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Classic 8-bit/16-bit Topics

Classic 8-bit/16-bit Topicsでは、海外での出来事を中心に、旧世代のコンピュータ/ゲーム機に関する雑多な話題を書き散らしています。ただしゲームミュージックやチップチューンなどに関してはVORCで専門に扱っていますので、ご興味がおありのかたはそちらもどうぞ。

2014/05/29 長年放置しておりまして、申し訳ございません。ここやVORCで書いていたような研究は現在、主に各種『ゲームサイド』誌に書き綴っております。よろしければご覧くださいませ。またそのほか最近の動向に関してはtwitter:@hallyvorcにてお知らせしております。いずれ更新を再開したいとは思っております。



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07.07.2005

[][][] テレビゲームがビデオゲームとも呼ばれるのはなぜ?

―――というご質問を掲示板にていただきました。いわれてみると、ふたつの呼称が並立するようになった歴史的経緯は、まだ筋道立てて説明されたことがないようですね。これは結論からいうと、テレビ/ビデオゲーム機産業の創始者となったふたりの人物、つまりラルフ・ベア氏とノラン・ブッシュネル氏が、それぞれ別々に「テレビゲーム」と呼んだり「ビデオゲーム」と呼んだりしていたからなのです。

「テレビゲーム」という言葉は一般に和製英語と考えられていますが、これは明らかに誤りで、しかもこちらのほうが「ビデオゲーム」よりも歴史のある言葉だったりします。ラルフ・ベア氏がこの言葉をはじめて提唱したのはおよそ1967年頃のことでした。彼は世界最初の家庭用ゲーム機・オデッセイの試作を進めるにあたって、そのアイデアを「ホームTVゲーム」と呼んでいたのです。オデッセイの技術は1968年に『テレビジョンゲームおよび訓練装置』(原題: "Television Gaming and Training Apparatus") として特許出願されています。日本にはじめて「テレビゲーム」という言葉と概念がもたらされたのは、このときだったと考えていいでしょう。

そんなわけで、「ビデオゲーム」という呼びかたが定着する以前には、海外でも「TVゲーム」という呼びかたがある程度は通用していたのです。しかし「TVゲーム」は結果的に日本でだけ市民権を獲得し、海外では完全消滅してしまうことになります。日本と海外でいったい何が異なっていたのでしょうか? それはなんといっても、アタリの影響力です。

アタリの設立者ノラン・ブッシュネル氏とテッド・ダブネイ氏は、もともと世界初の商用ビデオテープレコーダを送り出したことで知られるアンペックスという会社で働いていました。まだ家庭用ビデオデッキの普及が始まっていないこの時期、ビデオ技術はごく一握りの企業だけが持つ特権的な技術だったわけですが、ブッシュネル氏らはアンペックスに在籍していたおかげでその技術に精通しており、「コンピュータスペース」や「ポン」の開発にあたってもノウハウを活かすことができたのです。テレビ画面の狙った位置に狙った映像を表示するような技術は、彼らにしてみればビデオ技術の賜物に他なりませんでした。アタリは当初、自らを「ヴィデオ技術の先駆者」と呼び、「ポン」のことを「ビデオ・スキル・ゲーム」と説明しています。これが「ビデオゲーム」になったのは、アーケード第3作目にあたる「ポン・ダブルス」 (1973) からです。翌年になると、アライド・レジャーやラムテックといったライバルメーカーたちの製品も、「ビデオゲーム」を名乗りはじめています。

こうして「ビデオゲーム」の呼称がアーケードに定着しはじめた頃に、アタリはさらに家庭用機としても「ポン」を売り出し、爆発的なヒットを飛ばしました。アメリカではこれをきっかけに、家庭用ゲーム機も「ビデオゲーム」と呼ばれるようになります。1976年になると家庭用ゲーム機の隆盛が雑誌等でさかんに取り上げられるようになるのですが、そのほとんどが「ビデオゲーム」の呼称を使用していました。

こうした記事は一部日本にも伝えられています。しかし肝心の家庭用「ポン」が、日本にはほとんど持ち込まれなかったのです。アタリに代わって日本で幅を利かせたのは、直後に売り出されたジェネラル・インストゥルメントの「ポン」チップ (AY-3-8500) と、それを使ったゲームキットたちです。このジェネラル・インストゥルメントこそが「テレビゲーム」の呼称を日本に広めた張本人でした。彼らは自社の製品を「TVゲーム」として紹介していたため、国内メーカーおよびショップも多くがこれに従ったのです。

日本ではその後もアタリの製品が普及することはなく、「テレビゲーム」の名称はなし崩し的に普遍化しはじめます。そしてさらにその状況に、任天堂「カラーテレビゲーム」シリーズ (1977) のヒットが追い討ちをかけました。「スペース・インベーダー」ブームの到来した1979年には、「テレビゲーム」という言葉はすでに一般名詞化しています。逆に「ビデオゲーム」のほうはこれ以後 (一時的にですが)、ほとんど口にされなくなります。

ただし同じ日本国内にあっても、アーケード業界内は例外でした。アタリもライバルメーカも一貫して「ビデオゲーム」の呼称を使い続けてきたこの世界において、「テレビゲーム」は俗語に近いものとみなされていたようです。それゆえ「ビデオゲーム」は、業界用語としては生き続けることになったのです。そのことを一般的なゲームファンたちに改めて知らしめたのは、『マイコンBASICマガジン』誌付録の「スーパーソフトマガジン」(1983〜) でした。ここでの再発見を通して、「ビデオゲーム」は特にゲームセンターのゲームを指す言葉として、消費者の間でも認知されるようになりはじめます。

再発見の影響は、他誌にも波及しています。たとえば『Beep』誌は1985年3月号で、アミューズメントゲームを「ビデオゲーム」と呼び、ホビーゲームマシンを「テレビゲーム」と呼ぶ、と宣言しました。このような使い分けが、当時はある程度意識的に行われていたのですが、今となってはほとんど忘れ去られているというか、あまり意識されないものになってしまいました。アーケードゲームが特別な存在だった時代が終わった現在、「ビデオゲーム」と「テレビゲーム」の使い分けは、もはや無用の長物になったといえるのかもしれません。

ゲームフリークゲームフリーク 2005/07/08 23:06 脱帽です!
 当時好きだったナムコのラジオCMで小林克也氏のナレーションや、時たま見かけるvideo gameの文字に、子供ながらアメリカの臭いを感じ取ってました。そしてその頃から頭の隅に引っ掛かっていたモノがようやく取れてスッキリした気がします。
有り難うございました。

hiyokoyahiyokoya 2005/07/09 03:10  お疲れ様です。自分もそこらへんの事情がどうなっているのか気になっていたので、非常に面白く読ませていただきました。
 それと「『ベーマガ』再発見」→「『Beep』での区分」という流れが少しわからなかったので質問させていただきたいのですが、『マイコンBASICマガジン』誌付録の「スーパーソフトマガジン」(1983〜)での「再発見」というのは具体的には、どういったものだったのでしょうか?
 「アーケード業界の人々は、コンピュータゲーム全般を指して<ビデオゲーム>という言葉を使っている」といった表象だったのでしょうか、それとも「アーケード業界の人々は、自分達のゲームを<ビデオゲーム>と呼んでいる」という感じなのでしょうか?よろしければ、教えてください。

okazokaz 2005/07/09 08:29 スーパーソフトマガジンの第一号にアルファレコード発ナムコの世界初ゲームサントラ「ビデオ・ゲーム・ミュージック」のレコーディングレポートが載っていたような。その辺りではないですかね?>ビデオゲームという言葉の発祥。

hallyhally 2005/07/09 19:46 ゲームフリークさん: お役に立てたようで幸いです。
okazさん: 第1号は読んだことがなかったのですが、そんなレポートがあったのですか! いまマイコンBASICマガジン年鑑 (http://www.north-wind.ne.jp/~yoshino/yearbook/) を見てみたら、この号にはAMショーのレポートもあったようですね。そのあたりでも「ビデオゲーム」が使われていた可能性がありそうですし、いずれ機会をみて確認してみたいと思います。
hiyokoyaさん: というわけで、私も第1号から読んでいたわけではないため確定的なことはいえないのですが、用語の意味が誌上できちんと説明されたことは、おそらくなかったのではないかと思います。(「アミューズメントライフ」を除けば) 当時唯一のアーケード情報誌が、アーケードゲームを指して「ビデオゲーム」と呼んでいた。そういう事実が単にあっただけです。もっとも、1984年2月号に掲載された遠藤雅伸氏インタビュなどは、業界の人が「ビデオゲーム」と呼んでいる事実を、改めてはっきりと気付かせたとは思いますが。

hiyokoyahiyokoya 2005/07/10 00:21 >hallyさん、okazさん:なるほど、そこまではっきりした説明があったという雰囲気ではなかったのですね。ということはアーケード/コンシューマーを、ビデオゲーム/テレビゲームと区分するという発想には、85年前後の『Beep』等の独自解釈に依拠しているような側面もけっこうあるという印象を受けますね。あるいは、84年〜85年あたりの流れを詳しく調べればもう少しはっきりわかりそうな感じもしますが、いずれにせよ日本独自の偶然が重なったということは確実のようですね。たいへん貴重な情報を教えていただきありがとうございました。

miraimangamiraimanga 2005/07/10 13:16 面白く拝見しました。子どもの頃家庭用のブロックくずしを遊んで以来TVゲームっていう呼称が定着し、高校からBeep!を読む様になってアーケードゲームをビデオゲームって呼ぶ様になったなーって思い出しました。アスキーかファミ通にビデゲー通信とかあったり、徐々にビデオゲームって言葉が出だした印象があったのですが、そういう業界内での決め事みたいなのが背景にあったんですね。結局今は「ゲーム」ってひっくるめて呼んでます。どっちも口に出さなくなりましたね。

suga-tourusuga-touru 2005/07/11 01:26 ベーマガの当該号なら所有しておりますが、ちょっと今行方不明。近日中に発掘できれば報告いたします。また、ドルアーガの塔のラジオCM(大橋照子のラジオはアメリカン内でナムコがアーケードのCMをやっておったんです)で、「The Videogame Tower of the druaga」というフレーズがあったように記憶しております。……テープ発掘できんものかなー。
なお、ビデオゲーム通信は最初はLogin内のコーナーで、後に同じLogin内コーナーのファミ通が雑誌として独立し、大分経ってからビデ通がファミ通に移籍したと記憶しています。
ゲーメストは最初から一貫して「アーケードゲーム」と言っていたはずです。

naoya2knaoya2k 2005/07/11 02:08 1981年頃のI/O誌の欄外の読者コーナに「テレビゲームは和製英語で、ビデオゲームが正しい」というような投稿があり、私はそこでビデオゲームという言葉を知りました。既にどの号か忘れてしまいましたし記事というものでもないので確認困難なのですが…

replicornreplicorn 2005/07/11 04:02 どこで読んだか忘れましたが、いわゆる世俗的に言われる「ビデオのように繰り返し遊べる」という話はまた違うところから出てきたのでしょうね。

hallyhally 2005/07/11 22:50 hiyokoyaさん: 玩具業界がどの程度意識的に「テレビゲーム」という言葉を使っていたのか分からないので、同年代の玩具業界誌あたりをチェックしてみると、より明確な像が結べるのではないかと思います。
miraimangaさん: 結局「ゲーム」で通用するようになったおかげで、どっちでもよくなったという側面はたしかにありますね。
suga-touruさん: おお、期待しております。「ラジオはアメリカン」もそうでしたか。ナムコの影響力が強いものはやはり確実に「ビデオゲーム」としてますね。「ビデオゲーム通信」といえば田尻智氏ですから、これもある程度ナムコの系譜といっていいでしょう。「アーケード」でまとめていた雑誌といえば、ほかにも『コンプティーク』がそうでした。
naoya2kさん: なるほど。ほかにも子供たちの目に届きにくいところでは「ビデオゲーム」という呼称を用いている例がちらほらありました。そっちで先に知っていた人も、ある程度はいらっしゃるでしょうね。
replicornさん: そういえばずいぶん昔にそんな説明を聞いたことがあります。「映画の著作物」解釈あたりから生まれた誤説かもしれませんね。

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