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Classic 8-bit/16-bit Topics

Classic 8-bit/16-bit Topicsでは、海外での出来事を中心に、旧世代のコンピュータ/ゲーム機に関する雑多な話題を書き散らしています。ただしゲームミュージックやチップチューンなどに関してはVORCで専門に扱っていますので、ご興味がおありのかたはそちらもどうぞ。

2014/05/29 長年放置しておりまして、申し訳ございません。ここやVORCで書いていたような研究は現在、主に各種『ゲームサイド』誌に書き綴っております。よろしければご覧くださいませ。またそのほか最近の動向に関してはtwitter:@hallyvorcにてお知らせしております。いずれ更新を再開したいとは思っております。



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02.09.2006

[] 中国のコンピュータ開発史

多忙にかまけてすっかり見過ごしていましたが、航天機構の例によって素晴らしい共産圏コンピュータ史です。ゲーム機についても記述がありますが、そういえば中国にはファミコンクローン機から独自に発展した低年齢層向け教育パソコンがきわめて広く普及していたという興味深い一面もあり、そのあたりもいずれ掘り下げてみたいところです。

01.17.2006

[] IBM広告ミュージアム

DigiBarn Computer Museumより。1948年から1957年にかけての (つまりコンピュータが主力製品になる直前の) IBMの企業イメージ広告コレクションです。この種の特定製品に触れていない広告は見落とされがちなだけに、興味深いものといえるでしょう。「IBMは国家防衛に重要な役割を果たしている」というようなフレーズがちらほら見られるあたりに、時代の空気を感じます。

[] 『Confessions of the Game Doctor』 刊行

『Phoenix: The Fall & Rise of Videogames』『Videogames: In The Beginning』といったゲーム史研究の必読書で知られるロレンタ・プレスより、新刊の登場です。これは世界初のヴィデオゲーム専門誌『Electronic Games』を立ち上げたひとりであるゲームドクターことビル・クンケル氏が、当時のさまざまなエピソードを紹介していく一冊で、ヴィデオゲーム・ジャーナリズムの創世記としてこれまた欠かせない一級資料。アタリショックの時代にはゲーム・ジャーナリズムがなかったというような、誤った認識を軽く吹き飛ばしてくれます。1000部限定。

Odysseyの人Odysseyの人 2006/01/21 00:40 まいったなあ(^^; ご期待に添えないと思いますので、そのアタリ←はご容赦を。

一応あちら様諸氏の弁論をしておきますと、今回ブッシュネル氏はスケジュールが把握できなかったそうでして、どこががインタビューを申し込んだんだけど無理だったとか。そりゃ、私のインタビューにしたって、前日の夜に突然連絡で次の日の朝、しかも電車の中ですからねえ。もちろん準備なんかしていないし、hallyさんにSOSを打とうにも、まだ目の前で得意先と商談してるって状況だったんですから、ほとんどやけくそです。(^^
また、当日はブッシュネル氏を交えた登壇諸氏の史学的なディスカッションらしきものが実際に第1部で予定されていたはずなんですよ。確か。ところがこれが手違いか何かで飛んじゃったみたいです。誰がミスったらしいかは聞きましたが、その方の名誉があるんで(笑)。ま、不可抗力なドタバタも確かにあったようで。
でもブッシュネル氏、今後もちょこちょこと日本に来られるんじゃないですかね?昨年の9月にも講演のため来日されたと聞いてビックリしました。知らなかった・・・。アタリジャパン以来じゃなかったんだ。(^^; 例の外食系事業の日本展開も狙っておられますし、熱心な方ははてなアンテナでも張っていれば、イベントなどチャンスは意外とあるんじゃないでしょうか。

それと、DIEC2005は公式議事録か何かが出るはずで、映像もビデオ収録していましたから、学術研究用途なら立命館に問い合わせれば見れるようになると思います(それ系学部の記念イベントだったんで、出来なきゃウソ。怒る)。ネットでフリーで見れれば最高なんですがこれは版権で無理でしょうね。ブロックライター!!とかよかったんですが。(^^


CGEはすばらしいですね。7年前あれを見た時、日本はなんて遅れているんだろうと思いました。ファンの意識とか行動力がです。ああいうことはお上にまかせても無理でしょう。だから、いつぞや”SGも20周年なのに誰も祝ってくれない〜”なんて声がありましたが、”んじゃあ、自分たちでやろうよ?!”とか思いましたけれどねえ。彼らはCGEのために会社までつくっちゃうんですから・・・。

hallyhally 2006/01/21 22:52 なるほどなるほど。ではOdysseyでは突貫インタビューなりの醍醐味を期待しております^^; DIEC2005については舞台裏事情がある程度分かってすっきりしました。必ずしも史学的興味が薄いというわけではなさそうで安心しております。どうもありがとうございました。

最初期のCGEの熱気をその目でみられた寺町さんのお言葉、たいへん感じ入るものがあります。アタリはもうないし、誰にも頼ることはできない――という状況が逆にバネになって、あそこまでのイベントに結実したのだろうなあ、としみじみ思います。同じことはVintage Computer Festivalなどにもいえると思いますが、良くも悪くも日本の旧世代機フリークは恵まれすぎているのかもしれませんね。

08.16.2005

[] Homebrew Computer Club ニュースレター集 オンライン公開

パーソナルコンピュータの起源というのは定義次第でいろいろ変わってくるものですが、ユーザー文化の出発点はどこかということになれば、ホームブルー・コンピュータ・クラブ (HCC) をおいて他にないでしょう。それはパーソナルコンピュータに魅せられた人々によるはじめての集いであり、ここから生まれたプロセサ・テクノロジやクロメンコといった周辺機器メーカーの貢献こそが、何もできないアルテア8800を本当の意味でのパーソナルコンピュータに仕立てたのだといっても過言ではありません。アップルもまた、HCC抜きにしては存在しえなかった会社です。リー・フェルゼンシュタイン氏という良きリーダーに導かれながら、ホビーコンピューティングのあるべき姿を模索していたHCC。その最盛期である1975年から1977年にかけてのニュースレター21通が、DigiBarn Computer Museumにおいてオンライン公開されました。

ざっと目を通してみて印象的だったのは、ソフトウェアプログラマの不足が早くも創刊第2号から囁かれ、以後もたびたびプログラムを求める声が散見されることでした。いわゆるホビイストには当初圧倒的にハードウェア寄りの人間が多かったので、これは無理もない話です。ビル・ゲイツを激怒させたMITS BASIC流出事件 (Volume 2 issue 1, p2) は、よくハッカー倫理とソフトウェア販売の衝突として描かれますが、末端ユーザーにとってはハッカー倫理よりも何よりも、ソフトウェアの欠乏こそがもっとも深刻な問題だったといえそうです。「このBASICがなければアルテアは使い物にならなかった」(Volume 2 issue 2, p2) という読者の声からも、そのあたりの切実さが伝わってきます。皮肉なことに、ソフトウェア関連の記事は、この事件の後から増えはじめるのですが。

もうひとつ印象深いのは、テレビ出力インターフェイスの製作記事がやたらに出てくることです。需要が大きかったのは当然としても、アルテア程度のマシンにとって、家庭用テレビに画面表示するのは結構な重荷だったはずなのですが、不思議なことに創刊当初から、当たり前のように家庭用テレビの使用を前提とした話が出てきたりします。何故なのかと思ったら、あちらではパーソナルコンピュータよりも先にTVタイプライタなるものが登場していて、これをコンピュータのディスプレイに応用しうるということに、皆気付いていたからなのですね。TVタイプライタはアルテア8800がアナウンスされたのとちょうど同じ月に、同じ『ラジオ・エレクトロニクス』誌上で本格的にターミナル化されています。当時アルテアを予約した人の多くは、こういうものを組み合わせて使用する可能性まで視野に入れていたのでしょう。

(ところで実をいえば、家庭用テレビをコンピュータのディスプレイにする方法を最初に考案したのは日立の浜田長晴氏です。その特許は1968年に出願されています。このかたは他にもいくつかパソコンのディスプレイ史に重要な貢献をしているのですが、そのあたりはいずれ改めて)。

なにしろパソコン創世期の最古級史料ということで、その他にも幻のAstral 2000についての記事だとか、IMSAI8080のマルチプロセサモジュールだとか、興味の種は尽きないのですが、今回はとりあえずこのへんで。

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