる」という関係者のコメントを伝えています。すでに17社から1000本のライセンスを獲得しているとのことで、オープン時には300本が展開される予定。その後週一回ペースでタイトルを追加していくそうです。

提携企業のなかにはセガが含まれており、「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」を筆頭に各種メガドライブ/サターンゲームが配信されることになっています。このへんはセガゲーム本舗のノウハウが部分的に取り入れられていたりするのかもしれませんね。

その他配信が決まっているレトロ系タイトルとしては「トム・クランシーズ・スプリンターセル」「トニー・ホークズ・プロスケータ」「パックマン」の名前が挙がっています。対応機種は雑多というか、もうなんでもありという感じです (そういえばアクティヴィジョンが最近個人サイトでのROM配布を厳しく取り締まっているそうなのですが、こっちの展開の妨げになるからでしょうね。納得)。

GameTapはゲームのほかに読み物やインタビュー、アトラクションなども配信するそうで、ほかにカートゥンネットワークのサンプルとか、ゲームとまったく関係ないものも取り込んでいくとのことです。放り込めるものはなんでも放り込んで、気楽でボリューム感のあるカジュアルゲームポータルを目指そうとしているのだろうと思います。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/hally/20050429

04.11.2005

[] Advanced PICO Beena 今夏発売

エデュテイメントという言葉が流行らなくなってずいぶん経つので、もうこのジャンルは死滅したのかと思われがちです。たしかに10代以上を対象とする教育ゲーム研究は、長い間特筆するほどの成果を上げられずにいるわけですが、逆に幼児向けの分野におけるエデュテイメントは、いまさら騒ぐ必要もないほど定着してしまったというのが現実でしょう。セガトイズ・PICOの成功は、何よりそれを雄弁に物語っていますし、リープフロッグやVTechの活躍も見逃せません。

ところでメガドライブをベースアーキテクチャとするPICOこそは、国内大手が展開する最後の16-bitプラットフォームだったわけですが、その12年の歴史にいよいよ終止符が打たれる日が来たようです。セガトイズは数日前、アドバンスドPICO「ビーナ」という後継機を今年8月に発売するとアナウンスしました。海外の話題ではありませんが、プレスリリース以上のことを書いているところがないようなので、この場でちょっと詳細を分析してみます。

まず中枢部ですが、アプローズテクノロジーズの新型SOC-LSI・AP2010を採用するということで、旧PICOとの互換性は考慮していなさそうです。BG+スプライト方式で最大3万2000色、それでCPUはARM7となると、全体的な性能はゲームボーイアドバンスに近いものになりそうですね。ただしCPUクロックは81MHzと、5倍近く速いです。また音源もウェーヴテーブル32音ということで、2倍程度豪華です。ちなみにアプローズテクノロジーズは、かつて日立でSH-4 (DreamcastのCPU) を手がけた阪口幸雄氏が率いる新進ヴェンチャ企業。アミューズメント機器や玩具を主眼に置いたアプローチには、新世代株式会社に一脈通じるものがありそうです。

ビーナの特色のなかでもっとも気になるのは、やはり「TVにつないでも、つながなくても遊べる」という点でしょうか。Nintendo DSみたいなタッチパネル液晶式のものが来ると思い込んでいる人が多いようですが、プレスリリース中の写真を見るとどうもそういう趣向ではなく、PICOとココパッドを融合したような性質と見受けられます (念のために書いておきますが、AP2010の仕様書にTFT/LCD出力への言及はありません)。DSみたいなものはDSそのものより先にリープスターが実現しているわけで、セガトイズとしては衝突を避けたい意図もあったのでしょう。しかしインパクトはちょっと弱いかもしれませんね。

初年度目標の25万台というのは、昨年におけるPICO販売台数の3倍程度にあたる数字です。爆発的なブレイクは狙わないが、着実なペースアップを目指そうという思惑が感じられます。バンダイ、タカラ、トミー、エポックといった玩具最大手は引き続きサードパーティとして名を連ねていますし、これもまた息の長いハードになりそうですね。

[][] メガドライブプレイTV2/3 国内発売

セガトイズといえば、以前ご紹介したラディカのPlayTV Legends Sega Genesis Volume 2およびStreet Fighter II Play TVが、国内でも正規発売されていたのですね。第1弾に対する肯定的評価は、日本ではあまり目にしなかったのですが、ひそかに結構売れていたのでしょうか。この調子で第4弾も出ますかね?

miraimangamiraimanga 2005/04/12 08:36 picoもさすがに進化するんですね、形状などは我家にあるものに似てるのでカートリッジも同じかなと思ったんですが、内部的に互換性がないんですね。以前のものはソフトの容量が少ないためかボリュームが無いものが多かった気がします。ゲームならいざしらず、教育と考えるとデータ量の拡大は必須ですね。

workshopworkshop 2005/04/12 14:08 分析ありがとうございますm(_ _)m。推測でしかありませんが、ここまでの性能差があるハードウェアなら、現PICOを新PICOでエミュレーションすることによって、ソフト的にある程度の互換性を保つこともある程度可能ではないでしょうか?新PICOカードリッジ端子部の形状がどうなっているのかはっきり判らないので物理的に接続可能かすら判りませんが、PICOの豊富なソフトウェア資産は(さすがに時代遅れとは言え)なかなか捨てがたいでしょう。』

hallyhally 2005/04/29 00:30 miraimangaさん: 幼児教育はボリュームが全てということもないので、そのあたりはむしろ逆にPICOの成功の秘訣だったのかもしれないなあと、改めて考えています。いずれにせよ、これでどういう新しい展開が出てくるかは気になりますね。

hallyhally 2005/04/29 00:37 workshopさん: 私もそれを考えたのですが、AP2010の解像度ってPICOと微妙にずれているのですよ。互換を意図するなら、あえてこんな風にはしないと思います。スペック的には、たしかにPICOエミュレータを走らせることはできると思いますが、資力と労力を考えたら、ワンチップメガドライブを同居させたほうが多分合理的でしょう (それだったらこの値段も納得)。ご完成を持たせるなら、多分こっち方向からじゃないかなと思います。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/hally/20050411

04.08.2005

[04/09] フェランティ製ゲートアレイとエリオットについて加筆訂正

[] Ferranti ATLAS テスト用ドキュメント ebayに出品

イギリスのコンピュータ史に詳しい人々はよく、一般的なコンピュータ史があまりにアメリカ偏重で書かれていることに対する不満を口にします。もちろん第二次大戦前後のイギリス人による功績は、アラン・チューリングの登場にはじまりEDSACの完成に至るまで、どなたもよくご存知だと思いますが、問題はその先です。イギリスへの言及はEDSACを境に、ぷっつりなくなってしまうのです。

そこから先はIBMやUNIVACといったアメリカ製商用コンピュータが支える時代である、という認識なのでしょう。まあそれも結果論としては間違いではないのですが、イギリスがいきなり主導的立場を放棄したように見えてしまうのは、ちょっと問題です。イギリス勢はそのあとも、少なくとも1960年代半ばまでは先駆的業績を遺し続けてきました。この語られざる時代に主役を演じたのが、マンチェスタ大学とフェランティ社です。そしてATLASは、彼らの産学連携による最後にして最大の到達点といえるものでした。

[] Ferranti と Manchester 大学

フェランティは歴史の古い電気製品メーカで、その創業は1882年にまで遡ります。設立者のセバスチャン・ジアーニ・ド・フェランティは幼いころから電気工作に才をみせ、13歳の頃にはアーク灯による街路照明を発明。その後16歳で民生用発電機を共同発明して財をなし、やがて交流発電の積極推進者として、電力産業に大きな発言力を持つようになっていきます (当時エディソン、ケルヴィンらの直流派と、テスラやフェランティらの交流派が主流派争いをしていた)。二代目ヴィンセントは電気製品の販売にも力を注ぎ、第二次大戦頃のフェランティはイギリスきってのサプライヤに成長していました。軍需製品の開発や生産にも大きく貢献し、とくに当時の最先端技術であるレーダーの開発に深く関わっていたことが知られています。

当時イギリスにおけるレーダー開発を支えていたのはTRE (Telecommunications Research Establishment・通信研究協会) という政府系研究機関で、ここにはやがて半導体やコンピュータの誕生において重要な役割を演じることになる人物たちが幾人も在籍していました。世界最初の現代型 (プログラム内蔵方式) 汎用コンピュータ・通称Babyを生み出したフレディ・ウィリアムズトム・キルバーンも、TREで研究に従事していた人々です。

[] Baby Mark I 〜 Mercury

大戦後、ウイリアムズはアメリカにおけるENIACの開発状況を見聞し、コンピュータ開発者たちが効率的なメモリユニットの発明を待ち望んでいることを知ります。彼はレーダー用のオシロスコープをメモリユニットに転用しようという動きがあると聞き及び、自らもTREで研究を始めるのですが、その途中で古巣のマンチェスタ大学に教授として呼び戻されます。キルバーンも彼に付き従って移籍し、そこで1947年12月に、助手のジェフ・ツーティルとともに、メモリとして機能するブラウン管を完成させました。ウイリアムズ=キルバーン管の名で知られるこのメモリユニットは、RAMの状態をそのまま目視できるという、ある意味でコンピュータ用ディスプレイの元祖ともいえるものでした。

1948年―――ウイリアムズ=キルバーン管の動作試験を行うための小規模実験機 (SSEM), のちにBabyと呼ばれることになるコンピュータが、マンチェスタ大学で試作されました。設計の大要をまとめたのはキルバーンです。戦争の余剰物資をやりくりしながらなんとか稼動にこぎつけたそれは、しかし驚くべきことに長期の使用にも耐えるだけのものに仕上がっていました。そこでBabyをベースにした実用的なコンピュータが開発されることになります。この完成品 (通称マンチェスタ・マークI) は当時の科学長官に大きな感銘を与えました。彼はたった数日で政府とフェランティの間で出資協定を成立させています。お役所仕事としてはあまりにスピーディな交渉の背景に、ウイリアムズらとフェランティのTREからの縁が多かれ少なかれ作用していたであろうことは想像に難くありません。

フェランティの出した条件は、マークIを自社の商品としてリリースさせるということでした。そして商品としてのマークIは、1951年2月に完成しています。これはBINAC (1949) に次ぐ世界で2番目の商用コンピュータとなりました。BINACはのちに初の量産型コンピュータ・UNIVAC Iへと繋がっていくプロジェクトですが、採算性の面ではまったく破綻していました。その意味ではフェランティ・マークIこそ、本当の意味で最初の商用コンピュータといえるかもしれません。フェランティは1957年までに9台のマークIを出荷しています。

マークIの完成後、ウイリアムズはコンピュータ開発から手を引きはじめ、マンチェスタではキルバーンが主導的役割を担うようになります。1954年にはキルバーン指揮による後継機として、マークIIことMEGが完成しました。これは浮動少数点演算をハードウェア的に実装した最初のコンピュータで、マークIの30倍の速度で動作したといいます。

フェランティはウイリアムズ=キルバーン管を信頼性の高い磁気コアメモリに置き換え、マーキュリという名でMEGを商品化しました。しかしその販売態勢が整うより早く、浮動少数点演算とコアメモリを備えた別のマシンがIBMから発売されます。IBM 704 (1956) です。704は当時もっとも高速かつ高価なコンピュータで、マーキュリに比べても最高3倍の処理速度を誇っていました。アメリカ製品の技術的優位が顕在化しはじめるのは、このあたりからです。

[] トランジスタ時代のイギリス

キルバーンのグループでは、MEGの開発と並行してもうひとつの別のプロジェクトが動いていました。新素材・トランジスタを使って、より小型で省電力なコンピュータを構築しようという試みです。このプロジェクトを主導したのはリチャード・グリムスデイルで、彼らは1953年11月、世界ではじめてトランジスタ・コンピュータを動作させることに成功しました。通常語られるコンピュータ史では、ベル研究所のTRADIC (1954) が最初のトランジスタ・コンピュータであるとされており、この方面にもマンチェスタ大学の先駆的業績があったことは見逃されがちです。

もっともグリムスデイルのコンピュータは、1命令あたり30ミリ秒もかかり、信頼性も高くないという、実用にはまだ遠いものでした。しかしキルバーンらはトランジスタ機への全力投球を決意します。1956年、彼のグループはMUSEという超高速トランジスタ・コンピュータの開発計画をスタートしました。それは当時としてはきわめて野心的な、1マイクロ秒/命令という動作速度の達成を目論んだプロジェクトで、キルバーン自身も大学や企業から援助を引き出せるとは思っていなかったようです。MUSEプロジェクトは乏しい資金と使いまわしの部品をやりくりして、独力でプロトタイプを組み立てざるをえませんでした。

しかしキルバーンらは、決して見当違いの方向に進んでいたわけではなかったのです。ほとんど同時期に、実はアメリカの有力メーカたちも同様の超高速コンピュータ開発に着手していました。IBMのSTRETCHこと7030や、スペリランドのUNIVAC LARCなどです。こうした動きが明るみに出たことで、キルバーンらは1958年に、再びフェランティからの資金援助を受けられることになりました。プロジェクトはMUSEからATLASと名を変え、打倒IBM/UNIVACに向けて飛躍しはじめます。

これら超高速コンピュータたちのなかで、最初に運用がはじまったのはLARCでした (1960)。次がSTRETCH (1961)。ATLASは最後 (1962) でしたが、1.59マイクロ秒/命令という理想に近い数値を叩き出し、世界最高速の実用コンピュータという地位を獲得します。

ATLASはその速度だけでなく、仮想メモリ (と、それによる本格的タイムシェアリングを行うOS) を実用化した最初のコンピュータという功績でも知られています。これもまたアメリカのMultics (GE-645) に3年先行するものでした。

[] イギリスの没落

しかしATLASは、イギリス製コンピュータの最後の輝きとなりました。フェランティは改良型のATLAS IIを発売したあと、大型コンピュータ事業から撤退します。その資産は1963年にICT (のちのICL) へと売却されました。

技術的には絶頂期にあったコンピュータ部門を、フェランティがあえて手放したのには、ふたつの理由がありました。ひとつはATLAS (と、同時期に開発したもうひとつのトランジスタコンピュータ・ORION) の販売実績が思ったほど伸びなかったこと。そしてもうひとつは、国際競争力強化を狙ったイギリス政府が、コンピュータ産業をICT/ICLに一本化させようとしていたことでした。ICTは米国製パンチカード装置のライセンス製造をルーツとする会社で、この頃までにGECやEMIといった競合を併合し、フェランティと同程度のシェアを持つ規模に急成長していました。つまり最大勢力どうしの合併だったわけですが、その成果は芳しいものとはいえません。というより、結局このような政府の余計なお節介こそが、イギリスを最前線から脱落させる根本要因だったといえます。劇的に多様化しつつある産業構造に、たった一社で対応するなど、しょせん無理のある話だったのです。

1964年―――ナノ秒クラスの桁違いに高速なスーパーコンピュータ・CDC 6600が登場したことによって、ATLAS神話に終止符が打たれます。この方面はCDCとCRAYという二大巨頭の天下へと収斂していき、IBMもスペリランドもスーパーコンピュータからは撤退していきました。キルバーンらは一応開発を継続し、1966年にはICLや政府から援助を受けてMU5という新型コンピュータの開発を始めていますが、これはもはや商品化を意図したものではありませんでした (もっとも設計は一部ICL 2900シリーズに反映されてはいますが)。

ところでトランジスタはコンピュータの高速化だけでなく、小型化・低価格化にも恩恵ももたらしたわけですが、フェランティは (のみならずスペリランドも) この方面での商品化に立ち遅れました。初期の有力メーカのなかでトランジスタ化によるローエンド路線を積極的に推進しようとしたのは、STRETCHで高速化に挑む一方で、抜かりなくIBM 1401を投入していたIBMだけです。スーパーコンピュータ開発で後塵を拝し、さらに低価格帯の需要にも素早く対応しそこねたことで、フェランティやスペリランドは急速に市場を失っていきました。

ただしフェランティのカナダ支社は、新市場に根を張ろうとするIBMの姿を目の当たりにして危機感を覚え、FP-6000という独自のメインフレーム機の開発を進めていました。メインフレーム部門がICT/ICLに売却された後、FP-6000をベースにしたICL 1900というシリーズが発売され、ヨーロッパではある程度ヒットしますが、これがなければイギリス製コンピュータは、早い段階で完全に競争力を失っていたかもしれません。ICLは2900, 3900とシリーズを発展させていったものの、シェアは減少し続け、最後には富士通に吸収されてしまいます。

[] Elliott Automation

ただ、ひとつの例外として、イギリスにも早くからトランジスタによる小型化を意欲的に進めていたエリオットという会社がありました。フェランティがイギリスのIBMに喩えられるとすれば、こちらはさしずめイギリスのDECといったところです。彼らは1963年にはじめて完全トランジスタベースの803というコンピュータを発売していますが、これはPDP-8に先駆けて商業的成功を収めたミニコンピュータとなりました。イギリス国内では1969年頃までPDP-8を凌ぐシェアを誇り、国内外あわせて250台が出荷されたといいます。同年代のイギリス製コンピュータとしては最高の販売実績ですが、エリオットも結局はアメリカ勢に市場を譲りわたし、コンピュータ産業再編・合併の波に呑まれていきました。一部はICLに合併されましたが、一部はGECコンピュータとして存続し、地味ながら評価の高いミニコンピュータを数機種残しています。

[] Ferrantiとパーソナルコンピュータ

パーソナルコンピュータ時代の到来とともに、イギリスのコンピュータ産業が勢いを取り戻すと、今度は半導体メーカとしてフェランティの名前を見ることができるようになります。

フェランティはイギリスでもっとも早くから半導体に注力していた会社でもありました。事業は1953年にスタートし、以後アメリカから積極的に技術を吸収し続けました (だからマンチェスタ大学では、ああも早くトランジスタ・コンピュータを開発することができたわけです)。1960年代には本場アメリカ勢を凌ぐ技術水準にまで達しています。

しかしコストパフォーマンスの面では、アメリカ大手にはまったく歯が立ちませんでした。市場のニッチを開拓する必要を痛感したフェランティは、顧客のニーズに応じて柔軟機敏にカスタムチップを製造するという方向性を模索しはじめます。そして1970年代初頭、世界ではじめてゲートアレイ技術の実用化に漕ぎ着けました。

それから10年ほどを経て、個性的なパーソナルコンピュータがイギリスから次々生まれることになります。フェランティのゲートアレイに対する積極投資が、ここにきてイギリスをパーソナルコンピュータ産業の最前線に押し出す起爆剤となったのです。

パソコンにおけるゲートアレイの有用性を誰よりも早く見ぬいたのは、やがてイギリスのPC市場において主役を演じることになるシンクレアでした。常識はずれの低価格で世界を驚かせたシンクレアのZX80/ZX81やZXスペクトラムは、まさにフェランティ製ゲートアレイ (ULA) なくしては存在しえないものだったのです。これに始まる同時代のイギリス製マシンたちはどれもこれも、映像処理の要としてゲートアレイを有効活用しています。

参考:

idrouggeidrougge 2005/04/10 05:47 SMSパワーのコンクールの勝利おめでとうございます!

hallyhally 2005/04/10 07:39 あら、こんなところで^^; どうもありがとうございます。あれ実機で演奏できるのかなあ。

idrouggeidrougge 2005/04/10 09:41 しばらく待てればやってみます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/hally/20050408

04.03.2005

[] 8-bit/16-bit April Fool

今年の海外レトロ界隈を賑わせたエイプリルフールジョークたちです ([4/10]更新)。

「ポン」専用のプロジェクタ式ゲーム機発売

発売元がThinkGeekということで、本当に出ていても多分誰も驚かないと思いますが―――750ドルはないだろうというオチですね。

IGNがMSX Resource Centerを買収

米国の総合ゲームポータル・IGNが、世界を代表するMSXポータル・MSX Resource Centerを買収するというプレスリリースです。米国ではMSXがほとんど認知されていない以上、根本的に無理のある話なのですが、近年のリバイバル活性化をバネにしてそれなりの説得力を見せていました。しかしエイプリルフールジョークを3月28日に公表してしまうというのは反則ではないのかしらん。

Atari 7800版「Q*Bert」プロトタイプ発見

アタリ方面では毎年何かしら「幻の○○発見」というジョークが出てきますが、この「Q*バート」の場合は本当にプレイ可能なROMイメージが用意されていて、説得力も抜群です。本当のところこれは試作版ではなく、Ken Siders氏による移植版だったわけですが、かなり完成度が高かったため、多くの人が真に受けていました。ちなみに氏は昨年も5200版「バーガータイム」というネタを披露しています。

60インチヴァーチャルスクリーン・サングラス 64DTV-VR 発売

人気プラグ・アンド・プレイ機であるC64 Direct to TV専用のサングラス型ディスプレイが登場。プロジェクタ式「ポン」のさらに上をいくぜ!ってことなのでしょうか。お値段は499.99で、あちらよりちょっとお得。

Windows XP for Commodore 64 発表

一頃よく見た「Windowsが○○で」ネタですが、これはなんというか、いい感じの投げやりぶりです。

以上ふたつはLittle-Nero氏の8bit-webより。探せばまだ出てくると思うので、随時追加していきます。

[][] 世界最大のファミコン・コントローラ

これも一部ではエイプリルフールジョークとして紹介されていたものですが、どうもそういうわけではなさそうです。米・G4TV (ゲーム専門テレビ局) の「アタック・オブ・ザ・ショウ」という番組で3月28日にお目見えした巨大なファミコン・コントローラなのですが、縦1メートル, 横2.5メートル, 厚さ約20センチということですから、おおよそ20倍寸といったところでしょうか。でも製作費は4万円くらいで済むそうです。オンラインでビデオ鑑賞できますので、何はともあれそちらで「スーパーマリオブラザーズ」のプレイ風景を堪能してください。

旧世代機専門ニュースサイト (日本語) :