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枯れた知識の水平思考 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-07-23

宮崎駿と細田守の自然観、田舎観の違いについて

 宮崎駿という人は自然を一種キャラクター化して描く。トトロのクライマックスで田んぼを吹き抜ける風は猫バスが駆け抜けるから起きる。ここでは風という自然現象を猫バスというキャラ化して描いているわけだ。それ以外にももののけ姫の森にはシシ神やコダマのような象徴的なキャラクターがいるし、ナウシカにおける腐海の象徴として王蟲がいる。そして、なんと言ってもポニョ津波表現なんかは、キャラクター化した自然描写の最たるものだろう。


 それに対して、細田守という人は、自然をあくまでありのままの自然として描く。主人公達に恵みを与えることもあれば、命が危うくなるほどの牙をむくこともある。それはただ自然が自然として存在する結果そうなっただけのことで、大自然の大いなる怒りとかメッセージみたいなもの描こうとはしていない。


 そして、細田守という人は田舎にある、人為的なものに美点を見いだす人なんだと思う。


 田舎というのは、自然が溢れた空間であるのと同時に、それを人の手によって常に再構成し続けることが求められる空間でもある。そうしないと、家や田畑は荒れ放題なわけで、そこで生活することは出来ない。実は田舎ほど人工的な空間も無いのである。


 おおかみこどもには、綺麗に修繕されたシャープな佇まいをした日本家屋、ほとんどイーストウッドな爺さんの指導によって整地された畑のウネなど、田舎ならではの「人為的な」美しさが幾つも描かれる。


 田舎における人為的なものへの眼差しの違いこそが、宮崎駿と、細田守の田舎観の違いであり、おおかみこどもが単なるありふれた田舎賛美映画になっていない要因なのだと思う。


 宮崎駿の田舎観についてはもうちょっとトトロを研究してより詳細に書きたいところだけど、とりあえず今日はここまで。

 

道茂道茂 2012/07/24 20:46 感動を得るための深い知恵の表れか?

自然観の違いについて、おもわず読み込んでしまいました。

> 細田守という人は、自然をあくまでありのままの自然として描く。

これが大きな違いなんだと思いました。いや、本当に大きな違い。
ジブリはキャラが立ってますしね。
うなずきながら、読ませて頂きました。勉強になりますね〜。


こちらにたどり着く前に、細田さん自身の解説をする
記事を見つけて読んでみました。
http://www.birthday-energy.co.jp/
真面目で王道を進む、没頭すればとてつもない仕事をするとか。

細田さん、すごいわ〜。

執弓執弓 2012/07/29 22:15 宮崎駿もいわゆる田舎は人工的なものだと考えていると思います。
「となりのトトロ」に描かれている自然と「もののけ姫」に描かれている自然を比較するとそれが感じ取れると思います。
さらに「もののけ姫」の中でも神々が住む森の自然と、最後の場面で復活する自然も描き分けられていて、その辺りも宮崎駿の自然観(特に田舎の自然はどのような自然なのか)を考察するのに参考になりました。

日記で指摘なさっている両者の相違の視点は大変おもしろいと思いました。
自然をキャラクター化するのは、伝統的な日本人の自然観だと思います。
それは自然を畏れて、自然の恵みを享受して生活する、日本人の知恵の一部であったでしょう。
現在は、自然現象のほとんどが科学で解明され、日本人は自然の力に意志があるとは感じません。
もちろん、宮崎駿もそういった現代人でしょう。
戦後、あるいは20世紀を経て変化していく日本人の価値観に危機を感じて、自然のキャラクター化を取り立てているのかもしれません。

宮崎駿の考察に偏ってしまいました。
私は、この2人は根本的な自然観を同じにしているのではないかと思います。
宮崎駿は、現代に生きつつも伝統的な日本人の自然観を基礎とした、自然と人間との関係性をテーマとし、細田守は、現代人に寄り添った自然観の中で人間同士の関係性をテーマとして作品を作っている。
そういったことが、2人の違いなのかなあと私は思うわけです。
深い検証はしていないので、稚拙な考察ですが、日記に刺激を受けてコメントしてみました。

hamatsuhamatsu 2012/07/30 17:00 ここに、高畑勲という存在を入れて考察するとまた色々面白いんですけどね。

簡単に言っちゃうと細田守はより大衆性のある高畑勲なんじゃないのっていうか。

かえるドロップかえるドロップ 2012/07/31 22:55 宮崎さんの例ですが、
「もののけ姫」と「トトロ」は
単に自然(を象徴するもの)と人間の関係をテーマに描いた映画だから、
そういうキャラクター化をしているのではないでしょうか?

たとえば豚にでてくるアドリア海は、映画のテーマというより活躍の舞台ですが、
キャラクター化して描いていないと思います。
カリオストロしかり、魔女の宅急便しかり、ハウルしかり。

であれば、対比となる細田監督の作品についても、自然と人間の関係を描いた作品のみ取り上げて
論じるべきなのかなーと思ったりしました。

自然と人間の関係をテーマにしやすい監督、という意味でのエントリーでしたらごめんなさい。
面白く拝読いたしました。

hamatsuhamatsu 2012/08/10 13:34 紅の豚の回想シーンを思い出してみて下さい、あそこの(おそらくは死んだ)飛行機乗りが上っていく空はキャラクター化まではいいませんが明らかに霊的存在感を持ったものとして描かれてましたよね?

魔女の宅急便に関しては、あれは話自体がどんどん自然と対話する能力を失っていく主人公が中心になってるんでそうなるのは必然なのです。

ハウルに関しては、カルシファーの存在を忘れないでください。

ただ一つカリオストロに関してはそういう側面が薄いと思うんですが、まああれはルパンだからねえっていう。

散見さん散見さん 2013/02/12 05:49 もう、アニメを教科書にするのやめようよ。そんな記事ばっかり。