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Classic 8-bit/16-bit Topics

Classic 8-bit/16-bit Topicsでは、海外での出来事を中心に、旧世代のコンピュータ/ゲーム機に関する雑多な話題を書き散らしています。ただしゲームミュージックやチップチューンなどに関してはVORCで専門に扱っていますので、ご興味がおありのかたはそちらもどうぞ。

2014/05/29 長年放置しておりまして、申し訳ございません。ここやVORCで書いていたような研究は現在、主に各種『ゲームサイド』誌に書き綴っております。よろしければご覧くださいませ。またそのほか最近の動向に関してはtwitter:@hallyvorcにてお知らせしております。いずれ更新を再開したいとは思っております。



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10.31.2005



RetroPC.NETのMolice氏が当雑記のバナーを作ってくださいました。ありがたいことです。

[] 『Retro Gamer』復刊

『Retro Gamer』誌が廃刊になりそうだという話を先々月にお伝えしましたが、幸いにもイマジン・パブリシング社によって丸ごと引き継がれることが決定しました。この出版社は今年創業したばかりの若い企業で、資力は未知数なのですが、新編集長には隠れレトロ誌『games』のベテラン編集者サイモン・フィリップス氏を迎えるとのこと。『Retro Gamer』執筆陣の実力に、『games』誌の安定したカジュアル色が加わったものとなりそうです。

C64 Portalによると、第一号の発売日は12月8日、価格は4.99ポンドとのことです。

[] 『Retro Byte』も創刊へ

イギリスでは先月お伝えしたもうひとつのレトロゲーム誌の創刊準備も着々と進んでいるようです。こちらの誌名は『Retro Byte』と決まり、先行予約の受け付けも始まっています。創刊号はシネマウェア特集ということで、ショーン氏らしくカジュアル層置いてけぼりな感じですが、そのぶん深みのある記事を期待できそうです。このあたりが『Retro Gamer』との住み分け材料になっていくのかもしれません。発売日は12月にずれこみそうな感じです。

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10.11.2005

[] MSX時代のコナミUK広報マネージャ インタビュー (the MSX Games Box)

前々回ご紹介したように、ZXスペクトラムの世界には1980年代から1990年代にかけて無数のアーケード移植作品が登場していたわけですが、オリジナルの開発元が自社ブランドで移植を手がけるようなケースはほとんどありませんでした。稀有な例外といえるのはアタリソフト (アタリ分裂前に3年だけ存在したソフト専門子会社) とコナミUKだけです。当時の日本のメーカーとしては非常に珍しいことに、コナミはこのヨーロッパ支社にも独自のパソコン向け移植版を制作させており、スペクトラムだけでなくアムストラドCPCやコモドール64といった日本で馴染みのない機種にも製品を送り出していました (ただし開発自体はほとんど外部のソフトハウスに委託していたようです)。

コナミUK発のソフトはお世辞にも完成度が高いとはいえないものばかりで、頑張っているものでもせいぜい平均点クラス。日本から送り込まれてくる洗練されたMSXソフトたちとは、完成度の面で雲泥の差がありました。たぶん日本サイドではほとんど製品内容のチェックを行っていなかったか、あるいはヨーロッパ向け製品は低レベルでも構わないと見ていたのでしょう。いずれにせよコナミUK製品の商業的成果はそれほど上がらなかったとみえ、コモドール64以外の機種での製品化は1986年から1987年までのごく短い期間で終了してしまっています。当時コナミUKは結局何をやりたかったのか、具体的なところはよく分かっていないのですが、そのあたりの鍵を握るであろう当時のPRマネージャ、デニス・ハミングス氏がMSX Resource Centerのインタビュに応じました。興味深い箇所だけ掻い摘んで、以下にご紹介しましょう。

Q: Latok

なぜ (訳注:ヨーロッパの) コナミは1990年にMSXシーンから離れたのでしょうか? 当時MSXはまだ商業的にそれほど衰退していなかったし、ちょっと早過ぎたのではないかと思うんです。NESだけが原因なんでしょうか?

A: Dennis

システムが崩壊するであろうことと、NESがそろそろ台頭してくるであろうことを、コナミは全社的に予期していたように思います。当時私は任天堂やオーシャン・ソフトウェアとも密接な関わりを持つようになっていました!

Q: Ivan

コナミUKの開発したMSX版「グリーンベレー」を見て、日本のコナミは何て言ってましたが?

A: Dennis

$%£&**(())++~~ (とかまあそんなこと)。私もまったく同じことを言いました。

ヨーロッパでのみ発売されたMSX版「グリーンベレー」は、コナミ製品としては異例の低クオリティで大いにファンを失望させました。そのプレイアビリティはZXスペクトラム版にも大きく劣ります。インタビューの後半では開発当時の混乱ぶりについての言及もあります。

Q: Ivan

コナミのヨーロッパ本部はなぜUKに置かれたのかご存知ですか?

A: Dennis

当時すでにアーケードの販売およびディストリビューションが整備されていて、在庫の管理場所もありました。当時としては合理的なやり方だったのです。

コナミUKの設立は1984年6月。当然ながらアーケードが主力製品だった時期です。

Q: Grauw

著作権侵害は当時どれくらい問題視されたのでしょう。今日と比べるとどうですか? コナミがMSXでの開発を停止したのはその影響が大きかったのでしょうか (コナミはかなり長い間提供し続けてくれましたが、「SDスナッチャー」「クォース」「メタルギア」のようなもっとも優美な作品を出しませんでした)。それとも他の問題、たとえばコンシューマ機やIBM互換機へのトレンドの移り変わりとか、そちらのほうが大きかったのでしょうか?

A: Dennis

コナミの首脳たちはUKを訪問したとき、我々のカートリッジは「クラック不能」だ! と語っていたのです。私がオランダで入手した「沙羅曼蛇」のコピー入りディスクを送ったとき、彼らがどれほど驚いたか考えてみてください! (返信はありませんでした………) 著作権侵害は当時まったく問題視されませんでした。そういうことをするのは事業家ではなく愛好家だったわけですから。あるオランダの人は、道端で「僕ソフトウェア持ってないんだ」と叫べば、フロッピーディスクの山に埋もれることになると言っていました。新しいコンシューマ機とPCにトレンドが移り始めたことが、移行の原因です。

著作権侵害が問題視されていなかったというのは、定説とは異なる話でなかなか興味深い。たしかにコナミUKは1991年を境にMSXだけでなくコモドール64やアミーガにもほとんど梃入れしなくなっているので、ひとくちに海賊版の存在だけが妨げになっていたとは考えにくいかもしれません。次の答えが真実なら、ヨーロッパにおけるコナミのMSXリリースは、かなり早い段階でピークに達していたことにもなるわけですし。

Q: Maggoo

ヨーロッパでいちばん売れたコナミのMSXタイトルは何でしょうか?

A: Dennis

「ネメシス」(グラディウス) だったのではないでしょうか? 公式にそういう話があったわけではありませんが。

Q: Dhau

スペクトラムとの競争激化をコナミはどのように見ていたのでしょうか?

A: Dennis

MSXのスタイルと外観は、スペクトラムとは異なるものでした。テープから立ち上げなければならないスペクトラムと、競合するところなどないですよ?

実際のところヨーロッパではMSXにもテープリリースが多数あったわけですが、それでも広報レベルではMSX優位と認識していたということなのでしょうか。ハミングス氏はカートリッジ形態の優位性をかなり信じておられたらしく、コナミはカートリッジ技術でコモドール64に攻め入っていくのが合理的なように思えた、とも述べています。

miraimangamiraimanga 2005/10/13 15:02 このインタビューを読む限りでは、非常に戦略に乏しいというより無策で営業させていたとしか思えません、ソフトウェアの質も高くなかったことや開発はすべて外注といったところからもゲームに対する情熱があったわけでも無いようですね。実際、広報マネージャの発言として取るには余りにも他人事のような内容です。Wikiを頼りに思い出すとコナミ本社はCIを新たにソフトの質も年々上昇していくその契機の年、って考えると、道楽で済ますにはもったいない出来事ですね。

MoliceMolice 2005/10/13 21:53  逆に、広報マネージャが公の場で言っていることなので、全社的な方針や経営戦略などについてこのインタビューだけから判断することは出来ないなあ、などと疑心暗鬼な私は元ソフトメーカーの広報・営業マネージャでした。 この資料と付き合わせるてまな板に載せるべき、もうお二人ほどの談話が後に続くことを期待します。

hallyhally 2005/10/14 21:07 たしかにあまり積極的だったとは思えませんが、無策でもなかったと思うのです。当時まだ日本発のパソコンゲームを海外で売り込むことは、いくら出来のいいソフトの場合であっても難しかったわけですが、コナミのMSXソフトはどれもこれもヨーロッパで見事なくらい高評価を得た。センスの壁を乗り越える道筋を整えた地道なマーケティング努力があったはずですし、そこは評価されてしかるべきだと思うのです。いずれにせよMoliceさんがおっしゃるように、まだまだ材料不足の感は否めませんが。

外注が中心だったのは情熱の問題より、社内に開発チームを囲い込む日本的マネージメントがイギリスでは通用しなかったためだと思います。海外では当時からフリーランスが当たり前でしたし、とくにイギリスのソフト産業はパブリシャ的な性質の強い会社によって支えられていましたから。

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