hamaji junichi

2011-09-08 prelude(with computer processing)110902−4

prelude(with computer processing)110902−4

映像作家・前田真二郎さんの作品「日々」のライヴ上映の為に書かれたサクソフォン・ソロ曲の「コンピュータ・プロセッシングヴァージョン」

福島諭さんから先日送られてきたテイクを決定稿とし、あとはマスタリングを、と二人で話す。







「変容の対象」2011・8月を先行でwebで聴いてもらえるように準備。http://www.mimiz.org/index.php?ID=661福島さんから、そのテスト音源が送られてくる。近く公開するので、、変容変容、ってうっさいの〜なんやねん、、、みたいな方も気がむいたらで良いので聴いて下さい。興味をもって歓迎してくれている方々には勿論聴いていただきたいです。というかその方々の為にと思っています。






for piano(副題考え中)を書き始める。発表できる予定などはなから無いが愛美さんにでも弾いてもらおうかしらと。めっちゃ巧いから。完成する保証などないけれど書く意思だけはある。minimal(美術用語から)という言語本来の意味での手法が曲の骨子にある。

森 英明森 英明 2011/09/09 05:40 8月28日に持参していただいた“contempt for sopranosaxophone and computer”ついに昨晩聴きました。[t−1]途中まるで“聖なる音楽”である雅楽を彷彿させるような部分あり、静謐を内に秘めた浄らかな音群の織り成す世界は、ロートレアモンの『マルドロールの歌』の次の一節を思い起こさせました「もうだいぶ前から、月の優しい光がさして、お墓の大理石も輝いている。いまこそ、沈黙のとき、鎖につながれた女たちが、星ちりばめた黒い夜空のように、てんてんと血痕のちっている屍衣の裾をひきずりながら現れるのを、すくなからぬ人々が夢みる時刻‥」。印象的な音の下降を持つ[t−2]突如響きが重層的になり、それと同時に閉じられていた空間が一瞬で開き始め‥とは言うものの、外向きに単純に広がって行く空間ではなく、「クラインの管」のような摩訶不思議な反転空間(内に向かっていながら知らぬ間に外に開いて行っているような or 外に向かっていながら知らぬ間に内に閉じて行っているような空間)を形成し、聴きながら、ルフェーブルの「おそかれはやかれ<反‐宇宙>に突き当たるのだ」という呟きが聞こえてきたりして‥<反‐宇宙>とは説明しがたいのだけれども、“実際に存在している宇宙”を存在たらしめている云わば「黒子」のようなもので、それ無しでは宇宙は存在しえないようなものとして宇宙の裏側に貼り付いているものとでも言えばいいのか‥ハイデッガーは「…存在者だけが在るのだったら、存在者とは全く違った何かへと開けている“開けた口”がなかったら、存在者が我々に存在者として現象し、「現前存在」するということはありえないことになる…」とその辺りの機微を難解ではありますが巧く表現しております。最近でこそ「暗黒星雲」だとか「ブラックホール」だとかよく耳にしますが、ルフェーブルはそういった知識なしで<反‐宇宙>と言ったのです。
何事についても“理論の先行性”というのはあります。かつて湯川秀樹は「<中間子>というものを想定しない限り理論的ツジツマが合わない」と唱え、何年か後に外国の研究者が実験で中間子の存在を確認し、湯川理論の正しさが初めて認められたように、“理論の先行性”というのはホントにあるのです。
t−2の超スペイシーな音群…湧き立っては消滅してゆく音群…に身を委ねていたら、構成的構造主義言語学者N.チョムスキーの「生成文法」の論理構造とのトポロジー的近似性にハタと気付き、思わずニンマリしました。抽象的な「音」だけを頼りに色んなイメージを膨らます私自身の勝手な思い入れ以外の何ものでもありませんが。賢者に言わすと「人は誰しも自分の身に合った穴しか掘らないもの」であるらしいから、いたしかたがない。
ところで軍人・甘粕に暗殺されたアナーキストの大杉栄は、かつて「十カ国語で吃りたい」と壮大な発言をしたことがあり、また「美はただ乱調にある。階調は偽りである。真は乱調にある」とも言いました。その感覚の鋭さが禍したのだろうか…惨殺されてしまいました。いずれにしても<美>なるものは安逸には宿りません。生まれては消え、生まれては消え、あるいは生まれずして消えて行くものの影の中に、その憂いの中にこそ宿るものだと…。
慣用句(ありきたりの言い回し)が無く、緊張感のある音の構成は清々しくて、美の極北へ1直線に向かっていて涼やかでさえあります。ストイックな追究、緻密な研鑽を潜り抜けてこそ初めて見えてくる世界というものがあります。「聖なる光の発見」に携わる者に幸あれ!
画家・梅原龍三郎に可愛がられた名女優・高峰秀子は「人生で一番大切なものは?」というインタヴューアーのありきたりの質問に対して「いさぎよさですネ‥生きることの清潔さです」と潔くキッパリと答えていたことを突然思い出しました。
70分ほどの音を聴いていて、イマジネイションは宇宙の果てまで羽ばたきました。

hamajijunehamajijune 2011/09/09 10:51 森さん、コメントありがとうございます。重厚な文章をいただき嬉しく拝読させていただきました。

ロートレアモンの引用された一節ににやりとしました。

「もうだいぶ前から、月の優しい光がさして、お墓の大理石も輝いている。いまこそ、沈黙のとき、鎖につながれた女たちが、星ちりばめた黒い夜空のように、てんてんと血痕のちっている屍衣の裾をひきずりながら現れるのを、すくなからぬ人々が夢みる時刻‥」。

hamajijunehamajijune 2011/09/09 10:53 出来れば私、そんな時刻に埋没して消滅さえしたいのです。冗談ではなく。